「どないなっとるんや!?」
今やアスカの病室は、血の匂いが充満しており、さらには目を背けたくなるような惨状がトウジの視界に入ってきた。そしてアスカは、と言うと、倒れたシンジの側で放心状態にある。
『ハイ、こちらナースセンター。どうかしましたか?』
スピーカーの向こうでは休み時間なのか、こちらの事情を知らない看護婦の呑気な声がする。
「大変なんです!碇君が,碇君が、部屋に入ったら、血塗れで倒れてて・・・・・」
ヒカリは、緊急時の呼び出しブザーを押し、看護婦に今の状況を説明していた。いつもは冷静な彼女ではあるが、ことがことだけにいつもの冷静さを欠いていた。
「わかりました、今すぐそちらに向かいます。」
看護婦の方も、尋常じゃない様子に気付いてか急いでいるようである。
暫くして、303号室に医師と看護婦が入ったとき、そこには血塗れのシンジを抱きしめているアスカと、それを見ていることしか出来ない二人がいた。医師はシンジの状況が極めて危険な事に、緊急手術の用意と輸血の準備を看護婦に指示する。次に、シンジに応急手当をするために近付いたとき、アスカの異変に気付きアスカを別室に移すようにも指示した。
看護婦がアスカに触れた。
その時、アスカが突然暴れだしたため医師は鎮痛剤でアスカを大人しくさせると、速やかにシンジに応急手当を施す。
その後、シンジは手術室へ、アスカは緊急治療室へと移された。
時間にして1時間も経っていないだろうか、手術室の前で待っているトウジとヒカリの前に、青葉シゲルと伊吹マヤが来た。トウジとヒカリは、今の二人が知っていることをマヤとシゲルに話した。そして四人は医師にシンジの手術にまだ時間がかかることを知らされたため、アスカの元へと向かった。
今のアスカはER(緊急治療室の略称)02号室にいる。
アスカはシンジの惨状を目の当たりにして混乱してはいたが、はっきりとした意識を取り戻した。
だが今のアスカは深い眠りの中にあった。
その時、アスカは夢を見ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・ここは、何処?
誰も・・・・居ないの?
・・・・・・・・アスカ・・・・・
・・・・・アスカ・・・・・・・・
・・アスカ・・・・・・・・・・・
誰?
誰なの?
『アスカ・・・・。』
・・・ママ。
「ママ、ママなのね!」
「どうしてたの?」
「何処に行ってたのよ。」
「突然消えちゃうんだもん。」
「あたし、本当に心配したのよ。」
『・・・アスカ。』
「ママ、もう何処にも行かないで、私のそばにいて。」
「もう嫌なの。」
「一人は嫌なの。」
「だから、だからママ、一緒にいて、お願い。」
『・・・あのねアスカ、あなたに言わないといけないことがあるの。』
「なあに、ママ。」
『あなたに、さよならを言いに来たの。』
「えっ、どうして?」
「折角会えたのに、どうして!?」
「どうしてサヨナラなんて言うの?」
「嫌よ!私は嫌! ママと離れたくないっ!」
『アスカ!・・・・・お願い。私の話を聞いて。』
『私がEVAの中に居たことは知っているでしょ。』
『でもあなたが目覚めたときに、私は居なかった、それはどういう意味か判かる?』
アスカは叫ぶ。
それでもキョウコは続ける。
『それはねアスカ、あなたにはもう私は【必要の無い存在】と言うことを意味しているのよ。』
『あなたはもう立てるのよ。』
『もう逃げるのはお止しなさい。』
『これ以上自分に嘘をつくのは辛くなるだけ。』
『本当は判っているはずよ。』
『あなたが心の底から本当に望んでいるものを。』
「・・・・本当に望んでいるもの?」
「 私が・・・・望んでいるもの・・・・。」
『そう、あなたが望んでいるもの・・・・。』
『とても大切なあなただけの想い。』
『恐れないで、あなたが自分で認めなくては駄目なの。』
『もう逃げないで、あなたはそんなに弱くはないはずよ。』
『あなたは、私の娘なんだから!』
『もっと自信を持って。』
アスカは呟くようにそれに答える。
「・・・・・・・・・・・・・・シンジ・・・・・・・・・・・あたしは・・・・。」
「・・・生きたい。」
「・・・・あたしはもっと生きたい。」
「人として、自分を愛せるように。」
「そして、そして・・・・・・・・・。」
アスカは涙が溢れてきた。
キョウコはそんなアスカを優しく見つめている。
「シンジと一緒に生きててみたい。」
アスカがそう言うとキョウコは厳しい顔つきになり尋ねる。
『本当にそうなの?』
『それは嘘や偽りではないの?』
『本当に初号機のパイロットが必要なの?』
そんなキョウコの問いに、アスカははっきりとした迷いの無いで答える。
「あたしは、もう立てるわ。 だってシンジがいるもの!」
「シンジがいてくれるもの!」
『そう、ならもう私が居なくても大丈夫でしょ。』
「・・・・・ママ。」
『ゴメンねアスカ、私はもう行かなくちゃいけないの。』
『大丈夫よ、私はいつでもあなたのそばに居るんだから。』
『ほら、そんな顔しない!』
アスカは泣きそうになっている顔を引き攣らせながら笑顔とも取れないような笑みを浮かべる、そして最後にアスカは尋ねた。
「・・・・・・どうしてママはEVAの体内(なか)にいたの?」
キョウコはそんなアスカに優しく答える。
『それは、あなた達に生きてほしかったから。』
『未来をあなたと共に感じたかったから。』
『そして、アスカ、あなたを愛していたから。』
すると、ついにアスカは涙がこらえきれなくなり声を押し殺し、キョウコの瞳を見ながら泣き出した。
『アスカ、泣かないで、永遠の別れじゃないのよ。』
『私たちは繋がっているわ、親子なのよ、いつでも会えるじゃない。』
アスカは肯く。
そしてキョウコはゆっくりと空の青に、アスカの瞳に消えてゆく。
そんな中、彼女は微笑みながら囁く。
『アスカ、頑張ってね。』
と言って空になった。
わたしはベッドの中で目覚めた。今までの生きてきた中で最高の目覚めだった。だが突然わたしはシンジに会いたくなった。 シンジとの思い出や、シンジの笑顔、ありとあらゆる残像が驚くほど鮮やかに、鮮明に、何の淀みも無くすべてが蘇り、ただただ会いたくて苦しいくらいに会いたくなって、いてもたってもいられなくなった。その時、わたしはただひたすらにシンジを求めた。
シンジのことばかり考えていたせいか、そばに座っているヒカリに気が付かなかった。
すると、ヒカリはわたしにシンジの手術が成功したこと話してくれた。わたしはヒカリに頼んでシンジの寝ている所に連れていってもらった。そこには、シンジの寝顔にはわたしの全てが在った。わたしはシンジの掌に、まるで王子様が眠れる姫にするようなキスをした。そして、わたしは目で眠っているにいるシンジに向って言った。
「シンジ、大好き。」
そして、私は空を見上げママにサヨナラを言った。
「ママ、ありがとう。」と。