遠くで何かが響いている。

 

しつこい目覚しの音で目が覚めたけれど腫れぼったいまぶたが開かない。

顔に絡まる髪を払いのけた。

昨日の疲労が溜まっているのか足と背筋が重い。

そろそろ起きないと飢死にだな、頭から被った布団から覗くと世界は薄ぼんやりと埃にまみれて見えた。

 

(くそう、食事当番か...)

 

シンジは当番の順序には結構うるさい。

昨日道に迷ったことを盾にとったけれど結局代わってくれなかった。

中学の時になし崩しに朝食を作らされた反省らしい。

 

『あんたが作りなさいよ』

 

一度昔のように押し付けてみたけど、ブツブツと不満を言ってやってくれなかった。

挙げ句の果てに口を利いてくれなくなって二日間戦争状態だった。

 

『僕は作らないって言ったら絶対作らないからね』

『いいわよ、あたし飢え死にしてやるもん』

 

だけど結局お腹が減って白旗を上げたのは私だった。

シンジはその間まるで瞑想でもするように部屋の中に蹲ってピクリとも動かなかった。

こいつは絶対頑固オヤジになるだろう。

結局コンビニでオニギリを買って来て二人共息を吹き返したけれど、オニギリがこんなに美味しいものだとその時初めて知った。

そのときの動かないシンジの背中が妙に目に焼きついている。

 

(動かないよなぁ)

 

こちらに背中を向けて丸まって寝ているシンジ。

動かない。

後ろから顔を近づけてみる。

よく見ると、すうすうと寝息をたてるたびに肩が僅かに上下している。

 

(やっぱ生きてるか)

 

あたりまえだよな、なんて思いながら顔をしげしげと眺めた。

寝ているときは誰でもかわいいって本当だ。

口紅でも塗ってやったら意外と似合うかもしれない。

小さな声でそっと呟いてみた。

 

「ねえ、シンジ、もうちょっと寝ていい?」

「...ダメ。ごはん食べたい」

 

目をつぶったままのシンジの口が動いた。

布団の中から伸びた手が私の手首を掴む。

 

「げっ、起きてたの?」

「うん、目覚しで目が覚めた」

 

無理矢理首をひねってこちらに顔を向けるシンジの目はトロンとしていかにも寝ぼけているという感じがする。

腕を掴む手を振り払いながら私は少しドキドキする心臓をしずめようとしながら言った。

 

「ちっ、なに寝たふりしてんのよ」

「二度寝しようと思ったんだよ」

「材料なんかあったっけ?」

「多分ないよ。昨日全部使っちゃったから」

「買い出しかぁ。あ〜ん、シンジ代わってよ」

「...」

「ケチ」

 

もそもそとシャツを着込んで外出の準備をした。

時計の針は10時を周っていた。

 

 


 

もう頬杖はつかない

第7話

 


 

 

涼しい空気が頬を撫でる。

玄関を出るとまぶしさで目が眩む。

日差しは柔らかだった。

商店街は住宅地を抜けて5分くらい歩いたところにある。

今日はパン屋に行こうと思った。

黒ずんだ柱と崩れそうな軒先が目印の洋風の建物。

最初見た時は本当に古いのかと思ったけれど、後で凝った演出だと気づいた。

ガラスが綺麗に磨かれていて店内には塵一つ落ちてない。

味も悪くない。

ただ日本人ってどうしてこんなに菓子パンの種類を思いつくのかは今でも不思議だけど。

 

(さぁて、今日は何にしようかな、と)

 

『ドイツ人なのにフランスパンとはこれいかに』

 

この間フランスパンを買って帰ったらシンジが表情を変えずにボソリと言ったことを思い出した。

あまりにもセンスがない冗談に呆れて真顔で腹にパンチを入れたけれど、結局その言葉が耳から離れない。

最近パン屋に行くたびに思い出し笑いするのはまずいと思う。

そういえば初めて会ったときエヴァの中はドイツ語で考えろと言ったらあいつは「バームクーヘン」なんて言った。

今にして思えばあれはシンジ流の冗談だったのかもしれない。

まずはフランスパンは候補から外そうと心の中で決める。

 

自動ドアが開く低い電動音が響いて黒い木枠のドアが開く。

狭い店内は静かで鳥の鳴き声がスピーカーから聞こえてくる。

香ばしい匂いがした。

中央のテーブルにはグレーのチェック柄の麻布の上にバスケットに入ったサンドイッチが並べられている。

ショーウィンドーの棚には菓子パンが所狭しと押し込んである。

 

黒い外壁とは対照的な真っ白なペンキで一面に塗られた壁。

壁も天井も真っ白だった。

木でできたそっけない床とオレンジの傘がついた白熱灯が暖かみを感じさせた。

田舎の一軒家を意識したようなつくり。

 

小さな絵が掛っていた。

白いドレスを着た黒髪のおかっぱの少女が草原で遠くを見上げてたたずむ姿。

風でスカートの裾がなびいている。

涼しげな目元と小さな口は人懐っこくて、でも少しだけ寂しそうだった。

微笑む表情が可愛らしい。

子供の頃の自分はこんな顔で笑っていたんだろうか。

トレイを手にとって物色する。

 

(やっぱ焼き立てから選ぶかな。今日は、っと...チーズパンと、...ゲッ、フランスパンも焼き立てか)

 

ちょっと迷った。

シンジごときのせいで焼き立てを逃すのは癪に触る。

ここは一つ我慢だと自分に言い聞かせて両方ともトレーに乗せた。

菓子パンの前に立つとつい考え込んでしまう。

チーズパンを買ったから甘いものが欲しい。

チョコにすべきか、クリームにすべきか、それが問題なんだよな、そう考えた。

昨日寝る前にチョコを食べたことを思い出してクリームに手を伸ばした。

シンジはどちらかいうと甘いものは苦手なので適当にソーセージパンを乗せた。

この期に及んで文句は言わないだろう。

 

レジに行こうと思って顔を上げると目の前に人が立っている。

窓側のパンの棚と向かいのテーブルの間には1mくらいの間隔しかなくて通りにくい。

避けようと体を斜めにしたときだった。

 

白いワンピース。

青白い髪。

 

一瞬呼吸が止まった。

混乱する頭でデジャブーかもしれないと疑った。

まるで絵から抜け出たような白いワンピース。

ひょっとしたらさっき見た絵と勘違いしているのかもと思ってもう一度考えようとした。

 

青白い髪?。

 

ぼんやりと考えている私の方に視線が返ってきた。

見覚えがあるあの感じ。

 

赤い瞳。

 

心臓がドキドキした。

どんな顔をしたら良いのか頭の中が混乱する。

 

「あら、ごめんなさい」

「あの...」

 

彼女は顔を上げると何かに気がついたように私の方を正視した。

その瞬間、向こうも頬が微妙に引きつったようだった。

青白い髪が僅かに揺れる。

差込む日差しで反射する不思議な色に見とれた。

何時の間にかトレーを持つ手のひらに汗をかいている。

さっきまで気にならなかった店内の換気扇の低い唸りが急に聞こえだす。

目を細めると彼女は僅かに唇を動かした。

 

「あなた...」

「あんた?、よね。...久しぶりね。何してんの、こんなとこで?」

「パン買ってるの」

「見りゃ判るわよ。あんたこの辺に住んでるの」

「いいえ。散歩」

 

綾波レイ。

そういう名前だったはず。

 

「どこ行くの?」

「川縁をね。後で土手で食べるの。今日は天気が良いから」

「風強いわよ」

「そうでもないわ」

 

サンドイッチのケースを一つだけトレーに乗せた彼女は目を大きく開けて微動だにせずにこちらを正視する。

背筋を伸ばして小首を傾げて次の言葉を待っているかのように動かない。

ただ奇妙な違和感があった。

笑顔が人懐こい。

わざとらしさのない透けるような笑顔だと思った。

 

 


 

 

「なんでついて来んのよ?」

「最初からこっちに行こうと思っていたから」

「だったらいいけどさ」

 

いつのまにか二人で歩いていた。

右手を歩く彼女は軽やかな白い布に覆われた知らない生き物みたいだった。

パンを押し込んだ白いリュックを肩を押さえる左手はマネキンのように白い。

穏やかな表情とすらりと背筋を伸ばした毅然として歩き方。

「優等生」、そんなあだなを彼女につけたことを思い出した。

その印象は変わらないけれど、今受ける印象はちょっと違う。

話し掛けようとすると言葉が頭の中から吸い取られて空気の中に消えて行く。

今散ったばかりの花びらが風に舞うような感じで、思わず手で捕まえたくなる。

我ながら少し変だ。

 

「あんたさ、今どうしてるの?」

「先端生物学研究所」

「なんか聞いたことあるわね」

 

思い出した。

第二新東京にある国連の研究機関。

弐大と共同研究をやっていて教授や学生の人の行き来もある。

実質的な大学院の機能ももっていて研究レベルの高さのせいで進学したがっている学生は多い。

 

「うちの大学からも結構人いってるでしょ。あ、あたし今弐大行ってるの」

「うん」

「でも、なんであんたが研究所にいるのよ」

「チルドレンだったから」

「じゃあ、あたしやシンジは」

「あなた達は普通のチルドレンだから」

「なによ、あんた自分が特別だったって言いたいわけ?」

「どうかしら」

 

横目でこちらを見るとクスリと笑った。

こちらの反応を確認するような、見透かしたような笑い方。

ちょっと腹がたったけど、でも綺麗な子だな、そう思った。

言葉はつっけんどんだけれど語尾はどこか柔らかい。

 

「あんたちょっと印象変ったわね」

「誰だって変るわ。もう5年経つもの」

「大人になったってこと?。なんだかなぁ、って感じね」

「そうは言ってないわ」

「そう?。あんたの笑う顔なんてあたし初めて見たわよ」

「笑うことは大事よ、どんなときでも。」

「ふ〜ん」

 

変るという言葉を聞いて、昨日シンジと山に登った時に自分が大人になると意識したことを思い出した。

シンジの声を思い出す。

14歳の頃のシンジはもういない。

14歳の頃の私ももういない。

そして多分、彼女も...。

シンジもこいつも変ってゆくんだ。

 

「あなたはこのあたりに住んでるの?」

「あたし?。まあね、この近くよ」

「一人暮らし?」

「う〜ん...。っていうかさ」

「待ってる人がいるの?」

「まあ、ね」

「そう」

 

彼女はまたクスリと笑った。

小さく小首を傾げて横目でこちらを見てまた視線を前に戻した。

青白い髪がふわりと揺れて、彼女の体が私より一歩前に出る。

私も歩く速さを少し上げる。

馬鹿にされたのかなと一瞬考えた。

 

「あの頃はいろいろあったけどさ...。あたしは今、結構幸せだよ」

「そう見えるわ」

「どう見えるのよ」

「言ったとおりよ」

「ふん、じゃああんたはどうなの?」

「どうかしら」

 

あたしが幸せ?

自分でも馬鹿なことを言っていると思う。

ただなんだか自分を誇示したくなっているみたいで勢いで言ってしまった。

昼近くなった商店街は少しづつ人が多くなってゆく。

主婦や子供達が昼の買い物を楽しんでいる。

ふと彼女が足をとめた。

大きなショウーウィンドー越しにオレンジと緑の制服を着た若い女性店員が暇そうに店番をしている。

 

「あら、この店、紅茶がたくさんあるのね」

「ああ、場末の商店街のくせに結構品揃えいいのよ。あんた目いいわね」

「レモングラス探してたから」

「ハーブ?。少女趣味ね。ってまあ、あたしも嫌いじゃないけど」

「体にいいのよ」

 

白いワンピースを翻して彼女は店の中に入っていった。

このまま行ってもいいかと思ったけれど、なんとなく黙って別れるのが気まずかった。

店に入った彼女はまるで最初から決めていたように陳列棚に近づく。

紅茶とハーブ茶が数十種類あって、蒸せかえるような香りがする。

ハーブは私も時々買っている。

シンジはコーヒー党なので自分一人で飲むことが多いけど。

 

「レモングラスください」

「100gでよろしいですか」

「ええ」

「ではお会計こちらでお願いします」

 

右手から聞こえる声を聞きながら次に買うお茶のことを考えていた。

お茶は心を静かにしてくれる。

嫌なことがあった日はローズヒップを飲みながらCDのピアノを聞いて寝転がると全部忘れることができる。

二人だとその瞬間は嫌なことを忘れることはできるけれど、結局またいつか思い出してしまう。

だからそれは誤魔化しているだけなんだと思う。

一人でいるということは心の中のずっと深い穴にそっと嫌な記憶を押し込んで消化してしまうことなんだろう。

だけどそうしてばかりいると穴が溢れかえって頭の中がパニックになる。

きっと私には自分を保つ方法がまだ判っていないんだと思う。

ふと肩を叩かれて我に帰った。

 

「え、な、何?」

「お金、足りないみたい」

「え、あんたお茶代くらいないの?」

「あるけど帰りの電車代とバス代が足りなくなりそう」

「貸して欲しいわけ」

 

彼女は上目遣いにこちらを見つめながら黙ってコクリと頷いた。

目元がちょっとだけ脅えたような感じだった。

OKと言って財布を探すと口元が僅かに微笑む。

嬉しいのかな、結構かわいいやつだな、そう思った。

店員から渡された白い紙袋をリュックに入れながら二人で店を出た。

 

「ありがとう、...惣流さん」

「気にしないでよ。これくらい」

 

ふと違和感を感じた。

あれだけ一緒にいたのに、私達は一度も名前を呼び合ったことがない。

 

「あたしのことアスカでいいわよ」

「でも惣流さんのほうが呼びやすい」

「ふ〜ん、そう。じゃあ、あたしも...綾波って呼んでいい?」

「ええ」

「じゃ、あたしこっちだから。また会うことあるかしらね」

「お金返さなくちゃ。今度大学に行く用事あるから、その時に」

「場所知ってるの」

「水曜日に大講堂の前でどうかしら」

「了解。...でもあんた、人に金借りるようになるなんて随分ずうずうしくなったわね」

「そう?」

「そうよ、しかも笑うし」

「笑うことは大事よ」

「変ったね、あんた」

「誰だって変るわ。そうでしょ」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ待ち合わせ12時でいい?」

「いいわ」

「それじゃ...惣流さん」

「それじゃね、綾波」

 

T字路で別れた。

手を腰のところまで上げて小さく振った。

彼女は赤い目を細めてニコリと笑う。

その微笑みはやはりわざとらしさがなかったけれど無防備ではない感じがした。

ふとさっき言いかけたことが口をついて出た。

 

「あたしね、今シンジと暮らしてるのよ」

「知ってるわ」

「え、...なんで?」

「ねえ、惣流さん、あなただけは変わらないのね」

 

彼女はもう一度微笑んだ。

口から漏れるような笑い声だったような気がする。

10歩ほど歩いて振返るともう彼女の背中は見えなかった。

ただ風で飛ばされた落ち葉が目に入る。

遠くからトラックのエンジンの音が聞こえてきた。

 

 


 

 

「ただいま」

「おかえり、遅かったね」

 

ドアを開けてアパートに入ると油の混じった生活の匂いがする。

これが私達二人の匂いなんだと思うと変な感じがするけれど気分が落ち着く。

靴を脱いで上がり込むとシンジはTVを見ていた。

テーブルの上に買ってきたパンの袋を置いて、やかんに水を入れて火にかけた。

 

「今日はなに買ってきた?」

「ソーセージパンとね、クリームパン、チーズパン、あとフランスパン。フランスパンとチーズパンは焼き立てだったよ」

「ふ〜ん、フランスパン、ね」

「...なにか言いたそうじゃない?」

「あのさ...」

「ドイツ人なのにフランスパンとは、なんて言ったらコロスわよ」

「...なんで判った?」

「前も同じこと言ったじゃない。あんたの冗談のセンス、学習機能ないよね」

「そうかな?、それより皿とバターだそうか」

「あ、お願い。あたしコーヒー入れるからさ」

「オッケー」

「その大きいのに全部いれちゃお。一つだと片付けるの楽だから」

 

お腹が空いたらしくシンジがバタバタと食器の準備を始めた。

食器棚から大皿を取り出してテーブルの上に置いてくれた。

コーヒーメーカーにフィルターと豆をセットして水を注ぐ。

スイッチを入れるとジワジワという沸騰音がして湯気が上がり始める。

ドリップが始まりカップに滴が飛び散った。

この間買ったモカはちょっと酸味が強すぎて今一つだったかもしれない。

今度は別のやつ買おうとコーヒーをいれるたびに思う。

コーヒーの袋の口を折込んで洗濯挟みでクリップして冷蔵庫に放り込んだ。

 

「そういえばさ、さっき電話のベルが鳴ってさ」

「電話がどうかしたの?」

「でたら無言で切れた」

「ミサトかな」

「ミサトさんだったら無言で切るわけないよ。アスカ、どっかの男に恨みでもかってるんじゃない?」

「バッカじゃないの。そんな男がいるならあんたとっくに用済みよ」

 

シンジは、はん、と鼻で笑うとテーブルの上を片付け始めた。

昨日私が読み散らかしたファッション誌と今日の新聞とを束にまとめて部屋の隅に追いやる。

まるでやれるもんならやってみろという感じだったけれど、嫌味じゃない。

またお互いに相手を牽制している。

だけどむしろその方が丁度よく距離が保てていいかもしれない。

 

「ねえ、それより聞いてよ。驚いちゃったわよ、さっきファーストに会ったの。」

「ファーストって?」

「だからあの子よ。ファースト」

「綾波...のこと?」

「他に誰がいるのよ。意外だよね、こんなとこで」

「...」

「ひょっとして仲良しの碇君を探してたんじゃないの?。あの子昔から友達いなさそうだし。あんたどう思う?」

 

コーヒーをテーブルの上に置いてクッションに座った。

肘をついて前に垂れる髪をかき上げる。

足を延ばしながらシンジを見ると視線を落として何か考えている。

 

「どうしたのよ、そんなに気になる?」

「何か言ってた?」

「ううん、別に」

「そう、...だったらいいけど」

「何よ、」

「綾波どんな感じだった?」

「今日は散歩でたまたまこっちに来たんだって。なんかこう女っぽくなったっていうか、雰囲気柔らかくなったっていうか」

「そう」

「それでさ、あたしには、あなた変わらないのね、なんていうのよ。相変わらず生意気だったわ」

「...」

「なによ、そんなにシンミリすることないじゃない。ホントに会いたかったの?」

「そうじゃないよ。逆だよ。...昔のこと思い出すだろ」

「あたしに昔のこと思い出させるのいつもあんたじゃん。いつも平気な顔してるけど、あんたでも気にすんの?」

「当たり前だろ」

「ふ〜ん、あの子となんかあったの?。そういえば仲よかったもんね、あんた達」

「やめてよ。冗談言う気分じゃないから」

「なによ、その態度」

「アスカには関係ない」

 

シンジは急に機嫌が悪くなったみたいだった。

取りあえず無視してテーブルの上のゴムを拾って髪を後ろにまとめてしばる。

折角コーヒーをいれたブランチが不味くなるのは嫌だと思った。

 

(大の男が一々感情的になるなよ)

 

確かにシンジと彼女は私よりずっと仲が良かった。

でもだからといって急に不機嫌になることなんてないと思う。

 

「はいはい、判ったわよ」

「...」

 

ドンとカップをテーブルに置いた。

跳ねたコーヒーが飛び出してブラウンの木目のテーブルの上に小さなしずくを作る。

体を伸ばしてテーブルの脇のティッシュを取って拭き取った。

 

今日のチーズパンとフランスパンは焼き立てだった。

口の中に放り込むとまだ暖かくてフカフカ具合が丁度良かったけれど、でも期待していた味と少し違うような気がした。

 

 


 

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