「ねえ、どうして。
どうして別れなくちゃいけないの。
ボクのことが嫌いになったの。
ねぇ、教えてよ」
少年のその言葉はたしかに少女に届いた。
でも、少女はただ俯いて、ただ首を横に振るだけだった。
「どうして、ねぇどうしてなの」
少年の問いかけに、ようやく少女は震える唇で言葉を紡ぎだした。
「ごめんなさい。あなたが悪い訳じゃないの。
あたし...あたしがつき合っていく自信が無くなったの。
ごめんなさい...」
少女はただ「ごめんなさい」を繰り返すことしか出来なかった。
少年は少女に近寄ると震える肩にそっと手をかけた。
涙に潤んだ瞳は少年を魅了する。
少年はそっと少女の涙を拭うと、少女の震える唇に口付けしようとした。
「お願いだから」
少女は切ない声で口付けを拒んだ。
その言葉に、少年はもうどうすることも出来なくなっていた。
「もうだめなの...」
少年の言葉も震える...
「ごめんなさい...あなたのことは今でも好きよ...でも
でも、やっぱり私...
命は惜しいの」
少女はそう告げると、少年の元から逃げるように立ち去った。
少年は遠ざかる後ろ姿に声をかけることは出来なかった。
「命が惜しい...か」
少年は手帳を取り出すと少女の名前を線で消した。
二人の重ねてきた思い出をかき消すように...
「次は体育館か...」
少年は今日通算25人目の別れの告白を聞きに、体育館へと重い足を引きずった。
リツコさんの結婚式も無事に終わり(思ったより被害が少なかったので、ダミーの始末に困ったとリツコさんは言っていたが)しばらくはボクの家に...いやボクの部屋に滞在したアスカだったけれど、大学の講義が始まるからと言ってドイツへ帰っていった。
「受験の前には帰ってくるから...」
帰り際に聞かされたアスカの言葉…
どうして今じゃダメなんだろう。日本とドイツって始まりがずれているはずなのに...
『どうしてドイツに帰るんだろう』
そんなボクの疑問を余所に、アスカの姿はどこか焦っているようだった。
ボクの耳もとを『食べ過ぎた...後5kg痩せないと』と言うアスカの言葉が風のように通り過ぎた。
「聞かなかったことにしよう」
これがボクの覚えた処世術。
ボクはアスカが去った後の部屋の中を見渡した。
ここにもそこにもアスカの思い出が残っている。
アスカの指が食い込んだベッド、引き裂かれたシーツ。曲がってしまったベッドの足。
2週間のアスカの滞在の決算は。
2枚の玄関ドアにボクのベッド、玄関脇のブロック塀に野球部の部室一つ。
えっ、何がかって?アスカが壊したモノだよ。
まあみんな父さんの財布から支払われたけど。
修理に来た業者は『ダンプカーにでも突っ込まれたんですか』って聞いていた。
来年の春からボクの体は大丈夫なんだろうか。
でもそれより深刻だったのは、人的被害。
日本に来てからの2週間の間、アスカはボクの側にまとわりついた。
ボクがアスカから解放されるのは授業中と、アスカが寝ているか気絶している時。
ボクの性活はアスカとともにあった。
それが決していやだった訳じゃない。
お互い会えなかった時間が長かったので、それでも時間が足りないくらいだった。
でも周りの者にはいい迷惑だったようだ。
部活動を見ているアスカにのぼせ上り、無謀にもアスカに言い寄った奴等が何人か居た。
彼らは今、病院のベッドの上で自分の行為を後悔しているだろう。
でも彼らは自業自得とも言える。
本当にかわいそうだったのは野球部のみんなだろう。
何よりもアスカのおかげで予選が終わってしまったのだから。
かなり痛い目に遭った人も居たようだし。
最初の犠牲者は藤堂君。
突進するアスカをボクが避けたばかりに全身複雑骨折の憂き目に遭った。
多分衝突によるムチウチ、筋肉断裂もあっただろう。
運び出される前に見た藤堂君は、鮮血にまみれていたのを覚えている。
なのにボクが病院から復帰したときには、彼も同じように復帰していた…
***
「藤堂君、どうしてそんなに元気なの」
ボクの記憶にある彼の姿が正しければ、生きている方が不思議だ。どうしてこんなに元気でいられるのだろう。ボクは藤堂君を捕まえて聞いてみた。
「藤堂君大丈夫なの」
「どうしたの…」
何かどこかで聞いた展開…
「いや、ものすごいけがをしたはずだったから」
「大けが、僕が...そう?」
「覚えてないの?」
うううっ、お約束のような…
「ううん、知らないの。
多分僕は二人目...」
ドゲシ
藤堂君の言葉が終わらない内に、見事な踵落としが藤堂君の頭に炸裂した。レイ、それはアスカの得意技だよ。それにその技はスカートでやるものじゃないよ。その、膨張するじゃないか。
ドゲシ、ドゲシ
それにしてもレイ、容赦がないね。そんなに『二人目...』のフレーズを使われたことが気に入らなかったのかな。・・・・えっ、違う。藤堂君がアスカ私情主義者だから、心を入れ替えるために3人目にしている...そう、遠慮は要らないからどんどんやってね。
ドゲシ、ドゲシ、ドゲシ
いけないなぁ、藤堂君の顔が恍惚の表情を浮かべるようになってきたぞ。さすがアスカファンだ…打たれなれている。
あれっ、アスカはどこに行ったんだろう...さっきまでそこに居たのに。何か向こうの方で暴れているなぁ...今飛んでいったのは田中君だよな...得川君も飛んでったようだ...う〜ん、アスカはあの趣味に対して容赦ないからな〜。どこかでいやな目に遭ったのだろうか。アレ、右田君も飛んでいった...知らなかったな、彼もそうだなんて。
ゾクリ
あっ、カヲル君いけないよ。アスカが居るところでそんなことをしたら。命を捨てるようなもんだよ。えっ、大丈夫?ボクには心の壁があるからって?本当?相手はあのアスカだよ...ボクまで巻き添えにしないでよ。ほらアスカに見つかったじゃないか。
得川君達を粛正し終えたアスカは次の目標をカヲル君としたようだ。土煙を上げて突進するアスカの姿。まるで暴走したときの初号機のようだった…
ものすごい勢いで二人の距離が縮まった瞬間、アスカの体がはじき飛ばされた。カヲル君の前に浮かび上がるオレンジ色の壁。
「ふん生意気な」
アスカは立ち上がって体についた埃を払いながらそういった。そして今度は突進するのでは無く、ゆっくりと歩いて近づいていった。どうするつもりなんだろう、中和でもするのかな。
しかしボクはどちらを応援したらいいのだろう。カヲル君達のATフィールドが有効なら、ボクは力強いシェルターを得たことになる。でも、アスカが負けるところなんてもう見たくも無い。やはりこういうときは成り行きに任せるしかないのか…
ボクが自分にそう結論をつけ成り行きを見守っているその脇で、アスカはカヲル君の展開しているオレンジ色の壁にゆっくりと手をかけた。そして…
「ふんっ」
そう聞こえて来るくらいの鼻息でその壁に指をかけた。見る見る食い込んでいくアスカの指。
「…アスカ、中和しているの」
「いや、浸食しているんだよ」
今にもこじ開けられそうなカヲル君のATフィールド。カヲル君の顔に脂汗がにじみ、顔色が青くなっている。やっぱり怖いんだろうなぁ。ボクは第三使徒の気持ちが少し分かったような気がした。
メリメリ
ついに力の均衡は破れ、カヲル君のATフィールドはアスカのパワーに引き裂かれてしまった。カヲル君の周りの緊張感がいやがおうにも高まってくる。
「言いたいことがあったら言っておきなさい」
「好意に値しないね…君は」
「良いわよシンジにシテ貰っているから」
「君たちを導いてあげたじゃないか…」
「私は心に棚を沢山持っているの」
「生と死は等価値じゃないんだ…」
カヲル君の足下に水たまりが…武士の情けだ見なかったことにしておいてあげよう。
「思い残すことは無いわね」
いけないそろそろ止めないと、カヲル君がただではすまなくなる。
ボクは急いでアスカに駆け寄ると、耳元を『フッと』軽く吹いた。そして後ろからアスカの体をそっと抱きしめた。
「あんっ」
その瞬間アスカの体からは力が抜け、そのままボクの方にしなだれかかってきた。これで危機は去ったようだ。
「ガラスのように戦災だね黄身の心は」
「校医に値するよ」
「鍬ってことさ」
「私はあなたの分身あなたの僕」
少し遅かったようだ。カヲル君が壊れてしまった…無理も無いよっぽど怖かったんだろう。涙とハナミズが止まらないカヲル君の顔はさすがのカヲル君でも見られた物じゃなかった。
ボクはちらっとレイの顔を見てみた。やっぱりレイも青い顔をしている。そりゃあそうだろう、アスカにATフィールドが通じないことが分かってしまったのだから。
「もうダメなのね」
そうみたい…
***
この日以来ぱったりとカヲル君はボクにちょっかいを出さなくなった。ボクを見る目も何か怯えているようだ。それにつられてトウジのスキンシップも無くなった。今までは気色悪いと思っていたのだけど、無くなってみると何か物足りない気もする…
でも無くした一番大きな物は、ボクの周りの女の子…
今日一日だけでも、30人の女の子と涙の別れをしなくてはいけなくなった。
この一週間で100に届こうとしている。
どうしてこんな事になったのだろう...
「当たり前か...」
これが普通なんだ。ボクにはアスカが居る。それなのに他の女の子に手を出していたんだから。アスカみたいにとびっきりチャーミングで、とびっきりパワフルな女の子がボクの彼女なんだから、それ以上要求するのは贅沢と言うものだろう。
「仕方ないよな」
ボクは腰をかけていたベンチから立ち上がり、ポケットの中に手を突っ込んだ。
「マナの所へ行こうっと」
どこかでバカヤローって声が聞こえたような気がした。
to be continued...
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中昭のコメント(感想として・・・)
トータスさんの『たっち』第9話頂きました。
かなり久々のような気がしましたが、前話から3ヶ月空いただけですね。
ヒット数で行くと前回が13万ヒット記念で今回が25万ヒット記念・・・
>ボクの耳もとを『食べ過ぎた...後5kg痩せないと』と言うアスカの言葉が風のように通り過ぎた。
うわーまたダイエット(パワーアップ)ですか。シンジがちゃんとカロリー計算しないと、そのうち命が危険な事に。
>アスカの指が食い込んだベッド、引き裂かれたシーツ。曲がってしまったベッドの足。
一緒に乗ってた人は大丈夫だったんでしょうか(笑)
>「仕方ないよな」
>ボクは腰をかけていたベンチから立ち上がり、ポケットの中に手を突っ込んだ。
>「マナの所へ行こうっと」
ばっきゃろーーーい
しかしさすがは鋼鉄。
レイやカヲルやトウジでさえヒイテしまったのに。
>命は惜しいの
シンちゃんのハーレムの入居条件に”命しらずの荒くれ者”という条項が加わりますね
それにしても100人のガールフレンド・・・・・・・・一つの学校で好みの女の子がそんなに多いなんて
シンちゃんケダモノ
絶好調のたっち
次回もお楽しみです。
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