アレッ^3



 
 

皆さんは“深窓の令嬢”という言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか。夏の高原、これは軽井沢でも那須でも上高地でもどこでもいいのだが、必要なのは別荘である。そしてその別荘は鉄筋の風情の無いものであってはいけない。当然のことながら純日本風の家屋であっても都合が悪い。やはりここはヨウカン...決してあんと寒天を固めたものではない。西洋風の建物としての洋館で無くてはならない。しかも、2階には小さなバルコニーなどあればなおの事都合がよい。周りには鬱蒼と木々が茂っているのは必須条件である。その木漏れ日の中、白いチェアーに腰を掛けて詩集などを読んでいる...やはりこれがお約束の姿ではないだろうか。ここで必要な小道具は本である。先に詩集と書いたがこれは譲る事は出来ない。そうでなければ赤毛のアンとか秘密の花園とかいった作品が好ましい。ハーレクインロマンスなど問題外であり、フランス書院などもってのほかである。コミックスでは知的な雰囲気が出せない。やはりここは詩集がベストである。しかも外国の作者のものが更に好ましい。別に日本の詩人を蔑視するわけではない。小道具としての完成度を求めてのことだ。ちなみに外国の詩人と言ってもテニスンとか言うわけの分からない作者を出されても困る。やはりハイネとかリルケとかボーボワールとかワーズワースあたりが良いだろう。間違ってもホメロスなんて古いものではいけない。えっと...何が言いたいかと言うと、別に作者の貧困な知識をさらけ出したいわけでもなく。単に作者の頭の中にあるステレオタイプの“深窓の令嬢”と言うものを皆さんに分かりやすく説明したのである。つまりなんの為かと言うと、今回はそのおとなしさ、煩悩を具現化した“お嬢様”をテーマとしたいのだ。したがってエヴァキャラの中でこの役に似合う人と言えば一人しか居ない。あらかじめ断っておくが、この物語で年齢の詐称はしない。だから年をごまかした赤木リツコとか若作りの葛城ミサトが出てくると言う事など決してない...前振りが長い?もう分かっているから先に進め?つれないね君は。好意に値しないね...はいはい、先に進めますよ。えっと、今回は一部眼鏡っ子マニアに人気があると言われている山岸マユミが登場する事になるのである。ちなみにこのマユミちゃん、話の都合と言うか初めからシンジ君と同じ学校に居たりする。ちなみにクラスはAではなくJである。同じクラスに居てもらっては都合が悪いと言う作者の都合である。マユミちゃんの家は元華族で代々外交官を勤めてきたと言う血筋になってもらっている。曾祖父の代では、天皇家ともつながりがあったと言う筋金入りのお嬢様と言う身の上になる。こんなお嬢様、本来ならこのような市立の学校ではなく、名門女子校に入っていてしかるべきなのだが、本人の強い希望により、中学の間だけ共学の市立中学に入学した。この時も彼女の両親は見かけ上共学である有名私立を進めたのだが、男子部と女子部の間に山二つあると言う事実が彼女に知れたため、あっさりとその案は却下されたのだった。そう言うわけで強い意志を通したマユミちゃんは共学の楽しみを満喫していた...かというとそうではない。元々照れ屋で引っ込み思案な複雑な性格であったため、元気に男の子と遊ぶなどと言うまねが出来るはずが無かった。従って本を友達として、放課後は図書室にこもる事が多くなっていた。彼女の愛読書はやはりお約束の詩集...という訳ではなく、意外と恋愛小説だったりする。まあハーレクインではなく、コバルト文庫であるのが救いだが...彼女は本の中の主人公を自分に投影して想像することだけが楽しみだった。その中では自分は体育祭のヒロインであったり、舞台の花になっていたりした。相手の男性は幼なじみであったり、少し不良の男の子であったりした。少なくとも彼女の想像の中では彼女は自由であり、目立たない平凡な少女ではなかった。そんな図書館の住人である彼女にもA組の碇シンジの噂は届いて来る。人の口を伝わってくるわけである。良い噂であるわけがない。やれ公衆の面前で女の子の手込めにしたとか、幼なじみの特権を悪用していたいけな少女を騙しているとか。二人の美少女の間で二股を掛けているとか。14歳にして本妻と二号を持つど外道だとか。本妻のことを心配した昔のボーイフレンドを痛い目に遭わせ続けているとか...何だみんなホントのことじゃないか...まあ噂の真偽はともかく、彼女の心の中で碇シンジはとんでもない男として決定づけられていた。当然クラスが遠く離れており、しかもそれまでシンジは目立つと言うことから縁もゆかりもない生活を送っていたわけである。当然彼女がシンジと面識が有るわけがなかった。従って彼女の中のシンジはにやけた嫌らしい男でもあり、脂ぎった変態でもあり、そしてまた髪の毛の色を染めた不良で有ったりする。まあ彼女の中で自分とは最も似合わない男性のステレオタイプの男性像がシンジであったわけである。しかしそんな中でもほんのわずか想像の中の碇シンジに対するあこがれも有ったりする。自分とは違って積極的な人生を送っている。そして自分を変えてくれるかもしれない男性...これまた小説の読み過ぎとしか言いようのない空想をしていたりもするのだ。まあ斯様にマユミは碇シンジのことを知らないわけである。従って、今現在目の前で参考書と格闘している少年が話題の彼であるという事など気づくはずはなかった。
 
 

「あの人...また来ている...」
 
 

マユミはいつも図書室で顔を合わせる優しい顔をした少年に、密かな思慕を感じていたりもする。何しろお互い“目立たない”同志である。何かと共通するものがあるのだろう。そういう訳で、マユミはずっとシンジ君のことを見ていた。だからここの所、彼の様子が変わってきた事に心配などもしている。
 
 

「とってもお疲れのよう...」
 
 

そりゃあ疲れもするだろう。何しろアスカとレイの相手をしている上に、学校では嫉妬に狂った男達の相手をしなくてはならないのだ。とりわけ渚カヲルの執念はすさまじく、なにかにつけ碇シンジを亡き者にしようとしていた。もっともそのすべての試みは返り討ちにあっているのであるが、それでも相手をぼこぼこにするのも疲れるのだ...多少溜飲は下がるが...まあそう言うわけで彼はとっても疲れている。ならなぜ自宅に帰らないか?それはやはりアスカとレイの二人に原因があったりする。自宅に帰れば彼女たちの両親も含め、格好のお茶のお菓子にされるのだ、女5人の中の男一人である。そこから導き出される世界は筆舌に尽くしがたいものである。まあそう言ったわけで、彼自身の自由時間は就寝の少し前ぐらいしかない。同じように時間を過ごしているアスカやレイは元々の成績が良かったこともあり、学業には支障をきたしていない。しかし元々凡庸で目立たない成績であったシンジ君はそうはいかない。独身教師のやっかみを一身に受けたこともあり、授業中も心休まる暇もなかったのである。つまり当社比100倍ぐらい指名されるのだ。しかも難しい問題に限って。はじめの頃は学業優秀な二人からのサポートを受けられたのだが、それに感づいた教師がそのルートを絶ったため、後は自助努力で何とかするしかなかったのだ。かくして彼は追っ手の男子生徒を捲き、アスカやレイには頭を下げまくり、静かな図書館へと待避して勉強をすることとなったのである。もっともこのおかげで彼の成績は鰻登りになることになる。全く何が幸運になるのか分かったものではない。その間アスカやレイは何をしているかと言うと、はっきり言って男子生徒の陽動である。神出鬼没に現れる彼女たちが目眩ましになり、男子生徒の探索の手は図書室にまでは伸びていなかったのだ。学校中の目が他に向かっているため、図書室の中は非常に閑散としていた。そこにいるのはシンジとマユミだけ。閉鎖された環境に二人きり、その思いがマユミの思いに火をつけた。
 
 

「お話しがしたい...」
 
 

そう思うこと自体、引っ込み思案な彼女にとって大きな進歩である。しかしこの世界には使徒もエヴァもない。従って、彼女とシンジ君の間をつなぐものは何もないのだ。当然地球防衛バンドなどと言うお遊びが有るわけがない。彼女には悶々と熱い視線をシンジに向けることしかできなかったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 

ちょうどその頃、二人の美少女に翻弄されていた男達は、耳寄りな情報を掴んでいた。ある意味決定的な情報で有るとも言える。すなわちにっくき碇シンジの居所である。しかし彼らは賢明にも直ちにその場に直行することはしなかった。邪魔が入らないように、二人の美少女をそこから遠ざけておく必要があるのだ。共通の目的があるせいか、彼らの団結は固かった。すぐさまアイコンタクトを交わすと、一握りの精鋭が碇シンジ抹殺のため、目標地点へと離脱していったのだ。当然ながら先頭には渚カヲルの姿がある。彼らは本隊がうまく二人を追い回しているのを確認すると、勝利を確信した笑みを浮かべた。

「やはり天は正義に味方した」

彼らの目的地は図書室。碇シンジの座っている席の情報は得ている。その後ろには大きな書架があり、そこには厚み・堅さともに十分あり、女性ではちょっと苦労しそうな重い本が満載されていることも。彼らはほんの少し良心の呵責に耐えれば目的を達成できるのだ。別働隊10人は、渚カヲルを先頭に意気揚々と図書室への通路を進んでいった。

「目標はどうなっているんだい」
「最終兵器の前で我々に殲滅されるのを待っています」
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだね。
 最終兵器の細工の方はどうだい」
「すでに地震対策のストッパーを始め、各種拘束具は除去済み。
 後は作戦の実行を待つだけという状態さ」
「ふふふ、その情報行為に値するね。
 つまりするってことさ」

訳の分からないお約束をかまし、渚カヲルの右手が小さく振られた。それを合図に10人は各自持ち場に着いた。あるものは書架の後ろに回り、そのまま押し倒す役。あるものは妨害するものの監視。彼らの計画は成功するはずだった。しかし彼らはある事実を見落としていたのだ。それを持って彼らを非難することは出来ない。何しろ見落としていた相手というのが、碇シンジと並んで‘一中目立たないランキング’のトップを併走していた山岸マユミなのだ。最もこのランキング、碇シンジの脱落により、マユミの一人勝ちの状況になっていた。この時点で彼らの計画は、予測できないものへと変わっていった。

「シンジ君、君はもう少し自分の立場を理解する必要があったのだよ」

カヲルの呟きとともに、書架にかかっていた手に力が込められた...
 
 
 

◇◆◇
 
 
 

山岸マユミにとっては生まれてこの方二度目に振り絞った勇気だろう。一回目は親に逆らって公立の中学に入学したこと。そして二回目が碇シンジに声を掛けることだ。学校に入学して以来1年以上、図書室で見つめてきた相手。今日こそは挨拶をしてみせる...挨拶に1年もかけるなよな、おい...彼女はありったけの勇気を振り絞り、震える足を励ましながら、一歩一歩シンジの座る席へと歩いていく。幸いこの時間は他の生徒の姿はない。マユミの勇気は他に知られることはないのだ。そのことに力を得て、マユミはまた一歩一歩シンジへと近づいていく。………ある意味怖い景色かも知れない………生まれて初めて異性に声を掛ける。その緊張でマユミの顔は青ざめていた。

一歩一歩マユミは進む。当然図書室なのだから距離は有限である。マユミにとっては無限とも思える長い道のりを超えて、碇シンジの前へとたどり着いた。胸が高鳴り、息が切れる、ひょっとしたらこのまま死んでしまうのではないかと言う錯覚を感じながらマユミは最後の勇気を振り絞った。

「あの...またお会いしましたね」

蚊の泣くような声で絞り出された声がシンジに届くことはなかった。それはシンジの罪ではない。彼女の口元に耳を近づけてようやく音と分かる小さな声だったからだ。そのこと自体、声を発したマユミ自身よく分かっていた。もっと大きな声を出せばいいのだが、今の彼女にはこれが精一杯だった。このまま彼女の努力が報われないで終わるのかと思ったとき、奇跡が起きた。まるで彼女の声が聞こえたかのように、シンジが顔を上げたのだ。そしておもむろに立ち上がるとそのまま彼女を押し倒すように覆い被さっていった...少しここでシンジ君の弁護をしておこう。彼は決して強姦癖が有るわけではない。どちらかといえば非常に奥手であり、引っ込み思案でもある。しかし、類い希なる彼の危機回避能力は、崩れてくる書架の動きをいち早く察知していた。その瞬間、彼は回避しようと顔を上げたのだが、そこにマユミの顔があったのだ。一目で彼女の危機を察すると、折からの優しい性格が発動され、二人そろって逃げ出すことは不可能と判断したシンジ君は、彼女を身を挺してかばう行動に出たわけである。弁護終わり...一瞬自分の想いに裏切られたと感じたマユミだったが、次の瞬間轟音を立てて崩れ落ちてきた重量物にシンジの意図を悟った。
 
 

「ああ、私はこの方に出会うために生まれてきたのだ」
 
 

ラブロマンスものの読み過ぎのきらいは有るのだが、あながちはずれでもない。何しろ作者の設定がそうなのだから...まあその話は置いておこう。

マユミは押し倒された反動で掛けていた眼鏡をとばしてしまったが、シンジの体のおかげで落ちてくる本からは完全に守られていた。マユミの目の前ではシンジが腕を突っ張り本からマユミを守っている。重い本がぶつかる度にシンジは小さなうめき声を上げる。スローモーションで流れていく時間の中、マユミは自分を守るシンジの力強さを感じていた。そして自分の中で形になっていく愛を自覚していた。マユミの愛は、この短い時間の中で目の前の男性に一生を捧げる決意を固める所まで昇華していた。そして一瞬と言うには長い時間の後、終局は訪れた。重量たっぷりの書架が二人の上に倒れてきたのだ。さすがにシンジもこれは支えきれなかった。それでも、自分の肘でマユミに重量が掛かるのを防いだのは立派だった。肘で体を支えながら、シンジは最後の力を振り絞って自分の下に居る少女に告げた。

「さあ、今の内に逃げて...」
「でも...」

ああ、この人は私を命がけで守ろうとしている。マユミはあふれる涙を止めることは出来なかった。

「ごめん、もう支えられそうにないんだ。
 だから君だけでも逃げて欲しいんだ」

その言葉にマユミは頷いた。そして流れる涙を拭うこともしないで、シンジの作ってくれた隙間から外へと這い出した。シンジはそれを確認すると、張りつめていた気が抜けたのか支えていた肘から力が抜けた。グシャリ、嫌な響きを立て、シンジの居た固まりはマユミの目の前でその形を変えた。
 
 

「いぃやあぁ〜」
 
 

生まれ出た時の産声すら、蚊の泣くような声だったと言われたマユミが、生涯に出した最大の声。それが全校中に響きわたった。
 
 
 
 
 
 

碇シンジを殲滅したと見守っていた生徒達は、瓦礫の中から這い出てきた少女に驚きを隠せなかった。そんなはずはない。こんな美少女を自分たちが見逃すはずがない。彼らの視線はその女子生徒に釘付けとなった。そして次の瞬間、彼女が碇シンジの側に居た事に思い当たった。彼らには碇シンジを倒す理由が増えたのだ。

「お嬢さん、お怪我はありませんか」

相手が美少女だと分かった瞬間、渚カヲルは慌ててマユミの元に駆けよっていた。そしてその手を取り、きざな台詞を吐いていた。

「あなたに害をなそうとしていた鬼畜は私が殲滅いたしました。
 もう心配する事はありません。
 悪の権化、碇シンジは....」

渚カヲルは皆まで言う事は出来ずにその場に崩れ落ちた。周りの男達は見た。その美少女の手にぶっとい辞書が握られていたことを。そしてその辞書が躊躇うこともなく、渚カヲルの頭に振り下ろされたことを。しかも角で...ちなみに本という奴は重い。だから簡単には振り回せないのだが、一度持ち上げてしまえば後は重力の加速を伴ってその破壊力は絶大なものを示す。普通は角で殴るのには躊躇われるものがあるのだが、今のマユミは、生涯を捧げようと誓った殿方に害をなした相手に対する禁忌はなかった。マユミは足下で痙攣をしている渚カヲルを一瞥すると、次にその視線を倒れてきた書架の後ろに屯って居る生徒達に向けた。その視線の迫力は使徒でも裸足で逃げ出すだろう...使徒が靴を履いているのかって?比喩だよ比喩。変なところで突っ込まないで欲しいな。まあ怖いの怖くないのって...そこにいた生徒達が足が竦んでしまったのを見れば分かるだろう。一部生徒は少しお漏らしをしているのも居る。まあごく一部のT.O君は“踏んで貰いたい”と考えていたというのはここでは内緒である。まあお約束というものなのだが、マユミは眼鏡を取るとすこぶるつきの美人だったりする。もちろん眼鏡を掛けていたら醜女と言うわけではない。そう言う趣味の人には絶大な人気を得るであろう、可憐さを持っていたりもする。しかし眼鏡を取った姿は万人をうならせるものがあった。その彼女が、きれいな黒髪を逆立てるようにして怒っているのだ。その迫力は並大抵のものではなかった。

「本棚をどけなさい」

相変わらず声は小さいのだが、生徒達は誰もその声を聞き逃さなかった。例えそれが、1km先で針が落ちても聞こえるような静寂の中で有っても奇跡とも言えることだった。ただ当の本人達にとっては死活問題であり、彼女の言葉を聞き逃したら命がないとまで追いつめられていた結果だった。命が掛かれば誰でも一所懸命になる。倒れていた書架はあっという間に引き起こされ、散らばっていた書籍も元通り収められていった。後に残されたのは気絶している碇シンジの姿だった。その姿を見つけるやいなや、マユミには周りにいる生徒達の姿は目に入らなくなっていた。手をふれようかどうしようかと迷っている生徒を押しのけ、マユミは倒れているシンジの元に駆け寄った。そして自分の膝の上にシンジの頭を置いた。ここでシンジの悪運が強かったのは、倒れてきた書架は、最後の最後で机に支えられていたのだ。そのおかげで、書架の重量のすべてがシンジに掛からなかった。おかげでシンジは少し朦朧としながらも大きなけがもなく、その危機をやり過ごすことが出来た。マユミの目はもう碇シンジしか見ていない。その事実に生徒達は倒れている渚カヲルを残し、遁走する事に決め込んだ。同じ目的を持つ同志といえども、その点では薄情である。彼らには、渚カヲルを見捨てることに対する後ろめたい気持ちは1ナノグラムも無かったりする。

後ろを振り返ることもなく出ていこうとした彼らだったが、残念ながら彼らは図書室の出口で二人の鬼に出会ってしまった。そう言うなれば赤鬼と青鬼。碇シンジをターゲットとした瞬間、彼らの命脈はすでに尽きていたのだった。南無参...彼らはこれから己の身に起こるであろう悲劇を思わないわけにはいかなかった。

すべてを焼き尽くすような熱気と、すべてを凍り尽くすような冷気が目の前から迫ってきていた。彼らは神の存在を疑った。

その後は阿鼻叫喚の地獄絵だった...

一方マユミはというと、入り口で繰り広げられている地獄絵にも気にせず。完全に自分の世界を作り上げていた。目の前にはずっと思い描いていた白馬の騎士が居るのだ。その騎士が自分を守るために傷つき倒れている。そういったときに彼女のとる行動はひとつ。マユミはシンジの頭を胸のところに抱き上げていた。(ちなみに頭を打った恐れが有るときは動かしてはいけません。作者注)シンジは意外に豊かなマユミの胸を感じながら、ぼうっとマユミの顔を見上げていた。

「シンジ様。私は決めました。
 この先どんなことが有ろうと、シンジ様の元にどなたが居ようと。
 マユミは一生シンジ様の元を離れません。
 この身もこの心も...私のすべてをシンジ様に捧げます。
 どうか受け取って下さいませ」

マユミは誓いの言葉を言うと、自分の顔をシンジに近づけた。そして自分の唇をそっとシンジの唇へと重ね合わせた。静かに、優しく...すべての音が消え去り、窓から差し込む一条の光がまるで宗教画の様に二人の姿を照らし出していた。シンジにけがをさせた生徒をフクロにしていたアスカもその姿を黙って見つめている。アスカにとってシンジにキスをする女が居ること自体は、ものすごぉ〜く気に入らないのだが、なぜか今彼女の邪魔をする事は人としていけないことに思えていた。そしてそれは、隣で百科事典を振り回していたレイも同じ考えのようだった。アスカとレイ、二人は顔を見合わせると“仕方ないわね”と小さくため息を吐いた。二人から三人、一人あたりの時間から言えば33%減であるが致し方ないか。目の前の光景はそう諦めさせるのに十分なものだった。

「三号さんの誕生ね」
「…二号さんの座は譲らないわ」

なにかレイの言うことがずれている気もするが...まあいいだろう。

「ところでレイ、あんな子知っていた?」
「J組の山岸さん」
「ふ〜ん、あんな美人だったら知っていそうなものなのにね」
「山岸さん目立たないNo.1候補だったの。
 でも眼鏡を外した山岸さんって、あんなにきれいだったのね」
「目立たないNo.1候補って...だったらあなたよく知っていたわね」
「…碇君のライバルだから」
「なにがよ?」
「…目立たないNo.1」

なぜか頭痛を感じるアスカだった。

「まあそのことはいいわ。
 でもいつまでもあのまま放って置くわけにはいかないわね」

目の前ではまだマユミはシンジに口づけをしていた。はい、そこ迄よ。とアスカ達が声を掛けようとする前に、すっくと立ち上がった人物が居た。そう渚カヲルである。しかし彼もタフだねぇ。普通ならあの一撃で病院送りになっていてもおかしくないのに。これもひとえに日頃虐げられているのが幸いしているのだろうか。あんまりうらやましくはないが...というより仲間になりたくない。その渚カヲル、すっくと立ち上がるとマユミに抱き留められているシンジにぴしゃりと指さした。

「よかったねぇ、シンジ君。
 君はこの子に専念したまえ。
 僕はアスカさんとレイさんの面倒を見るから。
 これで八方が丸く収まる...えっ、ぐわっは」

高らかに笑い声をあげようとしたカヲルだったが、邪魔とばかりにマユミに突き飛ばされ、その先でレイにラリアットをされ、崩れ落ちたところにとどめとばかりアスカのエルボーが...時間にしてわずか1秒の出来事。渚カヲル完全に沈黙...南無。

「さてと...山岸さんだっけ?」

制服に付いた埃を払いながら、アスカは未だにシンジ君を抱えているマユミに話しかけた。その顔はまるで般若のよう...でもないな。とっても優しい笑みを浮かべている。

「気持ちは分かるけど、シンジを保健室に連れていくわよ」
「えっ...あなたは...」

さすがのマユミでも目の前に居る二人のことは知っていた。すでに一中の双璧といわれ、碇シンジの手に落ちた捕らわれの美姫、惣流アスカに綾波レイ。その二人が自分の目の前に立っているのだ。その二人に名前で呼ばれる存在...ようやくこのときになって、山岸マユミの中で噂の碇シンジと目の前に居る碇シンジが重なった。マユミはシンジとアスカ、レイの顔を交互に見比べた。

「で、ではこの人が...」
「そっ、私達の旦那、碇シンジよ」

マユミは自分の足下が崩れ落ちていく気がした。せっかく愛を誓う人を見つけたのに。それなのに、この人が“あの”碇シンジだったなんて...しかもその破壊力がターミネーターの向こうを張るといわれる本妻の前で口づけをしていたなんて...マユミの全身から血の気が失せていた。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
「あなたをどうこうしようなんて思っちゃいないわ。
 安心しなさい。私たちはあなたの味方よ」

壊れたレコードのように“あ”の字を繰り返すマユミにアスカはクスリと微笑んだ。

「え、え、え、え、え、え、え」
「…大丈夫。あなたの気持ちはよく分かるから」
「詳しいことは帰ってから話し合いましょう。
 まずはシンジを保健室に運びましょ?」

二人の聖母のような笑顔に緊張が解けたのか、マユミもようやく微笑むことが出来るようになった。

「…山岸さん…綺麗!」
「そ、そんなこと有りません!」
「今のあなたはとっても綺麗よ。自信を持っていいわ」

魅惑的な笑みを浮かべ、耳元でそう囁くアスカにマユミは体が熱くなるのを自覚していた。マユミは目の前にある赤と蒼の瞳に吸い込まれていきそうな気がしていた。

「あ、あの怒らないんですか...」

両側からシンジを抱えている二人に、マユミは恐る恐る疑問を口にした。

「ん、なんで?」
「私のために碇さんがこんな目にあって。
 その上私がお二人の前でキスをしていたのに...」

アスカとレイはマユミの言葉に顔を見合わせた。クスリ...その瞬間二人が微笑んだようにマユミには見えた。

「そうねぇ、泥棒猫なんだから罰を与えなくちゃいけないかしら」
「…とびっきりのやつ」

はい、とマユミは俯いた。自分の罪は重いのだ。

「とりあえず、そこに転がっている奴をふんずけておいて」
「…け飛ばすことも忘れずに」

一瞬呆けたマユミだったが、その言葉の意味を理解するとすぐさま行動に移した。げしげし...どちらかと言うと、二人のリクエストより過激な制裁がカヲルに加えられていた。このときカヲルに意識があったなら、マユミのスカートの中を拝めるという幸運が有ったのだが、すでに彼岸にいた彼は、向こう岸で金髪の白衣を着たおば...済みません改造しないで下さい...おねえさんが手招きしているのを見ていたのだった。

「じゃあ保健室に行くから、あなたも着いてらっしゃい」

アスカの言葉にマユミは『はい』と頷いた。
 
 


◇◆◇





「あのね、中学生から同棲している私たちが言っても説得力はないかも知れないけど」

保健室への道すがら、アスカは着いてくるマユミに話しかけた。

「私たちがなんて言われているのか知っているわ。
 でもね、そんなことは全然ないの」

表だっては誰も言わないが、影で囁かれている噂はマユミも知っている。二人の美少女と一人の男の爛れた関係。まるで三流紙のポルノ小説のような関係を彼らは噂されていた。

「いくら否定しても無駄だって分かっているの。
 だから私たちは何も言わない。
 私たちのことを信じてくれる人がいればそれでいいから。
 あのね、私はまだシンジとまともにキスをしたこともないの」
「…私は一度もないわ」
「家では一緒に食事をして、一緒に遊ぶ。一緒に勉強をして、別々の部屋で寝る」
「…私は別宅よ」
「就寝時間にお互いの部屋を行き来することもないわ」
「…私は閉め出されている」
「…レイ、なんか言っていることに棘がない?」
「…知らない。全部事実だから」

ふうとアスカは息を吐いた。

「まあいいわ。私たちの関係は今のところそう言うこと。
 シンジが私達のことを求めたら、それは変わっていくのかも知れない。
 でも今はこのままでいいと思っている。
 だってシンジが居てレイが居る。
 そしてママやおばさま達が居る。
 なにかとっても幸せなのよ」
「…別宅に移るまではね」
「だ〜か〜らっ、レイッ。さっきから言うことに棘があるわね」
「…事実だもの」
「…分かったわよ。いい機会だからおっきな建物にみんなで移りましょ。
 後2,3人増えてもいいように」

「…あの、いい機会って...なんですか」

マユミの問いにアスカとレイはにっこりと微笑んだ。

「「決まってるでしょう。あなたが私たちのところに来るのよ」」

その言葉にマユミは驚いた。そりゃあそうだろう、本妻、二号が居るところに来いなんて言われれば誰だって驚いてしまう。

「でも、そんな...」

さすがに常識が残っていたマユミはその申し出に怯んでいた。

「…あなたは碇君から降りるのね」

今を断ったら二度と誘わない。レイの目はそう物語っていた。マユミは二人に担がれているシンジの顔をじっと見た。そして思い出した。自分のすべてをシンジに捧げると誓ったことを。

「…いえ、私も参ります」

凛としたマユミの声が響く。そのマユミの様子を二人は満足そうに見守っていた。

「本当にいいの?ご両親とかちゃんと説得できる?」
「説得して見せます。
 出来なくてもあきらめはしません」
「私たちは同じクラスだからいいけど、あなたはクラスが違うのよ。
 大丈夫、みんなから好奇の目で見られるのよ」
「問題有りません。自分で決めたことですから」

アスカとレイは満足そうに頷いた。

「なら大丈夫。歓迎するわ三号さん!」

その呼び名にマユミはずっこけた。

「さ、三号ですかぁ。
 せめてラマンとか愛人とか違った言い方がいいんですけど」
「…だめ、私が二号だもの」
「そういうこと」
「そこを何とか...」
「「だ〜めっ」」

マユミは気づいていただろうか。彼女が大きな声でアスカやレイと話していたことを。そしてその顔が、明るく輝いていたことに。そう、この日から山岸マユミは変わったのだった。

その後家に帰ったマユミが引き起こした騒動も、山岸、碇、惣流、綾波の4家で緊急会議が行われたことも。そして学校内におけるシンジの外道度が上がったことも...またいつか紹介することが有るでしょう。それではみなさんあれっ^4をお楽しみに。次回は鋼鉄のガールフレンドです。
 

彼岸に居たカヲル君はどうなったかって...さあ?
 
 
 

続く
 


 
トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんに頂きました。90万ヒット記念作ぅ


  >マユミの愛は、この短い時間の中で目の前の男性に一生を捧げる決意を固める所まで昇華していた。
  >生まれ出た時の産声すら、蚊の泣くような声だったと言われた
  マユミらしい。

  >重い本がぶつかる度にシンジは小さなうめき声を上げる。スローモーションで流
  本はしゃれにならないほど重くて痛くて危険物です(経験者)

  >向こう岸で金髪の白衣を着たおば...済みません改造しないで下さい...
  >おねえさんが手招きしているのを見ていたのだった。
  て事はもうお亡くなりに…きゃぁー改造するならT○rt○iseさまにしてぇーー


【きゃらこめ】でぃーえぬえー
「…分かったわよ。いい機会だからおっきな建物にみんなで移りましょ。
 後2,3人増えてもいいように」

永遠の少年S「ぽーーーーーーーーーーーー」
ミセスA  「・・・羨ましいとか思ってんでしょ」
美少女M  「理解ある妻とか考えてんの?」
永遠の少年S「ち、ちちちち、ちがうよ」
ミセスA  「どーだかねぇー」
永遠の少年S「もぉー、いい加減にしてよ」
ミセスR  「山岸さんは今どうしてるの?」
永遠の少年S「うん、今はげほごほごほほほ
       僕が知ってるわけないよ」
母娘    「「「ふーーん」」」

美少女M  「そう言えば、こういう大人しい子ってパパの回りにはいないわね」
ミセスA  「アタシ達とはタイプが違うもんね」
ミセスR  「問題ないわ。シンジ君の好みじゃないもの」
母娘    「「「じーーー」」」

永遠の少年S「同意しないとコロされちゃいそうだけど、同意しちゃうとマユミちゃんに申し訳が立たないし
       でもこの場限りの言葉なら・・・マユミちゃんの連絡先は誰にも知られてないはずだし」

美少女M  「・・・考えてる事を口に出す癖って」
ミセスA  「都合は良いけど腹立つわね」
ミセスR  「おしおき」
天然少女  「もう少し待っていれば連絡先もしゃべり出すと思うの」




  みなさん、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。


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