帝国華撃團訓練校
第一話初めての授業その1

太正十三年四月某日
突如、帝国華撃団訓練校への出向が発令される。
帝国華撃団(略して帝撃)と言えば魔力(霊力だったかな?)を用いて魔物と戦うという何やらあっち系の部隊だったはずだ。
くそっ、海軍きってのエリートたるこの俺がなんでそんなキワモノ部隊の研修所なんぞへ飛ばされにゃならんのだ。…やはり、この前の命令違反がまずかったのだろうか?だが、あんな馬鹿の命令におとなしく従っていたのでは命がいくつあっても足りないぞ!…俺の才能に嫉妬してやがるな!?
だが、命令は命令だ。こんなことで失業するのも馬鹿らしいしな…しょうがない、魔法使いどもの戦争ごっこに暫くつきあってやるとするか……
(大神一郎の日記より)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

帝都某所、帝国華撃団訓練校。一応秘密軍事施設なので詳細な場所は記述できない。もっとも、とある事情によりご近所にはバレバレなのであるが…

チュドーン…!

「………」
「さくらさん、いい加減にしてくださらないこと!!」
「すっ、すみません!」
見上げれば、空はどこまでも青く、周りを見回せば、視界を遮るものは遠くに小さく見える灰色の塀のみである。ここは帝撃訓練校、屋外演習場。
そしてすぐ近くに目を転じれば、黒く煤けた訓練用霊子甲冑・桜武の装甲と、煤をかぶった人の姿。すぐ目の前には一際厳しい表情の、もっとわかりやすく言えば目を逆三角形に吊り上げた少女の顔があった。
「もう一年以上になろうかと言うのに貴女ときたら相も変わらず暴走、暴走、暴走!巻き込まれるこっちの身にもなってくださいな!!」
「……すみません」
「まったく。貴女、帝撃に向いてないんじゃなくて?いくら真宮寺閣下のお嬢様だからと言って、華撃団は七光りが通用するようなところではなくってよ」
「…っ!」
「おい、すみれ…」
「そろそろ貴女も自分の才能に見切りをつけて、身の振り方を考えた方がいいんじゃありませんこと?」
「……」
「さあ、そんなところにつっ立っていられては訓練の邪魔ですわ。壊れた機体はわたくしたちが片付けておいてあげますから、貴女はみんなの邪魔にならないよう校舎に戻ってなさい!」
「…すみませんでした!」
ペコリと頭を下げると、さくらと呼ばれた少女は顔も上げずに走り去った。

「すみれはん、相変わらずきっついなあ」
「すみれ、ちょっと言い過ぎではなくて?」
眼鏡をかけた華奢な少女とプラチナブロンドの長身の少女が、服に付いた煤を払いながら顔の汚れを拭いている、つい今し方まで(おそらく)さくらという名の少女をなじっていた少女に、やや非難をたたえた口調で話しかけた。
「なにを甘いことを!さくらさんが毎度毎度技を暴走させてくださる所為でわたくしども花組の訓練過程はどんどん星組に遅れを取っていくのですよ!?
わたくしは、さくらさん一人の所為で星組などに負けたくはありませんの!」
すみれと呼ばれた美しい少女は傲然と言い放つ。きれいに汚れをぬぐったその顔は、先刻までの煤にまみれた姿からは想像できぬほど美しい。そして、今の台詞に相応しい、プライドの高そうな容貌をしている。
「負けたくないってのは同感だけどよ、それにしたってもうちょっと言いようってもんがあるんじゃねえのか?」
「そうこう言っているうちにもう一年なのですよ!」
ブロンドの少女以上に長身の、赤毛の少女の言葉にすみれはあくまでも強い口調を崩さずに応える。
「でもやっぱり可哀想だよ〜」
これは一際小柄な、金髪の少女の一言。
「あの娘(こ)には向いてないのよ……」
独り言のようなすみれの呟きには、悪意以外のなにかが詰まっていてそれ以上彼女を非難することを許さなかった……

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(ここが帝国華撃團訓練校か…)
物珍しげにキョロキョロ辺りを見回しながらのんびり歩いている若者がいた。白い海軍士官の制服に身を包んだ長身の、逆立った髪と切れ長の双眸が印象的ななかなかの二枚目である。
しかし、彼の佇まいは場違いなほどにのんびりしたものであった。忙しげにすれ違う軍服の男達は皆、胡散臭げに視線を投げてすれ違っていく。それも当然のことだろう。ここは帝国華撃團訓練校。特殊部隊、帝国華撃團の隊員を養成するための軍事施設なのだから…

帝国華撃團、それは霊子甲冑と呼ばれる秘密兵器を軸とした従来とは全く異なる戦術部隊である。魔術と呼ばれる力、魔物と呼ばれる存在、そうしたもの達に対抗する為の部隊。かの『降魔戦争』と呼ばれた科学の常識を覆した戦いの英雄、対降魔部隊四天王が中心となって設立した新軍団。
帝国華撃團の隊員となるための条件は「霊力を備えていること」である。特に、華撃團の中核を成す霊子甲冑部隊のパイロットには強い霊力が要求される。その為であろうか、この訓練校に参加している候補生達の顔ぶれは、これまでの軍の常識とは著しくかけ離れていた……

キョロキョロしながら、であったからこそ気がついたのだろう。ちょっとした雑木林になっている中庭の木立の影に、彼は蹲る人影を発見した。
(あの後ろ姿は…若い女性だな。少女だ、たぶん美少女に違いない)
と、思ったかどうかはわからないが、野暮な野戦服を身につけたその小柄な人影の方へ、いまにもスキップに変わりそうな軽い足どりで青年は近づいた。
「どうしました、どこか具合でも悪いのですか?」
近づく途中で、小さな嗚咽を聞き分ける。その声から少女であることを確信した青年は、嫌味なほど気取った猫撫で声で小さな背中に話しかけた。
顔を上げる少女。
青年が微妙に腰を引く。
(外したかな、こりゃ……)
少女の顔は煤と涙の跡に汚れ、ひどい有り様だったのである。おそらく腰まで程もあるだろう、長い髪が見るからに邪魔にならないだけ、の為に乱暴に纏められ、野暮ったい雰囲気を増幅している。
「ちょ、ちょっと待っていて下さい」
少女が口を開くより早く、青年は早口に台詞を並べると、足早にその場を離れた。
逃げ出したのか?
否、流石にそれ程極悪でもなかったようである。
…単に根がナンパなだけかもしれないが。
「これで顔を拭いて下さい」
水場からよく絞った手拭いを持って来て少女に差し出す青年。
「大丈夫、綺麗に洗ってありますから」
戸惑った様子を見せる少女にそう言い添える。
一呼吸だけ躊躇って、少女は青年の手から手拭いを受け取った。丁寧に顔を拭う仕草は育ちの良さを感じさせる。
(華族、…じゃないな。士族か)
ただそれだけの動作でここまでわかるのだから大したものだ。
…相手が若い女性だから?
多分そうだろう。
何度も手拭いを折り返して丁寧に汚れを落とすと、少女は漸く顔を上げた。
青年は口笛と小躍りを懸命にこらえた。
(やった!大当たりだ!!)
美しい少女であった。
黒目がちの大きな双眸、すっと通った鼻梁、慎ましげな小さめの口を飾る形のよい鮮やかな紅唇。
野暮な髪型と野暮な服装を何とかすれば、さぞや輝いて見えるだろう。否、煤にまみれた野戦服姿の今だって海軍でむさ苦しい男どもに囲まれていた青年の目にはこの上なく眩しかった。
「ありがとうございました。ご親切にしていただいて」
その声は、月並みな表現だが銀鈴を振る様な澄んだ美声。
青年は感動に近いものを覚えていた。
(いい所じゃないか、ここは。…待てよ、この娘(こ)、まさか今日だけ訓練に派遣されているなんてことは…)
青年の心に渦巻く煩悩。だがその表情はいたって実直そうに微笑んでいた。
表情を読ませないことは、白兵戦技の重要な心得の一つである。
そして、その実直そうな振りに騙される、まだ世間というものをよく知らない美少女。
「あの、あたし真宮寺さくらといいます。もしよろしければお名前を…」
「これは申し後れました。私は帝国海軍少尉、大神一郎です。本日付けで、当訓練校出向を命じられました」
「大神少尉さん、ですね?それでは、こちらで教官をお勤めになられるのでしょうか…?」
「大神、で結構ですよ、真宮寺さん。貴女はこちらの訓練生ですね?暫く、ご一緒させていただきます。どうかよろしく」
「えっと…大神、さん、私のことはさくらと呼んで下さい。こちらこそよろしくお願いします」
海軍仕込みの申し分ない英国紳士振り(つまり、表面だけのエセ紳士)に、さくらはすっかり警戒を解いてしまっていた。大神を見詰める眼差しには尊敬の色すら込められている。海軍から派遣されてきたという話を聞いて、海軍を代表するエリートだと勝手に決めつけてすらいた(大神本人に訊いたら、その通り、と胸を張るに違いない)。
「大神さん、もしよろしければ、事務局にご案内いたしましょうか?」
純然たる好意で申し出るさくら。
その前に着替えた方がいいと思うが。
内心そう思った大神だが、この時は無論、彼女の好意を利用させてもらうことにした。

当時海軍士官と言えば、数少ない海外経験者の集団である。まして大神は少尉任官から一年間、ずっと南洋海域で任務に就いていた。当然、女の子が興味を引きそうな珍しい話題を豊富に持ち合わせている。
事務局にたどり着くまでの短い間、軽く思われない様注意しながら盛大にサービス精神を発揮した結果、さくらの大神を見る目はすっかり好意的なものになっていた。
「大神さん、こちらが事務局です」
「ありがとう、さくらさん」
「いいえ、このくらい。それでは、失礼いたします」
ぎこちない敬礼を見せるさくらに、ビシッと鮮やかな答礼を返す大神少尉。まあ、正規の訓練を受けた海軍士官としてはこの程度出来て当たり前なのだが、さくらにはこの上なく凜々しい姿に見えた。
知らぬうちに自分が深みに呑まれていっていることに、さくらは気付いていなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「帝国海軍少尉大神一郎、本日1200をもちまして帝国華撃團訓練校に着任いたしました」
「そうしゃちほこばるこたぁねえぜ。ここはお堅い正規軍とはちっとばかし毛色が違うんだ。まあ、楽にしてくれや」
「はっ」
デスクの前にふんぞり返った初老の軍人を前に両足を軽く開いて休めの姿勢で待機する大神一郎。
そして彼の前でだらしなくふんぞり返っている男こそ、対降魔部隊の隊長にして四天王の一人、対降魔部隊として活躍する以前から幾多の戦場で数々の武勲を上げ帝国軍屈指の知将として知られている帝国陸軍中将、米田一基である。
米田の傍らには一人の若い女性が控えていた。米田と同じ対降魔部隊の制服を着ている。階級は特務中尉。「特務」とはいえ、対降魔部隊は降魔との戦いに比類ない実績を誇る部隊であり、その実績ゆえに、こと「魔」との戦闘においては正規軍の少佐に匹敵する指揮権を認められている。
大神も出向先の下調べくらいはしてきている。この女性は若くして、しかも女性の身でありながら英雄の列に数えられる対降魔部隊四天王の一人、名前は……
「帝国海軍南洋治安艦隊所属、大神一郎少尉。任官一年目にして空前の撃破数を記録した機甲上陸部隊の若き撃墜王。貴方のような優秀な士官を当訓練校に迎えられて大変光栄に思います。私は帝国華撃團訓練校霊子甲冑パイロット養成過程の主任教官であり花組の担任も勤めています、対降魔部隊特務中尉、藤枝あやめです」
前置き過剰の挨拶に少しうんざりしながらも、表情には露ほども見せず実直そのものの態度で大神は敬礼を返した。
「そして俺がここの責任者、米田一基だ。
早速だが、オメエにここに来てもらったのは他でもねえ。通称、『南海の白き狼』。その人型蒸気の腕を見込んで、候補生どもに機甲戦のイロハを叩きこんで貰いてえ」
「人型蒸気操縦の教官。それが私の任務ですか?」
「正確には、霊子甲冑の操縦よ」
「霊子甲冑…聞いたことがあります。何でも、操縦者の霊力を取り込むことで既存の人型蒸気では考えられない飛躍的な高性能を実現した新兵器だとか。しかし、私は操縦どころか霊子甲冑の実物を見たことすらありませんが」
「多分、問題無いわ。霊子甲冑の操縦は人型蒸気とほとんど同じ。後は霊力を形に出来るかどうかだけだから」
「しかし、その霊力が私にはさっぱり…」
「大丈夫(でーじょーぶ)だろうよ。実は、うちのもんにお前さんの戦い振りをこっそり覗かせてみたんだがよ。オメエ、霊力に対応していないただの人型蒸気で霊力を放ちながら戦っていたらしいじゃねえか。だったら、最初から霊力対応に造られている霊子甲冑は楽勝だぜ」
「はあ……」
「論より証拠だ。屋内訓練棟に訓練用の霊子甲冑を用意させてるから試しに動かしてみな。話の続きはそれからだ」
「…はっ、わかりました」
「そんじゃあ、あやめくん。そいつを訓練棟まで案内してやってくれ」
「わかりました、長官」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

対魔迎撃部隊、帝国華撃団隊員養成の訓練校と言っても、中身は、少なくとも形の上では、普通の学校とそれ程変わりはない。組ごとに分かれた教室、各組を担当する指導教官。ただ各組の人数がかなり少数であること、学年という概念がないこと、そして生徒の先天的素質によって年齢に関わりなく訓練が進められることを除けば。
ここは帝撃訓練校、花組の教室。
「紅蘭、紅蘭!」
「何や、由里。講義はどないしたんや」
「教官はみんな実技棟よ。多分午後はもう、どの組でも講義は無いと思うわ」
「……何かあったん?」
教室の窓から眼鏡の少女、紅蘭を捕まえておしゃべりを始めたのは帝撃訓練校、風組所属の榊原由里という少女である。…それにしても、女学校でもないのに何故若い女性ばかりなのだろうか?
「大ニュースなのよ!さっき、海軍から新しい教官が着任したの!」
「へえ……それで、その新米教官の腕を見にセンセイら実技棟に集まっとるっちゅうわけかい…?
まあ、ここに派遣されてくる以上、それなりの『霊力(ちから)』の持ち主やろさかいなぁ。無関心ではおれんやろ」
「特にやって来たのが『南海の白き狼』と異名を取るやり手士官と来てはねぇ」
「なんやの?その『南海の白き狼』っちゅうんは?」
思わせぶりな台詞に他の少女たちもゾロゾロ窓際に集まってくる。教室の隅で小さくなっていたさくらまでもが。
「早速情報仕入れてきよったんかいな?相変わらず耳の早いこっちゃ」
「へへー、聴きたい?」
「そこまで言われたら気にならんはずないやろ?もったいぶらんと早う教えて」
えっへん、という感じで胸を反らし、由里と呼ばれた少女は得意げに話し始める。
「海軍少尉、大神一郎。元、南洋治安艦隊機甲上陸部隊『海狼』第七小隊隊長。海軍若手ナンバーワンの呼び声高い有能な実戦型士官。特に人型蒸気の操縦にかけては海軍にとどまらず帝国軍有数の凄腕らしいわ」
「へぇ〜!?」
「とにかく戦歴がすごいのよ。僅か一年足らずの間に、南洋海域を荒らし回っていた海賊の拠点を三十以上壊滅させたって言うんだから」
「一年で三十?ほな、十日に一個っちゅう訳かいな?」
「そして最も特筆すべきことは、五十回以上の出撃で一度も負傷していないということなのよね」
「由里、それ本当?」
「どうせ安全な後ろの方で命令だけ出してたんじゃねえの?」
プラチナブロンドの少女、マリア、赤毛の少女、カンナが次々と口を挿んでくる。他の三人、さくらを除く三人もカンナの意見に頷いているようだ。確かに、五十回もの戦闘で一度も敵の攻撃を受けていないというのは不自然過ぎる。敵の弾が飛んでこない所にいた、と考えるのが妥当だろう。
しかし、由里ははっきりと首を振る。
「ううん、そんなことはあり得ないのよ。だって、敵人型蒸気の撃破数は断然で一番だもの」
「……何ですって?」
「つまり、最前線にいながら一度も敵の攻撃をまともに受けてない、…そういうことですの?」
「そっ。敵の銃弾すら恐れをなして避けていく、とまで言われてたみたいよ?」
「へぇ〜〜、そらまた凄いお人やなぁ……」
「よく海軍はそんな人材を手放したわね……」
「何かあったのかなぁ」
金髪の小柄な少女、アイリスことイリス・シャトーブリアンの一言で少女たちは、由里も含めて、一斉に考え込む表情になった。
そしてただ一人だけ、さくらの瞳の中には、他の面々と異なる光が宿っていた……

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「大神少尉、これが訓練用霊子甲冑、桜武だ」
「これが霊子甲冑ですか。噂には聞いています。従来の機動兵器の常識を超越する新兵器だとか。なるほど、見るからに風格に溢れていますね」
「そうだろうそうだろう。流石は帝国軍きってのパイロットだ。見る目があるぞ、君は。ハッハッハッハ」
「真之介…」
そつなく「よいしょ」をする大神の言葉に、得意げに胸を反らす青年士官を半ば呆れ顔で軽くたしなめるあやめ。
帝撃訓練校屋内訓練棟、通称実技棟。あやめに連れられた大神は、霊子甲冑開発責任者、山崎特技少佐に引き合わされていた。(「特技少佐」は「特殊兵装技術少佐」の略。特殊兵装技術、は「一般」の軍用技術と別体系の兵装を扱う技術士官、という意味。一般の軍用技術と別体系の技術、と呼ばれるべきものは霊子技術以外に無く、「特技」士官とは事実上霊子兵器技術を扱う技術士官のことを指している。その希少性と専門性から、「魔」の要素が絡む戦闘においては通常士官より二階級上の指揮権限が認められている。)
背丈はほぼ大神と同じくらいか。長身痩躯、軍人らしからぬ長髪の、かなりの二枚目である。軍人よりも銀幕の二枚目俳優の方が似合いそうな外見。
だが、この男こそ降魔戦争の英雄、元、陸軍対降魔部隊四天王の一人にして現帝国華撃團技術主任、霊子甲冑をはじめとする霊子兵器の開発者、山崎真之介その人であった。
ちなみに、対降魔部隊四天王とは上代より伝えられた霊剣、二剣二刀の継承者にして過ぐる年、大量発生した異界の魔物、降魔を激闘の末「二剣二刀の儀」を以って闇に返した四人の戦士、米田一基、真宮寺一馬、山崎真之介、そして藤枝あやめの四人である。
大神の前にいるのは若くして伝説と化した二人の勇士。大神の態度はそれに相応しい丁重なものだ。さりげなく、相手のことを持ち上げてみせるのも忘れない。ごく普通の、礼儀正しい青年士官の姿。
しかし、あやめは彼の態度に何となく違和感を感じてしまう。礼儀正し過ぎるのだ。米田中将や真宮寺少将は年齢的にもそれなりに貫禄があり、英雄の名に相応しい格を漂わせている。しかし、山崎や、特にあやめの余りに若い姿と名声のギャップに、二人を前にした者は大体において戸惑いと疑念を態度の端々にちらつかせてしまうものなのだ。
そう、大神は二人の名声にまるで畏れ入っていない。それは別に咎め立てすべきことではない。特別扱いにうんざりしているあやめには、むしろ好ましいものだ。それでも、何か引っかかるものを感じてしまうあやめであった……
「この機体は操縦席を君の体格に合わせて調整してある。早速乗ってみたまえ」
「はっ」
あやめの思いに関わりなく、山崎はすっかり大神が気に入った様子だ。気まぐれで気難しい彼には珍しいこと。上機嫌で大神に桜武搭乗を促す。
鋼線入り強化ガラスで仕切られた観覧席に陣取る十数人の、あまり好意的とは言えぬ視線の中、霊子甲冑の操縦席にもぐりこむ大神。
「大神少尉、期待しているぞ。君のようなプロフェッショナルが霊子甲冑には必要なのだ」
「真之介…」
今度は、小声ながらはっきり非難の色を込めて山崎の名を呼ぶあやめ。
「うるさいぞ、あやめ。俺は本当のことを言っているまでだ」
「でも、ここは訓練校なのよ。素人をプロフェッショナルに育て上げるのが私たちの役目じゃない」
「敵は待ってはくれんのだ。今のままではせっかくの『光武』も宝の持ち腐れというものではないか。
さあ、大神少尉、説明した手順で起動してみてくれ」
『了解。通常機関始動』
スピーカーから聞こえてくる大神の声。
機体から距離をとる二人。
甲高いタービンの回転音が始まる。ここまでは誰にでも可能。
『霊子機関始動』
独特の響きが耳ではない感覚に聞こえてくる。特殊な感覚を持つ者のみに聞こえる、独特の霊子機関駆動音。
「やったぞ!」
小躍りせんばかりに小さく叫ぶ山崎。
『霊子甲冑桜武、起動』
支持架を離れ、スムーズに歩き出す白い桜武。
「すごいわ、一度で起動に成功するなんて……」
心に生じた疑念も忘れて、感じ入ったように呟くあやめ。
あやめ自身、霊子甲冑試作機、神威零型のパイロットである。あやめの霊波に合わせて特別な調整を施された機体。言うなれば、あやめ用に作られた機体。
それでも、動かせるようになるまでには二桁の試行が必要だった。これはあやめに限ったことではない。霊子機関との適合性が決定的に欠如していた米田は別にして、真宮寺少将も、山崎も、彼ら用に調整された機体、神威を用いたにも拘らず片手の指では起動できなかった。それを、大神は一度で起動してみせたのである。特に彼の霊波特性を考慮されていない、量産型の桜武で。
しかも、なんと滑らかな動き。歩くだけでもそれとわかる、熟練した操縦。帝国有数の、もしかしたら随一の、人型蒸気パイロット。その看板に偽り無しと思わせる技術。
「大神少尉、君の得物は双刀だったな?」
『はい』
「壁際の架台に霊子甲冑用の白兵装備が収納されている。刀も何本か用意してあるはずだ。試してみたまえ」
『わかりました』
霊子甲冑用にしてもかなり長めの大太刀を両手に握り、試し切り用のダミーに向かう大神。構えも見せず、いきなり二本の刃を閃かせる!
「おおっ……」
「まるで人だわ……」
機械のぎこちなさを全く感じさせず、樫の大人形を切り刻む桜武。
五つ目に向かったところで初めて構えを見せる。
「………」
「………」
高まる霊気。霊子機関の音ならざる響きがひときわ甲高いものになる。
まさに太刀を振り下ろさんとしたその時、白い機体は動きを止めた。
手を下ろし、再び支持架へ向かって歩いてくる。
「どうした、大神少尉」
問い掛ける山崎。
『霊子機関に異常が発生しました。過負荷ではないかと思われます』
答えは驚くべきものだった。
「初めてでは、ないのか……」
そんなはずはないということくらい、山崎が一番よく知っている。霊子甲冑は山崎が開発した秘密兵器。ここ以外で乗る機会などありはしない。ならば何故、ほとんど経験の無い機体の、しかも霊子機関の異常がわかったのだろうか?
ハッチが開くと同時に山崎は機体へと駆け寄った。大神と入れ替わりになるように操縦席へと飛び込む。計器を一通りチェックして、覗き込むあやめと目を合わせる山崎。呆然と。その表情が、大神の信じ難い分析力を雄弁に物語っていた。
訓練場を、観覧席を、驚愕を含んだ沈黙が支配していた。

 

その2へ

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