Neon Genesis Evangelion SS.
The Cruel Angel.   episode - 5. write by 雪乃丞.




 それは、日が暮れた時のことだった。

 グ、グググググ・・・。

 そんな何かが軋みを上げるような音と共に、その巨人は目を覚ました。 その体に無数に巻きつけられていた十数センチもの太さを誇る特殊鋼のワイヤーが、その力に耐え切れずに次々に引き千切られていく。

 バチン! ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・!
  バチン! ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・!
   バチン! バチン! バチン! ババババチン!

 無数のワイヤーでも、その巨人を留めておくことは出来なかった。
それは、まるでガリバーを無理にでも拘束しようとして反撃を食らった小人達のように。 そして、そんな光景を、巨人のすぐ側で、どことなく納得しているかのような表情で見つめている男達の集団があった。

「クソッ。 結局・・・間に合わなかったか」

 四肢を拘束していたワイヤーを五月蝿げに振り払うと、その巨人は、ゆっくりと体を起こしながら、脇の部分にあるエラにも似た器官から盛大にため息をついた。 その吐息は、現場の土砂を吹き飛ばし、砂嵐の中にでもいるかのような錯覚を起こさせるほどの代物だった。 作業現場の男達は、それをまともに浴びながら、どこか諦めたかのような目で目の前の巨人を見つめていた。

「皆、よく覚えておけ。 これが、俺達人類の共通の敵、俺達を殺すクソッたれの天使・・・使徒だ」

 その言葉で、皆の表情に僅かに笑みが浮かんだ。

「監督」
「・・・なんだ?」
「俺達、やっぱ、ここまでっスかね?」
「アイツが、ホンマモンの天使なら、助かるかもな」
「・・・天使・・・にゃぁ見えませんねぇ」
「そりゃ、そうだろ。 ありゃあ、どっちかってぇと悪魔だぜ」

 第三の使徒サキエル。
その名は、嵐を司る天使からつけられた。
夜をイメージさせる漆黒の肌に、白く体表にまで伸びる肋骨。 ドクロのような顔に、血のように赤い紅玉。

「なるほど。 確かに、悪魔だ」
「でもさ・・・天使って、案外、こんなの生き物なのかもな」
「なんでです?」

 ギ、ギギギギ・・・バチン!

 ヒュンヒュンヒュン・・・バチュッ!!

 サキエルの体を拘束していたワイヤーが引き千切れたのであろう。 勢いよくなぎ払われたワイヤーは、鋼鉄製の鞭となって、数人の男達の上半身を吹き飛ばした。 それは、目に見えないほどに早く。 そして、その威力は凄まじかった。 太さ十数センチの特殊鋼の鞭は、インパクトの瞬間に、その上半身を粉々に粉砕してしまっていたのだ。

 そんな仲間の成れの果てである血の霧によって全身を赤く染めながら、男は苦笑を浮かべていた。

「天使って生き物はさ、どんな生物よりも無慈悲で残酷で、冷酷で優秀な兵士なんだそうだ」
「・・・兵士ッスか?」

 カシュっとタバコの火を灯しながら、その若い男は答えていた。

「絶対善という名の正義を振りかざし、どんな些細な罪も・・・原罪すらも見逃さず、死という罰でもって断罪する。 それが神罰の執行人。 ・・・天使だ」

 原罪をもたない生物は存在しない。 生きるということは、すべからく他者を犠牲にするということであるのだから。 生きている以上は、必ず罪を犯すのだ。 呼吸することで、何億という細菌を殺してしまうように。 だからこそ・・・天使は審判の時に、全てを滅ぼす存在となるのかも知れない。 どのような罪も見逃さす、全ての罪人に等しく死という名の罰を与える存在であるがゆえに。

「こいつは、俺達だけじゃない。 この星、全ての生き物を殺しに来たのさ」
「・・・たしかに、そんな感じッスね」

 そんな諦めしかない男達の背後で、誰かがかけっぱなしにしていたラジオが軽快な音を立てていた。

『オッケー。 それでは、今夜一発目のリクエストだ。 ○○府○○市、PN雪乃丞さんからのリクエストで、サラ・ブライトマン、アヴェ・マリア。 ○○県○○市、PN庵野秀明さんのリクエストで、高橋洋子、残酷な天使のテーゼ。 二曲続けていってみようか。 ・・・ミュージック・スタート』

 流れ始めるのは澄んだ歌声と、シューベルトの作品を元とする荘厳な雰囲気の音楽だった。 その曲に。 余りに皮肉な歌詞と選曲に、現場監督の男は小さく苦笑を浮かべていた。

「残酷な天使のテーゼだってよ?」
「・・・テーゼって、何スか?」
「さあな」
「・・・ウチに帰れたら、お袋にでも聞いてみようかなぁ」

 そんな呟き声を最後に、若い男は背を向けて歩き始めた。 バンダナを巻いた頭の後ろで手を組みながら、紫煙をたなびかせるタバコをくわえて、のんびりと。

「でも、なんかくやしーッスね」
「なんでだ?」
「サラ・ブライトマン、好きなんスよ。 でも、なんか最後まで聞けそうになさそうだし・・・」
「このアヴェ・マリアって歌か?」
「もともとはシューベルトの作品で、クラシックの曲だったそうス」
「詳しいな?」
「でも、俺的にお勧めなのは暗い日曜日ッスかね。 ・・・そういや、今日、日曜だったっけ」
「ははっ。 ・・・お前、良い性格してるよ」
「ほんじゃ、お疲れーッス」
「ああ。 おつかれさん。 ・・・達者でな」

 そんな若い男の姿は、一瞬後には消し飛んでいた。 吹き付けてくるのは、血の霧だけだった。 BGM、AveMariaもクライマックスを迎えようとしていた。

「・・・私達の死の時にも、貴きマリアよ、か。 クソッタレ」

 フォン。

 巨人の胸の部分にある紅の紅玉が、ゆっくりと点滅し、その輝きを取り戻そうとしていた。

『残酷な・・・天使』

 男が最後に見たのは、まさに残酷な天使の姿だった。
全身を、鮮血のごとき紅色に染め上げるフィールドに包まれながら、その体から閃光を吹き上げたのだ。

 空を焼き焦がし、地を引き裂いたのは、十字架型の閃光。
それは、全てに終焉をもたらすべく、天より派遣された天使の上げる、獰猛な咆哮そのものだった。







 使徒、活動再開。 再度、侵攻中。
その知らせを受けたネルフは、ただちに第一種戦闘配置に移行し、使徒の迎撃準備へと入った。

「た〜だの運搬だったのが〜♪ いつのまにやら殺し合い〜っと♪ ・・・ふあぁああぁぁあ・・・」

 エントリーしてはや数時間が経過していた。 プラグ内で、呑気に鼻歌を疑いながら欠伸をかみ殺しているシンジに、少なからずやる気を削がれながらも、引きつった顔に少しだけ苦笑を浮かべたミサトが答える。

「随分と余裕じゃない」
「ここに来たら分かりますよ? なんか、負ける気しないって感じですよ」
「力が溢れてる感じがするってワケ?」
「まー、そんな感じです」

 流石は使徒もどきというべきか。 桁外れに高いシンクロ率によって、機体の状態は万全である。 そして、そんな充実しきった状態の機体からのフィードバックによって、あるいはシンジも疲れを感じなかったのかもしれない。 それとも、似たもの同士、居心地が良かったのか。 初の直上会戦を前に、緊張するどころか、やたらと欠伸を連発するというリラックスした姿が、そこにはあったのだ。

「そういや、サキエルの映像は?」
「サキエル?」
「今回来てる使徒の名前ですよ」
「・・・もうちょっと近づいてきたら、最大望遠で捕らえられると思うわ」

 なんで、そんなこと知ってるのよ。
口に出掛かった疑問を、なんとかミサトは抑え込んでいた。 今、発令所には大勢の職員達がいる。 そんな中で、何を言い出すか分からないシンジに、そんなことを説明させるわけにはいかないのだ。

『だって、僕、アイツと同じ生き物ですから』

 コイツなら、それくらい平気で言いそうな気がするとは、ミサトの想いである。

『・・・コイツは人間、この子はニンゲン。 こいつはニンゲン、コノ子ハ人間・・・』

 心の中でひたすら呪文のように繰り返しながら、ミサトは何とか平静を保とうとしていた。

「・・・ふあぁぁ・・・」

 そんなミサトの内心の苦々しさなど知ったことかといった風に、シンジは欠伸をかみ殺していた。

「シンジくん? どうしたの?」

 そんなミサトとは対照的なシンジの姿に、リツコが何かを感じたのか、不思議そうに尋ねていた。

「ん? なんです?」
「さっきから、ずっと欠伸をしているわね? ・・・そんなに眠いの?」
「ん〜・・・なんていうか、ココ、居心地良すぎです」
「どんな感じなの?」
「ん〜・・・あったかいって感じです。 お母さんのお腹の中って、きっと、こういう感じですよ」
「・・・そ、そう」

 そんな、いきなりトンでもない方向に振られた話に、思わず気まずそうに俯いたリツコを気にすることなく、シンジはニコニコ笑っていた。

「そういや、父さん」

 そんな話を聞かされて、嫉妬混じりにイライラしていた所に、急に話題を振られたゲンドウは、思わず立ち上がっていた。

「な、なんだ?」
「お願いがあるんだけど」
「言ってみろ」
「・・・二人だけで話したいんだけど」
「却下だ」
「それじゃあ、このまま話すよ」

 そう言うと、シンジはとんでもないことを言い出した。

「えーっと、サキエルが、ここの上に来るまで、プラグ内を真っ暗にして欲しいんだけど」
「・・・そんなに眠いのか?」
「滅茶苦茶眠い。 っていうか、気持ちよすぎて耐え切れないって感じ」

 その『気持ち良すぎる』という言葉に、ゲンドウのコメカミには青筋が浮かんでいて、拳はギリリと握られていたし、その横に、いつものように突っ立っている冬月の口は、思い切りへの字に曲がっていた。

「今は戦闘待機中だ。 微調整作業も完了しておらん」
「僕、まだ子供・・・」
「黙れ」

 問答無用だった。

「んじゃ、交換条件」
「・・・なんだ?」

 胡散臭そうに見返してくるゲンドウに、シンジは少しだけ質の悪い笑みを浮かべて見せていた。

「僕のスーパーイリュージョンを見せてあげるよ」
「手品だと?」
「のんのん、イリュージョンだよ、父さん」

 そうチッチッチッと指を振るシンジに、ゲンドウの感じている不愉快感はピークを迎えていた。

「いい加減にしろ、シンジ!」
「まあ、待ちなよ。 話は、最後まできくべきだと思うよ?」
「・・・」
「・・・」

 無言のままに睨みあう(シンジは笑っている)親子に、誰もが声をかけられなかった。

「見ての通り、今の僕は一人だよね?」
「・・・」
「ここを真っ暗にして、センサーとか全部止めてくれれば、僕は、この中で二人に分裂してみせるよ」

 もはや、シンジが何を考えているのかなど、誰にも分からない。

「しかも、もう一人の僕は、女の子になりまぁ〜す。 どう? 凄いでしょ?」

 そうケラケラと笑いながら口にするシンジの言葉に、ゲンドウは少しだけ考え込み、その言葉のもつ意味にたどり着いた。 それは・・・。

「シンジ」
「ん?」
「その子の名前は?」
「え〜っとねぇ・・・何が良いかなぁ」
「もったいぶらずに答えろ!」
「それじゃあ、教えてあげる。 ・・・その子の名前はね、ユイちゃんって言うんだ」

 カターン。

 リツコの手にしていたプラスチックのボードが、床に落ちて悲鳴を上げた。

「とっても可愛い女の子・・・ていうには、少し年食ってるかな?」
「あっ! 先輩! 初号機のシンクロ率、10%低下しました!」
「でも、とぉ〜っても綺麗な子でね。 凄く優しくてさ。 美人なんだよ」
「・・・え〜っとぉ、回復しちゃいました」
「でも、ちょっと男を見る目がないっていうか、趣味が悪いかもしんない」
「せ、せんぱぁ〜い、なんかシンクログラフが変ですぅ〜」
「まあ、綺麗で優しい人なのは確かなんだけどさ」
「せんぱぁ〜い、なんですかぁ〜、これぇ〜」
「黙ってなさい、マヤ」
「ひいぃぃ〜ん」

 そんな喜劇なんだか、何なんだか分からない空気の中で。

「フッ。 良いだろう。 見せてみろ、お前のイリュージョンとかいうのを」

 そんな一部やかましい発令所の中で、ゲンドウは、なぜだかニヤニヤ笑っていたのだった。



── TO BE CONTINUED...





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