外伝1

女の戦い

あるいは「加持リョウジの最後の手紙」




『やあ、リッちゃん。元気かい。
 君は相変わらず忙しくやってるんだろうね。

 今、俺は厳重にマークされている。
 君に確実に伝えられる手段は他に思い付かなかった。
 これと同様のメッセージを他の手段でも送っているが、
 君には届かないだろうと思う。

 君がこのメッセージを読んでいる時、
 おそらく俺はもうこの世にはいない。
 だから俺の話を真剣に聞いて欲しい。
 ネルフには、人類補完計画には君の知らない秘密がまだ隠されている。
 こいつは俺のすべてだ。

 パスコードは俺達三人の最初の思い出だ。
 あとは、君のお母さんが教えてくれる。

 俺にはもう葛城を支えてやることはできない。
 シンジ君やアスカを助けてやることもできない。
 できれば君に彼等の力になって欲しい。
 君にはそうすべき責任があるはずだ。
 そしてそれを成し遂げる力があると信じている。

 君が素直に俺を信じ、これに従ってくれるとは思っていない。
 だから君の目で見て、君自身で考えて、そして決断して欲しい。
 これが俺にできる友人としての最後の忠告だ。


 我が親愛なる友、リッちゃんへ


 追伸
  最近俺の畑に猫がよく遊びに来る。
  少し前までどこかで飼われていた猫らしい。
  人懐っこくて愛敬のある三毛猫だ。
  もし君が気に入ってくれたら、可愛がってくれ。
  場所はシンジ君が知っている。
  猫の名前は「ホームズ」だ 』









「なに、これは。誰かのいたずら?」

最初、そのメールを受け取った時、彼女はそう声をあげた。

無理もない。一見するとそのメールの中身は意味のない文字の並びに過ぎなかったからだ。

これが何か仕事中で非常に忙しいときに受け取ったのであれば、すぐさまそれは消去されしまってただろう。幸い、彼女は今、時間があった。信じていた男への不信感に憑かれ、委員会で言われた事をずっと頭の中で反芻していた。

一人きりで。
自分の部屋に閉じこもって。

そのメールの送信元が、「母」バルタザールだったことが、まず彼女の注意を引き付けた。MAGIシステムにはメールの送受信デーモンは組み込まれていなかった筈なのに。

次に彼女が気付いたのはその送信者名、『やさおとこ君』。かつて彼女は学生の頃に親友の恋人をそう呼んでいた。

(やるわね。MAGIにハッキングを仕掛けて成功するなんて)

そのメールのサブジェクトは『The Last Judgement.』。

「最後の審判、ね。ちょっと簡単過ぎるわよ、加持君」

「今から解析を始めるより、実行した方が早いかしら。
 致命的な罠をしかけてるって事もないわよね。
 ここは加持君を信用してみましょうか」

その意味をなさない文字列はあるコンピュータ用のバイナリコードだった。かつて世界を席捲したこともある有名なウィルス。気付いてしまえば、実行形式にデコードするのは容易だった。学生時代に使っていた古いノート端末を探し出し、実行した。

「あら、ウイルスチェックはクリアしたの。多少は進歩してるってわけね」

ウイルスを発現させるのは簡単だった。日付を変更するだけで良い。そして冒頭の彼からのメッセージがそこに現われた。





「『三人の思い出』ね。あれのことかしらね」

しばらくして現われた古いOSのプロンプトにその言葉を打ち込んでみる。何の応答もない。ただエラーメッセージも出なかった。今も通常のプロンプトが現われている。メモリダンプを確認してみたが、ウイルスの形跡は残っていなかった。

「あら、これで終わり?期待外れね」
(『母さんが教えてくれる』っていったいなんのことだったのかしら)

ウイルスは消滅する直前に端末から何かをどこかに送信していたのだが、それは一瞬のことだったので彼女は見落としていた。

突然、彼女の個人用サーバーにバルタザールがアクセスを開始した。

「マギ!バルタザール?母さん!母さんなの?」

しかし最初に送られてきたメッセージはまたも加持のものだった。

『リッちゃん。ようやくここまでたどり着いてくれたか。
 君に渡したいものは2つある。
 俺が調べた人類補完計画の真相と、君のお母さんからのメッセージだ』

(メッセージ?母さんの)

この部屋にも盗聴器が仕掛けられている可能性がない訳ではない。ここまでくるともう、誰も、碇司令でさえも信じられない。独り言を口に出すわけにはいかなかった。

『これは俺がMAGIをハッキングしていた時に偶然見つけたものだ。
 俺には中身を見ることはできなかった。
 どうも君しか知らないアクセスコードが必要なようだ』

(よく見つけられたわね。
 たしかにMAGIには冗長コードが多く残されてるけど、
 私もマヤも全然気付かなかったわ、そんなものが隠されていたなんて。
 すっかりだまされていたわね。
 所詮、私達はアマチュアに過ぎないのね、プロの情報屋さんの前では)

実際のところ、彼女がそう卑下する必要はない。彼女やマヤは十分に熟練したハッカーだし、プロテクト技術も特A級であるのは間違いない。ただ単に、加持がS級のエージェントだっただけである。

『読めばわかると思うが、これが書かれた日付はあの日になっている。
 多分、ナオコさんの遺言、じゃないだろうか。
 気を落ち着けてから読んだ方がいい。
 それと、無理して涙をこらえないほうがいい。
 時には、思い切り泣くことも必要だ。
 みんなの前では君はいつも強い自分を演じている。
 そして多分、彼の前でも』

(私のこともお見通し、てわけ。まったくこの男は)

『正直、君にはつらい恋はして欲しくなかった。
 俺が地球上で二番目に愛していたリッちゃんには。

 君にはすまないと思っている。そして感謝もしている。
 君はあのとき、俺をどん底から救ってくれた。
 だけど俺は君に応えることはできなかった』

(気付いていたの、加持君)

『あのころはまだ俺も若かった。
 強い女を演じる君にすっかり騙されてしまった。
 俺を支えてくれたのは、同情からだと誤解していた。
 君も求めていたことに気付くことすらできなかった。
 そして俺にはもう、離れられない女がいた。
 もし葛城に会う前に、先に君と出会っていたのなら...』

(そう、私はいつも二番目だった)
(赤木ナオコの娘。学生の時も、研究者になっても)
(二番目の女。あの人にとっても、加持君にとっても)
(だから泣くわけにはいかなかったのよ、私は)
(他人の前では。彼の前では)
(弱みを見せることはできなかったのよ、昔から。今も)
(.....原因は違うけど、アスカと、同じね、私も)

『結局、君を利用するだけ利用してしまった。
 そして君一人を残して勝手に出て行ってしまった。
 スマン、で許されることではないと、今はわかっている。
 だけど、他に言う言葉も無い。
 もう俺にできる事もない。

 そういえば、今度もそうだな。
 結局、君を利用する事になる。
 俺は一人、先にいってしまう。
 君達二人を後に残して。
 だが他に方法がない。
 許して欲しい。

 もし、この件が無事に片付いたなら、
 今度こそ素敵な恋を見つけて欲しい。
 そしてあの素敵な笑顔をみんなにも見せてやってくれ。
 君は笑った時の方が100倍も奇麗に見えるから。
 君のあの時の微笑みは今も目に焼きついて離れない』

(無理なのよ、もう。あの頃の私には戻れないの)
(汚れてしまったから。そういう自分に気付いてしまったから)

『これを読み終えたら、どうするかすぐに決めて欲しい。
 俺達に残されている時間は、多分ほとんどない。
 はやく手を打たないと彼等を、委員会を止めることはできない。
 碇司令にも何か策があるようだが、成功の保証はない。
 委員会もこちらの手の内をすべて見通している。
 だから何とかして、レイを、彼女を止めてくれ。
 そして、人類に未来を与えてくれ。
 絶望ではなく、希望を。
 偽りではなく、真実を。
 これが俺の最後の願いだ』









(さて、どっちから読みましょうか。どっちにしろ、しんどいことになりそうね)

ポットからお湯を汲み、インスタントのコーヒーをマグに淹れる。

(そうね、まずは彼の話を聞こうかしらね。
 私の知らない補完計画の真相とやら、たっぷりと教えていただきましょう)

ファイルを開くリツコ。データはかなり複雑な階層構造をとっているが、各セクションは簡潔にまとめられており、計画の全体像を把握し、なおかつ細部まで容易に理解する事ができるようになっていた。

(ふーん、さすがは加持君ね。よくまとめられてるわ。
 それにしてもよくここまで調べあげたものね)

関心するリツコ。ここまでは、E計画の遂行責任者であり実質的にネルフのNo.3である彼女の知らないことは書いてなかった。それらはミサトにも知らされていない重要機密事項のオンパレードであったが。

(ちょっと、何、これ!どういうこと?)
(タブリス!渚カヲル?どうして使徒が?)
(えっ、母さん。母さんがレイを?)
(ということは今のレイは二人目じゃなくて三人目なの?何故、母さんが?)
(それにレイは何者なの?ただのクローンじゃないってこと?)
(そう、リリス....。ミサト、そういうことだったのね)
(これが、これが人類補完計画の真相....)
(こんな計画のために、こんな物のために私達は、ミサトも、シンジ君も、)
(みんな、みんな命を賭けて来たというの)

『これは俺の推測に過ぎないが、
 碇司令の計画は最後の時になんらかの手段でリリスをコントロールし、
 サードインパクトを防ごうというものだろう。
 あるいは彼自身が神となった上で世界を元のままに保とうとするのか。
 正確な所は俺にもわからない。
 少なくとも文書にはなっていなかった。
 おそらく副司令しか他に知る者はいないだろう。

 だが、これは多分成功しないだろう。
 レイに、リリスに意思が芽生えているから。
 明らかに彼女はシンジ君に愛情を抱いている。
 彼女がシンジ君と一つになる事を望んだ時、
 これを妨げる事ができるモノがあるとは俺には思えない。
 委員会のもくろみ通りの事態が創出されるだろう。

 できればシンジ君は傷つけたくはない。
 覚醒した初号機も人類の手では破壊することはかなうまい。
 俺にはどうすればいいのかわからない。
 葛城にもすべてを明かすことはできなかった。
 リッちゃん、頼む。
 君の力でなんとか人類を救ってくれ』

(ホント、無責任な言い方ね。私にどうしろって言うのよ)
(こんな無理難題を押し付けて。自分だけさっさといなくなって)
(私にも、ミサトにさえもサヨナラを言わずに)
(ホント、勝手なんだから。あなたって男は...)

知らず知らずのうちに、彼女の頬が涙でぬれていた。

(どうすればいいの?)
(加持君....)
(ミサト....)
(母さん....)
(シンジ君を殺すことは私にもできない)
(どうすれば、どうすればいいの)
(私には無理よ)
(どうすればいいのよ)





小型のノート端末をつけ、昔撮った写真を呼び出す。

ミサト、リョウジ、リツコ。三人で並んでとった写真だ。
三人の真ん中に立って、やさしく微笑んでいる彼。

(バカよ。こんなもののために死んだ、アナタは。そして私も)

少し泣いたあとで、彼女は我を取り戻した。

(フー。次は母さんの遺言、か)









パスコードには彼女と母しか知らない認証番号が使われていた。

これを見つけるのはあの使徒でもない限り不可能だろう。これが母の手によって書かれたものだということははっきりした。もっとも、先の加持のメッセージを読んだ後では、疑う気は毛頭もなかったが。

『リッちゃん、これを見つけたということは相当腕をあげたようね。
 それはアナタもそろそろ真実を知るべき時がきた、ということでもあるのよ。
 そしてアナタ自身で進むべき道を決めてちょうだい。
 まだ人類にそれだけの時間が残されていればいいのだけど。

 私はもう生きていることはできないの。
 これを残して死んでいく母さんを許してちょうだい。
 ごめんなさい、リッちゃん。
 母さんは、結局、弱い女であることをやめられなかったわ。

 これを読んでいる時、あなたが幸せな家庭を持っている事を期待しているわ。
 あなたを産んだときも、あなたを育てている時も、そして今も、
 私には手にいれる事がかなわなかった幸せな生活を』

(母さん)
(ごめんなさい、母さん。私にもそれは遠い夢だったみたいね)
(結局、わたしも女であることをやめられなかったわ)
(母さんと同じね。愛した男まで)
(あれ程、母さんのなかの女を憎んでいたはずだったのにね)

『E計画、この実態と目的はもうアナタも把握していることでしょうね。
 多分プロジェクトの責任者にでもなっているのかしら。
 でも、隠された目的、人類補完計画についてはどこまで知っているのかしら。
 人造人間エヴァンゲリオンのもう一つの目的に』

(そう、さっきまでは知らなかった。でも今は知っている)

『使徒を倒す兵器をつくることがゲヒルンの目的であることは間違いないわ。
 でもそれはあくまで表向きの話であって、それがすべてでもない。
 同時に裏では人類が神になるための研究が行われているの。
 そう、それが人類補完計画。
 そして神の母体となるもの、それがエヴァンゲリオン』

そこからの話は、先程読んだ加持のレポートとほぼ同じ内容であった。使われているデータ自体は古いものであり、事実関係も2010年までのものに限られていたが。そしてその先数年後に対する予測は驚く程正確だった。

『あの人が、碇ユイという女性がエヴァに取り込まれた時、
 人類補完計画の遂行が決定されたわ。

 いけないと思いながらもわたしは喜びを感じてしまった。
 彼女がいなくなったことに。
 そして同時に危惧を感じざるをえなかった。
 人類補完計画を進めていくことに。

 でも、確かにあの人の、あの男の言うとおり、他に手段はなかった。
 ゼーレの手から人類の未来を守るためには。
 だからそれに従うしかなかったの。

 女としての母さんは、喜んでそれを研究したわ。
 あの男と一緒に仕事ができたから。
 あの男に自分が必要とされたから。
 それも事実。

 ただ科学者としての不安はいつまでも消えることはなかった。
 むしろ研究を進めるにつれ、ますます強くなっていったわ。
 結果、人類に何がおこるか見当がつかなかったから。

 使徒を倒すためには、人類はエヴァに頼らなければならない。
 たとえそれが人類を滅ぼすための鍵だとしても。
 だからE計画は完遂されなくてはならなかった。どんな犠牲を払っても。
 使徒をすべて倒した後どうするか、そのことも考えなくてはならなかった。
 正面からゼーレと勝負した時の勝率はどう見ても30%以下。
 だから、彼らの鼻先ですべてをひっくり返すマジックが必要になった。
 それがA計画とR計画。
 アダムとリリスの禁じられた融合。
 自らの手でサードインパクトを起こし、神の力で再び人類の世界を復活させる。
 これが一番可能性の高い手段。そう自分を納得させるしかなかった。
 人の意識が一つになった世界なんてまっぴらごめん。
 人は人であり、多様であるからこそ人なのよ。
 だからこれは最後の手段。でも、そううまくいくのかしら....』

うまく行くと信じていたからこそ、リツコもゲンドウに力を貸したのだ。
だが、今となっては、その判断が果たして正しかったのかどうか、わからない。
ゲンドウへの信頼が揺らぎはじめた今となっては...。

『そして母としての母さんは、もっと不安だった。
 あの男に人類の未来を賭けることに。
 あの子に奇跡の担い手を望むことに。

 あの男は男性としては確かに魅力的だった。女としては確かに惹かれたわ。
 でも、彼は良い父親にはなれないわ。これは私の母親としての直感。
 (ごめんなさい、リッちゃん。
  あなたに大したことをしてやれなかったくせに、偉そうに母親、母親って。
  そんな資格、ホントは全然ないのにね)
 そんな男に人類の未来を安心して托せる気にはなれない。

 そしてあの子。
 得体の知れない子供。
 蒼い髪、紅い瞳の女の子。
 レイ。

 アレは危険なの。
 彼女は、
 リリスは、
 リリスの魂は危険なの。
 人類にとって。

 あまりにも純粋だから。
 無垢だから。
 無邪気すぎるから。
 欲望に対して素直に反応しすぎるから。

 いまはまだ彼女は子供。
 だから大した欲は持っていないし、
 持たないように育てる事もできる。
 でも、絶対駄目。
 いつか彼女の心はそれに目覚める。
 そしてそのとき、人類はどうなるのかしら?
 果たして彼女を抑える事ができるのかしら?』

リツコにもわからなかった。

いつだったか、レイを表して『素直なよい子よ』と言った事がある。
『碇司令に似て...』と言う形容詞をつけて。
そして、3人目のレイは、果たして、どうだろうか...?

『だから、それに気付いた時、母さんは彼女に手を掛けた。

 あの子は楽しんでいた、人を惑わせ、傷つける事を。
 笑いながら平気で他人を傷つける。
 そして人の心を観察し、おもしろがっていた。

 悪魔の子はもう目覚めてしまった。
 こうするしか他に手は無い。
 これをするのは人類のため。

 科学者としてのわたしもそれに賛成したわ。
 この子は失敗作。また作り直せばいい...と。

 いいえ、それも事実だけど、すべてではないわね。
 むしろ、単なる自己正当化に過ぎないわね。
 首に手を掛けながら考えた、絞め続けるための口実。

 正直に言うとそれを最も望んだのは女としての自分。
 どこかであの男を信じきれなかったからかもしれない。
 理性が女の醜い心に負けてしまったのね。
 ついカッとなった自分を抑えることができなかった。
 そして彼女を殺してしまった』

衝撃の告白であった。

母の死と、時を同じくするレイの交代。
もちろん因果関係を疑わないではなかったが、
起動試験の失敗、そしてエヴァの暴走による事故、
そう言ったゲンドウの言葉を、彼女は信じていたからだ。

『だから、こうして私は命を断たなければならないの。
 自分自身が許せないから。
 ごめんなさい、リッちゃん。
 勝手なお母さんを許してね。

 あの子は、正確にはリリスの魂は死んではいない。
 いえ、あれを殺す事など何者にもできはしない。
 できるのは封印することだけ。

 心を持たないクローンの中ではリリスの意思を妨げることはできないわ。
 でも、もし強い意思をもった少女の中に転移したなら。
 リリスの意思は表には現れる事はない、
 ちょうどあなたの親友のミサトさんの場合がそうだったように。
 彼女の場合は、その代償として言葉を失ってしまったけれど。
 もっと意思の強い少女がいるならば、完全に封じこめれるかもしれない。

 これが母さんに教えられる精一杯のこと。
 これ以上は母さんにもわからないわ。
 でも、これを見つけられる程、成長したあなたなら、
 きっと道を見つけてくれるはず。
 人類を救う唯一の道を。
 未来へと続く一本の道を。

 母さんはあなたを誇りに思っているわ。
 頑張って。そして幸せになってね。

 MAGIの中から母さんはいつもアナタを見守っているわ。

 さようなら、リッちゃん』

(母さん。ありがとう、母さん)
(私、やるわ。いえ、やらなければならない)
(母さんの話を読んで、できるような気がしてきたわ)
(ありがとう、母さん)
(ミサトより意思が強い少女....。彼女ならなんとかできるかもしれない)
(あとはどうやってレイを、いえリリスを封じ込めるかだけど...)

『できれば使って欲しくはないのだけど、
 これはMAGIの強制自爆コード。
 これで、ジオフロントは消滅するわ。リリスのボディも含めてね。
 バルタザールの特権レベルの隠しコマンドよ。

 例によって三体で多数決を取るのは避けられないけど、
 メルキオールは、科学者としての私は賛成するはずよ。
 カスパーはどうするかわからないけれど。
 女は気紛れ、ですからね。
 でもこのコードの優先順位はカスパーの賛成を必要とはしないわ。
 最悪の時はこれを使いなさい。人類の未来のために』

(そう、私はこれを使う。使わざるを得ないところにきているわ)
(ゴメンね、母さん。でも死ぬ時は私も一緒よ)

すべてをふっ切った彼女は顔をあげ、前を見上げる。
もう涙は流れるのをやめていた。

(その前にやっておかなければならないことがあるわ)





(そうね。確率を少しでも上げる為には彼にも見せておくべきね)
(つらいけど。彼にとっても、私にとっても。でもこうでもしないと...)
(少しでも彼女からシンジ君を遠ざけることが必要なのよ)

「そのまま聞いて。あなたのガードを解いたわ。今なら外に出られるわよ」





カシャッ。ピーピーピーピーピーピーピ−。

「えっ」
「無駄よ。私のパスがないとね」
「そう、加持君の仕業ね」
「ここの秘密、この目で見せてもらうわよ」

(ミサト。あなたはどこまで知ってるの?)
(加持君はどこまで教えたの?)
(あなたはどこまで知りたいの?
(ここから先はつらいわよ)

「いいわ。ただしこの子も一緒にね」





「アンタ!何やってるかわかってんの!」
「ええ。わかっているわ。破壊よ。人じゃないもの。人の形をしたモノなのよ」
「でもそんなモノにすら私は負けた。勝てなかったのよ」
「あの人の事を考えるだけで、どんな、どんな陵辱にだって耐えられたわ。
 私の体なんてどうでもいいのよ」
「でも、でもあの人、あの人」
「わかっていたの。バカなの、私は。親子揃って大馬鹿者だわ」

(これは、私の本心?そう、女としての私の本当の気持ち。母さんと同じね)
(冷静さを装った判断を隠れ蓑に、女としての復讐を果たしただけだったのね)

「私を殺したいのならそうして。いえ、そうしてくれるとうれしい」
「それこそバカよ、あなたは」

その場に崩れ落ちるようにして、リツコは号泣しはじめた。
ミサトは独りつぶやいた。

「エヴァにとりつかれた人の悲劇。私も、同じか」





(久しぶりね、あんなに泣いたのは。少しは素直になれたのかしらね)

ドアが開いて男が入ってきた。

「碇司令!」

(今更私に何の用なの。必要無いならとっとと切り捨てればいいじゃない)

「何故ダミーシステムを破壊した」
「ダミーではありません。破壊したのはレイですわ」
「今一度問う。何故だ」
「あなたに抱かれても嬉しくなくなったから。私の体を好きにしたらどうです!」
「君には失望した」
「失望!最初から期待も望みも持たなかったくせに。私には何も、何も、何も!」

(駄目、感情を、女の私を抑えられない。もう、今は)

「うっ、うっ、うっ。どうしたらいいの、母さん」

(わかっていた筈なのに。わかっている筈なのに)





「よく来られたわね」
「聴きたい事があるの」
「ここでの会話、録音されるわよ」
「構わないわ」

(あなたは構わなくても、わたしは構うのよ)

「あの少年の、フィフスの正体は何?」
「おそらく、最後のシ者」

(そう、彼が来たのね。もうその時まで時間がない)





それから10日間が過ぎた。審判の時が迫っていた。





「お待ちしておりましたわ」

(私はこのままサードインパクトを起こさせるのも、
 あなたの計画に素直に従うわけにも、いかないの。
 たとえそのために、どんなことをしてでもね)

「ごめんなさい。あなたに黙って先程MAGIのプログラムを変え させてもらいました」

(MAGIの自律防御を活性化させるためとはいえ、
 私を自由にしたのは随分と迂闊でしたわね、碇司令。
 モジュール Z-999。バルタザールの封印されていたコードを起動したわ。
 あとはこのリモコンを押すだけ。それですべてが終わる)

「娘から最後の頼みよ。母さん、一緒に死んで頂戴」



「作動しない、何故?」
「ああ、カスパーが裏切った」

バルタザールが発した即時自爆の提議に対し、カスパーのみが反対していた。
だが、それはカスパー単体の反対のみでは覆らないはずのものであったはずだ。
少なくとも彼女がMAGIを理解している範囲では。

(これは....。どういう事?)
(そう....。あの使徒の影響ね)
(あれのせいでカスパーの力が相対的にあがったの)
(三者の均衡は崩れていたのね、私の知らない間に)
(今までずっと、隠してきたのね。この時のために。カスパーが)

「母さん、娘より自分の男を選ぶのね」



「赤木リツコ君。本当に....」
「うそつき」

ターミナルドグマに響き渡る一発の銃声。
彼女の体はそのまま、LCLの湖に崩れ落ちた。









彼女の死は、結果、無駄死にだったと言われるのかもしれない。
最終的に、人類は救われたのだから。
彼女の努力の結果ではなく、少年の選択によって。

ただ、彼女の、彼の、彼女の母親の予測は的中していた。
予想通り、碇ゲンドウの計画も水泡に帰し、サードインパクトは起きてしまった。
だから、それを防ごうとした彼女らの努力に意味がなかったとは誰にも言えまい。
たとえ、結果が失敗だったとしても。



「やれるだけのことはやっておきたいのよ」

そう、彼女はやれるだけのことをやったのだから。



(外伝1、了)




【 外伝2予告 】

8年前、
男の中に「父」を見つけてしまったあの時、
彼女は男の前から逃げるように姿を消した。

男が求めた真実。彼が最後に選んだ道は?
女が望んだ愛。彼女がたどり着いた場所は?


外伝2 「鳴らない、電話」


「男と女はわからないわ。ロジックじゃないもの」




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