パァン!パァン!パァン!

 規則的な3連射は真夜中の廊下を超音速で切り裂いてゆく。
 おもちゃみたいな軽い発砲音が、妙にリアルでいつまでも耳にこだましていた。

 それが意味するのは、絶対的な3つの死、死、死――
 それは、冷たいオフィスビルの床に抱かれ死んでゆく人間たちの、夢――


 無機質な殺人――快楽も、不快感もともなわない、ただの殺人という行為。

 ――その弾丸は、大気を切り裂き、命を貫く――

 死、という結果を得るためだけの行為――殺人。

 ――その意志は、生命のあることを許さない、絶対に――


 そして――歴史を見るように、ただそれを冷静に傍観している、俺は?――



 パァン!パァン!

 また、2つ……



 死が駆けてゆく――

 死が駆けてゆく――

 死が、駆け抜けてゆく――





Lake DEATH
Episode 3: アサシンズナイト(前編)
 




「詳細を伝える。」

 無機質に、あの退廃的な瞳で拓也が喋る――2時間前のことだ――



「目標は植谷工業取締役社長・植谷健三。年齢53、身長172、体格は痩躯で眼鏡をかけている――写真は渡したファイルに入っている、確認しろ。」

 何の飾り気もない、簡素で小さな部屋。
 同様に簡素な椅子と机――俺は拓也と向かい合い座っている。

 言われたとおり、ファイルに目を通し、目標を確認する――なるほど、言葉の通り痩せた、いかにも社長といった風体の男だ。

「今回、作戦の第1目的は植谷健三の暗殺だ。最優先で完遂させなければならない。第2に、テロリズムに見せかけ社員、社屋等破壊すること――」

「ちょ……!ちょっとまて!何でそんな無茶苦茶な――」

 予想外の内容に俺は冷静さを失った。
 テロに見せかける?馬鹿な!
 こんな常識外の仕事など今まで聞いたこともない。

「可能な限り、という条件付きだ。程度のほどは俺たちに一任されている。優先度は下げていい――問題ない。」

「そういう問題じゃねぇよ!なんでテロに見せかける必要がある!?クライアントはどういうつもでそんなことを――」

「植谷工業は同種工業系の各社から敵視されている。また、社長個人も多数の企業家・政治家等から恨みを買っている。イリーガルなビジネスにも幅広く手を出しているという噂もかなり広がっている。ヤクザとの関係も、だ。感情的なテロリスト等のターゲットとなっても何ら不自然はない――それがシナリオだ。」

 感情的な、の部分が俺を指していたのは気のせいではないかもしれない。
 拓也はそう言いながら、資料の中から数枚のコピーを出す。

「依頼主の会社の経営状況、植谷工業の市場占有率、各工業系会社の戦力等の簡単な表だ。植谷工業が社長を失い、社員・社屋等を失った場合のマスコミュニケーションの反応、それによる戦力の減衰を考えた場合の結果だ――5枚目を見ろ。」

 そう言って、あまり鮮明でないコピーを俺に渡す。
 残念ながら、用紙全体に並んだ数値の意味はすぐには理解できそうになかった。たった一つわかったのは、依頼主の会社は得をするだろうということだけだった。

「友好関係にある関連企業を含めた利益の単純予測だ。今回の依頼は純然たるビジネスだ、人を殺すことが求められている結果ではない――それを理解しておけ。」

 いつにもまして、社会の汚さを見せつけられた気がして、やたら俺は気分が悪かった。
 どうしても納得がいかない思いがこみ上げてくる、抑えられない感情が――

「ビジネス――か。ならなおさら納得いかないな。これだけの悪巧みに加担させられて、3000万じゃどう考えても割に合わねぇぞ。よくボスが依頼を受けたな。」

 こんなこと、拓也に言ってもどうにもならないことだが、やり場のない怒りを持って行くところはやはりこいつしかいなかった。
 よく考えれば俺も馬鹿だ。同じ立場の人間に喰ってかかっていくなど……
 しかし、納得がいかないのは拓也の反応もだ。
 理不尽な仕事をさせられているというのに、なにも感じていない。
 いつもどおり、無機質に、無表情に淡々としている。

「単純な金額だけの問題ではない。俺たちの組織にとっても利点は多い。活動範囲の拡大、政治への影響力等――総合的に見た場合の判断だ。ボスの、な。」

「『俺たちは結果を出すだけでいい』か?」

 十分な皮肉を込めてそう聞いてやる。
 俺の気分が良くなるような反応が返ってこないのはわかっていたが。

「そのとおりだ。納得したか?いつまでも手間のかかる人間だ、おまえは。」

 そんなせりふにすら、感情が込められていない。
 いったい、どんな環境で育ったらこんな人間ができあがるんだ?

(くそったれが……)


「では、次にガード等の配置状況を――」



 こうやって、作戦前の夜が過ぎてゆく――
 2時間ほど前の出来事だった――







(今ので……9人か……)

 明かりの落とされた廊下の先、うっすらと人が倒れているのがみてわかる。

(たった5発、引き金を引いた数だけ確実に死体を積み上げていく……)



 この曇り空でほとんど月明かりもないというのに、拓也は正確に人体の急所を貫いていく。それも、拳銃で、かなりの距離から、だ。

(全く衰えていない……なんてシューティングだ……)

 初めて秋人が拓也に出会ったのは14の時。
 そのとき見せつけられた正確無比の射撃技術。
 こんな商売をやっているとは言え、この日本では銃を使うことはほとんどない。
 殺しも少ないこの日本で、銃を使った暗殺技能など磨くすべはない。
 にもかかわらず、のシューティングだ。
 銃器の扱いには結構自信のある秋人も驚愕してなにも言えない。
 それほどの、技術、だ。


 数分前に、すでに目標の植谷健三の殺害は完了していた。
 侵入から2分、予定どおり何の問題もなく目標と接触することができ、有無を言わせず殺した。
 現在は帰路の確保と第2の目的、テロまがいの行動をしているところだった――


 数歩前、暗がりの中で油断なく拓也が立っているのが見える。
 黒い、アメリカのテロ対策チームのロゴが入った帽子をかぶっている。
 それはあまりにも皮肉じゃないか、と思う。
 拓也自身は別に意識するところはなかったのだろうが、端から見ている秋人にとってはたちの悪い冗談、きわめて強烈な皮肉としかとれなかった。
 だが、そんな思いさえもおそらくは意味をなさない、あの虚無の瞳――あの瞳で感情なく次々と人の命を奪っていく。

 どんな殺しにだって意味がある、秋人はそう思っていた。
 怨念をはらすために人を殺す。
 金のために人を殺す。
 快楽のために人を殺す。
 あるいは愛のために人を殺すかも知れない。
 どんな殺しにだって、必ず目的・感情がつきまとう。
 それが殺人だと思っていた。
 それが12から殺し屋を名乗りはじめた自分なりの考えだった。
 が――この少年はどうだ?
 何の目的がある?何の思いがある?
 自分は金銭的なのもがそのほとんどだった。
 一番最初、恨み、怒りでもって人を殺した後、そのとき得たタレントを利用して生計をたてている。いわば職業的殺人者――人を殺す代わりに金をもらう、殺し屋だった。
 が――この少年は何のために殺す?
 間違っても見ず知らずの、あるいは世の中すべての人間に恨みを持っているようにはとても見えない。
 人を殺して喜んでいるようにも見えない。
 決して愛もないだろう。
 金?――それも違う。
 確かに報酬は受け取る。しかし渡せないと言われてこの少年が食い下がるかといえば、そうはしないだろう。『ああ、そう。』、きっとそう言って立ち去るに違いない。
 黙々と、ひたすらに自らの意志なく殺してゆく――
 対象の死を希望するのは指令者だ。その意志どおりに殺し、結果を出す。移動するための車のように、歩くための靴のように、渇きを癒すための水のように――殺すための……藤木拓也なのだ。
 この少年にはおそらく希望がない。むろん絶望もだ。
 自らの欲望によって発生する感情がないのだ。
 他者の目的を達成するための自我と、思考――たったそれしかない。

(それは……コンピュータと同じじゃないのか?……機械と同じじゃないのか?)

 この少年を見て、よくそう考える。
 自分と同じくらいの時間を生きてきたにもかかわらず、自分と同じ仕事をしているにもかかわらず、この少年は全く理解できない別のベクトル上に存在している。

(人間……として、認めるべきか?……)


 振り返って、横を通り過ぎてゆく拓也を後方に、『別物』としての存在を感じずにはいられない秋人だった。







(なんなんだ?……あの、ガキども……)

 窓のない、モニターの明かりだけが支配する部屋で一人の男がつぶやいていた。


 7階建てのこのビルで各種監視システム等の制御が可能な、いわゆる警備担当者の詰め所の様な部屋。そこが今晩の『世界』だった。

 ついさっき、何か音がしてすぐに部屋の明かりを消した。
 クラッカーのような、短く軽いはじける音。
 聞いたことのない者ならそう表現するだろう。
 銃声――
 男は間違いなくそう判断した。

 一気に世界が暗転したような感覚――
 周りの空気が停止したような感覚――
 この世界にとって、それは異常の始まりを意味していると感覚が告げていた――



 組長の意向でここの社長のボディーガードを始めて1年。
 まっとうな『やくざ』でなくなってしまったと感じていた矢先の出来事だった。
 その仕事といえば、ボディーガードというよりは相手の恐怖を誘う程度のくだらないことばかりで、つまらないことに利用されているとつくずく後悔させられた。
 この会社に『出向』してきたのは自分を含めて4人。
 自分以外の3人は上から圧迫されることもなく、また楽に安心してやっていけるとむしろ喜んでいたようだ。

 くだらない――

 そう、くだらない連中だ。
 やくざ商売で安定を求めてどうする?そればかりか、あの金儲けしか考えていない社長にいいように利用されて、喜んでいてどうする?
 都合のいいようにだけ生きていきたいのならば、やくざなどやめればいい。
 まっとうな社会生活もできないというのなら、死ぬべきだ。

(しかし、もう生きてはいないだろうがな……)

 それが、出た答えだった。
 自分でも、驚くほどの冷静さで現状を分析する。
 おそらくは、すでにほかのボディーガードは死んでいるだろう、と――社長とともに。




 発砲音に気づき、部屋の明かりを消した後、すべてのモニターをチェックした。
 すべて、と言っても、この建物に取り付けられている監視カメラはわずか3台。1階の受付と4階の研究部署へ続く廊下、そして5階の資料室だ。
 今日は、新技術を利用した製品の発表が近いとかで、技術者が徹夜で仕事をしているということだった。それが4階だ。カメラの設置してある廊下は長く暗い。窓からのわずかな明かりのみがその照明だ。
 そして、その明かりに照らされて、映し出されているのは2つの人間。

 部外者だ――制服を着ていない。

 前方の1人は、黒い帽子をかぶっている。
 全体的に、暗い色彩の服装。
 後ろの1人も帽子はかぶっていないが、ほとんど同じ格好だ。
 元々暗い中に、暗い服装。ほとんどぼんやりとしか認識できない。
 だが、雰囲気からして何となくわかる――若い。

(なんだ……こいつら?……子供……か?……)

 男は、明らかな違和感を覚えた。
 こんな夜中に、オフィスビルに侵入してくる少年。一見するとテレビドラマのようだが、むろんこの建物には警報システムも働いている。自らにボディーガードをつけるような社長の所有物だ。子供がいたずらで入り込めるようなちゃちなものではない。
 それが作動しなかったことも含めて、『夜中のいたずら』などではない。なにがしか目的を持って訓練された者の『侵入』だ。

 じわっと、全身から汗が流れる。
 何か、いいようのない感覚が全身を走り抜ける。
 足下から、ゆっくりと、しかし確実に……

 不安?恐怖?……いや、期待?……

 じっと動かずに立ちつくす前の少年――その少年をカメラ越しに見つめながら、高揚していく自分に気づく。求めているのはこの感覚なのだと――


 静、の感のある前方の少年にくらべ、後方の少年は機敏によく動く。前を向いていながらも、頻繁に後方を警戒しているようだ。

(入ってきたのは、こいつら2人だけか?……)

 ほかの2台のモニターや、警報システムをチェックする。むろん異常はない。こんな状況に陥って初めてもっと監視カメラを増やしておけばよかったと後悔した。

(くそっ……何をしにきた?何が目的だ?……銃声がしたぞ……銃を持っているのか?)

 確かに、よく見るとそれぞれ右手に何か握っているようだ。
 そして――不意に前方の少年が両腕を水平にあげる――

(……?……!)


 パァン!パァン!

 同時だった。
 画面の中で、両手で握られた黒い固まりから火を噴くのと、その音が届いたのは。

(撃った!拳銃だ!)

 そのカメラには写されなかったが、人が撃たれたであろうことは男には十分理解できた。
 発砲した廊下の先、つまりカメラの後方は技術者たちのいる部屋に続いている。最初の発砲音を不信に思って出てきた技術者が撃たれたというところか?

(馬鹿が……おとなしく隠れてりゃ死なずにすんだかもしれないものを……)


 男には、気づかなかっただろう。
 自分が冷静に、疑いもなく『死んだ』と判断できたことは――

(あのガキ……間違いなく、殺しのプロだ!……)

 コンソールについた両手が、わずかに震えているのがわかる。

(殺し屋だ!殺しにきた?……何を?……技術者を?…………!違う!社長だ!今日は7階で技術屋どもの資料をまとめて発表の準備をしてるはずだ!)

 モニターで、少年たちが遠ざかっていくのを確認しながら内線を回す。

(まずい!上の3人は銃を持ってないはずだ!すぐに殺られるぞ!)

 社長室は701。しかしつながらない。

(くそっ!どうなってんだ?!こんな時に!)

 いつまで待ってもつながらないため、今度は702を回す――
 社長室にいないのなら、別室か?自分たちは大抵そこに詰めている――

(早く!早く出てくれ!)

 こちらもつながらない。
 鳴り続けるコール音がよけい焦らせる。

(あいつらも……どこに行ったんだ!早くしないと…………?……)

 コールしながらも、モニターからは目を離さない。
 そこには、ちょうど廊下の奥、少年たちが下りの階段を下りていくところが映されていた。

(……?……下に……下りていく?)

 予想外だ。社長室に向かうものだとばかり思っていたのに。
 見当違いか?社長が目的ではない?

(どういうことだ?……下に何がある?……何をしにきたんだ……)

 受話器からは相変わらず、コール音。
 2人の消えてゆくモニターを眺めながら、その繰り返す音だけがこの世界のすべてに感じる。
 そして――不意に気づく――

(!まさか――!)

 全身が、総毛立つ――
 男は、理解した――現在の状況を。
 戦慄――そう呼ぶにふさわしい感覚が全身を走り抜ける。

(殺られたのか?……すでに……)

 疑問をつぶやきながらも、それは確信に近かった。
 すでに、社長・ボディーガードともに生きてはいないだろうことを。

(殺った帰り……なのか?……下に下りる理由はそれしかない。)

 全く、全く気づかなかった。
 知らぬ間に侵入されて、知らぬ間に雇い主を殺された。
 あの社長の命などどうでもいいが、自らの仕事がこなせなかったことが何より悔しい。


 間違いなく、計画的な犯行だ。
 深夜に社長がいることを知らなければこんなことはできない。
 警備のシステムに引っかからずにここまで来たこともだ。十分な下調べがなければそれは無理なことだ。

(行きにカメラに引っかからなかったってことは、今はすでに警戒を解いているということか……つまりは、もう目的は達成したってことだ……)


 3階――この部屋は、3階にある。
 おそらくあの少年たちも今3階にいるはずだ。
 そして、この部屋の前の廊下を通るはず――

(2階へ下りるにはこの廊下を通るしかない。エレベーターは止まっているからな……)

 この建物は3階まで来客用に廊下、部屋などの設備を設計してあり、いわばデザインを重視した作りになっている。4階から上が社員の働く機能的な設計が施されている。そのためか、階段は1階から7階まで直に上まで続いていない。この3階で廊下を移動しなければならないのだ。普段はエレベーターを使っているためそれを煩わしいとは誰も思わなかったが……

「あのガキどもが……黙って帰れると思うなよ……」

 そう言って、懐から黒い固まりを取り出す。
 むろん拳銃だった。

 中国製の、細身のオートマチック。
 以前テレビで話題になった。
 大量に密輸入され、やくざだけでなく、一般にも多く流れたという。
 その特徴は、極めて殺傷力が高く、警官の防弾着も貫通するほどだ。

 トカレフ――

 その銃に弾を送り込み、男はじっと、じっと待ちかまえた。
 少年たちがこの部屋の前を通るのを。

「さぁ……勝負、しようか……」





 午前2時。
 暗殺者たちの夜はどこまでも堕ちてゆく。



To be continued.
 



 うーん、でかくなったなぁ(サイズが)。というわけで、後編に続きます。
 トカレフに関して詳しく知りたい方はソースをご覧ください。
 
Written on 8/12/1999
By Hujiki

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