僕が退院してから二ヶ月が過ぎようとしている。僕は退院してからは以前の生活に戻り、学校が終わるとアスカの所へ通っていた。その間にアスカはマヤさんにカウンセリングを受けたり、弱っていた足腰のリハビリ等をしていた。そして後一週間でアスカは退院となる。
僕はこれからどうするのか迷っていた。アスカは退院したら僕とともに暮らすことを望んでいる。一週間前からこの事で揉めていた。
だが今現在の僕らの保護者であるマヤさんは僕らが共同生活をするのには反対のようだ、まだ若すぎるとか・・・・・・。僕の方もマヤさんと同じ意見で、僕が一人暮らし、そしてアスカがマヤさんと一緒に暮らすと言うマヤさんの意見に賛同している。アスカはこの事を聞くと、以前の調子が戻りつつあるのか怒涛の勢いで、
「マヤ。私はシンジと暮らしたいの、あなとじゃないわ。」 などと凄いことを本人の目の前で平気で言う。さらにアスカは僕に同意を求めてくるし、僕はマヤさんの意見に賛成だって言ってるのに。
そして僕が何をどういって言いか判らずに困っているとアスカは、
「シンジは私と暮らすの嫌なのね・・・・・・・・・。」と泣きそうな感じで話してくるし、本当に僕は困っている。
以前のアスカなら人前で弱みを見せるような事はまったくと言っていいいほど無かったのだが、あれ以来アスカの表情は以前に増して豊かになった。素直になったのは嬉しいけど・・・・。
結局現段階では洞木さんの介入によってマヤさんの意見が通りそうである。
アスカは洞木さんに反論したが、
「アスカ!あなたは碇君と暮らす前に家事一般をこなせる様になりなさい、これ以上碇君に迷惑を懸けてどうするの?」するとアスカは、
「私はシンジに教えて貰うからいいのよ!」と言うと、
「アスカは女としてのプライドはないの!?家事の出来ない女は空しいわよ。」の一言。
彼女の前では為す術も無かったようである。
アスカもプライドと言う言葉と『家事の出来ない女』に少なからず衝撃を受けているようである。
しかも洞木さんの発言に感化されたマヤさんが、
「アスカちゃん、私が色々と教えてあげるから。」
「ねっ。頑張りましょう、シンジ君と暮らすのはそれからでも遅くはないわ。」等と言われる。
結局アスカは洞木さんとマヤさんの常識と正論、更には女のプライドの前に完膚なきまでに叩きのめされ、僕に『助けと』と言う視線を求めてくる、が、あえて僕はその視線から目を逸らす。事実アスカの方が良くても、今の状況では僕の方がアスカを受け止めることが出来なさそうだから・・・。
僕の願いもあってか、アスカは渋々マヤさんとの同居を認めた。
その後、その日はマヤさんと洞木さんアスカに別れを告げ、二人ともデートがあるらしく各々の目的の場所へと出かけていった。
そうなると病院の面会時間終了迄のあと二時間三十分はアスカと二人きりになる訳で、なんとなく僕は嬉しかったりする。
「そうだシンジ、今日は天気が良いでしょ。散歩にでも行かない?」
「そうだね、今日は外もいい感じだしリハビリも兼ねて少し歩こうか。」
「じゃあ早く行こ、シンジ。」
「そうしようか。はい、松葉杖。」
「ありがと。」
シンジは素早く扉を開けアスカに、
「どうぞ、お姫様。」
と言っておどけたように笑った。アスカは恥ずかしそうに、「バカ!」と言って怒った振りをした後シンジと一緒になって笑った。その時の二人は自然だった。まるで失われた時間を取り戻すような、そんな感じさえする。病院の中庭には野鳩に餌をあげたり、絵を描いていたりと様々な人達がいた。シンジとアスカは暫く歩いてからベンチに座って話をしていた。最近はアスカと色々な話をする。最近の学校のこと、僕の過去のこと、アスカの母親のこと、ミサトさん、加持さん、そしてカヲル君のこと、アスカとはどんな話も出来るような気がしてきた。だが今日は違った、先程のことについてである。
「シンジ、どうしてあの時助けてくれなかったのよ?」 と聞いてくる、今はアスカと二人きりだか遠慮無く僕も話せる。
「うん、ゴメン。でもやっぱり駄目なんだ。」
「なんでよ!私のこと好きなんでしょ?」
「うん、好きだよ。でも僕の方が駄目なんだ。」
「何が駄目なのよ?」
「・・・もし今、僕たちが一緒に暮らしたら駄目になってしまうよ。」
「私達が駄目になるとでも?」
「そういうのじゃ無くて、僕がアスカに溺れちゃいそうなんだ。それに僕はまだ、色々な責任が取れる年じゃないし、それにアスカのこと束縛するよ。」
アスカはじっと僕のことを見つめると呟く。
「だったら、束縛してよ、私のこと。」
「私はシンジになら、捕まりたいな・・・・・・・・・。」
「駄目だよ、アスカ。それ以上言われると・・・・・・・・・・・。」
僕は明らかに迷いが出てきてしまった。
するとアスカは最後の台詞を言ってしまう。
「シンジ、私と一緒に暮らそうよ。私は貴方のことが好き・・・愛しているからこそ言うのよ。それにあんたが私を捕まえるんじゃなくて、私があんたを捕まえたのよ。安心なさい。私はあんたを離すようなことは絶対にしない。だから私を信じて。」
「アスカ・・・。」
「大丈夫よ、私を信じ・・・・・『!』どうしたのよシンジ。」
何だ?
アスカが僕のことを見ている。
「何泣いてんのよ、どうしたのホントに?」
「シンジ、どうしたの、何が悲しいの?私じゃ止められないの?」
「アスカ、僕は嬉しいのかもしれない。こんなに人に・・・・アスカに必要とされることが初めてだから。」
「私にも貴方は必要なの・・・。」
「ありがとう。アスカ。」
「アスカ、さっき言ったこと信じていいんだね。僕は・・・・・。」
ここまで言うと、堪えていた涙がまた溢れてきた。
するとアスカは僕をそっと抱きしめてくれた。
とても優しく、僕の全てを包み込むような抱擁。
「アスカ、お願いだから僕を、もう一人にしないで。アスカが居るから、ここに、僕の側にアスカがいるから、だから、僕を守って。」
「シンジ・・・・。」
「アスカの温もりを感じたいから。幸せになりたいから。・・・・・・・僕はもう、一人では生きていけそうもないから。」
そう言った後にアスカは微笑みを向ける。
「まったく、これじゃどっちが女なのか判りゃしないじゃないのよ。」
だがアスカの顔は笑っている。
「ほんとだね。でも謝らないから、これが僕だから。」
「シンジ・・・・。」
「何?アスカ。」
「いいんじゃない・・・。」
「何が?」
「今のシンジ。」
「そう、ありがとう。」
「私のこと、幸せにしなさいよ。」
「うん。判ってる。」
「あんたのことは大丈夫。私がついてるんだから。」
その日の空は、二人の心の中に映し出された想いが染み込んだような、そんな深い青空でいっぱいだった。