〜ル・フ・ラ・ン〜


第八話 目覚め...再会(前)
 
 
 
 

シンジは、新第四使徒が自分の方を振り返ったのを確認すると、ウエポンラックからプログナイフを取り出した。目の前に迫る使徒の触手、すべてを切り裂くその動きもシンジの目にはスロービデオを見ているように感じられた。

「あの頃は目にも止まらなかったのに」

シンジはそう言うと軽く足さばきだけで使徒の触手を避けた。そして触手の動きを見切ると気を溜め、一息に使徒との間合いを詰めるとそのコアにプログナイフを突き立てた。一瞬の出来事、コアを破壊された使徒はその活動を停止した。

「こんなことのために稽古したんじゃないんだけどな」

シンジはそう自嘲すると、倒れている7号機の方へと歩き出した。

「ミサトさん、7号機を回収します。
 回収ルートの指示をお願いします...
 どうしたんです...ケンスケに何かあったんですか」

通信ウィンドウ越しにも明らかに発令所の様子がおかしかった。

「ご苦労様シンジ君。
 彼は無事よ...7号機の回収には23番ルートを使ってちょうだい」

明らかにミサトはその話題を避けている...ミサトの纏う雰囲気に質問をあきらめたシンジは7号機を抱えて23番ルートへと飛び込んだ。

「戻ってから聞けば良いか...」

シンジは新たな使徒の出現を知らなかった。
 
 
 
 



 
 
 
 

ミサトはシンジとの通信ウィンドウを閉じると日向マコトの方へ振り返った。

「日向君、使徒がここに来るまであとどれくらいある」

残された時間...その時間の中で何か方法を考えなくては生き残れない。

「あと約1時間50分です」

「わかったわ」

ミサトはリツコの方に振り返った。

「ねえリツコ...例のポジトロンライフル使える?」

ミサトの言葉にリツコは静かに首を横に振った。

「三つの点で無理ね。
 まず一つは、そこに捨てられているから
 精密機械よ、あんなことされたらまず動かないわ」

リツコはスクリーンを指差した。そこには7号機が投げ捨てたポジトロンライフルが転がっていた。

「そして次の理由が、今からじゃ電力の徴収が間に合わないこと。
 そして最後の理由が、射手をガードするものがないわ。
 今、戦えるパイロットはシンジ君だけよ」

淡々と事実のみを述べるリツコ。その言葉には何の感情も込められていなかった。

「ほかに武器はないの?」

ミサトは無駄な問いかけだとは思ったがリツコに確認した。リツコから帰って来たのは予想通りの物だった。

「さっきも言ったでしょ。そんなに都合よく強力な武器が出来るわけないじゃない」

せめて時間さえあれば...ミサトはその言葉を飲み込んだ。少し位時間があっても何も状況が変わらない事に気がついたからだ。
 
 
 
 



 
 
 
 

ケンスケを病院に運び、発令所に戻って来た加持とムサシはその重苦しい空気に驚いた。一瞬シンジもだめだったのかという考えが二人の頭をよぎった。

「シンジ君は」

加持のその問いにリツコが答えた。

「無事よ。新第四使徒を殲滅して7号機を回収したわ」

ならば何故..加持がその言葉を出すよりも速く、リツコは新たな使徒の映し出されたスクリーンを指差した。加持は記録でしか知らないが、初号機ですら一度はなすすべもなく敗れ去った相手...2体のエヴァの共同作戦で何とか殲滅は出来たがその代償も大きかったと聞く。

「なんてことだ」

加持にもそうつぶやく事しかできなかった。

なぜ使徒がこうまでも執拗に襲来するのか...その理由は冬月にも分からなかった。ひょっとしたらネルフにはフォースインパクトを導く何かが残されているのか。アダムはゲンドウとともに宇宙にある。リリスも失われた。では何が...

「撤退」その言葉は冬月からもミサトからも出なかった。こうも執拗に使徒がここを目指す以上、ネルフ本部を放棄することは人類の滅亡につながるのではないか。強迫観念にも似たその思いが本部からの撤退を思いとどまらせていた。だからといって新第五使徒に対抗する手段を持っているわけではないが。

発令所の中は重苦しい空気に包まれていた...

その時軽い空気の圧搾音とともにシンジが発令所に戻ってき来た。その姿を認めると二人の少女はすかさずシンジのもとへと駆け寄った。

「おにいちゃん」
「シンジさん」

二人の雰囲気にただならぬものをシンジは感じていた。そして視線をスクリーンに移したときその理由を見つけた。

第五使徒ラミエル...その強力なATフィールドと加粒子砲。初号機と零号機、2体の共同作戦でなんとか退けた相手。しかし、今はレイもいない。トウジもケンスケも命に別状はなかったが、戦いとなれば当分だめだろう。

多分有効な武器もない...

「ミサトさん」

シンジはミサトに声をかけた。何か考えがあったわけではない。反射的にシンジは呼びかけてしまった。

ミサトはシンジに呼ばれたのも気づかない様子で、ただじっとスクリーンに映し出された使徒の姿を見詰めていた。多分頭の中でいくつもの作戦が浮かんでは消えているのだろう。

シンジは、ミサトから視線をリツコに転じた。しかしあきらめにも似た表情でスクリーンを見つめているリツコに今更ながら事態の深刻さを知った。

「NN兵器ではだめなんですか」

そんな沈黙の中、ムサシが口を開いた。自分の知る中での最強の兵器、それならばとの思いがムサシにはあった。

「使徒のところへ届く前に打ち落とされるわ。
 それにもし届いたとしても使徒に傷一つつける事はできないわ」

即座にリツコに否定され、ムサシは改めて今目の前で起こっていることが自分の理解の範疇を超えている事を実感した。自分はここにいても見ている事しかできない、ムサシはそれを痛いほど感じていた。

シンジは自分に何が出来るかを考えていた。遠距離から叩くには武器が必要だ...リツコの様子から見てそんなものがないのは明白だ。ならばどうする...接近して叩くか...それにしてもあの加粒子砲をよけられるのか今の自分に...でもやるしかない...護るべき者のために。

「ボクが出ます」

一つの決意とともにシンジが放った言葉。その言葉はミサトの意識を思考の海から現実へと引き戻した。

「駄目よ、加粒子砲の餌食になるだけよ」

ミサトは言下にそれを否定した。それではシンジを犬死にさせてしまう。

「大丈夫ですよ。来ると分かっていれば避けられます。
 さっき見たでしょ、ボクの動きを...
 それにボクに一つだけ手があるんです。それを試させてください。
 近接戦闘で一気にたたきます」

ミサトは唖然としてシンジの姿を見詰めた。確かにシンジが先ほどの戦闘で見せた力は尋常な物ではない。それにしてもそんなに単純に勝てる相手とは思えない。何かを隠している...ミサトはシンジの態度に言いしれぬ不安が広がっていくのを感じていた。

シンジはミサトに反対されないのを確認するとリツコに向かって言った。

「リツコさん...エヴァサイズの木刀みたいなのを準備できますか」

リツコは突然の質問に少し考えたが、申しわけなさそうに首を振った。

「ソニックグレイブを切断すれば可能だけど、時間的に無理ね。
 今からだと半日かかるわ」

その言葉にシンジは少し考えた。

「振り回すぶんには歯の方と柄の方、どちらが丈夫ですか」

「柄の方ね、でもどうして」

「切れないなら折ればいいんです。
 両手が要りますから7号機のパーソナルパターンの書き換えてください。
 多分初号機の時のままでいいと思いますから。
 それに少し位なら自分で押え込みます」

少し微笑みを浮かべてシンジはそう言った、そしてミサトの方へ振り返った。

「すみません。アスカの病室に行きたいんですけど、少し時間を貰えますか」

ミサトは自分の中に浮かんだ不安の正体を考えていた。そこに突然シンジから声がかけられたので慌ててしまった。

「えっ、あっ、いいわよ、作戦開始は1時間30分後だから1時間、時間をあげるわ。
 アスカなら501号室よ。多分寝ているから変なことしちゃだめよ」

つい口走ってしまった軽口...シンジの顔がその瞬間強張るのを見てミサトは後悔をした...何もこんな時にと。それでもシンジはなんでもないような顔をしてミサトに言い返した。

「何を言っているんですかミサトさん。
 どうせそこで覗いているんでしょう」

「まあ、そりゃねぇ」

「じゃあ、行ってきます」

覗いている事をすんなりと認めたミサトに、シンジは少し苦笑いを浮かべた。そしてそのまま発令所を後にした。

マナとレイコは、シンジの様子がいつもと違っていることに気が付いていた。しかし、その正体にまでは思い至らなかった。二人は、それを確かめるために出て行くシンジの後を追おうとしたがそれをムサシが遮った。

「俺が行く」

ムサシは一言そう言うとシンジの後を追って発令所を出ていった。その目は二人に「行くんじゃない」と告げているようだった。

ミサトはシンジを見送りながらも、自分の感じている不安が何なのかを考えつづけた。加持からは、シンジは戦いが終わったらアスカのところへ行くつもりだと聞いていた。それなのになぜ戦いを前にして急にアスカのところへ行く気になったのか。戦いが終わったら...戦いはまだ終わっていない...戦いが...!その時突然ミサトは理解してしまった...シンジがこれからとろうとしている行為を...シンジは自分一人だけ犠牲になるつもりだ。そうしなければみんなが死んでしまうから。ミサトは瘧にかかったように体が震えてくるのを感じていた。

自分にはシンジを助けることは出来ない。それどころか人類の為と言ってシンジを死地へと送り出さなくてはいけない。「ごめんね」その言葉を口に出す事は許されなかった。
 
 
 
 



 
 
 
 

ムサシの出て行くのを見つめていたマナは隣に立っているレイコに聞いた。

「ねえ、レイコ。いいの」

レイコは声がかかるとは思っていなかったのか、少し驚いた顔をしてマナの顔を見た。

「なにが」

「ついて行かなくてよ。
 ムサシったら、勝手に仕切って。
 後でとっちめてやる」

マナは思い出したら腹が立ったのか、憤懣やるかたないような顔をした。

「でも、シンジさんの大切な人のところへ行くんでしょ。
 だったら私たちは行かない方がいいわよ」

マナはそんな問題じゃないとばかりに口調が厳しくなる。

「じゃあ、ムサシは何なのよ。
 それにお兄ちゃんはついてきちゃだめとは言っていないわ」

レイコもマナの勢いにはたじたじとなった。

「それはそうだけど」

あと一押し、そう思ったマナは止めの言葉を言った。

「レイコもあってみたいでしょ。アスカさんに」

レイコが黙ってしまったのを肯定と受け取ったマナは、くるりと振り替えって加持のところへ歩いていき、にっこりと笑って言った。

「あたし達もアスカさんのところへ行きたいんです。
 連れていってくれますよね」

さすがの加持も、マナの発するプレッシャーに抗しきれず、助けを求めようとミサトに目を向けた。しかし、自分の考えに没入しているミサトの姿に、助けは当てにならないとあきらめ小さくため息を吐いた。そして少し引きつった笑いを浮かべると、二人についてくるように言った。
 
 
 
 



 
 
 
 
 

加持にしては珍しく、黙ったまま病院の通路を歩いていた。さすがの加持も高校生の相手は苦手なようだった。

「ねえ...加持さん...でしたよね」

マナはたまっていた疑問の答えを聞いてみたくなり加持に声をかけた。

「なんだいマナちゃん」

一瞬マナはいつ自分の名前を教えたのか考えた。しかしそれは小事であると気づき話を続けることにした。

「アスカさんとお兄ちゃん...どんな関係だったんですか」

いきなり発せられたストレートな質問に加持は面食らった。やはりこれくらいの年頃の女の子は分からないと。

「シンジ君には何も聞いていないのかい」

加持はさりげなくシンジを持ち出した。

「お兄ちゃんが家に来たとき、苦しんでいたのを覚えているんです。
 だから、お兄ちゃんにその時のことを聞くのが怖くて...
 いつかお兄ちゃんが話してくれる...そう思って待っていたんです。
 だから私が知っているのは他の人から聞いた話だけ...
 お兄ちゃんとアスカさんのことは私、知らないんです。
 お兄ちゃんにとって特別な人だと言う事はなんとなく理解できます。でも...」

加持は、ぽつりぽつりとシンジの事を話すマナの姿に、シンジへの強い想いをを感じた。『この二人なら話してもいいか』そう思った加持は二人に知っている事を話すことにした。

「あの二人の関係は実のところ俺にもよく分からない。
 お互いを強く意識していたが、恋人と呼べるようなものではなかったと思う。
 それに人を好きになること、人から好かれること...それを知るには二人の心は病んでいた」

「どういうことですか」

加持が言っていることをうまく理解できなかったのか、マナはそう加持に尋ねた。

「二人は愛情と言うものを知らずに育ったんだ。
 周りの大人は二人を道具としか見ていなかった。
 だから二人が受けて来た愛情は歪んだ形しかなかった。
 それでも知らずにすんでいればよかった...でも二人は知っていたんだ優しくされる訳を。
 二人の生きてきた14年間はそうだった。
 二人には子供が当然受け取る、両親の愛情と言ったものもなかったんだ」

その言葉にマナは初めてシンジに会ったときのことを思い出した。両親に対して無意識に距離を取っている姿。必死でいい子でいようと努力している姿。何かに苦しみ、何かをため込んでいる姿。今更ながらにマナはシンジの抱えてきたものの重さを思い知った。

「3年前のことだ。多少は知っているとは思うが今と同じように使徒と戦っていた。
 人類を護るためと言ってね...
 そしてその役目は3人の14歳の子供に託された...いや押しつけられた。
 そこで二人は出会ったんだ」

加持はゆっくりと続けた。

「二人は鏡を見るように正反対だったよ...
 何事にも積極的で自分を出してくるアスカと、状況に流され、それを良しとしていたシンジ君。
 何度かぶつかり合ったけど、そのたびに二人の心は近づいていった。
 作戦の都合もあったんだが、二人は一緒に暮らしていた」

マナもレイコも黙って加持の言葉を聞いていた。

「戦いが激しくなるにつれ、だんだん2人の心は傷ついていった。
 アスカは敗北の痛手から心の迷宮に陥った。
 シンジ君は人を傷つけることしか出来ないと悩み自分を追い込んでいった
 そんな彼らにだれ一人として救いの手を差し伸べなかったんだ」

加持はそこで言葉を切り二人の少女を見つめた。そしてこれからのことが一番大事であるかのようにゆっくりと続けた。

「全てが終わった時、後に残されたのは傷ついた二人だった。
 シンジ君は、傷つきたった一人になったアスカのためにと献身的に看病した。
 自分も同じように心の病を抱え苦しんでいたのにだ。
 そして看病が実りアスカが笑顔を取り戻した時、シンジ君は自分からここから離れていった」

「どうしてですか」

マナは話の先を促した。

「シンジ君は知っていたのだよ...自分の存在がアスカを苦しめていたことを。
 だからシンジ君は考えたんだと思う。
 ここから先、自分がいることはアスカのためにならないと。
 確かにシンジ君の存在はアスカを苦しめていた。
 しかしそれはシンジ君の考えていたものとは違っていたんだよ」

「アスカにとってシンジ君は、初めて身近に現れた実体を持った異性なんだよ
 それまでアスカ自身気づかないうちに異性を遠ざけていたんだ。
 決して自分の距離に近づかないように壁を作って。
 そして日本に来るまでだれもアスカの作った壁を越えてくる者はいなかった。
 ただの一人も...
 初めてその壁を越えたのがシンジ君なんだ」

「アスカはそれに気づいたとき急に怖くなったんだ。
 天才少女と言っても、その心は同年代の子供たちよりも幼かった。
 自分の心をどう扱えばいいのか分からなかった。
 だから苦しんだ...
 それをシンジ君は勘違いをした。
 自分と居ることはアスカにとって苦痛なのだと。
 だから自らの意志でここを去った」

「アスカはシンジ君を失って始めて求めていたものに気づいたんだ。
 そして二人の間にできてしまった大きな距離に気づき、さらに苦しんだ。
 その苦しみから逃れるためにドイツへと帰っていった」

「結局二人離れることはお互いの苦しみを増すだけだったんだ。
 それでもシンジ君には君たちや御両親がいた。
 でもアスカには何もなかったんだ」

加持はあえてアスカを裏切ったフランツの存在は言わなかった。彼女たちに言うべきことではないから。

「今のアスカさんはどうなんですか」

レイコは聞いた。

「わからない。ここに来るまで彼女にもいろいろなことがあった。
 ただシンジ君の存在が彼女を縛っている事は確かだ。
 それはシンジ君にとっても同じだと思うが...
 あの二人がもう一度出会ってどうなるかは俺には判らない。
 お互いを受入れ、ともに歩もうとするのか、束縛を断ち切って一人で歩き出すのか...
 それは彼ら次第だと思う。
 俺としてはあの二人に一緒に歩んで欲しいと思っている。
 まあ、君には迷惑な話かもしれんがな」

加持はレイコに向かってそう言った。

レイコはただ黙って加持の言葉をかみ締めていた。
 
 
 
 



 
 
 
 

ムサシは発令所をでると前を歩いていたシンジを追いかけた。ムサシ自身、病室の場所を知らない、だから急いでシンジに追いついた。

「シンジ、何をするつもりだ」

黙って歩いているシンジにムサシは声をかけた。シンジはしばらく黙っていたが、ぽつりとムサシの問いに答えた。

「流星をやる」

覚悟はしていたが、ムサシはその答えに息を飲んだ。彼の習う流儀の奥義の一つ、それの意味するところにムサシは沈黙した。

「ほかに手段はないんだ。
 この戦いに敗れてしまったら、人類に未来はないだろう。
 だから、ボクは後悔しないように自分のできることをする...
 それだけだよ」

「うまく行くのか」

かろうじてムサシはその言葉を口に出した。

「わからない、でもどんなことをしても倒さなくてはいけない...それだけは確かだ」

シンジの言葉には何も気負いがない。しかしムサシにはその言葉からはシンジの決意がひしひしと伝わってきた。シンジは14の時からこんなものを背負いつづけてきたのか...ムサシは初めてシンジにあった時に感じた陰の理由を理解した。シンジのことを一時でも軟弱者だと思っていた自分が恥ずかしくなった。

「でも、お前は死んじゃあいけないんだ」

その言葉をムサシは口にすることができなかった。
 
 
 
 



 
 
 
 
 

「ムサシ、呼ぶまで外で待っていてくれないか」

アスカの病室に着いたシンジは、そう一言残すと一人で病室の中へと消えていった。ムサシは黙って廊下の壁にもたれ、友人が出てくるのを待った。

無機的な音を発する医療機器に囲まれ、アスカは静かに寝息を立てて眠っていた。シンジは、何かに苦しむかのようなその表情に心を痛めた。

やはり自分はアスカを苦しめてしまったのか...その想いにシンジは苛まれた。

シンジはそっとアスカの手をとると静かに話し掛けた。まるで自分自身の心に語り掛けるかのように。

「アスカにはいろいろと話したいことがあったんだ」

シンジの手に少し力が入る。

「初めは自分の気持ちが分からなかった」

子供だったから...いやそれを理由に目を逸らしていたんだ

「あのころのボクには余裕なんて物はなかった」

求めるばかりで、人の心を知ろうともしなかった...

「新しい両親、妹、友人...ボクはいろいろな物を受け取った」

ボクは初めて心休まる時を持ったんだ...

「あの時のことも、ネルフのこともボクの心から消えていった」

でも、たった一つだけ消えない物があったんだ...

「でもアスカに対する想い、それは消えるどころか大きくなっていったんだ」

勝手な言い分だよね...

「おかしいよね、今更こんな話をするなんて」

いいことなんか一つもないと思っていたのに...

「アスカと一緒に過ごした日々が楽しく感じられるんだ」

気づかない振りをしていたんだ...

「勝手なことを言っているのは分かっている」

自分の想いに...

「それを自分で捨てたことも分かっている」

今こうしていても押さえ切れない想い...

「取り戻したかったんだ...アスカを」

今なら素直に言えるのに...

「でも...」

今更言ってはいけないんだ。

そう言うとシンジはアスカの顔をじっと見詰めた。その時シンジにはアスカの表情が少し柔らかくなったように感じられた。

「アスカ...きれいになったね」

そう言うとシンジはドアの外で待っている親友に声をかけた。そしてそこにいるであろう二人の少女にも。

「みんな入っておいでよ」

シンジに声をかけられると加持も含めた4人が病室に入ってきた。二人の少女はベッドに眠っているアスカを見つめた。

金色に輝く髪、すらりととおった鼻筋、濡れた唇。見たことのない美しい女性がそこにいた。

「奇麗」

思わずマナの口からその言葉が漏れた。レイコは黙ってムサシの手を握り締めていた。誰も口を開かない、開けない...静かな時間がしばらくの間病室を流れた。

加持はアスカの浮かべた表情に驚きを覚えた。ここに来て初めて見るアスカの安らいだ表情。やはりアスカにとってシンジは特別だ...加持はそう確信した。そしてシンジを失ってしまったらアスカはどうなってしまうのかが心配だった。

「加持さん、アスカのことをお願いします」

シンジは一言そう言うと病室を後にし、パイロットルームへと向かって行った。誰もシンジを引き止める事はできなかった。残された4人も黙って病室を後にし、発令所へと歩いて行った。
 
 
 
 



 
 
 
 

発令所に向かう中重苦しい沈黙が4人を包んだ。病室で見たシンジの姿が儚げに見えた...マナとレイコは感じた不安が確信に変わっていくのを感じていた。

「兄さん」

沈黙を破ったのはレイコだった。

「シンジさんは何をしようとしているんですか」

ムサシは沈黙を守る。

「教えて兄さん。マナには知る権利があるはずよ」

兄の沈黙にレイコはシンジのしようとしている事を確信した。さらにレイコはムサシに詰め寄った。

「流星...」

ぽつりと言ったムサシの言葉、その言葉にレイコは悪い予感があたってしまった事を感じた。

「止められなかったの」

そうできない事はレイコにも分かっていた。ムサシもレイコの問いかけに沈黙で肯定した。絶望的な状況の中シンジが導き出した答えだ。他に方法がない限りシンジの決意を変える事ができない事ぐらい分かり切った事だった。

「なんなのレイコ」

マナは黙ってしまったレイコに問い掛けた。

「奥義、必殺技...そう言えば聞こえはいいけど。特攻技よ
 攻撃だけにすべてをかける技...
 自分より強い相手に相打ちに持ち込むための技よ」

レイコは感情のこもらない声でそう答えた。

「相打ち...」

マナの言葉が震える。ムサシはマナの肩を抱くと優しく言った。

「相手がシンジの思っているより弱ければ問題ないんだ。
 そうすれば文字通り必殺技の威力を発揮してシンジも護ってくれる。
 必ず死ぬと決まった訳じゃない。今はあいつの無事を祈ろう」

マナはムサシの手を振り解いた。その目にはその瞳には涙とともに強い決意が宿っていた。

「許さない...絶対に許さない...」

そうつぶやくマナの姿にムサシもレイコも驚いた。あのいつも明るいマナが...こんなに激しい怒りの炎を纏うなんて...そこには二人の知っている幼なじみの姿はなかった。

加持は黙って3人のやり取りを聞いていた。そして怒りの炎を身に纏ったマナの姿に一人の少女を思い出した。

「天の配剤か...」

シンジが鹿児島に行ったのは偶然だが、彼らと巡り合ったのは必然なのだと加持は感じていた。そしてその少女が次に口にするであろう言葉も予測はついていた。

「加持さん。お兄ちゃんの所へ連れていって下さい」

その言葉に加持は満足そうに頷いた。
 
 
 
 



 
 
 
 

シンジは一人パイロットルームでただ時間を待っていた。後はやるべきことをやるだけだ...後悔はない。静かにベンチに腰をかけ精神の集中を行った。誰もシンジに気を使って入ってこない...その部屋はしんとする静寂に包まれていた。

そんな静寂を闖入者たちが打ち破った。

「お兄ちゃん」

シンジは意外なものを見る顔でその声の方を見た。

「マナ...みんなどうして」

マナはシンジの言葉に答えず、いきなりシンジに歩み寄るとその頬を張った。シンジは頬を押さえ、激昂している妹の姿を見つめた。

『まいったな、こんなところまでアスカに似てるんだ』

シンジはマナの姿を見て思った。

「お兄ちゃん、何を考えてるの!」

マナは顔を真っ赤にしてシンジに詰め寄る。マナの勢いに立ち上がってしまったシンジは壁際まで追いやられていた。

「相打ち狙いなんて馬鹿なことを考えないで」

そのままマナはシンジの胸に飛び込んだ。

「こんなことでお兄ちゃんが死んでしまったら、
 お兄ちゃんのことを送り出したお父さんとお母さんはどうなるの。
 お兄ちゃんのことを待っているアスカさんはどうなるの。
 レイコやムサシはどうなるの。
 お兄ちゃんを待っていたみんなはどうなるの」

マナの涙がシンジの胸を濡らす。プラグスーツの上からでもその熱い流れをシンジは感じることが出来た。

「帰ってきてよ...お願いだから。
 アタシたちの前からいなくならないで。
 お願い、どんなことをしてでも帰ってきて」

嗚咽混じりに自分に縋り付くマナ。シンジはそっとマナの体を抱きしめた。初めてあった頃はそんなに身長も違わなかったのに、今ではすっかりと自分のうちに収まってしまうマナの体。シンジはマナと過ごしてきた時間を思い返した。

「マナ...」

シンジは優しくマナの名前を呼んだ。大事な妹...ボクに笑うことを思い出させてくれた可愛い妹。マナの体がビクッと震える。

「ありがとう...大切なことを思い出させてくれて。
 帰ってくるよ。必ず」

シンジは自分でも気障かなと思いつつマナのおでこにキスをした。そして時間だからと言ってその体を離しすと、加持の方を一瞥した。

加持にはシンジの瞳の色が先ほどと変わって見えた。確かな決意を秘めているのは変わらない。しかし、何かが違う...それが守るべきものへの思いの強さであることに加持は気づいた。

加持は黙ってシンジに頷づいた。シンジも黙って頷き返すと、ムサシとレイコを見た。そして「行って来る」と一言残し、ケイジへと消えていった。

マナは先ほどとは違う理由で真っ赤になりながらシンジを見送った。そして出ていくシンジの後ろ姿に大きな声で呼びかけた。

「待ってるからね」

『分かっているよ』マナにはシンジの声が聞こえた気がした。
 
 
 
 



 
 
 

シンジは一人ケイジでエヴァンゲリオン7号機を見上げた。白い人間的なフォルムに爬虫類、或いは鳥を思わせる頭部。3年前悪夢を呼び寄せた物体がここに有る。シンジはその巨体を見上げ不思議な感慨にとらわれた。

「まさかこれに乗ることになるとは...」

忘れもしない出来事。苦しみから逃げ出すことでより大きな苦しみの中へと落ちていった。だから今度こそは...

「絶対に逃げたりしない」

シンジはそう決意するとプラグへとエントリーした。
 
 
 
 

続く

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中昭のコメント(感想として・・・)

  >金色に輝く髪、すらりととおった鼻筋、濡れた唇。見たことのない美しい女性がそこにいた。
  ううう、アスカ再登場。良かった。


  奥義流星・・・かっこいい。自爆特攻技というのも凄い。(違う?)
  防御を考えずに全神経を攻撃に集中する。文字通り一撃必殺ですね。
  ラミエルもどきに通用するか?そう言えばラミエルの近接戦闘能力って判りませんよね。



  >アスカなら501号室よ。多分寝ているから変なことしちゃだめよ」
  >つい口走ってしまった軽口...シンジの顔がその瞬間強張るのを見てミサトは後悔をした...
  ああ、相変わらず”うっかり八兵衛”をしちゃって。
  でも、真剣に悩んだり反省できる所がミサトさんの良い所かな。

  マナも大活躍してるし、今回も大満足です。


  あとはアスカの回復待ち。やっぱりユニゾンは出ますか?
  トウジとケンスケの心配も一応しとこうかな。




  みなさんも、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。








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