第伍話

神の造りしモノ

あるいは「カヲル君への第五の手紙」




『カヲル君、今日父さんがもどってきたんだ。
 どんな顔していいか僕もわかんなかったけど、
 会った時「ありがとう、シンジ」って言ってくれたんだ。
 ちょっと照れてるようだった。うれしかった。
 昔「よくやった、シンジ」って誉められた時の何倍もうれしかったんだ。
 今はもう父さんとわかりあえる。
 父さんの気持ちが黙っていても伝わってくるんだ。
 でも黙って立っていたらまたアスカに怒鳴られちゃったけど』



*         *         *         *



その少年はセカンドインパクトがおきたその瞬間、この世に転生した。

神が造った最後の使徒。
タブリスとリリン。
双子の天使。

だがしかし、天界において仲睦まじく暮らしていた双子は、
運命のいたずらによって大きく隔てられ、
そして物語の幕が開いた。






西暦2000年2月、人類は南極大陸の地下に太古の遺跡を発見した。直ちに世界中の科学者を選りすぐった調査団が編成され、発掘が開始された。遺跡の中から見つかったのは一体の巨人であった。巨人は何故か槍のようなものでその胸を貫かれていた。

そして明らかに祭壇だと考えられる場所に浮かぶ蒼く輝く球体。人類の持つどんな測定機器をもってしても、その球体の中身を知ることはできなかった。

ガンマ線から超長波にいたるあらゆる電磁波も、電子や中性子などのあらゆる粒子も、ニュートリノすらそれを貫く事ができなかった。そして明らかに重力でさえもそれは遮断していた。このことは重力波の存在を逆に裏付けるものであり、まだ仮説に過ぎなかった超螺旋理論(S2理論。超渦巻理論とも訳される)が一躍脚光を浴びることとなった。

巨人の体の組成も学者達の注目を集めた。その構造は人類の体に酷似しており、消化器官や3種の循環系、独立した2種の神経系が存在し、細胞によって構成されていた。巨人の時間があたかも止まっているかのごとく、細胞の中には明らかに分裂の途中のものが含まれており、これによって遺伝子に相当するものも容易に確認する事ができた。

当時はまだ研究途上であったが、やがてこの遺伝情報が人類のものと99%以上一致することが判明する。最も関心を惹起したのはその構成物質であり、反物質(反原子、反分子)を含む人類既知の粒子だけでなく、まったくの未知の粒子がそこにはあった。大統一理論は崩壊し、人類は初めて6個のクォーク以外の基本素粒子の存在を認識した。そしてそれらは既知のあるいは未知の力で結合し、細胞を体を構成していた。正物質と反物質でさえ安定に結合していた。

槍。これも不可思議な物であった。モース硬度10のダイヤモンドよりもはるかに固く、分光学的な測定よりその硬度は33±2と推定された。一方、ゴムのような柔軟性があり、人が軽くふれるだけで容易にしなる。化学的にも物理的にもまったく安定である一方で、電気伝導度などの物理定数は不定(測定する度に超伝導から完全な絶縁体まで結果が異なるため)で、唯一光学的な観測のみが有効であった。

当時人類にはまだ神の知識は与えられていなかった。

この槍がなんの目的でそこにあるのかを。
それが何を封印していたのかを。

恐れを知らぬ科学者達の手によって槍が引きぬかれた瞬間、それは目覚めた。
第一の使徒アダムの復活である。





  それは光の巨人。

  そして破壊の象徴。

  すなわち悪魔の化身。

  あるいは神、か。




通常兵器による攻撃がすべて失敗に終わった後、国際連合安全保障理事会は使徒を倒すためのN2爆弾を使用を即座に決定した。

南極にいた人々は見捨てられた。

被害は最小限に抑えなければならない。羽根を持ったそれが飛び立つ前に、かたを付けなくてはならない。

「ドクター・ローレンツ。これはどういう事なんだ」
「葛城博士か。どういうこともない。わかってくれたまえ」
「核を使用するというのか。残された我々はどうなる」
「人類の未来のためだ。仕方あるまい」
「だが...」
「我々は警告していた筈だ。
 神の遺産に手を出せば天罰が下されるであろうと」
「警告だと。六分義君の件、君達はこうなる事を知っていたのだろう。
 その上で我々に....」
「いや。わかる筈がないだろう。保険をかけただけだ。
 万が一の事態に備えてね。
 不幸にもこんな形で役に立つとは残念至極ではあるが」
「何を言うか!全部あんた達が仕組んでいんたんじゃないのか」
「たとえ、そうだとして、だからどうだというのかね。
 アレは目覚めてしまった。
 そして目覚めさせたのものは再び封印せねばならぬ」
「くっ。そういう命令を出したのはオマエ達だろうが!」
「すまないが、これ以上くだらない議論をしている暇はない。
 では、運がよければまた会おう」

画像が切れた。その1時間後、31発のN2爆弾が南極で爆発した。ダメージは大きかったものの、地下シェルターの人々はまだ生きていた。まさにかろうじて、であるが。人類の切り札であったはずのN2爆弾もアダムを一時的に止めることはできたが、倒すことはできなかった。

生き残った人々はそれに気付いた。

そしてどうすれば倒す事ができるか、それだけを考えた。自分達の生死はもはや考えなかった。調査団を影で動かしていた陰謀のことも、もう頭の中にはなかった。

N2爆弾も効かないこの災厄をどうすれば止める事ができるのか。人類の未来のために成すべきことは、それだけを考えた。そして得られた結論が、「ロンギヌスの槍」だった。

急造で槍の発射台が作られた。
それは一発勝負の賭けであった。
照準もなければ、仰角の調整も満足にできない。
至近距離でぶっ放す、できることはそれだけであった。

災厄の存在は、再生が終わった後で、ゆっくりと基地に向かって歩いてきた。
そして、目の前にあらわれたそれに向かって槍が放たれた。

かくして人類は最初の使徒にしてかつては神であったアダムを倒すことに成功した。

だが、最後の瞬間アダムはその力を解放した。
これが世に言うセカンドインパクトである。

その力はかつて氷の大陸として知られた南極大陸を蒸発させ、死の海へと変えると共に、地球の軌道を動かし気候を変動させた。

南極で唯一生き残ることができたのは、N2爆弾が投下された直後に緊急脱出用のシェルに入れられた、一人の少女だけであった。

彼女は見た。
使徒が再生していく瞬間を。
地上よりはるか高く、雲を突き抜け4枚の羽根が伸びていく瞬間を。
それがまさに羽ばたこうとした時に放たれた、一本の槍の光跡を。

その後、さらなる衝撃波が彼女を襲い、やがて救出隊によって見いだされた時、
少女は言葉を失っていた。



  「人類は神様を拾ったので喜んで手に入れようとした。
   だから罰があたった。
   それが15年前。
   せっかく拾った神様もきえてしまったわ。
   でも今度は神様を自分達で復活させようとしたの。
   それがアダム。
   そしてアダムから神様に似せて人間を作った。
   それがエヴァ」


アダム復活と同時に世界各地で他の使徒達も目覚めはじめた。その殆どが活動を開始するには至らなかったが、北半球にあった小さな島、日本の首都、旧東京において異変が発生した。

第2の使徒、ダブリスの蘇生である。

大規模な爆発がこの都市を襲い、現代のソドムといわれた繁栄の町は壊滅した。

だが、それは突然姿を消した。アダムの力が解放に伴って再び卵へと還元されたためである。これは他の使徒についても同様であり、その力が完全に戻るまでには14年あまりの年月を必要とした。

破壊された都市の中心部には一人の赤ん坊が残された。驚くべきことにまったくの無傷で発見されたその赤ん坊の持つ遺伝子(単なる遺伝情報だけではなく、その物理的、化学的組成まで)は、人類のものと99.89%まで一致していた。しかし、その子供は紛れもなく使徒であり、人類とほとんど同じ構成要素をもちながら、完全な一個体としての機能をあわせ持っていた。

密かに赤ん坊を確保したゼーレはそこから神の知識を得た。その精神機能は人類となんら変わることはなく、脳から直接知識を得るのにそれほど困難はなかった。

そして書かれたのが「裏死海文書」。

本来の「死海文書」とはまったく関係はないが、あえて共通点を探せば共に神について書かれ、過去に人類(リリン)が犯した罪と罰がそこに記されている点であろうか。



2001年、

手に入れた古代の情報に基づいて、日本の箱根山中の地下に眠る神の座、「ジオフロント」が発掘された。そしてその地において人類は母なるリリスを発見した。

南極のアダムのように十字架に磔にされた巨人。
魂の抜け殻。
肉体は生きていたが心がそこに存在しなかった。
あの、南極の遺跡に浮かんでいた謎の球体、
それこそが封印されたリリスの魂であった。

最後の衝撃波は絶対不可侵とも言われた壁をも破壊し、行き場をなくしたそれは手近にあった器へと逃げ込んだ。そして今、リリスの魂は唯一生き残った少女の心の中に閉じ込められていた。



2002年、

セカンドインパクトの混乱が一段落した後、初めて南極調査団が編成された。だがそこで調査団が発見したのは、かつての氷の大陸とは似ても似つかぬ、血の色に染まった死の海であった。

人類はそこから葛城調査隊が最後に残した貴重な資料を手に入れる事ができた。同年末、使徒の驚異が次第に明らかなっていく中でE計画の開始が決定された。



2003年、

セカンドインパクト直前に密かに持ち帰られたアダムの細胞がE計画遂行のために培養され、数多くの失敗をくり返した後、エヴァンゲリオン試作零号機が完成した。また、これと並行してR計画が極秘裏に敢行され、少女の心の中に眠るリリスの魂がサルベージされた。

これにより、少女の心を縛っていた枷が取り除かれ、少女は言葉を取り戻した。だが、リリスの魂は本来の器に戻されることはなかった。




2004年において実戦を想定して製作された原型機が完成した時、その第一次起動試験において悲劇はおきた。必死のサルベージ作業にもかかわらず、初号機に取り込まれた女性が還ることはなかった。

その女性は自らの意思でエヴァと一体化し、人類を悲劇から救う道を選んだのだ。その女性は夫に向かって確かに言った。

「いつか必ず、人類が最後の時を乗り越えたなら、私はきっと戻ってきますよ」と。

そして微笑みながら、再びLCLの海の中に消えていった。
サルベージは失敗に終わった。




1年後、人類は再び同じ過ちをくり返す。
今度はドイツで。
最初の量産型エヴァ、エヴァンゲリオン弐号機のシンクロテストにおいて。

テストを主導し自ら操縦者として乗り込んだ科学者、惣流キョウコ・ツェッペリンのサルベージは成功したが、魂の一部がエヴァの中に取り残された。結果、精神障害。

精神を犯された彼女はやがで自殺し、彼女の娘がそれを最初に発見したことで悲劇の連鎖が始まった。




実験の失敗が度重なるにつれ、E計画は壁にぶつかる事になった。巨額の資金をつぎ込む事に、次第に各国政府が不満を出しはじめたのである。その開発にかかった経費はこれまでに、北米連合の年間GNPに相当する額にまで達していた。

一度は人類を滅ぼしかけたとはいえその後は全く姿を見せない使徒なる敵は、再び現れることがあるのだろうか。

もう既に三体のエヴァが完成している。
それで十分だろう。

各国の為政者たちの発言はさすがのゼーレも無視しきれるものでは無く、エヴァの量産化の一時凍結が決定された。が、既に完成した3体に関しては、実験が継続された。

  「エヴァシリーズ。
   アダムより生まれし人間にとって忌むべき存在。
   それを利用してまで生き延びようとするリリン。
   僕にはわからないよ」

ゲヒルンでは相次いだ失敗の中から一つの教訓を得ていた。最初の使徒たるアダムより作られたエヴァを操るのに必要なのは、何者にも穢されたことのない純粋なる魂が必要なのだと。かつてアダムが持っていたものに限りなく近い者だけにその資格が与えられるのだと。

無垢であり、かつ孤独であり、哀しみに満ちた存在。
アダムの、最初の人間ゆえの宿命。
それが力の、絶対不可侵の壁の原動力であった。

  「そう、君達リリンはそう呼んでいるね。
   なんぴとにも侵されざる聖なる領域。心の光。
   リリンもわかっているんだろ、
   ATフィールドは誰もが持っている心の壁だということを」

この条件は人類にとって極めて厳しいものであった。特に、当初は神経伝達機構のノウハウが少なかったため、エヴァとのシンクロが可能な人間は実質的にいないと考えられていた。

それが可能な人間は10億人に1人。
単純に人口で割っても2人か3人。

それも老人や幼児が含まれていることは無視しての話である。外的な条件、肉体的能力を満たし、さらに内面的な状態までも兼ね備えた人間がそう都合よく現れる筈が無い。

  「オーナインシステムとは、よく言ったものだわ」
  「それって、動かないってこと?」
  「あら失礼ね。零ではなくってよ」

確かにその通りだが、言った本人も信じていなかった。




やがて、技術の進歩にともない条件は次第に緩和され、あらかじめ集められていた潜在的候補者の中から4人目の少年が選ばれることになったのだが、その影には何回かの実戦と、それに数倍してくり返されたテストの解析に当たった多くの科学者、技術者の努力があったことを忘れる訳にはいくまい。

もっとも、わけのわからない実験に散々付き合わされたチルドレン達にしてみればいい迷惑だったのかも知れないが。

  「時間はただ流れているだけじゃないわ。
   エヴァのテクノロジーも進歩しているのよ。
   新しいデータは常に必要なの」

適格者=チルドレンを選抜するために用意された組織、それがマルドゥク機関。だが、この組織は実際には活動したことは無かった。いや、活動する必要が無かった、と言うべきか。

最初からそんなものを探す必要などなかったのだから。
適格者はすぐそこにいた。



セカンドチルドレン。彼女はエヴァによって選ばれた。
サードチルドレン。彼もエヴァによって選ばれた。

エヴァンゲリオン初号機、弐号機は特別な存在であった。

本来、エヴァとパイロットのインターフェイスとしては疑似人格が移植された生体コンピューターが用いられていた。これによって神経接続された操縦者の意思が機体へと伝達され、エヴァを思いのままに操ることができるはずだった。パーソナルデータを書き換えさえすれば、適格者ならどのエヴァでも操縦できるはずであった。

が、実験中の事故によって人の精神を取り込んだことで、人形、ただのマシンであったその機体が操縦者を選ぶようになったのである。この二体に関してもコンピューターによる伝達機構は組み込まれていたが、完全には機能していなかった。取り込まれた人の、母の思いがコンピューターよりも優先され、直接機体を駆動することすらあった。



  「何?!シンジ君を護ろうとしたの?初号機が」



ファーストチルドレン。その少女は特別であった。
フィフスチルドレン。その少年もまた特別であった。

彼らにはエヴァを操縦する上での障害は全くなかった。
それがただの人形である限りにおいては。
エヴァの意思に拒否されない限りは。

少年はシンクロ率まで自由に設定するだけでなく、
外部からそれを操りさえもした。



  「エヴァはボクと同じ体でできている。
   僕もアダムより生まれしモノだからね。
   魂さえなければ同化できるさ。
   この弐号機の魂は今みずから閉じこもっているから」



少女にはそこまではできなかった。
少年はアダムに作られた使徒であったが、少女はそうではなかったから。

魂の器に用いられているのはヒトの身体。
与えられた不完全な肉体。

さらに言えば、14年の間、彼女は人として育てられていた。普通の人間を基準にすれば劣悪としか言いようがない環境で、ほとんど実験動物のように扱われていたにせよ、碇ゲンドウの愛情は本物であり、それは彼女を人間に縛りつける枷となった。

彼女はあくまでも神の潜在能力を秘めた人間であった。

ゆえに、彼女が実際にエヴァにシンクロするまでには7ヶ月もの時を要した。その間に幾度となく実験が繰り返されたが、これは実は人類にとって危険な行為であった。

誰も気付いてはいなかったが。
いや、彼は知っていたのかもしれないが。

試作零号機に埋めこまれた疑似人格に自我が芽生えはじめたのである。生命の母たるリリスとの接触を重ねたことによって。その結果、パイロットの動揺を増幅し、何度か暴走を繰り返した。

もしそれが完全なる意識を形成したならば、零号機よりアダムが復活しサードインパクトが発生しただろう。従って第16番目の使徒アルミサエルとの戦いにおいて、パイロット共々零号機が自爆したのは人類にとって幸運であったといえるのかもしれない。

それが少年に残した傷の深さを別にすれば。



  「人の宿命(さだめ)か。人の希望は哀しみにつづられているな」



「二人目」の少女の魂は、その瞬間「三人目」の少女の身体の中に転生した。

このとき、「二人目」の少女の記憶が失われたことで、彼女を制約していた「絆」の力が弱まった。同時に、彼女の能力はもはや「潜在」ではなくなっていた。

そして今の彼女を縛っているのは、

  「二人目」の少女が残した強い想い。
  すなわち、少年への「愛」

だけであった。





その少年、渚カヲルもまた人によって育てられた。
ゼーレの本部において。

彼の知識を盗みだして、ロンギヌスの槍の複製にも成功した。彼の成長過程を観察することで、使徒が復活する時期をかなり正確に予測できた。少年は協力的であった。他の使徒を倒すことについては。

アダムが亡き今、使徒の敵は使徒であったから。
人類も含めて。

彼もまた人間らしい扱いをされることはなかったが、そんなことはどうでも良いことであった。

彼にとっては。
彼は人ではなかったから。

だが、彼も人間の築きあげた文明、文化というものには関心があった。

アダムによって造られた最後の使徒、双子の生命体であったタブリスとリリン。

そのリリンが、かつて不完全な群体として生きる道を選んでまで手に入れようとしたものに興味があった。次第に力を取り戻していく彼を制止することは誰にもできなかった。

彼はしばしば町に出た。
そしてリリンが楽園から逃げた代償として得たものを見た。
知った。
そして感じた。

彼の魂も哀しみによって満たされた。



  「アダム、我らの母たる存在。
   アダムより生まれしモノはアダムに還らねばならないのか、
   人を滅ぼしてまで」



ヘブンズドア−を抜けてそれの前にたどり着いた時、
そこに彼が見たものは....。

  「ちがう!」

十字架にかけられた巨人の体。
間違いなくそれは彼が望んでいたモノ。
生命の源たるリリス、であった。

  「これは....」

だがしかし、そこには本来あるべき物、魂が欠けていた。

母なるリリスの魂はひそかに封印されていた。
人工進化研究所において作られたクローンの中に。
肉体と魂が同時にそこに存在しなければ、
最悪の瞬間にもサードインパクトの発生を免れうるからである。

頭上後方にその存在を感じ、振り向きもせずに心を伸ばす。
地上で接触した時に気付かなかったのが迂闊であった。
自分と同じ存在。同じ波長を持った少女の正体に。
それは間違いなくリリスの心であった。

  「リリス!」

そして、彼は少女に拒絶された。
彼は悟った。
人類の、リリンの計画を。

  「そうか、そういうことか、リリン」

彼はむしろ安堵を覚えていた。
リリスの魂と接触し、その想いを知ったことで。
そこにある意思の中に「護るべき」ヒトの存在を感じとっていた。
それは彼が出会った「好意に値する」少年だった。

そして彼は選択することができた。
人類の未来を少年の手に委ね、旅立った。









リリス。
原初の存在。すべての生命の源リリス。
闇に閉ざされていた世界に光を与えたモノ。
何も存在しなかった世界に命を与えしモノ
神をも産んだ魂の海。



アダム。
第一の使徒。最初の人間アダム。
魂の海の中から初めに現われたモノ。
混沌の世界の中に秩序を造りしモノ。
すべての使徒を造りし神。

アダムに与えられた命の実は、
枯れる事のないエネルギーを産み出した。
悠久の時間をかけて世界を作り上げた。

アダムに与えられた知恵の実は、
考える心、疑う心を産み出した。
求める心、愛する心を育んだ。



自らの魂を分け与え、その分身を産み出した。
17体の分身、神の下僕。すなわち使徒。

サキエル。
シャムシエル。
ラミエル。
ガキエル。
イスラフェル。
サンダルフォン。
マトリエル。
サハクイエル。
イロウル。
レリエル。
バルディエル。
ゼルエル。
アラエル。
アルミサエル。

そしてタブリスとリリン。



使徒。
アダムによって造られたアダムの分身。
16通りの可能性。
16種類の未来への道。



リリン。
最後の使徒。
唯一、命の実の代わりに知恵の実が与えられた使徒。
神を裏切り、封印し、滅ぼしたヒトと呼ばれるモノ。





使徒のさだめ。ヒトのさだめ。

かつての神が滅びた今、新たな神が選ばれる。
新たな神の誕生により新たな世界が誕生する。
アダムにより造られし使徒がもつ本能の欲求。

『神』『神』『神』『神』『神』....。

使徒は自らが新たな神になることを望んだ。
リリスと一つになって、世界を創ることを。
アダムと同じ魂が求めた唯一の欲望。
『リリスに遭って、エデンに還らん』
『主の御許へ』
『光の玉座へ』
『魂の故郷へ』
   ・
   ・
   ・
   ・

『楽園』
その世界は幸福に満たされていた。
神の中の閉ざされた世界。
すべては一つに。一つはすべてに。
神が造りしその世界。
安寧と静寂のうちに過ぎ行く刻(とき)。
『エデン』という名のユートピア。

かつてリリンはそのくびきから逃れ得た。
平穏という名の停滞を捨て、変化を望んだ。
リリスを封印し、アダムを封印し、他の使徒を封印した。
そして地上に降り立ち、「ヒト」が生まれた。

「ヒト」の間で育てられ、
「ヒト」と交わって生きたその少年。
最後の使徒タブリス。
彼も最後の瞬間に「ヒト」を理解した。
そして神の呪縛から逃れることができた。





  「僕が生き続ける事が僕の運命だからだよ。結果、人が滅びてもね」
  「だが、このまま死ぬ事もできる。生と死は等価値なんだ、僕にとってはね」
  「自らの死。それが唯一の絶対的自由なんだよ」
  「遺言だよ。さあ、僕を消してくれ」
  「そうしなければ君らが死ぬ事になる」
  「滅びの時をまぬがれ、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ」
  「そして君は死すべき存在ではない」
  「君達には未来が必要だ」
  「ありがとう。君に会えて、嬉しかったよ」





最後の使徒が死んだとき、人類に神への扉が開かれた。



*         *         *         *



『カヲル君。あのときは君のことがまだわかってなかったけれど、
 今はわかる気がする。
 そして君が残してくれたモノの価値も。
 未来、希望、愛。
 ありがとう、カヲル君。
 あのとき君に会えて僕もうれしかった。
 もうゴメンとは言わない。
 君の心に触れたから。
 でもいつか、いつかもう一度君に会いたい。
 そしてあの時の様に語り合いたい。
 できるよね、カヲル君』




「ちょっと、なにやってんのシンジ。パーティー始まるわよ」
「あ、アスカー。勝手に入ってくんなよ、ノックもしないでさ」
「いいじゃないのよ、フィアンセなんだからさ、フィ・ア・ン・セ。
 夫婦の間に隠し事なんかしちゃいけないのよ。
 あ、手紙書いてんの?
 まさか、アンタ、他の女にラブレター書いてんじゃないでしょうね」
「ちがうよ、そんなんじゃないよ。誤解だって」
「じゃあなんなのよ」
「カッカヲル君に手紙を書いてたんだよ」
「誰よ、そのカヲルって。女だったら承知しないからね」
「ちがうよ、渚カヲル。アスカは会ったこと無かったけどさ、
 フィフスチルドレンだった渚君に書いていたんだよ」
「え、でも、確か、フィフスって...」
「うん。死んじゃった。
 というより僕が殺したんだ。
 でも彼は僕の一番の親友だったんだ」
「ふーん。相変わらず暗いのね。
 でもだめよ、前をみて進みつづけなきゃ。アタシが許さないからね」
「わかってるよ、アスカ。僕はいつも君と一緒だ。
 これからもずっと一緒に未来をつくるんだ」
「ちょ、ちょっと、何言ってんのよ、バカシンジ。
 恥ずかしいじゃない。
 とにかく、いいわね。
 パーティーがもうすぐ始まるから早くくるのよ」
「うん、アスカ。すぐ行くよ」


そうして少年は手紙を封筒にしまうと、封をして机の中にいれ部屋を出ていった。

机の中には封筒が十数通はいっていたが、それらが投函されることはなかった。




(つづく)




【 次号予告 】

奇跡を起こした少年。
だがその代償もまた大きかった。
少女は幸せを手に入れる事ができるのか?


次回 「涙」


「そう、よかったわね」




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