ジオフロントの天井は戦自の放ったN2爆雷の投下とともに跡形も無く吹き飛んでいた。それから数分後、戦自のネルフ施設占拠のため侵入によりネルフ本部は死しか生み出すことのない、悲しい戦場と化していた。今やネルフは陥落の寸前にあった。内部では虐殺、外では圧倒的不利な状況のEVA弐号機。ゼーレの人類補完計画の完遂は後少しの所まで来ていた。
「EVA9機、弐号機の周りに展開しています!」
マヤの悲痛な叫び声が弐号機の危機的状況を更に悲しくさせる。
「初号機ケージに反応!サードチルドレンと思われます!」
「初号機を発進させましょう!」
「このまま弐号機が破壊されるのも時間の問題です!」
「しかし、ここからでは既に初号機を、発進させるのはもう無理だぞ。」
冬月の声は深刻だった。
「だったら僕が行きますよ。」
そう言うとマコトが立った。
「そんな、私が行きます!!」
「駄目だ!君にしかマギは動かせないんだから、今はまだマギを失うわけにはいかないはずだ。」
「だったら俺が行く!」
「お前はマヤちゃんを助けなきゃ駄目だろが、今は赤木博士がいないんだ。」
「でも・・・・」
「だが・・・・」
マヤとシゲルは言葉を詰まらせる。
「ここは僕が行くしかないよ・・・・。」
マコトは悲しげに、今の地上での出来事を見ながら言う。
「しかしそれでは確実に死ぬぞ。」
「でも誰かが行かなくちゃ行けないんですから。」
そう言うとマコトは既に席を立っていた。
「・・・・・すまんな、本当に。」
冬月はそう言うとマコトを見送るとすぐに向き直し、次の指示を与えていた。
その時、シンジはEVA初号機の前で佇んでいた。未だに自分の為すべきことが見えずに、ただ“ミサトの死”と言う現実から逃げていた。
シンジの目の前で、最後までシンジに微笑み続け自らの想いをシンジに託し凶弾に倒れた女性。彼女もまた、自らに嘘を吐きつき続けた、そんな悲しい女性だった。
誰に向けて言ったのでは無く、自らに吐いた迷い、少年は初めて自分のために泣いた。
シンジの瞳は涙に埋もれていた、
シンジの瞳は輝きを失っていた。
凍結中のEVAのエントリープラグの前でシンジは叫んだ。心の底からの本心を、気付かないうちに変わり果てた母親の前で叫んでいた・・・・。
リリスの前にゲンドウとレイはいた。
「さあ、レイ見せてくれ・・・・私に全てを。」
だがゲンドウはそう言うと苦痛に顔を歪めながら崩れる。レイのATフィールドがゲンドウを包み込んだのである。
「何故だ!レイ、どうして?」
レイはそんなゲンドウを見下ろしながら、リリスに近付く。
「貴方が求めたのは私であって私では無いから。」
「だから・・・・・・なのか?」
「碇君が私を求めてるから・・・・私に還りたがっているから。」
赤い瞳に映っているのはシンジ唯一人だった。
「だがシンジが求めているのもレイ、ユイであってお前ではないのだぞ。」
苦しげにゲンドウは続ける。
「それでも・・・・行くのか?」
レイはリリスの側まで行くと、
「・・・私も還りたいから、それに私の中の私へが・・還りたがってるから・・・・」
レイはリリスの仮面に口付けをしてからもう一度ゲンドウを見る。
「だから・・・・碇司令、サヨナラ。」
水の、LCLの、レイの涙は既に乾ききっていた。そしてリリスは崩れ去った。
「レイ・・・・・」
パンッ!!
「・・・君は・・・赤木博士・・・か・・・・」
ゲンドウの最後である。ゲンドウはLCLの海へと消えていった。
パンッ!!
そして・・・・もう一つの銃声が響き渡った。
戦自の通信施設の破壊はネルフ内部にまで至っており、さらに強力なジャミングのため無線も使えない状況下の中、完全に孤立化しているケージのスピーカーから声が聞こえてきた、日向マコトの声であった。直通の回線を使っているだけにまだ残っていたのである。
『シンジ君、EVAに乗るんだ!!今は君にしか出来ないことをすべき時だ!!はやくするんだ!!ここだってもう持たない!!』
「・・・僕にはもう乗る資格なんて無いのに・・・・。」
力無く呟く。
マコトにシンジの声が聞こえたのか、
『なんのために葛城さんが死んだと思ってるんだ!!君が生き残るためだからじゃないか!!人の未来を君に託したからじゃないか!!乗るんだ、シンジ君!!』
「でも・・・・」
『・・・・・・・・・今は悲しむ時じゃない、後悔する時でもない、今君にしか出来ないことをするために、未来を掴むためにすべきことを・・・・・・』
マコトがここまで言った時だった、
ドーン!タタタタン!バン!
『シンジ君、僕がここにいる理由はね、僕も君に未来を託したからなんだ。』
タタタタン!ドン!ドン!
『ウッ!』
マコトが戦自の放った銃弾に当たったのだろうか、スピーカーからはうめき声が聞こえた。
「日向さん!!」
『早く、アスカが待ってる。行くんだ!シンジ君・・・・・』
ズズーン
『泣くのは後からでも・・・・・・・・』
ドーン!!
ひときわ高い爆発音が響く。
『泣くのは後からでも良いんだ・・・・・シンジ・・くん、最後の出撃だ・・・・。さあ・・・・乗って・・・。』
マコトの声がかすれてきている。恐らく致命傷を受けたのだろう、だが声には絶望の色はが感じられなかった。
シンジは泣きながら、いや、涙を拭いながらエントリープラグに入る。マコトはシンジがEVAの中にシンジが入ったのを確認すると、最後の壊れていない射出口のボタンを押す。そんな中EVA初号機は発進していった。
「葛城さん、これで良かったんですか・・・・・・・・・」
最後にそう言うとマコトは息絶えた、そんなマコトに銃弾の雨が降り注いだ。
そんな中シンジは血の匂いのするプラグ内でマコトの死を感じていた。
「私を殺さないで・・・。」
アスカは動けない弐号機の中で泣いていた。
「ママ・・・私を、殺さないで。」
「私を、殺さないで・・・お願い。」
「もう、一人にしないで・・・・・ママ・・・・・」
「白い・・・・EVA・・・・。」
シンジが見た光景、それは動けない弐号機に今こそ襲いかかろうとしている9機のEVAの姿だった。だが彼らは白いEVAはシンジのこと確認するとアスカの元へは行かずにシンジの方へと羽を広げ、まるで天使が死者を包み込むような、そんな風に初号機の周りで羽を伸ばしていた。その中の1機がニヤリと笑みを浮かべると、それが合図かのように一斉に降り立ち、シンジを中心にして円を描くように取り囲んだ。シンジには信じがたい声が頭に響いてきた。渚カヲル、彼である。
「・・・・・シンジ君、また会えたね。」
シンジの精神に呼びかけるのは紛れも無くカヲルだった。
「・・・カヲル君、どうして・・・?」
「君に伝えたいことがあるからだよ、シンジ君。」
「なんで、なんでなんだよ!今更なんだよ!カヲル君、君はまだ僕を苦しめたいの?僕は君のことを好きだったのに、愛していたのに・・・・・。なんで、どうしてなんだよ!」
「ありがとう、シンジ君。君にそこまで想って貰えたことに感謝するよ。でも今は君にすべきことを伝えに来たんだよ。」
「何を伝えるって言うんだよ、カヲル君!これ以上僕に何を期待するんだよ、また僕に君を殺せって言うつもり?」
「僕は君のお陰で死ぬことも、生きることも選ぶことが出来るようになった。だから違うよ、君に伝えることはもっと重要なことだよ。」
「何だよ、何を言う気なんだよ!?カヲル君。」
「僕の伝えるべきこと、それは・・・・・・・・・惣流・アスカ・ラングレー、彼女はこのままでは死ぬよ・・・。いや、一つになると言った方が良いかな、そう弐号機と共にね。」
「・・・アスカが、死ぬ?」
「あの時、僕は言ったよ。弐号機は君に止めておいて欲しかった、とね。」
「・・・僕に止めておいて欲しかった?どうして?アスカは弐号機と死にたがってたんだ!何故僕に止める必要があるんだ!?」
「・・・・君が碇シンジだからだよ。扉が開く前に、彼女を止めて欲しい。」
「弐号機、再起動!」
マヤが叫ぶ。
「なんだと!まさか・・・。」
冬月は信じられないと言う様な顔で呟く。
「信じられません!し・シンクロ率、340%を超えています!」
シゲルも今起こっていることが信じられなかった。
「暴走・・・。彼女まで目覚めたというのか・・・・。」
と、冬月が言ったときだった。
「アスカ、消失しました・・・・。」
EVA弐号機は異様なまでの静けさの中、ゆっくりとシンジたちの所に近付いて行った。白いEVAは一斉に初号機から離れ今度は弐号機の周りを旋回している。それでも弐号機は初号機に近付いていく。動かないシンジ、弐号機が今まさに初号機に襲いかかろうとした時だった、白いEVA達の放ったロンギヌスの槍の全てが弐号機を犯していった。槍を刺された弐号機、それはまだ歩くのを止めようとしなかった。まるで暗闇の中で光を求めるようにさまよい続ける迷い子のように。そして初号機の前に着いた時に弐号機はその動きを止め、ひたすらに初号機を見つめ手を首に置いた。
「シンジ君、お願いだ。彼女を止めてあげて欲しい。彼女もそれを望んでいる。君たちには未来があるから、君たちに夢を託したいから。最後を君の手に託したい。」
カヲルが言うと、月にあるはずの真のロンギヌスの槍が初号機の手の内に収まる。
「リリスの手にした果実は余りに業が深すぎた、だから今、君はその全ての業を償わなければいけない。君の手によって、だから君は逃げてはいけない。君は目を逸らしては行けないんだ。果実は落ちるべきなんだ。それに気付かなかったゼーレも哀れなモノたちの集まりだったよ、果実の価値も判らずに、自らの力にしようとする、そんな彼らが、人類が神の階段を登るには、時が流れすぎたのかもしれない・・・・だから君に止めてもらいたいんだ!」
『毎日あの調子ですわ。人形を娘だと思って話し掛けてます。』
『彼女なりに責任を感じているんでしょう。研究ばかりの毎日で娘をかまってやる余裕などありませんでしたから。』
『しかしあれではまるで人形の親子だ、もっとも人間と人形の違いなんて紙一重なのかもしれませんが・・・。』
『アスカちゃん、ご飯にしましょうね。』
「・・・・・・いつも苦しむのは僕たちなんだ、EVAってなんだ?僕らを苦しめてるだけじゃないか!消えろよ!消えてよ!僕の前にいないでよ!!」
「また逃げるのかい、そう自分に言い聞かせて、都合の良いように自分を守るのかい?」
「違う!逃げるんじゃない!逃げるんじゃない!」
そう言うとシンジは弐号機のコアへと槍を突き立てる。
初号機は弐号機のコアに槍を刺したままで静止した。弐号機は初号機の首を掴んだまま止っている。白いEVAは弐号機に刺さっている槍を取り戻すと自らの胸へと槍を刺してゆく。その凄惨で惨たらしい奇声とも呼べるような悲鳴を上げながら白いEVAは倒れていった。最後の白いEVAが倒れる時だった。初号機が、シンジが、弐号機に刺さった槍を抜き、自らのコアに槍を埋めていった。そして、初号機も・・・・死んだ。
ジオフロントはEVAの残骸に埋もれていた、酷い腐敗臭。そんな中に一人の赤い瞳の少女が佇んでいた、血塗れになりながら微笑む彼女の笑顔はまるで死に魅入られた、そんな悲しみに満ちていた。
「碇君、わたしは貴方と一つになりたい。貴方になりたい、でも・・・・私は還らなくてはいけない、私は私だから。貴方じゃないから、だから・・・・。」
少女はそう言って、少年の首に手をかける。そして力を入れた時・・・・・・・・
びちゃ
少女はLCLとなった。
そして少女が消えるとほぼ同じにEVAの全てもLCLへと還った、・・・赤い土へと・・・・。
『ありがとう、シンジ君。これで僕も一つになれる、そしてレイも・・・。』
『魂の海は貴方に優しくないかもしれない、でも貴方は一人じゃないの、だから泣かないで。』
『僕たちは・・・・・・・・還るよ・・・・・・・・僕らの海に・・・』
『わたし達は一つに還るの・・・・なつかしい・・・一つに・・・だから・・・・果実は・・・・落ちるの・・・・』
「アスカ、還ろう・・・・なつかしい・・・・・一つに・・・・・・・だから・・・・・・・・ありがとう・・・・・・」
『ありがとう、私の記憶』
『そして、さよなら』
“神がその子を世につかわしたまえるは
シンジはこの日の3ヶ月後に目覚める・・・・・・。