いけないよゲンドウくん


第二症 「撒き餌の価値」
                                               (私の欲しいモノは……碇君)



「ねえねえ聞いた?」

亜麻色の長い髪に紅いヘッドセットを着けた少女が、白いヘッドセットを着けた少々疲れた
感じの少年に声をかけた。

「何?」

ちょうどシンクロテストを終え、更衣室に行く途中で声をかけられたシンジは、いかにも
お義理で聞いていますという感じで聞き返してくる。
アスカはちょっとムッとした様子を見せたがすぐに続ける。


「ぼけぼけっとしたシンジが知らないのも無理ないか。
 い〜い、今度ミスNERV コンテストが開かれるの。アタシはいやなんだけど、ある人が
 ぜひ君に出てほしいというからしかたなく出てあげるのよ」


少し声を低くして

「それに賞品が凄いのよね」

「ふ〜ん。賞品て何なの?」

「エー……、いや……、その……、とにかく凄いモノよ。
 どっちにしろ男のアンタには関係ないでしょ、ミスコンなんだから」

「そりゃそうだけど……(なんだよ、アスカから話をふったくせに)」


腰に手をあて、胸をはってアスカが言う。

「とにかく、アンタのすべきことはわかるわね?シンジ」

「何?」

「あんたバカァー。アタシに票をいれることに決まっているでしょ。
 それから、アタシの美しさを理解していても投票することを恥かしがっている人が、大勢いる
 はずだから、アンタはそういう人の後押しをそっとしてあげるのよ。
 わかるわね?シンジ」

「…………」

わかるわね〜

「わ、わかったよ、アスカ」

「わかったらさっさと行きなさい」


シンジを蹴飛ばして追い立てた後、アスカはそっと溜息をつく。

「あぶなかった〜。賞品がエヴァのエースパイロットの座、すなわちリーダーの座なんて
 知ったら、いくらボケシンジでもどうでるかわかんないもんね」

三人しかいないエヴァのパイロットのエースの座がミスコンの賞品になるとは考えにくいが、
舞い上がったアスカが気付くはずもない。

「さ〜て、私も根回しに出発しよ」

長い髪を揺らしながらアスカが走り去った頃、発令所にもミスコンに魅入られた女性が……。



【発令所】

「リツコ〜、知ってる〜?」

いかにも忙しくて不機嫌といった赤城リツコ博士に声をかけられるのは、もちろん、葛城ミサト
三佐だけである。


「いったいなんなの、ミサト」

興味は示さず、しかし、しっかり応対だけはしている。
片手にもったコーヒーカップが内心の苛立ちをうつしてプルプル震えていたりする。

「ミスコンやるんだってさ〜。賞品が凄いらしいよ〜。
 私もね、出ちゃおうかな〜なんてさ」

「年、考えたら」

カチン(byミサト)

「私は華の20代よ。………(ニヤリ)
 あ、ごめ〜ん。考えてみればリツコには関係無かったわね」

「何でよ?」

「だってリツコは30さ…、あ、ごめ〜ん気にしないで」

こめかみをピクピクさせ、コーヒーカップの揺れが遠目に見てもわかるほどになる。
発令所の面々がハラハラしながら見守っている。

怖いほどに冷厳な声でリツコが言う。

「賞品は何なの?」

「人よ」

「人?」

「そう。好きな人ご指名で何してもいいんだって」

「………ミサト、私たちは今からライバルよ」

ゲンキンなやつ

小声でのつぶやきは、当然、リツコの耳には届かない。

「(司令……はぁーと)」


「不潔。でも、私が勝てば先輩がもらえる」

伊吹マヤ嬢の目はパスケースの中の写真に注がれている。
静かな決意を秘めながら…。


「「(おれも女装して出ようかな)」」

オペレーター二人がバカなことを考えている中、三人の女性はこれ以上はないくらいに
燃え上がっていた。



そのころ、更衣室を出たシンジは結構悩んでいた。

「言うとおりにしないとアスカ、怒るだろうなあ〜。でもアスカに票をいれたいけど恥かしが
 ってためらっている人、なんてどうやって探せばいいんだろう。
 聞いたところで答えてくれるわけないし……」

独り言を言いながら角をまがった所でいきなり人とぶつかりそうになった。

「ご、ごめんなさい」


頭を上げたシンジの目に映るのは、空色の髪と紅玉の瞳。

「あ、綾波。本当にごめん。今帰りなの?」
「ええ」

ほんのちょっと恥かしがっているように見える。

「(どうしたのかな?綾波、すごく可愛く見える)」

「(碇君の顔がこんなに近くに。何故なの?胸がドキドキして落ち着かない)」

ぶつかりかけた体制からまだ距離をとっていないため、ほんのちょっと前にでればキスできて
しまいそうだ。やっとそのことに気付いたシンジが距離をおく。

「あ、綾波もミスコンに出るの?」

気まずさから今さっき悩んでいたミスコンの話題をふってしまった。


「ミスコンて何?」

「ぼくもよく知らないけど、水着着てインタビュー受けたりみんなにアピールして自分の美しさ
 や知性を評価してもらうことだと思うよ」

「私には関係ないわ」

「そんなことないよ。綾波、可愛いもの」

「何をいうのよ」

照れてることがシンジにもありありとわかる。


「(こういう所が可愛いんだよな。アスカも見習えばいいのに)」

その時、シンジの内心を読みとったかのように後ろからすさまじい殺気が立ち上り、シンジは
身が竦んで動けなくなった。

「シ〜ンジ〜、票集めにいかせたのにライバル増やしてどうすんのよ」

ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ、ビンタ


「もういいから帰るわよ。それからファースト」

「私はレイよ」

「そんなこといいから聞きなさい。い〜い、あんたには絶対負けないからね。
 シンジも賞品もあんたには渡さないから」

アスカは自分の言ったことに気付いてないが、横にいるシンジは真っ赤だ。

「(僕を綾波に渡したくないってことは、アスカはもしかして僕のこと好きなのかな?)」


「ほらシンジ、何をぼけっとしてるの。帰るわよ」

「うん、アスカ。それじゃ綾波、また明日ね」


駆けていくシンジを見送りながら、暗く沈んでいく少女。

「(碇君はあなたのモノじゃないって、何で言えなかったんだろう)」

「碇君、嬉しそうだった」

声に出してみたら、なんだか胸が痛くなってきた。

「(さっきのドキドキは幸せな感じだったのに、今は痛いだけ。痛い?、いいえ、せつないの)」

「私はどうすればいいの?」

答えるもののいるはずの問い……。


「ミスコンに出なさい」
答えるものがいた。


「葛城三佐」

「もうちょい驚いてくれない。ったく、張り合いのない子ね。
 まあ、いいわ。い〜い、ミスコンの賞品はなんと人よ」

「………」

「わかってないのね。シンジ君がもらえるのよ」

目を見開いて身をのりだすレイ。


「出る?」

ものすごくいやらしい、ニタリという形容がぴったりの笑いを浮かべるミサト。

「命令なら」

「素直じゃないわね。まいいわ、命令よ、レイ。あなたはミスコンに出ること」

「ハイ」

うれしそうなレイを後に残して歩き出すミサト。

「三角関係はラブコメの基本よね。どうなるか楽しみ、楽しみっと。」




【某所】

「なるほど、好きなモノがもらえるが、アスカ君にはエースパイロットの座になり、葛城君には
 人になったわけかね」

「ええ。人になった時点で出場者が急激に増えましたよ」

「そろそろ次のステップに移りたまえ」

口元で腕を組んだ男からはじめて声が出された。

「了解」

無精ヒゲの男がゆっくりと部屋を出ていく。



「碇、本当にいいんだな?」

「ニヤリ」




静寂がその部屋を支配した。





(続く


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