〜ル・フ・ラ・ン〜


第二十五話 赤い瞳
 
 
 
 
 
 
 

ネルフが2体のエヴァを失ったという情報は、当然MSIのゲイツの元にも届いていた。戦いの中でそれなりの損害が出る事は予測の範囲である。その事実自体、彼にとっては自分の所有しているエヴァの商品価値を高める上で都合の良い出来事でも有った。しかし彼にとって計算外であったことは、トップパイロットである霧島シンジの戦線離脱であった。彼の計画は、全て人類が戦いで生き残る事を前提として立てられている。その為にはシンジの力はどうしても必要なのである。それがこんなところでの大エースの戦線からの離脱。それはゲイツの計画に大きな修正を迫るものであった。

だからと言って、ゲイツに残された選択肢は多くはない。何よりも、現状のネルフのパイロット達で勝ち残れる可能性が低いのだ。そうなってくると、もはやビジネスとは違う次元での判断が必要となってくる。リスクとベネフィットのバランス。いや、この場合リスクを如何に最小に押さえるか、彼の頭脳はいくつかのプランの分析に費やされていた。

そしてゲイツにはもう一つしなくてはならないことがあった。それは彼の友人に、その辛い報告をしなくてはいけないことだった。何度か食事を共にすることで、彼らは日本の誠実な青年のファンになっていた。自分よりもその青年に入れ込んでいた友人に、伝えなくてはならない辛い知らせ。それを伝えるためにゲイツは彼のオフィスを出て、高速エレベータに乗り込んだ。
 
 



ゲイツがオペレーティングルームに入ったとき、ちょうどダンチェッカーはBIACの端末を外して休憩に入ったところだった。自分専用の深煎りのコーヒーを楽しんでいたダンチェッカーは、似合わない深刻な顔をして入ってきたゲイツに向かって、からかう様に軽口を叩いた。

「どうしたジョン、MSIの株でも暴落したのか?」

独身で、特定の女性が居ないゲイツの悩みはそれぐらいだろうと、ダンチェッカーはたかをくくっていた。それにしたところで、現在使用しているBIACを発表するだけでお釣りが来る程度の事だ。それを分かった上でのダンチェッカーの言葉だった。

しかしゲイツはいつものようにそれに軽口で答える事はなく、更に表情を苦しいものにした。その表情を見て、さすがにダンチェッカーもただ事ではない事態が起きた事を理解した。

「私たちの友人...シンジが、重態だそうだ」

簡潔に伝えられた事実。その事実が伝えられた言葉以上の重みを持つ事を知らないダンチェッカーではない。

「...ジョン、何が起きたのか教えてくれないか」

ダンチェッカーの言葉に、ゲイツは場所を変えようと出口を指差した。
 
 



***






今回の件で、ネルフの所有している情報は公開、非公開を合わせても驚くほど少ないものである。戦闘事態、ネルフ本部から遠く離れたところで行われたせいでもあるが、使徒の爆発と共に多くのデータが失われた事も原因の一端である。そのため、裏で情報を手に入れているゲイツの元にもほとんど情報が入っていなかった。

それでも使徒が自爆に至るまでの戦闘記録、そして通信内容。シンジの救出に関わる記録の数々。それらは聡明な彼らが、現場で何が起きたのかを想像するのに十分な情報だった。言葉も無く映像を見つづけたダンチェッカーは、最後にシンジの診断結果が映し出されたのを見て、一言『甘ちゃんめが...』とつぶやいた。しかしその呟きに、ゲイツは茶々を入れるでもなく、意外な言葉を返した。

「でも、君はそんな彼だから好きなんだろ。
 少なくとも私はそうだけどね」

そのゲイツの言葉に、少し驚いた顔を見せたダンチェッカーをゲイツはじっと見つめた。その顔は『違うのか?』とダンチェッカーに問うていた。その時ダンチェッカーの口から漏れたのは否定とも肯定ともつかない言葉だった。

「ジョン...君の口からそんな人間味あふれる言葉が聞けるとは思わなかったよ」
「なに...僕はビジネスと友人は選ぶからね。
 霧島シンジ...彼をビジネスパートナーにしたいとは思わない。
 しかし友人となると話は別だよ。
 彼は信頼...と言うより敬愛と言った方がいいかな。
 彼はそれに十分値する人物だよ。
 何よりも彼は友人を救うために最良と思われる行動を起こした。
 そしてその結果、彼は傷つきはしたが、友人は失っていない。
 彼自身の重要性を鑑みれば、最もリスクの少ない方法を採るべきだと専門家は言うだろう。
 確かに彼に替わる者が居ない以上、作戦に参加した誰よりも自分の身を守るべきだったのだろう。
 しかし、彼は自分の信念に基づき、護るべき者を護るための行動に出た。
 戦う理由が個人的なものというところが良いじゃないか。
 その方が人としてリアルだと思わないかい」

いつに無く雄弁なゲイツに、ダンチェッカーは驚きの視線を向けた。もちろんダンチェッカーとしても彼の意見に異論が有るわけではない。むしろこの件に関してゲイツが自分と同じ考えを持っている事に驚きを示しているのだ。お株を取られた形のダンチェッカーは、素直にゲイツの言葉に賛同の意を示すことにした。シンジが取った行動以上に、“これから”の事が彼らには重くのしかかってくる。そのことを考えるべきだと、ダンチェッカーは話題の転換を図った。

「確かにそのことに関しては異論は無い。
 彼は私の思った通りの行動をしている。
 確かにほんの少し運が悪かっただけのことだ。
 ただその結果は“運が悪かった”では済まない事態に発展している」
「確かにビジネスだけではなくて我々の命にも関わるからな。
 ネルフは懸命になって策を探しているようだが、期待薄だろう」

彼らはこれまでエヴァと付合ってきた関係上、騒ぎ立てている首脳たちによりも遥かにネルフのことを理解していた。だからこそ、図抜けた存在であるシンジが欠けることが、どれだけ絶望的な事態であるかを誰よりも理解していた。それは、曲がりなりにもエヴァを保有している彼らにも同じ事が言えた。ダンチェッカーの研究が進展してるとは言え、シンクロの本質はまだ掴めていない。アメリカ支部を解雇されたパイロットを拾っては見たが、予想通りと言うべきか大して役にたたなかった。

「クリス...君があの麗しい作戦部長ならどうするね」
「シンジの回復まで時間を稼ぐ事を考えるだろう。
 そのためには本部の放棄もやむおえなし...という所かな」

ゲイツはダンチェッカーの意見に肯き、同意の意を示した。使徒に勝つ方法が限られている以上、その方法を取れるまで時間稼ぎをするしかない事は明らかなことなのである。そしてゲイツは、ダンチェッカーの案における問題点を指摘した

「しかしアメリカ支部の件で分かるとおり、彼らには通常兵器は役に立たないぞ。
 時間稼ぎと言ってもそれは容易な事ではないはずだ。
 クリス、君にその案はあるかい」

確かにそれが大きな問題なのである。戦略も戦術もなく、ただ圧倒的な力で侵攻してくる相手。その前には有効な時間稼ぎの方法も存在しない。それを承知の上で時間稼ぎの方策を捻り出すとしたら、どんなウルトラCがあるのか。その方法を考えているうちに、ダンチェッカーは自分が恐ろしい考えにたどり着いてしまったことに気がついた。

「考え得る策は...数少ない。
 それにそのための犠牲は非常に大きなものになる。
 少なくとも彼らはここのエヴァの存在を知らない。
 シンジの回復を待つというのなら、最低1機のエヴァを残す必要がある。
 で有れば、残りの1機が時間稼ぎの役割を果たすことになる。
 その役が務まるとしたら、シンジのガールフレンドを除いては無いだろう」
「具体的な時間稼ぎの方法は?」
「それはシンジのガールフレンドの力量にも依る。
 彼女の力が十分に大きければ、普通に戦えばいい。
 完全勝利とは言わなくても、押し返すことぐらい出来るだろう。
 しかし、彼女の力がそれに不十分であるのなら...」

そこまで言って、ダンチェッカーはごくりと唾を飲み込んだ。浮かんだ考えを口に出して良いものか、ふと彼は口ごもってしまったのだ。そんなダンチェッカーの様子に気づき、ゲイツは静かに言葉を引き継いだ。

「先の戦いの逆をするんだろう?
 使徒の目の前でATフィールドを中和した上で自爆...
 確かに、それなら倒せないまでも、大きな痛手を負わすことは期待できる」

ゲイツの言葉に、ダンチェッカーは静かに頷いた。ネルフには選択すべき他の道はない。そう二人は自分たちの考えに確信を持っていた。初めから命を捨てて掛かるような真似はしないだろうが、最悪の場合それは躊躇うことなく実行されるだろうことを。何しろ“彼女”はすでにそれを実行した実績が有るのを彼らは知っていたのだ。

二人の間に沈黙が流れる。彼らとしてもネルフの行動を予測は出来ても、それ以上の策を考えることは出来ないのだ。何よりも彼らは戦闘のプロではないし、それにたとえ戦闘のプロであったとしても使徒との戦いは従来の常識を越えているのだ。それが証拠に、プロである合衆国軍隊は先の戦いに於いて、使徒の進行速度を遅くすることすら達成できなかったのだ。

「ならばクリス...我々は彼らに何か良い対案を提供できるかい?」

先に沈黙を破ったのはゲイツだった。いつもは悠々としているゲイツが浮かべた追いつめられた様な顔。その表情に、ダンチェッカーは少なからぬ違和感を感じていた。

「ここにエヴァが2体有ったところで、大きな影響は無いよ。
 このエヴァが代わりに戦えるのなら話は別だがね。
 しかし、残念ながらそこまでの水準に達しては居ない。
 だから、我々が関与したとしても、ネルフが楽になるのは“足止め後”の事であって、
 時間稼ぎには何の役にも立たないよ」
「ここを使徒に襲わせるというのはないかい?」

さらりと持ち出された爆弾。さすがにダンチェッカーはゲイツの言葉に驚きを隠せなかった。

「お、おいっジョン本気か?
 君はすべてを捨てるつもりか?」

その指摘は予想済みの事である。ゲイツは落ち着いてダンチェッカーの指摘に応えていた。

「すべてを捨てるつもりなんか無いよ。
 もちろん襲われたらとっとと逃げ出すさ。
 それに、何の政治的準備もしないでそんな真似をする訳じゃない」

確かに少しはましな手かもしれない。ダンチェッカーはゲイツの提案をそう受け取った。しかしそれにしても不確定要素が大きすぎる。もし期待通りに使徒がここを襲ったとして、どれほどの時間が稼げるのだろうか。ここではネルフ以上に使徒を足止めすることなど出来ない。時間を稼ぐにしても、アメリカと日本の距離以上の時間は稼げない。それに使徒がネルフ本部より先に此処を襲うという確証も無いのだ。順番が逆にでもなれば、一瞬のうちに人類はすべてを失うことになる。

「確かに君の力なら政治の問題は何とか出来るだろう。
 此処の損失など、君の資産から考えたらすぐに取り戻すことも出来る。
 だがなジョン、君の案はリスクが大きすぎるよ。
 使徒がここを襲う順番がずれただけで無駄になってしまう。
 それに、たとえ使徒が最初にここを襲ったとして、それからどうする。
 ろくに動きもしないエヴァに迎撃させるのか?
 一瞬で勝負が付いてしまうぞ」
「別に戦おうなんて考えていないよ。
 そんなことは無謀だなんて重々承知しているさ。
 今の君の研究が完成したところで、シンジのエヴァと戦えるレベルにならないことも分かっている。
 でもねクリス、エヴァの使い方は直接戦闘だけじゃないし、武器もまたエヴァだけじゃ無いという言うことだよ」

含みを持たせたゲイツの言葉をダンチェッカーはにわかには理解できなかった。しかしゲイツはダンチェッカーが自分で考えつくのを待つかのように、それ以上何も語らなかった。仕方がないので、ダンチェッカーは順を追ってゲイツの考えを考察してみることにした。

「元々使徒にここを襲わせると言う事だから、エヴァはおとりに使われることになる。
 まあ、それはいい。逆に我々には使徒を引きつけるのにはエヴァを使うしかないからな。
 だがそこからどうする...
 確かにジョンが言うとおり、我々のエヴァでは起動するのがやっとだ。
 とても戦闘に耐えうるレベルじゃない。
 じゃあ武器は何だ...
 米軍の総攻撃でも使徒は止められないのは周知の事実だ。
 それ以上の武器が我々に有るとは思えない...」

降参とばかりにダンチェッカーは両手を上げた。しかしゲイツはそんなダンチェッカーにまだ早いとばかりに一つヒントを出した。

「別に我々は使徒を倒す必要はないんだよ。
 時間さえ稼げれば良いんだ。
 我々は悪役だからね。
 悪役は悪役らしい卑劣な方法で時間を稼ぐことにするよ。
 クリス?この施設は新たに掘り起こした訳じゃないんだ。
 昔は本当に炭坑だったんだ。
 50年の長きに渡って掘り起こされたね」

ゲイツの言葉にダンチェッカーは彼の考えを理解することが出来た。確かに武器を持って戦う必要はない。落とし穴、もしくは生き埋めか...確かに悪人の所行に相応しいやり方であると。だがそれでも問題は有ると彼は考えていた。

「ジョン、君の考えは分かった。
 確かに、上手くいけばそれなりの時間を稼げるかも知れない。
 だが越えなければいけない、いくつかの問題もある。
 その最大の物が、『どうやって使徒をおびき寄せるか?』だ。
 黙っていて使徒が2000mの地下まで来てくれるとは思えない。
 何か君に考えがあるのかい?」
「クリス、残念ながらその答えはノーだ。
 さすがにそこまでは考えつかなかった。
 だが、聡明なるネルフの諸君だったら何とかなるとは思わないかい?」

確かにそうだとダンチェッカーは考えた。過去の戦闘記録を見る限り、彼らは突拍子もない作戦を考えつき、そして成功させてきている。ならば今度もそれに頼ってみるのも悪くはない。

「ジョン、確かにその通りだ。
 彼らと共同して当たれば何とかなるのかも知れない。
 で、どうする。
 時間は限られて居るぞ。
 すぐ行動に移せるのか?」
「ああ、政治向きの所は問題ない。
 これまでしっかりと根回しがしてあるからな。
 後はネルフに乗り込んで冬月司令と話を付ければいい。
 と言うことでクリス、君にも同伴して貰いたいのだがな?」

良いだろう?というゲイツに、ダンチェッカーは二つ返事でその提案を了承した。彼としても友人の危機を見逃すわけもなく、そして同時に片づけておかなくてはならない問題もあるのだ。

「もちろん喜んで付いていくよ。
 シンジの彼女にも会っておかなくてはいけないからね。
 彼女が今一番苦しんでいるだろうからね」
「ならばすぐにでも行動しよう。
 こう言うことは早ければ早いほど良い」

決断と行動力、それが今のゲイツをゲイツたらしめている。さっと席を立ったゲイツにダンチェッカーはその決断の早さに感心した。一方、彼の行動の裏に有る動機に今ひとつ掴めていないのも事実だった。明らかにビジネスとは違った次元でゲイツは行動している。その原動力となっている物がダンチェッカーには分からなかった。

そんな事を考えているダンチェッカーをよそに、ゲイツは研究室のドアに手を掛けていた。そして、何か言い忘れたことを思い出したかのように振り返り、ダンチェッカーに告げた。

「そうそうクリス、君の疑問の答えをあげよう。
 使徒に恨みを持つ人間は君の身近にも居るということだよ」

そう言い残してさっさと出ていったゲイツの姿に、ダンチェッカーはなるほど、そう言うことも有る物かと席を立った。
 
 



***






予想通りというか、リツコの説明に対してミサトは激しく反応した。もちろん本部を放棄する事に対してではない。別に彼女自身本部に対してそれほど思い入れがあるわけで無し、何者にも代えて守るべきものでも無いのだ。ここを捨てるぐらいで、この急場をしのぐことが出来れば使徒に熨斗を付けて渡してあげてもいいぐらいだとミサトは考えていた。しかしそのためにアスカが犠牲になるかも知れないと言うことだけは、どうしても受け入れることは出来なかった。リツコは予想通りの親友の反応に、ある意味呆れると同時に腹立たしさも感じていた。そのため食いつかんばかりの勢いで迫ってきたミサトに、リツコはその頬を叩くという行動に出た。

パンッ

思いの外大きな音が、ミサトの部屋の中に響いた。とっさのことにあっけに取られたミサトだったが、次の瞬間更に顔を紅潮させ、少し殺気を含んだ表情でリツコに飛びかかろうとした。しかしその行動は、ミサトの前に有る、彼女以上に殺気を漂わせるリツコの表情に押し返されていた。

「甘えるんじゃないわよ、ミサト!」

決して大きな声を出しているわけではない。しかし、その声の後ろに潜む迫力に完全にミサトの勢いを止めていた。

「どんな思いで、どれだけ悩んでアスカがこんなことを言いだしたと思っているの。
 あの子が悩んで悩んで、その上でぎりぎりのところで選び出した答えなのよ。
 それを馬鹿の一つ覚えみたいに『そんな真似は許せない!』ですって。
 あなたに許して貰う必要なんて誰にもありゃしないわよ。
 そんな間の抜けたことしか言えないのなら、とっととその肩書きを返上していらっしゃい。
 あなたは作戦部長でしょう。
 アスカの言うことが許せないのなら、それ以上の案を出してご覧なさい。
 それもしないうちに感情的に反対するだけじゃ、またケンスケ君の時の二の舞になるわよ」

少し唇を痙攣させながら話すリツコに、ミサトは完全に気圧されていた。リツコの持っている怒気の方が、押さえているだけに遙かに迫力が有ったのだ。

「いいこと、これ以上つまらないことに時間を使ってごらんなさい。
 ミサトとは友達の縁を切るわよ。
 いいこと、あなたが今しなくてはいけないのは、感情にまかせて怒り狂うことじゃなくてよ。
 どうすればこの事態を乗り越えられるか。
 それを考えることじゃないの?
 それもアスカの考えよりも良い方法で...」
「ごめん...リツコ、あんたの言うとおりだわ...」

さすがに目を合わせることが辛くなり、ミサトはそう言って目を伏せた。手は爪が食い込むほど固く握りしめられており、ミサト自身の抱えた苦悩の大きさを伺わせていた。リツコ自身、ミサトの気持ちはよく分かっている。他に良い方法など思いつかないのだ。だからこそ、我が身の不甲斐なさとやりきれない怒りから、わめき散らしているのだと。それを分かっていても自分が言い過ぎているとはリツコは思わなかった。ミサトが自分の不甲斐なさと怒りに身を焦がしている間は、決して事態は快方に向かわないのだ。最後の最後まであがき続けない限り、絶対に報われないのは分かっていることなのだ。

「私に詫びるより先にすることが有るでしょう。
 そのために必要なことなら何でもしてあげるわよ。
 いいこと、ミサト!
 あなたにはまだ出来ることが有るはずよ」

リツコの言葉は容赦なくミサトを打ちのめしていく。それでもへこんでしまわなかったのは、さすがは葛城ミサトと言うべきだろう。きっと顔を上げると、ミサトは鋭い眼光で、リツコを睨み返した。

「好き勝手言ってくれるじゃない...」

ふふふ、と含み笑いをミサトはしていた。

「何でもするって?」

目が据わってきているのは、リツコからもはっきりと分かった。それが何を意味しているのか知らないリツコでは無かった。

「私のすべきことならね」
「だったら、とっとと有効な武器でも用意していらっしゃい。
 ほんの少しでも敵さんを足止め出来ればいいわ。
 贅沢なんて言わない、ちょっとでも状況を変えられそうなものを考えていらっしゃい」

『そう来たか』と思わないでもなかった。とは言え無理難題を吹っかけてくるだけマシになったと、リツコは思っていた。少なくとも奇策に掛けては右に出るものの居ない彼女である。それだけでも十分である。

「わかったわ。
 見てらっしゃい、あっと驚くものを用意してあげるわよ」

半分捨て台詞とも取れる言葉を残し、リツコはミサトの部屋を出ていこうとした。しかし、ドアのスイッチに手を掛けた彼女を、意外にも落ち着いた声でミサトが呼び止めた。

「リツコ...」

まだ何かあるのかと振り向いたリツコに、ミサトはリツコにとって意外な一言を発した。

「ありがとう...」
「どういたしまして」

リツコはそう答えると、扉の向こうに消えていった。ミサトに言われるまでもなく、彼女もまたやらなくてはならないことが有るのだ。彼女にとって、ひょっとしたら事態を打開する切り札となる兵器の開発。ロンギヌスの槍の開発を...
 
 



***






ゲイツとダンチェッカーが“砦”を出発した頃、その遙か遠くをとぼとぼと歩いている少女の姿が有った。もとより周囲に何もない平原の一本道を、しかも空にはまだ星が輝いて居る時間なのにである。そこを歩いているのは、よほど酔狂な考えの持ち主か、自殺願望のある者しかあり得ない。見渡す限り何も無い道路を歩いた先にあるのは、渇きによる死しかない。それにも関わらず、少女はただ真っ直ぐ“ゲイツ”の砦の方へ向かって歩き続けていた。

時折彼女の横を車が通り過ぎていく。しかし不思議なことに、例外なく少女に気づくことなくその車は通り過ぎていく。その少女は、それを気にすることなく、何事もなかったように歩き続けた。周りに町が無いこの場所まで歩いてきたとしたら、一体どれだけ彼女は歩き続けているのだろうか。しかし、ただ歩き続けている彼女の姿からはそれを伺うことは出来なかった。彼女は汗を掻くこともなく、そして乱れることのない足取りで歩き続けているのだ。

彼女の出で立ちは、白いブラウスに、赤いネクタイ。そして青い色をしたジャンパースカートを履いていた。そしてこの荒れ地には不似合いな、黒い靴下と白い靴...このような舗装もされていない田舎道を歩き続けているにしては、彼女の姿に何ら乱れたところは見あたらないのだ。本当なら巻き上げられた砂埃で、白く汚れていていいはずのその靴下も、おろし立てのように鮮やかな色を保っていた。

日本を知っているものなら、それが日本の女子学生が着る制服に酷似していることに気が付いたであろう。しかしアメリカの地、しかもこのような片田舎でそれを知るものが居るはずが無い。

少女は遠く“砦”を見通すような目をして、小さく呟いた。

「...あと...少し...」

その呟きの間も、彼女は足を止めることはなかった。

「もうすぐ...逢えるわね...」

少女はそう言うと、小さく微笑んだ。月明かりに照らされたその微笑みは、まるで汚れを知らずとても美しいものであった。しかし、それ故に、そこはかとない狂気を感じさせるものでもあった。

その時、彼女の歩いている反対側から一台の車が彼女の横をすれ違っていった。そのヘッドライトに照らされた彼女の髪は銀色に輝き、そしてその瞳は紅玉のように赤い色をしていた。その時、車のロードノイズに消されてはいたが、少女の唇は一人の名前を紡ぎだしていた。

「碇君...早く逢いたい...」
 
 
 
 
 
 
 

続く
 


トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんのルフラン第25話、投稿して頂きました。


>人類が戦いで生き残る事を前提として立てられている。
まぁ、当たり前でしゅな
>「ここを使徒に襲わせるというのはないかい?」
おおお、こりは常人の発想ではナッシングですね。

>我々は悪役だからね。
>悪役は悪役らしい卑劣な方法で時間を稼ぐことにするよ。
なんかゲイツさんノリノリ


>切り札となる兵器の開発。
>ロンギヌスの槍の開発を...
萌えるぅ
なんつうかワクワクする展開。


>髪は銀色に輝き、そしてその瞳は紅玉のように赤い色をしていた。
カヲル君(っとボケようと思ったらメールで釘を刺されてました)


霧島シンジを中心にまた動き出す人々、
そして謎(?)の少女

次回も大期待



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