Neon Genesis Evangelion SS.
The Cruel Angel.   episode - 2. write by 雪乃丞.




 場面は変わって、ネルフ本部発令所。

 使徒と呼ばれる生命体が、戦略自衛隊の攻撃によって活動停止に追いやられたことで、ネルフのトップ連中の立場は、非常に微妙なところにまで追いやられていた。

「フフンッ。 どうやら、君達の出番は最初から必要なかったらしいな」

 そう嫌みったらしく口にする男は、戦略自衛隊の高官の一人だった。 その口の端がヒクヒクと震えているのは、大笑いしたいのを必死に堪えているからであろう。 しかし、その言葉に答えるものは居なかった。

「・・・使徒とかいう怪物も、所詮はこの程度か」

 そんな男の嘲りしかない言葉に、ヒゲにサングラスという怪しい風体の男は沈黙だけを返し、その横で立ち尽くすしかない老人も苦い表情を浮かべていた。 しかし、それも無理もないだろう。 つい数十分前まで、自分達の秘密兵器以外に、あの敵性体は倒せないという態度をとり続けていたのだ。 そんな絶対の自信を裏切るようにして、第三使徒・・・男達の行動の指針であり、バイブルでもあった裏・死海文書に記された第三の天使、<嵐を司るモノ>サキエルが、第三新東京に到着する前の段階で死亡してしまうなど・・・。 想像もしていなかったに違いない。

「どうするつもりだ、碇」
「・・・サキエルが死んでしまった以上、もう、どうにもならん」
「こんなことは、俺のシナリオにはないぞ?」
「私のシナリオにもない。 もちろん、ゼーレのシナリオにもな」

 そんな男達に、おずおずといった口調で、女性職員が声をかけてきた。

「あ、あの・・・司令」
「なんだ?」
「赤木博士から、初号機の準備はどうすれば良いのかと連絡が入っていているのですが」
「・・・初号機か」

 その答える声は、どこか疲れていた。

「一応、いつでも使えるように、パーソナル・パターンの設定だけは済ませておくように伝えておけ」
「はい」

 その声に答えて、自分の席に戻ろうとした職員を呼び止めると、もう一言付け加えておく。

「サードチルドレンに合わせて設定しておくようにも伝えろ」
「えっ! サ、サード、ですか?」

 それを聞いた職員は小さく首を傾けていた。 それは、まだここに居ない子供を乗せることが出来るようにしておくようにという指示だったのだから、その意図を理解出来ていなかったのであろう。 しかし、そんな一職員の困惑など、男が気にするはずもなかった。

「指示は以上だ」
「は、はい」
「おい、碇。 もしや、お前・・・」
「他意はない。 レイには零号機の起動を優先させる。 シンジには、初号機が一番『合う』だろうしな」

 それは、理由あってのことなのであろうが、それでも横の老人は良い顔をしなかった。

「いくら準備をしていても、もう使徒は、ここまでたどり着けないかも知れないぞ?」
「・・・それなら、それで仕方ないだろう」
「おい、碇」
「問題ない。 今回の『事故』は例外中の例外だ」
「次もこうなるということはないのだろうね?」
「あの化け物どもが、揃いも揃って突然死するなどありえんさ」
「そうか。 ・・・そうだと良いな」

 そんな疲れたため息を漏らす男達の元に、ミサトがシンジを連れて本部に帰還したという報告が届くのは、それから僅か数分後のことだった。







 LCLのプールから上がったばかりの金髪の女性が気がついた時、そこには見慣れない少年と見慣れた女性のペアが立っていた。 シンジとミサトである。 そんな二人が無言のままに見上げていたのは、職員達の間で初号機と呼ばれている機体だった。 ネルフの誇る史上最強の防衛兵器、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン初号機。 その全長が、60メートルにも及ぶ巨大な生物兵器である。 そんな巨人のサイズに相応しいだけの大きさを持つ巨大な頭部を前に、二人は無言で立ち尽くしていた。 シンジは欠伸をかみ殺しながら、ミサトは、どこか悔しげに。

「意外と早かったじゃない」

 そう口にしながら、手早く体を濡らすLCLをバスタオルで拭き取り、水着の上から白衣を羽織ると、その金髪の女性は、二人の下にペタペタと歩み寄っていった。 足音がおかしいのは裸足だからである。 そんなリツコに気がついたミサトは、いきなりリツコの腕を掴んで引きずり始めた。

「な、なに?」
「リツコ、ちょっとコッチきて」
「なぁに?」
「いいから、ちょっと来なさいって。 あっ、シンジくんはソコに居てね。 一歩も動いちゃ駄目よん?」

 そんな無茶な注文に、シンジは少しだけ呆れていた。

「どこ行くんです? しかも、僕に聞かれたら困るような事まで言って」
「えっ、え、えへへ。 ちょ〜ちねぇ〜」

 そう訳の分からない言い訳を口にしながら、シンジから少し離れた場所にある物陰へとリツコを連れ込むと、ミサトは、大至急シンジの精密検査を実施して欲しいと口にした。 その理由を尋ねたリツコに、ミサトは、別人だとしか思えないと答えるしかなかった。 顔は、確かに報告書にあった写真の通りだった。 しかし、その内面・・・報告書にあった性格と全然違う男の子だし、なにやら妙にものを知っているように思えると。

「気にしすぎなんじゃないの?」
「そんなはずないわよ。 大体、あの子、変よ」
「・・・あの碇司令の子供なのよ? あまり、変なことは言わないほうが良いわよ?」
「そんなレベルの問題じゃないわよ!」
「なにがそんなに変なの?」
「色々ありすぎて一言じゃ言えないほど変なの。 私の名前を最初から知ってたし、司令の事にも詳しそうだったし、ジオフロントを見ても平然としていたし、エヴァを見てもヘラヘラ笑ってたのよ?」

 確かに、そこまでいけば変とか、そういったレベルの問題ではないのかも知れない。

「・・・他には?」
「司令の事も、かなり詳しい所まで知っている風だったんだけど、私の知らないようなことまで知ってるみたいなの。 ・・・ねえ、リツコ、政治結社ゼーレってなに?」

 ゼーレの言葉を口にした瞬間、リツコの表情が固まった。

「・・・それも、彼が言ったの?」
「え? う、うん。 あの子から聞いたんだけど」
「彼、何って、言ってたの?」
「司令がゼーレのキール何とかっていう爺さんと、日夜悪巧みするのが人類を守る仕事なんだとかって言ってたわ。 ・・・本当のことなの? 私、委員会の他にも上位組織があるなんて聞いてなかったわよ?」

 それを聞いたリツコは、苛立ちを浮かべた表情で先を促した。

「他には?」
「ちょっと、ゼーレのこと教えてよ」
「後でゆっくり教えてあげる。 でも、今は彼のことが先よ?」

 その言葉で渋々納得したミサトは、話を続けた。

「私と、私の父さんのことまで知ってるみたいなの」
「ミサトの? でも、葛城博士の名前は有名よ?」
「違うの。 私が、葛城調査隊の唯一の生き残りだってことも、父さんとの確執のことも、なんでネルフに入ったのかも・・・全部、知ってるのかも知れない」
「・・・」
「それに、それを隠そうともしていないのよ。 なんか、みょーに思わせぶりっていうか、挑発的なのよね」
「怪しいわね」
「そりゃあもう!」

 そう肩をすくめると、ミサトはちょっとだけ意地悪そうな表情を浮かべて忠告した。

「あの分だと、リツコ。 アンタのことも、彼、相当知ってるんじゃないの?」
「・・・危険だわ、あの子」

 その言葉に、ミサトは小さく頷いた。 それは、スパイか何かとして送り込まれたのではないかという意味だった。 そして、ミサトも、それを懸念していたのであろう。

「急いで本人かどうか確認して」
「ええ」
「その必要はありませんよ」

 その答えに、二人して飛び上がるほどに驚いた。

「きゃ!」
「ひゃぁっ!」

 そんな歳に似合わず可愛い悲鳴を上げて飛び上がった二人の背後で、シンジは相変わらずニコニコと笑っていた。 技術者であるリツコならともかくとして、軍人であるミサトに気付かれずに背後に迫れる子供など、怪しまれても仕方ないであろう。

「僕は、碇シンジですよ。 人より、ちょっとだけ物を知ってる。 それだけが取り柄の人間なんです」

 そんなシンジが、リツコとミサトの命令で駆けつけてきた保安部の黒服たちの手によって、独房に叩き込まれたのは言うまでもなかった。

「・・・僕、間違ってないよね? ねえ、聞いてる? コオロギくん?」

 壁にへばりついてヒクヒクしている虫に向かってブツブツ文句を言いながらいじけているシンジの言葉を、おそらくは誰もが信じては居なかったのであろう。 そんなシンジが本人だと確認されるまでには、もうしばらくの時間が必要になるようだった。



── TO BE CONTINUED...





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