アスカを訪ねて三千里

第9話「偽りの家族


「今日は……ガードマン いないの?」
僕は他に聞くべき事もあるだろうに、こんな事を聞いてしまった。

「今日は学校へは行かなかったわ……以前から目をつけていた、あの文房具屋の尻尾を
掴めたのに、私だけ学校に行く訳にはいかないわ ガードマンは今ごろ公衆トイレの前
で、煙草の吸い殻を積んでいるでしょうね……」
どうやら、彼女は公園の公衆トイレの狭い窓を抜けだしてここまで来たようだった。

「様子を見てたんだけど……あなたが去って行くのを見つけて追って来たの……」
彼女は僕の隣に座りながら言った。 

「綾波さん……」 僕は恐る恐る横を向きながら言った。
「レイでいいわ……」 綾波さんは表情も変えずに川の流れを見ながら言った。
「……レイ……さん」 僕は緊張の為か唾をひとつ飲み込んでから、彼女の名を呼んだ。
「何?」 振り向いた綾波さんの頬には光が川の流れのうねりに照り返された、
さざ波が見えていた。 それがまた彼女の神秘性を高めているかのようだった。
夜見た綾波さんは月をバックに見たためか、まるで月を従えているかのような感じがあった
が、太陽の光を浴びる昼間の綾波さんも、それに劣らず 神秘的で奇麗だった。

「どうかしたの?」
 綾波さんを見詰めたまま黙っていた僕に焦れたのか、問いかけて来た。

「せっかく大富豪の人の養子になったのに、何故 孤児達のリーダーを続けるの?」
僕は彼女の紅い瞳から眼を離さずに問いかけた。
もしかしたら彼女は僕と同じような悩みを抱き、それを切り抜けて 今の彼女があるからかも
知れないかと思ったからだ……

「そうね……あえて言えば今のあなたが抱いていた気持ちと同じような事を感じたから」

「同じような事?」
僕は予感が当ったので、少し驚いてしまった。
また、それが彼女が僕を追って来た理由であっただろう事を理解した。

「ええ……私が引き取られたのは一昨年の今ぐらいだったかしら……」
綾波さんはぽつぽつと、その時の事を僕に語りはじめた。

「盗みに入ったのは、孤児お断りがモットーの大型スーパーだったわ……

孤児お断りとは言っても身分証明書の開示を求める訳じゃ無く、
その服装とかで判断してたのよ……だから計画は半年前から進めて来たわ……
隣の町の服飾ビルの倉庫に計画実行の半年前に忍び込んで、
変装の為に必要な上等な服や靴を、
怪しまれないように、店の中に入るチーム4名分だけ選んで盗み出したの……

その頃は今のような組織力も無く、私を頼って来た子供達だけだったの……
時折大型のバンでパンを配りに来る、どこかの民間団体のボランティアが、
唯一私たちを助けてくれていたの……
だから、半年も間を置くと言う事には、皆が焦れて来て、
今日にでも侵入しようと言って来たわ……私がそれを拒否すると、
その洋服を換金して別の店を狙おうって声も出てたけど、
私はそのスーパーが許せなかったの……
”利用者の皆様が安心してお買い求め出来るように”と言う美辞麗句を楯に、
私たちを締め出したのは、その店が最初だったの……
待っている半年の間にも、そういった店はどんどん増えて行ったわ……
ここで一矢報いないと、他の孤児グループにも軽視されると思ったからこそ、
私はその店を諦めなかったの……

念には念を入れて、半年経ってほとぼりも覚めた頃、私たち4人はその大型スーパーに
入り込んだの……勿論外には残りの仲間が隠れて待機してたけど」

侵入して、商品を盗むのは簡単だったわ……問題はそれをいかに外に運び出すかなのよ
私たちは大型スーパーの数ヶ所にあるダストボックスに眼を付けたわ……
ダストボックスの一つは、裏手にある第二駐車場側に面していたから、
私たちはゴミ用のビニール袋を隠し持っていたの……

盗んだ商品を店員や監視カメラの眼を盗んでゴミ袋に詰め込んで、
そのダストシュートから外に捨てたの……ダストシュートに入れられたゴミは、
建物の外にあるゴミ用の倉庫に落ち込むの……
そこの鍵を隠れていた仲間が力づくで壊して、私たちが目印を付けておいたゴミ袋を
手にまんまと逃げおおせる事が出来たわ……

店の中に入られないようにする為の工夫はしてたけど、その安全な店の中での犯行につい
ては、あまり考えられて無かったのが私たちの勝因だったわ……

だけど、さすがにその事に気づいた警備員が私たちを追って来たの……
その時、私は履きなれないハイヒールを履いていた為、
ハイヒールのかかとが折れてしまって私だけが取り残されたの……
勿論、私を担いで逃げようとしてくれた子もいたけど私はそれを断ったの……
だって、そんな事をすれば捕まる人数が増えるだけだと思ったから。

残ったのが、女の私だったし、盗んだ上等な服を着ていた為、
手荒な真似はされなかったわでも、私が身分証明書であるカードを持って無かったから、
孤児だとばれて、地下倉庫に監禁されたの……

その日の深夜だったわ……
その店のオーナーで、市内に彼の息のかかった店は数え切れない大金持の綾波夫妻が現れ
たのは…… その時 こんな会話があったわ……

”何故 私の店を狙った……”
”孤児を明らかに蔑視した方針だったからよ! 簡単に盗める店は他にあったけど、
私たちを馬鹿にしたような店だったから狙ったのよ”
”その事については、私も気にはしている……”
”主人はボランティアグループを支援して、あなた達のような孤児へのパンの配給を2年
も前から行ってたの…… 何故二年前かと言うとね……”
”よさんか……この子には関係の無い事だ……”
”わかったわ…… ねぇ レイちゃん……私たちの子供にならない?”

私達の生命線だったパンの配給を罪ほろぼしかのように行っていたのが、
憎むべき大型スーパーのオーナーだった事を聞き、混乱していた為、
私はその申し出に頷いてしまったの……」

「それで養子になったんだ……」 僕は彼女が今に至る前の事を聞いて驚いていた。

「これは、まだ前置きのようなものよ…… で、私は即座に家に連れて行かれて、
召し使い達に身体を洗われ、上等なドレスを着せられたわ……
まるで私の為に仕立てたかのようなそのドレスには、
何か思いが込められているような気がしたの……

そのドレスを着て、綾波夫妻の前に出た途端、二人は涙を流しはじめたの……
私を見ていると言うより、そのドレスを見ていると言った感じだったの……

親しくなった召し使いに聞いたのだけれど……
二年前に私と同い年の女の子が病気で死んでいたそうなの……
私はその二年前と言う言葉を聞いて、ハッとしたわ……
綾波夫妻がボランティアへの支援を始めたのも二年前……私はその事を調べたわ……
屋敷中の人に聞き回った結果、その死んだ娘さんは、孤児を見る度に胸を痛めるような、
心の優しい子だったらしいの……
誕生日の夜かねてから患っていた結核で死の床についた時、
彼女は誕生日の贈り物のドレスを見ながら、私が死んだら私の誕生日には、
プレゼントの為のお金を孤児達に分け与えてあげてくれ と言ったそうなのよ……
死んだ娘さんの遺志を受け継いだ綾波夫妻は、自分たちが経営するスーパーなどの方針は
変えなかったものの、その罪ほろぼしの意味も込めて、娘さんが死んだ13日の命日の日
には私たち孤児にパンを送り届けるようにボランティアに大金を注ぎ込んだそうよ……

その時、確信したの……私はその子の代わりだと言う事に……
どんな服を着せられて前に出ても、私を見ているんじゃ無く死んだ娘さんが成長していく
のを見るかのようだったの……私は引き取って貰った恩と孤児達への施しの恩を考えて、
死んだ娘さんに近づく為に、召し使い達にいろいろ聞き出したわ……
だけど……綾波夫妻が喜ぶような自分を作り出して行こうとする度に、
本当の自分の自我が壊れて行くのを感じたの……
そんなある日 私は屋敷を抜けだそうとしたわ……
義父様は私を見とがめて”また帰って来てくれよ”と泣きそうな声で哀願したの……

それ以来、私は夜になると屋敷を飛び出して、あの事件の後大きくなり始めた、
私たちのグループの統率を取るようになったわ……
昼は、綾波夫妻の求めるように、学校にも通ったし、綾波夫妻を喜ばせる事に専念したわ

私は決して、幸せになった自分が感じる痛みを晴らす為に孤児達の指揮を取った訳じゃ無
いの そうしないと、自分が壊れると思ったから、今でも指揮を取り続けているの……」

彼女もまた 偽りの家に住み、偽りの家族と、偽りの晩餐を続けていたのだ……
僕は彼女の偽らざる言葉に、少し救われたような気がした。
彼女は孤児を指揮する事で自分の心を守った……
僕は絵を描く事で、自分の心とアスカへの思いを守ればいいんだ……

僕達はそれ以降言葉を交わしてはいないが、お互いの魂の奥底を見るように、
お互いの瞳を見詰めあっていた。

「レイ!」 背後から少し年配の男性の声が響いて来た。

「義父様……」 僕は綾波の言葉を聞いて振り向いた。
そこには、上等な背広を脇にかかえ、見るからに高価なネクタイを身につけた、
年配の男性が立っていた。

「心配したんだよ レイ ガードマン達がおまえを見失ったって言うものだから……」
綾波さんの養父らしい男性は、まるで捨てられた小猫のような眼で綾波さんを見ていた。
綾波さんが昼間にこのような行動を取ったのは初めてらしく、その人は動揺していた。

「ボーイフレンドかい? レイが昼間に男の子と話すのは珍しいね」
ようやく僕の存在を思い出したのか、綾波さんの義父さんは僕の方を見て言った。

「あ、僕 碇シンジって言います ボーイフレンドって訳じゃ無いんですけど……」
僕は慌てて綾波さんの義父さんの誤解を解こうとした。

「ボーイフレンド……私にとっての異性の友達を指すのなら、そうかも知れない」
綾波さんは僕の眼を覗きこむかのように一瞥してから言った。
「あ、綾波さん……」 僕は綾波さんに肯定されてしまい、困っていた。

「ほう そうかね 見たところ、学校の同級生には見えないが、どこで知り合ったのかね」

「彼は似顔絵屋で生計を立ててるわ……加持弁護士の家に住んでるみたい……」
いつの間に調べたのか、綾波さんはすらすらと答えた。

「なるほど……わかったよ レイ じゃ、帰ろうか」
綾波さんのお父さんは綾波さんの肩を軽く叩いて言った。

「すみません 綾波さんの義父さんにお話があるんです!」
僕は身体の奥底から溢れ出して来るような、何かに導かれて 
背を向けかけた綾波さんの義父さんに呼びかけた。

「ふむ……ここじゃ何だから、私達の家に来ないかね?」
綾波さんの義父さんは、振り向いて興味深そうに僕の表情を見て言った。


目の前に置かれた、一組買うお金で孤児が一月暮せそうな、紅茶用のカップに、
バラの香りがする紅茶がポットから注がれるのを、僕は呆然としながら見ていた。
神父様がティーカップの収集をしていた為、僕はこのティーカップの価格の見当がつき、
手に取るのを一瞬恐れたが、神父様が時折振る舞ってくれた紅茶を思い出して、
少し肩の力を抜いてから、僕はティーカップに手を伸ばした。

テーブルを挟んで正面の椅子には、綾波さんの義父さんが座っており、
ドレスに着替えた綾波さんは僕の右隣の椅子に腰を降ろした。

「ふふ……」 綾波さんが僕の隣に座るのを見て、義父さんが笑みを浮かべた。

「どうか、したんですか?」 僕はティーカップを置いて問いかけた。

「いやね パーティでは、どんなに頼んでも男性の隣に座ろうともしなかったレイが、
君の隣には、まるでそこが自分の位置だと言わんばかりに素直に座ったものだから」
綾波さんの義父さんは優しい目で綾波さんを見ながら言った。

「義父様……」 色白な綾波さんだから解る程度に、
綾波さんの頬が染まっているのを見て、僕は内心 驚いていた。
会う度にいろんな姿を見せてくれる綾波さんは、まるで万華鏡のようだと、僕は思った。

「じゃ、本題に入ろうか……碇……シンジ君だったね」
綾波さんの義父さんは、背筋を伸ばして言った。

「先程、綾波さんに、あなたの事を聞きました……パンの配給をされてるそうですね」
僕は緊張してしまい、テーブルの上の両手を固く組み合わしていた。

「ああ……それが何か……」
少し拍子抜けしたかのような顔で綾波さんの義父さんは答えた。

「今は、セカンドインパクトで孤児となり、保護を嫌う孤児達もせいぜい中学生ぐらいの歳
ですよね……彼等が 大人になった時の事を考えていらっしゃいますか?」
その僕の問いかけに、綾波さんの義父さんは少し考えて首を横に振った。

「今のまま、放っておけば、身分証明書の無い彼等は、まともな職場で彼等が働くなんて、
夢のまた夢です! そうなれば、彼等は足元を見られて、劣悪な環境と標準にはほど遠い
賃金で働かざるを得ません……そんな状況と解っていて、職につこうとする孤児はあまり
いないと思います……かと言って、放っておけばNERVが押し進める強硬策が実施され
たら……そして、それが露見すれば それを黙って見過ごしたこの街の大人達は、未来永劫
に渡って心から安堵する事は出来ないでしょう。 NERVの強硬策の一端と思われれる資
料を偶然垣間見たのですが……あんな非人道的な事を許す訳にはいきません。 彼等が犯罪
に走っているのも、彼等を救済する人があまりに少ないからです……子供を導くのは大人の
使命じゃ無いんですか?」 僕は最後の方は力を込めて言葉を紡いだ。

「ふむ 君の言わんとする事は理解出来る……で、その事について具体案はあるのかね?」
綾波さんの義父さんは真摯に僕の話を聞いてくれたが、
僕の話が終わると視線を僕の目からずらさずに問いかけて来た。

「つい先日こんな事がありました 一人の10歳ぐらいの孤児の少年と出会ったんですが、
僕に恩を感じたのか、道具を持って来て靴を磨いてくれると言うのです。 僕はありがたく
靴を磨いて貰いました。 その時です 僕に似顔絵を頼みに来た人の男のお客の殆どが、
彼に靴磨きを依頼したのです。 孤児でも出来る仕事はあるんです……ですが、現在のような
不安定な境遇では、つい犯罪に走ってしまうのも無理無いでしょう。 そういう状況の子供に
仕事を依頼する事を大人が控えるのは当然でしょう…… 不安定で統制が取れて無いから、
ダメだと言うのなら、彼等に安定的な生活をさせて、彼等の心が解る人物……
例えば、レイさんが統率すれば、ついて来る子供たちは少なく無いでしょう。」
僕はつい最近自分の周りで起こった出来事を思い出しながら説明した。

「ふむ 大変面白い意見だね……だが、彼等に仕事をさせると言っても、学校にも通って無い
子供が殆どだし、全員に靴磨きをさせる訳にはいかないだろう……」
綾波さんの義父さんは少し冷めかけた紅茶を口に含んでから言った。
そして、背後に控えている執事らしき人に合図して、全員のカップに熱い紅茶が注がれた。

「あなたが持っている店……沢山あるそうですが、清掃についてはどうしてますか?」
僕は喉を潤す為に、新しく入れて貰った紅茶を飲んでから言った。

「そうだな……ブティックのような小型店なら、普段の清掃は従業員にやらせているが、
ワックスがけは業者だな……スーパー等は通常の清掃もワックスがけや、絨毯のメンテナンス
も全て業者に任せている……」

「その業者に一ヶ月間に支払う料金はどれぐらいですか?」 僕は笑みを浮かべて言った。
「そうだな……スーパーで、一店舗辺り月に50万円と言った所かな……市内にスーパーは
20店舗ある……ブティック等の小型店舗は月に5万円で、店舗は100を越すか越さない
かぐらいだな……」

「ざっと計算して、月に1500万円を業者に支払ってる訳ですね……で、その価格は安い
と思いますか? 高いと思いますか?」 僕は両手をゆるく組んで言った。

「ふふ 君のその癖……どこかで見た事があるな……まぁいい 料金だが、確かに高いと思う
だが、第三新東京市内で、これだけの店舗全てを請け負える業者は一軒しか無いのでね……
君は、これを孤児達にやらせようと言うのかね!?」
綾波さんの義父さん……いや、今は綾波社長と言うべきか……綾波社長は僕の方に身を乗り
出して来て言った。

「普通の清掃は、身だしなみを整えさせて少し教育をすれば、すぐにでも出来るでしょう
ワックスがけも、それほど難しいとは思わない……逆に安穏と生きて来た普通の人より、
彼等は生きる為なら何でもしてきた為、夢と目標と未来を与えれば、貪欲に働く事でしょう
教育をどうするかと言う事ですが、その会社から交代で出向して貰えばいいでしょう。
月1500万円もの収入源にいきなり去られたら、その会社も大変でしょうし、人材が余る
でしょうから、解雇された人間を引き抜いて教育係にしてもいいし、あるいは教育を委託
する事も可能でしょう……委託にすれば、月に20人教育して貰っても100万円程度で
済むんじゃ無いでしょうか……また、この事は企業のイメージの向上にも繋がります。
それに、街から孤児が消えれば、治安も向上しますし、安心して買い物に来る事が出来る
かと思います。 体格のいい子供は将来 警備員にする事も可能だと思います。」

「ふむ……魅力的な案だな……ただ 問題が彼等がどこまでその仕事に夢を持つかだな……
レイ……おまえがその立場なら、その形で清掃の仕事をしたいと思うかね?」
綾波社長は綾波さんに問いかけた。

「これまで管理を嫌って来たあの子達が、そう簡単に企業の飼犬になる訳が無いと思います」
綾波さんは少し考えてから言った。

「それなら………… 綾波グループの中の一社にして株式会社にします。 そして彼等に給料
を食費や住宅等の費用を差し引いて10万円程度支払っても、彼等はあまりお金を使わないで
しょう。 そのお金で、その会社の株を買わせるんです……毎月5万円づつ買っていけば、
5年も働けば、相当の株券が溜まる事でしょう。 それに仕事がうまくいけば、社員全員が
孤児だと言う事の目新しさもあり、株価も上がるんじゃ無いかと思います。
仕事が回転しはじめて、人が足りなくなれば、他の孤児グループからも補給出来ます。
最初は自社グループ内のみをやって、熟練し、外に出してもOKとなれば、他社の仕事も請
け負えるでしょう。
なによりも、彼等に”この会社は自分たちの会社だ”と思わせる為です。
自分たちが頑張って働けば働く程、持っている株券の値打ちも上がる訳ですし……」
僕は言いたい事の全てを言って、少し放心状態になっていた。

「ありがとう……」
僕は綾波さんのか細い声を聞いて振り向いた。
「あの子達の事をそんなにまで考えてくれて……ありがとう。」
綾波さんは涙をぽろぽろ流しながら僕の手を握って言った。

「私が義父さんに何かしら頼もうかと考えた事はあったけど……具体的な案も無かったし、
そんな事を言えば、これまでの生活が壊れそうで……私 孤児で無くなってからは、臆病に
なっていたのかも知れない……」 繋いだ綾波さんの手はぶるぶると震えていた。

「解った……早速会議を開いて、検討しよう……碇 シンジ君……本当にありがとう
私も、レイが孤児たちの世話を見ている事もあり、孤児達の事は気がかりだったが、
企業として、その問題を考えた事は無かったよ」
綾波社長は椅子から立ち上がって、僕に握手を求めて手を差し出してくれた。

「綾波さんから、綾波社長の事を聞いたから、考えついたまでです。」
僕は立ち上がって綾波社長と握手をしながら言った。

「で、当然 君も手伝ってくれるんだろ? レイには孤児達をまとめさせる事が出来る。
だが、君のような仕事についての想像力はあまり無いだろう……どうかね……レイと二人三脚
でその会社をやってみないかね……経理や運営の方は本社から人間を回すから、君は方針を
立てるだけでいいんだ……」 綾波社長はにこやかな表情を崩さずに言った。

「いえ……僕には似顔絵を描く事ぐらいしか出来ません……とても僕には無理です……
さっき言ったのは、 こうなればいいな 的な想像に過ぎません。
考える事だけと、それを実際に行うのは全く違います…… 僕には無理です……
それに……僕は探さないといけない人がいるんです……」
僕は少し俯いてテーブルの上を見ながら言った。

「ふむ……じゃ、第三新東京市にいる間は、顧問ぐらいはしてくれるだろう?」
少し考えてから、綾波社長は苦笑しながら言った。
「喜んで!」 僕は綾波社長の心づかいが嬉しかった。
その顧問料全額を孤児院に送れば、皆喜んでくれるだろう……

結局昼御飯もご一緒する事になってしまい、僕は食後のお茶を飲んで来た。
「おや……雨だな……」 綾波社長は窓を見て言った。

「じゃ、そろそろ失礼させて頂きます 今日はどうもありがとうございました」
僕は立ち上がりながら、綾波社長に挨拶をした。
「あ、レイ……執事に言って、車を一台玄関に回して貰って来なさい」
「はい お父様」 綾波さんは部屋を出て言った。

「まぁ、車が来るまで座りたまえ」 僕は御好意に甘える事にして、席についた。

「君は、レイの事をどう思う? 私はこう感じるんだ……レイは決して手中におさめる事が
無い、夜空に浮かぶ月のようなものだ……私はレイを養女にした事で、 ただ 水面に写っ
ている月の写し身だけを掌中におさめたにすぎない……だが……君にならレイを任せられる
と思ったのだが、これは親のエゴかも知れないな」
綾波社長は少し寂しそうな笑みを浮かべて言った。

「お父様 車の用意が出来ました」

綾波さんの義父さんは、偽りの家族である、レイさんの事をそこまで案じている事を知り、
僕は少し重苦しかった胸が軽くなったように感じた。
僕は椅子から立ち上がりながら思いを巡らせた。

お互いがお互いを必要としているのなら……偽りの家族でもいいかも知れないと……




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どうもありがとうございました!


第9話 終わり


マナ:前話の予告で、今回の話でシンジはどうなっちゃうんだろうって心配してたけど、いい話でよかったわ。

アスカ:まったくよ。心配して損しちゃった。

マナ:みんなの為にシンジもがんばったわね。

アスカ:そうね。綾波社長が良い人だったんで、よかったわ。

マナ:シンジのことをかなり気に入ってたみたいだしね。

アスカ:だからといって、ファーストとくっつけようとしたら許さないわよ!

マナ:それは、わたしも許せないわね!

アスカ:アンタには関係ないでしょ!

マナ:どうしてよ!

アスカ:まっ、シンジはアタシを探す為に綾波社長の話を断ったんだから、心配ないけどね。

マナ:アスカを探すなんて一言も言って無いじゃない。

アスカ:そんなの、いちいち言わなくてもわかるわよ。

マナ:それより、ファーストのことが一段落したのが逆に恐いわ。

アスカ:どうして?

マナ:だって、シンジがこの街にいる必要がなくなったんだから・・・。

アスカ:いいことじゃない。これで、アタシを思う存分探せるってもんよ! 早くみつけるのよ、シンジ!

マナ:そう上手くいくといいけど・・・。
作者"尾崎貞夫"様へのメール/小説の感想はこちら。
uraniwa@ps.inforyoma.or.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。


第10話父と子」 に続く!

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