第九話(エピローグ2)

世界の中心で アイ
叫んだオヤジ

あるいは「冬月への第九の手紙」




『シンジとアスカちゃんに子供が生まれました。女の子です。
 名前は「アイ」。名前はシンジが決めたそうです』

「ほーう。シンジ君達の子供。「アイ」って名前にしたのか。
 ふーん、なかなかかわいらしいじゃないか。
 まあしかし、あの子達の場合どちらに似たにしても保証されてるがな。
 父親似なら素直な子、
 母親似なら明るい子。
 どっちでも問題ない。
 ああ、隔世遺伝で祖父に似るっていうのもあるか。
 イカン、イカンぞ、碇」

なにか必死に呟き始めた白髪の男。



「ふむ。「アイ」君か。
 ミサトが二人、リョウジが一人。レイが一人。
 次は「リツコ」だと思っていたのにどうやら外れたな。
 これはオレのシナリオにはないぞ」

ボケはじめたのか、ご老人。



「しかしリツコ君も不憫だな。以外と人気がなかったということか」

そういう問題ではないと思うぞ、冬月。



「ふむ。次は日向君のところの二人目か。
 女なら彼の好みから考えて「マヤ」だな。
 男でも「リョウジ」はあえて避けるだろう。
 あとは、「カヲル」。
 しかし彼には思い入れはないはず。
 すると本命は「シンジ」か。
 だがこれは割れるな。
 マギはなんと言ってる」

誰に聞いてるんだ。



『シンジ達もいずれきちんとご挨拶に行くでしょうが、
 今は初めての赤ちゃんでだいぶ立て込んでいるものですから、
 わたしの方から簡単ながらご報告させていただきました。
 でも、ついこの間まで子供だった筈なのに、シンジもすっかり大人になって。
 ホント、時の経つのは早いものですね、冬月先生。
 わたしももうお婆ちゃんになってしまいましたわ』

「ユイ君。そりゃあっというまだよ。
 君は10年間も初号機の中で眠っていたんじゃないか。
 フッ。するとゲンドウも爺さんか。
 『ヒゲじじい』。
 まさにあの男にはお似合いの言葉だな」

おいおい、お前もとっくにジジイだぞ。
おまけにその年で既に総白髪じゃないか。
まあ、アイツには苦労させられたからな。



*         *         *         *


そして半年後。

『アイがしゃべれる様になりました』

かわいい赤ん坊の写真の下に、そうメッセージがかかれていた。

「ほう、もうしゃべれるようになったのか。
 さすが天才アスカ君の娘だな。やはり血は争えんということか。
 ああユイ君もまれに見る秀才だったな。
 ゲンドウには勿体無いくらいに。
 そうするとシンジ君はゲンドウの血が濃かったということか」

「むう、まだなにかあるようだな。
 おう。ユイ君からの手紙じゃないか。
 相変わらず字がきれいだな。
 ゲンドウの奴に爪の垢でも飲ませてやりたいわ。
 だいたいアイツは昔っから字が下手で、たまに何か書いたかと思えば
 「すぐこい」だの「すまなかった」だのそれだけだ。まったく。
 その上、面倒なことは全部私に押し付けやがって。
 ネルフの副司令は司令の秘書とは違うんだぞ。
 ようやく私が司令になれたかと思いきや、もうただの窓際族だ。
 やはりあの時、あいつの口車にのったのが間違いだった。
 いや、しかし、ゲヒルンにはユイ君がいたからな。うん。
 だがあの男、そのユイ君がいなくなるとすぐに
 赤木博士やレイやリツコ君にまで手を出しおって。
 いったいあの男のどこがそんなにいいんだ」

だんだん話がそれて来たぞ。
それに何か溜まっているものがあるな、冬月。
まあ、それは置いといて早く手紙を読んでくれ。


『冬月先生、ご無沙汰しております。
 昔から大変お世話になっていながらろくにご恩返しもできないで
 申し訳なく思っております。

 来月、私達念願の店がようやく開店できることとなりました。
 先日、店舗の改装もようやく完了いたしまして、
 あとはもうこまごまとした準備だけ、という所までこぎつけました。
 そこで、ささやかですが、お店の開店の記念パーティーを
 来週の日曜日に開こうと思います。
 先生もご家族の皆さんと御一緒にぜひ来て下さい』





「おーい、ショウヨウ君、マヤ君」

3ヶ月程前に、ネルフを退職した冬月コウゾウは今は甥夫婦と同居生活を送っている。
まだ引退するには早い、とみんなに止められたが、

「いや、私はもう疲れたよ」

と一言だけ言ってあっさりやめてしまった。

今は週に2回ほど大学にいって講義をするほかは毎日家にいて子供達を眺めてくらす安穏とした日々を過ごしている。ちなみに理学部の名誉教授なのであるが、講義は経・法の両学部である。(「組織論−生物学の視点」「群体論」等)

「その時わたしは第三新東京市にいましてねー...」

時々ボケることもあるらしいが、文系の学生には新鮮な科学的視点と、実際の経験に裏打ちされたその講義は学生のあいだでも評判で、よその大学から聴きにくる学生すらもいるそうである。かつて本業であった生物学の方は長いブランクの間に最先端の研究からかなり遅れてしまった。しかし、「形而上学的生物論」の講義を復活させるべく、大学図書館で論文を読みまくっているらしい。

頑張れ、冬月。





「はーい」

冬月マヤ。

2児の母親であり、同時に京都にある先技研の主任研究員である。第8世代有機コンピュータの第1人者。つい最近完成した『ペンティアム』(開発時の仮称「マギ3」)の主設計者でもある。

『ペンティアム』には名前の通り5つの独立した思考ユニットが存在し、それぞれに個性が与えられていた。

  『計画者』、『調整者』、『賢者』、『探求者』、そして『冒険者』

第8世代とはそれぞれの内部構造レベルの話である。マギシステムに対し単に3台を5台に増やしたというだけではなく、各ユニットの演算速度も格段にあがっている。さらに完全な独立システムではなく、問題に対し5つのユニットがそれぞれの個性に応じて協調することで、トータルの処理能力としては20倍以上の能力差がある。

マヤは仕事が一段落したこともあり、いまは在宅勤務をしている。現在のプロジェクトでは、ほとんどの単純作業は部下がやってくれるので、基本的には毎朝その報告を聞いて夜に進捗状況を確認するだけで良い。昼間は大部分の時間を育児に専念しており、その合間に端末に向かって自身の仕事に取り組んでいる。それでも他の研究員の2倍の仕事をこなしているのだからたいしたものである。

冬月ショウヨウ、42才。
冬月コウゾウの甥。

両親はセカンドインパクトの時に死亡。以後、叔父であるコウゾウの援助をうけ大学を卒業する。現在京都大学理学部生物学教室の教授。若い頃から将来を嘱望されており、量子生物学の先駆者として学会での評価も高い。

マヤとは見合いによる結婚である。本人は年齢の差をだいぶ気にしていたようであるが、まじめで、優しいところがマヤに受け入れられたらしい。





「碇のところから手紙がきてな。
 来週遊びにこないか、というんだが、君達はどうだね」
「来週ですか。僕はいいですよ」
「ええ。子供達も連れていっていいんですよね」
「ああ。向こうも賑やかなほうが喜ぶだろ」
「ねえねえ、なーに?お出かけ?」
「わーい。お出かけ、お出かけ」

冬月ミサト、リョウジ。共に3才。双子である。すくすくと育っている。

(しかし、店の名前は何にしたんだ?
 まさか「ネルフ」ではあるまいな、碇。
 「ネルフ」の「マスター」か。
 あいつが喜びそうな事ではあるが...)



*         *         *         *



第二東京市の郊外に、その喫茶店は開店した。

そのマスター、眼鏡をかけて顎鬚を伸ばした男は、いつも黙ってコーヒーを淹れる。どこか恐い印象がある店主が淹れたコーヒーの味は、しかし絶品であった。

オリジナルブレンドの豆を用いて淹れられたその店自慢のメニュー 「ヘブンズドア−」 はえも言われぬ芳香をかもしだし、深い味わいでコーヒー通の客達をもうならせている。

(ふっ、当然だ)

マスターの印象をやわらげ、店の雰囲気を明るくしているのは、調理担当の女性であった。ウェイトレスも兼ねているその女性の作った軽食は、簡単なようでいてしかし最高においしかった。

店は評判になった。

(計画通りね、アナタ)
(ああ、シナリオ通りにことは進行している)

常連客ができるようになった。

最初、彼らには二人が夫婦であることが信じられなかった。男はどう見ても50才前後。女はせいぜい30台前半、20台の女子大生がアルバイトしていると言われても信じる者はいただろう。何も知らない客達の中には彼女を目当てに訪れる者たちも現れた。

いつのまにか、ファンクラブまでできてしまった。

(若いっていいわね)

だが時々、奥の入り口から少女が店に現れて、客は二人が夫婦であることをいやでも知らされる。

「ユイママ−。レイ、おなかすいた−」
「ゲンパパー。レイにお本を読んでー」
「ゲンパパ−。レイ、ひとりでつまんない。一緒に遊んでー」

『ゲンパパ』の名が呼ばれるのは、決まってもう一人の男性、通称『シンパパ』が家にいない時だけなのだが、ゲンドウはそれを知らない。気付いてない。

そしてそういった時、客は驚愕の事実を知る。

普段、寡黙でコーヒーを淹れることとカップを磨く以外なにもしないマスター。客にあいそをふりまくでもなく、何か言われても一言、しかもボソッとしか返事をしないその男が、その瞬間豹変するのである。

あぶないオヤジに。

「レイちゃーん。パパは今お仕事中でしゅからちょっとがまんしてねー」
「レイちゃーん。ほら、そこに座ってごらーん。ジュースをいれてあげましゅね」

碇レイ、ただいま5才。
黒い髪を母親とおなじショートカットにした、茶色の瞳を持った愛らしい少女。
ゲンドウが入所している間に生まれたその少女の名は、少女が生まれる20年も前に決められていた。

トテトテとやってきてはカウンターの椅子によじ登り、一人座って絵本を読む。
恥ずかしいのか客に名前を呼ばれても、振り向くだけで返事はしない。
じっと自分の名を呼ぶ客の方をしばらく見つめ、やがてまた自分の興味にもどる。
少女が返事をするのは自分のパパとママと、兄にあたるお気に入りの青年だけ。
(義姉にあたる女性にも返事はするが、ライバルとして敵視しているようだ)
最近増えた妹も、実際には姪だが、今はお気に入りのお友達の一人である。

カウンターに若い青年が入ることも時々あった。

ほっそりとした、どこか女性的な印象をあたえるその青年は、若い女性、特に地元の女子高生に人気があった。彼が地元の大学生であり、すでに結婚して子供までいることが知られても、その人気は落ちなかった。

彼が客に見せる笑顔は女性客を魅了した。
彼の作る軽食は、いつもの女性の軽食にくらべて、全く遜色無かった。
青年はいつも、お客にとびきりおいしい紅茶をサービスした。

その青年の妻と目される女性、栗色の髪を長く伸ばした青い瞳の女性は滅多に店に出ることがない。店にいるとしてもほとんどカウンターに座って、青年を正面から見つめていることが多かった。



その喫茶店「チルドレン」に客足が絶えることはなかった。









店が正式にオープンする1週間前、
親しかった友人達をあつめてパーティーが催された。
といっても、ごくささやかなものであったが。
会場は店のすぐ裏にある彼らの家が使われた。



最初に訪れた客はトウジ、ヒカリの鈴原夫妻。

「こんちわー。おじゃましまっせー」
「どうも今日はわざわざお呼びいただいてありがとうございました。
 これ、つまらない物ですけど、軽い物を作ってきましたので、
 ぜひお召し上がり下さい」

といってバスケットを差し出すヒカリ。

「あら、ありがとう。ヒカリさん。
 そんなに気を使わなくてよかったのに。
 じゃあこれは今日のパーティーに喜んで出させていただくわ」

やがて冬月一家、日向夫妻もやってきた。
青葉シゲルと相田ケンスケは連れだってやってきた。





パーティがはじまった。

やがて集まった人々は男性陣と女性陣にわかれて話しはじめる。

男性陣の中心はケンスケである。スターや有名スポーツ選手の裏話や、政界の暴露話。豊富な取材経験は話題を尽きさせない。

女性陣のほうは、最初、ヒカリがユイに店を開くまでの苦労を熱心に聞き出していた。自分が将来店を出す時の参考にするためであろう。

次第に話はそれぞれの男達の笑い話に代わり、おかしな失敗談を語り合い、夫の操縦法へと移っていく。むろん、特別講師はユイである。話しはさらに発展し、今度は明るい「夫婦生活」まで話題になった。さすがに声は小さくなる。

(最近トウジがいやがるのよ。疲れるからって)
(愛情が足りないのよ、愛情が。アイを込めて命令すれば問題ないわ)
(愛を込めてって。命令するの?なんかおかしくない?)
(いいのよ、マヤ。問題ないわ)ニヤリ。
(シンジ君も大変ね−。トウジ君が浮気してるってことはないの?
 ほら良くあるじゃない。外に女ができてしまって、もう妻とでは満足できないって)
(え、トウジが。そんなことは無いと思うわ。
 毎日早く帰って来て、相手はしてくれるから。ただ嫌がるだけ)
(えー。鈴原さんのところでは毎日やっているんですか)
(えっ、ええ。最低3回はやってもらうことにしてるんだけど。変かな)
(えー、3回って、まさか一日3回ってこと?週に3回じゃなくて)
(うん)
(あんたそれ異常よ、異常。そんなにやってたら種がなくなっちゃうわよ)
(ア、アスカ。種って...)

ボっと赤くなるマヤ。

(1日1回。それが常識よ。その日の終わりをシンジの愛で締めくくるの)
(アスカちゃん。あなたひょっとしてシンジと毎日してたの?)
(ええ、ユイさん。ひょっとして、アタシ達も、...変...なの?)
(いえ、別に若いんだからいいんだとは思うのですけどね。
 エミさんのところはどうなの)
(あのう、私達はその、普通だと思うんですけど、だいたい週に2、3回ですね)
(そうよね。旦那様は働いて疲れているのですもの。普通はそのぐらいよね)
(シンジはいいのよ。まだ大学生だし、
 大体いつもボケボケっとして体力使うことはほかに全然していないんだから)
(ト、トウジだって大学生だから)
(バカね。同じ大学でもアイツは体育大でしょ。
 運動して疲れてるにきまってるじゃない)
(まあまあ、アスカちゃん。トウジ君もヒカリちゃんを愛しているからできるのよ。
 ところでマヤさんの所ではどうなの?)
(ユイさん。私はユイさんを尊敬してますし、自分の子供もいます。
 でもその質問にはお答えできません)

キッとした顔で答を拒絶するマヤ。

(あらあら、嫌われちゃったかしら。
 私の場合はね、あの人はああいう性格でしょ。
 新婚のころ、若かりしころはともかく今は自分からは絶対にしようとしないわ。
 私が行っても無理して拒否するのよ。
 レイのときは刑務所に自分から入ることを決意した時で、
 もう自由に会えなくなるからって必死で頼んだの。
 それで一発で成功したのね。
 そういえば、シンジの時も新婚旅行のときだから、
 一発必中なのよね、あのひと)
(ユ、ユイさん)
(え、じゃあ、今は全く交渉はないんですか)
(いえ、そんなことはないわよ。自分からはしないっていうだけよ。
 だからね、盛るの。夕食の中にこっそりと薬をね)
(((えっ)))
(あら、だいじょうぶよ。そんなに危ない物じゃないし。
 ただの興奮剤をベースにしてあとは少々特殊な奴を。
 量もきちっと加減してあるし習慣性もないわ。
 それをマイクロカプセルにいれて料理に混ぜておくの。
 3時間もすればビンビンよ。理性なんか吹っ飛んでるわ。
 薬を多めにいれれば3回どころか5回までは保証するわ)

一瞬、目がキラッと輝くヒカリ。

(でも、あの人ももう年だからそこまでやったのは1回だけしかないけどね)

おい、やったのか。大変だったな、ゲンドウ。

(さすがに疲れたようだから、
 いまはもう週に1、2日、それも1回ずつしかやってないわ。
 あとが難しいのよね。
 本人は何も覚えていないのに体だけは疲れてるから)

『一日5回、毎日5回。いえ、薬の前に5回も6回もないわ。ジュルジュル』

ヒカリはどうやらユイさんに弟子入りすることを決めたようだ。

『まったくあの男にしてこの妻ありだわ。似合いの極悪夫婦ね』

絶対口にはだせないことを考えるアスカ。

『やっぱりユイさんってケダモノだったのね』

あのシーンを思い出して吐き気をもよおすマヤ。







しばらくたって。

「アスカがいまやお母さんですものねー。
 昔のアスカからちょっと考えらんないわ。
 でも相変わらず家事は碇君に任せっきりなんでしょ」
「あら、そんなことはないわよ。アタシだって家事の一つや二つ」
「ふーん。あのころに苦労して教えこんだ甲斐はあったわけだ」
「あ、マヤさんもアスカの家事に苦労したんですか。アタシもなんですよ」
「ヒカリちゃんも。料理を教えようにも手つきからして危なっかしいんだもの」
「そうそう。家庭科の調理実習のときなんか、アレやれコレやれって、
 うるさく仕切るくせに自分は何もしないんですよ」
「クスクス」

小さく笑ったのはエミである。

「教室の掃除もねー、当番でもいつもサボって碇君と先に帰っちゃうし」
「あ、あれはねー。ネルフで試験があるって言うから。仕方なかったのよ」
「そう?綾波さんはちゃんと掃除をやってたけど」
「う、うるさいわね。だいたい私は家事にはあまり向いていないのよ。
 私の優れた才能は人類の未来のために生かすべきモノなの。
 そんなちまちましたことはやってられないのよ」
「ふふ。アスカさんって面白いひとですね」
「あら、アスカって呼び捨てにしていいわよ。日向さん」
「じゃあ、私のこともエミって呼んでちょうだいアスカ」
「わかったわ、エミ。これで私達も今日から友達よ」

ユイは今、お酒を飲みはじめた男性陣のためにつまみを取りにいっている。



「でもすごいわねー、アイちゃんもうしゃべれるようになったんだ」
「そうですね。うちの子達なんてちゃんと会話するようになったの
 2才過ぎてからなのよ」
「あったりまえじゃないの。アタシの娘よ。
 この天才アスカ様の血をひいてんのよ。
 当然この子もテ・ン・サ・イなのよ」

話は子供の話に変わったようだ。
いずれは彼女達も教育ママになってしまうのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。この補完された世界では。





「あー、ママ。ロボット。ロボット」

日向家のミサトちゃんがテレビに気がついて声をあげる。

「うわーい、ロボットだ」
「ロボット、ロボット。あ、ロケットだ」

冬月家のリョウジ君とミサトちゃんも気がついて声をあげる。


テレビでは来春に月に向かって打ち上げられる、新型ロケット「アマテラス」と惑星探査用ロボット「ジェットエンジェル」について解説がされている。

画面には今、主任技術者らしい男が映って記者の質問を受けていた。

「先程のご説明ですと内燃機関を内蔵とありますが」
「ええ。本機の大きな特徴です。連続300日間の調査行動が保証されております」
「このような惑星表面への軟着陸や未知の領域の調査行動を前提とした
 ロボットにリアクターを内蔵するのは危険だとも考えられますが」
「電池式にして5分も動かないよりはましでしょう。
 太陽電池では夜間、つまり惑星裏面での調査行動はできませんし。
 むろん、2重、3重の安全装置を備えてますし、
 万が一の場合でも、無人の惑星上ですから」
「遠隔操作という点には何か問題は」
「緊急時の応答という点で、問題があるのは事実です。
 ですが、未知の惑星に操縦士を送り込むよりは人道的でしょう」
「ですが、せめて衛星軌道上からコントロールするわけには...」
「その結果、パイロットに往復4年もの旅をさせるわけですか?
 先発機を無人にすることで、高Gで金星表面に短時間で到達できますし、
 帰りの燃料も必要ありません。
 後発機に操縦士を乗り込ませ、
 地球を出て半年後の金星最接近時にJAを操作し調査を行なう、
 という本計画が、現時点で考えられる最良の計画です」

壮年の技術者は、いかにも自信満々といった感じで淀みなく質問に答えていく。

「わかりました。それでは本計画で最も苦労されたのはなんでしょうか」
「まあ、いろいろと苦労しましたが。
 JAの基本設計や歩行実験はすでに完了していたので、
 あとはそれを小型軽量化するぐらいで技術的にはそれ程困難では有りませんでした。
 5トンという総重量の制限はすぐにクリアできました。
 アマテラスについても基本技術は確立していましたので。
 まあ、一番の苦労はある女性のヒステリーですかね」

「はははははは」

場内の一部、主に関係者席から漏れる苦笑。



「なんですって!」
「ア、アスカ。落ち着いて。ほら、みんな見てる」
「シンジ。これをだまって見てろっていうの」



「はあ?」

話がわからない質問者に、技術者が説明をはじめた。

「いや、先技研、先端技術研究所の第2東京研究所の主任研究員の方が
 本プロジェクトに参加して下さっているのですが、この人が女性でして。
 非常に優秀な方なのですが、時々...」



ブンと音を立てて何かがテレビに飛んでいった。
それをテレビにぶつかる直前に受け止めたのは鈴原トウジ。(ナイスキャッチ!)
テレビのチャンネルを急いで変えたのは相田ケンスケ。(ナイスフォロー!)
見れば今トウジが手にしているのは分厚い辞書だ。
アスカはもう一冊の本を片手に持ち後ろからシンジに羽交い締めにされている。

「あ、危ないやないか」
「ア、アスカ。落ち着いて」
「ほら、アスカ。本を置いて。ほら、深呼吸して。はい、もうおさまった?」
「すー。はー。お、おさまったわよ。シンジ。ほら、もう放してよ」
「はいはい、アスカ。だからヒステリーって言われるんだよ」
「う、うるさいわね。傷つけられたプライドは」
「はいはい、10倍にして返すんだったね。わかっているよ」
「違う!100倍にしてたたき返してやるのよ!
 アンタの愛する妻が公衆の面前でバカにされたのよ!
 アンタは悔しくないの!?」
「わかってるよ。わかったから、でもテレビにあたるその癖はやめてね、アスカ」



「そうなの、やっぱりアスカもあの計画に参加してたのね」
「ま、まあね、ヒカリ。
 この天才アスカ様あってのオデッセウスプロジェクトだもの。
 そうだ、マヤも当然参加してるんでしょ?」
「ええ。誰がプロジェクトに参加しているのかは機密事項だから、
 ホントは統括責任者の許可がないと言ってはいけない事だけど...」

ちらっと日向マコトを見ながらマヤが説明した。

「ペンティアム−2がアマテラス2号に乗っている以上、
 マヤが参加していない訳がないじゃない」
「まあ、そう言えばそうね」
「そう言えば、あのパイロットってどんな人がやるのかしらね。
 わたしに内緒でトウジも応募したらしいんだけど」

「ギク」
(2年もヒカリから逃げられるからな。訓練期間も入れればそれ以上や)

「結局だめだったのよね。往復で1年も地球を離れてるんでしょ」
「2年よ。2年。地球の静止軌道上で馴致に1ヶ月かけるし、
 金星の探査にも時間をかけるからね」

アスカもさりげなく日向をちらっと見ながら話す。

「パイロットは何人いるんだい。一人ってことはないよね」

スクープの匂いをかぎつけたケンスケはアスカに聞いた。

「はい、ここまで。これ以上は駄目だよ、ケンスケ君」

青葉が止めに入った。このままでは機密がマスコミに漏れてしまう。

「ねえ、いいでしょ。オフレコってことで。
 なんなら正式発表まで黙ってますから」
「駄目なものは駄目」
「ねえ、日向さん。統括責任者なんでしょ。教えてくださいよ」
「駄目だよ、教えられないよ。ケンスケ君」
「じゃあ、マスコミに言っちゃうよ。
 パイロットは二人、21才の男性と女性だって。おまけに夫婦だって」
「ギクッ。どこからそれを」
「蛇の道はヘビってね。まあ、それ以前に今日の惣流を見ていれば予想できるさ」
「しょうがないな。正式発表まで黙ってるんだよ。頼むから」
「日向さん。すいません」
「いいよ、シンジ君。それにアスカちゃんも気にしないでいいから」

日向は仕方なく許可をだした。
まあ、どうせ時間の問題だったろうからな、と自分を慰めながら。

「ふー。許可が出たようね。
 アタシはだいたい隠し事って嫌いなのよね。向いていないのよ。
 これでアンタ達もわかったわね。
 アタシは自分が乗って、操縦するシステムに当然の注文をしただけよ。
 それをあの男ったらヒステリーだなんて」

(ア、アスカ。それは大部分は正当な注文だったと思うよ。
 だけど、宇宙船に豪華なシャワールームやベッドルームって言うのはさー。
 それと名前をグレートアスカ号にするだとか、
 カラーリングは当然 赤よねとか、やっぱまずかったと思うよ)
(うっさいわね。ペンティアムU、JA−2、アマテラス2。
 全部弐号機なんだから赤く塗るのは基本なのよ)

「ふーん。シンジ君とアスカが行くんだ。じゃ、宇宙でもできるね!」
「ヒ、ヒカリ。何を言うのよ。アンタは」
(ま、そのためのベッドルームだけどね)

「せやけど、どうしてセンセと惣流なんや」
「まあ、いろいろあるんだけどね。僕たちの場合、エヴァに乗ってたからね。
 バイオフィードバックのデータは一杯あったし」
「ワシも沢山データはあったはずやで」
「そ、それは。ヒカリから手紙がきたのよ。アンタをパイロットにするなって」
「な、なんやて。ヒカリ、そんなん出したのか」
「あ、うん俺のところにも来たな」と青葉。
「俺の所には2通もきてたよ、なんでか知らないけど」これは日向。
「え、うん。わたし確かに手紙を出しましたけど...、
 だって1年もトウジに会えないなんて我慢できないから。
 でも、青葉さんには出してないわよ。住所知らないもん」

それを聞いて、シンジの頭の中でピーンと閃くものがあった。

「アスカ、アスカだろ」
「へっへー。ばれたか。
 シンジとの二人っきりの宇宙生活を邪魔されたくなかったからね」
「二人っきりって。モニターで監視されてるんだよ」
「大丈夫よ。寝室にはカメラ入れてないから」
「音声モニターは?」
「いいのよ。聴きたい奴には聞かせてやれば。アタシは構わないわ」
「僕が構うんだよ。第一、恥ずかしいだろ、できないよー」
「いいのよ、アンタは猿なんだから。大丈夫、絶対膨張させて見せる」
「さ、猿って...。それに、膨張!?」
「アスカちゃん、ちゃんと避妊はするのよ」
「ハイ、お母さま」

(良い話を聞いたぞ。これは特ダネだぞ。週刊誌にも売れるな)

「相田、アンタ変なこと書いたら殺すわよ」
「う」

アスカ、両手を腰にあて、ケンスケの前で仁王立ち。

「そうね、ケンスケ君。今の話は忘れた方が身のためね」

笑いながらそう言うユイさん。

「それとも忘れさせてあげましょうか?」

顔は笑っているが、目はマジだ。

(碇、お前もいろいろと大変なんだな)

しみじみと呟く冬月。

(ああ。ナオコ君やリツコ君のことも知られてるからな。手も足もでない)
(それは自業自得だぞ、碇)

(ユイさんってこんな人だったのか。
 まるでミサトさんと赤木博士を足して2で割ったみたいだな)
(だから言ったろ、女は魔物だって。男にとって遠い海の向こうの存在なんだよ)

(いやはや、まいったね。ネルフってのはこんな人の集団だったのかい?
 よくマヤも、叔父さんも平気でいられたね)
(みんな不潔だわ。アスカも、ユイさんも)

(宇宙で○○○。人類最初の偉業ね。まさにこのアタシにふさわしい快挙だわ)
(宇宙で○○○。無重力ならあんなことも、こんなこともできるわね。
 私もトウジと行きたかったなー)

(おい、シンジ。お互い大変やな)
(うん、そうだね。でも、僕はアスカを愛してるから)
(おい、そういう問題とちゃうんやないか?)

(特ダネは書きたい。でも命は惜しい。
 ...いったいどうすればいいんだ、俺は)



「アイちゃんはどうするの?」

当然の質問は控え目にしていたエミから出た。

「アイの面倒はユイさんにお願いしてあるわ。利口な子だから大丈夫よ」

(何故ワタシには頼まないんだアスカ君)

ゲンドウの呟きは誰にも聞こえない。一人の男を除いては。

(当然だ。このロリコンヒゲオヤジが)





大人達のそんな喧騒にも構わず、テレビに興味をなくした二人のミサトちゃんとリョウジ君は、3人で仲良く遊んでいる。

人見知りをするレイは部屋の隅の方で一人で本を読んでいた。

ゲンドウがやってきて声をかける。

「レイちゃーん。一人で寂しいでしょ−。ゲンパパと遊びましょーね」

そこにはかつてネルフの司令だった時の重厚感はかけらも見られない。

(変わったな、アイツも。いや変わらないのは私だけか)

いや、冬月。おまえも随分変わったぞ。
ただ変わればいいというものでもないとは思うが。

「ジイさんは用済み」
「レイ、いま何て言った?」

動揺するゲンドウ。

「ジイさんは用済み。ジイさんはしつこい。ジイさんはいらない。
 クスクスクス」
「レ、レイー」
「あ、シンちゃんが呼んでいる」

ゲンドウの元から走り去っていく少女。





「問題無い。わたしにはアイがいる」

ショックを隠しきれずにふらふらと孫の元に歩み行くゲンドウ。

(いいのか、碇。それで)

遠くからゲンドウの醜態を見守る冬月。

「アイちゃ−ん。ゲンパパですよーん」

「アイ、おヒゲ嫌い」

アイがそう言ってハイハイでゲンドウのもとを去っていく。



「アイー!」

絶叫するオヤジ。
ヒゲオヤジの突然の叫びに凍り付く一同。

「ふっ。問題無い。すべてはシナリオ通りだ」

周りが引いているのに気付き、ごまかそうとするオヤジ。


「ぬるいな」
「ええ」









2022年1月某日。

あの人類の未来をかけた戦いから7年がすぎた。
だが人々の心の補完は永遠に終わることは無いだろう。
人が生きつづける限り。人が人である限り。
だから人は未来を目指して歩み続ける。
理想への扉がそこにあることを夢見て。





「クェ、クェ」
「キボウ」
「クェ?」
「キボウ。人の心を開放するためのキーワードだ」


(了)





【 オデッセウスプロジェクト(太陽系内惑星探査計画) 】  
 
統括責任者日向マコト(国連宇宙開発機構次官)
計画実行責任者青葉シゲル(極東国連軍二佐)
主パイロット(船長)惣流アスカ・ラングレー
副パイロット碇シンジ
ミッションスペシャリスト碇シンジ(兼任)
ミッション補佐惣流アスカ・ラングレー(兼任)
 
アマテラス開発責任者長門タクミ
JA−2開発責任者時田シロウ
制御システム開発責任者冬月マヤ
BFシステム主任研究員惣流アスカ・ラングレー
 
基本構想提案者赤木リツコ(故人)


おまけ「プロジェクトO」を読む




【 外伝1予告 】

サードインパクト直前にLCLの海に沈んだ女科学者、赤木リツコ。
知性が輝いていたその瞳からは涙がこぼれ、
科学を語っていたその口からは嗚咽が漏れる。

彼女はあの時何を考え、何をしようとしていたのか。


外伝1 「女の戦い」


「あなたは昔っからそう。一人で全部抱え込んで、他人をあてにしないのね」




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