明日香 −REGENERATION−

                     by ZUMI


第四話
−これでいいのよ!− Part A


 家に帰り着いた時にはすっかり遅くなっていた。
 ちょっと足下が頼りないのは、まあ仕方ないわよね。
 エレベータを上がり、廊下を歩く。
 自宅の前に佇む人影に気づいたあたしはどきっとなった。
 真嗣よね、あれ。

「どうしたのよ?そんなとこで」
「明日香!」
 真嗣はあたしに気づいて笑顔を見せる。
 あたしの胸がずきっと痛んだ。
 ごめんね、真嗣。
「帰りが遅いから…」
「心配してたの?ちゃんと電話したじゃない。友達のとこへ寄ってくるからって」
「でも、夜中だし…」
「あたしがそんなにやわだと思ってるの?」
「でも、女の子だし」

 あたしの胸に暖かいものが広がる。
「じゃ、お休み」
「え?帰っちゃうの?」
「うん。顔みれたから」
 真嗣はそのまま自分の家に入ろうとする。
「ちょっと待ちなさいよ」
「え?なに?」
「あ、だから…」
 あたしは何を言っていいのか、自分でもわからなかった。
「せっかくだから寄っていきなさいよ。お茶くらい飲ませてあげる」
「うん」
 んもう。何言ってんのよ、あたしは。

「友達って、洞木さんのところ?」
 コーヒーを飲みながらの何気ない真嗣の一言が、あたしの胸を突き刺した。
「…」
「違うの?」
「うん。あのね…」
「?…どうしたの?」
 あたしは思い切って言うことにした。

「澪のとこに行ってたの」
「澪?綾波さんのところ?」
「そうよ」
「へえ。なかよくなれたんだ」
 真嗣は嬉しそうに笑う。
 あたしの胸はずきんと痛む。
「そうよ。親友になったの」
 ごめん!真嗣。
「へえ!?」
 真嗣はびっくりしたような顔をしてる。
 ごめんね、真嗣。あたし、もう二度と裏切らないからね。

「そおかあ。綾波とね…」
 ぴくっ。今、呼び捨てにしなかった?
「ずいぶん馴れ馴れしい呼び方ね」
「え?」
「いつの間にそんなに仲良くなってたんだ」
「明日香?なに言ってるのさ。綾波はただの友達だよ」
 あたし、いやな子。
 わかってるのに。

「それにしては真嗣が呼び捨てにするなんて、あたし以外いなかったのにね」
「だから…その…。つまり…」
「んもう、相変わらず煮えきらないわね!はっきり言いなさいよ」
「だから、…妹みたいに感じてるんだ」
「は?ずいぶんな言い訳ね」
「ほんとなんだ!」
 真嗣が思いの外強い声を出したので、あたしはびっくりした。
「…」

「ほんとにそんな感じなんだ。あの…、信じられないだろうけど。
すごくかわいいと思ってる」
 それじゃ、あたしはどうなるのよ!?
「ず、ずいぶんな入れ込みようね」
「明日香とは違うよ!明日香とは…、違うんだ」
「なによ、それ!?」
「明日香は、その、いっしょにいるとどきどきするんだ。
でも、綾波といるとほっとするんだ」
 あたしじゃ役不足だってえの!?
「なによ!どうせあたしはがさつで図々しくて口が悪くて…」
 やだ。なんで涙が出るのよ。
「…いつも真嗣をどなってる厭な女よ」

「明日香!」
 あたしはびくっとなった。
 真嗣に怒られた。滅多にないことなのに。
 やだ、どんどん涙が出て来ちゃう。
 あたしは顔をおおって後ろを向いた。
「帰って」
「…明日香?」
「…帰ってよ」

「明日香は誤解してるよ」
「…なにが誤解よお…」
「僕がときめくのは明日香にだよ。綾波じゃないよ」
「…うそ」
 真嗣は後ろからあたしの肩を抱いた。
「信じてよ。もう二度と明日香を泣かせたくないんだよ」
「…うっ、…ひっく」

「明日香。いいことを教えようか?」
「…?」
「綾波はね…」
「?…なに?」
「本当は…」
 その時電話の呼び出しが鳴り出した。

 あたしは少しためらったけど電話に出た。
「はい。惣流です」
「あ、明日香ちゃん?お帰りなさい。悪いけど真嗣いるかしら?」
 真嗣のおかあさまからだった。
「はい。ここでお茶飲んでますけど」
「おじゃましてごめんなさいね。せっかくのところ悪いんだけど、そろそろ帰るように言ってくれない?あんまり遅くまで女の子の家にいるもんじゃないわよって」
「は、はい」
 おかあさまはくすっと笑った。
「真嗣に替われるかしら?」
「はい」

「真嗣、おかあさま」
「かあさんから?」
 真嗣はちょっと変な顔をしながら電話に出た。
「もしもし?…うん、もう帰るよ。…え?そんなことしてないよ!ほんとだって。
…うん。…もう切るからね。じゃ」
 真嗣はちょっと赤い顔をしてあたしを見た。

「もう帰るよ」
「そ、そう」
「じゃ、またあした」
 あたしは玄関まで送りに出た。
「真嗣、さっきなにを言おうとしたの?」
「え?ああ。あした教えるよ。じゃ」
 真嗣は出ていってしまった。
 この顔で廊下で言い合いをする気にはなれなかったので、そのまま見送るしかなかった。

****************

 次の日の放課後、あたしは校舎の屋上でスケッチブックを広げていた。
 そろそろ展示会の提出期限なのだが、このところのごたごたでちっとも進んでいなかった。

 澪はいつも通りに登校してきた。
 あたしを見かけてにこっと微笑んだり、そばへ寄ってきて手をつなごうとしたりしたので、あたしは内心冷や汗ものだったけど。
 事情を知らない女子があたし達を見てひそひそうわさ話をしていたが、無視することにした。
 まさか本当のことを言うわけにはいかないし。

「ちょっと、明日香、どうしたの?いつのまに綾波さんと仲良くなったの?」
 光が不思議そうに聞いてきた。
「うん。仲直りしたのよ。きのう偶然セブン○レブンで会っちゃって」
「そう?」
「よく話してみれば、お互い誤解だったってわかったのよ」
「そうなの。明日香、なんとなく綾波さんを避けてるみたいだったから」
「だいじょうぶ。ちゃんと友達になれたから」
「よかったわ。明日香、無理しちゃうからこのままずっと仲悪くなっちゃうかと思って」
 光にも心配かけて。
 あたし、なさけないな。

 夕日を浴びた第三新東京市の市街は窓ガラスが光ってとてもきれい。
 あたしは鉛筆を持つ手を止めると、しばらくその風景を眺めた。

「明日香。ここにいたんだ」
 真嗣の声に振り向く。
 真嗣は階段のドアを出てこちらへ歩いてくるところだった。
「部活は終わったの?」
「うん。今日はもう終わり。明日香のほうは?」
「あたしももうちょっと」
「じゃ、待ってるよ」
 真嗣はあたしのとなりのフェンスに寄り掛かった。

 あたしはしばらく鉛筆を動かした。
「ねえ、真嗣」
「なに?」
「きのうのこと、教えてよ」
 真嗣の顔がちょっと曇った。
「うん」
 なんかやっぱりまずいことなのかな。
「綾波…、僕の妹かもしれない」
「え?」

「はっきりしたわけじゃないけど。綾波のこと、かあさんに話してから、かあさん様子がおかしいんだ。それに…」
 真嗣はあたしを見つめた。
「明日香は感じない?」
「何を?」
「綾波、かあさんに似てる」
「あ!」

 そうなのだ。
 あたしが澪を見るといつも感じる奇妙な感覚。
 それはそういうことだったのだ。
 気が付かなかった。

 いいえ。
 うすうす感じてたのかもしれない。
 けど、それは真嗣のおかあさまを侮辱することだった。
 そんなこと、あたしはできない。
 だから、わざと考えないようにしていたのかもしれない。

「真嗣!それって」
「まだはっきりしたわけじゃないよ。別にかあさんに聞いたわけじゃないし」
「でも」
「だけど、多分そうだと思う」
「真嗣…」

 真嗣はつらそうな視線を市街のほうに向けた。
 あたしもつられて市街に目を向けた。
 そして、あたしは見た。
 炎に包まれる町を。崩れ落ちるビル街を。

「…!!」
 あたしは息をのんだ。
「真嗣!街が!」
「え?」
「街が燃えてる…」
「どこが?明日香、なに言ってるの?」
 あたしは真嗣をにらみつけた。
「どこって!街全部がよ!あんた、見えないの!?」
「明日香、何言ってるの?どこにも火事なんてないよ」
「何言ってるのよ!?街が全部燃えてくじゃない!」
 あたしはもう一度市街に目をやった。
 何も変わってなかった。

 燃える市街も、崩れるビルも。
 なにもなかった。
 そこには夕日に照らされた平穏な街があるだけだった。
「…??」
 あたしは自分の目に写るものが信じられなかった。

「…うそ。さっきはちゃんと見えたのに…」
「明日香?」
 真嗣は本当に心配そうな声を出した。
「疲れてるんだよ。ゆうべは遅かったし。
今日は早く帰ろうよ?」
「え、ええ…」
 あたしは自分の目がまだ信じられなかった。

「本当に見えたのに…」
「明日香」
 あたしたちは並んで家路をたどっていた。
 あたしはまださっきの幻視(なんでしょうね)のショックから抜け出せないでいた。
 幻にしてはリアル過ぎた。
 吹き飛ばされる車も、炎に焼かれる人影も全部克明に見えたのに。
 断末魔の悲鳴も確かに聞こえたような気がしたのに。
「あたし、どうしちゃったんだろ」

****************

 あたしたちのマンションのそばに小川にかかってる橋がある。
 その橋を渡りながら、あたしはぼんやりと川面に目を向けた。

「あ、鷺」
「ほんとだ」
 珍しく鷺が数羽水面をついばんでいた。
 その時、車道を大型車が通り過ぎた。

 地響きで鷺たちがぱっと飛び立った。
 あたしはなんとはなしに鷺の白い姿を目で追った。
 鷺たちは上空でくるくると輪を描くように飛んでいた。

 それを目にした瞬間、あたしは猛烈な悪寒に襲われた。
 それは背中じゅうががたがた震えて、冷や汗が一気に流れ出るほどだった。
「…いや…」
「明日香?」
「い、いやあああっ!」
 あたしは無我夢中で腕を振り回していた。

「明日香!?どうしたの?」
「いや!いや!いやあああっ!」
「明日香っ!」
 真嗣はあたしの両手をつかむと大声であたしの名を呼んだ。
 でも、それすらもあたしにとってはパニックを呼ぶ行為でしかなかった。
「いや!いや!いや!いや!」
「明日香、しっかりして!」
 真嗣はあたしを抱きしめた。
 あたしは自由になった両手で真嗣をなぐりつけた。
「…てやる、…してやる、…ロしてやる、…コロしてやる」
 うわ言のような言葉があたしの口を突いて出てきた。

 あたしにはもう何も見えてなかった。
 ただ、憑かれたように何事か口走りながら、真嗣の背中をなぐりつけているだけだった。

「明日香」
 いきなりあたしは真嗣の唇で口を塞がれた。
「…?」
 あたしは何が起きたのかよくつかめなかった。
 真嗣はあたしを抱きしめながらキスを続けた。

 真嗣の唇から暖かさが伝わってきた。
 そして、それにつれてあたしのパニックも収まっていった。
 気が付くとあたしは無我夢中で真嗣の唇を貪っていた。
「明日香、だいじょうぶ?」
 キスのあと真嗣が心配そうにのぞき込んだ。
「…だいじょうぶよ。…たぶん」

「歩ける?」
「歩ける、と思う」
 真嗣の目は心配そうだった。
「ちょっと休んでこうよ」
「ええ」
 あたしと真嗣はマンション前の公園に入った。

 ベンチに並んで腰掛けると、溜息が出た。
「あたし、どうしちゃったんだろう?今日はずっと変」
「明日香」
 真嗣はあたしの肩を抱き寄せた。
 あたしは真嗣の肩に頭を載せた。

「真嗣、こわいよ」
「明日香?」
「なんだかわからないけど、めちゃくちゃこわいよ」
「だいじょうぶだよ、明日香。ぼくが守るから」
「ほんとに?」
「約束するよ」
「信じていいのね?」
「守るから、今度こそ」

「え?」
「え?」
「なに?どういうこと?」
「どう、って。どうしてそんなこと言ったんだろ?」
 真嗣は奇妙な顔をしながらあたしを見つめた。
「どうしてって…?」
「わ、わからないよ。勝手に口がしゃべったんだ…」
「勝手に、って。いいかげんなこと言わないでよ…」
「そんな、そんなこと言ったって…」
「あんたバカぁ!?自分で何言ってるかわからないの!?」
「あ、明日香?」
「あ…。ごめん」

 あたしこそ何口走ってるんだろう?
 やっぱり、あたし変。
 二人とも黙り込む。

「真嗣」
「明日香」
 二人同時に互いの名前を呼んだ。
「な、なによ?」
「そ、そっちこそ」
 再び沈黙。

「もう、帰ろ?」
「うん。そうだね」
 あたしたちはベンチから立ち上がった。
 公園の出口に向かいながら、どちらからともなく手を伸ばして、手を握りあった。
 あたしたちは黙って家路をたどった。
 あたしの心は心細さで揺れていた。
 自分が自分でなくなる感じ。
 世界の包含する異質な面を垣間見た衝撃に打ち震えてるような。

 真嗣とつないだ手だけがあたしの支えだった。

**********

 次の日の朝、あたしは鏡の前で気合いを入れていた。
 ちょっと顔色悪いけど、そんなことに負けてらんない。

「いくわよ、明日香」
 自分で自分を鼓舞する。

 いつものように食事を済ませ、玄関を出る。
「いってきまぁす!」
「いってらっしゃい」
 ママがキッチンから返事をする。
「明日香。あなた…」
 玄関で靴を履いていると、ママが顔を見せた。
 珍しいな。
「顔色悪いけど、どこか具合悪いんじゃないの?」
「別になんでもないわよ」
「そう?ならいいけど」
「あたしだって心配事の一つや二つあるわ」
「え?ちょっと明日香、どういうことなの?」
「だいじょうぶ。真嗣の顔見れば治るから」
「まあ。ごちそうさま」
「いってきまぁす」
 あたしは玄関を出た。

 真嗣は相変わらずベッドの中だった。
「朝よ!慎嗣」
「明日香?」
 真嗣はベッドの上に起きあがる。
 あれ?珍しい。いつもだったら、あと五分、が口癖なのに。

「明日香」
 真嗣はあたしに笑顔を見せた。
 でもそれはどこか不安そうな笑顔だった。

「どうしたのよ?
情けない顔しちゃって。ほら!しゃっきりしなさい」
「明日香。元気だね。…よかった」
「なに言ってるの。あたしはいつでも元気よ」
「うん。そうだね」

 真嗣は起きあがると洗面所へ去った。
 あたしは首をひねりながらそれを見送った。
 どうしたんだろう。
 いつもはいやいや洗面所へ押しやられるのに。
 やっぱり真嗣もちょっと変。

 いつもの通学路をいつもより早い時間に歩く。
 時間に余裕があるからゆっくりと。
「ねえ、真嗣」
「なに?」
「あたしはあたしよね」
「は?なに?どうしたの?」
「ううん。なんでもない」

 しばらく二人とも黙ったまま。
「明日香」
「なぁに?」
「あの…」
「なによ?どうかしたの?」
「いや、なんて言うか…」

「…」
「明日香に言わなきゃならないことがあるんだ」
「なに?」
「ゆうべ、変な夢を見たんだ」
「夢?それがどうかしたの?」
「うん、それが」
「それが」
「明日香のことなんだ」
「あたしと結婚でもしたとか」
「はは…。ならいいんだけど。
僕が明日香を殺す夢だった」

「!」
「ご、ごめん。こんなこと言わなきゃよかった」
「…」
「ほんとにごめん。なんか昨日から変なんだ」
「あたし…」
「え?」
「真嗣に殺されたことがあるのかも…」
「明日香!?」

「あ!なんてね。冗談よ、冗談。
誰が自分を殺した男を好きになったりするもんですか」
「明日香」
「あたしはここにいるあたしだけよ。
他にどんな可能性があったって、今のあたしが一番よ」
 あたしは真嗣の背中をどんとたたいた。
「うっ。げほっ…。ひどいなあ」
「あ。ごめーん。つい力が入っちゃった」

**********

 昼休み、あたしは屋上で外を眺めていた。
 昨日、燃える街の幻を見たところ。
 太陽の光を浴びて、わずかに霞んで見える高層ビル街。
「やっぱ、気のせいよね…」
 自分に言い聞かす。

「明日香」
「あ、真嗣」
 心配そうな顔をしてる。
「こんなところにいると熱射病になるよ」
「そうね。中に入るわ」
 それでも、あたしたちはペントハウスの日陰に入っただけだった。

「さっき健輔がね」
 真嗣は他愛ない話題を口にする。
 あたしを気遣ってるのよね。
「今度、軍がロボット兵器を開発するっていうのをスクープしたって騒いでた。
それでさ、笑っちゃうんだけど、僕もそんな夢をよく見るんだ」
「真嗣がパイロット?」
「そうなんだ。なんかものすごく強いロボットに乗って敵と戦うんだ。
それが、明日香も仲間なんだ」

「あたしもパイロット?」
「そう。すっごくかっこいい女性パイロット」
「そりゃ、あたしがやれば完璧よ」
「そうだね」
 真嗣はくすくす笑う。

「そのスーツってのがすごく色っぽくて、ほとんど薄手のダイブスーツっていうか」
「はああ。男ってどうしてこうスケベなのかしらねえ」
「明日香はスタイルいいからばっちりさ」
「それってほめてるのかしら?」
「そう思ってよ」

「あ!でも…。
あたしもそんな夢見たような気がする」
「え?」
「あたしのスーツは真っ赤で、それにロボットも真っ赤」
「僕のは紫だった」
「それに青いのももう一台」
「パイロットは…」
「澪…」

 あたしたちは顔を見合わせた。
「ぼ、僕たちおんなじ夢を見てるんだ」
「そ、そうね…」
 あたしはまた背中がぞわぞわしてくる感じに襲われた。
 そんな夢のことなんて今まで一度だって思い出したことないのに。
 そもそも、そんな夢を見たことすら記憶にないのに。

 ペントハウスのドアが開いて人影が出てきた。
「澪?」
 彼女は屋上のまぶしさにしばらく目がくらんでいたようだが、すぐにあたしたちに気がついた。
 手を目の上にかざしてやってくる。
「どうしたのよ?」
「明日香、今日元気ないみたいだったから。でも、おじゃまだったみたいね」
「そんなことないわ。こっちにいらっしゃいよ。
今、澪のこと話してたの」
「わたし?」
「そ、ファーストチルドレン、綾波レイのこと」
「え?」
「へ?」

「なにそれ?明日香」
「なになに、ファーストって?」
「あ…。え、その…」
 あたしは自分が何を口走ったのか分からなかった。
「な、なんだろう?勝手に口から出てきたのよ」
 あたしは思いきり混乱していた。
 自分で自分の頭を押さえ、必死に落ち着こうとする。
 真嗣と澪は顔を見合わせている。

 澪はあたしの肩を抱き寄せた。
「だいじょうぶよ。明日香。きっと、ちょっとした勘違いだから」
「そうだよ。昨日の僕だって、結局記憶違いだと思うから」
「え?どうかしたの、碇君」
「あ、いや。大したことないんだ」
 そういえば、真嗣もそんなこと言ってた。

「こわいのよ。あたし、こわいの…」
 あたしは澪にすがりついた。
「だいじょうぶよ。明日香。だいじょうぶ。
きっとみんなうまくいくわ」
「…そう?」
「だいじょうぶよ。だって…」
 あたしは澪の口元を不思議なものを見るように見つめた。
「ここはわたしたちの世界だもの」

「え?それ、どういうこと?綾波」
「え?え!?わたし何言ってるの!?」
「綾波…」
 澪の顔色が急に悪くなった。
「いや…」
 澪が震え始めたのがはっきりわかった。
「こわい、こわいよ、明日香」
「澪…」
 あたしはすがりついていたはずの澪を抱きしめるしかなかった。

「どうしたの?澪」
「わからない、わからないけど。わたし、こわいの」
 あたしは澪をだきしめたまま、どうしていいか分からなかった。
 夢中で当たりを見回す。
「真嗣!?」

 真嗣が床に倒れていた。
 頭を押さえてまっさおになって。
「真嗣!」
「碇君!」
 あたしたちは真嗣に駆け寄った。

**********

「軽い熱射病ね。このまま休めばじきに良くなるわ」
 養護教諭の女性はベッドに横たわった真嗣の毛布を直しながらそう言った。
 あたしたちは安堵のため息をついた。
「でも、日中から屋上へ出るなんて無謀もいいとこね。
これからは屋上へ出るのは禁止にするように校長先生に言おうかしら」
「あ、それはやめてください、赤木先生」
「これから気を付けますから」
「しょうがないわね。今回だけよ。今度こういうことがあったら屋上は閉鎖します」
 金髪の養護教諭はため息をついた。
「すみません」
 あたしたちはしゅんとなった。

「あやまりついでと言ったら失礼かもしれませんが、ちょっとご相談に乗って欲しいんです」
「え?まあいいわ。どんなこと?」
「あたしと真嗣、二人して同じ夢を見ることってあるんでしょうか?」
「どうかしらねえ。あまりそういう事例は聞かないけど。
そんなことがあったの?」
「ええ、まあ…」
「そうねえ。あまり気にしなくてもいいわ。偶然ということもあるし」
「はい。そうします」

「澪…」
「明日香…」
 あたしたちは廊下を教室に向かっていた。
 足取りはお世辞にも軽いとは言えなかった。
「大丈夫よね、わたしたち」
「そうよ。こんなことでへこたれてたまるもんですか」
 そう。あたしは負けない。

 六時間目が始まる前に真嗣が戻ってきた。
「ごめん。心配かけちゃったね。綾波も」
「いいのよ。それより大丈夫」
「大丈夫だよ。ちょっとのぼせただけさ」
「碇君…」
「あ、綾波。ごめん、心配かけて」
 やっぱり澪も心配なのよね。

**********

 放課後、あたしは第三新東京市の繁華街にいた。
 絵の具が切れて補充を買おうとしたけど、あいにく町中の画材店にしか置いてないのよね。
 目当ての絵の具を買うと、あたしはハンバーガーショップに入った。
 トレーを持って二階の席に上がる。けっこう混み合ってる。
 夕闇が迫りつつある街路を眺めながら、ハンバーガーをぱくつく。
 こんなに賑やかな街が燃えてくなんて考えられないわよね。

「よう。惣流じゃないか」
「あ。加持先生」
「久しぶりだなあ。卒業以来か」
 長身。長髪を後ろで一つに束ねて。無精ひげがトレードマーク。
 トレーを持って立っているのは、あたしが中学の時の美術教師だった。
 奥様は今のあたしの担任なのよね。

「ここ、いいか?」
「どうぞ」
 あたしはちょっと居住まいを正した。
「それじゃ、失礼して」
 加持先生は椅子に腰をおろすとあたしをためすがめつした。
「うーん。きれいになったなあ、惣流は」
「いやだ。からかわないでください」
「ほんとうさ。中学の頃はまだ子供っぽさが抜けなかったからな」
「ラブレター、あげたことありましたよね」
「そうだったなあ」
 加持先生はあごを掻いた。
「いや、惜しいことをした」
「なんですか?それ」
「こんなに美人になるんだったら、つきあっとくんだった」
「奥さんに言いつけますよ」
「ははは。かんべん、かんべん」

 加持先生はしばらく外を眺めていたが、真剣な眼差しをあたしに向けた。
「惣流、今、幸せか?」
「え?」
「いや、変なこと聞いたな。忘れてくれ」
「先生」
「そうだ、惣流、まだ真嗣君とつきあってるのか?」
「え?ええ」
「彼は優しいか?」
「ええ。でも、ちょっと物足りないような」
「真嗣君ならだいじょうぶさ」
「あたしもそう思ってます」
「こりゃまいったな。のろけられるとは」
「そんなんじゃなくて…」
「はは…。でもなあ、やっぱり惣流は幸せなんだと思うな」
「そう、でしょうか」
 あたしにはよくわからない。

「ちょっとお聞きしていいですか?」
「なんだい、改まって」
「最近、あたしちょっと不安なんです。変な夢は見るし。
なんでもないものがすごく怖かったり」
「気のせいじゃないか?でなけりゃ体調が良くないとか」
「それだけじゃないんです。真嗣と同じ内容の夢見たり」
「いいじゃないか」
「こんなこと聞くと変かもしれませんが…」
「ん?」
「今のこの世界が幻ってことあるでしょうか」

「…うーん」
 加持先生は腕組みした。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。全ては惣流の考え方だと思うな」
「え?あの…」
「この世界はかりそめかもしれない。けれど、俺たちはこの世界に存在し、ここでしか生きられない。
惣流はこの世界が嫌いか?」
「いえ。好きです」
「なら、それでいいじゃないか」
「…はい」
「もしかしたら、こことは違う世界が存在して、そこにも俺や惣流がいるのかもしれない。
そこはここよりも良い世界かもしれない。だが、もっとつらい世界かもしれない」
「…」
「惣流の夢に見た世界はここより良い世界だったかい?」
「いえ。いやな世界でした」
「じゃ、それでいいじゃないか。この世界が俺たちの世界なんだ。
これ以上、何を望むんだい?」
「何も望みません。けど、この世界が壊れるのが怖いんです」
「…そうか」

「惣流。この世界はそう簡単には壊れはしない。
なぜなら、この世界のみんなはこの世界の崩壊を望んでないからな」
「それは、どういうことなんですか?」
「世界は人々の意志で構成されている。俺はそう信じてる」


     ・・・ to be continued


 さてさて、LASから外れてきてしまったなあ。
 けどまあ、こうなったら最後までつきあってくださいね。
 次回で完結。

ZUMIさんのメールアドレスはここ
zumi@ma.neweb.ne.jp
ZUMIさんのホームページはここ
Lovely Angels


中昭のコメント(感想として・・・)

  ZUMIさんより頂きました。


一発きゃらこめ
ゲンちゃん 「どこか別の世界か・・・・」
わかおくさま「真っ青ですわよ。どうしたんですか」
ゲンちゃん 「別の世界の私など想像してしまったからな」
わかおくさま「浮気でもして私に殴られる事でも想像なさったんですか?ほんとにアナタときたら」
ゲンちゃん 「私は一人だったよ」
わかおくさま「・・・アナタ」
ゲンちゃん 「私の横でユイが笑っている。それが奇跡に等しい確率だと判っているのだ」
わかおくさま「・・・」
ゲンちゃん 「私を好いてくれた人間はユイだけだ」
わかおくさま「・・・ふふ、アナタの事を愛している人はたくさんいますわ」
ゲンちゃん 「いない。君だけだ」
わかおくさま「・・・・・・・誰にふられたんですか」
ゲンちゃん 「赤木・・・あ、いや」

あすか   「親子よねぇ」
しんじ   「僕は母さん似だと思うよ」

  みなさん、是非ZUMIさんに感想を書いて下さい。




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