Kanna-T's Original Short Novel - Never can't get it
隣合せのファンシーフリー 第七部
Fancy Free in diary life
第十三章 引いて駄目なら押せば良い
どちらにせよ、ヘヴィではある。肉弾戦と情報戦を同時並行させつつ、物資を調達しなければならないのだ。コンビニが欲しい所だが、あいにくそういった便利な物は無い。
一先ず、二手に別れて物資の調達。時間の問題もあるが、敵がこちらの目的をまだ逃走と位置付けているのであれば、予想ルートから外れるのもあり比較的楽に調達出来るかもしれない。
出来るだけその時間を稼ぎつつも、必要最低限の物資を調達した時点で、当初の逃走ルートから離れた篭城ポイントまで一気に移動し、敵が来るまでにトラップと閉鎖を完了。
それをしつつ、メインサーバを攻撃・占領しながら、上手く設備を使いつつデータルームまでのルートを確保、そして物理破壊。
全て、上手くいけば、の話ではあるが、一番現実的に近い理想作戦ではある。
悠子と香奈子のチームとは別れ、俺と柚希菜はビーグルで、可能な限り遠くまで行ってみる。柚希菜の近距離レーダーと状況把握能力があれば、その可能な範囲も広がるからだ。
「右が警備の備品室です。」
何よりも地図があるのが有難い。香奈子達はノート端末にそのデータをコピーして使っているが、ナビゲーションは手動だから、柚希菜が居るより手間が掛かってる筈だ。だから、余り遠くには行かず、手短な場所で使えるものを探しているだろう。後はタイムリミットまでに集合ポイントへ移動して、合流後に篭城場所へ移動すればいい。
俺はビーグルから飛び降りると、柚希菜から仕入れたパスコードを入れてドアを開ける。その間、柚希菜はビーグルの運転席で待機だ。
流石、と言うべきか。備品室は綺麗に整頓されている。殆どが鍵が掛かった棚とかだが、銃尻の物理的破壊には抗しえないだろう。
まるで強盗の様だ。
余計な怪我を増やさない様にしながら、ガンガンと手当たり次第に壊していき、ガラス面を破っていく。
開けられるものは全て開けて、使えそうなものを手短な袋に詰めていく。
予備の弾奏、手榴弾、C4爆薬と点火プラグ…警備室に置くには結構物騒なものまであったりする。いや、企業で、と言う以前にここが日本国内かと疑ってしまうくらいのものが揃っている。
テグス糸、強化チェーン、工具もある。これだけあれば、トラップ仕掛けるのも楽かもしれない。
余り欲を出して持ち運べなくなっても仕方無いので、適当にここは引き上げる。多分、既にセンサーに引っ掛かっている筈だ。
急いでビーグルに戻って、運転席の柚希菜と代わる。
「次は?」
「50m先に薬剤保管室が在ります。」
タイムリミットの時間。余り間を置かずして、悠子達と合流出来た。来なかったら、と考えると背筋が寒かったが、無事である様だ。
「戦果は?」
「これだけ。足りるかしら?」
流石に広い範囲に渡って移動してた俺達に比べれば少ないが、それでも十分な量と種類があった。
「多分、大丈夫だろう。」
「ならOKね。先に行って。後ろを付いて行くわ。」
「2台で行くのか?」
「1台は封鎖用で使えるでしょ?」
「確かに。」
サーバのプログラムは、冷静かつ端的に答えを繰り返す。
『敵の目的が不明。データ不足。現状では対処のみ。』
「役に立たん!実用的では無いぞ!?」
今や敵扱いしている開発主任に文句を言っても仕方が無い事とは言え、河田は文句を言わなければ気が済まない程に激昂していた。最新の戦術システムを使っているにも関わらず、素人でも分かる様な答えしか出てこないからだ。
「げ、現時点では“敵”は軍隊の設定になっている模様なので…その、こういったゲリラ戦には…」
「分かっておる!言ってみただけだ!」
言い始めた時に、その指揮官も余計な事と気付いたのだが遅かった。怒られ損である。
「相手に時間を与えてしまうが、取敢えずかく乱元を全て消去法で潰して行け!地上ルートを抑えていれば、兎に角ここからは出られない筈だ。」
「はっ!」
河田のモニターの前には、点在している要所要所に敵の存在を示すセンサーの表示が所内の様々な所に散らばっている。
研究室、ダクト、倉庫、警備室、備品室、一般職員仮眠室、果ては女子トイレまで。どう考えても、敵の数は4でなければならないのに、センサーの結果は20を超えていた。
この中の殆どがダミーの情報である事は確実である。悠子と香奈子が備品集めに走っている間に、その情報を流していたからだ。
「…確かに内部からの攻撃には弱いからな。システムの盲点ではある…」
仮にスパイが潜り込んだとしても、単体での戦闘力は高が知れているので、大袈裟な防御システムを構築する事は無い。その分を外部からの侵入に対する為に労力を使うのが常ではある。
河田は短くなった煙草を灰皿に捻り込ませ、手前にあるキーボードを引き寄せて、ややたどたどしくそれを打っていった。
『敵の目的を推測。』
『目的推測。
1:かく乱そのものが目的
2:時間稼ぎ』
『2:時間稼ぎの詳細。』
『目的推測、詳細。
1:援軍の到着
2:各個撃破
3:トラップ作製
4:篭城準備
5:その他の目的』
「…なんだ、その他と言うのは。戦術システムで不明瞭な答えを出すとはな…」
正直、苦笑ものだ。同じ意見なのか、隣に立っている指揮官も明確な表情では無いにしろ苦笑している。
『5:その他の目的、詳細。』
『目的推測、詳細。
当初目的そのものを変更。撤退作戦を中止し、攻勢へ。
例:施設全体の破壊。』
「…バカバカしい…たった4人でか?」
この巨大な施設を破壊するには莫大な機材と爆薬が必要になる。それに敵が存在してるし、その戦力差は3417:1と圧倒的だ。しかも、施設を破壊すれば、自分達もろとも海の底である。壁や天井は強固に作られているので、それも在りえない。
そうこう考えている内に、モニターに表示されたセンサーの点は半減していった。
「まぁいい。数もこちらが多い。しらみ潰しにすれば、おのずと答えは出てくるだろう。MA型の稼動状況はどうだ?」
「は、良好です。予想値通りの動きを出しております。」
「ふむ…」
MA型の所在地が黄色の点でモニター上に示されている。他の一般兵や警備員に比べて動きも早ければ、合理的にダミー情報の周辺を捜索していた。
「まぁ、技術者としてはやはり優秀だった。惜しいとは思うがね…」
過去形を強調して、河田は椅子に深く座りなおした。
「ここは?…まぁ見ればある程度分かるが…」
「見たとおり、図書資料室よ。出入り口は3つ。中央のデータベースに繋がっている回線もあるわ。」
確かに見た通りではある。極秘とされている研究施設ではあるが、その様相は一般の図書室となんら変わりは無い。本棚が並び、勿論その中には本が並べられている。
だが、そういう事では無く…
本棚が並べられており、広い空間と言えるのは出入り口付近と、貸し出しチェックをするのであろう司書の受け付けくらいだ。緊急時でもあり、室内は暗い。
確かに守るにはこういった見通しが悪い場所で、相手が攻め辛くはあるだろうが、逆にこちらも脱出する際には邪魔なものが多い。
「だから、退路の確保とトラップ仕掛けるのが最優先よ。ほら、動いた動いた。」
俺が怪訝な目で辺りを見渡していたら、香奈子がまるで俺の考えを見透かす様にそう言ってきた。
「あ、ああ…」
それに対して曖昧な返事しか出来なかった。香奈子は気に止めるまでもなく、さっさと自分の役割を果たす為に司書のカウンターの方へと小走りした。
俺は柚希菜と二人で、その場に山となっている資材を使って言われた通り、退路の確保とトラップの作製に移る。
「さてと…」
危機が迫っているのは十分に分かっているのだが、それらを目の当たりにして途方に暮れる。
何せ軍隊の経験も無ければ、特殊部隊なんてのはもっての他、経験ゼロである。それなのにトラップを仕掛け退路を確保とは…。今更になって困り果てる。
「えっと…秀明さん?」
「ん…あ?」
「そこにある、ニッパー…それと針金、ニトロ、小麦粉を取ってくれませんか?」
見れば柚希菜は既に自分の前に色々と置いて、何か作業をしている。
「…料理でもするのか?」
「あはは、そう考えれば楽しいかもですね?」
屈託の無い笑顔でそう言われても困る。
「兎に角…俺は詳しく無い。教えてくれないか?」
分からないからと言って、そのまま柚希菜だけに任せているのも悪いし、何より効率が悪い。ある一定数だけ作っておけば、後は彼女一人でも十分にこなせそうだ。
俺は言われるままに作業を進めていって、出来上がったものを予定の配置に持っていけばいいだろう。
…それにしても。
今更とは思えるが、ふと冷静に自分の立場と言うものを返り見てみる。
良くもまぁここまでしぶとく生き残っているものだ。運が良かったとした思えない程だ。
悠子と香奈子と言う二人がもし居なければ、確実に俺と柚希菜はまったく別の所に居たかもしれない。だが、何もかもが幸いしたのか、今こうして二人で…物騒ではあるが…一緒に居る事が出来る。
このまま運が続けば、地上に戻れ、また隠遁かもしれないが生活は続けていけるかもしれない。
逃げ続ける生活は余り嬉しくは無いが、死ぬよりはマシだろう。
しかし、それはあくまでも俺の考えだ。
この娘は…どうするのだろう?
「なぁ、柚希菜。」
「はい?」
「もし、もしもだ。全てが上手く行って、地上に戻れたら…柚希菜はどうするんだ?」
こんな事を言うのはおかしいとは思いつつ、やはり聞かずには居られなかった。
「…どうして…そんな事聞くんですか?」
半ば予想通り、柚希菜は作業を続けながらでも、俯いてしまった。やはり口に出すべき事では無かったかもしれない。
「…いや…ごめん。」
考えてみれば分かる事だ。彼女が今どういう立場にあるのかは、俺と出会う前から変わって無い筈だ。それなのに、俺はよりにも因って。
「…私には、もう行く場所なんて何処にもありません…」
「ごめん…」
謝る事しか思いつかない。出来るのであれば、自分の迂闊さにここから離れたくもなってしまう。
「秀明さんは…迷惑、ですか?…そうですよね…」
柚希菜の手も既に止まっている。完全に俯いてしまい、その表情も髪に隠れて見えなくなってしまった。
「馬鹿!な、何を…」
今更…。
何とかその言葉は飲み込んだ。今更、では無い。結果としてこうなってはいるが、それは自分の選択でもある。何かに無理矢理にこうさせられた訳でも無く、最終的には自分で決めた事だ。
やや強引であったとしても、それは変わりない筈。
「その…なんだ…。ゆ、柚希菜さえ、良ければ…だな…」
迂闊だけじゃない。自分の未熟さを思い知らされる。こんな事はスラっと言えるくらいに覚悟は決めていた筈だ。なのに口篭もってしまうなんて。
「一緒に、だな…まぁ、何と言うか…」
手に持っていた工具を置き、訳も無く鼻の頭を掻きながら顔を背ける。彼女の姿を見る事が出来ない。
「秀明さん…私…」
気が付けば、彼女も作業を止めて何時の間にか俺の目の前に顔を近付けていた。
この先は考えるまでも無いし、言葉を求める訳じゃない。
端から見れば下らないかもしれないが、俺は…いや俺達は至って真面目に。
「…柚希菜。」
「最初に言った通りです。私にはもう、秀明さんしか…」
掛け替えのない存在、と言うのを初めて知った気がする。
こんな事をするのは何度目かにはなるのに、何時も何かしら新鮮な気持ちにさえさせられる。
陳腐な言い方かもしれないが、彼女のしっとりとした唇には暖かみと想いがちゃんと篭もっている。
こんな一瞬の為に、身体を張るのも悪くない生き方だろう。
「一緒、だな。」
「はい!一緒です!」
涙が零れそうな笑みを、俺はもう一度ゆっくりと抱き寄せる。
「悠子博士…青春って何歳までですか?」
「青春は年齢では無い、と昔の詩人は言っていたわね。私に当てはまるかどうかは兎も角。」
「はぁ…」
正直、香奈子は「やってられない」と言う表情を顕わにしながらも、作業を続けていく。悠子も出来るだけ向こう側の二人とは別な世界に居ようと努力中だった。
「ま、悪い事は言わないから、人のモノは欲しがらない事ね。」
「えぇ〜、だって…ああいうの、羨ましいじゃないですか…」
はやり気になるのか、香奈子はもう一度二人の姿を見て、同じく溜息を吐いた。
「私も、あんなに大事にしてくれる人、欲しいですよぉ。」
「その内現れるわよ、多分。大体、このパス作ってくれた彼はどうしたのよ?」
「え?SEの直也君ですか?…最初だけですよ、大きな事言ってたの。」
悠子は香奈子から手渡されたパスコードを打ち込み、サーバへと侵入していく。目の前のモニターが数瞬点滅すると、設備内の監視モニターへと表示が変わった。
「どれくらい付き合ってたの?」
「えっと…一週間ちょっとかな?3日も経たない内に、甘えだしたから興冷め。」
香奈子の方は別のサーバへと入ったのか、悠子が見ているモニターとは別の表示がされている。
「さて、経路算出と、柚希菜用の侵入コードの作成ね。バックアップは終わった?…でも彼には感謝しなくちゃね。」
「了解。あと、数ブロックで終了です。…いいですよ、感謝なんてしなくて。私と寝れただけでもお釣りが来ますよ。」
「ふふ、貴女らしいわね。…さて、向こうも大体終わりそうだから、こっちも急ぐわよ。」
こんな時にどうかとは思うが、それが余裕なのか、それとも単に集中力が無いのかは分からない。
壁の向こうには自分の命を奪うだろう存在があるかもしれないのに、さっきから俺は柚希菜の顔を見る度に顔が紅くなってしまう。それは柚希菜も一緒だった。
セイフティを外し、思ったよりも軽いトリガーを握っていても、中途半端な緊張感しか持てなかった。
「じ、10時の方向からMA-A型3番が接近中。う、迂回路は左へ。」
それでも、ややどもりがちではあるが柚希菜はちゃんと自分の役割を果たしている。俺もそんなにウカウカしては居られない。
「…意外と困難ね。」
「正面切って行くよりはいいでしょう。」
悠子の愚痴も分からなくは無いが、答えた通り、スペックが遙かに常人を越えたものを正面から相手にする奴は居ないだろう。
小説や映画であれば、そんな派手な場面も必要だろうが、流石に自分と他の人間を巻き込んでまで派手さを求めようとは思わない。
ただでさえ、普通の警備員に混じり、プロの軍人が居るのだから危険は避けて然るべきだ。
「次は?」
迷路の様になっている通路の十字路に来る度に、彼女に確認していく。
「そのまま直進…ですが、右手から警備員が二人来ます。」
俺は小さく頷くと、背負っているリュックから自作の煙幕弾を引っ張り出し、ライターで点火する。
…4、3、2…
心の中でカウントし、彼らに見付からない様に、静かに投げ出す。
そして咄嗟に壁に隠れると、ボシュっと言うやや派手な音が耳に届き、独特の匂いが漂ってきた。
「走れ!」
言うと同時に柚希菜の腕を掴み、言われた通りダッシュで直進する。足音を確認して、悠子と香奈子がちゃんと付いてきてるのも同時に確認した。
地道だが、これを何度も繰り返す事で、目的の場所まで無傷で行けるかもしれない。運が良ければ、だろうが。
後は、外からの支援が上手く動作すればいいのだが…。
一人一つの机と端末があるにも関わらず、そのオフィスに居る人は全て1台のモニターの前に集まっていた。野次馬を含めて数十人も集まっている姿は、ケーキに群がる蟻の様だ。
注目されているモニターには、膨大なデータを受信しつつも、何とかその端末の能力で発揮出来る限りのブラウザを表示している。
「次、だ。」
昼行燈の集積地と言われているこの陽立エンジニアリング企画開発室第3課の長である課長は、冷静沈着をモットーとしていたが、流石にこのデータを見て手元が震えている。
興奮の為か驚きの為か、やたらと喉が乾く所為で、データを見ても何の事やら分からない女子社員を横に常駐させ、何度もコーヒーのお代わりを頼んでいる。
「…っ!何だこれは!?」
課長の他に唯一声を出せる人間は、この端末をオペレートしている担当だけだ。他の人間は、ただ固唾を飲んでモニターを見るだけで精一杯だ。
マトリックス状に複雑に絡み合った情報ページを捲る度に、常識を越えたものが画面に映し出されていく。
遺伝子工学、人間工学、神経生理学、神経情報学、コンピューティング理論、量子物理、果ては戦略・戦術理論まで。
漏洩文書よろしく、そのデータの一部は削除されている。特に設計部分は大幅に削除されているのは、課長にとっては大きな痛手だ。
だが、そうした歯抜けの情報でも、河崎重工とGM社がとんでもない事をしていた事は十分に分かった。
「に、人間改造っすか…仮面ライダーの世界、だな。現実になるとは…」
「笑えんジョークだな…」
数々の科学専門誌や学会発表などで、そういった類の事は理論的には可能“かもしれない”と予想はたっていたが、実際にそれを行っている事を目の当たりにすると、寒々しいものすら感じる。
何の冗談だ、とも最初は疑ったが、このデータを見る限り、妄想癖のある誰かが生み出したものでは無く、現実の産物である事は疑いようが無いくらい綿密なものだ。
「でも…この情報が漏れているって事は…」
「あぁ、そうだな…。大変な事になってきたぞ。」
担当は、課長が何を言いたいのか分かったのか、何も言われないままに一端ブラウザを縮小し、別のアプリケーションを開いた。
“Trafic Information”と書かれたタイトルのウィンドウが全画面に開き、日本地図をベースとしたネットワーク網が無数の線で埋められている図を瞬時に描き出された。
数瞬の沈黙の後、アクセス中と思われる回線が赤い点滅線に書き直されていくが。
「…やはりな。鼻が利く連中と言うのは多いものだ。」
情報源である河崎重工の本社の位置は、判別が出来なくなるくらいに赤の点滅で埋められている。課長は呆れると共に、冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「よし!乗り遅れるな!我々も攻めるぞ!」
サーバ管理室の3人の顔は青ざめていた。
普段外部ネットワークとの接続は、特殊アカウント以外は開かない筈のものが、一瞬にしてこじ明けられているのだ。
接続先がGM社本体以外は全て弾き、また侵入を試みたログは全て警告として表示されるシステムになっている。当然、そのシステムは開発者に従順であり、今もってしても警告を出し続けている。
だが、三人の前に置いてあるモニターは、人が読める早さなどを無視し、凶悪な文字スクロールを延々と繰り返していた。警告音に設定しているサウンドも、処理が間に合わず既に音さえ出せない。
余りのスピードに記録用のレーザープリンタもあっと言うまに紙切れをし、今はもう沈黙している。
管理者3人は成す術も無く、既にキーボードから手を離していた。コマンドを打ち込める隙すら無い。
「ど、どうしよ…」
「…あと数パーセントで、パンク確定だな。」
「あちゃぁ、内部にまで食い込んできたよ…。だから、物理的に切り離そうって進言したのに…」
「うわぁ!CPU Usageレベルが全部100越えてるよ?初めて見たよ!」
「ダムと一緒だな。小さな穴が致命傷になる…」
「って、お前何してんの?」
「…俺は逃げるよ。もうここはダメだろ。」
「お、その手があったか!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、俺も!」
『警告:内部ネットワークに侵入者。ネットワークを物理破壊。これより自閉モードに移行。作業員は速やかに退避せよ。』
「これにより、処理能力が40%までダウンします!」
「Dorisの一部機能不全!」
「稼働中6機とのコミュニケーションに支障発生!」
「河田部長、本社より電話です!」
一定以上の怒りが湧いてくると、逆に人間冷静になれるらしい、と河田は改めて実感した。今なら起こっている状況が冷静に把握出来る。
こんな緊急時に、わざわざ電話を寄越す幹部連中にすら、笑って許せるくらいにまでなった。
落ち着いた仕草で受話器を受け取ると、咳払いをしてから落ち着いた声で応える。
「河田です。申し訳ありません。」
それだけを言い、相手の名前すら確認せずに、受話器を下ろした。
「少佐、緊急マニュアルに従い、関連書類と設備を消却及び破壊し、速やかに部下を連れてGM本社へ帰還してくれ。ご苦労だった。」
「…」
「私はマザールームへ行ってくるよ。」
河田は苦笑を指揮官に向け、一気に老け込んだかもしれない顔を手で拭うと、大きな溜息をその場に残して、重々しく部屋を出ていった。
少佐も同じく溜息を履いて、
「楽な仕事だと思ったんだがな…」
誰にも聞こえない様にぼやいた後、学生よろしく椅子に逆向きに座って、煙草を取り出した。
「稼働中のDoris達をベットルームへ帰還させろ。揃い次第、全消去。展開中の部隊全員に命令変更、命令66-Cで撤収作業を開始、痕跡を残すな。以上。」
言い終わると同時に、気怠くジッポをつけて煙草に火を灯す。
「次の仕事、何処かなぁ…」
もうギャンブル関係は無理だな、とつくづく思う。ここで一生、いや三生くらいの運を使い果たしたかもしれない。
MA型とか何かが動きを止めた瞬間に、一気にダッシュしてマザールームに到着する事が出来た。
入室すると同時に、ドアの横に隠れて柚希菜のレーダー報告を固唾を飲んで見守っていたが、どうやらこちらに近づいてくる気配が無い。
4人とも、ここまでの疲れが一気に襲ってきたのか、壁に背を垂れかけてズルズルと座ってしまう。
「軍人を…尊敬するよ…」
このクソ重い装備を平然と持ち歩き、森林や砂漠みたいな悪環境の場所で、自分の命を削りながら敵を倒していくのだ。会社で、徹夜までして会議をするのとは訳が違う。
「まだ、終わってないわ。柚希菜ちゃん、こっちへ。」
誰一人として居ないマザールーム。元から配置されていないのか、はたまた騒ぎで逃げ出したのかは分からない。
流石に悠子も疲れが表に出てきており、多少フラフラとしながらも端末の前に柚希菜を連れて行く。
3世代家族の家で使う大型冷蔵庫の様なコンピューターが整然として並んでいるこの部屋で、その場所だけぽっかりと空いている小さなスペースに、ちょこんと1台の端末が鎮座している。
悠子は何かしらのカードリッジをその端末に差し込むと、二股に別れたケーブルを柚希菜と香奈子が持っているノート端末へとそれぞれ繋げた。
「柚希菜ちゃん。香奈子が指示を出すからその通りにやってみて。」
「あ、はい…分かりました。」
「その…かなり負担が掛かるわ。無理しちゃ駄目よ?苦しかったら、ちゃんと言うのよ?」
まるで母親の様に心配した顔を柚希菜に向ける。
「…はい。」
柚希菜も覚悟を決めたのか、珍しく生真面目な顔をして、ゆっくりと頷いた。
「じゃ、行くわよ…」
香奈子も真撃な顔になり小さく息を吐くと、何かのコマンドを打ち込み、強くエンターキーを押した。
瞬間、端末の画面がブラックアウトしたかと思うと、ブルーバックの画面が数回点滅してから、元の画面に戻った。だが、柚希菜の体は大きく跳ね上がり、床に倒れてしまう。
「柚希菜っ!」
「柚希菜ちゃんっ!」
慌てて柚希菜を抱き起こし顔を覗くが、幸い気絶はしていなかった。念の為、顔と頭を見渡すが、怪我や流血はしてない様だ。
「す、すみません…油断してました。」
とは言え、顔色が一気に青ざめているのと同時に、見ても分かるくらいに震えている。悠子の言っている「負担」が、予想以上のものなのだろう。
出来るなら変わってやりたい所だが、俺がここで出来る事と言うのは無いだろう。
「柚希菜、立つのが無理ならば、座って…」
「いえ、立たないと集中できないから。」
今の一瞬でどれだけ体力を消耗したのか分からないが、見違える程に弱っている。
「余り無理を…」
「大丈夫です。…秀明さんが、支えてくれるなら…。」
弱々しくも、健気に無理矢理笑顔を浮かべながら上目使いで柚希菜はか細くそう言ってきた。それが彼女の覚悟なのか、俺は何も言わずに小さく頷き、彼女を立たせた。
またしても二人の視線が気になりはするが、ここは敢えて無視するに限る。柚希菜の後ろから、しっかりと支える様に抱きかかえた。
「秀明さん…」
「…ん?」
「終わったら…また、こうして下さいね。」
そんなに長い付き合いじゃないとしても、柚希菜がどんな顔をしているのかは容易に想像出来た。だが、後ろから抱いているので、その顔を確認出来ないのは残念だ。
「あぁ、飽きるくらいしてやるよ。」
「…頑張ります。」
その言葉と同時に集中を開始したらしい。さっきは気付かなかったが、彼女の頭の周辺で、機械独特の高周波の音とジリジリと何かがスパークを起こしている様な音が聞こえる。
香奈子にもそれが聞こえたのか、心配そうな顔を彼女に向けたが、直ぐにモニターの方へと向き直った。
「接続開始。」
その香奈子の声が出ると同時に、柚希菜の体が跳ね上がるが、俺はそれを必死に押さえ込んだ。
モニターのブルーバックの画面は瞬時に数々のウィンドウが開き、それぞれが目にも留まらぬ早さで次々と処理されていく。
「う…ぁ…ぁ…っ!」
余程の負担なのか、柚希菜の口から呻き声が漏れる。
「防壁展開数85万4600、内突破数58万9340。疑似コードの有効まで、あと500。」
「負担率がギリギリね…自分の設計が恨めしいわ。」
悠子も香奈子も、対処しうる限りの対抗策をしているのか、モニターを凝視しながらキーを乱打していく。
…パシュっ!
そんな音が弾けると共に、柚希菜の体から静電気が一気に流れ込んできた。同時に、直接触れなくても分かるくらいに、頭が発熱してきている。
「うぁあ…ぁあっ!」
「おい!まだかっ!?」
「もう少しよ!」
こんなに熱と静電気をため込んでいたら、処理よりも身体が持たなくなってしまう。
「あと220!」
「占領エリアを使って、ブーストさせて!」
「はい!」
…ジっ!パチィッ!
放電が繰り返される度に、俺の体もろとも跳ね上がってしまう。冬のセーターの静電気に比べれば、遙かに高い電圧が掛かっているのだろう。
それでも柚希菜から離れる訳にはいかない。これ以上アースが弱まったら、彼女自身の体を焼き尽くしてしまうかもしれない。
「ま、まだかっ!?」
「あと50!」
「負荷率103.5%!もっとブーストさせて!」
ダメだ、ギリギリ過ぎる!既に溜めきれなくなった静電気が、柚希菜の髪を通じて空中へと抜けていっている。
放電する度に針の様に尖った髪が四方八方へと跳ねていく。俺の頬にも何本か掠ると同時に、薄皮を破っていってしまった。
「ああぁああああぁっ!」
「あと10!7!…5っ!」
「お願い!保ってっ!」
まるで蘇生措置の電気ショックを連続で受けている様な感じ。柚希菜の叫び声だけで耳が埋まり、悠子と香奈子の声さえも届かなくなってきた。
痺れの所為で心臓の鼓動さえも不連続になってきた所為で、正常な考えが出来なくなってしまっている。そんな薄らいでいく意識のなか、もしかしたらここで終わりかも、等と言う馬鹿げた考えが浮かんできた。
今までがラッキーすぎたのかもしれない。本来であれば、鉛弾に蜂の巣にされていてもおかしくはなかった。ここで終わるのが、逆にいきすぎた事なのかもしえない。
ふと悠子と香奈子の二人を見ると、二人ともこちらを見て、そうまるで止まっているかの様に、非常にゆっくりした動きで何かを叫んでいる。だが、もう耳には何も聞こえない。
もしかしたら何かの話に出ていた様に、終わる瞬間と言うのはこんなにも時間に余裕が出来るものなのだ、と実感している瞬間かもしれない。
お陰で、色々と思い返す事が出来る。
新宿と言う、極々普通の場所での、余りにも唐突な出会い。俺はたまたま飲み会を抜け出してきただけなのに、あの瞬間から柚希菜と一緒になる事になってしまった。
家が無くなり、会社さえも辞め、挙げ句の果てにはお尋ね者になりながら命さえ狙われ、生まれて初めてと言えるくらい車で日本の様々な所へ逃げ隠れて…。
良くも悪くも、普通に生活していれば味わえない事だ。
巨大企業の陰謀などとは、同じ世界であっても、まったく別の世界の話と同じ事だったろう。
だけどまぁ、今さら悔やむ事も無いだろう。
少なくとも、普通に生活していたら、こんな可愛い子を抱きながら終われる事は無かっただろうから。
…パシュっ!…ゥゥゥウウン…
「突破!」
「イントルーダー起動確認!」
急激に静寂へと戻る部屋に木霊する悠子の声。そして、よろめいた自分の体を本能が半ば無理矢理に立て直そうと踏ん張った足の重みで、我に返った。
同時に、力抜けた柚希菜の体重がどっと押し寄せてきた。
有り難くも、これが現実である。
「柚希菜…」
「あ、あは…ひで、あきさんの、からだ…冷たくて、きもち、いい…よ…」
さっきに比べてればまだマシにはなってきたが、柚希菜の体はまだ放熱が続いている様だ。その所為で、同じく熱くなっている筈の俺の体でさえ、冷たく感じるのだろう。
「香奈子、生体チェックを。」
「はい!」
普段の、どこかおちゃらけた風な香奈子も、この時ばかりは真剣な顔で柚希菜と俺の方へと駆け寄ってくる。
後は自動的にプログラムが走っているのか、香奈子は柚希菜へ繋がっているコネクタを差し替え、診断プログラムへと切り替えた様だ。
「秀明君、そのままゆっくり座らせて。」
「あ、あぁ。」
言われるままに抱きかかえたまま、冷えた床に座らせる様にゆっくりと降ろしていく。
「流石に消耗が激しいわね…博士。」
「ええ。」
予め用意していたのか、悠子は薬瓶に注射器を指して準備していた。
「それは?」
「特殊プロテインよ。」
簡単に説明して、ぐったりとしている柚希菜の左腕にゆっくりと注入していく。
「これで少しは保つわ。後はイントルーダーが終了すれば、全て終わりよ。」
端末のモニターを見ると、順調に作業が進んでいるのか、複数のウィンドウで進行状況がサクサクと進んでいる。これが終われば、この一連の出来事にも一応終止符が打たれる事になるのだろう。
大抵、その「最中」と言うのは長く感じたりするのだが、こうして過去の事になると、あっと言う間に過ぎ去った様にさえ思える。
それと同時に、ここまで生き残った柚希菜と自分に、悪運の強さを感じてしまう。
思ったよりも現実は甘く出来てるんだろうか…。
「所で…何を走らせているんだ?」
別に聞かなくても良かった。ある程度は予想はしていたが、やはり科学者と言うのは何を考えているのか分からないと言うイメージがある。一応聞いておくに越した事は無いだろう。
「データの改竄と、これにアクセスした端末にウィルスをちょっとね。こういうデータや資料は消すに限るわ。」
確かに同意見だ。だが、一度こうした研究が行われ、それなりの結果が出てるとなると、似た様な研究や開発をしている所は出てくるだろうし、後を絶たないだろう。
造っていると言う事は、必要が出ているからなのだろうから。
柚希菜はこれで助かるかもしれないが、そう思うと少しばかりやるせない気持ちにさせられてしまう。
「他は他人事…とは言い切れないわね、もう。ついでに似た様な開発や研究がなされている場所へのソナー役も入ってるわよ。」
心を読まれている様で少し驚いたが、悠子は複雑な表情でそう答えた。彼女も思う所は一緒なのだろう。
兎も角、これで一つ終わったからといって、他にやる事が無い訳でも無いらしい。
もっとも、終わった後に社会復帰が出来る訳でも無く…自然とやらなければならない事が出てきた、と言うものだろうか。
まぁ今は取り敢えず、この処理が終わるのを。
「…待つだけか。」
「いや、その必要は無い。」
聞き慣れない事。だが、一度聞いただけで特徴のあるその声はよく覚えている。もっともそんなに日も空いた訳じゃないので、まだかろうじて残っていただけかもしれない。
声を聞いて咄嗟に判断し体を動かそうと思ったが、お約束な事に銃は手元から離れた場所にある。映画とかで良くあるが、実際に自分がそれをやってしまうと情けなくさえ思う。
それでも悠子は銃に飛びつくように走ったが、その銃を取った段階で偉いオジサンに止められてしまう。
「一応訓練は積んであるのでね。君が撃つ前にそこの二人の頭を貫く事ぐらいは出来るのだよ。」
どうやらオジサンは、床に座っている柚希菜と俺の事を言っている様だ。確かに、あの位置からだったら、比較的容易く俺達を撃ち殺す事は出来そうだ。
「そうならない事を祈るよ…」
何時になったら、危機は抜けられるのだろうか…。
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この物語はフィクションです。
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それらを含めた全ては、実存のものとは一切関係有りません。
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