「ね、眠いよぉ〜」
いつもの低血圧でふらふらしながら歩く、歩く、歩く―― やっぱり朝はつらい。 せめて学校が始まるのが10時くらいからだったらね…… まぁ、むりか……そんなこと…… え?何で歩いてるのかって? もちろん家が近いからよ。 っていうより、電車とかバスで人にもまれるのがイヤだったから近くの高校を選んだの。 別に自転車でもいいんだけど、何となく歩くの好きだから。 だからわざわざ早起きしてるの。もちろんつらいけどね。 変わってるって? いいでしょ、べつに。 好きなんだから。 あっ、洋子みっけ。30メートルくらい前を歩いてる。 相変わらずきれいよね。あの娘。 おしとやかっていうか、清楚っていうか…… 私じゃ絶対あんなになれないわよねぇ。 別にお嬢様じゃないんだけど…… もって生まれた資質なのかしら?うらやましぃ…… 日本人なのに天然の茶髪だし…… これがまた似合ってるし…… はぁ…… 「おはよう、舞。今日もつらそうね?」 追いついちゃったみたい。 ずっと見とれてた、なんて気づいてないんだろうなぁ……この娘。 「うへへ。やっぱわかる?」 「もちろんよ。目が虚ろよ?もっと食べるもの考えたら?そのうち倒れるわよ?」 「べつに偏食してるわけじゃないもん。低血圧はれっきとした病気よ。」 ホントかなぁ。 ちょっと自分でも疑問。 「そうじゃなくて。血圧あげる……なんていうか。あるでしょ?そういうの……」 「……食事が偏っちゃうじゃないのよ。絶対太るわ、そんなの……」 「倒れるよりましでしょ?」 よくもまあそんなことをぬけぬけと…… この娘って、いきなりすごいこと言うのよね。 それで本人なんとも思ってないんだから。まったく…… 「倒れた方がましよ……あんたねぇ、自分が食べても太らないから太ることのつらさを知らないでしょ?私は食べたら食べた分体重が増えるのよ。」 ぎろっ、と半眼でにらむがしかし洋子は平然としてるみたいだった。 「へぇ?それは大変ね。」 なんだかなー。全然大変そうじゃないぞ、それ…… まあ、いっか。いつものことだし…… こんな感じで、今日もいつもどおりの朝。 とりとめのない会話を交わしてだんだんと頭が覚醒してゆく。 いつもとちがうのは、ちょっと暑くて汗ばんできたことかな。 早くも夏かなぁ…… 見上げると、青い空。 夜に冷やされてすんだ感じの残るこの空気がすき。 太陽もがんばって昇ってる。 (うん、いつもどおりだ。) 実は、全然いつもどおりじゃなかったんだけど。 結局、私は朝はなにも知らないままだった……
Lake DEATH
Episode 5: はじまりの日
「おまえ、やめたいんじゃないのか?この仕事。」 男が静かに呟いた。 暗い、静かな部屋。 この世界は時計の刻む音に支配されている。 窓からは外界の反射光が入り込み、わずかにこの世界を外とつないでいる。 車や人通りの喧噪もこの世界ではまるで遠く幻想のようだ。 ここは市内より少しはずれた位置に建つ古びたオフィスビル――その4階。 『万屋』探偵事務所所長室――唯一ある接客用のテーブルで俺はこの部屋の主と向かい合っていた。 「…………」 沈黙は肯定と迷いの中間か。そうとらえたのか、男は話を先へと進めた。 「私は、どちらでもかまわないと思っている。どうでもいいというのではない。おまえの意思を尊重するという意味だ。それがどんな結果につながろうと、おまえが決断することが最も重要だと思うよ。」 余裕のある言葉だ。 組織の長たるもの、これくらいでなくてはやっていけないのだろう。 しかし、問題になっているのは俺の精神だ。 考えるのは俺。 悩むのは俺。 決断するのは俺なんだ。 「わからない……やめたいとは思っていない。でも、やめたくないとも思っていない。」 「なるほど。」 「まだ結論は出せそうにない。待ってもらえると嬉しい。」 「待つさ、何年でもな。」 いい人間に育てられた、そう実感する。 両親を亡くした後この男に育てられたわけだが、俺にとって何一つマイナスになることなどなかった。 生きていくことも、殺すことも、すべてこの男から教わった。 善し悪しや正否ではない真実をいつも教えてくれた。 そして、結論だけは俺のものだった。自分で考えて自分で答えを出すこと。いつもその道が用意されていた。 そして今も、だ。 俺は拳銃を取り出し、テーブルの上へ置いた。 じっとそれを眺める視線は何を考えているのかわからなかったが、俺には今ただ一つだけすべき行動があった。 「しばらく殺しはしない。したくない。」 結論というにはあまりにも曖昧な決断。 それでも、そうすることが答えにつながると俺には思えた。 「そうか……ならおまえには当分仕事の話はしないでおこう。」 「いや、できれば別のセクションの仕事をまわしてほしい……普通に高校生をやっていく自信もはっきり言ってないんだ……」 「……いいだろう。こちらもそうしてもらうと助かる。無論、仕事が……な。」 冗談めいて少し笑い、この話はここで終わった。 こんな男が国内非合法活動のメッカたるこの組織の長とはとても想像し難い。 強く、優しく、そして賢く。 一体、どれほどの人生を送ってきたのだろうか? いかなる理由でこの組織を束ねているのだろうか? 拓也といいボスといい、俺の周りには色の濃い人間が多い。 理解できないのは俺の「心」が足りないからか? 静かに、ゆっくりと時が刻まれるこの世界で。この世界から。 欠けてしまった「心」の一片を探し始めよう。 きっと、答えは見つかるはずだから―― 「え、テロ?なによそれ……」 そんな噂を聞いたのは、教室に入ってすぐだった。 噂と言うよりニュース。事実らしい。 「なんだ?早起きしてるくせにテレビもみねえのか?薮間。」 (うっさいわね……田中。起きてても動けないのよ……) 相変わらず、黙ることを知らない田中が朝からしゃべるしゃべる。おかげでこっちから聞かなくてもだいたいのことがわかった。 「夜中にビルが吹っ飛ばされたんだぜ。どかん!って。なんとか工業っていう会社のビルがさ。しかも隣の街だぜ、それ。テロだよテロ。警察に声明文みたいなのも届いてるんだってよ。世も末だよなー。」 「植谷工業――よ。」 すかさず洋子がつっこむ。 あんた……知ってたのなら朝言ってよ…… 「そうそう、植谷。さすがヨーコちゃん。」 (なにが、ヨーコちゃん、よ。) 「なによそれ?ガス漏れかなんかじゃないの?」 朝からのりのいい田中にちょっと苛立つ。 のりがいい、というか……軽薄なやつ。ちょっとうざったい。 「ちがうんだって。声明がでてるんだよ。それに射殺どうとか言ってたんだから。ああっ、世紀末だ!ついに日本もテロリズムの餌食に……」 なんか、こいつ一人で世紀末に酔いしれてるみたいだ…… そんな異常な世界のどこがおもしろいんだか…… (行こっか……洋子……) そっと洋子に耳打ちしてその場から離れる。 こいつとはこれ以上話をしたくない…… 「洋子、あんたそんな話知ってたの?テロがどうとか……」 「ホントにテレビ見てないの?舞……どこのチャンネルでもこのニュースばっかりよ。」 (だから……テレビ見てる余力なんてないんだってば。起きるので精一杯よ……) 「結局ね、あんまり詳しいことはわかってないのよ。夜中のことだからね。でも爆弾でビルが爆破されて声明文が出たのはホントよ。それ以外は何人死んだかもわからないし、射殺?とか言ってたのも、らしいらしいでホントのことはまだわからないのよ。」 「射殺――って犯人が?」 「ううん。その会社の人。」 「じゃ、犯人捕まってないんだ?」 「『らしい』わよ?詳しくはニュースでどうぞ。」 結局、洋子もよく知らないということが言いたいらしい。 言いながら右手ですーっと流されてしまった。 キーンコーン あ、もうチャイムだ。 気がつくともう始業の時間だ。最近時間たつの早いのよね…… さっそく授業?まだ眠いよ…… ガラッ! 予鈴の後まもなくして教師が入ってくる。 担任の木村先生。若いくせに耄碌しているというのかもっぱらの噂。 よく連絡を忘れたりする。授業に来るのはいつもきっちりなのにね……へんなの。 「出席とるぞ、赤城……石田……遠藤……」 いつもどおり出席をとってる。毎日毎日聞いてると念仏みたいに覚えちゃうのよね……これって。 「高村……高村?高村秋人は休みか?」 (え?) 「欠席の連絡はないな……遅刻か?初めてだな……」 (秋人、欠席?遅刻?うそ……高校に入ってからずっとまじめにきてたのに……) すっかり更生したんだと思って安心してたら…… 後ろを見ると確かに秋人の席は空いたままだ。 そして、ふと気づく。 今まで空席だった秋人の隣の席に人がいるのを。 (あ、そうだった。転校生がいたのよね。拓也君――秋人の……友達?知り合いとか言ってたけど、友達よね、やっぱ。) 振り向いた私に気づいたみたいで、拓也君はちょっとだけ手を振ってくれた。 うーん。気が利くなぁ。やっぱりいい人ね。 こりゃ女どもがほっとかないわ。 「藤木」 (あ、よばれてる。) 「はい。」 「おっ、ちゃんとホームルームに間に合ってるじゃないか。今日は迷子にならなかったのか?」 木村先生が声をかける。 さすがに転校生には気を使っているらしい。クラスから孤立しないように――って。 でも彼ならそんな必要なないと思うけど。 「残念ながら。何とか覚えれましたよ。まあ……危なかったですけどね……」 堅くない、しかし図々しくない挨拶。 繊細に相手に対応する笑み。 やっぱり彼も天性の才能――なのかしら? (でも秋人はこういう人、好きくないはずだけどなぁ……なんなんだろう、この二人の関係は。) 次々と出席をとる木村先生をよそに自分の考えに浸っている私でした。 そして…… 結局、秋人はホームルームには来なかった。 事件のあった朝。 秋人がいない朝。 それが始まりの日でした。
ぜんぜんおちてませんね……ごめんなさい……
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