「ねえ、もう寝た?。」
カーテンの隙間から差込む淡い光。
窓側から眺めるとシンジが闇の中に溶け込んで輪郭が揺らいで見える。
力の入らない体を横に向ける。
一瞬聞こえたと思った寝息が枕の上を転がる頭の音でかき消される。
「...まだ。」
「喉乾いた。」
「僕は乾いてないよ。」
「あたしは乾いたっていってんのよ。あんた持ってきなさいよ。」
お互い殆ど黙ったままでした。
荒い吐息だけが耳に残っている。
普段ほど感じなくてちょっとしらけたけどたまにはこういう日もある。
別に理由はないから単に調子が悪いんだと思う。
シンジもそうだったのか、終わった後はあまり長く抱きしめてくれなかった。
ゆっくりとキスをしながら手櫛で髪をかき撫でてみせるところは何時も通りだったけれど。
衣擦れの音がして汗が残る肌に涼しい空気を感じる。
シンジは何も身につけないまま黙ってキッチンの闇の中に消えていった。
布団の跳ね上げ方が勢いがあったということは、ムッとしたという意志表示のつもりなんだろうか。
だけど拗ねてみせても結局一応は取りに行くところがシンジらしい。
闇の中では留守電の表示だけが赤く光っている。
目を閉じると床の軋む音と低く響く足音だけが伝わってきた。
小さい頃はドイツに住んでいた。
安く買い叩いた旧家の邸宅は風格があって誰に対しても自慢できると両親は言っていた。
広々とした間取りは冒険し甲斐があって楽しかったが、夜一人で寝る時はだだっ広い暗闇が恐ろしかった。
パパとママと私の三人暮らしで、もの心がついた頃には二階の部屋で一人で寝るように言われた。
何事も一人で出来るよう習慣付けるという名目だったが、当時パパは新しいママと再婚したばかりで二人きりになりたかったこともあると思う。
新しいママは不思議な存在だった。
その頃は暑がりで新しいママが来る時に新調した羽毛の布団が嫌だった。
暖まると足が気持ち悪くて冷たい壁にぺタリとくっついて寝た。
壁の不規則な木目は動物にも怪獣にも人形にも、その日の気分で色々なものに見えた。
空想に浸るのが楽しみだった。
ある時は主人に忠実な仲良しの犬との冒険、ある時は怪物にさらわれたお姫様とそれを救い出す王子様のお話。
指先で壁に触れるとザラザラとした感触が指先に伝わり、なんだか空想の登場人物達が優しく語り掛けてくるような気持ちになった。
いつの間にか大きくなっていた。
ママのいた組織で認められようと躍起になっていた。
ママが実験に失敗したことはそこでは決して寛容には受け取られていなかった。
あの女の娘か、そう言われるたびにムキになった。
何時の間にかベッドの中の夢想から遠ざかかっていった。
夜はただ明日のために睡眠をとる時間になった。
今はもう何にも振り回されない。
昔のようにベッドの中で夢想に浸って甘い気分を感じている。
シンジとのセックスは好きだと思う。
一年かけて体も合ってきた。
昔傷つけあった男と一緒に落ちて行く陶酔。
誰も知らないところで隠れて悪い事をしているような感じ。
傷つけ合いながら理解し合うよう努力すれば絆は強くなるなんて嘘だと思う。
そんな友達は今まで一人もできなかった。
傷がつけばつくほど心にかさぶたが出来てゆく。
いつか仕返ししてやろうともう一人の自分が影で待ち構えている。
シンジとの距離は何故か丁度良くて、きっと一番近くて一番遠い存在だと思う。
同じようなつらい経験をした、何でも理解してくれそうで、何も理解してくれない人間。
シンジの中に自分と同じ寂しさを見つけると切なくて甘えたくなる時があるけれど、いつもあいつの方から逃げて行く。
何故かホッとする。
逆に自分から心の内を晒すのは嫌だし、きっとお互いしらけるだけだろう。
人は一人では生きていけないというのは、本当かもしれない。
でも、嘘のような気もする。
だけどそもそも今の私は一体誰と繋がっているんだろう。
もう頬杖はつかない
第5話
「キャ!、冷たい!。」
「ウーロン茶。」
「もう、こっそり近づくのやめなさいよ。」
「自分が眠ってたんだろ。」
「まだ寝てない、考えてただけ。」
一瞬全身を走った痺れるような感覚が頬にだけまだ残っている。
奪い取るようにコップを右手で持つと一気に煽った。
冷たさと僅かな苦みが喉の奥に吸い込まれて、やがて胃に広がる。
衣擦れの音しかしない暗闇の中では喉のうなる音が妙に響く。
「何考えてたの?。明日のご飯?。」
「バ〜カ。大体明日はあんたが食事当番でしょうが。」
「それは作るけどさ。で、何考えてたの?」
「いいじゃん、別に。」
右の乳房に背中から抱きかかえられるように手を回された。
既に冷えはじめた乳首には刺激が強くて痛かったので左手で払いのけた。
何かが目の前をよぎると暖かい手のひらが右手ごとコップをわし掴みにされて体ごと引き寄せられる。
慌てて盛り上がったシンジの肩に手をついて体を支えた。
汗の匂いがする。
「頂戴。」
差込む光のせいでコップの縁が僅かに輝いている。
強引にコップごと引っ張られて、残ったウーロン茶がゴクリという音と一緒にシンジの口の中に流れ込んで行く。
大きな肩と胸は引きしまっていて、私を包み込むように目の前に広がっている。
奇麗だと思った。
さっき考えた事を思い出す。
私は誰と繋がっているんだろう。
そう言えば、さっきまでシンジと繋がっていた。
文字通り体が。
下らない冗談みたいで可笑しくなる。
空になったコップをベッドの横に置くと頭からバサリと何かをかぶせられた。
湿った感じの布が頭から肩にかけて巻き付いて髪が絡まる。
シンジはベッドに腰掛けてこちらに背中を向けていそいそとパジャマを着ようとしている。
「早く着ないと風邪ひくよ。」
手にとってみると頭に巻き付く風呂上がりの汗で湿ったパジャマだった。
この間スーパーの安売りで買ったチェック柄の赤と青の色違いのお揃い。
「ねえ、あたし思うんだけどさ。」
「ん。」
「終わった後でパジャマ来てる時ってなんか変だよね。」
「なんで?。着ないと風邪ひいちゃうのに。」
「さっきまであんなことしてたのにさ、急に普段の自分に戻って冷静になったぞって感じがして、二重人格みたい。」
「ふ〜ん。」
「そう思わない?。」
「きっとさ、落差が良いんだよ。...してる時って馬鹿になれるだろ。」
「男ってそうなの?。」
「うん、まあ。...アスカは?。」
「あたしは...どうかなぁ。」
「そうなんだ。」
「え、あ、...感じてるよ、すごく。」
「いいよ、そんなこと言わなくても。それより早くパジャマ着なよ。」
「え、ホントだってぇ。」
声が慌てているようで嫌だ。
日によって違うんだからどうでもいいじゃないか。
それより大体なんでこんなこと言わなくちゃいけないんだろ。
苦笑いと少しだけ後悔。
手を肩に当てると自分の体が冷えていることに気がついた。
シンジはこちらにはお構いなしに背を向けて布団に潜り込んだ。
ブラのワイヤーが固くて苦しい。
「最初の頃はさ。」
「ん?。」
「終わった時って恥ずかしかったけどさ、最近は逆に落ち着く。」
「どうして?。」
「女の人も僕と同じように人間なんだなって。女の人がパンツずり上げてるの見るのって妙に親近感わくよ。」
「あんたそんな目であたしを見てるわけ?。バッカじゃないの。」
笑いが混じる声を聞いて頭をグリグリと拳固で押した。
イテ、と小さく声を出すとシンジは布団の奥底に潜り込んで行く。
そう言えばこいつは今までどんな女と付合ってたんだろう。
昔のことは聞いたことがない。
だけど一度聞いたら何もかも聞きたくなるし、きっと自分のことも話さなくちゃいけなくなる。
そう思うとなんだか気が滅入る。
「ねえ。」
「ん。」
「留守電のランプ、眩しい。」
「そう?。」
「電話、捨てちゃおうか。」
「え?。」
「使わないでしょ、あたし達携帯もってるし。」
「外からかけられるようにしといた方がいいんじゃない?。」
「いらないわよ。どうせ勧誘とミサトの定期TELくらいのもんでしょ。」
「そうだけどさ。」
「面倒じゃん、そういうの。」
「ミサトさんも?。」
「ミサトってさ、あたし達のこときっと馬鹿にしてるわよ。青二才と小娘の乳繰り合い生活だって。」
「してるかどうか知らないけどさ。でも別にいいじゃない。当たってるし、それ。」
「あんたそういうの平気なわけ?」
「平気とかそんなんじゃなくてさ。人からどう思われたっていいだろ。自分がどうかなんて自分でなんとかするんだよ、きっと。」
「あんた醒めてるよね、そういうとこ。」
「え、普通だと思うけど。」
布団の中に潜り込んだ。
さっきまで気にならなかった目覚し時計の針の音がカチカチと聞こえる。
時間が静かに過ぎ去って行く。
この何もない時間をかき集めたら人間はどんな凄いことが出来るだろう。
ひょっとしたらもう一度人生をやり直せる位の時間になるんじゃないだろうか、そんなことを考えてみる。
でもやっぱり寝る時間の方が良いに決まってる。
だって寝ている間は幸せも不幸もないから。
そんな時間を手放すことはないと思う。
シンジの呼吸のリズムが聞こえてくる。
「寝た?。」
反応はない。
ごつごつとした肩から太い首筋に指をはわせると自分の肌とは違った固い弾力を感じる。
もう少しだけ強くこすりつけてみる。
(寝ちゃったか)
手を離して一人仰向けになった。
力を入れていた太股と腕がだるい。
さっきのしかかってきたシンジの重みを全身の神経を集中して一つ一つ反芻してみた。
思い出すにつれて頭が朦朧として意識が遠くなる。
もう今夜は眠ろうと思った瞬間、規則正しかったシンジの呼吸のリズムが変って布団のかすれる音が聞こえた。
「...明日はどこかに出かけようか。」
かすれた低い声で囁くシンジに、薄れていく意識の中で、うん、と答えた。
岡の上に立っている。
風にふかれて僅かにそよぐ地平線まで続く濃い緑色の草原。
吸い込まれそうな青く透き通る空。
ヒヤリとした風が頬を撫でる。
少し寒い。
人々が集まって、楽しそうに話をしている。
皆私の知っている人達みたいだ。
ヒカリとファーストがいる。
ミサトとリツコ、マヤがいる。
小学校の時の先生、同級生。
大学の研究室の人達。
高校時代のクラスメート。
パパも二人目のママも。
本当のママもいる。
それから、加持さんも。
楽しそうに話をしている。
ママとミサトが。
ヒカリとマヤが。
お互いに知らないはずなのに、何時の間にあんなに仲良くなったんだろう。
強い風がふいて全員が慌てる。
皆気を取られていて私のことにも気がつかない。
今の内に仲間に入ろう、そう思った。
近づくと小さな声がした。
きっと私のことを噂しているんだ。
気がつかないフリをしようとした。
皆が微笑んでいる。
私も微笑まなくっちゃ。
そうしないと馬鹿にされる。
皆がこちらを見た。
私は皆と同じだ。
でもそう思ってないみたい。
何が違うんだろう。
きっと私が何を考えているか気がついているんだ。
話し掛けたいと思ったけど、そうしたらまた馬鹿にされると思った。
顔が強張るのを我慢した。
見上げるとさっきまで青かった空が墨を流したような真っ黒な色をしている。
初めて見るような黒い色だった。
染み一つない一面に広がる黒。
何故かぞっとした。
その瞬間、幾つかの点が眩しく輝いた。
点は増えて満点の星空のようにキラキラと光る。
初めて見るような美しさだった。
涙がでそうになった。
ふと理解した。
この星達が天頂に集まって輝きを増す時、皆死ぬんだと。
皆が気がつく前に自分だけ逃げようと思った。
ざまあみろと思った。
でもすぐに恐くなった。
やっぱり死ぬんだ。
きっと私はダメな人間だから死ぬんだ。
後ろから声が聞こえてきた。
「価値のある人間だけ生き残ればいい。」
くやしい、私だけなんだ。
徐々に強くなる光に包まれた。
右手に内側から広がる熱いものを感じた。
ゆっくりと溶けはじめた。
結局私だけ死ぬんだ。
だけど、光はとても眩しくて、暖かで、何かが胸に込み上げて来た。
悲しいのか、悔しいのか、嬉しいのか、良く判らない。
涙が流れ続けた。
あの声は加持さんだったんだ、そう気付いた。
朝日の眩しさのせいで目が覚めた。
胸がつっかえるようで気分が悪かった。
人の価値?。
「...知らない。...関係ないわよ、そんなの。」
起き抜けのしゃがれた声はまるでカエルのようだった。
パジャマの中に手を入れてみると汗でヌルヌルしている。
(...シャワー)
空ろな意識でそう考えるがどうしても体に力が入らず起きられない。
隣に寝ているはずのシンジはもう起きているのだろう、姿はなかった。
(朝ご飯作ってくれてるのかな。)
シンジが朝食の当番なので起こしに来てくれるまで寝ていれば良いやと考える。
朦朧とした頭は楽しいことを考える事ができなくて、夢の場面ばかりが浮かんでくる。
いっそのこと全部思い出してやれと考え直した。
ママとミサトは知り合いだっただろうか。
違う。
ヒカリとマヤは仲が良かっただろうか。
それも違う。
私はダメな人間で価値がないのだろうか。
...そうかもしれない。
でも違うかもしれない。
必要としてくれる人は幾らでもいるはずだもの。
でもそんな客観性がなにを保証してくれるんだろう。
多分そうじゃない。
シンジが一緒にいる。
でもシンジは何故私の側にいるんだろう。
美人だから?
頭が良いから?
あいつも寂しいから?
昔馬鹿にされたヤツに優越感を感じているから?
好きな時にやらせてあげるから?。
それが無くなったら私はどうなるんだろう。
自分には価値がないんだろうか。
価値ってなんだろう。
(寝起きで気分悪いんだ。...きっとよくなる。すぐに...すぐに良くなる、..から...)
霞がかかったように意識が段々と遠ざかって行く。
隙間から差込む日差しが眩しい。
布団に潜り込もうとした時パタパタという足音が近づいてきた。
足音はベッドの横で止まり人の気配を感じる。
「ねえアスカ、そろそろ起きなよ。」
「...やだ。まだ寝る...。」
「昨日言っただろ。今日は出かけるよ。昼には出るから。」
「...うるさいわね。」
昨日のシンジの言葉はやはり寝言ではなかったらしい。
無視して布団に潜り込んでもう一度眠ってしまおうと決めた。
「 起きる気がないなら。それっ!。」
冷たい空気につつまれて汗で湿ったパジャマごと急に体温が下がる。
慌てて布団を打繰り寄せてまた潜り込んだ。
シンジはニヤニヤしながら腰に手を当ててこちらを見ている。
「こ、このっ、バカシンジ!。」
「あはは、だってアスカが起きないのがいけないんじゃないか。」
「何ですって、あんた後で覚えてなさいよ!。」
(こいつ、あたしの話しなんか聞いてないな。)
シンジが笑いながら去って行くと床のミシミシいう音が聞こえてきた。
部屋の中には窓から日が差込んで埃がキラキラと舞っている。
良く見ると随分埃っぽい部屋。
随分掃除するのをサボっていた。
今度うまいとこシンジにやらせる方法はないかなと考えてみるが、あいつは結構そういう融通きかない。
喧嘩するのも嫌だし。
布団を手繰り寄せて潜り込んだは良いが、段々と空気が蒸せて苦しくなって来たので顔を出した。
眠気が覚めてしまったらしい。
(しょうがない。起きるか。)
ベッドから抜け出ると素足に床のざらついた感覚が伝わる。
既に時計は10時半を周っている。
食事をとって身支度をしていたら12時はちょっときつい。
(土曜日、か。)
とりあえず早くシャワーを浴びてしまいたい。
ずり落ち気味のパジャマのズボンに手を入れてパンツごと引っ張り上げながら、昔の保護者を思い出す。
今本当にうらやましいのは当時は馬鹿にしていた能天気な性格。
キッチンを通り過ぎようとすると準備はとっくに済んでいるのか、シンジはエプロンを外して本を読んでいる。
朝っぱらから暇なやつだと呆れた。
「おはよ。」
「髪ボサボサだよ。」
「うん。」
「表情暗いね。どうかした?。」
「夢見たのよ。」
「どんな。」
「今は言いたくない。」
「そう。」
窓から差込む光は柔らかくて昨日の片付けがまだ終わっていない台所を照らしている。
積み上げられたラップやアルミホイルののケース。
汚れがこびりついたガステーブル。
油となま物が交じり合ったような生活の匂い。
ご飯茶碗に、生卵、インスタントの味噌汁が流しの上に置かれている。
(手抜きやがって。)
ふと苦笑いが漏れる。
「あんたさぁ、豆腐あるでしょ、豆腐。せめて冷やっこくらいつけるとかさ、切るだけなんだからさ。」
「うん...、そうだね。」
「準備しとかないとコロスわよ。」
「それより早くシャワー浴びたら。目腫れてるよ。」
「言う?。レディーに対して。」
シンジはこちらを一瞥しただけで生返事しか返さない。
多分聴いていない。
どうせやらないんだろうなぁ、そう思う。
服を脱ぎ捨ててバスルームに入ってシャワーを浴びた。
こびりついていた汗で体がヌルヌルする。
ふと思った。
この汗は私の汗なんだろうか、それとも昨日のシンジの汗なんだろうか。
(あいつ汗かきだからな。)
昨日シンジが必死で腰を振る姿を思い出した。
恍惚とした表情で首筋に吸いつかれたのを思い出すと結構カワイイ奴だなと可笑しくなる。
そう言えば朝口を交わしただけで気分が軽くなった。
人間の感情なんてどうにでも変る。
自分の気持ち程あてにできないものはないと思うと妙に気楽な気持ちになった。
滴り落ちる水滴が肌をくすぐって気持ちが良い。
ボディーシャンプーの微香性のレモンの香りが広がる。
右腕を目の前に上げて左の手のひらで撫でてみた。
いつもの右腕。
ひじの部分がカサカサしているのも、二の腕にある小さなホクロも、最近ちょっと悩んでいる毛深かさも、全部何時も通りだった。
(良かった、溶けてない。)
もう一度腕を手のひらで撫で上げた。
火照る肌の心地よさを意識しながら勢い良く流れていたシャワーを止めて、タオルで髪を擦りながら浴室から出る。
湯気が流れ出て洗面台の周りが湿った空気で満たされる。
鏡を覗き込むと白熱灯の赤っぽい光で照らされた女が立っている。
まだ目が充血気味で赤く腫れぼったい。
頬の小さなソバカスが見える。
深呼吸した。
「良かった、溶けてない。」
声に出してみると気分が落ち着いた。
そう、もう大丈夫。
シンジが準備した手抜きの朝ご飯を食べてやるか。
そう言えば今日はどこに行くつもりなんだろう。
湯気で曇りはじめた鏡の中では、ボサボサ髪の女が少しだけ悪戯っぽく笑っていた。