一瞬、自分でも信じられないヴィジョンが広がる。

 それは突然だった。

 無意識の情景、漠然とした風景が目の前に広がる。

 白い、真っ白だ。

 景色なんてモノじゃない。

 恐怖、そして絶対の安らぎ。

 情景に取り残され、忘れていたように気付く。

 自分の体が無い。 

 自らの意識があるのに、体が無い。

 自分の手を見ようと思っても、見えるモノは何も無かった。

 映るのは真っ白い世界。

 上も下も無く、遠くも近くも無い。

 自分が矛盾した存在としている事だけが判る。

 それ以上も以下も無い、真っ白…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗転

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の目覚め。

 息が荒い。

 ゆっくりと深呼吸をして、息を整える。

 天井を凝視する。

 

 

 そして不安。

 とっさに、自分の寝ていた時間がどれくらいだったか不安になる。

 ひょっとしたら一年、いや五年…。

 時間の感覚が掴めない永久の眠りから覚めたような、そんな錯覚。

 自分の時が飲み込まれたのかと、そんな考えが浮かんで、机の上にある電子カレンダーを見る。

 …大丈夫だ、合ってる。

 と、自分でも確認する事によってやっと息が出来た。

 正しい時間の流れ。

 一晩眠っただけで、それ以上は眠っていなかった事に、心から安心した。

 そして忘れたように、消えてしまった筈の自分の体の有無を確かめる。

 汗ばんでいる手を見る。

 

 それは見なれた僕の手だった。

 

 

 

 …ッ、チッ、チッと、時計の音が沈黙した部屋に響き渡る。

 枕元にある目覚し時計の針は午前六時を刻んだ所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泡沫の風
 
三話「休日」
 

 

 

 

 

 土曜日、今日は学校はお休み。

 全国的に休日と思われる日、有体に言えば週末と言ってしまうが、然るべき今日の葛城家の朝は遅い。

 そう在る事が必然と言わんばかりに休日の時間の流れはゆっくりとしている。

 流石に休日となると僕で無くとも何時も以上に起きるのは遅くなるだろう。

 その結果としては只今の時間、午前十一時十分。

 今は昼前か…と、今日は鳴かない目覚し時計を見る。

 カーテンの隙間からは溢れんばかりの光が申し訳無さそうに、外の世界とは正反対であろう真っ暗い僕の部屋に入ってくる。

 そろそろ起きるか、とベットから這い出る。

 

 キッチンに行っても誰も居ない。

 当たり前だ、まだミサトさんとアスカは眠っている筈だ。

 アスカはともかく、休日の午前中にミサトさんが起きてくる事など滅多に無い。

 僕よりも寝起きが悪いと思われる数少ない人物だ、土曜の午前に起きて来る筈など無いだろう。

 そもそもミサトさんとアスカは深夜映画を見るとかで、夜遅くまで起きてたようだし、少なくとも後三十分は大丈夫か。

 などと考えながら朝食、兼昼食の準備を僕は始めた。

 別にそんな事をする必要は無いと思った。

 二人とも休日は食事の事を余り言わない。

 お腹が空いたら食べるといった具合なのだが、今日のこの時間、取り分け御昼前の区切りの時間と言うのが、なんとなくキッチンへ足を運ばせた理由だろうか?

 時間的には昼食だが、作るのは朝食のようなモノになりそうだった。

 僕も寝起きだけあって、そんな凝ったモノを作ろうとは思わなかったし、食べたいとも思わなかった。

 今日の昼食のメニューはご飯と味噌汁、それに簡単なおかず。

 皆で突付けるような、それでいてあっさりとしたおかずにしようと思って、大皿にキュウリを刻んだモノとツナ缶を乗せただけのモノにした。

 味付けは最初は甘味系のごま味噌でも作ろうとは思ったのだが、面倒臭かったので醤油とごま油をちょっとかけたくらいの味付けになった。

 まぁ、おかずなんて無くとも、ミサトさんにはビール、アスカにはリンゴと包丁でも渡しておけば、勝手に剥いて食べてくれるだろうし、二人ともそれで満足してくれるのだからありがたい。

 事実、今日の朝食が手抜きだったとしても、何も言われる事は無かった。

 始める事、二十分で今日の昼食は完成した。

 

 皆でも起こそうと思って、アスカの部屋に向かおうと思ったらアスカが出て来た。

「おはよ。アスカ」

「…ん、ぉはよ…」

 アスカはまだ眠たそうだ、一体何時まで起きてたんだろ?

「アスカ、朝ご飯出来てるから顔洗って来なよ」

 と、声をかけると、アスカは頷いただけで洗面所へと消えて行った。

 また、それに併せた様におはよ〜と、これまた眠たそうにミサトさんが起きてきた。

 ボリボリと、シャツ中に手を突っ込んで胸の辺りをかいている。

 慣れてしまった光景にため息が漏れる。

 トウジとケンスケが見たら、何て思うだろう等と考えていた。

 しかし、休日の午前中にミサトさんが起きて来たのには少々驚いたが、

「今日はちょっち用事があるのよ〜」

 と、今日は用事で何処かに出掛けるらしく早起きしたらしい。

 珍しく休日に皆揃って昼食を取る事になった。

 

 

「ふ〜ん、でミサトだけ第二に行く訳だ…」

 アスカはミサトさんにちょっと意地悪く言う。

 まぁ、折角の休日に何処にも行かないでいる僕はその気持ちが判らないでも無い。

「なによ〜、なんかアスカの言いかただと私だけ第二に行くのが悪いみたいじゃないのよ」

 と、ビールの空になった缶をゴミ箱に投げながらミサトさんが言う。

 緩やかなカーブを描いたそれは、ガコン、と音が鳴ってと思うとゴミ箱の中に消えた。

「だって、友達に会いに行くんでしょ?それだったら遊びに行くようなもんじゃないのよ」

 珍しくアスカがしつこく食い下がる。

「まぁ、そうには違いないけどさ〜、一応前々からの約束だったから、別に遊びって訳じゃないんだけどね…」

 詳しい事情は言えません、とも言いげな感じだ。

「だから今日はゴメンね。また今度連れてって上げるからさ」

 それを聞くとアスカは、

「あ〜!折角の休日なのにひまぁ〜!!」

 と、ぼやている。

 その時、アスカの一瞬で雰囲気が変わった。

 僕の視界の中に何かを企んでいるアスカが映る。

 はっ、と気付いた時、アスカは僕を見てニヤーと笑う。

 目を逸らそうと思ったが、タイミングを外した場合、どうしようもない事だって在る。

「ねぇ、ミサト〜。私達も連れてってよ〜」

 両手を胸の前に持って来て、イヤンイヤンのポーズに、猫なで声のアスカの声。

 見ているこっちが飽きれてしまいそうになる。

 ちなみに、アスカの声で『私達』と言う言葉がやけに強い。

 別に僕は行きたく無いんですけど、と言おうモノなら後が怖い。

「うーん、でもねぇ…」

「ねっ!?シンジも行きたいでしょ?」

 やっぱり来たか、あの『私達』はこの複線だったのだと思い、この場から逃げ出したくなった。

 けれどそれは叶わなかった。

 アスカの顔の表情は万面の笑みと言っても良いが、中身は反論は許さないわよ、と言っている。

「…う、うん。僕も行きたいかな?新しいCDも欲しい事だし最近はこれと言った買い物も行って無いし…ね」

 アスカは僕の答えに満足したのか、ニッコリと笑う。

 ちょっと怖いかも…。

「だったら第三の四越でも良いじゃないのよ。わざわざ第二まで行く必要は無いでしょ?」

 にべも無くミサトさんがそう言うと、アスカはそれに合わせたのかの如く、

「松本区に、新しくネルフが出来たんだもん!そっちに行ってみたいのよ。ねぇ〜、ミサトお願いっ!連れてってよ〜」

 アスカがここまで懇願するとのは滅多に見れないのだが、よっぽど行きたいのだろうか?

 ちなみにネルフとは、ゼーレコーポレーションの内産業の一つである。

 爪楊枝から軍需産業まで幅広く手掛けているこの会社、ゼーレと言う会社はとても大きい。

 そして新しい試みがこのネルフと言う大型ショッピングモールである。

 最先端の技術をふんだんに使い、買い物に来る人達を、見る物を楽しませる所にまで気を配っている位だ。

 勿論、商品の取り揃えも一級で、この中で買えない物は無いと言っても良いくらいの凄さである。

 レストランも………と、これ以上はきりが無い、とにかく凄いのである。

 前評判からして、宣伝も美味いと言う事が判る。

 また、買い物だけでは無く、中に映画館などもあって、デートスポットとしても名を馳せている。

 アスカが行きたいと言うのも判る。

「それに最近ミサトのルノーにも乗って無いし…、偶にはドライブにでも連れってってくれても良いでしょ?」

 更にアスカは付け加えるように。

「それにあのスピードは最高よねー」

 僕は思わずアスカの台詞に上手い、と心の中で叫んでしまった。

 こうなったらミサトさんが断るとは思えなかった。

 自分の愛車に絶対の自信を持っているからして、そんな人種には今のアスカの発言は凄く嬉しい筈だ。

 例えそれが、なんらかの意図が在ったとしても、断らないだろうと思う。

 案の定、ミサトさんは、

「んー、しょうがないわね。シンちゃんも行きたいって言ってる事だし、ここは一つお姉さんが人肌脱いであげますか…」

 と、言って、アスカの台詞を判ってはいた様だった。

 けれど、やれやれと言う表情だったが、ミサトさんは嬉しそうだった。

 アスカはと言うと休日の遅い朝に決まった予定外のお出かけに御満悦のようだった。

 

 遅い朝食を食べ終わって、僕が後片付けをしている時だった。

 アスカが自分の部屋に着替えに行くのを見送りながら、ミサトさんが独り言様に呟いた。

「あんなにはしゃいじゃって。ホント、仕方ないわねー。あの子も」

 と、まるで本当の母親のような感じの声で言った。

 僕はそんなミサトさんの声を聞いて、自然と笑みが漏れた。

 そして、僕が台所の後片付けを終えて、冷蔵庫の中身でも整理しようかと思った時、ミサトさんに声を掛けられた。

「ちょっと、シンちゃん。良いかしら?」

 僕はなんだろうと思いながらミサトさんに、

「はい、なんです?」

 と、言うと、ミサトさんはちょいちょいと、テーブルまで来い、と言ったような手招きをした。

 僕はエプロンの裾で手を拭きながら、ミサトさんの前に座る。

「はい。これ」

 そう言って徐(おもむろ)に壱万円札を五枚、僕に渡す。

 僕はその出来事の余りの突然さに少し驚いた。

「へ?どうしたんです。突然」

 と、間抜な声を上げた。

 するとミサトさんはにっこり笑って、

「今日は折角買い物に行くんだしさ、ちょっとした小遣いよ」

 と、答えた。

 でも、僕は金額の多さに多少罪悪感があった。

「でも、これはちょっと多すぎませんか?それに今月もちゃんと貰いましたし…」

 と言う感じで、これは多すぎて受け取れませんと遠回しに言った。

「え、それアスカの分も入ってるわよ。まさかシンちゃん一人で使う気だったの?」

 ミサトさんが意地悪そうに言う。

「そんな訳ないでしょ。まったく、ミサトさんは…」

 ちょっと愚痴っぽく答えてしまったが、それでもミサトさんの心遣いが嬉しかった。

「判りました。アスカと半分ずつにすれば良いんですね」

 と聞くとミサとさんは、

「アスカには二枚にしといて、後の三枚はシンちゃんの分よ」

「え?でも良いんですかこんなに貰っちゃって…」

 ミサトさんにそう聞き返した。

 お小遣いで三万円はちょっと多すぎる。

「いつもの御礼よ。ほら、家の家事全般をシンちゃん一人でこなしてるでしょ。だから、その御礼って訳」

 ミサトさんがそう言うのだから、まぁ良いかと僕は思ったが、ミサトさんが付け加えた。

「それにさ、アスカに余分に持たせたら何に使うか判らないし…、シンちゃんが持ってた方が安心って事で。使わないに越した事は無いけど何あった時の予備って事でさ、残ったらそのままどっかで使っちゃっても良いわよ」

 と、ちょっと白白しそうに言う。

「確かに」

 もしアスカが聞いていたら何を言われるのか、と思うと笑いそうに為ってしまった。

 

 三十分後、支度を終えたアスカが部屋から出てきた。

 アスカの服装は、ライトグレーのちょっと短めのロングスカートに、白の薄手ブラウスそっと掛けたような感じで凄く似合っている。

 何時もよりも格段に地味だと思ったが、優しい綺麗さがあった。

 それに対して僕は適当に着ている程度、安っぽい青、水色、白のチェックの模様をしたシャツにジーンズ、とやはり男と女の違いは如実に現れるモノだと思った。

 そんな時、ミサトさんの声がアスカに投げ掛けられた。

「あら〜、アスカってば気合入ってんじゃない。やっぱりデートだもんね」

 そんな風にミサトさんはアスカをからかって遊んでいる。

 でも、その瞳は本当に似合ってるわよ、と言っている。

 やっぱりアスカじゃミサトさんには勝てないな。

「ちょっと、変な事言わないでよね!」

 と、何時も通りの起こり方。

 これじゃあトウジにからかわれているのと対して変わりが無い。

 そんな事を考えたら、思わずククッと吹いてしまった。

 何時もと違い珍しくシックな感じで着こなしている。
 

 勿論、目敏く僕の笑いを聞いたアスカが、キッと睨むや否や声を上げて突っかかって来る。

「そこ!何笑ってんのよ!」

 ミサトさんに言われた事がそんなに恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてアスカが言う。

 ごめんごめん、と僕は言う。

 それに付け加えて、

「でもアスカ、本当に似合ってるよ、今日の服。ねぇミサトさん」

 と、ミサトさんに相槌を求める。

「えぇ、ホントに似合ってるわよ。しかも、シンちゃんだってそう言ってくれてることだし、女冥利に尽きるわねぇ〜。しかもシンちゃんと並んだら結構良い感じのカップルよ」

 と、更にアスカをからかっている。

 僕はそんなつもりじゃなかったのだが、これ以上言うとアスカがふて腐れかねないので、ミサトさんに言い過ぎですよ、と言った感じの視線を向ける。

 するとミサトさんも、ちょっと悪さが過ぎたと思ったのか、舌をちろっと出しておどけた表情をする。

 幸いアスカも、誉めてもらってはいたので、これ以上は怒る事は無かった。

 恥ずかしそうにはしていたが…。

 

 

 

 中央道を爆走するルノー。

 景色を見る間も無く、どんどんと過ぎて行く風景。

 ドライブ気分の筈だったが、アスカがミサトさんを挑発する度にスピードはどんどんと上がって行って、今では時速160K。

 最初はちょっとしたレーサー気分で車を抜いていたのだが、何時の間にか二人とも悪乗りしてる。

 それでも、サイドミラー越しに映ったミサトさんと目が合いうと、大丈夫よ、と肩をしかめる。

 彼女も一応はギリギリの安全はキープしているようだった。

 まぁ、僕もそんなに悪くは無いから良いのだが、後ろに座っているだけあって、揺れがちょっときつかった。

 

 トンネルを抜けると、諏訪湖畔から広がる松本平野が視界に広がった。

 2ndインパクト以来、ここ第二新東京市は急速に人口が増えてきた。

 2ndインパクトの被害で一度は沈んだ松本盆地を、そこから諏訪湖へと繋がる山を削り、二十年来の計画で今も行われれている平地干拓で、旧松本市、諏訪市、塩尻市、岡谷市等を一つにした第二新東京市が興る事になる。

 僕らの住む第三新東京市が政治都市だとすれば、この第二新東京市の松本区や諏訪区はそのベッドタウンと言った所だろうか。

 

 高速を降りて、復興の証とも言える盛大な街並みを見ていると、何時の間にか目的地であるネルフに着いていた。

 ミサトさんはパーキングチケットを取ると、ルノーを巨大な市営の立体駐車場に滑らせる。

 市営と言っても殆どネルフの、と言った方がしっくりくる。

 流石に休日ともなると駐車場の満車の危惧を感じたが、収容台数も然る事ながら、地下に直通の鉄道の駅まであったりと交通の便が整っていた事もあってか、駐車場もすんなりと入る事が出来た。

 スーッとルノーを止めると、アスカは堰を切ったように切ったように飛び出す。

 直通エレベーターに速攻で向かう。

 僕もそれにアスカの席を下げてルノーから這い出る。

 最後にミサトさんがロックを掛けて出て来ると、待ちきれずにエレベーターの前まで行ったアスカが戻って来て、ミサトさんの腕を掴んで、

「はやくはやく〜」

 と、ミサトさんを急かしていた。

「ちょっと、アスカ。待ってよ」

 そう言ったミサトさんもまんざら嫌そうではなかった。

 少し離れた所から見たとすれば中の良い姉妹に映った事だろう。

 

 
 戻ってきたアスカを含め僕達がエレベータの前に行った直ぐに、エレベータが入ってきた。

 アスカが先程押したのが丁度良いタイミングで戻って来た。

 エレベータの中に入るとアスカはボタンをガチャガチャと押している。

 以外とこう言うのが好きなのだろうか?信号の時も何時も押してるし…。

 ミサトさんはエレベータの中では携帯を出して、電話をしていた。

 今日の用事のあると言う人なのだろうか?

 エレベータ内のちょっとした暇な時間が流れも直ぐ様終わる。

 ミサトさんも降りる頃には携帯をバッグの中に仕舞っていた。

 ガーッとエレベータの扉が開く。

 アスカは店の中に駆け出そうとするのを押さえて、先程のようにミサトさんと僕を急かす。

「そんなに急いだって、ここは逃げないわよ」

 と、ミサトさんが笑いながら言う。

 でも、これだけ喜んでくれたりすると連れてきた甲斐もあったと思う。

 エレベーターから少し歩いた所にエントランスホールへと繋がるちょっと長めの歩行エレベーターがある。

 しかし、これにはミサトさんも僕も驚いた。

 その渡り全てがCGで描かれた水中、とりわけ南の島の海と言った感じの風景が広がっていたからである。

「凄い…な」

 と、僕は口に出していた。

 アスカは僕のその台詞を聞いたと思うと、

「ここのムービーアトラクションのCGもこれと同じなのよ」

 と、テレビCMのような説明をしてくれた。

 ここにはそんなモノまで在るのか、と思った時、頭の上に何かがいた。

 そう目の前には本物かと思えるくらいのナポレオンフィッシュが僕らの上を横切って行ったのが見えた。

 余りの色彩の凄さに二人とも声が出なかったくらいだった。

 CGの技術は素晴らしく、無意識の象徴とも思える魚の瞳ですら、不気味なくらいリアルな現実として描かれていた。

 

 少しの間、南の海を堪能すると、直ぐに高い屋上のエントランスへと入る。

 吹き出しの天井からは風が入ってきて、とても気持ち良く感じた。

 真ん中にある、透明のタイル越しに映る床時計は、午後の三時ちょっと前を刺していた。

 そんな中、アスカが戦闘準備、もとい、さぁ買い物を始めましょう!と思った時、ミサトさんが言った。

「それじゃあ、一旦ここで御別れね」

 ミサトさんはこれから、今日の本来の目的の為に別行動となった。

 適当に待ち合わせ時間を決めて、携帯に電話と言った具合の感じで…。

 ミサトさんが僕らの反対方向に向かい、手を振って、

「楽しんでね〜」

 と、言った。

 アスカはそれを聞くと、さぁ、今度こそ、と気合を入れていた。

 

 何件か周り、ちょうど真ん中辺りにきた時に、現在位置を確認しようと思って、案内掲示板を見に行った。

 次は何処に行こうかと、案内掲示板の前で思案していたら、アスカが思い立ったように行き成り店の中に入っていく。

「アスカ、待ってよ」

 僕もアスカを追って中に入ろうと思った、が、アスカの入った店はちょっと驚いてしまった。

 一応その店は主に衣服を取り扱っているのだが、その、ファンシー系と言うか、あのフリフリの着いた、どちらかと言ったら可愛らしい女の子が似合いそうな服、とにかくそんな店に入ったのだ。

 別にアスカにそんな服が似合わないと言う訳では無いが、男の僕に取ってはいやに入りにくい感じの店だった。

 中をちょっと除いてみるが、アスカは僕に気が付かず、あれこれと服を選んでいる。

 ま、いいか、と僕は側のベンチに腰掛けようと思った矢先、アスカが僕を呼んだ。

「シンジー、ちょっと来て〜」

 しょうがない、と店の中に入っていく。

 やはり場違いな感じがした。

「こっちこっち」

 店の中に入った途端アスカの僕を呼ぶ声がする。

 頼むから店の中で大きな声で僕を呼ぶのは止めてくれー、と心で叫びながらアスカの方へと向かう。

 アスカは先程まで来ていた服とは違い、その、スカートの裾にフリルの着いた薄紅のワンピース。

 一見するとドレスのような、そんな感じですらある。

 胸元をもう少し飾って、後ちょっとした靴と用意さえあれば本当にダンスパーティーに行っても問題無いくらいの出来映えだった。

「どぉ?シンジ、似合う?」

 アスカはそう言って、腰に手を当てて、クイッと突き出す。

 フザケ半分のつもりだろうとは思ったが、本物のモデルのようでなんとも色っぽかった。

「うん、凄く似合ってる」

 思わずそう言ってしまった。

 何時もならもう少し抑え目の発言なのだが、どうも何時もとは見なれない服装のアスカを見ると、どうにも驚いてしまう。

 アスカはキョトンとした目になるかと思えば、顔を赤くして、

「ま、まぁ当然よね。私が着れば何だって似合うモノね」

 アスカは僕の予想外の感想に思いっきりうろたえていた。

 直ぐ様、アスカの着替えを手伝っていた店員が、これは脈在りと見てか、

「御客様、本当にお似合いですよ」

 営業スマイル全開でアスカを落としに掛かっていた。

 その後、三着ほど試したようだったが、結局僕が最初に見た、赤いワンピースになった。

 程なくアスカが落ちるのも無理は無かった。

 アスカの買ったワンピースの値段自体も半年前のデザインモノで、そんなに高くなかったと言うのも、要因だとは思うが…。

 予断ではあるが、アスカのワンピースの値段の半額を僕が払ったのである。

 アスカ曰く、

「あそこであんたがべた褒めしたから買わされちゃったじゃないのよ」

 だそうであるが、結構気に入っているように見えた。

 

 その後も色々な店を回る。

 殆どがアスカに連れ回されたと言っても良いのだが、その実、僕も結構楽しんでいた。

 僕は余り服のバリエーションが少なく、偶には買おうかな、とつ呟いたらアスカが、アタシが見たてて上げよう、と僕のシャツの袖を掴んで、色んな店へと連れて回る中、一軒の男性物のカジュアル系の店に僕は連れられて行く。

 店の中に入ると、これまた僕とは似合わないような店に連れられたもんだ、と思いながら中を見回す。

 僕の好みの服は余り無い。

 けれど、アスカは僕に色々な服を持ってくる。

 あれを着ろ、これを着ろと、僕はアスカのマネキンと化していた。

 最初は店員も一緒になって僕の服を仕立てていたが、アスカの手足となって服やズボンを持って来たりと、別でいそがしそうだった。

「う〜ん、あんた結構身長あるし、体のラインも整ってるから、以外となんでも合うわね」

 色々と悩んでいたアスカが突然そんな事を言った。

 僕には意外所か、アスカの言った意味が一瞬判らなかった。

 何を着ても似合わないと言われるのならば判るのだが、何を着ても似合うと言われたのは初めてだった。

「へ?なに着ても似合うって僕が?」

 思わず聞いてしまったのだが、それも仕方が無いだろう。

 何しろそんな事を言われたのは初めてなのだから。

「うん。あんた。実際ね今見て思ったんだけど、何を着てもしっくりと来るの、でもね…」

「でも?」

 僕は聞き返した。

「ぴったりって言うのが無いのよ。その『シンジの服』ってな奴。私だったらね、まぁ、自分で言うのもアレだけどさ、赤色っぽいのが似合うって思うの。髪の毛の色とか、色々含めてね」

 アスカの言っている事が何となく判った。

「確かにアスカには、赤って感じがする」

「まぁ、そればっかりって訳じゃないけどね。でもアンタも難儀ね。う〜ん、どうしてくれよう」

「あの…」

 僕は何かを考えているアスカに申し立てるように、右手をちょっと上げながら聞く。

「僕としてはさっきの黒いっぽいズボンに、白いシャツ、それにジャケットみたいのが良いかな〜、って思ってるんだけど」

 僕自信はそんなに派手な服は好きじゃない。

 出来る事なら地味な服のほうが良かった。

 アスカはそれを聞くと右の親指を顎に当てて、少しの時間考えるような仕草を取ると、

「………それもそうね。ちょっと待って」

 と、言うと先程の店員に何かを指示していた。

 次にアスカが戻って着た時、アスカと店員の腕の中には様々な衣類があった。

 僕は、もう一度マネキン地獄が待っているような気がした。

 

 それから二〇分後、僕が買ったのは、黒のスラックスに、ライトグレーのシャツだった。

 店を出た時、僕はふらふらだったが、アスカはとても満足していたようだった。

 今日だけで、女の子が着せ替え人形が好きな理由が判ったような気がした。

 結局、今日の目的であるCDを買えたのは相当後になってからだった。

 

 色々と回っている間に、ミサトさんとの待ち合わせの時間が来た。

 タイムリミットだ。

 今は午後七時三十分、待ち合わせの七時四五分まで後少し。

 ここに来てから五時間程の時間を過ごしたが、全てを回るにはまだまだ時間が足りなかった。

 アスカは渋々と言った感じだったが、待ち合わせの時間を決めてしまった為に、納得してくれたようだ。

 しかし待ち合わせ場所の先程のエントランスで待つ事数分、

『プルルルルル』

 と、ミサトさんから電話が掛かって来た。

「あ、もしもしゅ?シンちゃん?あひゃし、ミしゃトだけどさ〜…」

 電話口の声のミサトさんは完全に酔っていた。

「悪いんだけど今日はリニアで帰ってくんない?いや〜、お酒が入っちゃったから、あたし今日はこのままこっち泊まってっからさ。アハハハハハハハ〜♪ゲフっ」

 ため息が出そうになるのを押さえて僕は、

「アハハ、じゃないでしょ!全く、もう。判りましたから、明日はちゃんと帰って来て下さいよ」

「うんうん、わーったわーった。んじゃ、アスカに変な事しちゃダーメだかんね〜」

 完全にため息が漏れた。

「するわけ無いでしょ…。じゃ、電話、切りますからね」

 そう言ってミサトさんの返事が出る前に電話を切る。

 もし電話が掛かって来ていなかったら、どうしようかと一瞬思った。

「ね、ミサトなんだって?」

 電話を切った僕にアスカが聞いて来た。

 僕は肩をすくめながら、

「酔っ払ったから、リニアで帰ってくれってさ」

 と、言った。

 アスカも目頭を押さえながら、ため息混じりに言った。

「まったく、ミサトらしいと言ったらそれまでだけど、良いんじゃないの?」

 アスカはそう言うと、くるっと振り向いて、

「で、これからどうしよっか?」

 と、聞いてきた。

 僕はこれと言って、何も無かったし、アスカに合わせようと思った。

「僕は何でも良いや。帰るも良し、これから何処かへ行くも良し。幸い電車の時間もまだありそうだし……うん。アスカに任せるよ」

 電車の時間は最終で十時、最高でも後、二時間はここに居ても良いわけだし、アスカがもう少し遊びたいなら付き合っても良いと思った。

 明日も休みだしね。

「じゃあ夕飯にしない?ここ、結構色々とあるみたいだし…。それに味も良いらしいわよ。ほら、あんたもレパートリー増やしたいって言ってたじゃない」

 アスカにそう言われて気付く。

 そう言えば夕飯はまだだった、と。

「そだね。僕もお腹が空いちゃった。どっかいこっか。で、アスカは何が良い?僕は何でも良いよ」

 人はそう思うと勝手なモノで、忘れていたように、お腹が急に空くものだ。

「えー、こう言う時は男が決めなさいよ〜」

 珍しくアスカが変な事を言った。

 僕は可笑しくなって、笑いながらこう言った。

「そんな、デートじゃ無いんだからさ。アスカの好きなモノにしなよ」

 するとアスカは僕の台詞に怒った様に、

「ちょっと!誰がデートなのよ!?誰とデートなのよ!!」

 と、向きなって言った。

 僕は益々可笑しくなって、声を上げて笑いそうに為ってしまった。

 アスカはプン、と怒ってしまったが、僕が直ぐ様、ゴメンゴメンと言うと、アスカはそっぽを向きながら言った。

「中華!」

 僕は一瞬、アスカが何を言ったのか判らなくて、間抜にも、へ?と聞くと、もう一度、今度は僕の耳元で、

「中華が食べたいって言ってんの!!」

 と、言った。

 

 

 

 その後、夕飯も食べ終わり、ネルフ内にある、第二新東京駅へ直通で繋がる電車の駅に向かった。

 時間的に余裕はあったが、買い物で結構疲れていた所為もあってか、夕飯を食べ終えてから帰ろうと言う事になった。

 休日で駅のホームは込んでいるだろうと思っていたが、思いのほか空いていた。

 幸い、列車行ったばかりだったのが幸いして、ベンチが開いていた。

 ホーム内に入ると、思わずアスカも僕も沢山の手荷物を下ろして、ベンチに座り込んでしまった。

 電車の待ち時間は五分と少なかったが、それでも十分だった。

 

 そこからは、あっと言う間だった。

 九時半丁度発の、直通リニアには、殆ど待ち時間も無く乗れたし、二人とも今日の事を話していたからである。

 休日だったので、ビジネス列車ではなかったのが良かったのか、自由席の禁煙にも余裕を持って座れた。

 四〇分ちょっとの時間はあっと言う間だった。

 第三新に着いたのは十時をちょっと過ぎたくらいだった。

 この時間にあった丁度良いバスも無い事だし、駅からはタクシーを呼んで帰った。

 

 家に入るとアスカも僕も疲れ切っていた。

 アスカはソファーに腰を下ろすと、疲れて眠ってしまいそうだった。

 それでもと、思い僕は風呂の支度をしに行った。

 しかし僕が風呂の支度をしている間に、アスカはソファーで寝ていた。

 アスカを起こす事は無かった。

 

 多分、僕も寝てしまったから。

 夜中、お風呂のお湯が溢れ、こぼれる音で目覚める。

 

 

 

 

 

 次の日、日曜日は僕もアスカも午後を過ぎても起きる事は無かった。

 ミサトさんは、その日の三時頃に、缶ビールを袋一杯に抱えて帰って来た。

 何があったのか、どんな人に会いに行ったのかを聞く勇気が僕には無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ただいま〜」」

 

 普通に、当たり前に帰って来れる所

 

 そこにはミサトさんが居て、アスカが居て、僕が居る

 

 僕の家(ウチ)と、言える場所……

 僕の帰って来れる唯一の場所……

 

 

 

 

四話に続く


 

 後書きかもしれないモノ

 

 今回も読んで下さった方、ありがとうございました!

 しかし!今回は無茶な設定が沢山、う〜む(−−;

 しかぁも!!これってひょっとするとラブラブっすか?

 なんか前回の後書きって、大嘘?

 でも…気にしちゃいけないのさ(笑)

 ………そう、気にしない気にしちゃいけないんだ!

 そうだよね?カヲル君!?

 カヲル:……(無言)……

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 

 と、こんなの奴ですが、感想、誤字脱字、意見批判等がありましたなら、メールでも書いて上げてください。

 この嘘吐きアホチンは大喜びです\(^O^)/

 なにとぞ御慈悲の事を…。

 



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