「30口径フルメタルジャケット」
 鈍く輝く、少しひしゃげた鉛玉を見つめて男がつぶやく。
 植谷工業本社ビル――3階――

 湿度を増し始めた空気を太陽の光が容赦なく蒸し始める。
 夏――
(まだまだ、いや……もう少し先のはずなのに、相変わらず夏の気配は強いな……)
 消防士、鑑識、刑事――様々な職業の人間が入り乱れる現場で、その男の考えていることはいわばそういった職業とはあまり関係のない、どちらかといえば日曜日にでも感じていればいいような人間くさい内容だった。
 目の前に横たわる、血みどろの死体を目の前にしても、だ。
「朝倉警部。」
 若い、まだまだ新人といった感のある青年が男に声をかける。
「北條。どれだけ見つかった?」
 朝倉――と呼ばれた男は、指で硬い鉛玉をもてあそびながら彼の方には顔を向けず、自らの必要としている情報だけを要求した。
「とりあえずこのあたり、3階だけ探してみましたが、11発……ですね。今のところ。4階でも明らかに発砲のあとがありますし、特に7階は部屋の半分が吹き飛んでて調査は難航しそうですよ。」
「そうか……」
 朝倉は、だからどうというわけでもないように返事をして北條の方を向いた。
「これで12発目だ。」
 ピン、と親指で鉛玉をはじく。北條はあわてて何とかそれを受け取った。
「警部……勝手に証拠物品をいじらないでくださいよ。どこから持ってきたんです?鑑識のほうから文句言われるの、いつも僕なんですからね?」
 両眉をよせて北條が注意する。
 警官という職業において、その立場というのは階級により大きく変わる。刑事とはいえ20代の若造が経験豊富な警部に今のような態度をとることはまずあり得ない。しかし、その図式が成り立っているということは朝倉かもしくは北條が一般の警官の範疇に入っていないということになる。
「弾丸の種類は?」
 北條の愚痴にも全く反応することなく、朝倉はやはり自らの要求だけを述べた。
 それに対し、北條はため息をついてあきらめたように――いつもの事のようである――手帳からメモを探し出す。
「えーっとですね、メタルジャケット9ミリパラベラム2発。メタルジャケット40S&W5発。フルメタルジャケット7.62ミリが……これを入れて5発ですね。ただし、自動拳銃用の空薬莢は14個見つかってますけど。」
 先ほど受け取った鉛玉をつまんで示し、答えた。
「ほーう。」
 朝倉は何か感じ入ったように声を出した。
「それは3階だけなんだな?」
 もう一度問う。
「そうです。まだ上の方はみてませんよ。それに窓ガラスにも弾痕がありますし7階の状況もああですし、正確に発砲数を割り出すのは難しいかもしれませんね。」
 聞きたいことしかしゃべらない朝倉と、必要とされていること以上にしゃべる北條。彼らのコンビネーションはかなりでこぼこであるようで、しかしなぜかうまくマッチした感もある。もちろん、彼ら自身には気づかないことだろうが……
「おまえ、どう思う?この事件。」
 朝倉は問う。北條はそれに対し、今までにない慎重さで言葉を探し出す。
 全くいつもは無愛想な朝倉の顔が、少し笑ったようにみえたから――
「……テロ、ではないような気がします。なんていうか、あざやかすぎます。うまく言えませんが、こう、空気が違うんです……今までみたような現場とは雰囲気が……」
 おそらくは北條は自分でもいいたいことがよくわかっていなかったのだろう。思いつくままに絞り出した自らの言葉に曖昧さを覚えて少しうつむく。
「根拠は?」
 朝倉はさらに問う。
「うーん。根拠といわれても、何となくそう思うだけで……」
 言葉に詰まる北條に対して、しかし不満を述べたりはせず、満足したように朝倉は告げた。
「十分だ。おまえはいいデカになれる。」
 それを聞き、北條は顔を上げて、はぁ?という表情を作る。
 まったく、この人の考えていることはわからない――
「?どのへんがです?自分でも言っててよくわからなかったんですが……」
「刑事にもっとも必要とされる能力。おまえにはその年でそれがある。この空気を嗅ぎ分けることができるなら……おまえはここで生きていく資格がある。」
「はあ……そうなんですか?」
 それを聞いてもあまりよくわからなかったという表情で曖昧に答える。
 そして、同じ質問を返す――聞かれたことは聞き返さねば。興味本位の人間の特質であった。
「警部はどう思ってるんです?何かわかったんですか?」
「『ここ』は――」
 少し違うか――
「いや……この状況は、限りなく『死』に近い。わかるか?これはテロでも戦争でもない。金や思想などといった目的が感じられない。いろいろな場所から情報が集められるが惑わされるな、この空気だけが真実だ。現場には常に真実がある。おまえには、言葉にできなくとも感じることはできたはずだ。これは――」
 朝倉は目を閉じて、いつになく饒舌な自分に気づく。
 この異常な世界を語ることができるのならば、やはり自分もそういった世界の住人なのだろう。理解に対し満足している自分の心を見つけ自嘲気味に笑う。
「これは、『死』以外の結果を必要としない……つまり暗殺、だよ。」
「暗殺?」
「そう。そして、とびきりのプロフェッショナルの仕事だ。殺すことが飯を食うこと程度にしか感じていない人間の、な。その男の弾痕をみたか?狂いなく急所を貫かれている。しかも状況から見て狙撃ではない。拳銃での銃撃戦で、だ。眉間の1発は最後だろうな。拷問にでもかけられたか……この日本では極めて手に入りにくい40S&W弾を使いその上で正確な射撃。明らかに弾丸は対人用に選んである。おまけにこの冷酷さ……これをやった奴はまちがいなく――」
「まちがいなく――何です?」
「本物の、暗殺者だろうな。」


(暗殺者……)
 その言葉が、北條にはよく理解できなかった。
 別にどうということもない、ありふれたその単語に朝倉がどれほどの意味を込めたのか、まだまだ経験の浅い北條にとってはわからないものであった。
「やはり、よくわからないのですが……」
 お手上げのつぶやきに対し、朝倉は明確に、そして残酷に告げた――



「理解しろ。でなければ――おまえは死ぬ。」





Lake DEATH "Revenge Edition" Episode 6: LEGAL ASSASSIN
 




「はぁぁ?単車で転んだぁ!?」

 昼過ぎにのろのろと教室に入ってきたバカは左腕を吊っていた。
 『夜中に事故って病院に行っていたらしい。』
 とは、拓也君の談だ。秋人が来てからそう言っていた。
 事情を知ってたんなら朝から言って欲しかったな。

「声がでかいって。恥ずかしいだろが。」

 そう言って、秋人はわざとらしく睨む。
 『それ』に害が無いことは経験でわかってるから私は臆さない。

「あんたの方がずっと恥ずかしいわよ。だっさ〜」

「おまえ……ホントむかつく女な。自覚してるか?」

「ん?かわいいって?」

「いっぺん死んでこい。」

 心底疲れた表情でそうつぶやく。額に手を当てたりなんかしてる。

(別に「これ」がどうってほどの意味があるわけじゃないんだけどね……)

 いつも通り、一方向のコミュニケーション。
 何も考えずに口げんかしてるだけの私たち。
 誰とも馴染まない彼との、私のできる唯一のつながり方――

『寂しいのよ。』

 いつだったか、洋子はそう言った。
 もう私にもわかる。いくら強くても、強がってても、秋人の心は病んでる。
 もう、ずっと前から。
 「荒んでる」のとは違う、「病んでる」んだ。中学時代荒れ放題だった彼を見て、そして今の彼を見てそう気づく。
 思うがままに身体が動いたあのころとはもう違う。
 彼の心が、身体と感情を縛り付けてる。
 「成長」って、一言で言っていいのかしら?
 表情はいつも不安定でいらいらしてるか、それか「泣きそう」かどちらか。
 私に何かできる?
 彼の、数少ない友人でいてあげられる?

 秋人のこと、誰よりも知ってるつもりなのって傲慢なのかな?
 中学から友達のいない彼の一番近くにいたのは私で、気がつくとずっと彼のことを考えてた。
 乱暴で、すぐ殴る。下手すると骨とか折っちゃう。
 ナイフみたいな男の子だった。
 でも本当はガラスみたいで、砕けてしまいそうで、とても触れられない。
 いつからか、離れられなくなってた――

『好き、ねぇ……たぶんそれはホントだろうけど、でもそれは「母性本能」に近いと思うよ?恋や愛より母親の心境に近いんじゃない?同い年だから全部ありかもしれないけど……普通の恋心とはちょっとずれてるかも。』

 いつか洋子にもらしたときにそう言われた。どこか天然っぽい雰囲気があるくせに、ものすごく鋭い指摘をする。
 そう言われたらそうかもと思うしかない。
 今でも「好き」かどうかわからない。
 洋子の言う母親云々かどうかも。

(私は……)

 言葉なんてもしかしたらどうでもいいことなのかも。
 とにかく今は彼を守ってやりたい。
 そう。彼が、彼自身を壊してしまわないように。


「?どした?」

 少しいっちゃってたらしい私に秋人は怪訝そうに声をかけた。

「別に……いつまでも秋人ちゃん子供だから母さん心配だわぁ、って。」

「……おまえ、最近ちょっとおかしいな……頭が。医者行って来い。良い医者紹介しようか?精神科の。」

 いつも通りのコミカルな会話。
 なんの意味もない。
 これが彼に対する治療とは思えないけど、でも「痛み」は和らげてあげられるつもり。苦痛を忘れられるはずのひとときを。

 今日は見た目からして疲れてる。
 何があったのかわからないけど、絶望とはまた違う、疲労が浮かんでる。

(もう帰りなさいよ。寝ててもいいわよ。見てるの辛いから……)

 いつもと何も変わらない、いつも通りの学校。
 ただ秋人が疲れてて、それから拓也君が加わって。
 何が違うの?
 いつも通りの、でも何かが違う、それこそ言葉にはできない何かがここにはあった。
 それがなんなのか、私にはわからなかったけれども、でもそれはとても大事なことなんだろう。
 わかるのは秋人と……それと拓也君?
 彼らは「何か」違う。私たちとは何かが。

 これから、静かに始まっていくの?
 彼らの物語が――







「暗殺者と殺し屋と、それから人殺しの違いがわかるか?」
 パトカーを運転中の北條に、後部座席の朝倉が不意に質問を投げかける。
 ついさっきできたばかりの対策本部へ移動している途中のことだった。
「……なんか、簡単なようで難しい質問ですね。」
 とりあえず答えずに朝倉の言葉を待つ。彼なりに賢いやり方だった。
「だな。だが質問と言うより、殺す方の人間をはっきり分類しておけと言うことだ。」
(……なるほど。)
 殺す方の分類……そんなこと、今まで一度も考えたことはない。
 人殺しは人殺し。いかな理由であろうと殺人は罪だ。
 それが北條の、刑事という職業でのなんでもない概念だった。
「暗殺者と殺し屋は職業的殺人者。人殺しは……私情で殺してしまう者と前者を含んだ分類……?」
 思いつくままに答える。
 朝倉には論理的判断が一番通じやすい。今回もその線で考えた。
「惜しいな。70点くらいか……しかし肝心の『暗殺者』は殺し屋と同分類か?」
 いつになく朝倉の話し方は軽い。何かそんなに良いことでもあったのか……
「だめですか?雇われて人を殺してるんですから同じだと思いますが……」
「確かにそうだがな。しかしはっきり違う点がある。」
「……なんですか?わかりませんが……やっぱ僕は死にますかね?」
 現場で言われたことを言い返す。上司から「死ぬ」などと言われればそうそう忘れられない。
「そうなりたくなくば理解しろと言ってる。暗殺者は殺し屋とは全く違う。」
 朝倉から、冷たい空気があふれ出る。
 北條は表には出さなかったが、心では身震いをしていた。
「暗殺者を職業的殺人者、と言ったな。そうかもしれないが、本質は違う。職業的、とは賃金を得ることを前提としているが、それは殺し屋のことだ。私が分類するなら、暗殺者とは、命令を遂行するためだけに存在し、そしてその命令は殺人ばかりの、そういう忠実な人物だ。利益があろうが無かろうが、必ず命令通り殺す。たとえ自らの命を放棄してでも、だ。殺しのプライオリティが常に最高になっている奴らのことだよ。」
 ……
「例えば、どんな人間なのです?」
 朝倉のように、分類できるほど人殺しを北條は知らない。
 知識がなければ理解もできない。それは彼にもわかっていた。
「そうだな……例えば、よく映画で出てくるような軍の特殊コマンドがそれに近いか?おまえの知っている中では。自らの精神を抑えて命令を遂行できる人間だ。その殺し専門の連中。」
(…………)
 例えは例え。何となく置き換えでしか理解はできないが、一応は理解できただろう。
 北條は自分にそう言い聞かせた。
「じゃあ、今回の殺しもそんな機械みたいな連中が?」
 映画の一シーンを思い出して、何となく「機械」という言葉を使う。
「だと思っている。ただ、大勢ではないな。ごく少数だ。多くても数名、おそらくは2名前後だろう。」
 精密に数字をはじき出す朝倉。なぜそれがわかるのか、それこそ北條にはわからない。
「……なんだか……警部も暗殺者みたいですね。そういう人種のことがよくわかるっていうか……」
 思いつくままにそうもらした。とんだ失言だろうが、たぶん朝倉はそれに感情で反応しないだろうことは何となく気がついていた。
 そして、期待すべきでない言葉を予想通り聞くことになった――



「わかってきたな。そう、私は刑事の名を借りた合法的な暗殺者なのさ。」



 



 ごぶさたです。しかし成長してません(大汗)。努力します。
 タイトルに"Revenge Edition"がつきましたが、ストーリーの方向性が僕の中で変わったので変えてみました。
 名前は特に内容には関係ないですが、阿呆な僕自身への復讐という意味です。
 補足説明として、30口径=7.62mmです。兵器に詳しくない人、相変わらず申し訳ありません。
 それから「北條」は「きたじょう」です。「ほうじょう」ではありません。では、また次回に。
 
June 26, 2000 - hujiki

( Back / Next / Room / Home / Mail )


inserted by FC2 system