「わたしは、アンタなんか、大っ嫌い!!」


 ああ、その言葉を、僕はどれだけ待っていたのだろう。



 

                    ☆






 僕は、自分がいい奴だとは思っていなかった。


 でも、悪い奴だと思ってもいなかった。


 僕には悪いことをするような度胸が無かった。他人を傷つけるのも恐かった。自分を傷

つけられるのも恐かった。他人の評価を気にして生きていた。だから、自分から自発的な

行動を取ることなんて殆ど無かった。他人が好みそうな行動を取っては他人の目を窺って

いた。


 僕自身は、そんな自分の事を「毒にも薬にもならないごくつまらない奴」と評していた。


 そして、そんな自分がとても嫌いだった。


 いつか他人の目を気にせず、他人の心に気を配りすぎないで、積極的に行動できる人間

に変わりたい、と思っていた。




 しかし、その当時自分が思っていた自分と実際の自分は随分違っていたのかもしれない。


 今にして思えば、昔の僕は他人の心に気を配るどころか、他人がどう思うかなんて全く

気にしないただのエゴイストだったのだ。そんな僕はとてつもなく人を傷つけやすい存在

だったのではないか、と思う。


 でも幸いにも、当時僕は人と深い付き合いなんか持っていなかった。だから、実際には

人を傷つけずに済んでいた。






 

 

 

そう、彼女を除いて。












 


 どうか、そうでありませんように

                             狩野  













             ◆ ◆ 1  僕ト彼女 ◆ ◆






 彼女と初めて会ったのは船の上だった。その時は別にどうって事はなかった。


 「この子が新しく仲間になる子か、綺麗な子だな」ぐらいにしか思わなかった。


 彼女の僕に対する第1声は「冴えないわね」だった。






 仲間、という言葉には若干説明が必要だろう。当時僕は父親が頂点にいたある組織に属

し、ある種の任務に従事していたのだ(望んでのことではなかったが)。


 その任務は、能力というよりも資質において、限られた人間にしか出来ないものだった

(資質に能力が伴えばなお良かったが)。そのため、資質を持っている人間は否応無く訓

練を受けさせられその任務に半ば強制的に就かされた。


 資質を持っている人間は少なく、組織内でも資質をそなえた人間は彼女が来るまでは僕

ともう一人の女の子の二人しかいなかった。そこに彼女が加わることになったのだ。




 彼女はその任務に就く為の訓練を外国で(もともと彼女はクォーターで、訓練を受けた

のは彼女の父の祖国においてであった)施された、資質・能力共に兼ね備えた天才として

上司(資質はなかったが有能ではあった、恐らく)から知らされていた。だから、僕とし

ては期待半分、不安半分といったところだった。


 だけど、彼女の実際の見た目は自分と同い年の綺麗な女の子、でしかなかった。だから、

僕も肩透かしを食らったような形になり、平凡をはるかに通り越した凡庸な感想しか抱か

なかったのだと思う。






 彼女の最初の任務は出会ったその日のうちに入った緊急のものだった。僕も彼女に連れ

られ、任務に参加することになった。任務の中で、想定していない状況に陥ったため僕ら

自身と任務の遂行は共に危険な状態に陥ったが(とはいえ僕が就いた任務で危険な状態に

陥らなかったものなど一つも無い)、彼女の力と僕の力を上手く組み合わせることができ、

結果、なんとか危機を乗り越え任務を遂行することができた。


 その次の任務では、任務遂行にどうしても必要だったため、彼女とマンションの同じ区

画で暮らすことになった(といっても彼女と二人きりではなく、この区画の持ち主であっ

た上司も一緒に三人で共同生活をしていたのだが)。


 でも任務が終わっても彼女は何故かマンションを出て行こうとはしなかった。そのまま

なし崩しに彼女と上司と僕の三人の共同生活が始まった。




 今思えば、共同生活の中で彼女は温かさを求めていたのかもしれない。


 ずっと暮らしていた国を離れて日本という異国に来て、知り合いも組織の中に数人しか

いないし、環境も随分故郷にいる時とは変わったのだろう。そんな中で、上司と僕と彼女

の三人の暮らしに彼女がある種の安らぎを覚えていたとしてもおかしくはない。


 もっとも、彼女が本当にそう考えていたかどうかは分からない。これは、あくまで現時

点の僕が推測しているに過ぎない。もし考えていたとしても、彼女はそんな事はおくびに

も出さないような娘だったから。




 その後も彼女と共同で任務をいくつかこなしていくことになったが、任務の上で彼女は

(ある程度)あてになる仲間であった。少々気分屋ではあったけれど。




 任務と共同生活を通して彼女と共に過ごす時間が長くなるにつれ、彼女の事がおぼろげ

ながらも少しづつ分かってきた。






 彼女は僕が苦手とするようなタイプだった。





続く


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