〜ル・フ・ラ・ン〜


第二十七話 死に至る病
 
 
 
 
 
 

 重い殻を脱ぎ去ったアスカの行動は、それはとても素早いものだった。アスカは飛ぶような足取りで病室に向かうと、そこでシンジの容態を見守っていた二人の少女に、それこそ背中が見えるほど体を折り曲げて頭を下げて謝罪をした。それを迎えた二人は、事前に聞かされていたのか、少し驚いた顔を見せたが、過去に何もなかったかのように、アスカの謝罪を受け入れた。その時交わされた会話で、少女達の間に久しぶりの笑みが漏れたのは喜ぶべき事だろう。

 そして次にアスカの取った行動は、ある意味これが一番重要なことなのだが、リツコとダンチェッカーその二人と組んで、シンジの治療プランを立てることだった。基本的なオペレーションは全てBIACを用いて行われる。そのためアスカは、BIACのオペレーションに精通しなくてはならなかったのだ。BIACへの接続だけで一週間。高度なオペレーションを行うには、更に長いトレーニングが必要とされていた。それを少しでも短縮するため、これまでエヴァで行ってきた神経接続の経験が生かせないか、リツコとダンチェッカーを交えて検討を重ねた。

 そしてもう一つが、肝心のシンジの治療法である。ただこれについては、どうすれば良いかだけは分かっていた。すなわち現在のシンジの状態は、壊れたCDと同じだとの事である。ディスクの異常から、ピックアップが飛んで同じ所を繰り返し再生している。そのため、その閉じたループから出られなり、意識も戻らないのだと。

「だったら外から干渉して出してやればいいの?」

 その説明を聞いたとき、アスカはリツコに対してそう尋ねた。そこには暗にBIACを使わなくても出来たのではないかと言う質問も含まれていた。

「そう、口で言うのは簡単だけどね。
 ループから出すとき、ちゃんと方向付けをしてあげる必要があるの。
 それに一カ所直しても、次が無いとは限らないでしょう?
 もっと酷くて再生不良になるかも知れないわよ」

 リツコの答えは簡単である。要約すれば『他に方法は有るかも知れないが、失敗のリスクが大きい』である。その説明は確かにアスカにも納得の行くものであった。

「BIACなら問題はないの?」

 当然次に浮かび上がってくる問題である。オペレーションに不安を感じているわけではない、その結果更に今より悪くならないかが不安なのだ。

「問題が無いとは言わないわよ。
 少なくともシンジ君にはまともな意識が無いし、それに備えも無いわ。
 だからシンジ君と言うより、オペレーションを行うあなたへの影響がどうなるか?
 ひょっとしたら、シンジ君の脳から発せられた情報の洪水があなたを襲うかも知れないわ。
 一応フィードバックループや、リミッターが掛かるから大事にはならないと思うけど。
 それでも、成功するとは言い切れないわ」
「でも、他の方法に較べれば遙かに成功率が高いんでしょう?」
「あなたがきちんとオペレーションできれば……
 その条件の下でなら、成功率は限りなく100パーセントに近いわ。
 問題があるとしたら、さっきった接続時の問題だけ。
 これさえ乗り越えてくれたら成功したも同然よ」

 ならば迷うことなど無い。そうアスカは判断した。シンジの意識を取り戻すことが出来るのなら、そのため発生する自分へのリスクなど、初めから彼女の頭には存在しなかった。

「なら何も考えることはないわ。
 すぐにトレーニングに取りかかって。
 一分一秒だって惜しいわ」

 急かすようなアスカに、その気持ちが手に取るように分かるだけに、横で話を聞いていたダンチェッカーは苦笑いを浮かべた。

「残念ながら準備がまだ整ってない。
 ここのMAGIではBIACに対応できないので、アメリカに有るタイタンをMAGIに繋ぐ必要がある。
 そのための高速通信網を今準備しているところだ」
「いつその準備が出来るんですか?」
「ネットワーク自体は、今日中にでも10テラの通信路が確保できる。
 そうしたら、後は接続テストだけだよ。
 まあこれ自体は大した問題は無いと思う。
 どちらかと言えば、政治的な問題の方が大きいだろう。
 MAGIを外部のコンピュータに接続することになる。
 そこに蓄えられている情報の重要性から、接続一つとってもいろいろと難しい問題を抱えることになる。
 まあこれも、冬月司令とジョンがいるから大丈夫だろう。
 だからアスカの訓練を始めるのは、明日になるだろう。
 精神的にきついmのだから、それまではゆっくりと休んでおくと良い。
 もちろんシンジの病室の前に居ることは止めはしないがね」

 ダンチェッカーの言葉に、アスカは少し考えるそぶりを見せた。だが、リツコとダンチェッカーが想像を裏切り、アスカが部屋から飛び出していくことはなかった。そのアスカの行動に、意外なものを見る目でリツコはアスカの顔を見た。

「何よ、リツコ……何か問題が有るの?」

 自分を驚いた顔で見ているリツコに、アスカは少し不満げにそう尋ねた。

「別に問題って訳じゃないわよ。
 どうしてアスカがシンジ君の病室に飛んでいかないかと思っただけよ」
「別に我慢しているわけじゃないわ。
 だって今日はもうシンジに会ってきたしね。
 それに明日からの事を考えたら、できるだけ体調を万全にしておきたいの。
 私が原因で間に合わなかったり、上手くいかなかったりしたら大変じゃない。
 だから今日はシャワーを浴びて、美味しいものでも食べて休むわよ」

 そのアスカの浮かべた表情に、ダンチェッカーはとりあえずの問題が解決したことを理解した。先ほどまでアスカがしていた、死んだ魚の目とは違う輝きをダンチェッカーは見ることが出来た。少なくとも自分が来たことは無駄ではなかった。後は、頑張って二人の為に環境を整えてあげれば、それで自分たちの役目は終わりだと彼は考えた。

「そうすると良い。
 明日からはなかなか大変なことになるからな」

 少しつっけんどんな言い方をしたことを反省しながら、ダンチェッカーは後の作業をしようとリツコの方へと向き直った。しかしその先に有ったのは、笑いを堪えているリツコの顔だった。何事かと思ったダンチェッカーは、思わずリツコの視線の先を追ってみた。

「どうしたんだい、アスカ?」

 その先には、所在なげにスカートを弄んでいるアスカが居た。何事かと訝っているダンチェッカーを余所に、そんなアスカにリツコが助け船を出した。

「ちゃんと言わないと伝わらないわよ」

 そのリツコの言葉を後押しに、アスカにしては素晴らしく歯に物が挟まった歯切れの悪い言葉がダンチェッカーに聞こえてきた。

「その……お忙しいのは分かって居るんですが……
 良かったら……夕食を一緒に食べたいんですけど……」

 要は、今夜食事を一緒にしたいというお誘いなのだ。そのアスカの誘いにダンチェッカーは思わず考え込んでしまった。確かにこれからタイタンとMAGIの接続作業が有し、BIACのセットアップも必要なのである。向こうとこちらの時差を考えて、作業は明日の明け方まで掛かるだろうと彼は見積もっていた。作業自体は自分じゃなくても出来ることなのだが、押しつける相手がジョン・ゲイツだけなのである。

「……すみません……私たちの為に忙しいときに我が儘を言って……
 私は一人で大丈夫ですから、明日の準備をよろしくお願いします……」
「まあ待ちなさい」

 アスカとしても無理をお願いしていることは承知していた。だからそれ以上の我が儘を言わず、ぺこりと頭を下げてそこを出ていこうとした。しかし、ダンチェッカーはアスカの浮かべた寂しそうな顔を見逃さず、出ていこうとするアスカを呼び止めていた。

「そんな顔をして大丈夫と言われてもな……
 まあ、少しあてがあるから待っていなさい」

 ダンチェッカーはそう言うと、リツコと二言三言会話を交わし、彼女の机の上の受話器を取った。内線であることを見ると、相手はネルフ内に居る人間である。

「クリストファー・ダンチェッカーだ。
 ジョン・ゲイツを頼む……
 ああ、ジョンか?
 そちらの方は片づいたか?
 そう、それは良かった…ああ、こっちか?こっちも大方片づいた。
 ああ、そうだ……後はタイタンとMAGIを繋ぐだけだ……
 そう、回線の手配はすんでいるよ。
 後は接続作業だが、我々の“誰”かが立ち会わんと不味いだろう。
 そう許可が下り次第だが、多分今夜の作業になる……
 ……何だい、ずいぶんと察しが良いじゃないか?
 電話を掛けてきた時点で想像がついた?
 なら話が早い、今夜の立ち上げは君に頼むよ。
 何、こちらの用件が済み次第、私も手伝うから……
 じゃあ用件はこれで終わりだ、後はよろしく頼む。
 なあに、心配するな。旨そうな差し入れを持ってきてやる。
 今晩のところはそれで我慢しろ!」

 受話器から離れていても、相手の大声は受話器から漏れだしていた。少なくとも受話器の向こうに居るゲイツは、ダンチェッカーの頼みを快諾したとは言えないだろう。しかし当のダンチェッカーは、そんなことにもお構いなく、罵声と呪いの混じったような声が聞こえてくる通話を切り、次の場所へと電話を掛けた。

「ああ、ダンチェッカーだ。
 一つ頼みが有るんだが、今晩どこか良いレストランを予約してくれないか?
 そうそう、予約は三人で良い。
 私とアスカと……もちろん君も来るんだ。
 当然だろう?それとも私とアスカが二人っきりになるのを見逃してくれるのかな?
 そうそう、聞き分けの良い子だ。
 ああ、ちょっと待ってくれ」

 そう言うとダンチェッカーは、受話器を手で押さえ、アスカの方を見た。

「何か食べたいものは有るかな?」

 その意味を知り、アスカの顔はぱっと花が開いたように喜びに包まれた。

「何でも構いません。
 でも、出来れば気取らないお店が良いです」
「了解した。
 聞こえたか、そう言うことだ。
 時間は7時過ぎがいいな。
 ああ、よろしく頼む……」

 ダンチェッカーは受話器を置くと、大人の笑顔をアスカに向けた。もっともリツコに言わせれば、その中には多分に友人に仕掛けたいたずらが上手くいった要素が含まれていると言う事なのだが。

「と言うことでジョンも快諾してくれた。
 店の方はケイコに任せたが、それで良いかな?」
「……宜しいんですか?
 何かゲイツさんは怒ってらしたような気がしたんですが……」
「ああ、アレは彼独特の照れ隠しだよ。
 別に本人は怒っているわけじゃない。
 言葉通り、彼は“快諾”してくれたよ」

 本当だろうかと思わないでも無かったが、アスカはそれ以上そのことを詮索するのを止めた。ダンチェッカーが良いと言ったのだ。だったらそれに甘えてみようと。

「そうですか……私はどうすれば良いですか?」
「後でケイコと一緒に迎えに行くよ。
 それまでは家で休んでいてくれたまえ」

 ハイと元気良く返事をして、今度こそアスカはリツコの部屋を出ていった。扉がしまり、その後ろ姿が完全に見えなくなるのを待って、リツコは少し意地の悪い笑みを浮かべてダンチェッカーに話しかけた。

「博士、まるで“お父さん”みたいでしたよ。
 多分、アスカも“お父さん”に甘えているつもりなんでしょうね」
「おいおい、独り者を掴まえてお父さんは止してくれないか?
 ケイコもそうだが、どうしてボーイフレンドぐらいに見てくれないんだ?」

 “お父さん”を強調したリツコに、思わずダンチェッカーは苦笑していた。ボーイフレンドは冗談にしても、そこまで老け込んでいるようには見られたくないと言うのが彼の本心だろう。

「ボーイフレンドですか?
 博士は“あの”シンジ君と競争するつもりがおありで?」

 意地悪く言うリツコの言葉に、ダンチェッカーは、ふとさわやかな笑みを浮かべる少年の姿を思い出した。そして心の中で、隣に自分の姿を置き、じっくりとその意味を考えてみた。

「……お父さんと言うことにしておこう……」
「それが一番良いですわ。
 では、アスカのお父様、作業を始めましょうか?」

 『お母さんが居ないのは不公平だ……』とのダンチェッカーのぼやきを黙殺し、リツコは提供されたセキュリティシーケンスを検証に掛かった。ネットワークを使う以上、問題はMAGIとタイタンの間だけではない。特にアスカとシンジの意識を読みとり、フィードバックを行う以上、伝送過程に於いて余計なトラブルが発生しないように気をつけなければならないのだ。少なくともその分野では門外漢であるダンチェッカーは、リツコの作業を見ていることしかできなかった。

「30分で戻ってくる……お茶でも飲んでいるから、必要なら呼び出してくれ」

 いい加減する事がないのに気づいたのか、ダンチェッカーは時間を潰すためにリツコの部屋を出ていった。

「お父さんね……」

 ダンチェッカーが消えてしばらくして、リツコはキーボードを操作する手を休めそう呟いた。彼女自身、アスカに対するダンチェッカーの態度に、父性を感じていたのだ。そしてその暖かさに憧れも感じていた。それは彼女もまた、父親の暖かさを知らずに育ってきたからに他ならなかった。

「お婆ちゃんと話をしてみよう……」

 この作戦が終わったら、母の実家を尋ねてみよう。リツコは何故かそれがとても楽しいことに感じられた。
 
 



***






 ダンチェッカーから電話が掛かってきた時のゲイツの表情は見物だった。少なくとも胡散臭さ満載の男のする顔では無かった。もっともそれ自体、本心を隠すための演技と言われればそう言えないことも無いのだが、今そこまでの腹芸をする必要もないのも確かである。

 しかし顔を真っ赤にして受話器に悪態を吐いていたゲイツも、受話器を下ろした途端に何事も無かったかのように冬月とミサトに向かい合ったのだ。その落差の大きさは、にわかには理解し難いものが有った。

「皆さんには良い報告です。
 セカンドチルドレンが元気になってくれましたよ。
 今晩は、クリスと一緒にディナーだそうです。
 もちろんこちらのケイコも一緒だそうですがね」
「何か怒鳴り声が聞こえたのですが?」

 落差の大きさに着いていけなかったミサトは、その理由をゲイツに尋ねた。

「ああ、そのお陰で私は今晩の作業を一人でしなくてはならなくなりましたからね」
「それで電話口で大きな声を上げられていたしたんですか?」
「まあね、今日の作業を全部押し付けたんだから、それぐらい言われも文句はないでしょう。
 お互いのレクレーションみたいなものです」

 そんなものかと、ミサトは自分とリツコの関係を思い出してみた。確かに色々とぶつかり合うことも有るし、わざわざ大声を上げてみることも有った。なるほど、ゲイツの言うことも一理あるとミサトは納得した。ただそれはゲイツとダンチェッカーの間のことだけで、ミサトにはゲイツに対してぬぐうことの出来ない不信感が有った。

 それはエヴァを秘得していたことでもあり、また北米支部のMAGIに干渉したことでもある。そして極めつけとでも言うのが、こっそりとフランツ・オッペンハイマーを保護していたことである。

 そう言った諸々の相手に抱いた不信感を隠しきれないのは、ミサトの若さだろう。ミサトにとっては、今回の協力すら何らかの見返り、もしくは裏が有っての事ではないかとかんぐられてしまうのだ。もちろん無償の援助・好意と言う見方も有るのだが、少なくとも海千山千のこの男がそんな真似をするとは考えられないのだ。はっきりと見返りを要求してくれた方が、どれだけ気分が楽になるだろうかとミサトは思っていた。

「ミサトが私たちを信用していないのは理解しています。
 まあ、否定なさるかもしれませんが、私から見れば表情にありありと現れていますよ。
 なに、それが悪いと言っているわけじゃ有りませんからご心配無く。
 その点だけで言えば、我々もネルフを信用しているわけでは有りませんから」
「私たちが信用にならないと……?」
「気を悪くなさらないでください。
 一応私たちのことは棚に上げた上での発言ですから」
「いえ、ぜひともお伺しておきたいですわ。
 これから役に立ちそうですから……」

 横で止めろと言う顔をしている冬月を無視し、ミサトはゲイツを追求した。その辺りが彼女の若さだろう。ゲイツは、そんなミサトの追求に苦い顔をしている冬月を横目に、これまた苦笑いを浮かべながらミサトに応酬した。

「セカンドインパクト、サードインパクト……
 国連とネルフで隠していることがたくさん有りますね。
 特にサードインパクト、これは謎とされていることが多すぎる。
 加えてネルフ本部、これが公正な組織かと言えば問題もある。
 身内の犯罪を隠そうと不正行為を行っている形跡がある。
 それにしかたないとは言え、いつまでも子供達を矢面に立たせていること。
 その癖に、メンタル面に対するケアが十分ではない……
 ざっと思いつくまま上げてみましたが、不十分ですか?」

 さすがに良くこちらの内情を知っている。冬月はゲイツの言葉に関心をしていた。しかしミサトにとっては関心ばかりしていられない内容が彼の言葉に含まれていた。

「身内の犯罪……と、仰られましたか?
 それを隠すために不正行為を行っていると?」

 身に覚えは十分すぎるほど有るが、しかしその作業はネルフの英知を結集して隠密裏に行っているのだ。それがこの男に漏れているとはとうてい信じられないことであった。

「ああ、それは言葉のあやですよ。
 別にそれ自体、我々は告発しようなどとは思っていませんしね。
 ちなみに我々も少しばかり手を貸していますよ。
 多分、ご存じ無いと思いますけどね」
「すみませんが、もう少しわかりやすく仰って貰えないでしょうか?」
「話が婉曲過ぎましたね。
 ドイツに於ける9号機の自爆と、その後にMAGIが行っているクラッキングのことです」

 相手の方が完全に一枚上手である。そのことをミサトは完全に理解した。しかしリツコにマヤ、青葉に日向と言った人材が当たったにも関わらず、この男はその尻尾を掴んでいる。世界は広い物だとミサトは感心しないわけにはいかなかった。ここは素直に白旗を揚げるしかないとミサトは判断した。

「お手上げですわ……
 仰るとおり、私たちにも沢山の胡散臭いところが有ります。
 分かりました、あなた方の背後にある物、それには目を瞑ります。
 でも、一つだけ譲れないことが有ります。
 子供達だけは巻き込まない、不幸にしない……
 それだけはお約束いただけますか?」
「今更あなたがそう言いますか?
 父親の復讐のために子供を道具として扱ったあなたが……」
「ええ、だからこそ、あの子達の幸せは私が守って見せます」

 ミサトは一瞬言葉に詰まったが、それでもはっきりとゲイツに向かってそう宣言した。
 

 決意を秘めた女性は美しい。ゲイツはミサトの姿に感銘を受けていた。しかし、それでも“まだ”矛先を納めるわけにはいかないと思っていた。

「口では何とでも言えますよ。
 あなたはそれをどういう行動で示しますか?
 今、このとき、あなたは彼女たちに何をしてあげられますか?」
「それは……でも!」
「そろそろ勘弁してあげてくれませんか?
 それにこれ以上、彼女を試すのは趣味が悪い」

 意外なことに横から助けを入れたのは冬月だった。そしてそれを受けて、意外なほど簡単にゲイツもミサトを追求する矛先を納めた。

「見目麗しい女性に嫌われるようなことをしてはいけませんな。
 確かにそれは私の信条にも反します」

 そしてミサトに向かってにっこりと微笑んで言葉を続けた。

「人にはできることとできないことが有ります。
 あなたはあなたにできることであの子達のことを守ってあげてください。
 今度のことは私たちに任せておけばいい。
 まあ、シンジのことに関しては我々にも勝算が有りますからね。
 そのあとのことは任せましたよ。
 何しろ私たちは戦闘に関しては素人だ」
「“良薬口に苦し忠言耳に逆らう”厳しい言葉をありがとうございました。
 ゲイツさんの言葉は心に刻んでおきますわ」
「"Good advice is harsh to the ear"ですか?
 そんなに大した物ではありませんよ。
 ちょっと虐めてみたくなっただけです」

 ゲイツはウインクをして見せたが、ミサトの表情は硬いままだった。

「シンジ君が目を覚ましたとしても、すぐに戦えるわけでは有りません。
 先ほどゲイツ氏から提供していただく施設を使っても上手くいくとは限りません。
 正直言って、可能性はかなり低いと言っていいでしょう」

 唐突に切り出されたミサトの弱音、それはこれまでの戦いの中でミサトの心の中に鬱積してきた物だった。

「確かに、ここに来てエヴァ2体の提供はありがたいです。
 それが喩えどんな経緯を持って出てきた物ででもです。
 でも、それでも0に等しい可能性が少し改善されただけなんです。
 それでも……何故か私の中で不安だけが大きくなっていくのです。
 何かとんでもないことが起きる……そんな不安がです。
 ご協力には感謝いたしますし、私も最善の努力を致します」
「私には葛城さんの不安の正体は分かりません。
 でも、“今”より事態が悪くなることはないと信じています。
 今晩、MAGIとタイタンの接続が完了次第、全てをネルフに開放いたします。
 砦と言われた施設……煮て喰うなり焼いて喰うなりお好きなようにして下さい」

 ゲイツはそう言うと、今晩は徹夜になるからと冬月たちとの面会を切り上げた。一刻を争う事態にいる者達には一分一秒がダイヤモンドよりも価値を持ってくる。それを理解しているミサトもまた、日向を呼びだして作戦の立案に掛かった。コンマ1パーセントでも成功率の高い作戦、生き残る可能性の高い作戦を立案するために……それが自分に出来るただ一つの事だとの決意を込めて。
 
 



***






 不格好とは言い過ぎかも知れないが、エヴァのインタフェースに較べれば遙かに野暮ったいBIACのヘッドセットを装着してアスカは実験の開始を待った。いや、現状のBIACのレベルから言えば、実験と言うよりトレーニングと言った方がより正確かもしれない。しかし初めて実物にお目に掛かるアスカにとって、レトロな映画で出てくる拷問具の様な器具を装着した姿は、やはり実験と言った方が雰囲気を現していると思っていた。

「何度も説明したが、慣れるまで余計なことを考えないことだ。
 不確かな情報はゴミとなってループを作る。
 そうなるとすぐに人の脳などオーバーロードしてしまう」
「分かりました……何かに集中していれば良いと言うことですね?」
「そう言うことだ、まずは簡単な数学の計算が適当だよ」

 アスカと会話を交わしながら、ダンチェッカーは予告をしないでアスカとBIACの接続を行った。アスカが知らないうちに行ったことが良かったのか、接続直後は何も起こらなかった。しかし、接続された事を知らないアスカが漠然とした不安を感じたとき、アスカの頭を雪崩のように何かが押し入ってくる感覚が包んだ。

「!」

 頭をかき回されるような感覚に、思わずアスカが悲鳴を上げそうになったとき、現れた時と同様に、その違和感は唐突にアスカの頭の中から消えていた。一瞬何が起こったのか分からなかったのだが、すぐにそれがBIACのせいだと気付き、アスカは何も知らせずに接続を行ったダンチェッカーに抗議の声をあげた。

「すまない……だが、これでBIACがどういう物か分かって貰えたと思う。
 頭の中から引き出す情報が無い場合、BIACは何も返してこない。
 だが、ほんの小さな動揺でも、BIACは正帰還のループを作り上げる。
 集中が大切だと言った理由が分かって貰えただろうか?」

 ダンチェッカーの問いに、アスカは頷いて見せた。

「では、これから再接続を行う。
 いいか、最初は簡単な計算から始めてみてくれ」

 ダンチェッカーはそう言うと、再びBIACの接続スイッチを入れた。今度は予告と注意が効いたせいか、アスカの頭に混乱が起こることはなかった。そして、BIACによって受ける感覚が、エヴァの神経接続とどう異なるか冷静に観察する余裕も生じていた。

「さすがだな……」

 落ち着いた様子を見せるアスカに、ダンチェッカーはアスカに聞こえないように賞賛の言葉を漏らした。自分自身トレーニングのためBIACと接続してみたのだが、アスカの段階に到達するまでに一日以上の時間が掛かっていたのだ。

 一方のアスカは、二度目という事も有り落ち着いていることが出来た。自分の頭に生じた混乱が、増幅されて戻ってくるのなら、心を冷静に保てば良いことなのだ。それを理解したアスカは、心を落ち着けてBIACから感じるフィードバックを感じていた。

「足し算でもしてみてくれ」

 そのダンチェッカーの指示に従って、アスカは頭の中で数字を思い浮かべてみた。せっかくだからあまり簡単な物は止めておこう。2018足す35は…

 その数字がアスカの頭の中で明確なイメージとなったとき、突然アスカは2053と言う数字が頭の中に浮かび上がってくるのを感じた。それは自分で計算をしたときとは異なる、更に鮮明なイメージを持ってアスカの頭の中に浮かび上がってきた。しかしその次がいけなかった。あまりにも唐突なイメージの出現が、アスカの心にわずかな混乱を引き起こしたのだ。そしてそれをBIACが拾い上げ、ダンチェッカーが“ガラクタループ”と呼んでいる正帰還を引き起こそうとした。自分の犯したミスに気づいたアスカは、次に襲って来る圧力に耐えるため頭を抱え込んだのだが、いくら待っても何もアスカの身に起こってこなかった。

「実は安全の為のリミッターも出来ている。
 最初は、ガラクタループを理解して貰うためそれを外していたんだ」

 ダンチェッカーの言葉に、アスカは自分が彼の予想通りに動いていることを理解した。何か癪に障るところも有るのだが、それが些細なことであることはアスカも理解していた。ダンチェッカーは、アスカが旨くBIACに入っていけるように最善を尽くしてくれている。ならば、自分は彼を信用すればいいと……

 ダンチェッカーの予想通り、アスカは非常に優秀な生徒であった。いや、予想を超えて優秀すぎる生徒であった。何しろアスカは、ダンチェッカーが予定していた初日のカリキュラムをたったの一時間で終了させてしまったのだ。それどころか、その日のうちにタイタンが作り出すVR空間で、アメリカにいるオペレーターとゲームをこなすまでにBIACを習熟してしまった。これにはさすがのダンチェッカーも舌を巻いた。何しろ彼がそのレベルに到達するまでには2週間以上の訓練が必要だったのだ。

「さすがはエヴァのパイロットとでも言えば良いのかな?
 常人では考えられない習熟率だよ……」

 ネルフの食堂で簡単な昼食をつつきながら、ダンチェッカーは前に座るアスカに向かって賛辞の言葉を贈った。そのダンチェッカーの送る賛辞に、アスカは少しはにかんだような笑みを浮かべた。

「あと、どれだけトレーニングをすれば良いのでしょうか?」

 気の早いことで有るのだが、思い切ってアスカは疑問をぶつけてみた。シンジを救いたい。それがアスカの行動の原点。その真摯な思いが、ダンチェッカーをして驚嘆させるほどの学習効果引き出していた。

「このペースなら、君のトレーニングよりシンジの準備の方が時間が掛かる。
 急げば明後日には、彼の準備も整う事だろう。
 それまではトレーニングを重ねて、成功率を上げる必要がある」
「明後日……ですね」

 それはアスカにとって、短いようでとても長い時間だった……
 
 



***






 アスカがトレーニングを始めて二日目の夜。すなわちシンジの治療を翌日に控えた夜に、葛城ミサトは準備に忙しい親友の元を訪れていた。それはミサトにとって、親友の労をねぎらうと同時に、様子を探るという目的も持っていた。

 マヤから大方のことは聞いているので、今更驚くような話は無いだろうと当たりはつけていたミサトだったが、唯一、突貫工事で気が立っているリツコを怒らせないかと言うことが気がかりだった。もっともだからといって、行動を自粛しないのがミサトたる所以である。

「いらっしゃい、そろそろ来る頃だと思っていたわ」

 しかしミサトの予想に反し、リツコはミサトが来るのを待っていた風情で深夜のミサトの訪問を受けれた。しかも意外なほど、リツコの機嫌は良かったのである。

「ミサトが聞きたいのは、上手くいきそうかどうか?って事でしょ」

 すでに酸っぱい匂いを醸し出し始めているコーヒーメーカからコーヒーを注ぎ、空いている椅子に座ったミサトに向かってリツコはそう切り出した。答えを聞くまでもなく、順調に事が運んでいることは、リツコの表情が物語っていた。

「あんたの顔からいくと、旨くいっている見たいね」
「そう、今のところは恐ろしいほど順調だわ。
 アスカの訓練も完了したし、シンジ君の側の準備も万端。
 後はアスカが、シンジ君を起こしてくればそれで終わり」

 それでのんびりとしているのかと、ミサトは親友を観察した。

「ところで、BIAC……だっけ?
 凄いの?」

 耳の早いミサトは、マヤの口からリツコもトレーニングを開始したことを耳に挟んでいた。武器の準備を放り出してまで、何をやっているのかとも思ったが、とりあえずリツコを虜にしたシステムというものにも興味があった。

「そりゃあもう……有る意味MAGIよりも凄いわよ。
 世の中のマンマシンインタフェースの問題を全て解決するだけじゃなくて、
 プログラミングの問題も無くなるのよ。
 これがあったら、第壱拾壱使徒の時も余裕だったわよ」
「そんなに!?」
「そうなのよ!
 これをああしたいって思えば、それがプロセスとして取り込まれるのよ。
 もうプログラミング言語でプログラムをする必要なんて無いわ。
 お陰でMAGIのバージョンアップの目処もついたわよ。
 BIAC様々よ……まったく!」

 手放しの誉めように、ミサトは小さく溜息を吐いた。入れ込むのは良いが、他のことをおろそかにして欲しくないと。ミサトは、そろそろもう一つの本題を切り出すことにした。

「BIACが素晴らしいのは分かったわ……
 で、新しい武器の方はどうなっているの?
 出来ませんでしたじゃ済まないわよ!」

 ちょっとドスを利かせたミサトの言葉にも、リツコは動じることはなかった。

「残念ながら槍については、ゼーレがどうやって作ったか依然不明!
 だから同じ物は作れないわ。
 でも、今ある物を使うことは出来るの。
 ちょっとスケールダウンするけど、1週間で準備が出来るわ。
 ただいまアメリカから移送中って所よ」
「アメリカ!?」
「そう、たまたま量産機に突き刺さっていたのが腐食しないで残っていたの。
 これもまたMSIからの提供品よ」
「……それって役に立つの?」
「やってみなくちゃ分からないわ。
 原理が分かっていないんだもの。
 でも、一番可能性が高い方法ではあるわ」
「槍が間に合わなかったら?」
「八島作戦で使ったポジトロンライフルを改良したわ。
 これは明後日から使えるわよ。
 いま一課が最終調整を行っているわ」

 なるほど……遙かに状況はましになったと言えるかとミサトは納得を仕掛けた。しかし……

「ちょっと待ってよ、そんな電力をどうやって確保するのよ。
 それにそんなに陸戦に向かない奴を……」

 明後日と言ってももう時間は残されていない。それに過去の戦いと違って、ネルフの権限で電力を確保するのも難しくなっていた。

「当然それも解決済みよ。
 戦自研が良いものを作っていたわ。
 ただしエヴァじゃないと扱えない物騒な代物だけどね」
「…何よそれ?」
「N2ジェネレータシステム。N2爆弾の応用よ……
 制御された微少空間でN2反応を起こさせるの。
 その時に発生する熱陽電子を利用するってわけ」
「N2爆弾〜?
 そ、そんなので大丈夫なの?」

 さすがに穏やかじゃない方法である。しかも開発中であるというのが“特に”引っかかった。

「だから言ったでしょ?
 エヴァじゃないと扱えない物騒な代物だって。
 彼らも作ってみたのは良いけど、試射する方法に行き詰まっていたのよ」

 一体そんなものをどうして作ったのか?以前のポジトロンライフルにしてもそうなのだが、ミサトは戦自研技術者のセンスを疑わざるを得なかった。もちろん、そのお陰で自分たちは強力な武器を手にすることが出来るのだから、文句を言う筋合いではないのだが……

「で、使徒が明日来たら?」

 ミサトは、そのとたんにリツコの顔が凍り付いたのを見てしまった。可能性から行けば、いつ使徒が襲来してもおかしくない状況なのだ。しかし目の前の天才科学者からは、その発想が抜け落ちていたらしい。思わず感じためまいに、ミサトは右手で両こめかみを掴むように揉みほぐした。

「……考えてなかったようね……その可能性を……」
「……そ、そうとも言うわね……」
「はあっ……、ここに来て神頼みか……」

 ここまで使徒が攻めてこなかったのは一つの幸運であることは分かっている。ミサトはその幸運が明日もまた続くことを神に祈らないわけにはいかなかった。一日でも使徒の来襲が遅くなるほど、彼女達の生き延びる可能性が高くなるのだから。
 
 



***






 マナが、レイコが、そしてネルフの主だった者達が見守る中、アスカはシンジのベッドの横に腰を掛け、BIACのインタフェースを頭に装着した。この治療に物理的距離は関係ないのだが、シンジの顔が見えるところでオペレーションしたいと言うアスカの希望を汲んで、アスカのオペレーションはICUで行われることになったのである。後は準備が整い次第、BIACの接続スイッチを投入するだけである。窓越しに二人の様子を見守っている人達は、その瞬間を固唾を呑んで見守っていた。

「アスカ、準備は良いか?」

 最終確認を求めるダンチェッカーに、アスカは静かに頷いた。それを合図に、ダンチェッカーはBIACの接続スイッチに手を伸ばした。

「アスカ、後は君次第だ……」

 MAGIを中継して映し出されたステータス表示を見つめ、ダンチェッカーは小さく呟いた。この成功自体、戦局に大きな影響は与えないのかも知れない。しかし、これが始まりの一歩なのである。今は、目の前の少女が旨くやってくれることを願うしかないのだ。

 その頃、遠く海の向こうトリニティカレッジの地下深くに設置された研究所は未曾有の混乱に陥っていた。それは、ダンチェッカーが“使徒探知機”と揶揄した測定器が、まるで暴走でもしたかのように異常な値を表示しだしたのだ。それはアメリカで5号機が戦闘を行ったときに示した値の10倍を越える数値。如何にマシンに自信を持っているクリフォードとしても、その値が正常な測定結果であるとはにわかには信じられなかった。

 何しろその値は2台のエヴァ、そして2体の使徒が現れた日本の戦いと較べても3倍程度の値なのである。クリフォードは、センサー部分の故障であると検討をつけ、大至急代わりの部品との交換を行った。しかし、交換後どう測定値をキャリブレートしたところで、その結果が変わらなかったのである。

 その事実を確認した瞬間、クリフォードは自分の顔から血が退いていく音を聞いたような気がした。もしこの値が本当であるのなら、途方もないエネルギーを持った使徒が現れたことになる。必ずしもエネルギー量と使徒の強さが比例するわけではないだろう。しかしエースパイロットが戦えない今、強力な敵の出現はそれだけで命取りとなる出来事なのである。もし、現れた敵の力がこの測定結果通りの物であるのなら、いよいよ人は滅亡の時を迎えたのかも知れないとクリフォードは考えた。

 クリフォードは、震える手で受話器を握りしめた。

 すぐにでも、このことを金髪の素敵な女性に知らせなくてはならないのだ。

 知らせたからどうにかなる物ではないことは分かっていた。

 だが、喩えそうであれ、それが自分の努めであるのだ。

「もしもし、こちらACERのクリフォードです。
 赤木リツコ博士をお願いいたします……」

 電話口に赤木リツコが出るのを、クリフォードは一日千秋の思いで待っていた。
 

 一方、クリフォードが赤木リツコとのホットラインを開いたとき、シンジの治療はすでに終わりを迎えていた。その結果は大成功と言って良いものであった。少し疲れた様子を見せるアスカの横で、シンジがうっすらと瞳を開けたのだ。それを確認したアスカは、シンジの唇に軽くキスをした後、ゆっくりとシンジから離れて少しふらつきながらICUの扉を開けた。

「アスカ、おめでとう……大成功だよ」

 駆け寄ったダンチェッカーは、そう言ってアスカの労をねぎらった。予想以上の短い時間で、大きな成果を得た。これで、大きな第一歩を記すことが出来たのだと。しかし、ダンチェッカーの予想に反して、アスカの表情は冴えなかった。いや、むしろ何か精神的にショックを受けたかのように、アスカの顔からは血の気が引いていた。

「どうした、アスカ……何か有ったのか?」

 そのアスカの尋常ではない様子に、ダンチェッカーは危険な物を感じ取っていた。しかし、アスカの口からは大丈夫、疲れただけだとしか返ってこなかった。そして付き添うと言ったダンチェッカーに、大丈夫だからと言って、アスカは仮眠所に行くとだけ告げた。

「大丈夫……シンジは私を許してくれたわ……」

 青ざめながらも、にっこりと笑って見せたアスカに、ダンチェッカーは彼女の言うとおり、本当に疲れているだけなのかと安心もした。しかし、それは早計であった。通路に出て、人の目が無くなったとたんにアスカの体は大きく震えだしたのだ。そしてそれは、一向に収まる気配を見せず、アスカの足取りを危うい物にした。何とか仮眠所に飛び込んだアスカは、簡易ベッドにうつぶせになり必死に震えを耐えようとした。両手を血の気が引き真っ白になるほどにぎりしめて……しかしそんなアスカの努力もむなしく、その震えは収まるどころか恐怖と供に大きくなっていった。

「あたしが……」

 まるで血を吐くように紡ぎ出された言葉は、白い壁に跳ね返って消えていった。
 
 

「あたしが……」
 
 

 愛しい男を助けたという昂揚は、アスカの瞳には存在しなかった。そこにあるのは絶望に打ちひしがれた虚ろな瞳だった。
 
 

「全てが……あたしのせい……」
 
 

 ぎゅっと噛みしめた唇からは血が滲み出していた。
 
 

 そしてその時、ネルフ全体に警報が響きわたった。第一種戦闘態勢を告げるその知らせは、アスカの瞳に光を戻させた。しかしそれは意思を持った光ではなかった。

 アスカはベッドから立ち上がると、意外なほどしっかりとした足取りで仮眠所を後にした。通路を歩くアスカの顔には笑みすら浮かんでいた。
 

 アスカの顔に浮かびあがったもの………
 

 それは人が“狂気”と呼ぶものだった。
 
 




 その頃ICUでは、もう一つ事件が起こっていた。意識を取り戻したシンジが第一種戦闘態勢を告げる警報を聞いたとたん、全身を襲う苦痛にも関わらず暴れ出したのだ。誰もがBIACによる治療の後遺症を疑った。しかし、ようやく人の言葉を為したシンジの叫びに、全員がシンジの錯乱した理由を知った。
 
 

「アスカを止めてくれ!」
 
 

 落ち着けと、耳元で叫ぶダンチェッカーの声もシンジには届かなかった。いや、届いてはいたのだが、それは何の意味もシンジには持たなかったのだ。
 
 
 

「アスカを止めて!
 手遅れにならないうちに、アスカを止めてくれ!」
 
 

 張り裂けんばかりの大声を上げて、シンジは叫び続けた。
 
 
 
 

「アスカは終わらせるつもりなんだ!」
 
 
 
 
 
 

「アスカだったんだ……この世界……使徒を作り出したのは!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 シンジの叫びは、全ての人達の時間を止めた……
 
 
 
 
 
 
 

続く
 


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中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんのルフラン第27話、投稿して頂きました。

  >もちろんシンジの病室の前に居ることは止めはしないがね」
  >どうしてアスカがシンジ君の病室に飛んでいかないかと思っただけよ」
  >「別に我慢しているわけじゃないわ。
  >だって今日はもうシンジに有ってきたしね。
  うむうう冷静ですな。
  と思ったらダンチェッカーさんとお食事したかったと・・・

  >「博士、まるで“お父さん”みたいでしたよ。
  >「おいおい、独り者を掴まえてお父さんは止してくれないか?
  >ケイコもそうだが、どうしてボーイフレンドぐらいに見てくれないんだ?」
  ボーイフレンドはちょっち・・・・・無理でしょ。

  >ダンチェッカーは、ふとさわやかな笑みを浮かべる少年の姿を思い出した。
  >そして心の中で、隣に自分の姿を置き、じっくりとその意味を考えてみた。
  >「……お父さんと言うことにしておこう……」
  はいぼくーーーー
  並べられてしまえば無理ないっすけど。

  >はっきりと見返りを要求してくれた方が、どれだけ気分が楽になるだろうかとミサトは思っていた。
  >「私たちが信用にならないと……?」
  >「気を悪くなさらないでください。
  >一応私たちのことは棚に上げた上での発言ですから」
  臑に傷持つ同士

  >もうプログラミング言語でプログラムをする必要なんて無いわ。
  おうっち

  >彼らも作ってみたのは良いけど、試射する方法に行き詰まっていたのよ」
  うーんお役所仕事

  >「で、使徒が明日来たら?」
  >ミサトは、そのとたんにリツコの顔が凍り付いたのを見てしまった。
  それを言っちゃぁおしまいよってやつですね。
  でもそういう可能性を考えてれば、可能な限り効率的(殺人的)なスケジュールを策定できたでしょうけど
  まだ、間に合うのでしょうか。

  >「アスカだったんだ……この世界……使徒を作り出したのは!」
  意外な展開
  武器の準備も間に合わなかったようであるし・・・・・
  さてどうする?!


  次回もお楽しみです



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