(人を殺すのは難しいことじゃない。)
それを初めて知ったのは12の時だった。 今でも鮮明に覚えている。 かねてから計画していたとおりに1人の男を殺した。 銃殺だった。 身体の、急所と呼ばれるあらゆる部位に弾丸を撃ち込んだ。 正面からためらいなく引き金を引き続けた。 男は絶望に顔をゆがませ、死んだ。 その瞬間から俺は殺し屋になった――
Lake DEATH
Prologue: 少年
(学校ってのはひどく特殊な空間だ……) 5月の連休も過ぎたころ、少年は平和に午後の授業を受けながらそんなことを考えていた。 決められた時間に決められた授業が繰り返される、そんな毎日。 それで当然と思っている教師という人間たち。 そこに違和感を感じなくなっている生徒たち。 何かがおかしい、そう思う。 そう思うのはこの日本史の授業があまりにもつまらないせいもあるのだが。 (毎日毎日、繰り返しの繰り返し。俺はコンピュータじゃねぇんだぞ……) 教壇に立つ教師――をみているわけではないが、そちらの方に視線を向けて少年が毒づいた。 周りの生徒をみても皆つまらなさそうな顔をしている。 無表情な顔をしてノートを取っている生徒から懐で携帯電話をいじっている生徒、完全に突っ伏している生徒もいる。そしてそれをみてみぬ振りをして淡々と授業を続けてゆく教師―― 狂ってる、それは確信に近かった。 自分の人生が清く正常なものだとは決して思わなかったが、それでもこの世界が狂っていると断言できる自信はあった。今までの人生が言っている。ここにいる人間たちはすべて狂っていると。 頼んだわけでもないのに16の春が来て、社会の必然で高校に入学した少年―― それが高村秋人という人間だった。 望んでいるわけでも、拒んでいるわけでもない高校生活。 何となく曖昧で、意味のないような毎日。 自分には似合わないと感じるのが事実。 でも、それが心を落ち着かせるのも事実。 感情のままに生きてきた14までの自分。 ――何人も何人も、殺し、犯し、騙した―― 感情を制御することを覚えた14からの自分。 ――他人を理解し、理性で行動することを学んだ―― 今なお葛藤を続ける自分たち。 社会で生きてゆくためには理性を高めなければならないと無理をはじめた。 今みたいな排他的な感情は1人でいるときのものだということもこのころから理解しはじめた。 他人と心をふれあわせることが意外と気持ちがいいものだということを知ったのもこのころだ。 (でも……やっぱり、この世界で生きていくのは疲れる……) 正直に、秋人は疲れていた。 興味のない世俗的な話につきあうのも、 自分を隠して窮屈に生きているのも。 時として、爆発しそうな感情を抑えながらこの1ヶ月あまりを生きてきた。 教師・生徒をみて、殺してやろうかと思ったことも何度もある。 それでも多少の満足感を得ているのも事実だった。 何となく、他人と同じことをしていることで得られる安定感。 うそぶいて他人に合わせている自分。 それは作り物の、自己欺瞞であることはわかっていたが。 (でも、だからこそ……俺は生きていられる……) 苦痛のない人生はつまらない。 葛藤のない人生はつまらない。 喜びのない人生はつまらない。 悲しみのない人生はつまらない。 真実のない人生はつまらない。 嘘のない人生はつまらない。 そして、つまらない人生は結構おもしろい。 苦しむこと、悲しむこと―― 感情を伴った人生がもっとも充実していると秋人は信じていた。 騙し、騙されてもそれはうれしかった―― 心が高揚しているから。変化のない心よりずっと大切だと思っていたから。 でも、高校に入学してから少し変わった。 全くなにも感じないような人生も結構いいかも、と。 虚無的な悟りを開いたわけではないが、何となく――何となくこの高校生という人生を理解しつつあった。 感情で行動することも、 他人と自分を欺きうそぶいて生きることも、 死んだような心で生きることも、 そのすべてが真実の自分であるということに―― (でも、あいつはどうなんだろうな……) それは今日会うはずの転校生のことを指していた。 秋人と同じく、もしくはそれ以上に狂った人生を持つ少年を―― To be continued.
のっけからヘヴィーですが、この小説の本質ということであえてこうしました。
本編は違った雰囲気で読んでいただけると思います。 |