Death Trap. |
part 3. 〜監禁〜 |
write by 雪乃丞. |
革製の手錠に、噴霧式の注射器、あとは発信器に携帯電話。 それらをテーブルの上に置いた俺は、シンジくんを前に頭を下げた。
「すまないが、これから一ヶ月、君を監禁させてもらうことになった」
24時間の監視。 それは、まさに監禁だった。
「・・・手錠なんて、何につかうんですか?」
「君の両手を拘束する」
「・・・」
「悪いが、胸よりも上に腕を上げられないようにさせてもらう」
「暗示、ですか」
「ああ。 万が一、チルドレンと会話してしまって、目をくり抜いては一大事だからな」
「・・・そうですね」
それに、不安もある。
あの男がチルドレンの意味を誤解していれば、同年代の子供と会話しただけで発動するかも知れないのだ。 これは、絶対に欠かせない処置だった。
「・・・これは?」
「即効性の睡眠薬や、鎮静剤、あとは弛緩剤だ」
暴れ出したときには使うことになる。
「幸い、針の要らないタイプの注射器だからな。 痛みはない。 安心してくれ」
「・・・そうですね」
疲れたような笑顔。 ・・・辛そうだ。 まあ、それも当たり前だが。
「すまない」
シンジくんの両手首に革製の手錠をはめて、その手首を繋ぐワイヤーを、ベルトに固定する。 これで、シンジくんが自分の手で、自分の目をくり抜こうとするのを防げる。 本当は、舌を噛めないように、革棒口枷を噛ませておきたかったんだが・・・。
『そこまでやっちゃうと、変態扱いされるわよ?』
そう妖しげな店から、頑丈なワイヤーでベルトと繋がった革製の手錠を買ってきてくれた知人から忠告をうけた。 まあ、彼には間違って言えないが、特殊な趣味の人向けの道具だしな・・・ちなみに、買ってきてくれたヤツは男だ。
「後で、これから一ヶ月間、君の面倒をみてくれる人達を紹介する。 雑用などは彼らがやってくれるから、君は何もする必要はない。 ・・・だから、出来るだけリラックスしていてくれ。 ビデオソフトが欲しければ調達してくるし、音楽ソフトだって用意する。 欲しいものがあれば遠慮なくいってくれ。 ・・・俺も話し相手くらいにはなれるだろうしな」
両手がロクに使えないような状態で、一ヶ月の監禁か・・・。 クソっ。
「つまり、一ヶ月間、大人しくしていろって事ですね」
「すまないな。 だが・・・俺も、彼らも、君に生きていて欲しいんだ。 一緒に頑張ろう」
俺の目に、悔し涙が滲む。 なぜ、命を張ってまで頑張っている彼に、こんな惨い仕打ちをしなければならないんだ・・・。 だが、当人もそんな理不尽さを感じていたのだろう。
「・・・なんで、僕がこんな目にあわなくちゃいけないんでしょうか?」
泣き笑いという表情がある。 丁度・・・今のシンジくんみたいな表情だ。
「大人でも馬鹿なヤツはいる。 ・・・君は、なにも悪くない。 悪いのは俺で、君は巻き込まれただけなんだ」
「・・・」
「君が、暗示をかけられたのは、俺のせいなんだ」
「加持さんの?」
「ああ。 だから、恨み言ならいくらでも聞こう。 殴りたければ、幾らでも殴らせてやる」
だから。
「死ぬなよ、シンジくん。 君は、絶対に生き延びるんだ」
「でも・・・一ヶ月たっても暗示が消えなかったら・・・」
「大丈夫だ。 一ヶ月あれば、赤木が何とかしてみせると言っていた。 赤木はネルフで一番腕の良い科学者だからな。 それを信じるんだ。 きっと何とかしてくれる」
自分のせいで、赤木を初めとするネルフの幹部職員の多くが入院したなんで口が裂けても言えない。 だから、彼には、一ヶ月の時間で暗示を消す方法を見つけだすと言ってある。
「・・・こ、怖いんです。 何をしていても・・・不安なんです。 自分が、いつ自分じゃなくなるか・・・」
そんなソファーの上で膝を抱えて震えるシンジくんを、俺はただ抱きしめてやることしかできなかった。
「男だって泣いていいんだ。 俺に遠慮なんかするな」
「・・・でも・・・」
分かってるさ。 君が、俺に何かを言えば、もう歯止めがきかなくなって、恨み言の全てを口にしてしまうだろうという事は。 だが・・・それで、君が少しでも楽になれるのなら、俺はそれを甘んじて受けよう。 なぜなら、君の災難は、全て俺が原因だからだ。 俺は・・・それくらいのことしかしてやれない。
「悪いのは、俺なんだ。 文句でも恨みでも、何でも言ってくれ」
不安に怯え、プレッシャーに苛まれた彼は疲れ切っていた。 溢れ出した涙は、もう止まらない。 だが、時には思い切り泣き言を言うことも必要なんだ。 ・・・なんたって、まだ14才の・・・子供なんだからな。
泣きつかれたのか、それともストレスが少しは発散出来たのか・・・。 シンジくんは、ソファーの上で丸くなって眠るっている。 彼が、睡眠導入剤なしで眠るのは、数日振りだろう。 それを横で見守りながら、俺はゆっくりと過去の光景を思い出していた。
『・・・君が幕を降ろすんだ。 いいね?』
脳裏によぎるのは、あの時の言葉だった。
俺が直接耳にした最後の暗示。 あれは、いったい、何だったのか。 ・・・判断材料はひどく少ない。 だからこそ、推測する事も難しい。 だが、諦めるわけにもいかないだろう。
俺は、記憶をゆっくりと反芻する。
『・・・何が、望みだ? 金か、それとも、情報か』
『なにも?』
『なんだと?』
『なにもいらないと言ったんだよ。 お前達のような薄汚い組織の金やクソみたいな情報なんか、誰が欲しがるものかよ』
・・・そう、あの男は死にたがっていた。 それは、あんな逃げ場のない場所で、シンジくんに薄汚いトラップを仕掛けた事でも明らかだ。 むしろ、俺が見つけた事を喜んでさえいた。 きっと・・・最初から死ぬつもりだったのだろう。
『・・・なにを考えている?』
『なにも? ホラ、どうした、加持リョウジさんよ? とっとと俺を殺せよ。 ・・・アイツを殺したみたいにさ?』
俺は、過去、幾人もの工作員を始末している。
直接手を下した事もあるし、組織に始末されるように仕向けた事もある。
・・・まったく、我ながら、どれだけ罪深いか・・・。
そんな俺の過去の罪が原因で、おそらくはシンジくんは狙われた。 そして、その数日後。 使徒がやってきた。 最悪のタイミングだった。
『トリガーはそれだけじゃない』
・・・あいつは、いったい、何個のトラップを仕掛けたんだ?
幸い、今ままでは、一個も暗示は発現していない。 エヴァに乗ると死ぬと、アレだけはっきりと言っていたのに、実際に乗っても何の影響もなかったんだ。 そうなると・・・今の段階で判明している条件も妖しいな。
『第一のルール。 好きな子に好きって言ったら駄目ぇ。 言ったら、息ができなくなって、窒息死するかもよー』
・・・そう、かも、だ。
『第二のルールぅ。 他のチルドレンと喋ったらダメー。 喋ったら、自分の手で、自分の目をくりぬく事になっちゃうかもしれないから用心しろよぉー』
・・・あれも、かも、だったな。
『7つめか8つめかで、ルールの事を喋ったりとかしたら、舌を噛み切れってのもあったっけか』
舌を噛み切る事だけは、はっきりそうだと言っていた。 普通に考えれば、これが一番妖しい。
『誰かが暗示解こうとしたら、二度と息をするなってのもあったかな。 ・・・あれ? 違ったっけ』
どんな風に言っても、それが正しいとは限らない。
逆に言えば、あやふやな言い方をしていたものが正解という事もあるだろう。
・・・じゃあ、何がトリガーなんだ?
分からない。 だが、何かを仕掛けたのは確かだ。
・・・あの男は、何を目的としていたんだ?
恐らくは、俺への復讐。
・・・どこかの工作員という可能性は?
ある。 ネルフへの破壊工作を担当していたのなら、その仕事は完璧に達成されている。
・・・確かに、ネルフの戦力は激減しているな?
ネルフを狙ったのなら、かなりの部分が運任せではあるが・・・それほど悪い手でもないだろう。
・・・じゃあ、その工作員に命令したのは、誰だ?
分からない。
・・・その命令したヤツは、チルドレンを殺したかったのか?
殺すつもりなら、わざわざ面倒な方法を選ぶ必要はない。 あんな暗示などという回りくどい方法は、誰だって使わないだろう。 銃でなくとも、ナイフでも良いんだ。 包丁ならデパートで売っていたのだから、現地調達だって十二分に可能だからな。
・・・となると、殺すつもりはなかった?
そう、なるのか?
・・・なにが目的だった?
分からない。
・・・本当に、あの男は、あんな暗示を仕掛けたのか?
時間にして5分から8分。 それだけあれば可能だったかも知れない。
・・・本当に、あの男は、暗示を仕掛ける事が出来たのか?
ブラフだったのかも知れない。 あの時には、俺は頭に血が昇っていたからな。
・・・じゃあ、暗示がかけられていない可能性もあるな。
それはないな。 そんな嫌がらせのために死ぬほど、あいつだって酔狂じゃないだろう。 逆に言えば、あいつは、目的を達したから、死ねたんだ。 ・・・あれだけの恨みを、俺に見せていながらな。 だからこそ、暗示は、仕掛けられている。 それだけは間違いないだろう。
・・・本当に、あの男は、シンジくんを殺すのが目的だったのか?
そうとしか思えない。 しかも、苦しませてから殺そうとしてるのだろう。 ・・・半分は、俺への嫌がらせだろうが。
・・・シンジくんが、俺に懐いているのを知っていた?
そう、なのか?
・・・シンジくんに何をさせるつもりだったんだ?
それは・・・何だろう? 分からない。
・・・あの男の目的は?
俺への復讐だ。
・・・あの男は、なにをシンジくんへやらせるつもりだったんだ?
・・・・・・。
・・・あの男の目的は、俺への復讐だった。
・・・あの男は、仕掛けが済んだからだろう。 もう自分が生きている必要はないと判断した。
・・・あの男は、俺を憎んでいた。
・・・あの男は、俺に大事な誰かを殺されたのだろう。
・・・だからこそ、俺に、自分を同じように殺せといった。
・・・何を狙っていた? シンジくんに何をさせるつもりだ?
『・・・君が幕を降ろすんだ。 いいね?』
アイツは、シンジくんに、何を吹き込んだ? 何を、させるつもりなんだ?
『オマエラ、ゼンイン死ンジマエ。 ギャハハハハハハ!!』
俺の脳裏には、アイツの哄笑する声が、いつまでも木霊していた。
── TO BE CONTINUED...