Neon Genesis Evangelion SS.
Death Trap.   part 1.
    〜窮地〜
write by 雪乃丞.




 使徒との戦いが熾烈さを極めていく中。 子供達は、精一杯頑張ってくれている。 彼ら、14才の子供達に戦う事を強制した大人達に出来るのは、せいぜい戦いやすくしてやる事だけなのかも知れない。 それを、ここに居る全員が知っていたし、ここでなくとも少しくらいは理解してると思ってたんだがな・・・。

「初号機を出撃させろ」

 その誰もが聞きたくなかった言葉を、あの人は平然と口にした。

「そんな・・・無茶です!」

 葛城の言う通りだ。
今、シンジのくんを出撃させるのは余りに危険過ぎる。 ・・・だが。

「使徒の殲滅は、ネルフの至上目的だ。 何があっても負ける訳にはいかん」

 そう。 ネルフは、使徒を全て殲滅しなければならない。
そのためのネルフであり、エヴァンゲリオンであり、チルドレンだ。 だが・・・その唯一にして無二の戦力であるエヴァンゲリオンには、致命的な弱点があった。 それが、天文学的な確率でしか見つからないとされているチルドレンの存在だった。 いくら地上最強の力をもつ兵器だろうと、それに乗れる者が居なくては意味など無い。 そして・・・今回ばかりは、その弱点を完全に突かれた形になったって事だ。

「しかし!」
「二度は言わん。 葛城一尉。 サードチルドレンを初号機で出撃させろ」

 その命令に、葛城は顔を伏せて何も答えられない。

「それを命令出来ないのであれば、ここに君の居場所はない。 一時的に指揮権を剥奪する」
「・・・」
「・・・君には失望した。 下がりたまえ」

 葛城では無理だと判断したのだろう。
俯いたままに発令所を後にする葛城を横目に、一段高くなっている位置からあの人は・・・。 碇司令は、シンジくんに直接命令を下した。

「シンジ、出撃だ」
「・・・エ、エントリーしろって、言うの?」

 スクリーンいっぱいに写るのは、やつれた上に、ひどく青ざめたシンジくんの顔だった。 ・・・無理もない。 エヴァンゲリオンにエントリーした瞬間に、死ぬかも知れないのだ。 それを易々と出来る程には、彼は強くはない。 だが、俺が彼の立場であっても、それは同じだろう。 死ぬかもしれない・・・いや、十中八九死ぬ。 それを知っていながら、出来るはずもない。 しかし、今は、万に一つの可能性に賭けて、それを強要しなければならない事態なのだ。 そして、それを強要することを、あの人は躊躇わない。

「エントリーしろ。 これは、特務機関ネルフ総司令としての命令だ」
「・・・」
「サードチルドレンはエントリー後、ただちに初号機を起動。 出撃して零号機を回収ルートに乗せろ」
「・・・それだけ?」
「その後は、可能であれば地上に残り、使徒を殲滅。 無理であるようなら、一旦引いて体制を立て直す。 以上だ」

 確かに、初号機が・・・いや、シンジくんが使えない以上は、零号機を単独で使うしかなかったのだろう。 だが、初号機と違って、零号機はあくまでもプロトタイプ。 正式なエヴァンゲリオンとはいえない程に、実験機の色合いの強い機体だ。 その装甲は、初号機と比べると遙かに弱く・・・接近戦には不向きだと聞いている。 そんな機体に、無茶を承知で接近戦をさせたのだ。 負けて身動きがとれなくなったとしても不思議でも何でもないだろう。 そして、そんな不安は的中し、零号機は身動き出来ない状態になってしまった・・・。

「聞こえなかったのか? 早くしろ」

 もはや、ネルフに後はない。
初号機を使えないのであれば、もうどうやっても勝つ方法などないのだから。 そして、零号機が動けなくなった以上、今のネルフ本部内部に居るチルドレンはシンジくんだけだった。

「・・・父さん」
「なんだ?」
「・・・ぼ、僕、し・・・死ぬの、かな?」

 青ざめて震える唇から漏れた、その泣き声のような言葉に、発令所の誰もが視線をそらせた。

「かも知れん」

 いや、一人だけは真っ向から、その視線を受け止めている。 他でもない、碇司令だ。 あの人は、こういった時に、絶対に目をそらさない。 だからこそ、あの人は、特務機関ネルフ総司令という立場に居る事を許されたのだから。

「・・・僕に、死ねっていうの?」
「このまま何もしなければ、どの道、全員死ぬのだ。 お前が今逃げても、結果は変わらん」

 非情だと思う。 だが、誰かがやらせなくてはいけないのだ。 シンジくん自身が生き残るためにも・・・誰かが言わなくてはならない。 それを分かっているからこそ、あの人は・・・自分の実子に、死ねと命令するのだ。

「でも・・・」
「確かに、お前がエントリーすれば、死ぬ確率が高い」
「・・・」
「だが、生きていられる可能性も0ではない」
「・・・でも・・・」
「兵士に死ねと命令するのは、指揮官の仕事だ。 そして、お前はチルドレンである以上は、ネルフの兵士でもある」
「・・・」
「その命令から逃げることは立場上、許されない」
「・・・僕に死ねって言うんだね」
「そうだ」

 その絶望の滲む言葉に、あの人は躊躇なく答えた。

「そのまま何もしないで死ぬくらいなら、精々足掻いてから死んでみせろ。 それすらも出来ないというのであれば、お前に生き続ける資格などない。 無理矢理にでもエントリープラグに放りこんでやろう」

 そう告げるあの人の声には、紛れもない苛立ちの感情があった。 だが、その苛立ちはシンジくんが原因ではないということを、シンジくん自身も分かっているのだろう。 碇司令は、俺や保安要員、そして・・・シンジくんを窮地に追い込んだ張本人に酷い苛立ちを感じているのだ。

「お前が逃げれば、ここを自爆させるくらいしか手は残っていない。 だが、今は第一種戦闘配置で、私を初めとする発令所のスタッフはもとより、大半の職員は逃げることが許されない。 つまりは、ここに居る全員が、まず死ぬ事になる。 そして、数週間後には、使徒は目的を達して、サードインパクトが起きるだろう。 まず間違いなく、地上の人間の大多数が死ぬ事になる。 ・・・仮に、お前が首尾良くここから逃げ出して、生き延びても・・・お前も、その時に死ぬ事になるだろう」

 それは逃げた場合だけではなく、負けた場合も同様なのだ。
オレ達大人は、そんな大きな重責と責任を、まだ14才の子供達の肩に乗せてしまっている。

「どのみち・・・死ぬんだね」
「そうだ。 だが、逃げなければ勝つ可能性がまだ残されている。 だからこそ、お前は足掻かねばならん。 どんなに絶望的な状況であっても、生き延びる方法があるというのなら、それに全力で挑め。 ・・・私の命令は、それだけだ」

 その言葉と共に、あの人が俺を見つめる。

「お前を守りきれなかったのは、私達大人のミスだ」

 ・・・そうだ。
シンジくんが、ここまで追い込まれたのは、オレ達の・・・いや、俺のミスだ。 学校帰りに彼が友人と共に寄ったデパートの中で、ほんの少し目を放した間に、シンジくんは襲撃を受けたのだ。

 そこは、洋服売場の試着室だった。
・・・無数の監視カメラや、大勢の一般人、そして店員・・・。 そんな状況が、保安要員に安心感を与えてしまったのかも知れない。 大勢の一般人の中に潜む無数の視線が集まる中で、彼は白昼堂々、狙われた。 そして、その事に俺を初めとして、多くの保安要員も気が付けなかった。 一見、監視が楽そうに見える都会の中の空白・・・間隙を突かれた。

「だからこそ、選ばせてやる」
「・・・選ぶって、何を?」
「全てだ。 エントリーするなり、ここから逃げるなり、好きにするがいい。 ただし、自ら死を選ぶ事だけは絶対に許さん」

 その言葉に、シンジくんは俯いたまま何も答えない。
自分が逃げれば全人類が死に絶える可能性が高い。 ・・・いや、確率なんてモンじゃないな。 ほぼ確実に、サードインパクトで全人類が死ぬ。 それを聞かされただけに、苦悩はひとしおだろう。 だからといって、エントリーするのも難しい。 進めば死に、逃げても死ぬ。 恐らくは、逃げ延びても。 それが、今の彼の置かれた立場なのだ。 なぜなら・・・シンジくんには、薬物を併用した上での、恐ろしく強力な催眠暗示が仕掛けられているからだ。

「シンジくん・・・済まない」

 過ぎた事、もうどうしようもない事だと言え・・・俺は謝るしかなかった。

「・・・加持さん」
「俺が、あの時、もう少し考えてから行動していれば・・・」
「・・・」

 シンジくんの暗示を解く方法は、なくなった。
俺が・・・あの時、あの男を・・・あの男を、咄嗟に射殺してしまったから。 もしかすると、あの男なら、解けていたかも知れないのに。

「クソっ。 ・・・なんで、俺は・・・」

 後悔しても、もうどうにもならないと分かってはいる。 だが・・・後悔しても後悔しきれない事というのはあるのだ。 そして、俺にとっては、あの・・・数日前の事が、それだった。







 最初は、漠然とした不安だった。
男の着替えは、それほど時間のかかるものじゃない。 だが、彼は、妙に着替えに時間がかかっているような気がする。 そんな不安からくる直感・・・異常事態の予感を重視した俺は、行動を躊躇う事はなかった。 周囲の様子を伺いながらも出来るだけ自然な様子を装って。

『・・・シンジくん?』

 その閉ざされていたカーテンの隙間から、試着室の内部を覗き込んでみたのだが。

『!?』

 そこにシンジくんは、居た。 しかし、一人ではなかった。 虚ろな目をして、試着室の床に座り込んだシンジくんの様子から、尋常でない事態である事を察した俺は、咄嗟に動いていた。

『何をしている!』

 勢い良く引き開けられるカーテン。
そんな薄い壁の向こうには、先程から様子の変わらないシンジくんが居て。 そんな彼の耳元で、何かを囁く薄ら笑いを浮かべた男が居た。

『・・・君が幕を降ろすんだ。 いいね?』

 その言葉を聞いたシンジくんが、ひどく悲しそうな顔をして、一筋の涙を流すのを見た時。

『貴様・・・何をした!?』

 俺の中で、何かが音を立てて切れた。
咄嗟に、銃を抜き出して、アイツの額に押しつける。 だが。

『ちょっとだけ、遅かったようだねぇ』

 アイツは、笑った。

『もう、手遅れだよ?』

 笑ったんだ。

『サードチルドレンは、もうエヴァとやらに乗れない。 そういう暗示を仕掛けたからね。 無理に乗せれば、死ぬよ?』

 腹を抱えて、笑ったんだ。

『クックックック・・・そして、この暗示は、もう解けないんだ。 僕でも不可能だね。 ・・・知ってるかい? 薬物を併用するような、強力過ぎる暗示ってのは、施術者でも、もうどうにもならないんだ』

 ブラフでも、ハッタリでもない。 ・・・この男、本気だ。

『・・・何が、望みだ? 金か、それとも、情報か』

 このままではシンジくんに重大な問題が残ってしまう。
それを何とか理解した俺は、ギリギリの所で踏みとどまっていた。 だが、そんな俺に、アイツは嫌らしい笑みを浮かべたんだ。

『なにも?』
『なんだと?』
『なにもいらないと言ったんだよ。 お前達のような薄汚い組織の金やクソみたいな情報など、誰が欲しがるものかよ』

 その歪んだ笑みの中にあったのは、嘲笑。
そして、笑っていない目にあったのは、憎悪。

『それにね・・・もう、僕には欲しいものなんてないんだ。 欲しかったモノは死んだからね』
『・・・なにを考えている?』

 嘲笑は深く。 憎悪は更に深かった。

『なにも? ホラ、どうした、加持リョウジさんよ? とっとと俺を殺せよ。 ・・・アイツを殺したみたいにさ?』
『・・・お前は、いったい・・・』

 まさか・・・この男は、俺への復讐が目的だったのか?

『さあ? ・・・俺は、何処の誰だろうね? まあ、お前みたいなクソ野郎じゃ、自分が誰を殺したかなんて覚えてやしないんだろうなぁ? ええ、おい。 俺がわかんねーか? まあ、当たり前だよな。 こうして顔を会わせるのは初めてだしな』

 深くなる笑み。 それは、憎しみの笑みだった。

『さて、ここで問題だ。 俺は、このボウヤに、どんな暗示を仕掛けたと思う?』
『・・・エヴァに乗ると死ぬと言ったな?』
『正解。 ・・・でも、トリガーはそれだけじゃない』
『・・・なんだと?』
『お前らヘボ諜報員が、なっかなか気付いてくれないから、いっぱい仕掛けちゃった』

 舌を出してヘラヘラ笑うアイツに、俺は憎しみしか感じなかった。

『第一のルール。 好きな子に好きって言ったら駄目ぇ。 言ったら、息ができなくなって、窒息死するかもよー』

 シンジくんは、命をかけて世界のために戦ってくれているのに・・・。

『第二のルールぅ。 他のチルドレンと喋ったらダメー。 喋ったら、自分の手で、自分の目をくりぬく事になっちゃうかもしれないから用心しろよぉー』

 こいつは・・・こいつは、そんなシンジくんに・・・。

『第三のルぅールぅ。 ・・・えーっと、なんだったっけか。 確か10個くらいルールを決めたんだけどなぁ。 思いつきでいっぱい仕掛けたから、どんなルールだったか忘れちゃったなぁ。 ・・・あ、そうそう。 7つめか8つめかで、ルールの事を喋ったりとかしたら、舌を噛み切れってのもあったっけか。 あとは・・・誰かが暗示を解こうとしたら、二度と息をするなってのもあったかな。 ・・・あれ? 違ったっけ・・・って、聞いても答えられねーか。 なんたって、答えたら舌が切れちゃうんだもんなぁああ!』

 こいつはぁ!?

『きっさまぁあああぁぁぁ!』
『オマエラ、ゼンイン死ンジマエ。 ギャハハハハハハ!!』

 気が付いた時には、俺は、その男を撃ち殺してしまっていた。







 幾つものルールでがんじがらめにされた上に、その内容を探ることも、解く事も出来ない。 それが、今のシンジくんの状態だった。 シンジくんは、もう誰とも話しをしようとはしなかったし、夜は悪夢にうなされ続けている。 ・・・睡眠導入剤なしには眠る事すらも出来ないのだ。 そんな危険な状態なのに・・・オレ達は、彼に命をかけて無茶な事をしろとしか言えないのだ。
 ・・・悔しくないはずがない・・・。

「シンジ、顔をあげろ」

 そんな苦悩するシンジくんに、司令は悩む暇すらも与えようとはしなかった。

「・・・」
「目の前の困難から目を背けるな。 いや、目を背けた振りをして逃げるな。 お前はもう分かっているはずだ」
「・・・」
「お前は、もう答えを出している。 お前は自分がエントリーする他ない事を理解している。 そうだな?」
「・・・」

 無言のままに、シンジくんが頷いた。 それは、ひどく小さなものだった。

「・・・怖いか?」
「・・・うん」
「だが、それは皆同じ事だ。 戦うことの出来るお前が死ぬなり負けるなりすれば、もう私達に後はない。 私はここを自爆させる他ないだろう。 そして、自律自爆のプロセスに必要になる時間は、わずか数分間だ。 第三新東京は、自爆決定後、わずか数分で瓦礫の山となる。 どう足掻いても、誰も逃げられはしないのだからな」

 そう苦笑混じりに「死ぬ時は、この街に居る全員が一緒だ」と言う司令に、シンジくんはようやく僅かに笑みを浮かべた。

「・・・父さんも怖い?」
「死ぬ事自体は、それほど怖いとは思わん」
「・・・強いんだね?」
「だが、心苦しいのは確かだ」
「こころぐるしい?」
「私達ネルフのスタッフに与えられたのは、無数の兵器であり、エヴァであり、国家予算に匹敵するだけの運営資金だ。 だが、それらは全て、期待なのだ」
「期待?」
「そうだ。 使徒を迎撃し、殲滅して欲しいという期待。 願いとも言えるだろう」
「・・・」
「その期待を裏切り、願いを叶えられなかった事を心苦しく思うだろうな」

 そう言うと、司令は僅かに口調を変えた。

「だが、私達大人に使徒と戦う力はない。 だからこそ、私達はお前に・・・チルドレンに期待するしかないのだ」
「使徒に勝つこと?」
「ああ。 お前も知っているだろうが、使徒を相手にするのに、通常兵器は殆ど役にはたたん」
「ATフィールドだね」
「そうだ。 それがあるからこそ、お前達だけが動かせるエヴァでなければ、使徒には勝てんのだ。 だから、我々には、勝ってくれと祈る事くらいしか出来ない」
「父さんは・・・僕に期待してくれているの?」
「ああ」
「・・・勝つことを?」
「そうだ。 勝って、生き延びてみせろ。 腕を失おうとも、足を失おうとも・・・例え、寝たきりになっても良い。 ・・・生きて、帰ってこい」

 その言葉に、シンジくんはゆっくりと笑みを浮かべていった。 その目には、見間違えようもない涙があった。 それが・・・喜びからくるものであれば良いのだが。

「僕に、出来るかな?」
「エントリーさえ出来れば、互角以上に戦える。 そのためのエヴァであり、ネルフだ。 シンジ。 お前は一人ではない。 ここに居る全員が、お前を助けるために居るのだからな」
「・・・そうだね」

 そして。

「頑張ってみるよ」
「ああ」

 そんな短いやりとりで、シンジくんの表情は随分と明るいものになった。 通信ウィンドウが閉じられて、スクリーンに、使徒の姿が大きく写される。 使徒は、ゆっくとと零地点・・・本部の直上へと向かっていた。



── TO BE CONTINUED...





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