第一話 First turning point

初号機の暴走によりかろうじて第壱拾四使徒の襲来を退けたネルフであったがその代償は大きかった。零号機、弐号機の大破、本部施設の半壊、セントラルドグマの露呈...物理的被害は甚大であった。しかしそれ以上に大きな被害は専従パイロット=チルドレンへの被害だった。ファーストチルドレン綾波レイはN2爆雷及び使徒の攻撃により重傷、セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレーは葛城ミサトのとっさの判断により最悪の事態は免れたが完膚無き敗北とサードチルドレンに遅れをとったことによる大きな精神的ダメージを受けた。そして最大の被害が覚醒した初号機との融合によってサードチルドレン碇シンジが失われたことであった。これにより一時的とはいえネルフは使徒に対抗する手段を持たないという危機的状況におかれた。


Who Loves Her....







闇に浮かぶ数人の人物、ゼーレは事態の把握に窮していた。事態は彼らの想像を超えたところで推移していた。

「エヴァシリーズに生まれ出ずる可能性のないS2機関」

「まさかかのような方法で取り込むとはな」

「我らゼーレのシナリオとは大きく違った出来事だよ」

「この修正容易ではないぞ」

「碇ゲンドウ、あの男にネルフを与えたことがそもそもの間違いではないのかね」

「だがあの男でなければすべての計画の遂行はできなかった」

いらだちを押さえキールはつぶやいた。

「碇、何を考えている」



第一発令所では今回の使徒の襲来による被害の調査が行われていた。伊吹マヤはネルフの根幹をなすエヴァ並びにMAGIの被害状況を上司の赤木リツコに報告した。

「零号機、弐号機両機の損傷はひどいですね、いずれもヘンフリックの限界を超えています。
 幸いMAGIシステムの方は明日にでも移植作業を始めれば明後日にも稼動を再開できますが」

破壊された発令所を見渡しながらリツコはつぶやいた。

「元通りになるには時間がかかるわね。それにしても、もうここはだめね。
 とりあえずは予備の第二発令所を使用するしかないわね」

「MAGIはなくともですか」

マヤは聞き返した。リツコからは期待した答えはなかった。

「今は使えるだけマシよ...使えるかどうか分からない初号機よりは。
 今、私たちには使徒と戦う手段がないのよ」

リツコの言葉は今まさにネルフが直面している問題であり、その場にいた全員に重くのしかかった。

そのころ初号機のケイジでは葛城ミサトと日向マコトが収容された初号機を前に立っていた。見慣れた装甲盤に包まれた姿でなく、生体部品を血にまみれた包帯にまかれてケイジに固定された初号機の姿は嫌悪感を引き起こすものだった。

「ケイジに拘束大丈夫でしょうね」

マコトは観測データをチェックしミサトに答えた。

「内部に熱、電子、電磁波他科学エネルギー反応なし、S2機関は完全に停止しています」

「にもかかわらず、この初号機は3度も動いたわ」

ミサトは過去、動くはずのない状況で動いたエヴァ初号機の姿を思い浮かべつぶやいた。

「目視できる状況だけではうかつに触れないわね」

「うかつに手を出すと何をされるか分からない..葛城さんと同じですね」

マコトはわざと軽口をたたいたが、かえって逆効果であることに気がついた。

「...すいません」

重苦しい沈黙がその場を支配していた。




その頃、ネルフ司令室では加持リョウジがネルフ司令碇ゲンドウ、副指令冬月コウゾウと対峙していた。加持にとって、この予想外の事態をゲンドウがどう対処するかに興味があった。また、唯一の肉親に降りかかった不幸が普段伺い知ることのできない指令の内面を伺うのに良い機会ではないかと考えていた。

「いやはやこの展開は予想外ですな、委員会、いえゼーレのほうにはどう言い訳つけるつもりですか」

「初号機は我々の制御下ではなかった、これは不慮の事故だよ」

冬月の言ったこの言葉は加持にとっては予想通りのものであった。「不慮の事故」そうしておくことで少なくともゼーレからの追求に対して時間が稼げる。当然ゲンドウからは表向きには危険を回避するためとして初号機の凍結が切り出されるだろう。そう加持は考えた。

「現在稼働可能なエヴァが初号機のみである以上初号機は現状維持とする。
 準備出来しだいレイおよびセカンドチルドレンによる起動試験を行う」

しかしゲンドウから発せられた言葉は加持だけではなく冬月の予想を大きく外れるものであった。予想外のゲンドウの言葉に冬月は驚き、あわてた。

「碇、それではゼーレが黙っていないぞ」

ゲンドウは両手を顔の前でくんだ姿勢のまま、いつもの通りの口調で平然と答えた。その表情は口元を隠す手と、サングラスによって伺うことはできなかった。

「問題無い、使徒がいつ来るか分からない今、迎撃出来るエヴァがない状態を長期間放置しておくわけにはいくまい。
 老人どもには何もできないよ」

冬月は疑問を口にした。

「しかしあの二人で初号機を動かせるのか。現にレイは初号機に拒絶されているぞ」

「問題無い。シンジが取り込まれた今、初号機のコアは変質している。
 シンジならばあの二人を拒絶することはあるまい」

まるで既定のシナリオでもあるかのようにゲンドウは冬月に答えた。

「しかし、シンジ君はどうなる」

ゲンドウはそれに答えずただ口元をゆがめるだけだった。

加持はシンジが自分に父親のことを話している姿を思い出した。反発しながらも父に受け入れられ優しくされることを恋焦がれている少年の姿を。しかし父親はあっさりと自分の子供を切り捨てた。この時加持はシンジを哀れと思った。

「確かに現状での初号機の凍結はリスクが大きすぎますね。
 今の説明でとりあえずゼーレを黙らせることは出来るでしょう。
 しかしよろしいんですかご子息のことは」

ゲンドウの表情はサングラスと顔の前で組まれた手のひらによって窺い知れなかったが、その言葉に感情は感じられなかった。

「ああ」

このときシンジの死は肉親の口によって宣告された。




翌日ラボでは収容したエヴァ初号機の解析が行われていた。初号機に対する制御系の確認を行っていたマヤから報告が行われた。

「やはりだめです。初号機、全ての制御信号を拒絶しています」

そこに監視系の接続を行っていたマコトから報告が入った。

「プラグの映像回線つながりました。主モニターにまわします」

映し出されるエントリープラグの内部にラボで低いどよめきが起こる。そこにはプラグスーツが漂っているだけでシンジの姿はない。あまりの出来事に言葉を失っていたミサトは唸るように口を開いた。

「何よ...これ」

リツコから返ってきたのは「これがシンクロ率400%の正体」という答えだけだった。

「そんな...シンジ君は一体どうなったのよ」

「エヴァ初号機に取り込まれてしまったわ」

リツコの答えは簡潔だった。

『取り込まれた?』何か心に引っかかるもののあるミサトだったが、そのことにかまわず疑問を口にした。

「何よそれ、エヴァっていったい何なのよ」

リツコの答えは淡々としたものだった。

「人が作り出した人に近い形をした物体としか言いようがないわね」

ミサトは淡々と話すリツコに対してばかにしたように言った。

「人の作り出した...あの時南極で拾った物をただコピーしただけじゃないの。
 オリジナルが聞いてあきれるわ」

「ただのコピーとは違うは。人の意志が込められているもの」

ミサトはリツコの答えに自分が冷静さをなくしてくるのを感じたが止めることができなかった。

「これも誰かの意志だというの」

「あるいはエヴァの」

リツコの言葉に思わずその頬をはるミサト。

「何とかしなさいよ。あんたが作ったんでしょ...最後まで責任とりなさいよ」

ラボにミサトの声が響いた。その場にいたものはまんじりともせずただその様子を見つめることしかできなかった。しかしそのあとリツコから発せられた言葉は本当にその場に居た全員を凍り付かせた。

「初号機、すぐにでもレイとアスカで起動試験を行うわよ」

ミサトは唖然とした。親友の口から出た言葉はミサトの頭の中を真っ白にした。気が付いたときにはリツコの白衣の襟をつかみ壁に押し付けていた。誰かの止める声が聞こえたような気がした。しかしミサトはその声には反応せずリツコをにらみつけ呪詛のように言葉を吐いていた。

「あんた、本気で言ってるの。シンジ君を見捨てるっていうの。そんなこと許さないわよ。
 シンジ君は私たちを助けるために二度と乗らないといったエヴァに乗ったのよ。
 絶対私は認めないわよ...」

リツコはミサトから発せられる炎のような言葉にたじろぎもせず氷の一太刀を返した。

「冷静になりなさい、葛城三佐。
 零号機、弐号機の修理に時間がかかる今、
 稼動できるエヴァがなくては困ることぐらいあなたにも分かるでしょ。
 今使徒がきたらどうするつもりなの。それにこれは碇司令の決定です」

ミサトには反論できなかった。確かに今使徒がきたらなすすべもない。しかも司令命令である。自分ひとりが反対したところでどうにもならないことは確かだ。結局自分のしてきたことはシンジを死なせることにしかならなかった。その思いがミサトの瞳に涙を流させた。

「...シンジ君...ごめんなさい」

ミサトはシンジに謝ることしかできなかった。リツコはそんなミサトを抱きしめて言った。

「ごめんなさいミサト。
 気休めかもしれないけど、エントリープラグの内容は保存しておくわ。
 エヴァの修復が終わったら必ずシンジ君のサルベージを行うから、
 だから...許してミサト...」

「リツコ...」

ミサトはリツコの胸でひとしきり泣いた後ようやく落ち着きを取り戻した。しかし問題はまだある。誰がこの事をレイとアスカに伝えるかだった。

「ミサトが言うのが辛いなら私がやるわよ」

リツコの申し入れに対してミサトは首を横に振った。

「ううん、これは私の仕事よ。私がやるわ」




翌日、病院のベッドの上、左目に包帯を巻かれたレイが目覚めた。看護のものも誰もいず、ただラジオの音だけが小さく流れていた。レイは静かに眼を開くと自分が生きていることを確認するかのようにつぶやいた。

「まだ生きてる...」

「...どうして」

レイはシンジの死をまだ知らなかった。

夜、ミサトのマンションでは一人帰ったアスカがベッドに突っ伏していた。着替えも、食事もせず、まわりには当たり散らされてボロボロになったカップやクッションが散乱していた。まるで今の彼女の心を現わすかのように。

「くやしい〜、何にもできなかっただなんて...
 バカシンジに負けただなんて...」

エースの座にいることが拠り所にある彼女にとって、自分が勝てなかった使徒を他人が倒すことは許されないことであった。たとえそれが人類の滅亡を意味していても。まして、普段馬鹿にしている男が倒したとあっては...彼女のプライドはずたずたに切り裂かれていた。

そんな時、彼女の携帯に連絡が入った。電話に出ることも億劫だったが気を取り直し、普段の彼女からは想像できない「ノロノロ」という言葉が似合いそうな動作で電話を取った。

「あの女が無事だということは分かったわよ!
 ミサトもいちいちそんなことで私に電話しないでよ。もう!」

ミサトからの電話は、レイが無事であったというものだった。「何を考えてるの!」アスカは怒りに通話を切ろうとした。しかしその次に聞かされた内容に思わず受話器を持ち直した。

「ちょっと、ミサトどういうこと。明日から初号機の起動実験をしろだなんて。
 シンジが乗ればいいんでしょ」

アスカはシンジの乗った初号機が使徒を殲滅したことは知っていた。それが逃げ出したシンジが戻ってきたことを意味していることも。シンジが戻ってきたのなら初号機にはシンジが乗ればいい。そうアスカは思っていた。だから次にミサトから話された事実をにわかに信じることはできなかった。

『シンジ君は...死んだわ』

「冗談はよしてよ。初号機が使徒を倒したんでしょ。
 それでどうしてシンジが死ぬのよ」

『シンジ君は初号機とシンクロ率400%でシンクロして取り込まれたわ。
 でも碇司令の決定でサルベージは行われないの、
 彼...父親に見捨てられたの
 だから...もうシンジ君はいないの』

電話口からはミサトの辛そうな声が聞こえてきた。しかしその声ももうアスカの耳には届かなかった。アスカは電話を切った。

「シンジが...死んだ」

今自分たちは戦争をしている。使徒との戦争...命の保証なんてどこにもない。少なくとも自ら望んでエヴァに乗っているアスカにとって戦いでの死に対する覚悟はできている。今度の戦いだって自分は死んでいてもおかしくない状況だった。たまたまシンジにとってその時が今きただけだ。エヴァに乗っている以上仕方のないことだ。そう思うことでアスカはシンジの死を受け入れようとした。

しかしできなかった。

「ばか、無理して戻ってくるからよ...」

アスカはシンジが人のために自分の命を省みないことを思い出した。だから今回もそうだろうと思った。みんなを助けるためにきっとアイツは無理をしたんだと。唯一助かる可能性も実の父親に閉ざされた。アスカはシンジを初めて哀れに思った。

「私はまだ、そっちには行けないわ。でもまってて、今度会ったときは優しくしてあげるから...」

ひょっとしてそれはレイの仕事かも知れないと思ったが、アスカは誰とは無しにつぶやいた。

アスカはいつしかシンジに対する悔しさ、妬みを忘れ、彼の不在を寂しいと感じていた。




病室でレイはシンジの死を知らされた。ミサトから起動試験が始まることを告げられるといつもの通り感情のこもらない声で簡単にミサトに答えた。

「分かりました」

ミサトはシンジとレイの関係から取り乱すことはなくとももっとレイに反応があると思っていた。しかしそこに居たのはいつものレイだった。ミサトはそのことに感心するとともに少し怒りを覚えている自分に気が付いた。ミサトはレイに一言言おうとレイの顔を見て言葉をなくした。レイの瞳に光るものを認めたからだ。ミサトはレイに試験に遅れないようにだけ告げると病室を出た。

ミサトが去った後、しばらく何をすることもなくぼっとしていたレイはいつしか見つめていた手のひらに水滴が落ちるのに気が付いた。

「これが涙...私泣いてるの...」

幾重もの涙がレイの頬をぬらしていた。レイはシンジの顔を思い出した。自分に優しくしてくれたシンジ。笑うことを教えてくれたシンジ。そして...

「ごめんなさい...私あなたを守れなかった...」

その時レイは初めて悲しいという感情を知った。レイは人気のない病室で静かに泣き続けた。

その日、少女たちは戦いの悲しさを知った。





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中昭のコメント(感想として・・・)

  戦いの悲しさ・・・
  中学生には重い現実ですね。
  
  それはともかく、さすが上手いですね。もうグングン引き込まれちゃいました。 
  確かに一ヶ月も凍結するより、即、起動試験っていう方がゲンドウらしいという気もします。  

  ルフランの続きも気になるけど、この話の今後の展開も気になります。  
  2話目はいつ出来ますか?(笑)



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