〜ル・フ・ラ・ン〜


第九話 目覚め...再会(後)
 
 
 

シンジの戦いは、想定される最悪のケースで推移していった。使徒の遠距離からの砲撃を驚異的な反応で躱す7号機であったが、連続して繰り出される使徒の攻撃に反撃への糸口をまったくつかめないでいた。シンジはただ敵の攻撃をかわし続けているように見えた。

攻撃の出来ないシンジと、有効打の与えられない使徒...戦闘自体は一件膠着していた。しかし誰の目にもシンジが不利であるのは明らかだった。シンジのスタミナが無限に有るわけではない、それ以上に長時間の精神の集中は、確実にシンジの中に疲労として蓄積してくことは目に見えていたからだ。

戦闘が始まって早1時間、始まった頃には山の上にあった太陽も今ではしっかりと沈んでしまい、満月がその座を取って変わっていた。

発令所にいる全員の目はスクリーンに釘付けになっていた。『見届けなくてはいけない』それが何も出来ることのない自分たちに出来ることだと考えながら。

「日向君、使徒のATフィールドは...」

ミサトは傍らにいる日向マコトに声をかけた。日向は、一瞬MAGIのデータを見た。そして暗い顔をして首を横に振った。

「依然健在です。今のままでは通常兵器では傷一つつけられませんね」

使徒の攻撃は、シンジをしてATフィールドの中和領域までの接近を許していなかった。

「何とかして使徒の注意を7号機から逸らさないと...」

ミサトは頭の中のありとあらゆる情報を検索してみた。きっと何かが有るはず...ほんの少しの間でいい、シンジ君に反撃の手がかりが与えられれば...

ミサトはモニタに映し出された8号機を見た。せっかくエヴァが有るのに乗るパイロットがいない。いやいるにはいる、だがあの二人では足手まといになるだけだろう...せめてアスカが使えれば。

そこまで考えてミサトは頭を振った。一体自分は何を考えているのだろう...あんな状態になったアスカをまた戦いに引きずり出そうと考えている。

「リツコ...SSTOのお下がりの盾って用意できない?」

MAGIで使徒の発生するエネルギー量を測定していた赤城リツコはその問いかけにディスプレーから顔を上げた。

「ないわよ...でも代わりと言っちゃあなんだけどエヴァの特殊装甲を利用した奴なら用意できるわよ」

ミサトは一つ光明を見つけた気がした...ほんの一筋の小さな光だが。

「それってどれくらい持つの」

「5秒以下と言うところね」

その答えにミサトはため息を吐く。

「どう使うつもりだったの...ミサト」

リツコの問い。

「ダミーで起動した8号機にシンちゃんの盾になってもらおうと思ったんだけどね」

5秒じゃね...そんな呟きがミサトの口をついて出る。

「ないよりはましか...
 リツコ、大至急8号機の準備をして。シンちゃんの盾にするわよ」

何とか状況を変えないことにはどうにもならない、それはリツコにも分かっていた。しかし、それにしても...

「高くつく盾ね...」

「良いじゃない、ここで勝てなかったらもう使うことはないんだから」

リツコは「それもそうだな」と思った。負けてしまったらそれで終わりなのだ。損失のことは勝った後考えれば良いかと。

この時、発令所に加持の姿が無い事をミサトもリツコも気づいていなかった。
 
 
 
 



 
 
 
 

発令所を後にした加持は、再びアスカの病室に向かっていた。いつもならもう目が覚めているはず。今アスカに伝えなくては、一人戦いに向かっていったシンジの心に報いなければいけない。

加持が病室についた時には、すでにアスカは目覚めていた。一日のほとんどを寝てすごしているのと、痛み止めを服用している関係からか少しぼんやりとはしていた。加持が病室の扉を軽くノックすると、中からけだるそうな声でアスカの声が聞こえてきた。

「誰?」

「加持だ
 アスカ、入ってもいいか」

予想外の来訪者に最初は戸惑ったアスカだったが、それが加持である事が判ると一転して表情が明るくなった。

「珍しいわね加持さん。こんな時間にお見舞いに来てくれるなんて。
 今日はどうしたの...」

加持は、自分を見詰めるアスカの表情ががいつもと違って明るい事に気づいた。

「何か良いことがあったのかい、顔色が良いようだけど」

加持の問いかけにアスカはニッコリと笑って答えた。

「相変らず鈍い痛みはあるんだけど、気分がすごく良いの。
 心が軽いって言うのかな。いつも寝起きは最悪なのにね
 でも...」

そう言ってアスカは加持の顔をのぞき込んだ。

「こんな時間にそんなことを良いに来たんじゃないでしょ。」

『さすがに気が付くよな』周囲の雰囲気に加持はそう思い、前置きを省いて本題を話すことにした。

「アスカ、エヴァに乗ってくれ」

アスカにも病院内の緊張した雰囲気や、いきなり現れた加持の表情から何かが起きている事は想像ができた。そして使徒が健在である以上自分がエヴァに乗る機会はまた来る。再び戦う時が来たのか...アスカは体が震えてくるのを感じていた。

「どうしてミサトが来ないの...作戦部長でしょ。
 それにあの二人はどうしたの...」

自分が震えているのが分かる...

アスカは、自分の感じている恐怖を隠すように、平静を装い加持に質問した。

「今、戦闘が継続中なんだ。
 それにこのことは葛城からは言い出せないよ。
 アイツは今のアスカに責任を感じすぎているからな」

葛城の頭の中の選択肢からは、アスカをエヴァに搭乗させるという解は抜け落ちている。優しさから来るものだということは分かっているが...まだアスカの心を理解できていないな...そう加持は感じていた。

「それから鈴原、相田の両パイロットは、新第三使徒を何とか退けたが新第四使徒戦で負傷により戦線を離脱した。」

アスカは次に来る加持の言葉を待った。アスカにはシンジがパイロットとして招聘されたことは、まだ伝えられていなかった。しかし、目覚めた時からアスカには予感があった。何か暖かいもの、自分の心が求めているもの、それと再び巡り合えることに。

「今はシンジ君が戦っている。」

アスカは自分の体が震えているのに気づいた。先ほどの恐怖による震えではない。シンジが戻って来てくれた。再びシンジとの接点が出来た事がアスカには嬉しかった。でも...

「私を呼びに来るということは危ないの...シンジは」

シンジならあの二人と違って経験がある。それなのに自分が必要とされる...アスカは自分の感じている恐れを口にした。

「今は新第五使徒と戦闘している...状況は厳しい。
 よっぽどの奇跡がない限り勝てないだろう...」

加持の言葉に何か引っかかるものがあった。新第五使徒?確か鈴原たちがやられたのは新第四使徒のはず。

「加持さん、新第四使徒はどうなったの。それに新第五使徒って...」

「新第四使徒はシンジ君が倒したよ。今日一日で3体の使徒が来襲している。
 新第五使徒は強力だ。シンジ君をして近づくことさえ出来ないでいる。」

アスカは加持がここに来た理由を理解した。シンジのサポートが必要なのだ。

「だから加持さんは、アタシにも乗れと言いに来たわけね」

アスカは加持の瞳から目を逸らさずに言った。

「そうだ。だけどアスカ、これは強制じゃない。
 多分アスカが出たとしても、囮かシンジ君の盾になるぐらいだろう。
 だから、たとえアスカが乗らなくたって、誰もアスカのことを責めたりは出来ない。
 アスカが自分で考えて、自分で決めてくれ。」

アスカは加持の言葉を聞くと微笑みを浮かべて言った。

「ずるいわね、加持さん。
 そんなことを言われたら断れないじゃない」

「すまんな、そう言うつもりじゃないんだが」

「ううん、教えてくれてありがとう
 連れてってくれる...ケージまで」

「かしこまりました、お姫様」

加持は少しおどけてそう言うと、待機していた看護婦を呼び入れアスカの乗ったベッドをケージへと運んでいった。
 
 
 



 
 
 

「加持君。何を考えているの。
 今のアスカを乗せようだなんて」

リツコは激昂した。暴行によって傷つけられたアスカの体はまだ安静が必要なのだ。

「りっちゃんの言いたいことは分かる。
 だがここは冷静になって考えてみてくれ。
 シンジ君が勝てなければ、アスカも含めて俺達は終わりなんだ。
 そのためには最善と思える手を打つしかない。
 それにここでアスカを出さないと、一番後悔をするのはアスカなんだ」

リツコはその加持の言葉に沈黙した。木偶の坊にも等しいダミープラグに比べれば、成功の確率は格段に向上する。それにアスカの性格からして加持の言う通りだろう。しかも今回はシンジが絡んでいる。

リツコは一つ溜め息を吐くと肩をすくめて見せた。

「ミサトが怒るわね」

加持もリツコに合わせるかのように肩をすくめた。

「俺が何とかするよ」

リツコは満足そうに肯くと踵を返し大きな声でオペレータ達に指示を出した。

「大至急パーソナルパタンをアスカに変更して。
 すぐにでも出るわよ」

リツコのその声にオペレーティングルームは新たな活気に包まれていった。
 
 
 
 



 
 
 
 

アスカはゆっくりとLCLを吸い込む動作をする。肺がLCLで満たされているので大きく呼吸する必要はない。しかしそれでも心を落ち着かせる役には立った。

アスカはミサトに何か言われるのかと思っていた。しかしミサトは、何も非難めいたことは言わずに戦闘の状況・アスカの役割・射出ポイントを知らせた。その姿に、アスカはミサトの自分に対する気遣いを感ることが出来た。『ありがとうミサト』口から出掛かったその言葉をアスカは飲み込んだ。この言葉は無事作戦が終わったら伝えようと。

アスカはもう一度発令所を映し出すモニタに目をやった。

「あの二人が...」

モニタの向こうに一瞬二人の少女の姿が映し出された。2年の間シンジを支えて来た少女、仕方の無い事だとは判っているが、アスカはその二人に軽い嫉妬を感じていた。

「まあ、いいか」

すべては無事終わってからだ。アスカは頭の中を切り替える事にした。それよりも今は戦いに集中しなければ。

アスカは心を落ち着かせ、エヴァの起動を待った。確かに今、エヴァに乗ることには恐怖がある。今にもエントリープラグの壁が自分に向かってくる気がする。でも、これは鈴原だって乗り越えたんだ...私たちのために。

アスカはトウジが再びエヴァに乗った理由に気づいていた。シンジやアスカが再びエヴァに乗らなくても良いように...ヒカリが優しいと言った理由が分かったような気がした。

「負けられないわね」

アスカはそう呟くとインダクションレバーを握り締めた。片腕のない8号機ではまともな戦闘が出来ないことぐらいは承知している。与えられた盾も心もとないものだ。それでも生き残るためには贅沢は言えない。シンジの攻撃に掛けるしかないのだ。

「ファーストにだって出来たんだから」

アスカはヤシマ作戦の話を思い出した。レイは盾がなくなった後もその機体でシンジを敵の攻撃から守りきったと聞いている。シンジに笑顔を見せるためにもこのまま終わってはいけないのだ。
 
 
 
 



 
 
 
 

シンジは使徒の攻撃を避けながらもタイミングを計りつづけた。今のままでも攻撃の合間に接近できることは分かっている。しかし、ただ接近しただけでは何にもならないのだ。接近をして何をするかが問題だ。一撃で相手を仕留めないといけない。さもなければやられるのは自分の方なのだ。

シンジはただ避けているわけではなかった。避けながらも使徒までの足場の条件を考えながら少しずつ間合いを変えていった。あと一つ何かきっかけがあれば、ほんの少し使徒の攻撃を遮ることが出来れば...シンジはそのチャンスが訪れるのを信じて辛抱強く待った。

ただシンジにとって不幸だったのは、人であるシンジのスタミナは有限であることだった。使徒からはまるで疲れがないように、そして焦りもないように淡々と攻撃が続けられた。長時間の戦闘にシンジ自身が自分の反応速度が次第に落ちて来ているのを自覚していた。

「このままじゃ...」

シンジは自分を見詰めるマナの姿を思い出した。必ず生きて帰る...そう約束したが...

「マナ...ゴメン...約束を守れないかもしれない」

それでもシンジは自分の心を奮い立たせ、辛抱強くチャンスを待った。
 
 
 



 
 
 

使徒とシンジの戦闘も2時間を超えようとしていた。葛城ミサトは目にみえて動きの落ちて来た7号機にやきもきしていた。8号機はまだなのかと。

「日向君、アスカはまだなの」

みんな精一杯にやっている。それは判っているのだが、ついその言葉が口をついてしまう。

「準備出来ました!すぐに射出できます」

日向が大きな声で答える。その答えを待ちわびたミサトは大きな声を張り上げた。

「27番に射出、もう持たないわ...急いで」

第壱拾使徒戦以来のシンジとアスカの共同作戦が今始まろうとしていた。
 
 
 



 
 
 

長時間の戦いは次第にシンジに焦りを抱かせた。使徒には疲れというものがないのか。シンジは自分の疲労を自覚していた。このままでは...その焦りが一瞬の心の隙を招いた。使徒の放った攻撃を避けた時に自分の足場を見誤ってしまった...

7号機は脆弱な足場に足を取られ、バランスを崩した。そこに放たれた使徒の攻撃を避けたことでさらに大きく体勢を崩してしまった。このままでは次の攻撃は避けられない...シンジがそう覚悟した時、新第五使徒から加粒子砲が放たれた。

『しまった』

シンジはとっさにATフィールドを全開にして、何とか使徒の攻撃を凌ごうとした。目の前に迫る使徒の加粒子砲...しかし使徒の攻撃は7号機へは届かなかった。

シンジの目に何か白いものが現れたかと思うと、使徒の攻撃を遮った。その姿はシンジの目からは使徒の攻撃を身体で停めているように見えた。

「綾波...」

加粒子砲の攻撃に照らし出された8号機の姿は、ヤシマ作戦での綾波レイの姿をシンジに思い起こさせた。

取り合えずの窮地を逃れたシンジは、すばやく7号機を起こすと攻撃の軸線上から移動させた。

「何寝ぼけた事言ってんのよ
 アタシがガードするからさっさとアイツをやっつけちゃいなさい」

同じように使徒の攻撃を躱した8号機から通信が入る。

『アスカ...』

シンジは叫びたいような高揚した気持ちを押さえ、スクリーンに映ったアスカに話し掛けた。

「5秒でいい、それだけの時間を防いでくれ」

再び、使徒の攻撃が二人の間を切り裂いた。2体のエヴァは鏡に映したように同じモーションで使徒の攻撃を躱していった。

「ユニゾン」久しぶりに合わせたのにも関わらず、アスカとユニゾン出来た...その事実がシンジに力を与えた。

「わかったわ」

アスカが盾を構えるのと同時に、シンジは急ごしらえの刀を上段に構えた。防御も何も考えない無防備な構え。シンジは必殺の一撃を打ち込むべく攻撃に気を集中した。

その瞬間、集中したシンジの目の前から敵の姿以外のすべてが消え失せた。
 
 
 



 
 
 

「間一髪と言う所ね」

使徒の攻撃と7号機の間に割り込んだアスカは小さく溜息を吐いた。手にした盾が見る見るうちに溶けていくのが判る。

背中の方でシンジの気配が動いたのが感じられた。体勢を立て直した!その瞬間7号機から聞こえてきた声はアスカの頭に少しだけ血を上らせた。

『綾波...』

何考えてんのよあいつ。アスカは怒鳴り散らしたい気分だったが、かろうじてそれを押さえつけ、使徒の攻撃をかわした。

「何寝ぼけた事言ってんのよ
 アタシがガードするからさっさとアイツをやっつけちゃいなさい」

そんなことは後からとっちめてやればいい。まず敵を倒すことが先決だ。アスカはすぐに頭を切り換えた。そして謝りもせずに指示を出す姿に、シンジの成長を感じた。

『あいつも分かってきたじゃない』

アスカはスクリーンに映ったシンジの姿に、鼓動が激しくなるのを感じていた。

『パイロットの状態ってモニターされているのよね』

アスカはそんなことを考えながら、務めて平静に

「わかったわよ」

とだけシンジに答えた。

久しぶりにシンジと行う共同作戦。ユニゾンしてエヴァを動かすのは楽しかった。相変わらず体には鈍い痛みもあったけれど、この瞬間アスカは、失った時間を取り戻したかのような幸福を感じていた。

「シンジ...アンタは絶対アタシが守るから」

アスカは盾を構えて、使徒の攻撃の前に立ちふさがった。これで決着をつけるんだと...
 
 
 



 
 
 

「何とか間に合ったようね」

アスカの乗る8号機が、使徒の攻撃を防いだの確認するとミサトはふっと溜め息を吐いた。

「こっからは、しんちゃん次第ね」

打てる手はもうない、後は見守るのみ...

ミサトはじっと2体のエヴァが映し出されたメインスクリーンを見詰めた。

「しんちゃん、アスカ。後は任せたわよ...」
 
 
 



 
 
 

レイコは奇麗にシンクロして動く2体のエヴァの姿を見詰めていた。

「あの人は...」

シンジさんの心に居続ける人。

8号機のサポートが入ってから7号機の動きが良くなったのが判る。

シンジさんの心を支える人。

シンジの7号機が上段に構えるのが映し出される。ガードに入る8号機。

なんのためらいも無く盾になれる人。

使徒の攻撃が8号機によって防がれている。盾が溶けていくのが見える。

シンジさんが信頼している人。

「絆なの...」

レイコには二人の間の強い絆が見えたような気がした。

その想いにレイコは隣に立っていたムサシの手をぎゅっと握りしめた。ムサシはそれに気づかないようにスクリーンを見つめていた。そして小さくつぶやいた。

「出るぞ...流星」

ムサシの言葉を裏付けるかのように、7号機の姿がゆがんで消えた...
 
 
 



 
 
 

シンジは急ごしらえの剣を上段に構えると、精神の集中を図った。アスカが居る。だから自分は、守りを気にする必要はない。自分はただ敵を倒すことだけ考えればいいのだと。

シンジには使徒の攻撃により目の前に花火のように広がる火花も目に映らなかった。シンジはただ自分の気を高めることだけに集中していた。

遠くにある使徒の姿が次第に大きくなる。必殺の意思を込めた一撃のための集中がシンジにそう錯覚させる。シンジは使徒の上に自分が振り下ろす軌跡が見えたと思った瞬間、溜めていた気を吐き出すかのように短い掛け声をあげた。

「はぁっ!」

掛け声とともに、シンジの駆る7号機は、それまでの距離がなかったかのように使徒の前に忽然と現れた。そして現れるのと同時に剣を振り下ろした。

音もなく繰り出された斬撃は、ねらいを誤らず使徒のコアを切裂いた。新第五使徒は浮遊している力を失い、そのまま地面に激突した。
 
 
 
 



 
 
 
 

浮遊していた使徒がその力を失い、地面に激突する映像は発令所を狂喜させた。二人が帰ってきた。これで使徒には負けない。全員の心に希望が芽生えていた。

全員が勝利に浮かれている中、ミサトとリツコの二人は蚊帳の外にいた。

「日向君、使徒の反応は」

これ以上の襲撃があったら対処できない。ミサトは祈るような気持ちで日向の報告を待った。

「哨戒中のUN、並びにMAGIは新たな使徒をキャッチしていません」

その報告にミサトは息を大きく吐き出した。

「どうやら今日はこれで打ち止めのようね」

「そう願いたいですね」

日向も疲れた顔でそれに相づちをうった。

「さてとしんちゃんとアスカだけど。
 リツコどうなってる」

声をかけられたリツコは、医療班への指示を出し終えるとミサトに答えた。

「二人とも無事よ。
 医療班も出動したから、すぐに収容できるわ」

ここでリツコは少し表情を曇らせた。

「どうしたのリツコ」

リツコの浮かべた表情に気づいたミサトはすぐその理由を問いただした。

「エヴァの被害が大きいわね。
 7号機は右足の健が断裂しているの。
 それに全体的にガタがきているわね。どうやったらここまで酷使できるのかしら。
 それから8号機。加粒子砲を直接受け止めたからかなりのパーツ交換が必要ね。
 早くアメリカから5号機を持って来ないと苦しいわよ」

リツコの報告にミサトはちらりと指令席にいる冬月を盗み見た。確かに喜んでは居るのだが少し顔が引きつっている。

『予算が大変ね』

ミサトは心の中で突き上げを食う冬月の姿を想像した。そしてその姿に思わず苦笑いを浮かべた。
 
 
 
 



 
 
 
 

ムサシは自分の体が震えるのを止めることが出来なかった。戦いへの恐怖ではない。使徒を倒したシンジの動きがムサシの心を揺すぶった。

『こいつを越えたい』

純粋にムサシはそう考えた。それほどシンジの最後の動きはムサシを魅了した。

固く拳を握りしめてスクリーンを見つめているムサシの横では、マナとレイコがシンジの無事に安心したのか、二人抱き合って床にしゃがみ込んでいた。

「よかったね」

お互いそれ以外にかける言葉がなかった。シンジが無事であることが全てに優先していた。
 
 
 



 
 
 

『終わった』

シンジは大きく溜めていた息を吐き出した。それと同時に体のあちこちに痛みが走るのに気がついた。エヴァから伝わってくるフィードバックは、もはや7号機の機体も限界が近いことを知らせていた。

「もう一体来たら、戦えないな」

シンジがそう思いながら盾となってくれた8号機(アスカ)の方へ振り向いた。その時同時に、8号機が膝から崩れ落ちた。その姿はシンジを慌てさせた。

「アスカ!」

盾が持たなければ、使徒の攻撃をその身で防がなければならない。そんなことをすればアスカは...

シンジは思うように動かない7号機を引きずるように動かすと、倒れている8号機のところへと辿り着いた。シンジは8号機のプラグを強制的にイクジットするとそれを静かに地面へとおし、自分のプラグもイクジットした。

使徒の攻撃により高熱となったレバーはシンジの手のひらを焼いたが、それを気にすることもなくシンジは固くなったレバーを力任せに回そうとした。固く閉ざされていたエントリープラグの扉も、シンジの力に負けたのか軽い空気の音とともにLCLが排出され、エントリープラグの扉が開いた。

シンジはすぐさまプラグの中に入り、中で倒れているアスカに声をかけた。

「アスカ!」

シンジはアスカを抱き起こすと、プラグスーツの機能を使ってアスカの状態をチェックした。心臓は動いている、呼吸は...

「肺に溜まったLCLを吐き出させないと...」

そこでシンジはアスカの容体を思い出した。内臓に傷がついている以上、下手なことをしてはいけない。でも...シンジは一瞬の躊躇の後、アスカの鼻をつまんで人工呼吸を行った。

その甲斐あってか、何回か空気を吹き込んだところでアスカはLCLを吐き出して意識を取り戻した。

重そうに開かれたアスカの瞳はシンジの顔を認めると、輝きを取り戻した。

「シンジ...」

アスカの見たシンジの瞳には光るものが有った。

「何。アスカ...」

「何泣いてんのよ」

シンジは自分の頬を伝う熱い涙に気がついた。シンジはそれを拭うことなくアスカに答えた。

「嬉しいんだよ...
 アスカが無事だったから。
 アスカとまたこうして会えたから。
 だから...」

アスカはシンジの言葉が嬉しかった。シンジが自分のことを受け入れてくれている。あんなに酷いことばかりしたのに...

アスカは自分を見つめるシンジの視線に自分の頬が紅潮していることに気づくと、ぷいとシンジから顔を逸らした。

「は、恥ずかしいこと言ってるんじゃないわよ。
 そ、それより言うことが有るでしょ」

シンジは涙を拭うと、アスカに向かってにっこりと微笑んだ。そして言った。

「ただいま」

その言葉にアスカもシンジの方へ顔を向け、出来る限りの笑顔を浮かべそれに答えた。

「お帰り、シンジ」
 
 
 



 
 
 

シンジは、アスカの体を抱え上げるとしっかりとした足どりで救助隊の方へと向かった。月の光に照らされた景色はシンジに軽い既視感を与える。そう言えば、あのときは綾波とこうしていたな。シンジはそう思いながら抱き上げているアスカの顔を見つめた。シンジに抱き上げられて安心したのか、アスカは静かな寝息を立てている。シンジはその無防備な表情に胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。

『放したくない』

込み上げるような愛おしさと言うものが初めてわかった。シンジはアスカの寝顔を見ながら真剣にそう思った。

「一緒にいたいんだ」

シンジはアスカに向かってそっと語りかけた。

真っ暗な道でもアスカと二人でなら何か見つけられるような気がシンジにはしていた。たとえ、この先の戦いに絶望しか無いとしても...
 
 
 
 
 
 


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中昭のコメント(感想として・・・)

  >「出るぞ...流星」
  >ムサシの言葉を裏付けるかのように、7号機の姿がゆがんで消えた...
  ・・・カッコいい
  すごいいいっす。
  自爆特攻技というから(誰もそんなこと言ってない?)白ダスキをして、いつもの『うわぁぁぁぁあああ』
  という叫び声とともに突貫するのかと思ってました。



  トータスさんのルフラン第9話。
  使徒を殲滅し二人が再会した所で、一応の一区切りですね・・・ってレイがでてないやんか。
  アスカにマナ&レイコをどう紹介するつもりなのかもちょっち興味が・・・
  妹と友達ってだけかなやっぱ。

  >やっぱりユニゾンは出ますか?(前回のコメントより)
  でましたね。キレイにシンクロして動く2体。
  これで新第七使徒も安心・・・・そう言えば、また同居するのかな。


  ラブコメ路線を許しそうもない最後の台詞。
  >たとえ、この先の戦いに絶望しか無いとしても...

  これからどうなる!?



  みなさんも、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
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