ループスライダー

斉東 深月


その遊園地は広いぶん、アトラクションが分散している。
そのため、人は多いのにどこか閑散とした空気を感じてしまう。
が、アスカはここが気に入った。
わざわざ休日に、人混みの中に入りたくなかったからだ。広大な敷地の開けた感じもいい。
そして、
横にはシンジがいる。

そう、横にいるのだ。ごく自然に。
機嫌を伺うような眼をして後ろを付いてくるのは昔の話。
表情も昔より、少しは豊かになった。もしかしたら背も伸びてるかもしれない。ちょっと高い感じ。
日を追うごとに、シンジの美点(もしくはそう見えるところ)を発見する自分を、嬉しく思ったり、少し照れたり。
だが、その気持ちに名前を付けることが今はできないでいる。
今は。

「思ってたより、広いわねぇ」これは照れ隠し。
「うん、なんか落ち着けるよね」
「落ち着いてどうすんのよ。遊園地よ、ここは。景気良く遊ぶとこなの。日頃のウサをキレイさっぱり洗い流す場所なのよ」
「日頃の、ウサ、ねぇ」
「そうよ。お気楽高校生のあんたと違って、こちとら労働者なんだから。パーっといくわよ」
ネコフェチやらアル中やらの嫁き遅れ上司たちとの日々は、かなりのストレスになっているようだ。
僕へのボランティアだとか言ってなかったっけ?
そんな不遜なことを考えながら、シンジは物珍しそうに周囲を見渡す。
あちこちにあるアトラクションは、知識として知っているものの、体験したことは一度もない。
高い鉄柱から、人の乗ったゴンドラが、正気とも思えない速度で落下する。
巨大な海賊船が人々を乗せて、盛大にグラインドしている。
ジェットコースターが、錐をもむような動きを見せながら、駆け抜ける。
どれもこれも、恐そうだ。
それが、シンジの正直な感想である。
そしてそれは、アスカが正確に把握したところでもある。
「恐いの?」探るような、弄ぶような、アスカの視線と声。
「な、何がだよ?」シンジの引きつる声を聞いて、内心好ましく思うアスカ。
実際、ここまで裏表のない、否、裏表の読み取り易い人間を、アスカは知らない。
権謀術数渦巻く職場で、大の大人を相手に陰険漫才を繰り返す日々。
国家レベルの様々な駆け引きにスリルを覚えたりもするが、正直疲れる。
そんな時、シンジが自分に向ける眼差しは、小犬のように柔らかく、邪気がない。
それは、心地よいものだ。
だから、心が沸き立つ。

「恐くないのね?」何かを含んで、念を押すような言い方だが、アスカは楽しくてしようがない。
「あ、当たり前さ」シンジの強がりは飽和寸前。
「ちょうど、あの乗り物が準備中よ。乗る?乗らないの?」アスカが挑発的に(というか挑発そのものだ)指差すのは、さっき見た落下もの。ゴンドラが地上で客を待っている。
「も、もし僕が乗らないっていったら?」いきなりあれはキツい。
「ひとりで乗るでしょうね、あたしが。乗らないの?」
「そんなことできる訳ないじゃないか。大丈夫だよ。乗るよ」既視感がシンジを襲う。
「乗りたくないの」
「そりゃそうだよ。第一僕には向いてないよ。だけどアスカひとりあんな高いところに・・・・」
ここで「他人の事なんて関係ないでしょ!」と一喝すれば、シンジの古傷は見事にえぐられるのだが、アスカはそんなことは知らない。シンジの顔をまじまじと見詰めると、にまぁっと笑みを浮かべる。心臓の弱い方には、あまりお見せできない類いの笑みだ。
「じゃ、決定。乗りましょ」心底嬉しそうに言うと、シンジを引きずっていく。

シンジの強がりなんか、見たくもない。可愛いけどね。と思う。
こいつの強さは、もっと別のところで出てくるんだ。とも思う。
だから、ここでは安心して悲鳴あげて怖がっていいのよ。
アスカならではのアクロバティックな思考だ。
そして数分後、シンジの悲鳴が垂直落下する。

「あーっははははぁ。あはっ、あははははははあー苦しい」
決してイッてしまっているわけではない。腹を抱えて笑っているのだ。
「そんなに笑うことないだろー」さすがにここまで笑われては、シンジも機嫌を損ねる。
「だって、だってさぁ、あーんなにオタオタするって思ってなかったんだもん。おっかしくって」止まらぬ笑いをかみ殺しながら言うアスカ。
ちなみに、ゴンドラに乗っているときのシンジの台詞を全掲載する。
「うわぁー、だいじょうぶかなぁ。故障とかしないのかなぁ。う、うわ、うわ、動いた。動いたよアスカ。上がってくよ。当たり前じゃないって、そんなだって上がってるよ。どうしようアスカもうこんなに高いよやっぱりやめようよ危ないよだってほら人があんなに小さいんだよまずいようわぁ止まった止まったよアスカ止まっちゃったよこんな高いところで故障したら大変だよアスカちゃんと動いて欲しいなぁちゃんと落ちてくれないとこのままここでって落ちるのこれ落ちちゃうのここから落ちて落ちてる落ちてるうぅぅぅあぁああぁぃぃいいいやだぁああああああああああああああ」
誰でも笑う。

時折思い出し笑いをするアスカと、まだ機嫌の直らないシンジが並んで歩く。
お互い「次は何に乗ろうか」と考えているのだが、見ている方向はまるで違う。
アスカはジェットコースターを見ていたし、シンジは観覧車を見ていた。
アスカはさらなる刺激を求めたし、シンジは一息つきたかった。
隣のアスカを見ると、興味深そうにジェットコースターを見ている。
このままだと、またなし崩しにあれに乗せられてしまうだろう。
そう思ってシンジが声をかける。「アスカ・・・・・」
「ん、何?」視線を戻してシンジを見る。
その瞬間。
気付いてしまった。

以前から悩んでいたことだ。
これが何なのか、気付きたかったし、気付きたくなかった。
気付いてしまえば、アクションを起こさなければならないからだ。
気付かないでいれば、隠していられる。何もしないでいられる。
だが、気付いてしまった。
伝えなければ。
でも、伝えられない。
伝えたいのに。
そう思う自分は確かにいるのに。

「シンジ・・・・・?」アスカが怪訝そうにシンジを見る。自分を呼んだと思ったら、真剣な顔で何かを考えている。
「どうしたのよ。突然?」返事はない。目はアスカに向けているが、何も見ていない。
何かを考え込む、何かに悩むときのシンジはたいていこうだ。アスカはそれを知ってる。
「ちょっとこんなとこで固まんないでよ。あーもう」とにかく落ち着ける場所に行かないと、話も聞けない。
「あ、あそこなら、いいかな」アスカが見つけたのは、さっきまでシンジが見ていた大きな観覧車だった。

「で、どうしたのよ、いきなり。何かあったの?話してちょうだい」
ゴンドラに乗り込むなり、アスカが詰め寄る。
「うん・・・・・・」思いつめたようにシンジが口を開く。
「何?」
「気付いちゃったんだ」
「気付く?何に?」
「アスカをどうしたいのか。どうして欲しいのか」
「カラダが欲しいとか?」うんざりしたようにアスカが聞く。
そういう視線には慣れっこだったし、シンジが303号病室で何をやったかも知ってる。
「あ、いや、そう思うことも、あったり、するけど、さ。そうじゃない。それだけじゃないんだ」
妙なところで正直なオトコね、と思う。
「いつもあたしに見てて欲しい?」いかにもシンジが望みそうなことだ。
「違う」意外にきっぱり否定する。
「じゃあ、何?」
シンジは少しためらうと、何かを振り切るように話しだした。
「さっきみたいにさ、アスカはアスカの見たいものを見て、僕は僕の見たいものを見て、で、横を見たらアスカがいて、僕はアスカにどうしたいか伝えて、もしかしたらアスカは嫌だって言うかもしれないけど、伝えることはできて、それで、どうするか話し合えて、そうやって生きていけたら、僕は幸せなんじゃないかなって。アスカがそれで幸せなのかは判らないし、自分勝手な言い分だとも思うけど、僕はそうしたい。そうしたいんだ・・・・・何言ってるか判んないや」

アスカは黙って聞いていた。喋り終わったシンジが、困ったような顔をして、うつむくのを静かに見ていた。
そして、動いた。
シンジの首に両手を回し、飛びつくように抱き着いた。驚くシンジの耳元に口を寄せ、耳たぶを舐めるように囁く。
「たぶん、あたしも、それで、幸せ」
そして、頬をすりよせる。
シンジの両手が、少し迷った後、アスカの背中を優しく包む。
アスカは、そのまま眠ってしまいそうな安らぎと、内側から身を焼くような熱さを、同時に感じる。
やっとこの気持ちに名前が付いた。
「好き」という名前が。
そうだ。好きなんだ。この男が。暗くて、口下手で、気が利かなくて、服装が適当で、なよっとしてて、押しが弱くて、臆病で、他人が嫌いで、自分がもっと嫌いで、誰かに許してもらえないと生きていけないような、この男が愛しくて愛しくてたまらないんだ。
探し物を見つけたふたりを乗せて、観覧車が回る。

抱き合うふたりが身体を離したのは、ゴンドラを開けた係員の咳払いを合図にしてのことだった。

「次、あれ乗ろっ、あれっ」アスカは相変わらず元気だ。
いや、先刻よりも生気の増した表情をしている。
そのアスカが指差すのはループスライダー。2人乗りのコースターが飛ぶようなスピードで回転したりひねるように走ったり水飛沫を上げたりしている。
いつものシンジなら、ご遠慮したい種類の乗り物だが、今はそんな気がしない。
気持ちが昂ぶっている。普段なら恐いだけの乗り物が、気持ち良さそうに見える。
そして横にはアスカがいる。きっとアスカも気持ち良いと思うだろう。
そうじゃないかも知れない。でも迷ったら聞けばいい。
きっとアスカは答えてくれるだろう。
アスカが何を思っているかは判らない。他人だから。
だが、他人だからこそ、聞くことができる。触れ合うことができる。
そう思うと、シンジはさらに高揚した。
「そうだね。行こう」アスカの手を握って歩き出す。
アスカは少し驚いて、それでもシンジの手を握り返すと、いっしょに歩き出す。
「他のも乗ろうよ、いっぱい、さ」そう言って振り替えったシンジの笑顔は、アスカの初めて見るもので。
そして、アスカをとても暖かくした。
<おわらない>

また、思うこと

こうなってしまいました。
あれれ、どうして?
まぁ、オリにベタ甘は無理だってことで。でも、最後の一押しだけはやっといたつもりなんで、次の「相合傘」が18禁になるかどうかは、この後の加速具合にかかってまス。リクエストくれた方、お楽しみに。
観覧車のシーンでは、最初キスでもさせようかと思ってたんだけど、書いたらああなっちゃいました。キスよりも自分の好きな方向で。すんませんね、体温フェチなんで。
そんでは、また、そのうちに。


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