ネルフ本部を盾にしたシンジの戦いは、あっけないほど簡単に幕を下ろされた。

「LCL圧縮濃度を、最大にしろ。
 子供のわがままに付き合っている暇はない」

ゲンドウの命令によって圧縮されるLCL。
シンジの反抗は何も出来ないままゲンドウによって押え込まれた。

薄れていく意識の中シンジは自問した。

『何をやっているんだボクは...』
 

***
 

「またここか」

シンジは自分が一体どこを走っているのかも分からない電車の中に居ることに気づいた。
シンジの前には一人の少年、

「また、君か...」

その少年はシンジの顔を見ると口の端を引き攣らせ、にやりと笑った。

「君は何をしたかったんだい」

「ボクは...」

シンジは答えようとする。しかし、その答えがどうしても言葉となって出てこない。
本当に自分は何をしたかったのか。

「君は何をしたかったんだい」

再び問われたその問い。自分自身何を望んでいるのか判らない。

「ボクは...」

答えが口を衝いて出る事はなかった。
なぜならシンジ自身答えを知らないのだから...

「聞き方を変えてあげよう。君は何に腹を立てているんだい」

『それなら』とシンジが心に思い浮かべたこと、

『ボクの気持ちを分かってくれない父さんに』

しかしその言葉も口をついて出ることはない。

何故口に出来ない...シンジは自問する。
ボクは父さんに腹を立てているはずなのに。何故...

「君は何に腹を立てているんだい」

父さんに恨みをぶつけたい...でもそれは違う。

「君は解っているのだろう、何に腹を立ているのか」

そう、シンジは解っていた。自分が何に腹を立てているのか。
腹を立てていたのは自分に...何もしなかった自分。

「君は解っているのだろう、何をしたかったのか」

そう、シンジは解っていた、自分がどうしたいのか。変わりたいのだ...

「ボクは...」

シンジがそれを言おうとした時、少年はそれを止めた。

「口に出す必要はないよ。
 君はそれを理解したのだから」

シンジは気づいた。その少年の顔が微笑んでいるのを。

「さあ、君は再び生まれるんだよ。
 自分のことを好きになれる君に...」

シンジの意識は再び闇に包まれていった。しかし今度の闇は心なしか心地よかった。

「でもね君には時間がないんだよ」

残念ながらその少年の最後の言葉はシンジには届かなかった。
 

***
 

「目が覚めたのか...」

最初に目に入ったのは見慣れた天井。そして傍らに眠るトウジの姿。シンジは自分の覚醒を認識した。

「トウジ...」

次第にはっきりとしてくる意識、そして気付いてしまったトウジの体の相違点。

「トウジ...足が...」

シンジは自分の逃げが生んだ結果に愕然とした。

「ボクが...ボクの所為で...」

涙がシンジの頬を伝う。

「ボクは逃げていただけなんだ...
 何もしないで...人任せにして...
 そのくせ結果にだけ文句をつけていた...
 最低だ...」

血が出るほどかみ締められたその唇。

「逃げ切れないのなら...
 何もしないで悔やむのは嫌だ...」

シンジの瞳は一つの決意を映し出していた。

「戦ってやる...」
 
 
 
 
 
 

か・げ・ろ・う
第一話 抹消
 
 
 
 
 

意識の戻ったシンジは、今回の事件に対する処分を受けるために父ゲンドウの元へ連行された。

「碇シンジを連行しました」

保安部員の声とともに司令室に入ったシンジは、司令席に座っているゲンドウの姿にこれまでにない違和感を感じた。

「何だろう」

シンジは、ゲンドウの瞳から視線を逸らさず見つめ返した。

「何か違う」

シンジは自分の感じた違和感の正体を必死で考えた。そして気がついた、いつもは視線を合わすのにさえ苦労する父の姿が小さく見える事。何故か急に年を取ってしまった父の姿に。

「父さん」

そう呼びかけようとしたシンジの言葉をゲンドウが遮った。

「初号機パイロット...
 エヴァの私的な占有、稚拙な恫喝。
 これはすべて重罪にあたる。
 何か言いたい事はあるか」

シンジはサングラスの奥に隠れた父の瞳を見据えた。どんなことがあっても決して逃げない。たとえこの先どんなことが起きようとも...シンジは決意の元にゲンドウに告げた。

「いえ、ありません。
 すべての罪状を認めます。
 いかなる処置に対しても不服は唱えません。
 ただ...」

ゲンドウはこの部屋に入ってきた時から、シンジの持っている雰囲気が変わっているのに気がついていた。

『何がシンジを変えた』そのことへの興味はあったが、それが未練であることにも気がついていた。

『シンジの成長を見届ける事も許されないのか』

ゲンドウは今更ながら心の中で自嘲した。

「ただ、なんだ」

ゲンドウは心の中の葛藤などないように、シンジに続きを促した。

「エヴァのパイロットからおろさないで欲しいんです。
 どんな罰も受けます。だからお願いします」

ゲンドウは、そう答えるシンジの姿に成長を確信していた。シンジの瞳はエヴァに乗ることを逃げの方法としていないことを物語っていた...そしてもう一つ決意を新たにした。

『だからこそ、自分は決断しなくてはならない』

「そうか...いい覚悟だ」

ゲンドウはそう言うと、自分のデスクの引き出しからリボルバーを取り出した。これで別れだと自分の心に言い聞かせながら。

「初号機パイロット。
 エヴァによる反逆行為の罪により死刑とする。
 反論は認めない...」

シンジは死刑と言う言葉に驚いた。シンジの覚悟を越えるその刑...シンジの立場を考えるとあり得ない刑。シンジのしでかしたことを考えると当然の刑...ここは名前こそ違えど軍隊である。反逆罪は死を持って償う。シンジは自分の中にエヴァのパイロットとしての甘えが有ることに気づいた。

『やっぱりボクはバカだったんだ』

シンジは黙って目を閉じ、その時を待った。

ゲンドウの構えた銃口はその照準にシンジの頭を捕らえた。そして...

一発の銃声。シンジはすぐ近くを通りぬけた弾丸の衝撃に少しめまいを感じていたが、自分がここに立っている事に驚きを覚えていた。

「父さん...」

「初号機パイロット、碇シンジの処刑は完了した。
 もはや私には息子は居ない」

その言葉を受けたかのように、加持が司令室に入って来てシンジの横に立った。

シンジは加持に「さあ」と手を引かれる間も父親の様子を見つめ続けた。椅子に座り込んだその姿はこの部屋に入ってきたときよりもさらに小さく感じられた。

シンジの心には、また父親に捨てられたという意識があった。自分はやっぱり要らない子供。自分がいなくても初号機が動く以上、もう父には必要のない存在なのだと。しかし同時に心に引っかかるものも感じていた。なぜ圧倒的だった父の威圧感を感じなくなったのか。自分が変わったのではない、父が変わったのだ。

「何があったんだ...父さん」

小さく見える父の姿。自分を死んだことにする理由。シンジは答えるもののない問いを再び口にした。

「何故なんだ...父さん」

シンジはそのまま加持に連れられ、ネルフ本部を後にした。
 

***
 

シンジが扉の向こうに消えるとゲンドウは脱力し自分の椅子に身を任せた。

『シンジを手元に置くことは出来ない。
 そうしたらまた自分はシンジをエヴァに乗せてしまう。
 それだけは出来ない...』

いつものように顔の前で組まれたゲンドウの手は、いつもより高い位置にあった。まるで神に祈りをささげるように。

遅れて入ってきた冬月はそのゲンドウの力ない姿にある意味での感慨を受けた。

『碇も人の親だと』

冬月は一つ咳払いをすると、じっとしたまま動かないゲンドウに声をかけた。

「いいのか、碇」

ゲンドウは冬月からかけられたその言葉に応えることはなかった。
 

      ・
      ・
      ・
      ・
 

参号機の悲劇が起こる前、初号機が壱拾弐使徒の内部から自力で戻って数日経ったとき、赤木リツコは、サードチルドレン碇シンジの健康状態に関する重大な報告をするため碇ゲンドウの元へ訪れていた。そしてリツコの行った報告はゲンドウと冬月に大きな波紋を投げかけた。

「赤木博士、もう一度言ってくれんかね」

ゲンドウは右手で、眼鏡を押し上げながら赤木リツコの報告を確認した。いつものゲンドウからは考えられないこと。冬月の目にはゲンドウの動揺がはっきりと見て取れた。

赤木リツコもまた初めてみるゲンドウの姿に驚いた。計画のために自分のたった一人の息子を省みなかった父親。その男が、リツコの報告に平常でいられなくなっている。リツコは、ゲンドウという仮面の奥にいるもう一人の男の姿を垣間見た気がした。

「サードチルドレンですが、精密検査の結果。脳内に腫瘍に似たものがあることが発見されました。
 これが壱拾弐使徒戦前。これが使徒戦後です。
 更にこちらがその後シンクロテストを終えた後、経過観測をして得られた画像です」

そこには脳の中心部に現れた腫瘍の陰が映し出され炊いた。

「これは何なのかね」

ゲンドウに変わって冬月がリツコに質問をした。

「一種のガン細胞に似たもの...そう思って下さっても結構ですわ。
 壱拾弐使徒戦の前には見あたらなかった腫瘍が、その後にはこれだけ大きくなっている。
 しかも、シンクロテストを行う前と後で目視でも大きさの差が判るほど成長している」

「何が言いたいのかね。赤木君」

ゲンドウはじれたようにリツコに話の結論を急がせた。

「シンジ君が大切ならこれ以上エヴァに乗せない方がいいということです。
 いえ、シンクロテストすら体のことを考えたら危険です」

その言葉にゲンドウは黙り込んでしまった。

「パイロットを解任しろと言うことかね」

言葉の出なくなったゲンドウに変わって冬月がリツコに尋ねた。

「シンジ君が大切ならと申し上げました」

「治療はできんのかね」

「残念ながら手の届くところではありません。
 これは患者の素性を秘して、専門家に見せましたが同意見でした」

「しかしサードチルドレンが抜けると戦力的に厳しいものになるぞ」

リツコは冬月のその言葉に対して用意していた答えを返した。

「一つ提案があります。
 アメリカ支部の参号機を日本に持ってきてはいかがでしょうか。
 すぐにでもシンクロ可能なパイロットも準備できますから」

ゲンドウはようやくその重い口を開いた。

「赤木博士。参号機の件はキミに任せる。
 サードチルドレンは命令無視の罰として、しばらくの間テストを含めエヴァへの搭乗を禁止しろ」

「わかりました」

リツコはそう答えると、司令室を後にした。

後には力無く頭をたれたゲンドウと、冬月が取り残された。

冬月はうなだれるゲンドウの姿を見て驚いた。ユイを失ったときにも見せなかった弱々しいその姿。ゲンドウが心の内に隠してきたものを初めて見たような気がした。

「どうするんだ」

「シンジをエヴァから下ろす。
 参号機の手当が付かなくても、ダミープラグがある。
 それで運用できれば、シンジをこれ以上エヴァに乗せる必要はない」

「下ろした後はどうする。
 まさかパイロットでもないものを、葛城君と一緒に住まわせる訳にもいくまい。
 おまえと一緒に住むのか」

ゲンドウは姿勢を変えることもなく、冬月の問いに答えた。その表情は冬月からも伺い知ることは出来なかった。

「今更それも叶わんだろう。
 それにシンジを手元に置くわけには行かない。
 置いてしまえば必ず乗せたくなる」

「ならばどうする。
 もうおまえの親戚と言う手も使えんぞ」

「判っている。それにシンジもそれを望まんだろう」

「ならば...」

「冬月、シンジの存在を抹殺する。
 新しい戸籍の上で新しい人生を用意する。
 幸い、死んだ子供の戸籍などいくらでも手にはいる。
 行き先はあの男が助けた娘のところが良いだろう。
 そこなら寂しい思いをすることもあるまい」

『それで良いのか』

冬月はその言葉を飲み込んだ。ゲンドウがぎりぎりのところで行った選択である。今更そう言ったところでどうにかなるものではなかった。

『それにしても運の悪い男だ』

冬月はそう思いながら、悲嘆にくれるゲンドウを一人残して司令室を後にした。
 

      ・
      ・
      ・
      ・
 

しかし、と冬月は思った。本当にこの男には運がない。よかれと思ってやったことが全て仇となって返ってきている。フォースチルドレンの選出にしても、結局戦力どころか自分の息子の心の傷を一つ増やしただけだった。この上ダミープラグがうまくいかなかったらどうするのだろう。

「葛城君に説明をしなくてはならんが、出来るのか」

冬月の言葉にゲンドウは何も答えなかった。

「それとも俺がしようか」

「いや、それは私の仕事だ」

ようやくゲンドウが重い口を開く。

「そうか...」

辛いな。冬月はゲンドウの顔を見てそう思った。この数日で10は老け込んだのではないかと。

冬月は葛城ミサトを呼び出すべく電話を手に取った。
 

***
 

「し、指令...今なんておっしゃいました」

ミサトにはゲンドウの言ったことがただちには理解できなかった。耳には確かに入ってくるのだが頭がそれを理解するのをいやがっているようだった。

「サードチルドレンは反逆の罪により処刑された。
 以降ファースト、セカンド並びにダミープラグを前提とした作戦行動を立案したまえ」

「しかし、何故シンジ君を...」

そこまで言ってミサトは口をつぐんだ。例えどんな説明を受けたところでシンジはもう帰ってこない...自分の責任だ。鈴原トウジがフォースチルドレンだったことを告げなかった自分の。

ミサトは肩を落として司令室を後にした。
 

***
 

ミサトはレイ、アスカの両名をブリーフィングルームに呼び出し事情の説明を行った。

ミサトの言葉が響く中レイ、アスカの両名から何も言葉が発せられることはなかった。ミサトにとってレイの反応はある程度予測の出来たものであったが、アスカからは何らかの反応があるものと思っていた。しかしミサトにもアスカが何を考えているのか読みとることが出来なかった。

「私はどちらに乗れば良いのでしょうか」

冷静に質問をするレイの言葉にミサトは少し怒りを感じた。冷静に考えればレイの質問は当然である。戦いのさなかにおいて、重要視される問題である。ただレイはそれを確認しただけだ。

ミサトは何とか自分を落ち着かせると「初号機よ」とだけ答えた。零号機は腕を修理しているところだ、今運用できるのは初号機と弐号機だけだ。だから当面はこの二人だけの運用になるのだろう。

「ミサト、もう用がないのなら帰るわ。良いわね。
 私はシンジが居ようと居まいと使徒が来たら弐号機で殲滅する。それだけよ。」

「アスカ!シンジ君が死んだのよ。
 あなたに取ってシンジ君はそれだけの存在なの。私たち家族じゃないの」

ミサトのその言葉にアスカは氷のような視線をミサトに返した。そして、

「家族家族ってうるさいわね。作戦上仕方なく一緒に住んでいただけじゃない。
 それにこっちはいい迷惑よ。勝手に脱落されて。
 まあ、ダミープラグなんてもので代わりが効くみたいだから良いんだけど。
 ここに来ての戦力のダウンは痛いのよ。
 いい。アタシだって命を懸けて戦っているのよ。
 こんなつまらないことで危ない目に遭いたくないわ」

「アスカ!」

その瞬間アスカの頬にミサトの平手が飛んだ。アスカは赤く腫れた頬を押さえながらミサトを睨み付けた。

ミサトは自分がしたことが単にアスカに当たり散らしただけと言うことに気がついた。一体自分は何をしようとしたのか。アスカの言うことは正論だ。一体何を...

アスカはミサトの頬を張り返すとそのままブリーフィングルームを出ていった。その姿をちらりと見た綾波レイもまた

「お話が終わりでしたら、私も帰ります」

とミサトを残して出ていった。後には呆然と立ちつくすミサトだけが一人残された。

壱拾四使徒の来襲はその翌日のことだった。
 
 

to be continued
 


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中昭のコメント(感想として・・・)

  新連載かげろうです。

  >「戦ってやる...」
  前向きになったのに・・・
  脳腫瘍ですか・・・・・・
  >いつものように顔の前で組まれたゲンドウの手は、いつもより高い位置にあった。まるで神に祈りをささげるように。
  なんか情景が目に浮かびます。


  >「ミサト、もう用がないのなら帰るわ。良いわね。
  >「お話が終わりでしたら、私も帰ります」
  さ、寒い
  この頃のアスカなら、じゅっちゅうはっくこういう台詞だったでしょうけど・・・
  レイはもう少し違う反応でも・・・ううん、でもこうなるかな。

  死んだ事にされたシンジはマナのもとへ?(先行版を3話まで読んでるんだから、ちと白々しいかな)
  できてしまった腫瘍はどうなるのか

  うーんでも死んだ事にした人間が、実は生きてましたぁーってゼーレに通用するのかしら。





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