外伝5

最後のシト

あるいは「松代リポートより証言抄録」





【証人 乙】

「えっ。
 スイマセン、何から話せばいいんでしょうか.....。
 緊張しなくてもいい、って言われても....。
 あの日の事件を最初から、ですか?
 ええ。最初は、始まりは、普通の一日...でした。
 彼らがやって来るまでは.....」








「本部施設の出入りが全面禁止?」
「第一種警戒態勢のままか?」
「なぜ?
 最後の使徒だったんでしょ、あの少年が」
「ああ、すべての使徒は...消えたはずだ」
「今や平和になったって事じゃないのか?」
「じゃあここは?
 エヴァはどうなるの?
 先輩も今いないのに...」
「ネルフは、組織解体されると思う、
 俺たちがどうなるのかは見当も付かないな」
「補完計画の発動まで、自分たちで粘るしかないか」








【証人 丁】

「そう。これからどうなるのか、時間があるといつでも考えていました。
 おぼろげながら、なんとなく不安を感じてました。
 僕は特にね、情報部に所属していたから、色々と噂も入ってたし、
 ネルフが解体されるんじゃないか、ってね。
 ただ、現実は....、そんな生易しいもんじゃ無かった....。
 僕達は、ただ...見ていることしかできなかった....。
 その前も...、その時も....。
 目の前で、彼らが戦い、傷付いていくのを....」








使徒との戦いは回を重ねるにつれ深刻さを増していった。

本部施設にも二回、侵入を許した。
一度目は裏口から。隙を付かれて。
二度目は正面から。圧倒的な力でもって。

次第に使徒は手強くなっていった。
エヴァが取り込まれたこともあった。
エヴァが乗っ取られたこともあった。

そして、操縦者にも手を伸ばしはじめた。
まずは弐号機パイロット。惣流アスカ・ラングレー。
続いて零号機パイロット。綾波レイ。
最後は初号機パイロット。碇シンジ。
二人目の少女は心を砕かれた。
一人目の少女は自らの命を持って使徒を倒した。
三人目の少年は自らの手を友人の血で染めた。

その間、彼らオペレーター達は.....。

何もできなかった。
少年を、少女を死地に送り込み、黙って見ている事しかできなかった。
無力だった。

彼らは何の努力もしなかった訳ではない。
持てる力の全てを使って仕事に励んだ。
持てる知恵の全てを使って次の戦いに備えた。

ただ、戦場に立つのは彼らではなかった。
ただ、作戦を決定し指示するのは彼らではなかった。
ただ、隠された秘密を知る者は彼らではなかった。

戦いが終わる度、虚しさが彼らの胸中に積もっていった。
一度でも負けてしまえば人類の歴史はそこで潰える。
だからそれに勝てたのは良い。負けるよりは。
だが、戦う度に少年達の誰かが傷を負っていくのだ。
大人の自分達ではなく。少年達が。
身体に。そして心に。









【証人 丙】

「....でした。
 えっ、良くご存じですね。
 ええ、確かにそういうことをしました。
 最初は彼女の言う通り、彼女の求める情報だけを探ってましたけどね、
 そのうち、自分から積極的に色々とやばいことも探り始めて...。
 彼女には危ないからやめろって言われましたけどね。
 なんでそんなことをしたかって?
 まあ、私情がなかったと言えば嘘になります。けどそれだけじゃ...。
 僕にも何かができる、ってことを示したかっただけなのかもしれませんね。
 彼ら、チルドレンだけが命懸けで戦っているんじゃないんだぞ、っていうのかな。
 今考えると、それは自己満足にすぎなかったのかも...。
 あ、でも、何かがおかしい、どうなってるんだ、という気持ちも本物でしたよ。
 ただ、こうすればいい、というビジョンが何も....」









最後には、上層部にも混乱が起きた。

まず、加持リョウジ。彼が消えた。
   「やあ、遅かったじゃないか」

次に、赤木リツコ。彼女も監禁された。
   「ええ。わかっているわ。破壊よ」

そして、葛城ミサト。彼女は反乱をおこした。
   「鳴らない電話を気にして苛つくのは、もうやめるわ」



彼らオペレーター達は、自分で考え、そして行動した。



日向マコト。彼は直属の上司である葛城ミサトに従った。

日向マコトは知らなかった。友人が何をやっているのかを。
だから彼は活動を続けた。自らの危険を省みず。
虎の尾を踏み付けているのに気付かずに。



青葉シゲル。彼も直属の上司である冬月コウゾウに従った。

青葉シゲルは知っていた。友人が何をやっているのかを。
だが、彼は報告はしなかった。それが彼の仕事であったが。。
自らの手で、友と呼べる相手を失いたくはなかったから。

葛城ミサトの反乱はまだ情報集めの段階だった。
ネルフ崩壊の瞬間がやって来た時になっても。
だから彼女は公然と対決を挑むことはしなかった。
もし時間がもっとあれば、そうなっていたかも知れなかったが。
二人の友人が、互いの血を流しあう事態にはならずにすんだ。



伊吹マヤ。彼女は直属の上司である赤木リツコに従え...なかった。

そして彼女は決断もできなかった。
だれも傷つかずにすむ解決法など有りはしない。
だが彼女はそれを望んだ。

だから彼女は動けなかった。
請われれば、自分の仕事はきちんとこなした。
求められれば、頼まれた情報を渡してもやった。

だが彼女は動かなかった。自分の意志では。
たとえ自分を守るためでも、人を傷つけられなかった。
最後の、その時がやってきても。









【証人 乙】

「先輩が、あっ、赤木博士のことですけど、突然いなくなって...、
 いきなり私が技術部の総指揮をまかされて...、
 そんなとき、フィフス....渚カヲルが現れて、
 でも、彼が使徒だとわかって...、
 弐号機の修理にかかりっきりになって...、
 使徒もいないのに何やってるんだろう私、なんて考える余裕もなくなって...、
 そうしたら、いきなりMAGIがハッキングを受けて...、
 それが...、始まりでした」








最後の使徒。
それはタブリス=渚カヲルのことではなかった。
ネルフの最後の敵。
それは18番目の使徒。すなわち同じ人間だった。

しかも、もっともたちの悪い相手だった。

最初の目標は、MAGI。

MAGIの占拠は、本部施設の制圧と同義である。
世界のネルフ支部に設置された5台のMAGIがハッキングを仕掛けてきた。

「外部線と音信不通」
「公安より....」
「左は青の非常通信に切り替えろ。
 衛星を開いてもかまわん。そうだ!
 右の状況は?」
「外部との全ロット、情報回線が一方的に遮断されています」
「敵はMAGIか」
「MAGI2に....」
「全ての外部端末からデータ侵入、
 MAGIへのハッキングを目指しています」
「やはりな。侵入者は松代のMAGI2号か?」
「いえ、少なくともMAGIタイプ、5。
 ドイツと中国、アメリカからの侵入が確認できます」
「ゼーレは総力を挙げているな。彼我兵力差は1対5、分が悪いぞ」
「第4防壁、突破されました」
「主データベース、閉鎖。
 だめです、侵攻をカットできません!」
「さらに外郭部侵入。
 予備回路も阻止不能です!」
「まずいな、MAGIの占拠は本部のそれと同義だからな」









【証人 丙】

「それはもう、大変でしたよ。
 なんせ、5対1でしたからね。
 マヤちゃんには悪いけど、赤木博士もいなかったし...」



【証人 丁】

「マギへのハッキングの可能性は当然予測されてました。
 そのための2重、3重の防壁だったんですが、
 敵もさる者、通常の防壁はすべてあっさりと突破されました。
 正直、こりゃやばいかも、と思いましたね。
 あそこで赤木博士が現れてくれなかったら....」









この時ネルフを救ったのは、独房に閉じ込められていた赤木リツコ。

「分かってるわ。MAGIの自律防御でしょ」
「必要となったら捨てた女でも利用する...。エゴイストな人ね」

すさまじい速度で入力を開始し、あっというまに防壁を展開する。
第666プロテクト。Bダナン型防壁。

「私、馬鹿な事してる。ロジックじゃないもんね、男と女は。そうでしょ、母さん」

そして更に黙々と作業を彼女は続ける。

「母さん、また後でね」









【証人 乙】

「でもそれは、ただの始まりに過ぎませんでした。
 あの、血の....。
 うっぷ。
 ごめんなさい。
 今でも、思い出すのは、ちょっと...。
 それで、そのあとは、何がなんだかわからないうちに...」









リツコのプロテクトによって、ゼーレによるマギの占拠は阻止できた。
だがそれも、一時凌ぎにしかならない事もわかっていた。

「MAGIへの侵入だけ?そんな生やさしい連中じゃないわ。たぶん・・・」

「MAGIは前哨戦に過ぎん。奴らの目的は本部施設及び残るEVA二体の直接占拠だな」
「ああ。リリス、そしてアダムさえ我らに有る」

「出来得るだけ穏便に進めたかったのだが致し方あるまい。本部施設の直接占拠を行う」

「始めよう、予定通りだ」

そして、国連軍の攻撃が開始された。









【証人 丁】

「1個師団の精鋭歩兵部隊が相手では勝ち目はありませんよ。
 せいぜい時間稼ぎが精一杯、という所ですね。
 上層部には何か作戦があるように思えましたから、それに期待してました。
 ベークライトの注入、ですか?
 それは...葛城三佐の命令でした。
 無論、知っていました。まだ生存者がいた事も....。
 しかし、ターミナルドグマの防衛が最優先でしたから...。
 それに奴等、投降を一切認めずに負傷者も平気で撃ってましたからね...。
 どっちにしろ助かる見込みは有りませんでしたよ」









「分が悪いよ。本格的な対人要撃システムは用意されてないからな、ここ」
「ま、せいぜいテロ止まりだ」
「戦自が本気を出したらここの施設なんてひとたまりもないさ」
「今考えれば、侵入者要撃の予算縮小ってこれを見越してのことだったのかな」
「あり得る話だ」

戦自を中心とした突入部隊はまず各所を爆破し突破口を開くと共に、ネルフ側部隊の連携を分断した。そして確保された橋頭堡から続々と部隊を送り込んできた。戦闘員、非戦闘員の別無く、徹底的な掃討を行った。

ネルフ側は有効な撃退手段を持ち合わせていなかった。唯一できたのは、ベークライトで通路を塞ぎ、侵攻を鈍らせることだけだった。そうやって時間を稼ぎつつ、反攻のための態勢を整えはじめた。しかし、その間に敵は発令所にも侵入を果たした。

「うわっ!」

発令所に銃弾が飛び交う。

いつのまにか、司令は姿を消していた。
副司令は無線電話を片手に部隊の再編成に手を取られている。

作戦課長、葛城ミサトはすでにここにはいない。
技術部長、赤木リツコもどこかに消えてしまっていた。
応戦の指揮を取るのは士官である彼らオペレーターの仕事になった。

「ロックはずして!」
「あたし、あたし鉄砲なんて撃てません!」
「訓練で何度もやってるだろ!」
「でもその時は人なんていなかったんですよ!」
「バカ!撃たなきゃ死ぬぞ!」









【証人 丙】

「ええ。部隊は寸断されて、我々の防衛網はもうずたずたでした。
 元々、このような対人戦闘は考慮されてませんでしたからね。
 指揮を取っていたのは冬月副司令と葛城三佐でした。
 葛城三佐は途中、サードチルドレン保護のため第3フロアに向かいました。
 その後、僕が代わって指揮をしたのですが、
 不覚にも発令所にも敵の侵入を許し、そこで銃撃戦が始まりました。
 僕達も、銃を手にとって戦いました。
 こちらの位置が有利だったのと、大型火器を使われなかったので...」









発令所への攻勢は意外に激しくなかった。

「あちこち爆破されているのに、やっぱりここには手を出さないか」
「一気に片をつけたいところだろうが、下にMAGIのオリジナルがあるからな」
「出来るだけ無傷で手に入れておきたいんだろ」
「ただ、対BC兵器装備は少ない。使用されたらやばいよ」
「N2兵器もな」

ターミナルドグマへの侵入を撃退され、速やかな発令所の占拠も不可能と知るや、
戦自は即座に戦法を切り替えた。

目的はただ1つ。

サードインパクトをもたらす可能性があるモノを全て抹消すること。
手元に残るN2兵器の一点集中、加重攻撃による、徹底的な破壊。
そして、ジオフロントごと全施設を木っ端微塵に吹っ飛ばす。

これに伴って、進入していた部隊は少しづつ撤退を開始した。
まず、第一波の爆撃が行われた。

「ちぃ、言わんこっちゃない」
「奴ら加減ってものを知らないのか!」
「ふっ、無茶をしおる」

戦自の方針転換はネルフ側にも息をつく暇を与えた。本部施設の装甲は戦自が考えていたよりも強固であった。確かに大きなダメージは受けたが指揮中枢は無傷で残っていた。そして戦自の取った作戦は、眠れる獅子をも揺り起こしてしまった。

エヴァ弐号機を爆雷で破壊しようとして失敗したのである。

「エヴァ弐号機起動。アスカは無事です。生きてます」









【証人 甲】

「チルドレン達に罪はないよ。
 彼らを罪に問うべきではない。
 彼らは何も知らされずに戦っていたのだからな。
 ネルフの職員たちについてもそれは同じだ。
 身を守るために銃をとったに過ぎん。
 責任はすべて、幹部の我々にある。
 それでいいだろ」









これにより戦自は舞台の主役を降りる事を余儀なくされた。次の主役はゼーレ。そして彼らの投入したエヴァシリーズ。復活したアスカの活躍も、彼らにしてみれば所詮ピエロの幕間狂言にすぎなかった。

本命はあくまでエヴァ初号機。そして万物の母たるリリスだった。

空に飛び出したエヴァ初号機を得て、ゼーレの儀式が開始された。

少年の魂の叫びに、リリスが目を覚ました。
全てはゼーレのシナリオ通りであった。









【証人 甲】

「ああ、その碇の証言に間違いは無い。
 そいつに私が付け加えられる事など微々たるものだ。
 確かに彼は途中で発令所を出ていった。
 ユイ君に会いに。
 我らの手で人類を補完するために。
 すべてを終わらせるために。
 そして、我々発令所にいた者は、見ていることしかできなかった」









彼らは、ただ見ていることしかできなかった。
何が起きているかはわかっていても、どうすればいいのかはわからなかった。

「エヴァシリーズ、S2機関を解放」
「次元測定値が反転。マイナスを示しています。観測不能!数値化できません」
「アンチATフィールドか!」
「全ての現象が15年前と酷似してる。
 じゃあ、これって、やっぱり、サードインパクトの前兆なの?」

「ターミナルドグマより、正体不明の高エネルギー体が急速接近中」
「ATフィールドを確認。分析パターン青」
「まさか、使徒?」
「いや、違う!ヒト、人間です!」

「エヴァシリーズのATフィールドが共鳴!」
「さらに増幅しています!」

「ソレノイドグラフ反転!自我境界が弱体化していきます」
「ATフィールドもパターンレッドへ」

「パイロットの反応が限りなくゼロに近づいていきます」
「エヴァシリーズおよびジオフロント、E層を通過。なおも上昇中」
「現在、高度22万キロ...。F層に突入」
「エヴァ全機、健在!」
「リリスよりのアンチATフィールド、さらに拡大。物質化されます」

「アンチATフィールド、臨界点を突破」
「ダメです。このままでは個体生命の形が維持できません」




そして、サードインパクト、その瞬間がやってきた。








副司令、冬月コウゾウは.....。
   「碇、お前もユイ君に会えたのか....」

オペレーター、伊吹マヤは.....。
   「先輩...先輩...先輩!」

オペレーター、日向マコトは.....。
   「葛城三佐.....」

オペレーター、青葉シゲルは.....。
   「はぁ、はぁ、はぁあああーーー」








人々は再び肉体を取り戻し、個に帰った。

彼ら3人のオペレーターもLCLの湖のほとりで目を覚ました。しばらくは何が起こったのかわからずに、呆然として立っていた。我に帰ったのは、冬月コウゾウが最初だった。たぶん、何が起きるかを最も理解していたからだろう。

その後、三々五々、人々はおのれを取り戻していった。泳いで、あるいはLCLの中を歩いて、人々は岸に集まってきた。もはや、敵も味方も、戦自もネルフも関係無かった。あの、サードインパクトが起きた後では。

まず大変だったのはそれから数日の間だった。何せ、かつての大都市が今や廃墟と化していた。水はふんだんにあったが、食料は限られていた。この騒ぎの後では、政府の救援もすぐに来るとは思えなかった。

冬月副司令が中心となって、生き残った人々を組織した。そして各地に救援を求める部隊を派遣する一方で、食料の調達、配給、生存者の探索などの活動を開始した。残された生存者とは廃墟と化したビルなどに物理的に閉じこめられた人達だ。ドアが開かなくなっており自力での脱出が困難な者が相当数存在した。幸いにして、負傷者は全くいなかった。

一名を除いては。

彼ら3人のオペレーターもそんな中で精力的に働いていた。組織を上手く運営するために、彼らは欠くことのできない人材だった。今、自分達が生きていられる、というのが嬉しかった。今、ひとのために何かができる、というのが嬉しかった。









【証人 丁】

「本部を第四発令所に定めたのは、副司、いえ、現ネルフ司令の発案です。
 ジオフロントは消失し、MAGIも使えませんでしたからね。
 予備システムはうまく機能してくれました。
 おかげで助かりましたよ。
 ライフラインの確保が最優先の課題でした。
 次に、情報。街の中と、外のね。
 みんなプロでしたからね。命令に良く応えてくれました。
 仕事の意義が明確だったからかな。積極的に働きましたよ」









政府関係の救援部隊はなかなか来なかったが、やがて最初に派遣した者たちが食料を大量に持って戻ってきた。そして食料以上に重要だったのは彼らが持ってきた情報だった。

まだ日本政府は混乱が続いており、国家として機能していなかった。地方自治体はようやく機能を回復しつつあったが、他に回すほどの人的な余裕はないようだった。他の都市は壊滅的な損傷を受けているわけでは無かったから、シェルターに蓄えられていた物資そのものには余裕があった。そこで各自の判断で輸送手段を調達し、運んで来ることができた。

第3新東京市臨時災害対策本部(とは後に付けられた名前である)の長となった冬月元ネルフ副司令はしばらくのあいだ、全員この地に留まることを要請した。今、これだけの多人数が難民として各地に流れて行ったら、そこの行政が混乱してしまうだろうから。

政府がなんらかの適切な措置を第3新東京に対して取るまで待つ方針が定められた。ただし、その間に自力での復旧にも全力をつくしながら。特に、隣接地域との交通・流通の再整備にまず力を注いだ。事実上、第3新東京市臨時災害対策本部は独立した政府であった。

全員がこれに従った、わけではなかった。この災害後の唯一の負傷者とその家族は優先的に最初に送り出された。少女が一名、それにつきそった。

冬月はわかっていた。
あの男がついていれば、どんな混乱の中でも少年は適切な治療施設に入れるだろうと。
あの男が第二東京に行けば、あるいは政府の混乱も彼がなんとかするかもしれないと。
実際、その通りになった。









【証人 甲】

「帰ってからと言うもの、アイツ、すっかり腑抜けになっておった。
 まあ、その気持ちもわからんではないがな。
 おかげで私はえらい苦労をさせられたよ。
 少しぐらい奴にも働いてもらわんとな。
 実際、うまくいっただろ。
 なあに、力の有効な使い方、だよ」









生存者の探索が続けられる中で、死者も次々に発見されていった。サードインパクト直前まで行われていた戦闘による犠牲者は膨大な数にのぼった。彼らの遺体は名前を記録したうえで手厚く葬られた。その中には、葛城ミサト、赤木リツコの名は無かった。

彼らの死の事情が判明したのは時間がたってからのことだ。前者はシンジしか最後を知る者はいなかった。後者の死はいわゆる「ゲンドウ裁判」で明らかになった。二人の死は、後に公式に発表されたが、詳しい事情は公にはされなかった。









【証人 乙】

「えっ、死体が見つかっていない?
 ....わかりません。
 生きていて欲しい、とは思います。
 そして幸せになって欲しい、とも。
 先輩は...先輩は....」



【証人 丙】

「ええ。
 ミサトさん、いえ、葛城三佐の話はシンジ君から聞きました。
 死体が見つからないのも当然でしょう。
 そりゃ、生きていてくれたらどんなに嬉しいか。
 僕では、だめでしょうけど...」



【証人 甲】

「そうか、委員会は消滅したのか。
 いや、あるいはそうではないかとは思っていた。
 いかにも彼ららしい最期だな。
 勝手な思惑で『人類の補完』などとぶち上げておいて、
 後始末もせずに、美学に酔って死を選ぶとはな。
 まさに『傲慢』そのものだ。
 残された者の苦労など、眼中に無い」









混乱はおよそ一ヶ月の間つづいた。
世界各地で。

しかしそれは、かつてのセカンドインパクト直後の大動乱とは全く性質が違うものだった。

あの時、人々の狂気を駆り立てていたのは主として恐怖だった。未知のモノへの恐怖。死への恐怖。そして神への恐怖。未曾有の大災害とそれに伴う大規模な異常気象は、まさに「黙示録」を思わせた。既存の宗教を越えた終末への畏れが、人々の感情を爆発させた。

国家間の安全保障システムは機能を果たしえなかった。そして各地で紛争が勃発した。不正確な情報の氾濫が、人々の混乱を助長した。全て片づいた時、人類の人口は半減していた。そのうち、自然災害による直接的な死者は3割程度に過ぎなかったという。

今回は違った。

自治システムが、国家が、国連が用を果たさなかった点は変わっていない。が、人々の意識のレベルで大きな変化が起きていた。「死への恐怖」ではなく、「生の喜び」の中で、人は目覚めた。一度一つになり、そしてまた個に戻ったことで、他人の存在を明確に認識した。人が人であり続けるコト、その意味を知った。

混乱は、むしろ各人の心の中の戦いが引き起こしたものだ。

古い自分と新しい自分。
感情と理性による再調整。

それが済むまでは社会のシステムは動きださなかった。しかし、ひとたび動きだすとみるみる回復していった。人類の未来にとって望ましい方向に。旧き確執を乗り越え、新たな道を手に手をとって進みはじめた。

人が人である限り、争いが絶えることは無い。しかし武器による殺しあいの愚かさを悟り、話し合いによる解決を人は志向した。利益を独占する虚しさを覚え、助け合う心の豊かさを人は望んだ。政治と経済の両面に対し、これまでの効率的なシステムを維持しつつ、理想的な社会に向けて変えていく必要性を皆が理解していた。

やがて人々の混乱もおさまってきた頃、政治的な改革がまず始められた。そして、世界の新たな枠組みが少しづつ整えられていった。前世紀の遺物、かつて地方国家の妥協の場に過ぎなかった組織。セカンドインパクト後には地下に潜む秘密集団の傀儡と化していた国際連合が、再びスポットを浴びることとなった。

いつか樹立されるであろう地球政府の雛形として。



変化はゆっくりとゆっくりと進められていった。

閉塞していた文明に新たな進むべき道が与えられたのだ。
人類の希望を閉ざしていた壁の向こうにあるものが今は見える。

壁があるなら乗り越えればいい。
壁があるならそれを壊せばいい。
少しずつでもいい。いつかきっと壁はなくなる。
その時、人類は新たな地平へと導かれることだろう。

最終的にどういう形を選んだにせよ、人類は生き残った。
そして、唯一未来を与えられた種となったのだから。

最後の使徒「リリン」としてではなく、「ヒト」として。

And,

One more final !

13人の男たちが入ってきた。
そして、各人の定められた席につく。

タンターン。
木槌の音が鳴り響く。
中央の一段高い席に座った男が話しはじめた。

「本法廷は、全裁判官一致で結審に達しました。
 これより判決を申し渡します。
 被告人、前へ」

一人の男が一歩前に進みでる。

「まず、本法廷においては、長きにわたる調査と多数の証言に基づき、
 事件の全容をほぼ完全に明らかにしたものと思います。
 これは、人類の歴史の中で最も重大な犯罪であり、同時に悲劇であったと認めざるを得ません。
 そして、再びこのような過ちが繰り返されないよう、平和な世界を築き上げること、
 それが、本法廷の願いでもあります」

一同が静まり返って、裁判長の次の言葉を待つ。

「被告人の証言は我々が認定した事実と一致しており、
 事実関係について被告に争う意思がないことは周知の通りです。
 しかしながら本法廷は罪状として挙げられた各事実に対し、
 それぞれ犯罪要件を満たしうるのか、の吟味から始めました」

「まず、2010年にNervが誕生してから惨劇の当日までの間に
 被告が犯した、あるいは示唆した複数の殺人を含む犯罪については、
 Nervが国連によって合法的に組織された超法規的特務機関であることを以って、
 本法廷はこれらを罪に問うことはできないものと認めます」

「次に、それ以前に被告人が犯したと主張する複数の相対的に軽微な犯罪、
 すなわち情報の不正隠匿、贈賄行為、人クローンの不法な研究、等に関しては、
 その多くについて時効の成立が認められ、また仮に時効が成立していないとしても、
 被告人がNervに籍が認められた時点で免責が成立したと認められます」

「本法廷において提示された中で最大の犯罪、
 あるいは有史以来で最大の多重殺人とも言えますが、
 セカンドインパクトに関しては、このような犯罪において時効や免責は存在しえません。
 よって、この悪しき行為に荷担し30億人にものぼる無辜の人民の命を奪った事、
 これが本法廷が裁くべき第一の犯罪となります」

間。

静寂。

30億人の命。
何を以ってあがなえるというのか。

「次に、2015年1月X日、すなわちあのサードインパクトの日、
 特例A−801項の発令によってネルフの法的保護の破棄が宣言されております。
 また、同項は指揮権の日本国政府への委譲を指示しております。
 よって、これ以降のネルフの組織的防衛行為は被告人の独断に基づく越権行為であり、
 サードインパクトに至るまでに失われた3千人の生命に関し、
 被告人は責任を持つものと、本法廷は認定いたしました」

「サードインパクトそのものについては、いかなる議論を以ってしても、
 これを奇跡と呼ぶ事はできても、犯罪とみなす事はできないでしょう。
 よって、本法廷は以上2件の犯罪、およびそれに付随する行為について審議し、
 かくのごとく、結論を得ました」

再び、間。

室内にいるのは、数名の被告人の関係者、政府関係者、13人の裁判官。
廷吏もいなければ、検事や弁護人もいなかった。
彼のために開かれた特別法廷。
3年間に渡って行われた裁判の結審の刻がやってきた。

緊張が場内に張り詰める。

「それでは、判決を言い渡します。
 主文。
 被告人、碇ゲンドウを懲役四年の刑に処す。
 なお、本刑執行において、一切の仮釈放、刑期の変更は認めず。
 被告人は刑期が終わりしだい速やかに退所すべし。
 また本特別法廷に対するいかなる異議も受けつけられぬことを付す」

その瞬間、彼は何を思ったのだろう。
傍聴席で、その妻、ユイが顔をあげ、その夫を見つめた。
一瞬けげんな表情を浮かべ、すぐにいつもの顔に戻った。
ユイの緊張がゆるみ、笑顔が浮かんだ。

裁判長はさらに話つづけ、判決にいたる経緯を説明していたが、
彼らはもう聞いていなかった。

「...よって、本行為を被告人が事前に察知していたとする証拠は、
 被告人の証言以外には一切得られませんでした。
 また仮に被告人の主張が正しいにせよ、当時の被告人の力でこれを妨げることは
 できなかったであろうと結論し、この件に関し被告は無罪.....」

「...行為は、ある種の私的戦闘行為と認定しうるものでは有りますが、
 同時に自己防衛に基づく緊急避難的行動の要素が....」
「...結果として、Nervによる発動は未発に終わりましたが....」
「...被告人は自ら法廷に出廷し、自らの悔恨の情の元に....」
「...本法廷は情状を酌量したうえで以上のような判決に....」

その隣に座っていた男。
『証人 甲』、冬月コウゾウ。
彼も笑みを浮かべ、そして、つぶやいた。

「これは....、この判決は....。
 ふむ。そういうことか。
 碇、ユイ君と幸せにな」

そして男は静かに席を立った。
法廷の中央では黒ヒゲの男が可愛らしい女性に抱きつかれていた。



松代裁判、通称「ゲンドウ裁判」は閉廷した。
このために数千人の証人が聴取され、数多くの証拠が収集された。
その記録は光磁気ディスクにして1000枚以上にものぼったという。
「松代リポート」と名付けられたそれは、公開されることはなかった。
S級機密として公文書データベースの底に密かに封印されている。
その存在を知るものは今やほとんどいない。





(外伝5、了)





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