Neon Genesis Evangelion SS.
The Cruel Angel.
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episode - 1.
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write by 雪乃丞.
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それは暑い日のことだった。
一人の少年が、駅のホームで人を待っていた。
照りつける真夏の太陽を嫌ってか、周囲には人っ子一人居なかった。
「帰ってきたよ」
その小さな声の呟きは、少年の口から漏れたものだった。
その足元には、小さなボストンバッグが置かれていた。 それを見るに、その少年は自らの言葉どおりに、どこかから戻ってきたのだろう。 そして、その少年の視線の先には、一人の少女の姿があった。
「やあ」
陽炎の向こう側に佇む、一人の少女。 そんな遠くに居る相手に少年は薄く笑って手を振っていた。 たとえ、その姿が幻と分かっていても。 その姿から目をそらすことなく、少年は、小さな微笑みを浮かべていた。
「久しぶりだね」
何もかもが、あの日と同じだった。
かつて、一人の少年が、幾人もの大人と数人の少女達と共に、命をかけて戦うこととなった日々があった。 その始まりの日となった光景と、それは何一つ変わらないものだった。 だが、それも当然といえば当然であろう。 なぜなら、今日が、その日だからだ。
「僕は、ここに帰ってきたんだ」
それは、すべてが同じだった。 たった一つの事例を除いて。
「待っててね。 すぐに、会いに行くよ」
薄く笑う、その少年だけが、かつての光景とは違っていた。
所変わって、激戦区。
ドドーン。
それは、冗談のような光景だった。
それまで悠然と歩み、あらゆる攻撃を受け付けなかった巨大生物。 上層部で『使徒』の名で呼称される、その全長数十メートルの巨大生命体が、なぜか急に立ち止まった。 そこに、狙いすましたかのように大型ミサイルが直撃。 ジャミラじみた体型とはいえ、脳天をカッ飛ばされては、流石に堪えたのであろうか? 急に足取りが怪しくなると、フラフラと体を前後に揺らして。 なぜだか、そのまま地面にぶっ倒れてしまったのだ。 そして、いまや、ピクリとも動かなくなってしまっていた。
「も、目標・・・沈黙?」
それを報告する女性オペレータの首がわずかに傾いていた。 あえて、その心情を言葉で表現するのなら『な、なんで?』といったところであろうか? それは、戦場から遠く離れた場所の光景であったが、現場でも似たような光景は繰り広げられていた。
「・・・やった・・・のか?」
「た、たぶん」
それを、ごく至近距離で見ていた戦略自衛隊の面々は、思わず顔を見合わせていた。 なぜなら、先ほどまで同型のミサイルはおろか、それ以上のサイズのミサイルをどれだけ打ち込んでみても、ビクともしなかった相手なのだ。 通常兵器しか保有していない彼らに出来ることなど、せいぜい侵攻速度を低下させる程度が関の山だったのかもしれない。 そんな鉄壁の防御力なり、体の頑丈さなりを見せ付けていたはず巨大生物が、たった一発のミサイルによって、急に足取りが怪しくなって、そのままブッ倒れてしまったのだ。 それが、不自然に思えて仕方なかったのであろう。
「・・・動かないな?」
「死んだのか?」
「エネルギー反応微弱・・・低下していきます。 ・・・観測不能域にまで低下。 目標、沈黙しました」
それを通信で聞いていた兵士達の間に、困惑と安堵が同時に押し寄せてきた。
「なあ、もしかして・・・」
「あ、ああ。 俺達、勝っちゃった、みたい・・・だな」
イマイチ信じられないんだけど。
そう続けて口にされそうなほどに、その勝利はあっけないものだった。
「・・・勝ったんだな、俺達。 N2爆雷もなしに」
「あ、ああ」
その時を境に、歴史は大きく変わろうとしていた。
ほぼ同時刻のこと。
キキキキー!
「お待たせ! 乗って!」
「そんなに急がなくても・・・」
「いいから! 早く!」
「はいはい。 えーっと、荷物荷物っと」
「あーもー! じれったいわね!!」
「うわ!」
ここまで同じなら、もう誰かなど言わずとも分かるだろう。 以前と同じ人っ子一人居ない駅前で、少年は、前回の時と同様に、問答無用で車の中へと引っ張り込まれたのだ。 一応、説明しておくと、その車とは青のルノーであり、乗っているのも前回の時と同じ女性だった。 一応は迎えに来てくれたはずなのだが、その女性の、まるで般若のように歪んだ表情と口調の荒々しさに、少年は、少しだけ不思議そうな表情を浮かべていた。
「どうしたんです、葛城さん?」
「どうしたも、こうしたもないわよ!」
「ほえ?」
「なに、トボケた顔してんのよ! 緊急事態なのよ、キンキュージタイ!」
いきなり呼ばれて、いきなり車の中に引きずり込まれて、その上コレである。 いくらなんでも、これでは、何がなんだかわからないであろう。 そんな目をパチクリとさせている少年に、運転席の女性は、相変わらず険しい視線を向けていた。
「オットノコなんでしょう! もちっと、シャキッっとしなさいよ! シャキッとぉお!」
「葛城さんの方こそ、少しは落ち着いてくださいよ。 いきなり、そんなこといわれても、何がなにやら」
そんな少年の言葉に、ようやく自分の態度の無礼さや非常識さというものにでも思い至ったのか。 車のハンドルを握る女性の顔に、わずかに落ち着きが戻ってきた。 そんな相手の様子を見て取ったのだろう、少年は、ようやく先ほどから感じていた疑問を言葉に出来ていた。
「緊急事態って・・・なにかあったんですか?」
「緊急事態っていうくらいだから、当然、緊急事態なのよ」
「答えになってませんよ?」
周りを見渡しても、どこにも戦闘機など飛んではいないし、使徒の姿も当然のことだがなかった。 強いて言えば、避難警報のせいで、人が誰もいないくらいであろうか? しかし、おかしな所など、せいぜいそれくらいである。 おそらくは、N2爆雷も今回は使われることなく回収されてしまうのだろう。 ・・・これで、なぜ緊急事態などということになるのか? 少年には、相変わらず、状況がよく飲み込めていなかった。
「とりあえず後で詳しく説明するから、今は黙って従ってちょうだい」
「まあ、それならそれでも良いんですけどね」
「それじゃあ、IDカード出してくれる?」
「は? アイディ、カード?」
「もらってるはずよ? アナタが本人である証みたいなものよ。 早く出して」
「・・・まあ、確かに持ってますけどね」
『なに、そんなにカリカリしてんだか』とでも言いたげにではあったものの、それでも少年は言われたとおり、素直に従おうとしていた。 『来い』とだけ書かれた手紙で呼び出され来てみれば、そこには誰も居ないわ、なおかつ二時間近くも待たされて、ようやく迎えがきたと思ったら、いきなり怒鳴られるわ、黙ってろなどと言われるわ・・・。
そんな目に合わされても、それでも少年は、どことなく不自然なままに自然体だった。 しかし、その少年の態度は、いくらなんでも不自然に過ぎたのかも知れない。 これでは、どんなに温厚な人間であろうとも、少なからず不快感を感じても当然なのに、その少年は、よほど呑気な性格をしていたのか、そんな相手の無礼に過ぎる態度を特に問題とすることなく、バッグごと相手に渡したのだ。
「好きに漁って良いですよ。 どうせ大したもの入ってないし」
「あのねぇ・・・見てとおり、私、今、運転中なんだけど?」
「別に、今すぐじゃなくても良いじゃないですか。 どうせ、僕にはもう帰るところなんてないんですから」
「どーゆー意味よ、それ?」
「世話になってた人たちに、もう戻ってくるなって言われたんです。 荷物も、今日中には送ってくれるそうですよ。 ・・・よっぽど、僕が邪魔だったらしいですね。 そのくせ、父さんから毎月送られるお金は、自分達の懐に全部収めてダンマリ決め込むんですから。 ・・・大人って、これだから嫌いです」
その言葉に何も答えないで苦笑するミサトを気にすることことなく、シンジは話を続けた。
「つまり、今日から、ずっとコッチに居るしかないってことです。 なんたって、宿無しなもので。 それなら、今すぐ確認するのと、本部に到着してから確認するのと、大して変わらないんじゃないですか?」
そんなやけに慣れた感じのする受け答えを返す少年の態度に、さすがに頭に血の昇っていた女性も、気になり始めたらしい。 捨て鉢になっている可能性もないわけではないのだが、それにしても不自然すぎたのであろう。 しかし、そんな相手の横顔を、わずかに横目で見ても、そこにあるのは資料に添付されていた写真の顔だった。 そうやって、本人であることを再確認すると、つとめて平然と尋ねかけてみる。
「逃げる気はないって意味で捉えて良い?」
「良いですよ。 どうせどこに逃げたって、父さんからは逃げ切れないでしょうからね」
よく分かっていること等と思いながらも、ミサトは先ほどから感じていた疑問を、そのままぶつけてみた。
「アナタ、碇シンジくんよね?」
「そういうアナタは、葛城ミサトさんですね」
その答えによって、ミサトは、ようやく違和感の正体を掴んでいた。 ミサトは、出会ってから今まで、まだ一度も名乗っていないし、自分の写真こそ送りはしたが、そこには名前など書かれては居なかったのだ。 つまり、知っているはずのないことを、シンジは、最初から知っていて当然のように振舞っていたのだ。
「よく知ってるわね?」
「もちろん」
「なぜ、私の名前を?」
「父さんの職場の人だし、父さんの部下の人だし。 それに葛城調査隊の関係者の人なんでしょ? そんなに有名人なんですから知らないはずないですよ。 ・・・いろんな意味でね」
最後の余計な一言まで付け加えて答えながら、ニコニコと笑っているシンジに、ミサトはわずかに怪訝そうな視線を向けた。 ・・・怪しい。 その視線は、口よりも雄弁に心情を物語っていた。
「それじゃあ、お父さんの仕事って知ってる?」
「ええ」
「答えてみて」
「国連の下っ端組織、特務機関ネルフとかいう名前のヤクザ組織のゴットファーザー」
「へ?」
それほど大きくは間違ってはいないのであろうが、正しくは『国連直属の非公開組織、特務機関ネルフの総司令』である。 しかし、シンジの言葉は、それで終わりではなかった。
「スポンサー兼、お目付け役。 人類補完委員会の裏組織、政治結社ぜーレのクソ爺(じい)どもの代表こと、キール・ローレンツと日夜、悪巧みするのが僕のお父さん、碇ヒゲンドウの『人類を守る立派なお仕事の正体』だって、聞いています。 いやぁ・・・わが父親のことながら、嫌われてますねぇ」
一応、訂正しておこう。
シンジの父の名は、碇ゲンドウであり、『碇ヒゲンドウ』等という愉快な名前ではないし、表向きは使徒迎撃を目的とする軍事組織のトップ、総司令という立場にある人物である。 断じて、西海岸のマフィアのボスなどではない。 以上、訂正終わり。 ちなみに、色々な組織に嫌われているというのは、本当のことであるので、あえて訂正はしないでおく。
「あのねぇ。 ・・・それじゃあ、アタシ、なんなのよ?」
「父さんの愛人? それとも三号さん?」
「ふざけてないで、真面目に答えなさい」
「そっちこそ、ふざけないでくださいよ。 大体、何なんですか、この手紙、この写真も!」
そういうと、シンジは父ゲンドウから送られた手紙をバッグから取り出すと、そのまま差し出した。 そこにあるのは、『来い』の一言だけだった。 そして、そんな写真に一緒についてきたのは、やたらと人を馬鹿にしたかのような写真が一枚。 キスマーク付きの召喚状など、おそらくは、人類史上初めてであろう。
「来いって・・・いつ、どこに、どうやって? なにをしに? それを、全部自分で考えろっていうんですか? だいたい、これじゃあ何のために呼ばれたのかも、皆目見当がつかないじゃないですか。 それに、こんな写真まで一緒に送られた僕の身にもなってみてくださいよ。 訳わかんないって感じて、当然じゃないですか」
そう最初にふざけた真似をしたのはソッチだと非難するシンジに、流石のミサトも反論は出来なかった。 なぜなら、そんな手紙と一緒に送ったのが、自分の自慢の胸の谷間を強調するような舐めた写真だったのだ。 しかも、ここに注目とかいって、バストの谷間に矢印と、キスマークまでついている代物である。 これでは、確かにふざけるなと怒られても仕方なかったのだから。
「そ、そう。 ・・・もしかして、お父さんのこと、苦手なの?」
無理やり話題を変えたミサトの口調が固かったのも無理はなかった。
「大嫌いですって言いたいんですけどね。 正直、ここまで他人のフリされるとどうでも良いっていうのが本音ですよ。 でも、苦手かどうかって聞かれると、多分、苦手なんだと思います。 葛城さんが、お父さんに感じている位の苦手意識っていうか、コンプレックス程度の苦手意識はあるかもしれないですね」
さすがに、それは聞き逃せなかったのか。 ミサトのマユがピクリと跳ね上がった。 人間、誰しも触れて欲しくない話題の一つや二つはあるものだ。 ミサトにとっては、父親のことは最大の禁句であった。 しかし、今は、この不信すぎる上に、やけに生意気なクソ餓鬼の言質を取るのが先であったのだろう。 怒鳴り飛ばしたい衝動を、グッとこらえてミサトは何とか答えることが出来ていた。
「あっそぉ〜。 ところで、シンジ君」
「はい?」
「アンタ、何者なわけ?」
「サードチルドレンの碇シンジですけど?」
「・・・」
さっき、確認したばかりじゃないかとばかりに、そう答えるシンジに、ミサトは胡散臭そうな視線を向けたままだった。 そして、そんなミサトに、シンジは表情を変えることなく答え続けていた。
「このまま本部に連れて行かれれば、そこでサードチルドレンって呼ばれることになる、三番目の適格者。 多分、初号機に乗ることになるんでしょうね。 僕、なんか間違ってます?」
「間違ってないわ。 多分、全部、アナタの言うとおりになるわ」
「そりゃ良かった」
「・・・でも、なんで、そんなことまで知ってんのよ?」
「それは、ヒミツです」
そのふざけた答えに、ミサトは、思わず懐に手を伸ばそうとしていた。 そこには銃があった。
「今、僕を殺すと、後悔しますよ?」
「・・・どういう意味?」
「これからが楽しいんですから。 だから、今、殺されたら困るんです」
シンジはそう答えると、教えても貰っていないはずなのに、勝手にダッシュボードを開けて、そこからネルフに関するパンフレットを取り出して読みだしていた。 それを見て、ますますミサトはシンジを怪しんだのであるが、当のシンジは、そんなミサトをからかうかのように挑発的だった。
「それに、今、ファーストチルドレンって入院中なんでしょ? 僕を殺したりなんかしたら、使徒を迎撃できるパイロットが居なくなるんじゃないですか?」
さすがに、ここまで詳しいと怪しさを通り越して、気味も悪くなってくる。
「なんで、そこまで知ってるの?」
「僕は、なんでも知っているからですよ」
そう答えるシンジの言葉を待っていたかのように、ミサトとシンジの乗るルノーは、地下へと続くトンネルへと消えていくのだった。
── TO BE CONTINUED...
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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