life

26 - April, 2004
大学に入学して、気がつけばもう1年以上が過ぎていた
いったいこの1年間僕はなにをやっていたんだろう
ほとんど何も思い出すことができないことに気づいて驚く
いや、よく考えてみれば思い出すことができないのは当然かもしれない
なぜなら思い出すに値するような出来事など僕には何もなかったのだから
 
 
 
21世紀になり、社会がどれだけ変わったか見渡してみるがいい
子供の頃夢に見たような空を飛ぶ車や、喋って何でもしてくれるようなロボットなどどこにもいない
それどころかますます景気は落ち込み世界全体が底なしの黒い沼に沈んでいくかのような感覚だ
同じだ
「世界も」死へと向かっている
逆らうようにあがいて見せてはいるけど何も変化はない
それはただの「ふり」だ
一直線に滅亡の道を歩んでいるんだ。この世界は
そして僕も……きっとそうに違いない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「よぉ、崇。相変わらず景気の悪い顔してるな。」
久しぶりに出席した講義がやっと終わり、全くこんなつまらない話を聞くために金と時間を使っているのかと辟易していた僕に後ろの席から声がかけられた
声には聞き覚えがある
というより、この大学内で僕に声をかける者など一人しかいない
「中島……おまえもこの学科とってたの?」
中島、と呼んだ青年は僕とは専攻学科が異なり、1学年の時には教室で顔を合わせるということはなかったのだが、この『情報基礎』は共通学科らしく今まで見たこともない学生と机を並べている。彼もその一人らしい
「まあな。とってもつまらんが、こっちは必修だからな。しかたないさ」
この講義がいかに無益か、講師を含めておそらくほとんどの人間が理解していたであろうが、彼ももちろんその一人だった。中島は計算機全般に明るく、単なるパソコンマニアの域を超えて大学では学ばないような専門的な内容にも博識な青年で、高校時代からハイレベルな情報処理の試験に合格するなど、知識・技術ともにその高さは僕を含めて誰もが認めていた
「ところでおまえ、最近顔見てなかったけど学校来てんのか?『PC研』にもずっと顔出してなかったろ」
「あぁ……そういや1ヶ月ぶりくらいかもしれないなぁ、学校来るの」
前に来てからどれくらい経ったろうとぼんやり考えながら曖昧に答える。正確に思い出せないけど、どうでもいいことだ
中島には「落第するぞ」などと言われつつ、二人して外へ出た
(落第……)
それもどうでもいいことだ
勉強していい成績取ろうが、さぼって落第しようが僕にとってはどうでもいいことなんだ
結局僕にとってはここにいること自体価値のないことなんだ
興味がないんだから
「おまえって、ホント暗いよなぁ……」
右前を歩く中島が振り向き言ってくる
あまり広くないキャンパスを移動しているときだ
「そうだね……」
何の気なしに答える
どうやら彼は僕に精神的なインパクトを与えて会話を始めるきっかけにしようとしているようだったが、残念ながら僕はそんなことを言われたくらいでは何とも思わない。言われなれているからじゃない。他人の言葉が心に響かなくなってきているからだ
「かーっ!なにが『そうだね』だよ!暗い!暗すぎる!!」
それでも彼は積極的に僕と会話を持とうとしているようだ
こんな僕と話をしていったい彼になんの得があるっていうのだろうか?
「おまえの周りっていつも重いんだよな。なんていうか重力が増した感じがするぜ?3Gくらいあるんじゃないのか?」
中島はついに立ち止まって話を始めた
(説教は聞きたくないよ……)
「ほら、周りを見ろよ。かわいい女の子がたくさんいるぜ?おまえ、顔は結構いいしオタクっぽくないんだから普通にしてりゃモテるはずだぞ?もったいない、何が気に入らなくていつもそんな暗くなってんだよ?」
そう言って、両手を広げて周囲へ視線を促す
確かに女の子は結構たくさんいる
中島が言うようにかわいいかどうかは僕にはよくわからなかったが……
「別に。なにか不満がある訳じゃないよ」
僕はそう言いながら彼に視線を戻す
「じゃあなんでそんな暗いんだよ、いつも!」
「さあ……」
「い〜や、何かあるはずだ!そうでなきゃおまえみたいな人種が創造されるわけがない」
「僕は新人類かよ」
「そうであってほしいね」
あきらめたように向き直って歩き出した
さらには大仰にため息をついてみせる
「あぁ……なんて言うか、おまえみたいな人間がいるのを俺は認めたくないね。人間らしくないって言うか、若者らしくないって言うか、生きる力が欠けてるんだよな……生物として矛盾してるぞ」
「あ、それは言えるかも。何もやる気がないのは当たりだね」
「これだ。人に馬鹿にされたり否定されたりしてるのになんで納得するかな」
「だってホントのことじゃん?真実を認めるのは嫌いじゃないよ?」
「普通は反論するぜ?自分が……自分の存在も否定されてるんだぜ?正しかろうが間違いだろうが普通は反撃するもんだ。戦争を見習え」
「なるほど、ちょっと自分が理解できたかも」
「なにが?」
「僕にとっては感情よりも事実の方が価値が高いってことさ」
中島は大げさに肩をがくっと落としてみせた
「変だ……やっぱり変すぎる、おまえ。くっそ〜、俺が生物学専攻してりゃぜったいおまえを材料に卒論書いてやるのに」
「やめといたほうがいいよ、落第するから」
そう。僕なんかに興味を持ってもらっては困る
おそらく僕はこの世界に存在しない『無』のような事実だから――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「寄ってくだろ?」
そういって中島が指をのばす
僕は帰るつもりでこの号館を渡っていたのだが、どうやら中島は『そこ』に用があって僕と歩いていたらしい
彼の指さす方向へ視線をやると廊下の突き当たりに扉が見えた
扉には『パソコン研究会』と言う看板が明朝体で白いプラスチックに印字されて掛けられているのが見える
さっき中島が言っていた『PC研』とはここのことだ
大学出入り口の近くの7号館1階、新しいがあまり日当たりのよくない部屋。この『PC研』のために僕は中島と出会うことになった
なんということはない、入学した頃なんの気なしにこの『PC研』の付近をふらふらしていたところ中島に声をかけられ、いつの間にか一緒に入会してしまったというだけだ
僕は別にパソコンなんて興味はないし、サークルに入って交流を深めようと思ってたわけでもない。ただ中島がよく僕を引っ張ってはこの部屋につれてきて、いろいろよくわからない専門的な話をしていたからしかたなくつき合っていただけで、結局はどうでもよかった。その証拠に僕は中島と一緒の時以外はこの部屋に入ったことがない
「1ヶ月さぼってたっていうんだからメールもたまってるだろ?行こうぜ」
「……僕は帰りたいんだけどね」
そういって、すぐそこに見える玄関を指さしてみせた
「なんという非社交的な……だめだ。義務的につき合え」
中島はそう言いながら僕の腕をつかんで歩き出す。一年前からこの強引さは変わっていない
「パソコンなんて興味ないよ……脱会できない?」
「不許可だ。絶対ゆるさん。だいたいにしてメールを読むのは人間の義務だ」
「僕はメールなんてやらないよ」
「アカウントがあればやってるのと同じだ。必ずメールはたまってる」
「それって広告だろう?」
「それでも読め!」
キャンパスでの会話からか、今日はやけに強引だ。完全に自分のペースで僕を振り回してる
カチャ
という、さすが新しい建物だけあって、いかにもといった感じのメカニカルな音を立てて扉が開く
「ちぃ〜す」
中島は、僕に対しては使わない挨拶で部屋に入る
が、その前に僕を部屋に放り込む当たり、今の彼の内面を如実に表していたが……
「おお、久しぶりに変態コンビが一緒に来たな」
部屋に入ってすぐのコンピュータに向かっていた人が言葉を返す
「なんて失礼なことを言うんです?高良先輩。こいつはともかく僕は一般市民ですよ」
そう言って中島は高良先輩と呼んだ人と話しながら指だけ僕の方に向ける
そうですよ……せめて奇人くらいで勘弁しといてください
こんな時、どんなことを話せばより迅速にコミュニケーションを終了できるか、いつの間にか体に染みついてしまった。一人が落ち着くのも事実だし、相手に興味を持たれるのもいやだ。だから、いつの間にか――
 
「そうですよ……せめて奇人くらいで勘弁しといてください」
部屋にいた人は皆薄く鼻息を漏らして笑う
それで終わりだった
中島のように他人にふって会話を連鎖したりはしない
これで皆僕達が来る前の興味へ舞い戻る
そう、いつの間にかこんな言葉を……
 
 
 
 
 
僕の脳は無意識にこんな言葉をクリエイトする
これは僕が人間社会から逃げ出すために磨かれたスキルなのだろうか?
なんのために?
生者の世界から逃げ出してどこへ行く?
別に僕は死ぬつもりはないよ……
死にたいなんて思ってない
でも、生きていたいとも思っていない
なんのために?
なんのために僕は今ここにいるんだ?
何がやりたいんだ?
何もしたくないはずだ、僕は……
じゃあ、死ねばいい
いや、死にたくない?
ちがう、死にたいなんて思ってない、生きたいとも思ってない
でも、死にたくないとも、生きたくないとも思ってない
どっちだっていい、どっちだっていいんだ
何も考えていないんだ……きっと……

日々生きているくせに、生きていることを考えない
理解する力は僕らを壊すから?

hujiki

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