第二十八話 出撃
BIACによる接続は、情報面での共有が主な物となり、情緒面に作用してくるA10神経接続とは異なっていた。そのため接続者の思考は良く情報化されるのだが、情緒的な物に対しては感度が鈍くなると言う特徴を持っていた。しかも直接脳の中に蓄積された情報を覗き込む物ではなく、電気的情報として現れた物を読みとるため、BIACによって得られるのはきわめて表層的な情報に限られた。もちろんコンピューターと人とのインタフェースという目的にとって、必要にして十分な機能を有していると言える。だが、これからアスカがシンジに対して行おうとしている治療は、BIACの相互作用を利用して、表層に現れてこないところまで到達することによって行われる。すなわち、BIACの主たる用途から離れたイレギュラーな使い方をこれから行うことになる。
もちろんイレギュラーと言っても、これがぶっつけ本番というわけではない。かといって、BIAC本来の目的から離れていたことも確かである。そのため、通常のBIAC運用から生まれた成果ではなく、過去に起こった事故を解析して得られた結果の活用と言うことになる。当初のBIACのコンタクトレベルは、まさに手探りの状態で決められていた。そのため、過度にコンタクトレベルが深くなったり、被験者の精神状態が不安定であったりしたとき、同時に作業していたオペレーターに記憶情報の混濁が発生することが有った。今では、適正なコンタクトレベルが求められており、またBIAC自身による安定制御が行われているため、他人の記憶の上書きや、他人の情報の錯誤などと言った事故は起こらないようになっている。それは、適正レベルとフィードバックカットの方法を探る上で行われた数々の実験による成果であった。その中では、明らかにいくつかの危険な実験も行われていた。過度の相互接続を行った際の、記憶の混濁、人格への影響。そして他人の頭の中を覗く行為も行われた。もちろんそのせいか自身は、ゲイツの判断により、社外に持ち出されることはなく。MSIの記憶バンクの中に封印されていた。ある意味封印技術の一つをこれから使用しようとしているわけである。
これから行おうとしていることは、有る意味BIACの原理を知っていれば容易に想像がつくことでもあった。BIACが他人の頭の中から情報を読み出すのなら、求める情報を引き出すことをしてやればいいのだ。そして、BIAC自身のピックアップ感度を上げてやれば、脳深層の情報も覗き見ることも出来る。まさに、これからアスカが行う行為は、実験で得られたこういった使い方を実地すると言うことであった。すなわちアスカの方から、シンジの脳に対して刺激というトリガを与えて、シンジの覚醒を促す。記憶・思考のループに落ち込んでいるのなら、そのループから抜け出すトリガを与えてやる。
ただ、刺激であれば何でも良いというわけにはいかない。呼び起こされる情報と、与える刺激の間には相関関係が存在するのだ。ダンチェッカーが、シンジの治療にアスカを選らんだのは、彼女の知性だけではなく、シンジとの関わりの点でも有利であると睨んだからに他ならない。ただその事に問題が無いわけではない。そしてその問題は、必ずしも技術的な所とばかりは言えないのだ。別に人の心を覗き込む行為に対する倫理的なことを言っているわけではない。人の心に仕舞い込まれた物を知ること自体、覗き込んだ者んにとって、絶え難い苦痛を味わうことになるかもしれないと言うことだった。人の心の奥底にある、理性によって押さえ込まれた様々な感情が発露されることになる。それが決して心地好いものでないことは、容易に想像がつくことなのだ。その感情に触れさせることは、被験者の間に相互不信のタネを蒔くことにならないのか。若い恋人達にとって、辛い事実を突きつけることにならないのか。そのことが分かっていただけに、ダンチェッカーにも躊躇するところが有った。だが、このままではどうにもならない緊急事態であること。そして、真っ直ぐな瞳で自分を見つめるアスカを信用して、ダンチェッカーはアスカに賭けてみることにした。
アスカは未だに眠り続けているシンジの横に腰を掛け、じっとその寝顔を見つめた。熱せられたLCLで出来たやけどの為、顔の至る所に白い軟膏が塗られていた。傷ついたシンジを見ることは覚悟していたとは言え、やはり今のアスカには辛いものがあった。それでも、今ここでこうして息をして生きているシンジが居ると言うことが、何よりもアスカを力づけていた。いくつかの幸運に支えられて、今のシンジの生がある。たまたまショックで呼吸が止まっていたため、肺の中がLCLの高熱に晒されなかったはその最たる物だろう。運悪く高温に熱せられたLCLを吸い込んででもいたら、シンジが目覚める事は期待できなかったのだ。他にも、シンジの体とシートの間の固定が失われなかったこと。そう言ったいくつかの幸運が積み重なり、今ここでシンジは息をして眠っているのだ。そして、最後は幸運ではなく、自分の力でシンジを助ける。その固い決意をアスカはしていた。
アスカは、視線を眠っているシンジから窓の外で準備しているダンチェッカーに移した。窓越しに見えるダンチェッカーの顔は、アスカの目から見てもはっきりと緊張しているものだった。自分の顔も似たような物だろうとアスカは想像し、一つ大きく深呼吸をしてからダンチェッカーからの開始の合図に頷いた。不安が無いと言ったら嘘になる。それでも、もはや引き返すことことの出来ないところに来ていた。自分がしっかりしなくてはと、アスカは自分を元気づけると、BIACとの接続を待った。ダンチェッカーが窓越しに開始を告げたとき、アスカは自分がBIACの作り出す感覚の中に入っていったのを感じた。
BIACの接続自体、慣れてしまえば特別な事があるわけではない。特に相互作用を意図しない限り、BIACは接続者から何も引き出さず、何も返してこないからである。意図的に接続しようとしているアスカは、BIACに対して働きかけをしているのだが、眠りつづけているシンジはBIACにとって、居ても居なくても同じ存在であった。
アスカは、シンジへ接続する前に、自分の状態の再確認を行った。はやる気持ちはあるのだが、それが何の結果ももたらさないことをアスカは理解していた。アスカは慎重に自分の精神状態、BIACの稼働状態をチェックすると、次はシンジとの接続を図った。一番簡単な接続の確認は、五感からの情報をピックアップすることである。但し、今回はそれを行うに当たって気を付けなければいけないことがあった。何しろシンジは重傷患者なのである。全身の至る所にやけどをし、かつ骨折箇所も何ヶ所もあるのだ。そんな状態の患者と、いきなり痛感を共有しようものなら気が狂わんほどの激痛を味わうことになってしまう。そのためには慎重にことを運ぶ必要がある。
かといって視角、嗅覚、味覚からは何もえら得るものはない。聴覚にした所で同じ環境に居る以上、自分の感じている物と大差があるはずなく、識別するのが困難である。ならば触覚・痛覚ぐらいしか有効な情報を得られる物は残っていない。アスカは慎重にフィードバック量を考えながら、シンジの感じている痛覚を自分に取り込んでいった。
『5%から……』
接続係数をそう設定したとたん、アスカの全身に強烈な苦痛が走った。なるほどこれがシンジの感じている痛みなのか。苦痛に顔を歪めながら、アスカはシンジの事を思いやった。もちろん、シンジには苦痛を緩和するための投薬も行われているし、更に自力で脳内麻薬に似たもので痛みを紛らわせている。従って、アスカの感じる苦痛が、そのままシンジが感じている強さにはならないのだが、それでも猛烈な苦痛には違いはない。
『次は、身体制御系への接続……』
いつまでも痛覚に関わっているわけにはいかないので、アスカは次のステップとしてシンジの体への同化を行うことにした。簡単に言えば、手足の筋肉に対してアスカの方からコントロールを行うことである。こうして一つ一つ慎重に、BIACとシンジの接続を深めていく必要があるのだ。シンジがBIAC接続に関して、まったく素人である以上避けては通れない手順なのだ。今のシンジには、アスカの経験したガラクタループですら、どういう影響を与えるのか予測がつかないのである。
全身何カ所物骨折、それに軽度とは言えやけどを負っている。そんな状態で、まともに手足が動くわけはない。そのためシンジの体を動かそうとするアスカの試みは、痛みという形でその結果を知ることが出来る。未だに慣れることの出来ない痛みに、新たな痛みが加わったことでアスカは接続が旨くいっていることを確認した。
『シンジへの接続を通常の50%増しに……
シンジの夢の世界へ潜るわよ……』
感度を上げるほど微細な情報を取り込むことが出来る。しかしそれは、ノイズを拾い上げてしまうと言うデメリットも同時に生じる行為である。コンピュータを制御するという目的では不要な接続レベルに、アスカは踏み入っていった。もちろん初めての試みではない。それがBIAC実験の中で生じた様々なイレギュラーから得られた結果であり、ダンチェッカーの著した論文の主要な部分である。
アスカの指示に従って、タイタンがシンジとの接続レベルをあげた瞬間、膨大な情報がアスカの頭の中を駆けめぐった。その情報の大半は、アスカに理解されることなく消えていった。しかしいくつかの情報は、旨いことアスカのフィルタを通り抜け、アスカの認識できる形へと変換されていた。そしてその情報が整理された形となった時、アスカの目の前に現れたのは全裸の綾波レイの姿であった。そして次にアスカの目に飛び込んできたのは、アスカの知らない少年の姿だった。
『何、これがシンジの記憶なの……』
目の前に広がる景色は、とてもこの世界の物とは思えないものだった。見渡す限り周りには何も無く、ただ闇と赤い海だけがそこには広がっていた。この世界にはあり得ない風景、だがアスカはその風景に何か引っかかる物を感じていた。
そしてシンジを含めた三人は、アスカの登場を待ちかまえていたように会話を始めていた。
(カヲル君、それに綾波……、君たちはなんなんだい?)
(希望よ……)
(未来なんだ……)
(君たちは前にもそう言ったね。
僕が望めば人はまたATフィールドで分かたれ、寂しさを感じるって)
(ええ、言ったわ)
(でも、僕は使徒を、エヴァを望みはしなかった。
なのに、何故またあれが有るんだ?)
アスカは交わされた会話に違和感を感じていた。これがシンジの記憶であるのなら、補完計画が発動したときの物が現れているとの想像はできた。しかし、今交わされている会話は明らかに、現在の情報が混入しているのだ。もちろん人の記憶の曖昧さは分かっている。何かに都合が良いように、頭の中で記憶が組み替えられることも間々あることである。これもその一つなのだろうかと、アスカはしばらく状況を観察することにした。
(僕達は手伝うことは出来ても、決めることは出来ない。
この世界を作り上げようとした時、バイアスが掛かったんだ。
それは僕達の意思をも離れていた……
そう、たった今、招かれざる客が居るように)
少年はそう言うと、これまでシンジに向けていたのとは明らかに異質な視線を向けてきた。本来、シンジと同一化しているアスカを、シンジの中に居る彼らが認識するはずはないのである。しかし少年は、明らかに冷ややかな視線を向けてきていた。それは、どうしても彼らが自分の存在を認識しているせいだとしか思えなかった。
『何故』
アスカは疑問を感じていた。これはシンジの記憶の中にある世界であり、基本的に過去の出来事を辿っているだけの筈なのだ。シンジ自身によって、多少の脚色がされることが有ったとしても、シンジが自分のことを思わない限り、自分がそこに登場するはずは無いのである。それなのに、何故自分の存在を認識しているかのような行動を為されたのか。その原因はアスカには想像のつかないことだった。しかし三人は、アスカの疑問を余所に話を続けていた。
(今の世界はひずみが来ている。
元々、シンジ君は使徒もエヴァも望みはしなかった。
そして僕達もまた、その望みに従って世界を再構築したはずだった。
だが現実は違う……だから世界には、大きなエヴァと言うひずみが存在している。
そのひずみは、確実に世界を破壊へと導く。
だからひずみは取り除かなくてはならない……
その原因ごと……)
(何を言って居るんだよ……カヲル君)
(全てのエヴァとその記憶は消される運命に有るの……
その原因とともに……)
(綾波、それはどう言うことだよ)
いつの間にかアスカの目に、叫んでいるシンジの姿が映っていた。それはとりもなおさず、アスカの視点がシンジの元を離れていると言うことである。それはシンジの記憶を辿っている以上、あり得ないことであった。だが、現実にアスカの目の前で三人の登場人物は、今そこにいるかのように会話を交わしていた。
(世界を再構築するとき、もう一人だけ干渉することが出来る人が居たわ)
(君がアダムなら、イブも存在したのだよ)
(それって……)
(イブは、アダムの願った世界を歪ませたわ)
(歪んだ世界、それはイブの心を写し取っていた)
(答えてよ、それは誰のことなんだ!)
(あなたは知っているはずよ、碇君)
(君には分かっているはずだよ、シンジ君)
唐突にアスカも理解した。彼らの言うイブが誰なのか。それは自分以外にはあり得ないではないか。
(アスカを、アスカをどうするつもりなんだ!)
どうするのか、そのシンジの叫びを聞いたとき、突然アスカは理解することが出来た。あの日あの時、自分は補完世界には飛び込んでいなかった。世の中に、たった一人だけATフィールドで区切られていた希有な物として自分は存在していた。そして、その時の自分の心は憎悪に彩られていた。そしてその憎悪は、復讐心となり、自分と母親を犯した白いエヴァと、現実世界で自分を汚した碇シンジに対して向けられていた。
(シンジ君、君は選んでしまった)
(碇君、あなたにはもう選ぶことは出来ない)
(君はもう願ったのだから)
(あなたの願いは決まっているのだから)
((使徒もエヴァも居ない世界を!))
(違う!)
レイとアスカの知らない少年の前で、シンジは頭を抱えて蹲っていた。その姿は、まるで周りの全てを拒絶するかのようであった。しかし、如何に拒絶しようとも、残酷な現実は彼を逃がしてはくれなかった。
(すでに動き出した流れは止めることは出来ない)
(修正の過程は、最終段階に到達したわ)
(ひずみが取り除かれれば、記憶も修正されて行く)
(あなたは苦しみから解放されるわ)
(どういう事だよ……)
(分かっているはずだ)
(分かっているはずよ)
(どうしてアスカが消えなくちゃいけないんだ!
どうしてだよ、何故なんだ!)
シンジの絶叫がアスカの耳を貫いた。やはり自分がこの狂ってしまった世界の原因なのか。アスカは、全身が絶望の色に染められていくのを感じていた。
(それが自然の摂理だよ)
(もう決まってしまったことなのよ)
(君は全てが終わるまでここにいれば良いんだ)
(あなたには私が一緒にいるわ)
(させない、そんなことは僕がさせない……
アスカを消滅させるなんて、この僕が許さない!)
その時、レイと少年はアスカの方にはっきりと視線を向けた。その視線に、アスカは背中に冷たい物が走るのを感じていた。シンジに向けた暖かい眼差しとは違い、アスカに向けられた二人の眼差しはとても冷たく、ある種の狂気が混じっているものだった。
(でも、君には何も出来ない)
(碇君は、見ていることしか出来ない)
(僕は君を苦しませたくない)
(だから、ここで楽しい夢を見ていて欲しいの)
(君はセカンドチルドレンが居なくても幸せだったはずだよ)
(あなたには、この人達が居たはずよ)
二人の言葉と供に、シンジの目の前にアスカの知る二人が、アスカの知らない制服を着て現れた。
(マナ、レイコちゃん……)
二人の少女はにこにこと笑いながら近づくと、芝生に寝転がっているシンジに手を差し出した。シンジは笑いながらその手を取ると、いたずらでもするかのように勢い良く立ちあがった。その時、マナの顔にはいたずらな笑みが、レイコの顔には驚きを隠したはにかんだような微笑みが浮かんでいた。マナはシンジをレイコの方に押しやると、自分は傍らに立つムサシの腕をしっかりと掴まえた。
(頑張んなさいよ、レイコ!)
(ま、マナ!何を言っているの!)
(言うまでもないことだよ、マナ)
アスカの目の前で、シンジはそっとレイコの肩を抱いた。シンジの手が触れた瞬間、レイコは驚いてシンジの顔を見たが、そこにある優しい眼差しに、すぐに体の力を抜いてシンジに体を預けていた。うっすらと頬を紅潮させたレイコの顔は幸せに輝いていた。その表情は、同性のアスカから見ても羨ましいほど美しかった。
(若先生、おめでとうございます)
(シンジ君、良くやったな)
(なんだ、もうおいじちゃんにされてしまったか)
(おにいちゃんとレイコの子供だもの、将来は約束されているわね)
(また、お前達には先を越されてしまった)
(なんだよムサシ、お前はおじさんになったんだぞ)
(このやろう、こんなに早く結婚なんぞしやがって。
その上子供まで作るとは……)
(羨ましいのなら、お前も早くプロポーズしろよ!
今ならマナもうんというかもしれんぞ)
(い、いや……その……もうしたんだ)
(なんだ、じゃあおめでとうだな!)
(ま、まだ結果を言っていないだろう)
(今のお前達の顔を見れば分かるよ)
『何よこれ……』
急に目の前に展開された光景に、思わずアスカは呟いていた。だが、アスカはそれがなんであるのか、これまで聞かされた話から理解をしていた。
『これが、将来の可能性と言うわけ……私が居なくなった世界の』
それがどれだけ幸せな事なのか、優しく微笑むシンジの顔を見ていれば分かる事だった。
『あたしが消えれば、シンジは幸せになれるの……
戦って傷つくことも、人々の醜い心に晒されることなく……』
この世界で必要とされていない。いや、存在自体が害となる。突きつけられた事実は、アスカにとってとても重い物だった。それでもシンジが幸せになれるのなら、その事実を受け入れてもいいとアスカは諦めることも出来た。しかし、どうしても受け入れられないことが一つだけ有った。
『私が消えれば良いことは分かったわ。
ならどうして、どうしてあの時殺してくれなかったの!』
アスカの悲痛な叫びは、彼らの居る仮想世界を揺さぶった。そのアスカの心からの慟哭に、レイと少年の顔に初めて表情といえるものが浮かびあがってきた。
(こうなることは本意ではなかった)
(あなたには悪いことをしたわ)
(サキエルは君を見つけることが出来なかった)
(あなたは変わっていたわ)
(けれど、遅すぎたんだ)
(もう手遅れなの)
(君は清算をしなくてはいけない)
(あなたが狂わせた世界を元に戻すために)
(許してくれとは言わない)
(恨んでくれてもいいわ)
(でも、運命を変えることは出来ない)
(未来は決まっているのよ)
(シンジ君は目覚めないよ)
(碇君が目覚めるのは、全てが終わってから)
(君には気の毒なことをした)
(あなたには悪いことをしたと思っているわ)
(だが、諦めてくれ)
(あなたにはどうすることも出来ないわ)
(もうすぐ三人の天使が現れる)
(ゼルエル、アラエル、アルミサエル)
(どの一人をとっても、君の勝てる相手ではないよ)
(そこであなたは死ぬことになるの)
(心配は要らない、シンジ君は苦しまない)
(目が覚めたときには、あなたのことは忘れているわ)
(この世界から、君の存在は消え失せるんだ)
(初めから居なかったこととして)
(それが君の運命)
(それがあなたの運命)
『それが私の運命……
それが一番……世界の辿る正しい道……』
いつのまにか、アスカは既定の事実として自分の消滅を受け入れていた。
(君の願いはシンジ君の幸せだろう?)
(碇君は幸せになれるわ)
『シンジが幸せになる……』
血で濡れた、多くの罪の無い人を殺した自分から解放される。歪んだ心を持ち、成長しない心を持った自分から解放される。それがシンジの幸せと言わずに、何と言えるだろう。アスカは、二人の言うことに対して、疑問すら感じなくなっていた。そしてシンジの幸せという理由で、自分の消滅さえ望むようになっていた。
(君は消えることになる)
(苦しみはないわ)
(僕達が受け入れてあげよう)
(私たちも一緒に消えてあげる)
いつのまにか、アスカの見ていた世界からシンジは消え失せていた。BIACを使って、シンジとインタフェースしたにも関わらず、シンジの全てがアスカの前から消え失せていた。その異常な出来事すら、アスカは疑問に思うことは無かった。
(シンジ君は目覚めない、それが定めだから)
(だから碇君は苦しまない、あなたの存在はなかったものだから)
(後のことは心配する必要はない)
(碇君は幸せになれるわ)
(それに君があがいた所で世界を変えることは出来ない)
(あなたに世界を変える力はないわ)
(シンジ君は幸せな夢の中に居る)
(彼が起きた時、その夢は現実へと変わっていく)
(君は心配する必要はない)
(あなたが気に病むことはないわ)
『約束された未来。約束された結末……』
(君の居ない世界)
(あなたの必要のない世界)
(みんなが幸せになれる世界)
(エヴァの無い世界)
(君が消えれば良いんだ)
(あなたが消えれば良いのよ)
『私が消えれば、全てが丸く収まる』
(悩むことはない)
(悩むことはないのよ)
『そう、それが一番良いことなのよ!』
(分かってくれて嬉しいよ)
(理解してくれて嬉しいわ)
なぜシンジの世界に飛び込んだのに、この二人が居るのか。そしてなぜ、過去ではなくこれからのことを話しているのか。その疑問は、アスカの中から消え失せていた。この世界が作られた原因が自分にあり、そして自分が消えることで間違った世界が修正される。それだけが、ただ一つ確かな事としてアスカの心を染め上げていた。しかし、アスカがその考えに安寧する事を許さない者も居た。
(嘘だ!世界はそんなに簡単な物じゃない!
間違っていたからと言って、やり直せば良いものじゃない!)
あきらめと虚無にアスカが包まれようとした時、すでに世界の中から消えていたシンジの叫び声がこだました。その瞬間、アスカの体がびくりと震えた。
(なぜ、シンジ君が現れることが出来たんだい)
(あなたの気に病むことではないのよ)
シンジが現れたことは、二人にとっては驚きでもあったようだ。彼らの作り出した夢の中に居るシンジは、二度とここには戻ってくるはずの無い存在だった。
(間違ったら正せば良い。
でも、それは最初からやり直すことじゃない!
僕はアスカと一緒に居たい。
それがあの時の願いだったはずだ)
シンジは、自分の思いの丈を正直にうち開けた。自分はアスカとともに生きることを選んだ。それが自分の願いなのだと。
(この世界が歪んだからと言って、最初からやり直せば良いと言うものじゃない。
この世界でめぐりあった人たち、それは消して良いものじゃないはずだ)
シンジが現れたことに驚いた顔を見せた二人だったが、再び感情の見えない顔に戻り、シンジの言葉を受けとめていた。
(それは小さな事さ)
(修正されてしまえば、気にもしなくなるわ)
(違う!一番大事なことは、僕はアスカを愛しているんだ!
アスカの居ない世界なんて、僕は認めない!)
(その思いも永遠の物ではないよ)
(修正された記憶の中では消えてしまう物)
(違う!僕は決してアスカを忘れない。
アスカを、記憶の中からも消してしまうことを受け入れるわけにはいかない)
その世界のシンジは、はっきりとアスカへの愛を口にした。なんのてらいも無く、なんの力みも無く。アスカはその言葉だけで十分だと感じていた。シンジの口にした愛は偽りではない。ならばそれを自分が受けとめて消えていけば良いのだと。
(違う!それは違うんだアスカ!
僕は君を愛している。
それは他の誰でも代わることは出来ないことなんだ!)
『私はその言葉だけで十分…
シンジ、あなたはあなたの幸せを掴んで』
アスカは世界が薄れていくのを感じていた。自分が今居る世界が、BIACが作り出したものでないことは、うすうす感じていた。それが今終わるのだ。もはや何も思い残すことはない。
『私が消えることで、全てが丸く収まるのなら……
もう何も悩むことはないわ……
それに、ゼルエル、アルミサエル、アラエル……
誰が来たとしても、私が勝てる相手じゃないわ。
だったら、彼らが言う通り、新しい世界を作った方が賢いわ……
だから、だから最後に一言だけ……
シンジ、愛している……だから、幸せになって!』
アスカの想いが、痛いほどシンジに伝わってきた。それは純粋にシンジの幸せを願うアスカの心。その心が伝わってきただけに、なおさらシンジは譲ることは出来なかった。
(そんなまねは僕が許さない!
この僕が止めてみせる……運命なんて僕は信じない!!)
(今の君が目覚めた所で、何もすることは出来ないよ)
(あなたに出来ることは嘆き悲しむことだけ)
(だから、このまま居た方が幸せなんだよ)
(あなたが望むことなら、何でもしてあげる)
(なら、アスカを消すのは止めろ!
僕の目を覚まさせてくれ!)
(それは出来ないことなんだよ)
(運命は変えられないわ)
(なら僕は君たちを頼らない。
自分で目覚めてみせる!
這ってでも、エヴァに乗ってみせる。
守るって決めたんだ……
もう絶対に逃げはしない!)
それだけで十分だとアスカは思った。レイと少年の話からすれば、程無く次の使徒が現れることになる。もしそうであるのなら、例えシンジが目覚めた所でどうにかなるものではない。なまじ目覚めることで苦痛を味わうのなら、このまま新しい世界になるのを待ってていてくれた方が、自分にとっても気が楽なのである。
『彼らの言う通りよ。
たとえ目が覚めた所で、あなたは動くことも出来ないわ。
シンジが幸せになれることが分かっているのなら……
私は安心してエヴァに乗ることが出来る。
だから……もうこれ以上私を苦しめないで……
これ以上シンジの顔を見ると辛くなるの…
お願い……私を自由にして!』
アスカは自分の心が軋んで音を立てているのを感じていた。シンジが自分に辛そうな顔を見せるたびに、心が軋んでいくのだ。一緒に生きられるのなら、それはどんなに幸せなことだろう。しかし、それを掴み取る力が無いのならあきらめるしか無いではないか。
(アスカ一人が消えるようなまねはさせない!
アスカが人の心から消える時は、僕も一緒に消える時だ。
あきらめないで……アスカ、僕は絶対にあきらめはしない。
必ず僕達が生き残る道もあるはずだ!)
(彼女は分かっているよ)
(そう、それがどんなに絶望的なことなのか)
(優しい言葉は、彼女を苦しめるだけだよ)
(絶望を深くするだけのことよ)
(違う、望まない限り叶えられることは無いんだ。
だから僕は望む、アスカとともに生きることを。
だから僕は戦う、アスカとともに生きるために!)
(残念だよ、シンジ君)
(残念だわ、碇君)
(君では僕達に勝つことは出来ない)
(あなたでも、私たちには適わないわ)
(それでも僕は戦うよ!
大切な女性を二度と失わないために)
(優しさと言うものは、時には残酷なこともあるのだよ)
(あなたの優しさは、あの人を苦しめるわ)
(それでも行くのかい?)
(それでも行くのね)
(それでも行く!僕はアスカを失いたくない!!)
(なら、僕達は敵同志だね)
(私たちはあなたの敵になるのね)
(アスカを殺すと言うのなら、カヲル君、綾波…君たちは僕の敵だよ)
(素敵だね、僕がシンジ君を殺せるなんて)
(素敵なことね、私が碇君を殺せるなんて)
(僕の手でシンジ君を殺してあげよう。そうすれば君は永遠に僕の物だよ)
(私の手で碇君を殺してあげるわ。そうすれば碇君は永遠に私の物になる)
『だめよ、そんな事は私は望んでいないわ。
シンジ……どうして分かってくれないの。
あなたは生き残るべきなのよ!』
二人の言うことは間違い無いだろうとアスカは思った。世界すら変えうる二人の絶対的な力に、シンジは対抗することは出来るはずがない。このままシンジが戦ったとしても、確実にシンジは二人に殺されることになる。
(僕を殺すと言うのなら、そうするが良い。
でも、僕は黙って殺されるつもりはないよ。
どんな身体でも、僕はエヴァに乗る……
あの頃の僕とは違う、決して逃げたりはしない!)
アスカは、レイと少年の顔が、エヴァと言う名前をシンジが口にした時、ニヤリと笑った気がした。エヴァは私たちの力なのだが、そこに何か落し穴があるのではないか。アスカは二人の顔に、何か不吉な予感を感じとって居た。
(ならば楽しみにしているよ)
(次に会う時は敵同志ね)
(君がエヴァに乗る……楽しみだね)
(あなたがエヴァに乗る……嬉しいわ)
その言葉を残し、二人の使徒はアスカ達の目の前から消え失せた。そして、それに合わせるかのように、アスカに流れ込んでくる情報も変貌を始めた。世界から光が消えていき、そこからはシンジの声だけが聞こえてきた。
(僕はアスカを愛している……
たとえ世界がアスカの存在を否定しても、僕がアスカを肯定する!
世界が許さないと言うのなら、僕がアスカを許す!
アスカを死なせはしない……
僕の全てを掛けて、アスカを守ってみせる!)
その時、アスカの瞳に強い光が差し込んできた。BIACから受ける、シンジの視覚情報である。シンジが目覚めてしまった……それが目的だったのに、アスカは自分が取り返しのつかない失敗をしてしまった気分に囚われていた。
『接続カット、治療を終了するわ』
その指示によって、アスカのシンジへの治療は終了した。その治療により、アスカはこの世界の全てを知った。そして同時に絶望を知った。
***
アスカは、7号機をゆっくりと敵との会合地点へと移動させた。その顔からはすでに、狂気に浮かれた熱気は消えており、逆に非常に清々とした表情が浮かんでいた。それはとてもこれから戦いに向かう者の表情ではなかった。
「出来れば目覚めて欲しくなかった……」
アスカは病室でのシンジを思い出し、誰にも聞こえないように呟いた。
「でも、まだ修正の範囲だわ……」
自分を納得させるように、そう呟くと、アスカは本部との通信回線を開いた。
「脱出するまでには、どれだけ時間が掛かるの?」
モニタに現れたリツコからは、すぐさま60分と言う答えが返ってきた。その時間にアスカは少し眉をひそめた。使徒の到着予想時間は、後50分である。すなわちアスカは最低でも10分間本部を支える必要があるのだ。しかも飛び立ったら安全というわけでもない、飛び立った後でも使徒の足止めは、依然として重要な役割なのだ。
「わかったわ、何とか支えてみる。
だから……お願いがあるの」
「何?」
「……ううん、やっぱりいい」
「……いいわ、気休めかもしれないけど……
ポジトロンライフルは使用できるわ。
もっとも一撃しか出来ないけどね。
他の武器なら使い放題よ……」
「ありがとう……」
さてとと声を出し、アスカは本部との通信を遮断してシートに身を預けた。使徒が接近するまでにはまだ時間があった。今はただ待つだけである。
自分に待っているのは確実な死である事も分かっていた。観測された使徒の数は3体。敵は確実に自分の息の根を止めに掛かっているのがうかがわれた。
「…光栄ね、こんな私をしとめる為に3体掛かりだなんて。
せっかくだから暴れさせてもらうわ。
じゃ無いと……」
心が張り裂けそうだとアスカは思っていた。大暴れをして、全てを忘れていられれば……辛いことを忘れていれば……苦しくないと。苦しまなくて済むと。
武器はすでに用意されていた。使徒が到着するまでの50分は、ただひたすらに待つだけの時間だった。こんなことなら慌てて出るのではなかったとアスカは思った。待つ時間が長ければ、それだけ要らないことを考えてしまうと。
「……私……どうして…生まれてきたんだろう……」
おそらく、通信を切ったという安心感が有ったのだろう。アスカの口からは、心の内が紡ぎ出されていた。元々戦士として訓練を受けてきたため、いつか戦って死ぬことも有るだろうとは覚悟していた。だから死ぬことは辛いのだが、受け入れがたい事実であるとは思っていなかった。人間である以上、いつかは死ぬ運命にあるのだ。それが早いか遅いかの違いでしかない。怠惰に生き長らえるくらいなら、華々しく戦って死ぬ方が自分らしいと考えたことも有る。しかし、今回に限ってその考えは起こらなかった。
エヴァのパイロットとして戦い、死んでいくことは、ある意味名誉なことだった。自分の死は、英雄として人の心に残ることになるのだ。だが、これは違う。これから自分を待っているのは、完全な消滅なのだ。人の心からも記録からも、完全に自分の存在が消え失せてしまうのだ。自分の生きてきた証すら残らない。初めから居なかった存在へと変わってしまう。それはアスカにとって、恐怖としか言いようのない物であった。その恐怖が、アスカに先ほどの疑問を呟かせていた。
「……私が……居なくなれば……世界が平和になる……
……私が…この狂った世界の……原因だなんて……」
いつの間にか溢れだした涙は、LCLの中小さな珠となって漂っていた。
「……生まれてこなければ良かった……
そうすれば……こんなに苦しむことは無かった……
……シンジを好きにならなければ良かった……
そうすれば……こんなに苦しむことは無かった……
……私は、なんのために生まれたんだろう……
……なんの楽しみもなく……
……ようやく喜びを見つけたと思ったら……
……それが全ての苦しみの元になるなんて……
好きになんてならなければ良かった……
生まれてこなければ良かった……」
止めどなく溢れる涙は、アスカの周りに宝石を散らしたように漂っていた。その涙の一粒一粒に込められた悲しみの深さが、その宝石をLCLの中で輝かせていた。
「……生まれてこなければ良かった……
なんにも良いことなんて無かった……
あたしの生きた証すら残らない……あたしは世界にとって邪魔でしかない……
何であたしは生きているの……
どうしてあたしは生まれてきたの……
ただ……幸せになりたかっただけなのに……
どうしてあたしは消えなくちゃいけないの……
あたしの何が悪いのよぉ……
消えたくない……消えたくないよぉ……
苦しいよぉ、辛いよぉ……」
大声を上げるわけではない。アスカの言葉は、消え入りそうなほど小さなものだった。だがそれだけに、そこに込められた悲しみの深さははかり知れないものが有った。
通信を切っている為、アスカの悲しみは誰にも知られないはずだった。だが、量産型エヴァは、全てのコントロールがパイロットの意志を超えて行うことが出来た。当然通信は、パイロットの意志を無視して接続することが出来た。そしてこの時も、司令席に居る二人は、誰にも知られないはずのアスカの慟哭をしっかりと耳にしていた。
「司令……」
「報告は上がってきた。
恥ずかしい話だが、私にはどうして良いのか決断がつかん」
「私には迷うことなどどこにも無いと思いますが?」
「どういう事だね?」
冬月は大和の言うことが、すぐには理解できなかった。上がってきた報告は、セカンドチルドレンを犠牲にすれば、エヴァにまつわる全てを消せば、それで使徒との戦いも終わり、エヴァも使徒も無い世界が実現できると言う物だった。そうなればネルフも必要無い事になる。迷わずにそうしろと言うことなのだろうかと冬月は大和の言葉の意味を探った。
「ここからエヴァを1体待避させる目的は、次の機会を待つことが目的だったはずです。
しかし、我々に次は無いようです。
でしたら我々は、今出来る最大限の努力をすべきでしょう」
「何を言っている?」
大和の言葉は、俄には冬月に理解できなかった。冬月の疑問は、セカンドチルドレンを犠牲にするか否かと言うことなのだ。これからの戦術を確認したわけではないのだ。
「来襲する使徒は3体。
しかもその内の1体は成層圏に位置しています。
すなわち、我々はどう頑張っても時間稼ぎすら出来ないと言うことです。
であれば、今投入しうる最大限の戦力を持って使徒と当たる。
そう言うことです。
まさか、司令は彼女一人犠牲にすれば、シンジ君を世界を救えるとでも思っていますか?」
「……恥ずかしながら、その考えは捨てきれん……」
「時間を稼げたとしても、このまま霧島シンジを出撃させないと言うことが出来るとお思いですか?
必ず彼は出撃しなくてはならなくなります。
確かに、彼の回復を待つためには少しでも時間を掛ける必要はあるでしょう。
ですが、戦力としての彼を見たとき、今を逃せば0に等しくなります」
「まさか君はシンジ君を乗せろと言っているのでは……
いかん、それはいくら何でも無茶だ。
彼は動かすことも出来ないほどの重傷なのだぞ。
さすがにそれだけは許可するわけにはいかない!」
冬月は大和の正気を疑った。ほんの数瞬前まで意識不明の重態だったのだ。確かに今は意識を取り戻しているが、全身に及ぶ火傷、そして数多くの複雑骨折、折れた骨による内臓の損傷。動けるようになるまでには、少なくとも数週間が必要と診断されていた。
「ですが、シンジ君はまだ生きています。
戦う意思と希望を持っています。
エヴァに乗せることは確かに無謀です。
それを止めるのも我々の役目なのかも知れません。
ですが、私は彼を止めるつもりは有りません。
それが人として、私の最後の良心です」
「だが……」
「シンジ君を投入したとしても勝てるとは限りません。
いえ、ほぼ間違いなく我々は負けるでしょう。
シンジ君が負傷したところで、我々の負けは決まっていたのです。
使徒とやらの計画が実行されると言うのなら、何もしないのが一番被害を少なくする方法でしょう。
ですが、それを黙って受け入れるほど私は人間が出来ていません。
喩え待ち受けている結果が同じでも、私は最後まで結果を変えるべくあがいてしまう質なのです」
「運命は変えうると……今の状態でもそう思っているのか?」
「運命などとは、その結果が出てから言う物です。
変えようと思わない限り、その努力をしない限り絶対に変わることはありません」
「変えた未来が、使徒の用意する物より悪くてもかね?」
「未来は人間の手によって作られるべき物です。
確かにサードインパクトを越えて、使徒とエヴァンゲリオンは残りました。
ですが、そこから先の世界は、人間自身が作り上げてきた物です。
それが悪いというのなら、多少の条件を変えたところで行き着く先は同じという物です。
私は、シンジを中心に集まってきた者達を見て、先の見通しは明るいと思っているのですがね」
確かに、シンジを中心に、MSIのジョン・ゲイツ、クリストファー・ダンチェッカー、ブラッドリー・クリフォードなどと知己が出来た。希有な才能がシンジと言う媒体を介してつながりが出来たのだ。確かにそれが悪いことと言うことは出来ない。
「……それに、あの娘の涙を見てしまっては……
ここで動かなくては漢では有りません。
私はシンジ君を漢たりえるように指導してきました。
その私が、模範とならなくてどうしましょうか?」
大和にそう言われれば、冬月も黙るしかなかった。彼自身もセカンドチルドレンの流した涙に、胸を締め付けられる想いをしていたのだ。だが、彼としても組織を、そして世界の平和を預かる重責が有った。だから、自分から彼女を救うとは言い難い所も有ったのだ。しかし冬月も大和の言葉で迷いが消えた。
「おそらく君の言うとおりなのだろう。
彼女一人に責任を押しつけるわけには行くまい」
大和にそう言うと、冬月は指揮を執るためマイクを握った。
「市民に退避命令を出せ!
待避が間に合わんものは、本部からもっとも遠いシェルターに避難させろ。
それからB級勤務者以下は、直ちに本部から待避するよう!
これから我々は、最大限の戦力を持って、使徒と対決する。
技術部はすぐにエヴァンゲリオン10号機の出撃準備をしろ!」
次に冬月は、10号機のケイジに向かって居るであろう赤木リツコを呼び出した。指令では誰がパイロットであるかは告げていなかったのである。霧島シンジが乗るので有れば、通常より余計な手間が掛かる。そのための指示を出しておく必要が有ったのだ。しかしその指示が必要の無いことであるのは、赤木リツコと通話が繋がった時に彼女の口から出た言葉でそれが知れた。
「申し訳ないのですが、今プラグに手を加えているところです。
シンジ君が乗ることは分かっています。
それ以上の指示がないのなら、これで通話を切らせていただきます」
「…どうしてそれを……いや、気にしないで作業を急いでくれたまえ」
少し唖然とした顔で、冬月は通話を打ち切った。その横では大和が感心したように頷いていた。
「シンジ君の病室には、葛城二佐が居ります」
冬月は大和の言葉に満足そうに頷いた。そしてシンジの病室に通話を繋ぎ、ミサトに対して命令を発した。
「直ちに霧島シンジを10号機にて出撃させ、使徒を殲滅しろ!」
向こう側で息を呑んだのが聞こえてきた。それはそうだろう、とてもこんな命令が発せられるとは信じられないことなのだ。しかしその信じられない命令に対して、ミサトから反対意見は上がってこなかった。そしてミサトの代わりに通話に現れたのはシンジだった。
「冬月司令……ありがとうございます」
全身を覆った火傷と、数十カ所にも及ぶ骨折のため、シンジの声はとぎれとぎれになった。それでもスピーカー越しに聞こえてくるシンジの声には、確かな意思が込められていることが分かった。
「礼には及ばんよ。当然のことをしたまでだ。
それにこれは大和副司令補佐の進言でもある」
そう言って冬月は大和を見た。浅黒い顔が少し赤くなっているのは冬月の錯覚だろうか。
「……すみません……おじさん……僕は……」
「シンジ君、何も言うな……無事に二人で帰ってこい」
シンジからは見えないのだが、そこで大和は軍人の顔に戻った。そして、ネルフに入って初めてとも言える命令をシンジに下した。
「霧島シンジに命じる。直ちに出撃し、使徒を殲滅せよ!」
「……はい……霧島シンジ…使徒を殲滅します!」
シンジは体を襲う苦痛に耐え、大和の命令を復唱した。体には激痛を感じていたが、復唱するシンジの顔には笑みさえ浮かんでいた。
続く
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tortoise@mtb.biglobe.ne.jp
中昭のコメント(感想として・・・)
トータスさんのルフラン第28話、投稿して頂きました。
>何しろシンジは重傷患者なのである。
>そんな状態の患者と、いきなり痛感を共有しようものなら気が狂わんほどの激痛を味わうことになってしまう。
なんか結構やっかいなシステム
>ならば触覚・痛覚ぐらいしか有効な情報を得られる物は残っていない。
はぅううよりによって痛覚ですか
>そしてその情報が整理された形となった時、アスカの目の前に現れたのは全裸の綾波レイの姿であった。
全裸
>そして次にアスカの目に飛び込んできたのは、アスカの知らない少年の姿だった。
服着てる?
・・・レイだけ裸?カヲルだけ裸ってのも意外性があってよかった気もしゅる。
>そう、たった今、招かれざる客が居るように)
>少年はそう言うと、これまでシンジに向けていたのとは明らかに異質な視線を向けてきた。
おおお。なんかええなぁ
>(シンジ君、君は選んでしまった)
>(碇君、あなたにはもう選ぶことは出来ない)
>(君はもう願ったのだから)
>(あなたの願いは決まっているのだから)
>((使徒もエヴァも居ない世界を!))
不幸の源だったですもんね。
>(ひずみが取り除かれれば、記憶も修正されて行く)
>(あなたは苦しみから解放されるわ)
ooo新使徒はエヴァとアスカを消しに来てたですか
>『これが、将来の可能性と言うわけ……私が居なくなった世界の』
>それがどれだけ幸せな事なのか、優しく微笑むシンジの顔を見ていれば分かる事だった。
うーっむ辛いですね、アスカ。
>(あなたは変わっていたわ)
>(けれど、遅すぎたんだ)
>(もう手遅れなの)
せっかく良い雰囲気になったのにぃ
>僕はアスカと一緒に居たい。
>それがあの時の願いだったはずだ)
たしかに
>(素敵だね、僕がシンジ君を殺せるなんて)
>(素敵なことね、私が碇君を殺せるなんて)
>(僕の手でシンジ君を殺してあげよう。そうすれば君は永遠に僕の物だよ)
>(私の手で碇君を殺してあげるわ。そうすれば碇君は永遠に私の物になる)
あああ・・・なんか悪霊化してるぅ
>「……私……どうして…生まれてきたんだろう……」
>「冬月司令……ありがとうございます」
出撃する二人
>(もうすぐ三人の天使が現れる)
>(ゼルエル、アラエル、アルミサエル)
>(どの一人をとっても、君の勝てる相手ではないよ)
最強の敵
なんか最終回まじかのような盛り上がり方。
シンジは漢になれるのか!!
次回もお楽しみです
みなさん、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
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