第八話(エピローグ)

アイ、誕生

あるいは「アスカとシンジの第八の手紙」




『私達に子供が生まれました。

    碇 アイ

です 』





「ねえねえ、見て見て、アスカから手紙がきたのよ」
「なんや、なになに。子供ができましたって。ふーん」

わざわざ口に出して読み上げる男。

「写真入りやないか。ほー、あいつらの子供にしちゃ不細工な面やな」
「バカね。生まれたばかりの子供ってみんなこんな感じなのよ」
「そうなんか?」
「そうよ。ねえ、私も早く子供がほしいなー」
「なんや、いいんちょ。やなかった、ヒカリ」

結婚して大胆になった女。

「つづきもあるやないか、早く見せ−」

話をそらすのに必死になる男。

(昔はもっとじゅんじょーやと思ってたけど、
 結婚すると女は変わるもんやなー。
 今でもかわいいけどこりゃ身がもたんわ)
(トウジったら、照れちゃって。
 優しいだけじゃなくかわいいところもあるのよね。
 毎晩私の欲求につきあってくれるし。
 でも毎日3回はやっぱきついのかなー。
 最近少しやつれてきてるし。
 あ、そうだ。頑張ってお料理つくって
 もっとスタミナつくもの食べさせればいいのよね。
 張り切んなくっちゃ)
(あかん。いいんちょ。
 またなんか縁儀でも無いこと考えとる目しとる。
 逃げちゃ駄目や、逃げちゃ駄目や、逃げちゃ駄目やー)

「おまえが見んならワシが先に見るで」

手紙を取り上げる男。





『結婚したときにね、決めてたの。
 男の子ならアタシが名前をつけて、
 女の子ならシンジが決めようって。
 だから、「アイ」を選んだのはシンジよ。
 シンジのバカのことだから「レイ」ってつけるんじゃないかって冷や冷やしたわよ。
 まったくあのバカ。私というものがありながら
 いまでも時々アノ頃のこと思い出して一人で落ち込んでんのよ。
 まったくもう、信じらんないわ。
 って、もっともその気持ちもわかんなくも無いけどね。
 でも「碇レイ」はもう取られちゃったしね。
 同じ家だからまずいでしょ。
 「惣流・レイ・ユートーセー」って手もあるけどさ。
 「アイ」って名前、アタシも結構気に入ってるわ。
 「愛情」の「アイ」。
 バカシンジにしてはいいセンスしてんじゃない。
 ま、向こうが「レイ」=零だから、こっちは「アイ」=T(ローマ数字の1)、
 なんてことはこれっぽっちも考えてないからね。
 ほんとだからね』

「ほんま、しょーもない駄洒落やな」
「え、なになに」
(ほっ。やっとこっちの世界に戻ってきたか)
「ぷっ、やっだー、アスカ。何考えてんの」
「シンジも難儀やなー」
「でも幸せよね−。あの頃は一人で寂しそうにしてたのが、
 今は両親に囲まれて、妹がいて、アスカがいて、
 今度は赤ちゃんができて」
「そやな。おっ、次はシンジか」





『ハハッ、アスカの冗談は忘れてね。お願いだから。
 ぼくは別に「レイ」って名前にはこだわりは無いよ、言っておくけど。
 あの「綾波レイ」は世界に一人しかいなかったんだし、
 そして今でも僕の心の中に生き続けているんだから。
 こんなことアスカに言うと怒られそうだけど、時々感じるんだ。
 今も暖かく僕等を見守ってくれている彼女をさ。僕達の心の中で。
 これが僕の出した綾波に対する答えなんだ。
 生ある限り絶対に忘れないこと、
 かつて一人の少女が生きていたことを。
 命をかけて僕を護ってくれた少女のことを。
 そして同時にアスカへの答えでもあるけどね。
 僕も命をかけて愛するアスカを護る、
 絶対に幸せにしてみせる、ってね。
 はは、ちょっとキザかな』

「ほー、センセも言うようになったやないけ」
「そうね。シンジ君、子供ができてまた一段と強くなったわね」
「いや、ワシは知っとった。
 アイツは最初から強かったんや。
 ただ自分でもそれに気付いていなかっただけで」

『僕たちの娘に「アイ」って名付けた理由だけど、
 僕たちの娘には思い出の結晶としてではなく、
 未来を生きる一人の人間として生きて欲しいんだ。
 それで、アスカには内緒だったけど、前から「アイ」にしようって決めていたんだ。
 あのとき僕は世界が愛で満ちあふれているのを確かに感じたのだから』

「せ、世界が愛で満ちあふれてる、ですって」

ボッと赤くなるヒカリ。

「ほら、続きや、続き」
「えっ、ええ」

『それで今は一家6人で生活してるわけなんだけれど、
 もう父さんがアイを猫ッ可愛がりするんだ。
 レイの時から少し感じてたんだけど、実は父さんって
 単なるロリコンだったんじゃないかなって』

「えー、あの司令がか」
「碇君のお父様ってたしかあのひげをはやした渋いおじさんよね。
 ちょっと想像できないわ」
「ああ、ちょっとな。
 でもそう言われて見れば、綾波のこととか、思い当たる節もないわけやないで。
 それに、ユイさんって結構若作りやないか。
 あれで、シンジを産んでんのやろ」

それは、単に初号機に取り込まれていた11年間年をとらなかったためなのであるが。
ただし、あの顔は実年齢より5才は若く見えるというのも事実である。
そして、その行動、思考にいたっては実に10代のものであり、
実際に一緒に暮らして見たところアスカと気が合うということも判明した。
ゲンドウとシンジが二人の尻にしかれているのは当然であろう。

「イメージ狂っちゃうなー。いつも冷静沈着!な元ネルフの司令にして、
 時には自らの命をかけて人類を守るハードボイルドって思ってたのに」
「あ、あんな、ヒカリ。お前は会ったことないから知らんのや。
 確かにいつも冷静沈着なのはええんやけどな、
 昔、ワイはあのおっさんのせいで死ぬとこやったんだぞ」
「えっ、そうだったの。トウジ、あの時の話全然してくれないから知らなかった。
 きっと触れて欲しくない心の傷なんだって思って黙ってたの」
(くー、やっぱかわええなー。こないなところは昔のまんまや)
「ああ、今はもー恨んどりゃせん。
 あの時わしもいいんちょやシンジの心やなんかと一緒に
 あの司令の心とも一つになったからの。
 だからもうみんな許せるんや。
 聞いてくれるか、いいんちょ」
「ヒ・カ・リ。いいんちょじゃなくてヒカリ。
 まったく興奮するとすぐでるんだから」





そしてトウジはあの時のことをヒカリに話しはじめた。

「あの日、校長センセから呼び出しがあったやろ。
 そんで最初に聞かされたのがオヤジの死や。
 いきなりやろ。頭パニックやったわ。
 アメリカで何かあって『ドラッグの海』とやらに飲み込まれたとか、
 めちゃ難しい話をされてな、
 要は研究所ごと蒸発しちまいおったって事がわかるまでに時間かかったで」
「そんで頭ん中がわやくちゃになった所にいきなり金髪のネーチャンが
 『あなた、エヴァに乗ってみない?』ときおってな、
 あの時はなんも考えれんかったで、ホンマ」
「死んでも哀しむ奴のあまりおらんようなモンをパイロットに選んどったんやな。
 それに一回エヴァには乗っとったし」
「次第にあんなに憎んどったエヴァに乗るのもどうでも良くなってきてな、
 1日考えてOKしたんや。
 けど、あの日はえろー永く感じたな。
 しかしあの日は珍しいこともあったな。
 あの綾波がワシに話かけてきおったんやで」
「それは知ってる。窓からトウジと話してるのを見たから」
「そうか。おかげで弁当喰い損ねたで。
 もったいないことしてもーた」
「それからな、次の日松代に行ったんや。
 何とか言うたな、あの戦闘機。
 ケンスケが泣いて喜びそうな飛行機に乗ってな」
    ・
    ・
    ・
    ・

その話の内の一部はヒカリもみんな(特にケンスケ)から聞いて知っていた。情報統制されていたあの当時において公式発表がされなかった事でも真実は噂になって数多く人々の間に結構流れていたものだ。

機密保持という観点でネルフを評価すると秘密情報組織とはとてもいえないお粗末なものであったと言わざるをえない。(「情報がだだ漏れね」byリツコ)

ネルフが意図的にリークすることで人々の不安・不満をうまくコントロールしていた、という事も否めないだろう。諜報の戦術の一つでもある。だが一方でケンスケのようにさほど重要ではない情報を集め回って分析する事で、機密に値する事実が推測されてしまう事も多かった。トウジの一件はそのいい見本であり、実際ケンスケはシンジより先にフォースチルドレンの正体を見抜いていた。

だが、トウジの話の大部分は彼女の知らないことであった。さすがにエヴァがらみの最重要機密であったし、トウジもこれまで自分から話そうとはしなかったからだ。

サードインパクトによって人類の心は一時的に一つになった。

ヒカリとトウジの心も一つになったが、トウジのすべてを知り得たわけではない。
魂の融合とは記憶を共有することと必ずしも等価ではないからである。
知ることができたのは現在のトウジの心。
そこには過去のトウジはいなかった。
当然未来のトウジもいなかった。

「ふーん。そんなことがあったの。
 でも良かった。トウジが生きててくれて」
「あ、あったりまえやないか。
 いいんちょ残して一人で死ねるかい!
 そ、それにあの時はまだいいんちょの弁当食うてなかったしな」

少し照れる男。

「トウジー」

女が男に抱きつく。
そのまま静かに時は流れていく。





・・・・・ しばらくお待ち下さい ・・・・・





「ね、こっち向いて」
「なんや、ヒカリ」
「あのね、今のすっごく....良かった」
「ほ、ほうか。わしも良かったで」
「ね、続きは?」
「続きぃー!」(まだやるんかい?!)

ビクッとする男。

(あかん、もう身体がもたへん。
 昔は赤くなるのは純情やからやと思おてたんやけど、
 実は根っからスケベだっただけやないのか?)

「バカね、手紙よおー。手紙」
「あ、手紙か、手紙」(あーよかった)

『まあね、アタシにはあのオヤジがロリコンでもなんでもいいんだけどね』

「今度はまたアスカね」
「ああ。ややこしい手紙の書き方しとんな」
「そうね。でも、なんとなくあの二人らしいじゃない」
「そやな」

『ただ、アイになんかありゃしないかと心配なのは事実ね。
 ほら、アタシは仕事があるから余り子供の面倒見てやれないでしょ。
 シンジも大学があるし。
 そうするとアイのおもりをユイさんとあのオヤジに見てもらうことになるからさ。
 ユイさんはもちろんいいんだけど、あのオヤジがちょっとね』

『ま、でも赤ちゃんはかわいいわよー。
 なんてったって、アタシのシンジとの愛の結晶ですもんね。
 それに子供ができると世界がなんか変わるわね。
 アンタ達も早く作った方がいいわよ』





『愛の結晶』という言葉に過激に反応する女。
(アイノケッショウ、だって?!愛の)
(世界が変わる?!)
(作る=する。頑張らなくっちゃ)

それに対して引きまくる男。
(うー、ケンスケ。あの時オマエを殴るんやなかったー)



*         *         *         *



「ケンスケ、ワイはオマエを殴らなきゃならん。そうせんと気がすまんのや」

あわてて止めに入るシンジ。
トウジはそんなシンジを振り払って前に進む。
だが、メガネをかけた少年は平然と立っていた。

「何故、僕が殴られなければならないのか。先に聞かせてくれるかい」
「オマエはいいんちょーを泣かした。そないな奴は男やない」
「それだけかい?」

少年はメガネをはずして踏ん張るようスタンスを広げた。

「ああ。オマエはええダチやった。だがこないな奴やとは思わんかった」

そしてジャージの少年の鉄拳が飛んだ。





かつて仲の良かった3人の少年と2人の少女。
そのうちの2人の関係は既に公然の事実である。
残された3人は不思議な三角関係のまま高校を卒業した。
仲の良い友達。
友達以上、恋人未満。
そんな関係に少女は不安を感じ、焦りを感じた。
だが少年は、いつまでも動かなかった。

もう一人の少年は彼らの心を知っていた。
そしていつも二人に気を遣った。
それとなくほのめかしたり、わざと先に帰ったり。
だが3年間、三角形は崩れなかった。


少女も初めのうちはその関係に満足していた。
あの時、彼と心が一つになった時に、
彼の心の中に彼の妹と共に自分が存在していたということを知ったから。
そして、自分の比重が次第に大きくなっているということに気付いたから。

だが、3年もするとヒトの心は不安に大きく揺れ動くようになる。
あれ以来、人は心の壁を乗り越えることができることを知った。
だが、この少女には再び壁を乗り越える勇気が無かった。
いつの時代も、補完がなされた世界でも、
最初の一歩を踏み出すためには、勇気が必要だった。
高校を卒業し、毎日会う事ができなくなった時、少女の不安は頂点に達した。

少年は確かに少女に好意を感じていた。
「好き」か、と問われれば躊躇なく「好きや」と答えたであろう。
だが、少年の口からはそれ以上の言葉、
「愛してる」とか、「お前が欲しい」と言う言葉は決して出なかった。
それは少年がそういう感情を表に出すにはあまりにもまだ若かったからであり、
ストイックであったからだ。

高校生になって、彼の少女への関心は確実に「好意」から「恋」に変わっていた。
だが彼はそんな自分を隠しとおした。
少女に拒絶されるのを恐れたから。
今の3人の関係が壊れるのがイヤだったから。
今の自分が変わって行くのが怖かったから。

もう一人の少年はそんな彼らをいつも暖かく見守っていた。
他人の幸せを素直に喜べる少年。
悲しみを他人には決して見せない少年。
一人でも生きる意思を持った少年。
少年のそんなポジティブな性格が彼をエヴァのパイロットの座から遠ざけていたのだが。
少年は高校生になってさらに成長した。
外見的にも内面的にも。

不安に溺れた少女は少年に相談した。
いつまでも煮えきらない二人の関係に最近はいらだちすら感じるようになった少年は、
かるーく誘惑の言葉をささやいた。

「じゃあさ、委員長。僕と付き合って見ない。
 少しは違った世界が見つかるかもよ」

あるいは一時の気の迷いのせいだろうか、それに応じてしまった少女。

たしかに少年の女性の扱い方は洗練されていた。
遊園地でのデート。映画館。ショッピング。水族館。植物園。公園。コンサート。
レストランでの食事。ホテルのディナー。ピクニック。
少年は少女に楽しい思いを感じさせてくれた。
これが本当の恋人の関係なのかもしれない、少女はそんな風に感じた。

だが、しかし、その少年も最後の一歩は決して踏みださなかった。
少女の本当の気持ちを知っていたから。
忘れる事などできないことを知っていたから。
親友の隠された想いに気付いていたから。
きっかけが掴めないだけだとわかっていたから。

確かに彼も、少女のことが好きだった。
でも同時に、少年のことも好きだった。
その思いの強さを比べることなどできなかった。
だから少年は彼らのようには熱くはなれなかった。

そして少年の心にはいつもどことなく醒めている部分があった。
他人を、そして自分すらも、客観視して見られる能力。
それゆえに、決着をつける道を彼は選択した。
己1人の愛よりも、3人の友情を彼は選んだ。
2人のしあわせのために。

彼らの友人達が結婚を決めたという知らせを聞いた時、少年は決心した。
「泣いた青鬼」になることを。

まず、少女の親友に連絡し、協力を乞うた。

「ケンスケ、アンタは本当にそれでいいの?アンタは悪者になるのよ」
「ああ。あいつらを見ているとこっちが我慢できなくなるからね」
「でも、アンタの本当の気持ちは...」
「いいんだよ。ふたりとも僕の親友さ。だからこれでいいんだ。一番ね」
「シンジ、あんたからも何か言いなさいよ」
「いいんだよ、アスカ。ケンスケがこれでいいって決めたんだから。
 なあ、ケンスケ。これが終わったら飲みに行こうか」
「ああ、シンジ。ありがとう。お前も変わったな」
「お前程じゃないよ、ケンスケ」





作戦は三段階に分けられて実行された。

第一段階でまず、彼は最近人気が上がってきた女性歌手との交際を週刊誌に公表した。デートの写真を付けて。(ちなみに、付き合っていたのは事実である。お互いに遊びだったが。 相手の事務所にとってもいい話題になるので問題はなかった)

これが、実際に報道されるまでは少しタイムラグがある。
この間に第二段階が準備された。



シンジとアスカの婚約記念パーティーが開かれた。

内輪の宴席ということで、招かれたのはこの3人だけ。酔った(振りをした)ケンスケはヒカリにキスを迫った。トウジの見ている前で。

さすがにヒカリはこれを拒否した。ケンスケはシンジが間に入って止めるまでやめなかった。トウジはうつむいて黙っているだけであった。



二日後の晩、シンジはトウジを誘って飲みに行った。

「なんや、珍しいな。センセが飲みに誘うなんて。惣流となんかあったんかい?」
「いやー別に。うーん、実はケンスケのことで最近良くない噂を耳にしてさ」

居酒屋で、翌日発売の週刊誌を見せるシンジ。ケンスケのコネで手に入れたものだ。むろん、相手の歌手のことだけでなく、ケンスケのことも面白おかしく書かれている。プレーボーイのカメラマンとして。

どこで調べたのか、中学時代に女生徒の写真の盗み撮りをしていたことや、プライベートで高校時代のクラスメートとも交際があるらしいとも書かれていた。ケンスケはインタビューに対し、

『クラスメート?ああ、彼女ね。
 ほら、いつも芸能関係とか、そういうのばっかでしょ。
 たまには違ったタイプの子もいいんじゃないかと思ってね。
 ちょっとマジメ過ぎると言うか、お固いというか。それが玉にキズかな。
 でも、色々とこなす事で、経験値を積むっていうか、そういうのも必要だよねって。
 真剣な交際?そんなワケないでしょ。みんな遊びですよ、遊び』

と答えていた。

「なんやて、これ。アイツ、ほんまかいな」
「くっそ。アイツ、信じてたのに。アイツならと....」


うまく時間を合わせて、酔いざましにと公園に誘うシンジ。仕事帰りのアスカとも偶然(!)に途中で出会う。何も疑わず、シンジの後を歩いていくトウジ。

「なあ、いいだろ、ヒカリ。そろそろさあ」
「な、なによ、相田君。こないだからあなた、どこか変よ」
「別にイヤってわけじゃないんだろ。そろそろ男と女の関係になろうよ」
「な、何を言うのよ。相田君」

公園のベンチの上では、シンジを確認したケンスケがヒカリに迫っていた。

「気持ち良くしてあげるからさ。ヒカリもそれを望んでいたんだろ」
「バカにしないでよ!」
「トウジはやってくんなかったんだろ。だから俺ん所にきたんだろ。
 トウジなんかより俺の方がずっと上手いんだぜ。やさしくしてやるからさ」
「見損なわないで!アンタなんかよりトウジの方がずっと優しいわ」
「ほら、いつまでもカマトトぶってないで」

無理矢理ベンチの上にヒカリを押し倒したケンスケ。ただし、必要以上の力は込めず、体重もかけないように気を使うのは忘れない。

「バカ!アンタなんか信じるんじゃなかった」

ケンスケを撥ねのけ、泣きながら駆け出していくヒカリ。
それを追ってアスカが走っていく。

第三幕が始められた。





殴られた少年は立ったままそれに耐えていた。そして話しはじめた。

「本当にそれだけかい。少しは自分に正直になったらどうだ」
「な、なんやて。お前なんかに言われとうはないわい」
「もう一度聞くぞ。本当にそれだけか」
「うっ。ど、どういう意味や」
「洞木さんのことが好きだから、じゃないのかということだよ」
「そ、それとお前がどういう関係があるんや」
「おおありさ。彼女が好きだから僕を殴った、そうだね」
「ああ、そうや。だからどうしたんや」
「彼女が好きか?愛しているか?大切に思っているか?」
「ああ。好きや。愛してる。大切に思うてる。
 いいんちょがワレと付き合いだして、それではっきりとわかったんや。
 いいんちょをどうしようもなく好きやったんやと」
「ならどうしてそれをはっきりと言わなかったんだ。彼女の前で」
「んなことできるかい!」
「おい、シンジ。ちょっとこのバカを押さえていてくれ」
「ああ、いいよ」

いきなりうしろからトウジを羽交い締めにするシンジ。
その力は華奢な外見からは見掛けも付かないほど強い。
膂力にも自信があるトウジが振りほどけない程に。

「何さらすんねん。放さんかい、シンジ」

ケンスケの拳がトウジの頬にヒットした。

「手加減はしておいた。早く行け。行って洞木さんに今の言葉を言ってやれ」
「なんや、どういうことや」
「ほら、トウジ。いいから。多分洞木さんは公園を出てないよ。
 ブランコのあたりかな。アスカは足も速いから」(手も早いけどね)
「なんや、シンジまで。どうなっとんのや」
「いいから、ここは僕に任せて。早く洞木さんを追いかけなきゃ」

どん、と背中を押すシンジ。
狐につままれたようになりながらも、ブランコの方にトウジは向かった。

「おお、いててて。アイツ本気で殴りやがったぜ」
「本気だったんだろ。それより『手加減はしておいた』だって、
 ケンスケもかっこいいセリフじゃん」
「おい、マジで手加減したんだよ。本気だったらアイツ立ち上がれないよ」
「え、トウジがか?」
「ああ。いくらトウジが体育会系でも、修羅場の数じゃこっちの方が上だからね」
 あ、アスカ。洞木さんの方どうなった」
「バッチリよ。うまくいったわ。しっかしアイツ本当に声がでかいわね。
 聞いてるこっちが恥ずかしくなったわ」
「アスカ、あそこまで聞こえてたの」
「ええ。はっきりとね。だからこの作戦、成功間違いなしよ。
 だいたい夜の公園って良く声が通るのよね。
 さてっと、じゃ、私達はもう帰りましょうか」
「あ、アスカ。悪いけど先に帰っていて。多分僕は今日は遅くなると思うから」
「悪いな、シンジ」
「いいよ。友達だろ」




このあと公園に残された二人がどうなったかは知られていない。ただ、ヒカリにしては珍しく連絡も入れずに朝帰りして、コダマ、ノゾミの姉妹を驚かせた。

この日から、トウジのお昼ご飯が学食からお弁当に変わった。

「ほら、アタシは宿題で色々と料理の課題がいっぱい出るでしょ。
 だからつい作りすぎちゃうんで残飯処理を頼んだのよ。
 本当にそれだけよ」

とはヒカリのアスカに対する弁だが、誰もそれを信じなかった。

ヒカリはこれでトウジの本心が確かめられて、それだけで満足だったのだが、なんのはずみかトウジは一気に結婚まで突っ走ってしまった。まあ、直情径行、青春熱血ジャージ男の思考パターンからは当然の結果であろう。

(学生のくせにまだ早い、という周りの説得にあってしかたなく)半年ほど同棲生活を続けた後、やはり耐えきれなくなって結局結婚したのである。結婚の最大の障害であった経済的問題は天才!無敵のアスカ様の手によって解決した。

トウジは3日間だけであったとはいえネルフにおいてパイロットを勤めた。その事実が忘れられていたのを知るや、国連軍に年金を申請し、さらに傷痍軍人手当てまで獲得に成功した。





交渉はそれほどすんなりとは進まなかったのも事実である。

(こん・ちく・しょー!だから日本の役人ってのは!)

いくつか部局をたらい回しにされた揚げ句、のらりくらりかわそうとする役人にアスカは切れた。

「アンタ、バカぁ!外傷が残ってないですって。あったりまえじゃないの。
 けがはみんなあの時に治ってるのよ。
 彼はね14才の若い身空でエヴァに乗って戦っていたのよ。オワカリ!」

無論、実際にエヴァに乗っていたのが1日だけ、それも実は1時間足らずだったとは口には出さない。

「それでそのとき彼は左足をすっかり丸ごと失ったのよ。マルゴト!」
「ア、アスカー、もうちょっと静かにできない、恥ずかしいよー」
「そや、それにあれはわしの責任や。自分が弱かったのが悪いんや」
「ちょっと、あんたたちは黙ってなさい。
 いい、交渉っていうのはね、1に気合い、2に気合い。
 3、4がなくても5に気合い、って言うぐらい気合いが大事なの」
「そ、そんな。強引だよ、アスカー」
「いいの、あんたはとにかくその口を閉じてなさい。ここはアタシにまかせて」
「そうだ、シンジ。黙っていろ。でなければ帰れ」

一同の後ろから役人(&シンジ)にプレッシャーをかけるゲンドウ。強い味方だ。

「しかもね、それって言うのも味方にやられたのよ、味方に」

ピクッと一瞬顔が引きつるシンジ。
一方、改心したゲンドウの内心の動揺は表には現れない。年期の差だ。

「いい、こんなこと人間として許されることだと思う?」
「でも、しかし....」
「しかしもかかしもないの。
 いくら治ったとはいえ14才の少年がよ、重傷を負っていきなり片足を失ったら、
 どんな精神的ショックを受けるか、いくらアンタでも想像できるでしょ。
 しかもそれを直したのはあんたたちじゃない。ただの幸運なのよ」
(ホントこれじゃらちがあかないわね)
「それだけじゃないわ。いい、相手は使徒なのよ、使徒。
 アンタも話くらい聞いているでしょ。
 使徒ってのはねおっそろしくやな相手なのよ。わかる。
 人間の心の中にまで攻撃を仕掛けてくるの」

自分の経験を出すアスカ。どうやらトラウマにはなっていないようだ。
しかし、実際にはトウジは精神攻撃はうけていないゾ。

「使徒の精神攻撃にさらされて生身の人間になんの影響も残らないと思って?
 彼はね、強がってはいるけど夜になると思い出して一人で泣いていたのよ」

(アスカには残ってないじゃないか)< 愛の力よ! by アスカ
(わしはそこまで情けなくないで) < いいから黙って。 by ヒカリ

「わかりましたよ。彼が使徒と戦っていたということは認めますよ。
 でもそれだけではねー。戦闘中の負傷の証明にはなりませんからね。
 医師の診断書とかはないんですか。あれば信用しますよ」
「....」
「ないんでしょ。あなたの話を信じていないわけではないんですが、
 きちんとした書類はないとね。
 まあ、あそこから持ち出せたとは思えませんがね」
(くっ。そうよ。みんな燃えちゃったわよ。そんなもの)
「まあ、エヴァに乗っていたというのは事実らしいですから、
 年金は下りると思いますがね、3日分ですけど」
(こっのー。人の足元を見透かしたセリフ。あったま来たわ)
(ア、アスカ。顔が怖いよー)
「ふっ。診察書か。問題無い。それならここにある」

懐から一枚の紙をとりだすゲンドウ。もちろん偽造である。
だが、そこは謀略の世界を生き延びた元ネルフ司令。
そう簡単に見破られるようなものは造らない。

(チャ−ンス!アスカ、行くわよ!)

一気呵成に攻めまくるアスカ。
結局役人を押し切って第1級傷痍軍人として認めさせることに成功した。
無論、年金はあの事故の日にさかのぼって支給される。

(この男、相変わらず公文書偽造になんの罪も感じてないようね。
 まあ、アタシの知ったこっちゃないか)


経済的問題は解決した。

しかし、まじめな二人はバイトで生活費を稼いでいる。
年金はヒカリの夢、「家庭料理の店」のために貯めている。
現在、鈴原トウジ、某体育大学4年。来年には教師になる。
鈴原ヒカリ、某料理学校を優秀な成績で卒業して、今はそこで調理助手をしている。





2021年7月某日。世界は平和であった。

「はあー、平和だねー」
(どっかにいい女の子いないかなー)





数時間が経って、起き上がる二人。

「ねえ、トウジ。今度アスカのところに遊びにいかない?」
「そうやな。ここんところあってないしな。
 あのヒゲオヤジがどんな顔して赤ん坊をかまってるのか見てみたいしな」
「じゃあさ、今度の日曜日、一緒に行かない?お弁当もってさ」
「へっ、わしはべつに構わんけど、なんでべんとなんか持ってくんや」
「まずあの公園に行ってさ、デート。それで午後からアスカの家に行くの」
「ああ、ええよ。ヒカリのべんと、うまいからな」
「トージ、大好き」

抱きつく女。

「ね、もう一回!」

(かんにんしてーな、いいんちょ。もうこれで5回目やろ)




2021年7月某日。やっぱり世界は平和であった。

「平和はいいねー。平和は心を潤してくれる。
 リリンの産み出した幸福の極みだよ」
「平和。穏やかなこと。争いのないこと。
 幸せな世界。碇君の望んだ世界。私が望んだ世界」
「綾波レイ。君は僕と同じだね。好意に値するよ」
「何を言うのよ」
「好きってことさ」
「どうして?」
「君と彼は等価値なんだ、僕にとってはね。さあ一緒に行こう」
「私、行かない。あそこ、嫌いだもの」



(エピローグ2へつづく)




【 次号予告 】

「これがあなたの望んだ世界」
「これも一つの終局の形」


最終回 「世界の中心でアイを叫んだオヤジ」


「これもシナリオの内ですか、碇司令」




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