こおろぎ

by しのぱ


第八章

・・・・

「もういいのかい?」

「カヲルくん・・・・

     そこにいたんだね」

優しい瞳が赤く輝いていた。巨大なカヲルの手の平が今、シンジを包み込もうとして
いる。
切れ切れになりそうな意識の中で、全てをカヲルに委ねてしまう事の快感がシンジを
誘っている。

『もう疲れたんだ。もう、いいんだ。

 だから・・・』


だから・・・?。



突然に喪われた。
全てを委ねてしまおうと思った矢先・・・・。







椅子に座った少年。

髪が覆い被さって目は見えない。

白い半袖のカッターは、染み一つ無い。

黒い学生ズボンも折れ目は崩れてはいない。


あまりに清潔で整った衣装は、少年をまるで人形のように見せる。


光は、少年の周辺だけをまるく照らす。

闇の中に円形に切り取られた空間の中で少年は身じろぎもしない。



その周りを、闇の中をこつこつと靴音がする。誰かが歩いている。




闇の中の誰かが言う。

「何を問おうとしているのかい」

「僕は、・・・」

「何を求めているのかい」

「誰も僕を必要としないんだ・・・

僕なんていなくていいんだ・・・・・」

そう言いながらも少年は体を少しも動かそうとはしない。

死んだマリオネット。










「だから?」

「僕に優しくしてよ・・

誰か僕に優しくしてよ・・・・」

靴音が止まる。









「君は必要として欲しいのかい?」


「だって僕が必要なら、僕を見てくれる。

僕に優しくしてくれる・・・」


「君は必要な人にだけそうするの?」


「・・・・」


「君は誰を必要とするの?」


「・・・・ボクヲミテクレルヒトヲ・・」





また靴音が動き始める。

少年は操るものも居ない傀。




「それはどこから来たのかい?」

「わからない」

「そうさせるもの・・・・」

「そうさせるもの?」

「そう」


靴音は止まり、また始まる。


「真空の中で考え続ける訳には行かない」

「ではどこへ行けば・・・」

「いずくなりとも。

導かれるままに・・・・・」






********






その日も朝から暑い日だった。
午後1コマの講義の後、真司は馨の下宿を訪ねて行った。
木の格子に摺りガラスの開き戸を開けて玄関に入る。三和土には雑然と靴が脱ぎ散ら
かされている。廊下は、既にワックスも禿げ白っぽくなっている。見た目にも埃っぽ
そうで、そこをスリッパも履かずに歩くのは少々躊躇われるシロモノだ。とは言って
も外から来る客の為にスリッパを揃えておくようなところでもない。
玄関に上がる。
上がった右手には2階への階段がある。
1階の、丁度、階段の下にあたるスペースは雑誌・新聞などのゴミ置き場となってい
た。そこには相当量のエロ雑誌も含まれている。「使用済み」。なんとなく汚らしい。
階段を上がっていく。階段も相当に埃っぽい。踊り場の上に曇りガラスの窓があり、
そこから散乱された光が階段を浸している。妙に熱っぽい。埃が熱をもっているよう
だ。また汗が噴き出してくる。
二階の廊下は、ニスは疾うに剥げていたけれど、その上を人の脂が染みついて黒光り
していた。どうせ、誰も滅多に掃除はしていない。その廊下の両側に下宿生の部屋が
1階と同様、並んでいる。
馨の部屋は廊下の一番奥にあった。西向きの部屋。冬ともなれば滅多に日が射すこと
も無く、部屋はいつもじめついていた。夏は、といえばさすがに直射日光が無い為、
炎暑に茹で上げられる事はないとは言え、風通しが悪い造作の為、蒸し暑さは却って
酷い。
そも、この土地は夏の蒸し暑さで知られた土地だから、この建物は最悪の立地条件と
言えた。
両側の部屋はいずれも少しでも風を通そうと、ドアを開け放っていた。各部屋の入り
口には、簾がかかっており、その弱々しい動きで風があると知れるのだ。
そして各部屋の住人達が思い思いに聞く音楽やテレビの音が、勿論、他の住人に気遣
って音量は絞っているとはいえ、廊下に漏れ出て、そこで如何にも学生下宿らしい音
のアマルガムを現出していた。

馨の部屋のドアは閉まっていた。

「留守かな」

取り敢えず、軽くノックしてみる。
反応は無い。
しかし真司も慣れたもので、一応、ドアを開けてみる。開いた。
大方、昨晩のバイトの疲れに加え、夜の寝苦しさの為、今も眠りこけているに違いな
い。

ドアをそっと開けて室内に滑り込んだ。

部屋の中は、蒸れて暑かった。窓も開けていない。
その部屋の真ん中に敷布団が敷かれており、その上に馨が横たわっていた。何もかけ
ていない。トランクス一枚の姿。
シンジは、布団の脇に腰を降ろした。何とも不用心極まりないと呆れた思いで馨の寝
姿を見やった。
馨の部屋は殺風景だ。学生生活を送るに最小限のものしか持ち込んでいない。
家具の類は、机と本棚、そしてオーディオぐらいのものだ。部屋の隅に譜面台が立て
られてある。一応、この部屋で練習する事もあるらしいのだが、真司が訪ねた時には
一度も弾いているのは見た事が無い。こんなに防音性の無い部屋で真司はとても弾く
気にはならないだろう。もっとも馨なら文句を言われない限り気にもすまい。

さてどうしようか。

「馨くん」

声をかけてみるが、反応は無い。

寝苦しいのか顔をしかめてはいるが、うごく気配も無い。
それにしてもこの部屋は暑い。頭が暑さのあまりぼーっとしてくる。
こんな中で寝ている奴の気が知れない。
真司はしげしげと馨の寝顔を見詰めていた。髭の薄い色白い顔は、アラバスターに刻
まれた彫刻のようだ。
薄い唇の色が妙に艶めかしいものを感じさせる。
体は筋骨隆々という訳ではないが、腕や胸から腹にかけて、人体標本さながらにしっ
かりと筋肉の形が浮き出ている。
胸毛はなく、白い肌は滑らかそうに見える。
すらりとしてはいるが、やはり筋肉が無駄無く付いている足。
真司は、馨の股間が少し勃起しているのに気付く。




触れてみたい。




そんな思いが心に浮かぶ。
目の前にある美しい肉体に手を触れてみたい。その滑らかな肌を頬で感じてみたい。
勃起した性器に手を触れてみたい。
ひとたび、そう思ってしまうと、もうそれを脳裏から振り払うことは出来なくなった。
真司はその一々の様を想像してしまう。
気が付くと真司も勃起し始めている。
体を重ね合わす事。ふれあう性器どうしの感触。
生々しい感触がまるで実際に触ったかのように想像できてしまう。その時の心地よさ
までも。
『俺は何を考えているんだ』
想像の余りの凶々しさに真司は息が詰まりそうになる。
とその時、
「んー」
馨が目を覚ました。
とろんとした目で真司の方を見ている。
「真司君。来てたのか」
と言いつつも馨の表情から、まだ完全には覚め切っていない事が窺われた。
真司は思わず赤面する。何とは無く、たった今迄の想像が見透かされた様に思えた。
「や、やあ」
と曖昧に答えながらも、真司は馨に目を合わせる事は出来なかった。
目覚めた馨の方が、もっと艶めかしい。
それを直視できる自信は真司には無かった。


第九章に続く。

(作者?コメント)


「ぐふっ、ぐふふふふふふふふふふ」

「誰だよ!、変な笑い声するのは!」

「だって・・・うふっ
  ・・・・もう、ズボン脱いじゃったのね」

「あ、綾波・・・(-_-;)
 
  僕はまだ脱いでない!」

「大丈夫さ・・僕が脱がすんだから(はぁと)」

「カヲルくん!

 うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」

(お約束(~_~;))


(ホントの作者コメント(笑))

一言です。

嫌爆


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