〜ル・フ・ラ・ン〜


第二十三話 代償
 
 
 
 
 

7、8号機が作戦行動の間、霧島、鈴原、二人のパイロットは、緊急事態に備えるため本部で待機していた。もっとも現地からは順調に作戦が推移していることが伝えられ、しびれるような緊張感からは解放されてはいた。それでもすぐに出撃できるように、プラグスーツを着用して控え室で待機しているのは変わらなかった。

静かな控え室でただ待つと言う作業は退屈な物である。勢いシンジとトウジは雑談に花を咲かせることになった。それは学校の出来事であり、兄弟の事でもある。しかし彼らにとっての一番の関心事は、お互いの思い人との関係であった。特に二人の美女に囲まれ、世間の目もあるシンジの事をトウジは気にしていた。

「しかしシンジも大変やなぁ」

そのしみじみと言うトウジの口調にシンジは苦笑した。

「そんなにしみじみと言わないでよ。
 責任が重いことは承知して居るんだから」

自分に寄せられた二人の少女の想い。その一人にしか答えることが出来ないことはよく分かっていた。だからといってもう一方を切り捨てることは、今のシンジには出来ない相談だった。それはある意味卑怯なことなのかも知れない。そのことはシンジはよく理解していた。でも、もう少しだけ、もう少し自分たちが大人になるまで、今の関係を続けていきたいという気持ちをシンジは持っていた。もう少し自分が大人になれば、そうなればお互い傷つかないで済む方法が考えられるのではないかと。

「なまじっかええ娘やからつらいのう」

どちらかと言えば、トウジの好みはアスカよりレイコである。だからといってこればっかりは個人の好みの問題なのである。

シンジも分かっていて、トウジの言葉には答えなかった。

「そう言えば洞木さん、トウジの家に夕食作りに行っているんだって?」
「アオイの奴がしっかりヒカリになついてしもうたわ。
 最近はワシが作ると文句をゆうねん」

そりゃあ、トウジの作るのはちょっと女の子には辛いよな。心の中でシンジはそう思ったが、それを口に出す事はなかった。

「ずっと作って貰えば良いのに」

どうせそのつもりなんだろう?とシンジはほのめかした。

「なにゆうとんねん。
 世の中けじめっちゅうやつが必要なんや。
 中学生の頃から同棲しとったお前達と一緒にすな」
「おいおいトウジ、あれはそんなものじゃないよ。
 トウジだってよく知ってるだろう」

辛いと想っていた事も、乗り越えてしまえば思い出となる。シンジもあの時のことを懐かしむだけの余裕は生まれていた。

「まあそれはそうやけどな。
 そう言いながら、自分たちはキスなんぞしとったんだろう」
「な、何でトウジが知ってるんだ」
「なんや、やっぱりしとったんか。
 やっぱ自分たちはあのころからできとったんやないか」

ニヤリ、してやったりとトウジは笑いを浮かべた。この辺の話しになると分が悪い。シンジは話題をケンスケに切り替えることにした。

「ところでケンスケ達はどうなって居るんだろう」

いかんとも曖昧な問いかけである。しかしトウジはしっかりとその意味を理解していた。

「この前山岸が泊まりに来たってケンスケがゆうとったで。
 あそこのおとんとも何度もおうとるらしい。
 ケンスケも山岸んところへ泊まりにいったことがあるそうや」
「お互いの親に紹介済みと言うことだね」
「ああ、そう言うことや。
 婚約しようかと言う所まで話がすすんどるらしいで」

『へぇ、そんなところまで』とシンジは驚いた。アスカの情報にも無かった事態。多分彼女達もそこまで話が進んでいるとは想像していなかったのだろう。

「それでケンスケの最近の頑張りが有るんだね」

『そりゃあ頑張りもするだろうな』それがシンジの正直な感想だった。それが良い方に働いているのだから、別に何も言うことはない。暖かく二人を見守っていけば良いのだから。

「あの子に『ケンスケさんをよろしくお願いします』なんてやられてみい。
 ほらあもう、どうにもならんわ」
「あっ、それ僕も言われたよ。
 『ケンスケさんの事をよろしくお願いします』って。
 目を潤ませてくるからものすごい破壊力だったなぁ。
 多分アスカにも同じ事を言っているんじゃないかな」

多分あれは女の子に対しても破壊力が有るだろうな。シンジは自分に迫ってきたマユミの迫力を思い出していた。

「まあ、人のことばっかりやのうて。
 わいらもがんばらんといかんのやがな」
「違いない」

そう言って二人は顔を見合わせて笑った。その顔には『お互い苦労するな』と言う表情がありありと浮かんでいた。

ある意味高校生らしくない談笑をしていた彼らだったが、その時間を緊急警報が切り裂いた。赤いランプの点滅とともに告げられた非常事態は、瞬時に彼らを戦士の顔に仕立て上げた。

「行くぞトウジ!」
「おうっ」

いつでも出撃できるように、彼らは自分の愛機へのエントリーを開始した。
 
 


***





まったく動きを止めた8号機とは対照的に指揮所は喧噪に包まれた。7号機がマグマの中に居る今、8号機の異常に対処する方法が無い。テレメータシステムには何の反応もなくなり、中のパイロットの生存の確認すら出来なくなっていた。記録に残っているのは何の変哲もないデータと、通信が途絶える瞬間のケンスケの呟き。ただそれだけだった。怒鳴るようなミサトの呼びかけにも関わらず、8号機からは何の応答も無かった。

指揮所の喧噪は通信機を通してマグマの中に居るアスカにも伝わっている。何が起こったのか分からないエヴァに干渉できるのはエヴァだけである。アスカは自分が引き上げられていくのを、じりじりする気持ちで待っていた。

「相田...一体どうしたのよ」

アスカの頭の中には“生き残ろう”と握手を交わしたケンスケの姿が浮かんでいた。同時にケンスケのことを頼むと、頭を下げているマユミの姿も浮かんできた。アスカは焦りを隠すことなく、いつまで経っても0にならない深度計の数値を睨んでいた。
 
 

量産機にはアンビリカルケーブルによる接続経路はない。従ってすべてのコントロールは無線ベースになってくる。初めマヤは通信回路の故障かとその原因を疑った。そしてミサトの助言により、何らかの通信障害が発生しているのではと、観測器を持ち出し電波状況を調べた。しかし、そこには何の異常も検出できなかった。アメリカでの5号機の様に、外部から異常な干渉が有ったのかとも疑われたが、アメリカの時には可能であった通信も途切れていること。エヴァ事態は起動状態に有ることからその可能性も否定された。次々に否定されていく可能性に、ミサトは最悪の事態に絞り込まれていく不安に苛まれていた。

『パターン青は検出されていない』

そのことだけを頼りに、7号機の探索が進められる。しかし、未だ稼働状態に有るエヴァがどのような挙動を見せるかはかりしれず、エントリープラグにまで手を出すことが出来なかった。

『早く7号機に上がってきて欲しい』

全員の願いはその点で一致していた。

『単なる故障で有って欲しい』

その全員の願いは、7号機の姿がマグマの中から現れたとき、裏切られることとなった。

それまで動作を停止していた8号機は、7号機の姿が見えるとゆっくりと立ち上がり。つるされている7号機に向けて歩き出した。そしてお互い後少しで手が届くという所まで達したとき、絶望的なデータが指揮所の端末に映し出された。
 

Blood Type "BLUE"
 

そのとき、D型スーツの為動きの鈍い7号機に8号機は牙を剥いた。

さすがはアスカと言ったところだろうか。突然襲いかかってきた8号機に、動きが鈍いながらも7号機は反応が出来た。そのため一撃で行動不能に陥ることはなかったが、身代わりに7号機につながれていた冷却パイプが切断された。漏れ出た液体窒素で白い霧に包まれる中、じりじりと8号機は7号機を追いつめていった。7号機はD型装備のせいで、動きを著しく制限されたが、そのかわり非常に丈夫な装甲を得た形になっていた。そのため、アスカは判断を切り替え、時間稼ぎに切り替え本部からの応援を待った。幾度と無く繰り出された8号機の攻撃も致命傷とはならず、アスカは何とか戦闘を維持することが出来た。

しかしそれにも限界はあった。未だ救援のエヴァ到着の知らせが無い中、8号機によって7号機は浅間山の火口まで追いつめられたのだ。ここまでの戦闘で、すでに周囲の重機は使い物にならなくなっている。しかも冷却剤の供給も出来ない状態となっている。この状態で火口に落ちたらただでは済まない。アスカは背中に冷たい物が走るのを感じていた。

何とかしなければとは思うのだが、何しろD型装備のため動きが極端に鈍くなっている。敵の攻撃を耐えるのには役に立つが、かわしたりすかしたりするには大きなハンディとなっていた。

それでもアスカはよく持ちこたえたと言える。しかし何度目かの攻撃を受けた瞬間、7号機の足下が崩れ落ちた。

「きゃああっ」

アスカの短い悲鳴を残し、7号機は再び浅間山の火口へと落ち込んでいった。

「7号機、D型装備内温度上昇。
 このままでは30分後に許容温度を超えます」

指揮所の観測器は絶望的なデータしか映し出さない。重機が使えない今、火口に落ち込んだエヴァを引き上げる手段は一つしか残されていないのだ。それにしても目の前の使徒を何とかしないことにはどうにもならない。

そして映像で7号機を見ていたミサトは、重大な事実に気が付いた。マグマに浮かんでいた7号機が、少しずつでは有るが沈降を始めているのだ。

「マヤ...どう言うこと」

ミサトの質問をいち早く読みとっていた伊吹マヤは、モニタに映し出された7号機の装備状況を映し出した。そこにはまだ脱着されていないバラストが赤く表示されていた。

「第7から9までのバラストが装着状態です」
「さっさと切り離して!」
「駄目です、遠隔からの制御を受け付けなくなっています!」

悲鳴の様な報告。そうしている間にも7号機は静かにマグマの中に消えていこうとしている。

「アスカ、バラストを放出して!」

マイクに向かって叫ぶミサトの声も、むなしく指揮所に響くだけで、7号機は何の反応も見せようとはしなかった。

「だめです、パイロットは意識を失っています」
「無理矢理起こしなさい!
 このままだったら保たないわよ!」

ミサトの指示に、マヤはプラグスーツに遠隔で心臓マッサージの指示を出した。それが功を奏したのか、シスプレーに映し出されたアスカが身じろぎをした。

「アスカ!起きなさい!
 このままじゃあんた死ぬわよ!」

ミサトの怒鳴り声に、ようやくアスカは身を起こすと頭を軽く振った。

「ありがとう...ミサト...でももう少し優しく起こして欲しかったわね」
「今度からはそうするわよ。
 で、アスカ大丈夫なの?」
「落ちたとき頭を打ったみたい。
 それ以外は少し熱いことを覗けば問題はないわ。
 ...状況を教えて」
「8号機を乗っ取った使徒は、火口付近で動作を止めているわ。
 7号機、あんたはマグマの中を沈降中。
 さっさとバラストを全部吐き出しなさい。
 じゃないとマグマの底を見ることになるわよ」
「...頂けないわね、それ」

アスカはすぐさまバラスト外す指示を出した。ぼこりと破砕音を立ててエヴァから重りが離れていく。それと同時に7号機の沈降は止まり、ゆっくりと浮上を始めた。

「とりあえず一安心と言いたいところだけど...アスカ?
 スーツに冷却剤が送られていないから、このままでも後30分保たないわ」
「...さっきから良い話は無いのね。
 で、8号機の様子はどう?
 相田はどうなってる?」
「残念ながら情報無し。
 プラグ内の情報が全くないのよ。
 助けてみなくちゃ分からないわよ」
「そう...」

そう言ってアスカは顔を曇らせた。再びシンジが友人の乗ったエヴァと戦うことになるのだ。かつての3号機との出来事がシンジの心に重くのしかかっていることは知っていた。それがまたここで繰り返されようとしているのだ。ここで何も出来ない自分が、アスカは悔しかった。

「それでシンジ達の状況は?」
「今こちらに向かっているところよ。
 5分もしないうちに戦闘に突入するわね。
 大丈夫。
 シンジ君ならみんな助けてくれるわ」

はっきりと落胆の色を見せるアスカに、ミサトはそう言って励ました。ある意味ミサトにとっては予測の範囲の出来事である。今回の出撃でシンジの帯同を許さなかった事に、この使徒の事がミサトの頭に有ったのは事実なのである。

『卑怯よね』

ミサトは心の内でそう呟いた。何しろミサトは第壱拾参使徒に乗っ取られる依り代にケンスケを選んだのだ。仕方のないこととはいえ、許されることでは無いだろう。それでも...と、ミサトは心の中で考えた。もしシンジが犯されていたらすべてが終わってしまっていた。指揮官としてはやむを得ない事なのだ。そしてその思惑通り、シンジの乗る機体を使徒から守ることが出来たのだ。自分は責任を果たしている...

まるで感じていた胸の痛みを和らげるかのように、ミサトは言葉に出さずそう呟いた。『仕方のないことだ』と。しかし、そう呟けば呟くほど彼女の胸の痛みは増していったのだった。

「5号機、10号機...後30秒で到着します」

ミサトの悩みとは別に、状況は刻一刻と過ぎていく。本部を発った2対のエヴァンゲリオンも、ようやく混乱を収めるべく戦いの地へと到着した。

「全員対衝撃防御!
 エヴァが来るわよ!」

上空から落ちてくるエヴァの衝撃は、ちょっとした爆弾並のものがある。指揮所にはアブソーバーが装備されていないため、全員最寄りの機械に捕まって着地の際の衝撃に備えた。

ずんっと重い地響きを立て一体のエヴァンゲリオンが大地に降り立った。そして少し遅れてもう一体のエヴァンゲリオンが静かに大地に降り立った。先に切り離されたはずの5号機は、ATフィールドで落下速度を調整することで落下の衝撃を抑えていた。

それまで動きを止めていた8号機が、獲物の到着を見つけ再びゆらりと動き出したのはそれと同時だった。

ゆらりゆらりと接近してくる8号機の姿は、シンジにかつて戦った参号機の姿を思い起こさせた。そして同時にそのとき感じた後悔もまたシンジの心に呼び起こした。

「ミサトさん!
 状況を教えて下さい!」

それでもまだシンジには余裕があった。参号機との戦いが参考になるのなら、中に居るケンスケは無事なはずである。エントリープラグを抜きだして8号機を破壊する。そうすればこの使徒は倒すことが出来る。

「7号機は使徒によって火口に落とされたわ。
 自力での脱出は不可能!
 クレーンもやられているから、エヴァで引き上げるしかないわ」
「8号機の状態は?」
「いろいろアクセスしているけど、現状で何も掴めていないわ。
 相田君が無事であることは祈るしかないわ」

ミサトの報告にシンジは瞬時に頭の中で対応をまとめた。使徒に乗っ取られたエヴァの力は大きなものがある。それは以前の戦いでも明らかになっている。それならば自分が8号機と戦って、トウジには7号機の救出に向かって貰うのが一番有効な作戦だろう。シンジはトウジとの通信ウインドウを開いた。

「トウジ、聞いてくれ。
 8号機は僕が相手をする。
 だからトウジはアスカを火口から引き上げてくれないか」

シンジの言葉に何かを言いかけたトウジだったが、彼はその言葉を飲み込み『分かった』とだけシンジに告げた。シンジはモニタに映ったトウジに頷くと、インダクションレバーを握りしめた。

「行くよケンスケ!」

シンジはそう呟くと、ゆらりと向かってくる8号機に向かって愛機を疾走させた。
 
 


***





がっちりと組み合う二体の巨人は大きく大地を揺るがした。シンジの得意は少し距離を置いた戦い方だったが、8号機を足止めするためあえて格闘戦を選んだ。

単純な力で言えば、やや8号機の方が上だろうか。基本的に同じ機体である以上、シンクロ率の差は力の差として現れてくる。やはりエヴァと同じものである使徒の方が、よりエヴァとシンクロ出来るらしい。そのため力比べは少しずつ8号機に有利な方向へと傾いていった。

ただ力は8号機の方が上でも、シンジの方が戦い慣れていた。シンジは8号機の力を巧みに逃がすと、じわりじわりと8号機を火口から遠ざけた。そして十分な距離が開いたとき、シンジは待機していたトウジに合図を出した。

「わかっとるわい!」

トウジはそう言うと、10号機を疾走させて火口にとりつき、支える物の無くなったワイアを火口に投げ入れた。目標は浮かび上がってきた7号機である。D型装備の為、通常の2倍の重量に膨れ上がった7号機だったが。10号機の力は、ゆっくりながらも重力に逆らい7号機をつり上げていった。

その頃5号機と8号機の戦いは浅間山の中腹に移動していた。

スピーカーから伝えられる7号機の救出状況に、シンジはこれ以上の時間稼ぎの必要が無くなったことを悟り、本来の戦い方をする事にした。

「ケンスケ...待っててくれ...」

シンジは相手の力を利用して8号機を投げ飛ばすと、ようやく装備の出来たプログレッシブソードを中段に構えた。ブンと言う音とともに、白刃が光を放つ。5号機は青眼から八相に構えを移し、立ち上がった8号機を睨み付けた。

何事も無かったかのようにゆらりと立ち上がった8号機は、本能的に何かを感じたのか5号機の構えにゆっくりと間合いを取った。

一方シンジとしても、ケンスケへの影響を出来るだけ軽くするため、胴体への斬撃は避けたかった。そのため8号機の動きを牽制しながら、攻撃の間合いを量ることとなった。こうして図らずも戦いは膠着状態を迎えることとなった。

プログソードを八相で構える5号機と、ゴリラのように前屈みで両手を垂らした8号機。にらみ合う二体のエヴァの均衡はいつまでも続くかと思われた。しかし、その均衡は5号機が八相の構えを崩し、地の構えに変えたことで変化が生じた。

本来なら届くことのない間合い、その間合いを越えて8号機の右腕は伸びた。その虚をつく動きで、8号機の右腕は5号機の首を掴んだかと思われた。しかし、シンジはその8号機の動きをしっかりと捉えていた。

自分の首を狙って伸びてくる8号機の左腕を、下から摺り上げるようにしてそらしてそのまま8号機の懐に5号機を潜り込ませた。そして「哈っ」と言う気合いの元にプログソードを横薙ぎし、膝の下から8号機の両足を切断した。そしてそのまま8号機を押し倒すと、踏ん張りの効かなくなった8号機を裏返しにかかった。これで終わりだ...シンジは戦いの終わりを確信した。しかし、それは指揮所から聞こえてきたマヤの声で早計だったことを思い知らされた。

「8号機自爆シーケンス開始...
 爆発の影響範囲は半径10km...
 爆発まで後20秒...」

マヤの声が震えているのは無理もないことだった。今シンジが戦っているところから彼女達の居るところまで2kと離れていないのだ。エヴァの中に居るアスカとトウジは大丈夫だとしても、指揮所に居るメンバーは無事では済まない。このままでは8号機とともに消滅することになる。

零号機の爆発で廃墟となった第三新東京市の姿が、シンジの頭をかすめていった。

「させないよ...」

その言葉よりも早く5号機は立ち上がると、8号機を抱えて浅間山を下りだした。一瞬のうちに音速を超えた5号機は、上空から確認した地形からもっとも被害の少なそうな場所を割り出しそのまま全力で疾走した。5号機が走り去った後は、えぐり取られたような山肌がその力のすさまじさを示していた。

「8号機爆発まで後8,7...」

通信機から聞こえるマヤのカウントダウンの声が5を示したとき、シンジは8号機を地面に叩き付け、躊躇うことなくその背中からエントリープラグを引き抜いた。そしてまもなく訪れる8号機の爆発からATフィールドで身を守ろうとした。

その瞬間、8号機がニヤリと笑ったようにシンジには見えた。

「5号機...フィールドが中和されています...」

その瞬間、シンジの頭をマユミの姿がよぎった。

『ケンスケさんをお願いします』

次の瞬間5号機はエントリープラグを胸の所に抱え込むと、それを爆発から守るように8号機に背中を向けていた。

「コア圧縮限界を超えました...8号機爆発...」

シンジに聞こえたのはそこまでだった。

8号機の爆発は、間近にいた5号機を飲み込み、その周辺10kmにあるすべてのものを蒸発させた。そして吐き出された膨大な熱量は周辺の空気をプラズマ化し、すべての通信を不能にした。
 
 


***





シンジのお陰で消滅の危機は無くなったとはいえ、臨時の指揮所も無事では済まなかった。爆発の閃光から遅れて襲ってきた爆風に、支えていた土台が崩れコンテナ車を改造して作られた指揮所は横転してしまったのだ。大体の機器は固定されていたとはいえ、いくつかの固定されていない測定器が宙を舞い、それが中に居たスタッフに襲いかかった。運良く飛んできた測定機が当たらなかったスタッフも転がる車の中、体を支えることは出来なかった。そのため10名居たスタッフの半数が測定器に押しつぶされるか、壁で体を打つかして絶命した。半数のスタッフは命だけは助かったとはいえ、中の計測機器の一切が使用不能となっている。事実上指揮所の機能は完全に停止していた。

コンテナ車を吹き飛ばした爆風も、エヴァにとってはそよ風に等しいものだった。しかし、この爆発が中にいたパイロットに与えた衝撃は大きなものだった。とにかく電波が役に立たない今、現場の状況を知るすべが何も無いのだ。その上7号機はD型装備が脱げないで居る、移動して確認しようにも確認することが出来ない状況に追い込まれていた。

その上指揮系統の中枢が麻痺しているのである。彼らには手の討ちようが無かった。

「マヤちゃん...生きてる?」
「はい...なんとか...」

計測器の直撃を免れたミサトだったが、飛ばされそうになったマヤをかばったため左腕を骨折していた。それでもあの中に居て、その程度の怪我で済んで僥倖だったと言える。ミサトは自分で応急処置をすると、まだ血の気の引いた顔をして震えているマヤを叱咤し、状況の確認を急いだ。

「悪いけど...状況の確認を急いでくれる?」
「は、はい...」

震える声で返事をすると、マヤは今ではくずの山となった中から使えそうな端末を選び出し、MAGIへのアクセスを開始した。しかし8号機の爆発の影響による電磁放射はMAGIへのアクセスを妨害していた。そこでマヤは10号機を経由してのアクセスに挑戦したが、それも上手くいかなかった。

その報告を受け、ミサトは少し考えたが。いつまで経っても埒があかないため、効率は悪いが10号機による目視観測に探索を切り替えた。

その脇でマヤは、まだ動けるスタッフに指示を飛ばし、小型のパラボラを立てる準備を進めていた。情報の発信が無理でも、衛星から送られてくるデータは受けられるかも知れない。そう判断してのことだった。

そして10号機からの映像が爆心を捉えるのよりも早く、上空の衛星の映像がマヤの端末に映し出された。すぐにエヴァにも転送された映像に全員は息を呑んだ。

大きなクレーターの中心に佇む上半身の無いエヴァ。そしてそのエヴァに守られるように転がっているエントリープラグが一つ。周辺に散らばっている沢山の瓦礫のため、すべてが観測できるわけではないが、衛星から確認できたのはそれだけだった。

全員がその映像を呆けたように見つめる中、最初に我に返ったのはトウジだった。いや、我に返ったというのは正確ではないかも知れない。「くそだら〜」と叫んだ彼は、ミサトの指示を待つことなく10号機を爆心に向けて走らせたのだ。

そして疾走する10号機の姿に我を取り戻したアスカは、纏っていたD型装備をATフィールドで切り裂き自分もまたトウジの後を追った。

人が近づけない所でもエヴァでなら近づくことが出来る。早く助けに行かないと助かるものも助からない。その思いはアスカのシンクロ率を引き上げ、7号機の走る速度は音速を超えた。

「シンジ...待ってて」

そう呟きながらアスカは7号機を疾走させた。見つかっているプラグがシンジのものであるように...その願いを込めて。

しかし現実はアスカにとって残酷だった。上半身のないエヴァに守られたエントリープラグに刻み込まれた数字は8という数だった。すなわちプラグの中にいるのは相田ケンスケなのである。大きな失望の中、アスカは8号機のプラグにケーブルを繋ぎ、パイロットの安否を確認した。そして映し出された数値に、小さく安堵の息を漏らした。

意識は失っているが、少なくとも命には別状は無い。心拍、呼吸ともに正常値の範囲である。後はネルフに収容して治療を行えばすぐにでも退院できるであろう。そう判断したアスカは、遅れてやってきた10号機にそのプラグを託すと、5号機のプラグの探索に移った。10cmを越える特殊チタンで出来たプラグである。そう簡単に消滅したりはしない。

爆発の中心と、5号機の位置。その関係から、プラグの飛ばされたであろう方向に当たりを付け、アスカは瓦礫の山の探索を始めた。プラグの飛ばされた状態がどうであるかは分からない。そのため捜索は慎重を極め、遅々として進まなかった。それでもいくつかの瓦礫を慎重に取り除いたところで、アスカはようやく求めるものの姿を見つけた。

アスカはシンジのエントリープラグの先端を見つけると、更に注意深く積み重なっていた瓦礫を取り除いていった。そして中程まで掘り起こしたとき、アスカは血の気が引いていくのを感じていた。

アスカの見つけたプラグは、中程で大きく“く”の字に折れ曲がっていた。それはちょうどパイロットシートのある部分であった。アスカは心の感じた失調感に体が震え出すのを止めることが出来なかった。
 
 
 
 

続く
 


トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんのルフラン第23話、投稿して頂きました。


  >アスカの見つけたプラグは、中程で大きく"く"の字に折れ曲がっていた。
  >アスカは心の感じた失調感に体が震え出すのを止めることが出来なかった。
  あぅっ。
  ほんなごつ鬼なごちゅヒキでん………
  てっきり対象はケンスケかと思ってたに


  >つるされている7号機に向けて歩き出した。
  >そしてお互い後少しで手が届くという所まで達したとき、絶望的なデータが指揮所の端末に映し出された。
  >Blood Type "BLUE"
  >そのとき、D型スーツの為動きの鈍い7号機に8号機は牙を剥いた。
  うーむ。ビジュアル的な描写ですね。
  ミサト達のあわてぶりが目に浮かびます。


  >そのため10名居たスタッフの半数が測定器に押しつぶされるか、壁で体を打つかして絶命した。
  >半数のスタッフは命だけは助かったとはいえ、中の計測機器の一切が使用不能となっている。
  スタッフは不足する。
  エヴァは故障する。
  シンジの事を除いても大ピンチ

  シンジがどうなってアスカがどうなるか…
  次回が楽しみ


  みなさん、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。


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