現実は時に泥のようにねばねばしている。

どれくらいだと聞かれて上手に答える自信はないけれど、でも身動きできない感覚は嘘じゃないと思うから。

雨の後のぬかるんだ泥のようでもあるし、食べた後の油がついた食器のようでもある。

見上げたら木々の葉は黄色くなり始めていた。

11月に入って風が冷たくなった。

他人と一緒に暮らして居場所がある感じがしてなんとなく落ち着いていた。

このままでいいやと思うようになってどのくらい経つだろう。

でもそれもベタベタしすぎかなと思う。

 

『立派な人間とは世界中どこにいてもふるさとだと思うことができる人間だ。

だけど完璧な人間にはどこにいても違和感に満ちている』

 

どこかで読んだ言葉を思い出した。

まあそれはそれでいいや、それよりやっぱりバイトを探そうと思った。

 

赤黒く汚れた煉瓦つくりの講堂の後ろ側は学生課のアルバイト紹介所になっている。

昼休みになるとどこからともなく人だかりする。

一歩踏み入れるとコンクリートのヒヤリとした空気が肌に触れる。

真っ白なペンキでベタベタに塗られた壁。

かび臭い匂い。

黄色や緑の、無意味だけれど威勢のいい文字が並んだ学生運動のビラがベタベタと貼られている。

 

掲示板はだだっ広い学生課の入り口にポツンと立てかけてあった。

緑のボードにテープで張られたたくさんの白い紙。

学生達が場所を奪い合うように押し合いながら見つめていた。

みんなバラバラなのに、みんな同じ方向を見ている。

人はたくさんいるのに、誰も口を利かない。

 

『引越し業補助』『警備員』『家庭教師』『塾講師』

 

どれもできない仕事や、やりたくない仕事ばかりだった。

力仕事や何時襲われるか判らない深夜の警備はさすがに気が引けた。

家庭教師や塾講師は時給が良くて偏差値大好きなここの学生はみながやりたがるバイトだったけれど、私は敬遠していた。

テストで良い成績を取ることしか取り柄がないくせに、やれ心を豊かにするために岩波をダンボール2箱分読んだだとか、お洒落な店を何軒知っていて顔が利くとか、そんな話しかしない人達。

そんな人に限って自分が得意な受験関係のバイトは手放さないでいる。

劣等感を感じなくていいように、用心深く、周到に、自分をコントロールするのに長けた人達。

まるでエヴァに乗っていた頃の自分みたいだ。

 

私は違う世界に行ってみたい。

ベタベタする現実から引き離してくれる、新しい世界に行きたいと思った。

そう考えながら眺めていたら毛色の違う張り紙を見つけた。

 

『ペットショップ店員』

 

むしり取って受付けに歩く。

順番なので少し待つように、そう言われたのでところどころ破れた硬い緑のビニールの椅子に腰掛けて待った。

しばらくすると名前を呼ばれて髪に紫色のメッシュを入れた初老のおばさんが対応してくれた。

 

「あなた、昼間の仕事だけど問題はないのかしら?」

「ええ、単位はもう取ってありますから」

「あらそう。干渉する気はないんですけどね、単位取るためにバイト出られないって後から辞められるとここの責任問題になるのよ」

 

私はニコリと笑って、問題ありませんよ、と言った。

本当はまだ単位は取ってなかったし、昼の授業をサボったら進級にはまずかった。

だけど今の自分にとってあの狭い教室の中に閉じ込められるのはなんとなく耐えられない気がした。

紹介されたバイト先の電話番号を手に私は公衆電話に急いだ。

 

 


 

もう 頬杖 はつかない

第9話


 

 

シンジと仲直りしてから、なんとなく落着かない日が続いている。

時々理由もなく閉じ込められている気分になる。

あの晩、シンジは言った。

 

「ねえ、アスカ。僕はアスカに言ってなかったことがある」

「なに?」

 

眠りかけていた私はベッドの中で意識を取り戻した。

汗の匂い。

 

「これを言っちゃうとさ、僕は自分を保てなくなるような気がしてずっと黙ってようと思ってた」

「ん...」

「本当はアスカは知ってるんじゃないの?」

「わかんない。なに?」

「僕は...アスカのこと好きなんだと思う」

 

言わなきゃいいのに、そう思った。

なんとなくそうじゃないかと感じていた。

一緒に暮らす今の生活をこれはこれでいい。

恋は必ずしもうきうきするものじゃない。

温かさを感じることができればいい。

頭の中がぐるぐる回って段々面倒になって、腫れぼったくなった目をシンジの肩に押しつけた。

 

「急になに言うのよ」

「急にってわけじゃないよ。ずっと前から考えてたんだ」

「どうして今になって言おうと思ったの?」

「なんだか今言わないと一生言えないような気がしたから」

「バッカみたい」

「でも言ったらすっきりした」

「なんなの、一体?」

「...おやすみ」

 

きっと世の中には曖昧にしておいた方がいいことがたくさんある。

人の気持ちもそうに違いない。

誰かから想われることは嬉しいような気もする。

だけどシンジが心の中で描いている私は多分本当の私じゃない。

受入れたら今度はシンジの心の中の私に合わせて振る舞わなくちゃいけない。

私は私だから、だから自分のままでいたい。

何にも執着しないで生きたい。

どうしてシンジはいつも自分を押し付けるんだろう。

 

 

バイト先のある駅は電車で三つ行ったところだった。

約束した三時まで時間があったので駅前でハンバーガーを食べることにした。

カウンターには見るからにルックスだけで雇われたような、舌足らずな喋り方の女の子が愛想良く振る舞っている。

注文を受けると奥の男の人達が無造作にポテトを油からすくい上げる。

席の方からは高校生達が楽しそうに騒ぐ声が聞こえてくる。

カップルが見詰め合いながらハンバーガーを食べている。

ここではすべてが陽気で、壁も空気もピンク色をしている。

なんて世界だろうと思った。

受け取ったチーズバーガーとポテトとコーラがのったトレーを抱えてガラス張りの外に面した席に座った。

窓から眺めると午後の日差しを浴びながら疲れた足を引きずって歩くサラリーマンが歩道に満ちている。

何もない和やかな午後だった。

 

商店街を真っ直ぐ抜けて歩くとその店はあった。

『ワンワン・ハウス』と大きく書かれた看板にはマンガっぽい犬の絵が描かれていた。

建物の格好自体が犬の形をしていて、入り口と窓が目と口になっている。

 

(なんだか冴えない店だな)

 

ドアを開けると入り口のベルがチリンチリンと鳴って来客を知らせる仕組みになっている。

すぐに40歳くらいの感じのいい女性が出てきた。

髪は軽いウェーブがかかっていてベージュのシャツに真新しい紺のジーンズをはいていた。

アルバイトの方ね、彼女はそう言うと私を奥に案内して椅子に座るように促した。

 

「かわいいでしょ、この店。あなたどう思った?」

「え、どうって?」

「見たままの印象を聞かせてくれる」

「メルヘンチックですよね」

「ホントのこと言っていいのよ」

「なんていうか...あまり冴えないです」

「あはは、正解ね。あたしもそう思うわ」

 

彼女は笑って答えた。

笑うと目尻に深くしわが出来て見るからに嬉しそうな顔になる人だった。

 

「だけどね、この冴えない具合がいいのよ。総大理石とピカピカのショーウィンドーでウチは高級だぞ

って感じじゃこの辺だと誰も寄ってこないわよ。近所の顔なじみさんが多いのよ、ここ」

「はぁ」

「店の名前もグッドでしょ」

「ええ、...グーです」

 

彼女はひとしきり独りで笑うと説明を始めた。

田所さんという人だった。

仕事は犬達の餌の面倒と店の掃除と、その他は裏方的な雑用全般だった。

店は清潔で悪くない感じに見えた。

彼女がどのくらい来れるかと聞いたので、毎日は大変なので週の半分くらいがいいと答えた。

じゃあ、と彼女は言ってあごに手をあて五秒くらい考えて私の出勤日を決めた。

月水金の三日間店に出ることにしてその日は帰った。

 

 


 

 

To: 惣流・アスカ・ラングレー<asuka@ie.t.u-tokyo2.ac.jp>
Subject: Re:今日はthanks

綾波です。惣流さん、メールありがとうございました。
あの日は大学に行けなくて申し訳ありませんでした。
実は惣流さんは私のことが嫌いだと思い込んでいたのでこちらまで来てくれるなんて意外でした。
私はあがって変なこと言ってませんでしたか?
もし気を悪くしたことがあればごめんなさい。
(実は私、あのとき緊張していたんです)

ここは基本的に男性ばかりで同世代の人もいません。
研究室では仕事の話以外なくて退屈していたので話ができたことも、メールを頂いたことも嬉しかったです。
笑顔が、と惣流さんは言ってくれましたが本当にそう思ってくれますか?
だとしたら少し嬉しいです。
以前、そうした方がいいよと言ってくれた人がいたので、ちょっと意識していたのかもしれません。
そう言えば笑顔を覚えてから周りから優しくされるし、男の人に奢ってもらえることが増えたみたいです。
他にもいくつか変ったことはありますが、本当に変ったのか、そうじゃないのか、自分では良くわかりません。

これからも時々こんなふうに話をすることが出来れば嬉しいです。
ところで碇君はどうですか? 元気にしてますか?
暇だったらまたメール下さい。

綾波レイ(e-mail :ayanami@abi.ac.nerv)

 

 

目が覚めると空気が冷たくて顔が寒い。

肩に布団を掛けなおして天井を見詰める。

天気は良いらしい、日差しが差込んで埃が中に舞っていた。

横からシンジの寝息が聞こえてきたので起こさないようにそっとベッドから抜け出した。

みしりと床が軋むたびに起きるんじゃないかと気になった。

 

なんとなくシンジを負担に感じている。

嫌いになったわけじゃないけれど、あんなことを言われて何かするたびにシンジに見られている気がする。

バイトを始めたことはシンジには言ってない。

綾波レイと会ったことも、メールをやり取りしていることも言ってない。

隠さなくちゃいけないことじゃないけれど、でもなんとなく秘密にしておきたかった。

今日も独りになりたいと思った。

タンスを開けて動きやすいジーンズとグリーンのシャツを取り出して白のベストを羽織る。

リュックを背負って外にかけた出た。

雀達がチュンチュンとうるさいくらいに鳴いている。

朝の空気は薄っすらと土の匂いがして爽やかだった。

私だけの世界。

 

 

To: 綾波<ayanami@abi.ac.nerv>
Subject: バイト始めたのだ

惣流です。
綾波、メールありがとう。

綾波が緊張していたなんて全然判りませんでした。
むしろ私の方がのまれてる感じで、やられたぁ、なんて思ったよ。

正直私も綾波から嫌われてると思っていました。
だって昔はお互い、いろいろあったじゃないですか。
だからあの頃のことに一度リセットをかけて話しができるなら嬉しいです。
というわけでここから再スタートしましょう。

>笑顔が、と惣流さんは言ってくれましたが本当にそう思ってくれますか?
>だとしたら少し嬉しいです。
>以前、そうした方がいいよと言ってくれた人がいたので、ちょっと意識していたのかもしれません。

綾波が男を適当にあしらっている図って結構笑えます。
綾波相手にそんなこという奴もすごいなと思いますけどね。
でもきっと周りの人から愛されて綾波は幸せなんでしょうね。
文面からなんとなくそう思いました。

私は最近アルバイトを始めました。
ペットショップの店員さんです。
ワンワンキャンキャンうるさいけれど、慣れるとなかなかに可愛いやつらです。
実は今まで面倒なので国連の支給金だけで生活してました。
まあ贅沢はできないけれど、生活に困るほどでもなかったので、いっか、これで、と思ってたんだけど。
大学に入って専門が別れるにつれて世の中と接する機会が段々減ってゆくような気がします。
だから今更ですがチャンスは自分で作らなくちゃ、オレはやってやるぜ!って感じかな(笑)。

それと、シンジですが、こいつはスカシ野郎です。
昔はいじめ甲斐のある可愛い奴だったけど、最近は随分生意気になって勉強も他のことも一通り
なんでもこなします。ちょっと自慢げな嫌な奴です。
でも、まあ、他の子供っぽい同い年の連中に比べればだいぶマシだし、今の私には気持ちを落ち着か
せてくれる相手ではあります。だから時々すこーし感謝したりします。
この私から感謝されるとは、こいつなりにちっとは成長したんだと思いますよ。

それではまた。

----------------------------------
惣流・アスカ・ラングレー
asuka@ie.t.u-tokyo2.ac.jp
----------------------------------

 

 

そよ風すらわずかに頬に感じるかどうかの天気のいい日だった。

川の流れは静かだ。

優しく照りつける日差しできらきら川面が揺れて土手に座るカップルが額縁に入った風景に見える。

舗装されていないちょっとぬかるんだ道を歩いた。

河川敷の自動車教習所はとっくに動き始めている。

白地に青い車が下手な運転でのろのろと這いずり回っていた。

事務所は土手を挟んだ反対側にあって、四人程の学生らしい男の子達が道の脇に座り込んでいた。

四人で頭を頭を寄せ合ってヒソヒソ話をしてそしてドッとゲラゲラ笑い出した。

 

道はどこまでも真っ直ぐ続いていて景色は薄っすら霞んで見えた。

右、左、右、左、と足を順番に動かす。

景色がゆっくりと後ろに流れて行く。

じわりと汗をにじませながら私は歩いた。

 

青い空はどこまでも広がる。

川はゆったりと流れ、河川敷が緑色に広がり、低い濁った色のビルが取り囲む。

空を支えるように全てが存在しているみたいだ。

この青は海の青とは違う青だと思う。

川の青とも違うし、青々とした草の色とも違うし、ましてや信号の青なんかじゃない。

この間街で見たキタムラのバッグとも、アイシャドーとも、UFOキャッチャーでゲットしたペンギンの色とも違う。

昔空が落ちてきたらどうしようと心配した人がいた。

そんなことがあるわけないじゃないかと皆に馬鹿にされたらしい。

でも私はこの青を見ていると突然重力がなくなって、空に吸い込まれたらどうしようと心配になる。

これはそんな青だ。

 

何時の間にか橋を四つ通り越して三時間以上歩いていた。

お弁当。

腕時計を見ると針は1時を回っている。

そういえば何も持たずにアパートから出てきた。

 

「お腹、減ったな」

 

口に出してみて気がついた。

一度意識するとお腹のキュンとした感覚が響く。

 

 

To: 惣流・アスカ・ラングレー<asuka@ie.t.u-tokyo2.ac.jp>
Subject: Re:バイト始めたのだ

惣流さん、メールありがとう。
アルバイト頑張ってください。
私は動物が苦手なので近づくことは出来そうにありませんが。

私はまた新しいハーブと紅茶の店を探し回っています。
この間アミティエという店を見つけました。
オリジナルのブレンドが充実していて面白い店でした。
アジアンフレーバーがウリだそうですが、シトラスっぽい香りが良かったです。
関係ないけれど隣りにマイセンの店があるのもいいなと思いました。
お金を溜めてそのうち買いたいと思いますが、値段を見ると溜め息ばかり出ます。

それと一つだけ。
私は今戸惑っています。

>でもきっと周りの人から愛されて綾波は幸せなんでしょうね。

どうして惣流さんはそんなに簡単に幸せという言葉を使えるんですか?
そもそも人間は必ず幸せにならなくてはいけないんですか?
私は自分が幸せとは感じることができなくて時々泣きたくなることがあるけれど
でも不幸とも違うと思っています。
そして自分ではそれでいいと思います。
言葉に引っ掛かってしまったのでちょっときつい言い方になってますね。
嫌な気分になったらごめんなさい。
でもこれを言わないと自分を判ってもらえないような気がしました。
本当は、私はもっと自分を知って欲しいのかもしれません。
こんなことを言う私は変でしょうか?

追記
惣流さんの碇君評、楽しいです。また聞かせてください。

綾波レイ(e-mail :ayanami@abi.ac.nerv)

 

 

赤い屋根の小さなパン屋が見えた。

ラッキーと思い店に入った。

トレーと挾みを持って店内をうろつくと白い布を頭にあてた店員が愛想よく微笑んでくれた。

若い女の子はまだ働き出したばかりなのか、ぎこちなくて初々しい。

働くことが楽しくてしょうがない感じだった。

 

「そっちのメロンバンは焼きたてですよ」

 

そう言われてメロンパンとパック入りミルクををトレーに乗せてレジに向かう。

店を出て川の土手に腰を下ろしパンを食べた。

確かに焼きたてだった。

まだ暖かで生地が柔らかくておいしかった。

 

10mほど先で子供と母親がボールで遊んでいる。

三歳くらいだろうか、ちょろちょろと走り回るのが楽しくて仕方無いみたいだった。

草の擦れる音がしてボールが転がってくる。

ボールを受け損なった子供がよちよち歩み寄ってくる。

可愛いブルーのオーバーオールをはいた、髪を真直ぐに切りそろえた、赤いほっぺの子供。

 

「ボールね。はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

ありったけの笑顔を作って、走ってきた男の子にボールを渡してあげた。

子供は幼げな喋り方でお礼を言うと嬉しそうに両手で掴む。

 

「偉いわね、お礼が言えるなんて」

 

子供の頭を撫であげた。

すべすべとした艶のある髪の毛。

右手で頬を触ってやるとマシュマロのように柔らかでふわりとした暖かみが伝わってくる。

一目散に母親の方に駆けてゆく子供の、遠くなってゆく弾んだ笑い声を遠くに聞きながら、自分の右手を眺めた。

 

甘いパンを食べて喉が渇いたのでミルクを飲む。

口の中でミルクがメロンパンと混じり合う。

パックには極太の白い文字で『牛乳飲んで健康家族』と印刷してある。

下手なコピーだなと思った。

 

(家族がいない奴はどうするのよ)

 

 

To: 綾波<ayanami@abi.ac.nerv>
Subject: ごめんね、綾波

惣流です。
綾波、メールありがとう。

今日は暇を持て余して独りで川沿いを歩いています。
光る川面を眺めながら、風の声を聞きながら、さんさんと降り注ぐ太陽の光の下で物思いにふけってます。
孤独を愛する美少女なんすよ。な〜んてね、突っ込み待ってるっす(笑)。

でもこうやって歩くのは良い気持ちです。
本当に風の声が聞こえるような気がして普段狭いゴチャゴチャした人間の世界にはいつくばっている
自分が馬鹿のように思えます。

>どうして惣流さんはそんなに簡単に幸せという言葉を使えるんですか?
>そもそも人間は必ず幸せにならなくてはいけないんですか?

ごめん、綾波。
私の言い方が悪かったよ。
正直綾波が何を気にしているか、何に引っ掛かっているかまだ良くわかりません。
だけど綾波の言うことの意味は判るつもりです。
私自身人から、幸せとは何かとか、自分は幸せか不幸か、なんて決めつけられたら怒るでしょう。
そいうのは人が決めることじゃなくて自分でなんとかするものですよね。
だけどそんな当たり前のことを話せる人って最近周りにいなかったから嬉しかった。
私にとっても幸せってなんだろうって、今でも大事な問題です。

>こんなことを言う私は変でしょうか?

全然変なんかじゃないよ。
そういうことを自分の言葉でちゃんと言える綾波は偉いと思う。
今更ですけど私はもっと綾波のことが知りたいです。
そして、私のことももう少し知って欲しいです。
私達、もっとたくさん話をすることがあると思う。
今更こんなことをいう私を綾波は笑いますか?

----------------------------------
惣流・アスカ・ラングレー
asuka@ie.t.u-tokyo2.ac.jp
----------------------------------

 

 

子供はお母さんのところに戻っていった。

セミロングの髪が綺麗な、三十歳前くらいのお母さんだった。

優しく子供を抱き上げていつの間にか現れたお父さんと話を始めた。

お父さんはまだ若い背の高いスラリとした優しそうな人に見えた。

私はドキリとした。

お母さんは旦那さんを見詰めるときちょっとだけ艶のある表情になる。

 

女の顔と母親の顔を使いこなしているんだなと思った。

どうしてそんなに優しい顔が出来るんだろう。

気楽な人なんだろうか、私こそ何かが足りないんだろうか、それとも人間は歳をとったら自然とああなるんだろうか。

私が知っている同い年の女の子達はもっとギスギスしている。

自分がどれだけ愛されているか、どれだけ愛される価値があるか、いつも誇示している感じがした。

ああ、いいなぁ、あんな顔になりたいなぁ、そう思った。

でもなりたくないかもしれないな、そう思った。

私は誰かのお母さんになるのも奥さんになるのも嫌だ。

誰かの何かでいることは、自分が消えてしまいそうになる。

 

お父さんが子供を抱き上げて、お母さんの肩を抱いて去ってゆくのを見て、私も歩き出した。

なんだか寂しい気持ちになった。

神経を集中してこのまま真っ直ぐ歩こうと思った。

ゆっくり足を前に踏みだすと、道は少しぬかるんでいる。

現実は泥のようにねばねばしていた。

 

 


 

to be continued

 


前原さんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る

inserted by FC2 system