KISS YOU

第二部:21TH CENTURY FLIGHT

第一話:恋してるとか好きだとか

斉東 深月

「ねぇ?」
「ん?」
「あたしたちって・・・何なのかなぁ・・・」

最近、シンジが返答に困る問いかけだ。
ちなみに今は、電話で会話中のふたり。

「何・・・って、そりゃ、あの・・・・こ・・・・・こいびと・・・・・・じゃ、ないか、なぁ」
「え?」
「だ、だから・・・その・・・・・こいびと・・・・・」
「何ですって?」
「ほら、お互い好きだって言ってるし、デートもするし、誕生日にはプレゼントだって贈るし、その・・・・キスだってするし・・・・・・・やっぱりこれって、こいびとってことじゃあ・・・・・」
シンジは内心「もう勘弁してくれ」と思っている。この先の展開が悲しいほどに読めるからだ。
「ほぉお、こいびと。こいびと、ね。恋人?愛人?ラヴァーズ?ラ・マン?イィッヒェ・リィイヴェ・ディィイッヒ?」
急加速で上昇していくアスカのテンション。シンジの心臓に疼痛が走る。
「・・・はじめて知ったわ・・・」
不機嫌交響曲の最終楽章を、そう締めくくって、アスカは電話を切った。

受話器を置いたシンジは、そのままずるずると座り込んだ。
最近のアスカとの電話は、たいていこういう終わり方をする。
理由は判っている。判りすぎるほどに判っている。
どうにかできれば、そうしたいよ・・・。
その想いは、シンジの言い訳でもある。

互いの想いが通じ合ったあの一日から、もうすぐ2年になる。
しばらくは、穏やかな日々が続いた。
たまの些細な諍いも、暖かく受け止めることができた。
が、最近感じられる、いくつかの「きしみ」がふたりの「ずれ」を作っていった。
ひとつは、ふたりが逢う機会が減ったこと。
暇な高校生だったシンジは大学受験が近づくにつれて、忙しくなってきたし、もともと多忙だったアスカは、地位が上がるにつれ、より忙しくなっていた。
その状況下で時間をやりくりして逢っていたふたりだが、ここ3週間ほどは、顔も合わせていない。
電話だけは欠かさないようにしているが、互いの顔が見えないというのは、何ともやりきれない気分になる。
そして、もうひとつは。
シンジがキスから先に進まない、ということ。

この2年間、その機会はいくらでもあった。
アスカにしてみれば、互いの気持ちははっきりしているのだから、当然そうなって然るべきだ。と、思うところもある。少なくとも、停滞を感じている。
シンジもそう思うし、アスカの考えを把握してもいるのだが、どうしてもできない。進めない。
過日、アスカが常識外れなほどに、挑発的な格好をしてデートをしたことがあったが、シンジは脳下垂体まで真っ赤になったまま、周囲の男性が鼻周辺を血まみれにするだけに終わった。

シンジにとって、アスカとキスをすることに何のためらいもない。
口にするのは、未だに気恥ずかしい「好きだ」という想いを、限りない純度で表現する行為だ、と思っている。
が、その先の行為について、シンジは「愛情」を感じることができない。
シンジに見えるのは「獣欲」だけだ。
今のシンジにとって、それは、アスカへの想いを濁す不純物以外の何物でもない。
自分の心の内に住まう「炎でできた一匹の犬」に気付いているからこそ、それを飼い慣らしたいと思う彼だった。

電話を切ったアスカは、傍らのクッションを蹴飛ばして、己の心を鎮めようとしたが、蹴飛ばした瞬間ですら気休めにもならないことを自覚していた。
全てはシンジに原因がある。
そう思った時点で、アスカは陥穽に落ちている。
そのことだけは、自覚できなかった。

「で、結局伝えずじまいだった、と」
半ばあきれる風に、彼女は呟く。
「・・・・・・・うん・・・・・・・」返事をするアスカの表情は、彼女が今まで見たことのない類いのものだ。
惣流・アスカ・ラングレーという少女をかたち作る、生命力、力感、覇気。そういった要素が悲しいまでに萎れている。
『重傷、だわねぇ・・・』咥えた煙草を上下に揺らしながら、彼女は考える。
何とか有効な助言のひとつも。と思うが、彼女とてアスカより5歳の年長に過ぎない。加えて恋愛経験もそう豊富とも言えない。
とはいえ、同僚の危機だ。捨て置くわけにもいかない。
「とにかく・・・碇君、だっけ?彼には伝えてないのね?」
「・・・・・・・言わなきゃ、とは思ってたんだけど・・・つい・・・・・」
「いいの?」
「え?」
「言いたいこと言わずにいて。今度また必ず逢えるって、誰が保証してくれる?」
「それは・・・そうだけど」
「もしこのまま死に別れでもしたら、どぉすんの?化けて出られるって保証すらないのよ」
かなり極端な比喩だが、『なに、ショック療法ならこれくらいが妥当でしょ』と、彼女は思っている。
その極端さが、今回は図に当たった。アスカがその仮定を脳裏に再現してしまったからだ。
『・・・このまま・・・死に別れる・・・・・シンジと・・・?』
その総毛立つまでに不愉快でおぞましい想像を打ち払うのに、今のアスカには少なからぬ努力が必要だった。常のアスカなら、「なぁにバカなこと言ってんのよ!」と、鼻先で吹き飛ばせるものを。
「嫌よ、そんなの。だけど・・・」その躊躇するアスカを見て、彼女は思う。
『しっかし、彼氏の方にも問題あるわねぇ。こんな上玉側に置いといて、手ぇ出さないってのもねぇ・・・』
「何も、今日明日すぐに解決するって問題じゃないじゃん。でも、伝えないと何にも始まんないね。たぶん」
今言えるのはこの程度、と彼女は判断した。無闇に焚きつけすぎても逆効果だし、何より、いざというときのアスカの強靭さに信頼を置いてもいる。
そして、アスカはその期待に応えた。シンジの言葉を思い出したのだ。
『伝えてよ、アスカ』
忘れてしまうところだった。あまりに日々の中に溶け込んでいたから、当然のように考えて、シンジが自分を受け止めようとしてくれることを自覚しないでいた。そうでいられた。
それはある意味幸福なのかも知れないが、アスカにとっては恥ずべきことに思えた。
シンジも受け止めたかっただろう。そして伝えたかっただろう。
それを、自分の都合で阻んできたのだ。
そう思うと、いても立ってもいられなくなる。自己嫌悪の暇すら惜しい。
アスカの、その目の光を見て、同僚は満足そうに軽く肯いた。
「いってらっしゃい」
「え?でも・・・・」
「いいってば。統括部長にはあたしから言っとくし。今日とあと明日。休んでいいよ」
きっぱり越権行為である。しかも、統括部長というのは、「金髪の魔女」こと赤木リツコである。
命知らずな同僚。ではあるが、彼女には勝算がある。
対外的には、血も涙も容赦もないと思われているリツコだが、理論的に説明すれば、話の通じない人間ではない。
そして何よりアスカがこんな状態のままでは、仕事に差し支える。
だから、言った。
「ほら、行ってきな」軽く笑って。
「ありがとっ!」言いながらアスカはもう背中を見せている。
「がんばってね」と、見送る彼女の瞳は柔らかい。が、その奥に狡猾そうな光が。
「だけどね、お姉ちゃん悪党だから、ちょっかい出しちゃう」
彼女は、作ったような艶めかしい声で言うと、「けけけ」と落差の大きい笑いかたをした。

「はい、碇ですけど」
「あ、えっと、碇シンジさん?」
「そうですけど」
「あぁ、あたし敷島っつって、惣流さんの同僚なんだけど」
「アスカの?」途端に声音が微かに真剣味を帯びる。敷島はその変化を感じ取り、好ましく思う。
「そ。でさ。今日と明日、アスカ暇になったから。もうすぐ連絡あると思うけどね」
「どういうことですか?」
「『逢いたい』って言うと思うから、逢ったげな。土日だし、問題ないでしょ?」
「いや・・・明日は模試が・・・」
「なに間抜けたこと言ってる!チギれ!ブッチギれ!そんなもん」声を荒げはしたが、本気で怒っているわけでもなかった。
シンジの知らない事情がある。ということを知っているからだ。
「いい?絶対逢うの。で、彼女の言うことをちゃんと聞いてあげて。で、君も、言うべきことはきっちり言うの。判った?」
「・・・はい」少し躊躇は見えたものの、シンジははっきりと答えた。
「結構。あと、最後にひとつだけ」
「何ですか?」
「言いたいことを伝えるって、それも大事だけど、『言いたくないけど言うべきこと』を伝えるのも、結構大事だったりするよ。んじゃ、また」
そう言って切れた受話器を見つめて、何ごとか考えるようにも見えるシンジだった。

アスカは走っていた。
後悔も、自己嫌悪も、そんなものは後でもできる。
しかし、今はそれよりもシンジに逢いたい。逢って伝えたい。
『あたしは、ぶつけるばっかりだった。それじゃあ伝わらないことだって、あるんだ』
抽象的な考えだったが、今のアスカにはそれで充分だった。
今、アスカを走らせるには。

<つづく?ここで?>


簡単に。とにかく簡単に。

お久しぶりデス。サイトヲでス。
いよいよ第二部が始まったりしたのでスが、連載ってことで、繋がりのある感じにしてみたデス。
オリキャラなんかも出したりして。当初の予定じゃシンジとアスカ以外には誰も出さないつもりでしたが、そんな形式でお話進める技量はねぇデス。

シキシマ「確かにね」
サイトヲ 「ナ、ナヌ?貴様どうしてここに?」
シキシマ「いいじゃん。この話じゃ、たいした出番ねぇでしょ?」
サイトヲ 「確かにそうだけどさ。あんた邪魔だし」
シキシマ「この先アスカを押しのけて、シンちゃん食っちゃうような展開なら、ちっとは神妙にするけどね」
サイトヲ 「読者の誰ひとりとして望んでねぇ。何よりオリがイヤ」
シキシマ「ちっ・・・」

さぁ邪魔者は消えたヨ。とにかくこれからも続くでス。年内に第2話を。などとムチャを言うヨ。
こんな盛り上がりに欠けるお話ではありまスが、おつきあいいただければ、ありがたいのデス。

19981205:ラヴ!



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