〜ル・フ・ラ・ン〜


第十一話 そして
 
 
 
 

カーテンの間からまばゆいばかりの朝の光が漏れ混んでくる。さわやかな一日の始まりを約束するような朝、柔らかな光がまだ眠りの神の傍らで安らかなひとときを過ごしている少女の下に、目覚めの魔法をかけた...

瞼を刺激する朝の光にレイコは目覚めた。昨夜の夜更かしの所為で、目覚めたとは言えいまだぼんやりとした感覚の中、少しずつ昨夜の記憶がよみがえってくる。

覚えているのは肩を抱いてくれたシンジのぬくもり。レイコは自分の大胆さに頬が熱くなるのを感じていた。

「でも...」

その後が問題だ。レイコにはどうやってベッドまで来たのか記憶がない。しかしこうして自分はベッドにいるし、ガウンも脱いでいる。レイコは記憶をつなごうと真剣に考えているとき、ふとにやつきながら自分を見詰めているマナの視線に気づいた。

「お、おはようマナ...
 な、何よそんな顔して」

自分の心の葛藤が見られた。そんな思いにレイコは少し動揺してマナに朝の挨拶をした。

「おはようレイコ。
 どうだった新婚初夜は。
 旦那様に抱きかかえられてベッドルームに来るなんてレイコも大胆ね」

そんなレイコの動揺に気づいているのか、マナはレイコへ爆弾発言をした。それを聞いた瞬間レイコの頭の中は真っ白になった。

「うそっ、そんな」

「レイコったらお兄ちゃんの首にすがり付いて甘えていたわよ。
 アタシ寝たふりするのが大変だったんだから」

一瞬にしてレイコの顔が赤く染まる。

「えっ、えっ」

「ほーんと、レイコって思ったより大胆なのね。
 レイコがお兄ちゃんをベッドに引っ張り込むんだから」

「そんな」

「レイコったら声が大きいしぃ」

「!」

「痛かった?」

ここまで来てレイコは、マナがいつもいたずらをする時の表情をしているのに気づいた。

「マ〜ナ」

ジト目でマナを睨み付けるレイコ。マナはそれに気がつかないように自分の世界に浸る。

「やさしくしてね。初めてなの」

「分かってるよレイコ」

「あんっ」

マナの一人芝居が止まらない。

「マ〜ナ」

ようやくマナがレイコの顔を見る。その顔はいたずらな微笑みを浮べたままだが。

「なんでしょう。新妻レイコさん」

「からかっているでしょう」

「何の事?」

にっこりと笑うマナ。そのかわいらしい顔は男なら虜にされてしまいそうな者だが、同性であるレイコには通じない。レイコの顔は先ほどまでと違った意味で紅潮していた。

「今の話全部よ」

「ようやく気付いたの?」

「ひどいわ、そんな嘘つくなんて」

「そんな嘘なんて...レイコの願望を語ってあげただけよ。
 でもレイコもからかいがいがあるわね」

そうでしょうという顔をしてマナはレイコを見詰めた。

レイコの方はというと、これ以上赤くならないんじゃないかというほど顔を赤くしてマナに抗議をした。

「ひどいじゃないマナ」

レイコの抗議を受け流し、マナは楽しそうな顔をして更に続けた。

「でもお兄ちゃんがレイコをベッドに運んだのは本当のことよ。
 ガウンはアタシが脱がせてあげたけどね。
 ほ〜んと、レイコって純情よね。
 せっかくお兄ちゃんと二人っきりになって、
 その上肩まで抱かれたのにキスの一つも迫らないんだから」

「見てたの」

「ええ、しっかりと
 『もう少しだけ、こうさせていてください』な〜んて言っちゃって。
 そのくせ、お兄ちゃんに寄りかかって寝ちゃうし」

レイコは頭を抱えた。

「レイコちゃん可愛いっ」

「もうやめてよ」

「い〜やっ。面白いんだもん」

「マナ〜」

じゃれあうような少女達の声がスイートルーム中に響き渡っていた。
 
 
 
 



 
 
 
 

「隣はにぎやかだな」

すでに着替えを終えたムサシが、寝ぼけまなこのシンジに向かってぼそりと言う。

「そうだね」

シンジはレイコとマナが夜遅くまで起きていた事を知っている。それなのにあの元気さ、何か空恐ろしいものを感じていた。

それにも増して前夜のアルコールの影響を微塵も見せないムサシは、シンジをあきれてさせた。ミサトさんといい勝負が出来るんじゃないか、そんな気持ちにシンジは囚われていた。

「彼女の見舞いに行ってくるんだろう」

シンジの思考とは関係なく、相変わらずムサシはぼそりと話し掛けてくる。

「うん、朝食をとったら行ってこようかと思うんだ」

「そうか、うまく行くといいな」

ムサシのその言葉にシンジは答えなかった。シンジの中に微かにある恐れが、相づちを打つ事を躊躇わせた。ムサシはそんなシンジに気づかないように話を続けた。

「見舞いの間は俺達は適当に時間をつぶしておく。
 それに今日からの家の片づけもあるしな」

「悪いね、任せちゃって」

「気にするな、どうせ暇なんだから。
 それにどうもこういったベッドというのは落ち着かんからな。
 俺も早く畳の部屋で寝たいんだ」

シンジは豪快に鼾をかきながら寝ているムサシを思い出した。どんな所でも眠れるこいつが、ベッドの上だと落着かないなんて似合わない事をと思いながら。

「じゃあ、申し訳ないけどお願いしておくよ。
 その後合流して買い物に行かないか。
 いろいろと入用なものがあると思うから」

「それもそうだな。
 待ち合わせは病院にしないか?その方がシンジもゆっくりと出来るだろう」

ムサシの提案はシンジにはありがたかった。

「悪いな気を遣わせて」

「俺達の間で水臭いことを言うな。
 そうと決まったらさっさと飯でも食いにくか。
 放っておくとあっちは何時までもあのままだからな」

ムサシはそう言って、まだ騒いでいる隣の部屋を指差した。

「確かにね」

ムサシの言うとおり、隣の部屋の賑わいはまだまだ終わる事がないようだった。
 
 
 
 



 
 
 
 

「支払いの方はネルフという事で承っています。ハイ」

フロントの女性はさすがに良く訓練されていたが、それでも笑いを押さえる事ができないようだった。高校生ぐらいの男女2組、ネルフがらみであるから普通ではない事は判っているが、それでも一人の少年の頬についた季節はずれの紅葉は笑いを誘うのに十分だった。

回りがムサシに向ける好奇の視線。それがますますムサシを不機嫌にしているように見えた。

「納得がいかん」

ムサシは直接の加害者であるマナではなく、シンジを見てそう言った。

「何がよ」

マナの言葉にムサシはシンジを指差して言った。

「何故シンジは無事なんだ」

「そりゃあ、兄弟と他人の違いよ。
 あの程度で叩いていたら、お兄ちゃんの顔は今頃2倍に腫上がっているわ」

マナは何を当たり前の事をという顔でムサシに言った。

「いや、俺が言いたいのはだな。
 マナが俺を叩くのはまだ判る。
 だが、同じように見られたレイコが何故シンジを叩かん。
 それが理不尽だと言っているんだ」

ムサシの意図が判るとマナはにやりと笑った。

「そりゃあ、新妻レイコさんが愛しの旦那様を叩くわけないじゃない。
 レイコったらムサシが寝ている間に、お兄ちゃんに身も心も捧げたんだから」

マナの言葉に大仰に驚くムサシ。

「い、いつのまに...お兄ちゃんは許さんぞ」

「兄さん、許すも許さないも私たちはそんな...」

レイコの言葉も聞こえないようにムサシとマナの掛け合いは続く。

「だめよ、愛し合う二人を邪魔しちゃあ。
 そんな事をするからムサシの春が遠ざかっていくのよ」

「そういうマナこそ浮いた話を聞かないがな」

ムサシの言葉にマナは大きな溜め息を吐く。

「こういった兄を持つと、回りの男がつまらなく見えるのよ。
 その点レイコなんか兄がこれだからすぐに見捨てて他の男に走るのよ」

「そんな他の男だなんて...」

「なるほど、妹がこれだからシンジも他の女に走るのか」

「どういう意味よムサシ」

「お前が言った通りの意味だよ、マナ」

「ねえ、ちょっと二人とも...」

ムサシとマナはレイコを無視してシンジの方を見た。シンジは先ほどから繰り広げられているやり取りに気がつかないかのようにぼうっと前を見詰めていた。

「だめか...」

「重傷ね...」

ムサシとマナは顔を見合わせると小さく溜め息を吐いた。

「おい、シンジ」

ムサシの呼びかけにシンジはようやく思考の海から這い上がった。

「ああ、ゴメン。
 じゃあボクはすぐに病院に行くから」

這い上がったはいいが、どこか外れた返事をするシンジ。

「手ぶらで行くつもり」

そんなシンジをジト目で睨むマナ。

「えっ、ああそうだね。じゃあ何か御菓子でも買っていくから」

「あのね、お兄ちゃん。
 久しぶりに会う彼女のところへ行くんだから御菓子なんて色気の無い物はだめよ。
 それに入院している人に食べ物は気を付けた方がいいわ。
 ここは花束にしなさい。私が選んであげるから...
 レイコ行くわよ」

そう言うとマナは、シンジの腕を引いてホテルのフラワーショップへと歩いていった。呆気に取られたレイコもムサシに引きずられるようにしてついていった。
 
 
 
 



 
 
 
 

「しっかりと頑張って来るのよ」

マナはそう言うと、シンジに巨大と言って差し支えない色とりどりのバラとカスミソウで作られた花束を押し付け迎えに来ていた車に押し込んだ。

「ごゆっくり〜」

マナのその言葉がまだ静かなホテルのロビーに響き渡る。回りにいた客は何事かとばかり、残された3人の方へ振り返った。その視線に気づきレイコは居心地の悪さを感じていたが、それよりも元気のなかったシンジが心配になっていた。

「すまんな、レイコ」

シンジの去っていった方を見ていたレイコは、ムサシのその言葉にはっと二人の方へ振り返った。そこには先ほどまでと打って変わって真剣な顔をしたムサシとマナが居た。

「何がよ、兄さん」

「お前の気持ちを慮ってやれなかった事さ」

レイコは『そんな事はどうでもいい』とばかりに首を振った。

「私は大丈夫よ。
 私だってシンジさんが元気がないのは辛いもの。
 本当にうまく行くといいわね」

ムサシはそんなレイコを黙って抱き寄せた。
 
 
 
 



 
 
 
 

『とにかく会おう。全てはそれからだ』

シンジのその考えを挫こうとするアスカの言葉。

「帰れ」

シンジの来訪を告げたときのアスカの強い拒絶。

「アンタの顔なんて見たくもない」

会う事すら拒絶する、冷たい壁。シンジはただ病室の前で立ち尽くす事しかできなかった。

「アスカ...」

「アンタになれなれしく名前で呼ばれる筋合いはない」

『取り付く島もない』と言うのはまさにこの事かと言うばかりの徹底的な拒絶。

「とにかく話がしたいんだ。
 中に入れてくれないか」

「一歩でもこの中に入ってごらんなさい...死んでやるんだから」

「どうして...」

昨日とは打って変わったアスカの態度へのシンジの戸惑い。

「アンタがアタシに何をしたか、何をしなかったか忘れたとは言わせないわ。
 何よ今頃のこのこと出てきて、許してもらえると思っているの。
 とんだ甘ちゃんよ。
 とっととどっかへ行って。そしてアタシの目の前に二度と現れないで。
 アンタの顔を見る...ううん、名前を聞くだけで気分が悪くなるんだから」

「そんな、昨日は...」

「昨日の事は何かの間違いよ。
 アンタの勘違い。
 分かったでしょう?とっとと消え失せて。
 このオナニー野郎」

シンジは目の前のドアを見た。名の変哲もないドアがとても厚く、重く見える。シンジに浴びせられた絶対的な拒絶。アスカの言葉がシンジに絶望を与える。そして沸き上がる疑念...

「アスカ...」

絞り出すようなシンジの呼びかけ。しかし病室の中からはもはや何の答えも帰ってこない。

「アスカ...」

シンジはもう一度呼びかける。アスカが答えてくれるとの淡い期待を胸に。しかしシンジの言葉が消えた後は沈黙だけがその場を支配した。

もうアスカは声さえ聞かせてくれない。固く閉ざされた扉はアスカの拒絶を現わしているように思える。シンジはしばらくそのドアを見詰めていた。日を改めようか...シンジに浮ぶその考え。

「でも...」

シンジはもう一つのミサトの手紙を思い出した。その中に書かれた重い事実...ドイツでのアスカの人間関係...アスカのとった行動。恐らくはシンジを拒絶する理由。

『ここで逃げたら、二度とアスカの前に現れる資格が無くなってしまう...』

シンジは右の手のひらを何度も閉じたり開いたりした。何年ぶりかにするシンジのその癖...

「よしっ」

シンジは右手を握り締めると、アスカの病室のドアに手をかけた...
 
 
 
 



 
 
 
 
 

アスカはドアをノックする音に心臓が跳ね上がるような錯覚を覚えた。看護婦の来る時間じゃない、だったら考えられる人は唯ひとり。そしてかけられたその言葉...

「アスカ...」

忘れることの出来ないその声。会いたくて仕方なかった人。でも会わないと決めた人...

「帰れ!」

血をはくように吐き出されるその言葉。

「アンタの顔なんて見たくない」

『嘘よ会いたくてたまらない』

「二度とアタシの前に現れないで」

『顔が見たい』

「一歩でもこの中に入ってごらんなさい。
 アタシは死んでやるんだから」

『今シンジの顔を見たら決意が崩れてしまう』

「アンタがアタシに何をしたか、何をしなかったか忘れたとは言わせないわ。
 何よ今頃のこのこと出てきて、許してもらえると思っているの。
 とんだ甘ちゃんよ。
 とっととどっかへ行って。そしてアタシの目の前に二度と現れないで。
 アンタの顔を見る...ううん、名前を聞くだけで気分が悪くなるんだから」

『許されないのはアタシ。沢山の人の屍の上に立っているこのアタシ
 そしてシンジの優しさを踏みにじったアタシ』

シンジへ浴びせる罵声は少しずつアスカの心を壊して行く。

「昨日の事は何かの間違いよ。
 アンタの勘違い。
 分かったでしょう?とっとと消え失せて。
 このオナニー野郎」

『ごめん、シンジ。昨日のアタシが素直なアタシ。
 でも忘れてお願い...
 あなたにはあなたを想ってくれている娘がいるわ。
 その娘の方が血に汚れたあたしなんかよりシンジに相応しい...』

『アスカ...』

聞こえてくるシンジの声。その声がアスカの心を軋ませる。

『お願いシンジ、もう帰って。そしてアタシのことは忘れて』

『アスカ...』

辛そうなシンジの声。アスカの心を締め上げて行く。

『お願いだからもう呼びかけないで。アタシの決心をかき乱さないで』

そして訪れる暫しの沈黙...

『お願い、もう行って...
 シンジの声を聞くと苦しいの。
 辛そうな声を聞くのは耐えられないの...』

そして静かに回るドアのノブ。アスカは自分の心臓が跳ね上がるのではないかと思った。

『ダメッ』

口に出る事のないその想い...

開けられたドアから入ってきたのは一番会いたくなかった人、そして何よりも再会を待ち望んだ人...

「シンジ...」

アスカはシンジが折れる事のない強い心を持った事を知った。
 
 
 
 



 
 
 
 
 

「アスカ...」

病室に入ったシンジが最初に見たのは、自分を見詰めるアスカの潤んだ瞳。

「アスカ...」

シンジの呼びかけに激しく反応するアスカの身体。アスカは傍らに置かれた果物ナイフに手を伸ばそうとした。自分の言った言葉を実行するために。しかしアスカの手がナイフに届く事はなかった。

「シンジ放して」

アスカが動くのよりも早くシンジはアスカの腕を掴まえていた。

「いやだ」

シンジはそのままアスカを自分の胸に抱き留めた。アスカは何の抵抗も出来ないままシンジの腕の中に包まれた。シンジの体温がアスカを包む、それはアスカが望んでいた事、もう二度と叶わないと思っていた事。

「お願い放して」

弱々しいアスカの声。シンジの腕に力が入る。決して放さない...シンジの強い意志が込められたように。

「放して...でないとアタシ...」

壊れてしまう...これまで自分を守ってきた堅い殻が壊れてしまう。アスカはそう思った。そしてそうなってしまったらもう一人では居られないと。

「絶対に放さない。
 もう後悔したくないんだ。
 だから...だから二度とアスカを放さない」

シンジの言葉にアスカの身体が震える。嬉しい...でもいけない。アスカの心の中での葛藤。

「シンジ放して。
 アタシは血で汚れているの。
 シンジにふさわしい女じゃない」

アスカの叫びにシンジの腕に力が籠もる...アスカへの想いを乗せたように。

「それでもボクにはアスカしか居ないんだ。
 お願いだ、アスカ一人で苦しまないで...」

アスカは自分を包んでいた固い殻が壊れていくのを感じていた。それは決して不快な感覚ではなく、気持ちのいいもの。シンジは全て知っている...シンジに任せてしまいたい。

「シンジ...」

抱きしめられた胸からシンジを見つめるアスカの熱い眼差し。その眼差しに答えるかのようにシンジはアスカに口づけをした...心にたまった全てを吐き出すかのように。

「うんっ」

シンジの口づけに、アスカは自分を守っていた堅い殻が消え失せたのを感じていた。

アスカはシンジを引き寄せるようにベッドへ倒れ込んだ。

「アスカ大丈夫」

シンジはアスカの体を気遣い、体重がかからないように自分を支えていた。

「大丈夫、だからもう少しこうしていて」

アスカはシンジの体を抱きかかえるように自分の方に引き寄せた。体に伝わるシンジの温もりが心地よい。

「今日はうがいしないね」

シンジの言葉に顔をアスカは顔を赤くする。

「ば、馬鹿...あの事は忘れなさい。
 今日があんたとのファーストキスなんだから」

「でもボクには忘れられない思い出だよ。
 アスカがボクなんかにキスしてくれたんだから...
 ちょっと傷ついたけどね」

「だからその事は忘れなさいって言ったでしょ」

抱き合ったまま言い合った二人だったが、言葉が切れた瞬間どちらからともなく唇が重ねられる。

「シンジ...」

「何」

お互い見詰め合ったままかわされる言葉。

「アタシ本当に汚れていない。
 アタシの手は沢山の人の血で汚れている。
 そんなアタシが幸せになっていいの」

それはアスカの心の中にあった恐怖。

「アスカは昨日の戦いで、そんな体なのにボクのために出撃してくれたね。
 ボクのために使徒の攻撃の盾になってくれて。
 そんな事の出来るアスカが汚れているわけないじゃないか。
 ボクにはアスカが光り輝いているよ」

三度重なる二人の唇。これまでに比べ深く深く...

シンジは唇に感じる柔らかい感触。抱き寄せたアスカの体の柔らかさ。胸にあたるアスカの胸の感触に下半身に違和感を感じていた。

シンジがそれに気付いた瞬間身体を放したアスカの手痛い一撃がシンジの頬に走る。

「いや、これは、その...」

弁解しようとするシンジだったがうまく言葉が出てこない。

アスカはそんなシンジを『キッ』っと睨み付けた。

「そんな事気にしていないわよ。
 女だって同じなんだから...
 っっって、そんな事じゃなぁい。
 アンタ昨日アタシが出ていったときなんて言った。
 『綾波ぃ』
 よくもぬけぬけとそんな事言ってくれたわね」

思いも寄らないアスカの言葉、それがシンジの混乱に拍車をかけた。

「でも、あの、それは、その...」

アスカはシンジの反応を見て嬉しくなった。格好良くなっても、たくましくなってもやっぱりシンジはシンジなんだと。

「何よ、もう殴んないから言いたい事があったら言ってみなさいよ」

アスカは先ほどまでと比べ幾分表情を柔らかくしシンジ説明を促した。

「それは、その、アスカが...ん」

シンジの唇をアスカがふさぐ...今日4度目の口付け...

シンジの体から力が抜ける...

そしてゆっくりと離れる唇。

「落ち着いたでしょう」

いたずらな瞳でシンジを覗き込むアスカ...

「うん」

「話してくれるでしょう」

シンジは一つ深呼吸をして静かに話し出した。

「アスカが来る前に同じ相手と戦ったんだ。
 その時は綾波が盾になってくれた。
 綾波は盾が溶けて落ちても身を挺してボクを守ってくれた。
 アスカが出てきたとき、ちょうどその時の光景と重なって見えたんだ。
 だから思わず綾波の名前を口にしてしまった...」

その答えにアスカは小さな溜息を吐いた。

「予想通りの答えね...まあ、許してあげるわ。
 ねぇ、シンジ...ファーストに会いたい?」

唐突に繰り出されるアスカの問い。シンジは少し首を傾けその答えを考えた。

「...今までそんなことを考えたことがなかった
 でも今は会うのが怖い」

会うのが怖い...シンジとレイの関係を考えたら意外な答えにアスカは驚いた。

「どうして」

「前のボクは自分のことで精一杯だったからね。
 でも今は...綾波が敵にならないかが怖いんだ」

アスカにも思い当たることは有った。綾波レイの存在は使徒その物であるのだ。そのことはすなわち、レイが敵に回るかもしれないと言うことを指していることにも。

「アンタバカね。
 レイがシンジの敵になるわけないじゃない」

自身にもわき上がった同じ怖れ。それを振り切るようにアスカは言った。

「そうだね」

「アンタ、そう言う風に物事を悪く考える癖は変わっていないわね。
 相変わらずうじうじしているんだから」

「そうかなぁ、これでも少しは変わったと思うんだけど...前と変わらない」

シンジはアスカの瞳をじっと見つめてそう言った。

『こいつなんて目をして見るのよ...』

自分をを見つめるシンジに、アスカは鼓動が激しくなるのを感じていた。

「ま、まあ前よりは大分ましになったんじゃない。
 でも勘違いしないでよ、前よりはよ、前よりは!」

『自分は何をこんなに力んでいるんだろう...』

自分の発した言葉にアスカは不思議な気持ちを感じていた。

「ありがとう」

シンジはそう言ってにっこりと笑う。アスカはその笑顔を見続けることが出来なかった。

「れっ、礼を言われることじゃないわよ」

ぷいっと顔を逸らしアスカは早口でそう言った。

『何でキスするより、シンジの顔を見るのが恥ずかしいんだろう』

アスカはそう自問する。

『いやだ、何か話してよ』

しばしの沈黙、アスカはシンジの視線を感じた。

『やっぱりシンジのこと好きなんだよね
 キスしていても気持ちよかったし』

「アスカ...」

はじかれたように振り向いたアスカの瞳に映るのは、柔らかなシンジの笑み。

「なに、シンジ...」

「よかったね元気になって」

心からの言葉...

「うん」

お互いの時間を取り戻した喜び...

そして5度重なるその唇...
 
 
 
 



 
 
 
 

「何はともかく万事めでたしめでたしと」

ミサトは手元のモニターから目を離すと醒めたコーヒーを一口すすった。

「あきれた...ずっと見ていたの」

徹夜明けの疲れを色濃く残した顔でリツコが言う。

「やっぱりあの二人が心配だったしねぇ。
 なんと言っても元保護者だしぃ」

「保護者ねぇ。
 一番保護されていた様な人が何を言うのやら」

リツコのちくりと一刺し。

「きっついわねぇ。
 アタシとしては、これでアスカがドイツでのことを振り切ってくれたらなと思っているのよ。
 それにさぁ...」

椅子を座り直してにんまりとミサトが笑う。

「こんな見物...滅多にないわよ」

声を潜めて言うミサト。

「結局がそれが一番の理由でしょう。
 知らないわよ、後で何されても」

そう言ってリツコは入れ直したコーヒーをミサトに渡す。

「んっ、ありがとう。
 なぁ〜に、大丈夫よん。
 あの二人は覗かれていることなんて知っているんだから」

「それにしてもじっくりと鑑賞されているなんて思わないわよ。
 でもこれで争奪戦は決着かしら...
 結構あっけない物ね」

「なるようになったんだから、しょうがないんじゃないの」

「かけは成立しないけどね」とミサト。

「でもね」とミサトが続ける。

「尚更指令には頑張って貰わないとね。
 あの二人の悲しい顔はもう見たくないの」

「一応ウルトラCは渡して有るんだけどね。
 アメリカ支部の性格を考えると結構丸く収まる方法をね」

リツコはそう言ってミサトにウインクする。

「何よそれ」

ミサトは『聞いてないわよそれ』とばかりに椅子をリツコの方に寄せる。

「あなたの目の前の書類がなくなったら教えてあげるわよ」

ミサトは、机の上に置かれたいっこうに減っていかない書類の束をげんなりとして見つめる。

「ちょっち手伝ってくれない」

「だ〜めよ。これからエヴァの修理の打ち合わせが有るんだから。
 自分の仕事でしょ、自分でおやりなさい。
 葛城作戦本部長殿」

「けぇ〜ちっ」
 
 
 
 



 
 
 
 

「お兄ちゃん変」
「シンジさん...」
「俺は嬉しい!」

病院で待ち合わせた3人が、シンジを迎えたときのそれぞれの言葉。

「何だよ、一体...」

「そんな顔をして病院の中を歩いていたらやっぱり変よ」

マナはシンジの顔を指さして言う。

「そんな顔って、どんなだよ」

「ほっぺたに手形をつけて、にやついて...」

「にやついてた?」

「お兄ちゃんのそんな顔、初めてみたわよ。
 レイコなんてあきれちゃってるし」

「まあ俺としては赤い手形が嬉しかったけどな」

ムサシはシンジの肩を叩いて言う『同輩』と。ムサシの方は大分薄くなっている。

「シンジさん...口紅ついてます...」

突然のレイコの言葉に、シンジは慌てて自分の唇を押さえる。

「レイコ、ナイス!
 ばかね、お兄ちゃん。
 入院患者が口紅なんてするわけないじゃない」

シンジは固まったまま立ちつくしている。

「レイコちゃん...」

「私だってたまにはこんなことも言うんですよ」

レイコはシンジにそう言って微笑みを返した。

「お兄ちゃんたら、お見舞いに行って何をしているんだか」

マナはいい〜っという顔をする。

ムサシは固まっているシンジの肩に手をかけ、あきらめろと言う風に言った。

「ここのところはこれまでにしておかないか。
 そろそろ昼も近いし腹も減っただろう。
 なぁに、時間はたっぷりと有るんだから、今晩ゆっくりと締め上げて酒の肴にすればいい」

「賛成ぇ〜
 徹底的に締め上げよう!」

これはマナ。シンジはまた飲むのかとげんなりした顔でレイコに助けを求める...がそれが無駄であることがすぐに分かった。レイコがにこにこしてシンジを見つめていたからだ。

「今日はとことんおつきあいしますわ」

3人がかりでは...シンジはあきらめるしかなかった。

「明日から学校なのに...」

シンジ主張はあっさりと無視されていた...
 
 
 

翌日の朝、始業のチャイムのなる中、1高の校門を駆け抜けていく4人の男女の姿が目撃された...
 
 

to be continued?
 


トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんのルフラン第11話、投稿して頂きました。

  日を改めて・・・・・・・・軟弱モノには殺し文句です。
  以前のシンジなら絶対帰ってましたね。
  そして折角の機会をふいにする
  >お互いの時間を取り戻した喜び...
  良かったですぅ。




  >「一応ウルトラCは渡して有るんだけどね。
  >アメリカ支部の性格を考えると結構丸く収まる方法をね」
  おおお

  なんだろ
   1.冬月が身代わりとしてアメリカに行く・・・・・
   2.エヴァを全機アメリカに移す
   3.アメリカに本部機能を移転する
   4.使徒の全データを公開する(もーしてるかな)
   5.Z(ゼータ)EVAの開発を依頼する
   6.それ以外


  100%、6番だな。えっへん。


  レイを気にしつつ次回をお待ち申し上げ候。



  みなさんも、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。






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