か・げ・ろ・う

第十話 終わりが始まるとき(前)
 
 
 
 
 
 
 

湧いて出たとしかいい様のない使徒の出現に、発令所は蜘蛛の子をつついたような混乱に巻き込まれていた。何しろチルドレンどころか、作戦部長も居ないのだ。唯一本部と言うより、シンジの元につめていたレイだけが、赤木リツコの手配で逸早く出撃準備を整えていた。それにしても、出撃命令を出すべく葛城ミサトが現れない事には、出撃もままならない状態であった。

もちろん、彼女の上司に当たる冬月やらゲンドウが指示を出す事も可能なのだが、いかんせん戦闘指揮に関しては素人であり、攻撃方法も分からない相手に対して、手を出しあぐねていると言うのが現状だった。

一方の使徒は、そんなネルフの混乱を知ってか知らずか、まさに光の輪と言った様子を見せながら、上空で悠々と旋回などしていたりする。もちろん威嚇的に行われる戦自の攻撃など、その行動に何ら制約を加えうる物ではなかった。

じりじりとする時の流の中、最初にもたらされた報告はセカンドチルドレン到着の知らせだった。そしてそれから5分の時間が経過して、葛城ミサトが発令所に到着した。弐号機発進の作業指示を出しながら、リツコは一番遅くなったミサトにちくりといやみを言った。

「葛城三佐、遅いわよ。
 アスカより遅くなるのなんて、一体どういうつもり?」
「ごめん、いいわけはしないわ...って、アスカの方が早く着いたのぉ?」

さすがにこれは意外だった。アスカの行き先を知っているミサトにとって、彼女より遅くなるとは考えられなかった。しかし今はその理由を追求するのより、目の前の使徒に対するのが先である。ミサトはそう瞬時に気持ちを切り替え、モニタを見つめているリツコに、エヴァの状況を尋ねた。

「零号機、弐号機の状況は?」
「零号機は直にでも出撃可能よ。
 弐号機は後5分待って」

そのリツコの言葉に、瞬間ミサトは5分と言う時間を計算した。このまま5分間、使徒が何もしないで上空で旋回していてくれると言う保証はどこにも無い。ならば牽制の意味も込めて、零号機を先に出撃させるかと。

「了解、レイ...聞こえる?
 先に出て使徒を牽制して。
 直にアスカも出すわ」

そのミサトの言葉を待っていたように、作業は開始され。軽い破裂音を残して、零号機はカタパルトから射出されていった。

その間、ミサトは戦自によって行われた威嚇攻撃で得られたデータを見た。しかしそこからは使徒の攻撃力・防御力を示すデータは何も得られなかった。それどころか、MAGIによる分析の結果からも、使徒の特徴であるコアの存在すら認められなかったのだ。

「攻撃力・防御力、それどころかコアの存在も不明...
 こいつはちょっち一筋縄ではいきそうも無いわね」

無意識の内に爪を噛んでいたミサトは、使徒の映し出されたスクリーンを見つめながらそうつぶやいていた。空中に浮かぶ使徒は、零号機がその姿を現した後も、何ら変化を見せる事無く、相変わらず空中で旋回運動を行っているだけだった。

「レイ、アスカが出るまでそのまま様子をうかがっていて」

動いてくれないのなら、それはそれで好都合である。仕掛けるのはこちらの戦力が整ってからで良い。そう考え、ミサトは指示を出したが、状況はそうは簡単に彼女の思惑を許してくれなかった。

「いえ、来る!」

モニタごしに、レイのその言葉が聞こえてきた瞬間、一つの光の輪の形をした使徒がその姿を変えていた。切れ目の無い光の輪だった使徒は、その一ヶ所がちぎれると、一本の光の帯となって零号機へと殺到したのだ。それはまさに一瞬の出来事、発令所の誰も声を上げるまもなく光の帯となった使徒は、零号機のATフィールドをものともする事無く、零号機の腹部−丁度コアの有るところに−突き刺さった。

「使徒、零号機と融合を始めています」

その途端、MAGIからは狂ったように警告が上げられる。モニタに映し出された零号機のデータには、使徒の侵食を示す赤い印が腹部を中心に広がり始めていた。

強烈な違和感を腹部に感じたレイだったが、それでも何とか反撃に転じる事が出来たのはさすがと言うべきだろう。彼女は、零号機の腹に食いつき、その身体をのたうたせている使徒を掴むと、そこにパレットライフルの銃弾を叩き込んだ。しかし至近距離から行われたその攻撃も、使徒の身体に傷一つ付ける事は出来なかった。更に零号機の腹部奥深くに食い込んでくる使徒の動きに、零号機は手に持ったライフルを取り落していた。レイはお腹に感じる不快感に、両腕でその原因を取り除こうと力を込めたが、却って使徒を掴んだ事で、そこからもまた使徒の侵食を受ける結果となっていた。

「使徒の侵食...5%を超えました」

息吹マヤは悲鳴のような声で、状況を読み上げていく。すでに零号機と使徒の戦いは決しており、使徒から受ける侵食をどこまで零号機が耐えられるのかと言うところに来ていた。今の零号機に状況を変える力はすでに無い。この状況を変えうるとしたら、それは弐号機の働きしかないのだ。

モニタ上にはレイの歪んだ表情が映し出されている。誰もが使徒の浸食により、レイが苦痛を感じている物だと思っていた。しかし、レイの心理グラフを追っていたリツコだけが、その異常さに気がついていた。

『レイが性的興奮を感じている?』

頬をうっすらと上気させ、潤んだ瞳で前を見つめている姿は、リツコの観察の正しさを物語っていた。

丁度その時、弐号機出撃準備が出来たと言う知らせが伝えられた。ミサトにとって、その知らせこそ、待ち望んでいたものだった。

「アスカ、直に出て。
 零号機から使徒を引きはなしてちょうだい」

モニタの向こうに映った、赤いプラグスーツを着た少女は、その言葉に小さく肯いた。その瞳には確かな決意を秘めて。しかし、零号機の状況に気を取られていたミサトは、アスカの瞳に浮かんだ悲壮なまでの決意の色を見落としていた。
 
 



***





カヲルのおかげで逸早くパイロットルームに飛び込んだアスカは、プラグスーツに着替えようと、ワンピースのボタンに手を伸ばしたところで、不埒な存在がその部屋に居るのに気が着いた。彼女と一緒に駆け込んできた渚カヲルが、有ろう事か女子パイロットルームに入り込み、あまつさえ、これから着替えを行おうとするアスカを凝視しているのだ。アスカはボタンを外そうとしたその手を止め、その無礼な存在に向かって罵りの言葉を吐いた。

「あんた、そんなところで何をしているのよ。
 これからあたしが着替えるんだから、とっとと出ていきなさい。
 この痴漢、変態男!」
「ああ、そうだったね。
 こういう時は男の方も脱がないといけなかったね」

アスカの言葉も一向に堪えた風も無く、カヲルはそう言って自分の着ていたシャツのボタンに手を掛けた。その瞬間、何か硬い物がカヲルの頭を直撃した。それはロッカーの中に備えつけられていた物置用のトレイだった。

「こんな物を投げたら危ないじゃないか。
 分かったよ、脱いでいるところを見られるのが恥ずかしいのなら目をつぶって居てあげよう」

そう言ったカヲルを、次のトレイが襲った。

「馬鹿、スケベ、変態っ!
 とっとと出ていきなさい。
 次はそんな物じゃ済まないわよ」

さすがにアスカが持ち上げていた物に、カヲルも冷や汗を浮かべざるを得なかった。アスカは、どこにそんな力が有るのかと思わせるような怪力で、ベンチを抱え上げていた。

「さ、さすがにそれはシャレじゃすまないよ。
 わ、分かったから、その重そうなベンチを下ろしてくれないかい。
 その代わりと言っては何だけど、おとなしく外で待っているから」
「ど、どこが代わりなのよぉ。
 それが当然の事じゃないのよ」

少し肩を上下させながら、アスカはベンチを下ろすとカヲルをにらみ付けた。しかしその使徒をもにらみ殺そうと言う視線も、カヲルの前ではその効果は薄い様だった。

「このまま発令所に行っても良いんだけどね。
 君にはまだ僕に用が有るんだろう?
 その話を聞いてあげようと言うんだよ」

意外な指摘に、アスカの瞳は戸惑いの色を浮かべていた。

「ど、どうして...」
「僕は君の事を見ているからね。
 君は戦いよりも、別の事を気にしている。
 だから君の用と言うのも分かっている。
 シンジ君をエヴァに乗せない様にして欲しい。
 違うのかい?」

すでにカヲルの顔には、先程までのにやけた表情は浮かんでいなかった。そしてその赤く、全てを見通すような瞳はアスカへと向けられていた。

「ど、どうしてそれを...」
「何、簡単な事だよ。
 君はシンジ君を愛している。
 だからこそ、シンジ君を助けようと頑張っている。
 しかしシンジ君の症状は、もうぎりぎりのところに来ている。
 この次エヴァに乗ったら、それが最後になるかもしれない。
 しかしシンジ君が自分の意志でエヴァに乗る事を選んだ時、
 ネルフの大人達はそれを止める事が出来ないからね。
 だからその役目を僕に頼もうとした。
 違うのかい?」
「私はシンジを愛してなんか居ない...」

辛うじて吐き出した言葉は、辛くアスカの心を削りとって行く。それでも自分のシンジへの思いは、言葉にしてはいけないと自分の心に言い聞かせていた。

「頼み自体は否定しないんだね。
 いいだろう、その方が僕には都合が良い。
 君の頼みを聞く代わりに、僕にも条件がある」
「何よ...」
「僕の物になるんだ。
 君がこれからしようとする事を邪魔するつもりはない。
 むしろ手伝っても良いと思っている。
 その代わり、君の愛情は僕に向けるんだ。
 シンジ君を愛していないのなら、別にかまわないだろう」
「どうしてあたしなんかにそんな事を言うのよ...」

アスカは自分が震えているのに気が付いていた。カヲルの言う事は理解できる。確かに自分はシンジを愛していないと断言した。しかし、だからと言って代わりの男に気持ちを向けると言う事は出来そうには無かった。それに何故自分なのか。見た目にも中身にも自信は有る。だからと言って、逢って間もないこの少年が自分に執着する理由が納得がいかないのだ。

「アスカ、君を気にいったから。
 それ以上の理由は必要ないと思うけどね。
 それに未練じゃないかい?
 シンジ君の横には綾波レイが居る。
 そこに君の居場所ないと君は思っているんだろう?」

アスカは、心の内を正確に指摘するカヲルに恐怖を感じ始めていた。

「わ...私が好きなのは...加持さんなの...
 だ...誰が...あんたなんか...」
「僕にそんな嘘は通じないよ。
 だが、いい...
 ならば僕はここには用はない。
 これから病室に行って、シンジ君の側に居る。
 君たちが危ない様なら、彼を手伝ってエヴァに乗せてあげよう」
「卑怯よ...」
「君の答え次第だよ...
 でも、さっきのが答えだとしたら、交渉は決裂だね。
 着替えの邪魔のようだから、僕は退散する事にするよ」

カヲルはそう言うと、ドアのスイッチに手を触れた。軽い空気音とともに、パイロットルームの扉が開き、渚カヲルは、振り替える事も無くそこから歩き出そうとした。しかし、それをアスカの声が押しとめた。

「お願い...シンジを乗せないで...
 あなたを愛するようにするから...」
「それでいいのかい?」
「約束を守ってくれるのなら...」
「なら一つだけ聞かせてくれるかい?
 君は誰を愛しているのかい」
「あなたの言うとおり...シンジよ」

ほんの少しだけ間の空いたアスカの答え。そこに込められた思いに気付かぬカヲルではない。彼はその答えに満足したようにアスカの元を離れた。空気音を立てて扉が閉まると、渚カヲルはアスカとの約束を果たすために、シンジの居る病室へと向かった。

「ガラスの様に繊細な心だね。
 シンジ君、君は彼女の思いにどう答えるんだい。
 出来るなら僕の期待を裏切る真似だけはしないで欲しいな」

一度立ち止まったカヲルは、アスカが居る部屋に向かってそうつぶやいた。そしてもう一つ、思い出したようにつぶやいた。

「アルミサエル...
 その心にコアを持たない物。
 彼女たちに倒すことができるのだろうか」
 
 



***






零号機の腹部に突き刺さった使徒の姿は、陵辱者そのものであった。脈動する使徒の体は、力任せに零号機のより深みへと進んでいこうとするかのようだった。弐号機の発進準備が整い、地上に現れるまでの間、ネルフはただその姿を見ていることしかできなかった。

そして零号機に物理融合を始めた使徒の影響は、零号機にシンクロしているレイに現れた。外見上何ら変わったところはないのだが、レイは全身に虫が這い回るような錯覚を覚えていた。初めはむず痒く感じたその感覚も、使徒の浸食が進むにつれてレイにとって違った物へと変貌してきた。ある意味彼女にとって初めての感覚、レイは下半身にしびれるような感覚を味わっていた。そしてそれと同時に、零号機とシンクロした彼女の心に触れる、何者かの姿が有った。

『寂しい‥‥?』

そう問いかけてきた物の姿は、ぼんやりとしてはっきりしなかった。

『寂しい‥‥?』

そう問いかけながら、その影はレイの体を抱きしめるような行動をとった。その影の行動に、レイは思わず身を固くして、拒否の気持ちを現した。

『僕と一つにならない‥‥?』

次第にはっきりとしてくるその影の姿。そして影は、プラグスーツの上から、レイの乳房を優しく揉みしだいた。レイは影のその行為を振り払おうと、手をあげた。しかし次の瞬間、凍ったようにその手が動くことはなくなっていた。はっきりとしてきた影は、碇シンジの姿をとり、レイの首筋に舌をはわせたのだ。

「ふわぁ」

図らずもレイの口から、熱い吐息が漏れる。目の前に現れた存在がシンジでないことは言うまでもないことだった。それでも、レイの心の中に形作られたシンジの虚像から与えられる愛撫に、レイの幼い性感は強い刺激を受けていた。

『僕と一つにならない...
 それはとても気持ちのいいことだから...」

そう言いながら、レイの中に現れたシンジはプラグスーツの上からレイの胸を愛撫するのをやめなかった。

『なにも悩むことはないんだよ。
 それはとても気持ちのいいことなんだ』

形にならないレイの抵抗に気をよくしたのか、シンジの形をした者はその指をプラグスーツの上で滑らせていく。その手が、プラグスーツのスイッチに触れたとき、ようやくレイははっきりと拒絶の行動を起こすことができた。レイは何とか身をよじり、スイッチを押そうとしたその手を振り払うことに成功した。

「‥‥碇君は‥‥こんなことをしない‥‥」

何とか振り絞った声は、シンジの形をした者に拒絶を示した。しかし、レイの心の中に現れたシンジは、にやりと笑うとレイを自分の方に引き寄せた。そして自分を押しのけようとしているレイの耳元に口を当て、ぼそりと囁いた。

『僕は君の願望を具現化した物なんだ。
 今の僕の姿は君の願望そのものなんだ。
 そして、僕の行為は君が望んでいることなんだよ』
「‥‥私の願望‥‥?」
『そう、君は僕にこうしてもらいたいと思っている』
「‥‥私は‥‥碇君と一つになりたい‥‥?」
『そう、君は僕と一つになりたいと思っている』

レイから見えないところで、碇シンジの顔をした物はにやりと笑った。自分を押しのけようとしていたレイの力が弛んでいるのだ。シンジの顔をした物はもう一度、レイの手首に有るスイッチへと手を伸ばした。今度は何の抵抗もない。彼がそのスイッチを押すと、レイの着ていたプラグスーツは音を立ててその戒めを解いた。

『君は、自分の心に素直になるべきだよ。
 碇シンジを独占したい。それが君の本心のはずだ。
 だからセカンドチルドレンが彼の元に居るのは辛いはずだ』

シンジの顔をした物は、そう言ってレイのプラグスーツを脱がしにかかった。すでに、レイの上半身隠す物はなく、雪のように白い肌と、柔らかな膨らみが露わになっていた。

「‥‥碇君と一つになる‥‥それが私の望み‥‥」
『それを叶えるために僕は居る』

淀みなく動くその腕は、レイからプラグスーツの戒めを解くのに時間はかからなかった。すでにレイの着ていたプラグスーツはLCLの海の中を漂い、彼の目の前には一糸纏わぬレイの裸身が有った。

「‥‥身も心も‥‥碇君と一つになる‥‥」
『そう、これから僕と一つになることで』

シンジの顔をした物は、そう言ってレイの小高い双丘を揉みしだき、その頂に有る薄桃色をした蕾を口に含んだ。そしてもう一方の手は、無駄な脂肪の全く付いていない腹部を滑り降り、その下に有る豊かな張りを持った命の源にたどり着こうとしていた。

『僕は君と一つになる。
 君はもう、セカンドチルドレンのことを気にする必要はないんだよ。
 邪魔な彼女は、もうすぐ居なくなるからね』

すでに勝利を確信していたのだろうか、シンジの顔をした物は饒舌に言葉を続けた。薄桃色をした蕾を啄んでいた舌は、その目標を命の源に変え、レイの身体をなめ回すように滑り落ちていこうとしていた。しかしこのとき、歓喜に震えているはずのレイの顔には、すでに感情の色はなくなっていた。

「でも、あなたは碇君じゃない!」

レイの股を押し割ろうとしていたシンジの顔をした物は、レイのその言葉と同時に蹴り飛ばされていた。なにが起こったのか、とっさに理解できないそのものが間抜けた顔をしている前に立ち上がったレイは、すでに白いプラグスーツを身に纏っていた。

「あなたは碇君じゃない」
『僕は君の中の碇シンジだよ』
「確かにそうかもしれない。
 でもそれは現実の物ではないわ。
 私の求める碇君は、あの人のことを見捨てるようなことはしない」
『碇シンジと一つになりたくないのかい?』
「あなたの言葉は私の心を動かさない。
 あなたの行為に私はなにも感じない。
 あなたはここに居てはいけない存在。
 あなたが居ると、碇君が苦しむことになる。
 だから私はあなたを排除する」
『君には僕を殺すことはできないよ。
 だって僕は君の中の碇シンジなのだから』
「私の中の碇君を殺すことになっても、私はあなたを許さない。
 だって、碇君は私が護るもの‥‥」

固い意志を秘めた赤い視線が、シンジの姿をした物を射抜いていた。
 
 



***






地上に現れた弐号機の目の前に有ったのは、使徒にとりつかれている零号機の姿だった。零号機は自分の腹にとりついた使徒を必死で引き離そうとしている。その姿に駆け出そうとした弐号機よりも速く、使徒は行動を開始していた。使徒は零号機にとりついているのと反対の端を、弐号機に向かって飛ばしてきたのだ。そのあまりにも素早い攻撃は、零号機と同じように弐号機もとらえられるかと思われた。しかし、調子を取り戻しているアスカは、持っていたソニックグレイブを盾に、すんでのところでその攻撃をかわしていた。それでも使徒の攻撃はやむことなく、アスカの駆る弐号機はいきなり防戦一方へと追い込まれていた。それはアスカのスタイルではない。

「しゃれにならないわよ!」

口ではそう悪態をついてはいるが、とりあえずアスカにはまだ余裕が有った。何しろ相手の攻撃は単調なのである。今のアスカの技量を持ってすれば、かわすだけならそれほどの困難はなかった。しかしそれもかわすだけと言う断りがついた物だった。手に持ったソニックグレイブも、武器と言うより、盾としてしか役に立っていないのが現状だった。

気力の充実には問題無い。今の自分ならこの程度の使徒に遅れを取るとは思えなかった。しかし、ただ一つ問題があるとしたら、それは使徒に取りつかれている零号機の存在だった。自分が時間を掛ければ掛けるほど、零号機は何よりレイが危険に犯される事になる。それは直ちにシンジの出撃を意味しているのだ。カヲルに頼んでは居るが、それでも危険を犯すわけには行かない。そのためアスカは早い勝負を掛けるため、ソニックグレイブを捨てる事にした。使徒の攻撃をかわしながら、肩のウエポンラックからプログナイフを取り出すと、動きを止め、使徒の攻撃を正面から受けとめるため、左手を前に差し出した。

がしっと音が聞こえてくるような衝突が、弐号機の作り出す赤い壁と使徒の間で巻き起こった。弐号機はATフィールドで、使徒を受けとめる事に成功していた。弐号機のATフィールドに動きを止められた使徒も、反撃とばかりにATフィールドをじわじわと中和に掛かっていた。しかし、それはアスカの思惑通りで、使徒がATフィールドの中和を終え、再び弐号機に向かって進行しようとした時、その首ねっことも言うところを、弐号機の腕がむんずと捕まえた。

「捕まえたわよ」

使徒を捕まえた左手を中心に、使徒の侵食が始まっていた。しかしアスカはそんな事を機にする事無く、持っていたプログナイフを使徒に突きたてた。ライフルの銃弾も役に立たなかった使徒の身体に、プログナイフが突き刺さっていく。このまま使徒を解体してやろうとアスカが力を込めた瞬間、使徒の姿に変化が起こった。

零号機と弐号機のちょうど中間の位置、使徒の身体はぶくぶくとふくらみ始め、直にそれが人の形を取った。その姿はアスカだけではなく、発令所の誰もが信じられない人の姿を取っていた。

「なんでシンジの姿が現れるの」

目の前に現れたシンジは、苦痛にその表情を歪めていた。本物のシンジであるはずが無い、その姿であったが、アスカの気勢を削ぐのには十分な効果があったようだ。

使徒を掴んでいた弐号機の力が緩んだ隙に、使徒はその戒めから抜け出していた。そして、その際に弐号機の持っていたプログナイフが使徒によって弾き飛ばされていた。

このときアスカの行動にいささかの遅滞もなかったのはさすがと言うべきであろう。アスカはプログナイフがはねとばされた瞬間、弐号機にトンボを切らせて、その場からいち早く離脱させていた。

こうして使徒との戦いはしきり直しとなったのだが、状況はネルフにとって悪い物に変わっていた。何しろ使徒に浸食されている零号機の救出は進まず、弐号機の持っていた唯一の武器で有るプログナイフも失われていたのだ。そうして居る間にも零号機は使徒に犯されていく。膠着状態というより、ネルフはじり貧の状況に追い込まれていた。

「ミサト、何か弱点みたいな物は見つからないの!」

使徒の攻撃を避けながら、アスカはミサトに向かってそう叫んだ。彼女としても先ほどの攻撃から、プログナイフでの斬撃が効果がないことを身体で感じ取っていた。しかしミサトから返ってきた答えは、アスカの期待からはずれた物だった。MAGIの分析の結果、この使徒にはエネルギーの集中したコアに相当する部分が見あたらないのだ。その上、プログナイフで切ったところも細胞の破壊を起こしておらず、単に粗の結合が形を変えるだけでしかないと言うことだった。その答えに、思わずアスカは『どう倒せって言うのよ!』と悪態を吐いていた。もちろんそんなことを言っても、何の役にも立たないことはわかっている。しかしそう叫ばないと、彼女自身たまった鬱憤のはけ口がないのだ。

「そっちはそっちで雁首そろえて居るんだからぁ〜
 何とかしなさいよぉ〜
 そうしないと...」

そこまで言って、アスカは口を噤んでしまった。

『そうしないとシンジが出ることになる』

それは口に出してはいけない言葉だった。カヲルとは約束はしたが、彼がそれを守る保証などどこにもない。シンジが乗ってしまった後の口実などいくらでも付け用はある。そして彼がその口実を自分に言っているときには、シンジはこの世に居ないこともあり得るのだ。

使徒の浸食が進んでいく零号機の姿、そしていっこうに見つからない攻撃策。それは次第にアスカに焦りとして形をなしてきた。

何度目かの使徒の攻撃を転がってよけたとき、弐号機の手に当たる物が有った。それが先ほど捨てたソニックグレイブであることを知ったアスカは、状況を打開するため、使徒の零号機にとりついた部分を何とかすることに戦術を切り替えることにした。そこを切り落とすなりなんなりすれば、もう少し時間を稼ぐことができる。うまくすればレイが戦線に復帰することも考えられるのだ。やってみて悪い手ではないとアスカは判断した。

そのとき、アスカがソニックグレイブを捨てた理由を完全に失念していた。ただそれを責めることはいささか酷なことなのである。何しろ、刻一刻と悪くなっていく状況は、知らないうちに彼女の内に焦りを蓄積させていったのだから。

アスカは落ちていたソニックグレイブをつかむと、弐号機の体勢を立て直した。そして次の使徒からの攻撃をかわした瞬間、弐号機を零号機の元へと疾走させた。
 
 



***






地上で弐号機と使徒の激しい戦闘が行われている中、碇シンジは頭痛を堪えながら病室を出た。彼が服用している痛み止めは、レイが戦闘中であるためここにはない。もっともそう言うことも想定して看護婦が待機をしているのだが、次の注射の時間までまだかなりの時間が残っていたのだ。それなのにシンジは薬が切れる前の頭痛を味わっている。その事実にシンジは自分に残された時間がもうわずかしかないことを漠然と考えていた。

本当ならおとなしくベッドの上で寝ていなくてはならない。しかしシンジの希望で伝えられた戦況は、次第に悪い方に移っているのを彼に伝えていた。スピーカーから聞こえてくる綾波レイの呻き声と、余裕のなくなったアスカの怒鳴り声にシンジは寝てることはできなくなっていた。

『これが最後かもしれない』

漠然とシンジはそれを理解していた。死への恐怖がないと言えば嘘になる。しかし自分が大切に思っている少女たちが危機に陥っているとなれば、このまま黙って見過ごすことはできない。すでにままならない視界で、エレベータのボタンを押そうとしたシンジは、その手を何者かに遮られた。誰が?と思って振り返った先には、会ったことのない銀色の髪をした少年が立っていた。

「悪いがアスカと約束をしたんでね。
 君を先に行かせるわけにはいかないんだ」
「誰‥‥」
「自己紹介がまだだったね。
 君と同じ仕組まれた子供、フィフスチルドレン渚カヲルだよ」
「渚‥‥君?僕は‥‥」
「知っている、碇シンジ君だろう。
 おとなしく病室に帰ってくれないか?
 手荒なことをしたらアスカに嫌われてしまう」
「アスカを‥‥知っているの?」
「ああ、命の輝きに満ちたまぶしい女性さ。
 彼女との約束を守れば、僕を愛してくれると言ってくれた」

アスカが目の前の少年を愛すると言った。その言葉は、針で刺したような痛みを持ってシンジに届いていた。アスカが自分で考えて、自分で決めたことだ。彼女が誰を愛するかなど、自分の口出しをすべきことではない。それは分かっているのだが、カヲルの言葉をシンジはそのまま受け止めることはできなかった。

「でも‥‥」
「『彼女たちを助けないといけない!』だろ。
 でも、アスカはそれを望んではいない。
 だから僕は彼女の望みに従って、君を出撃させるわけにはいかない」
「だからと言ってこのままじゃぁ‥‥」
「君が行けば勝てるのかい?
 君はあの使徒とどう戦うつもりなんだい?
 どう戦うかも分からない君が出ていって、勝てるというのは彼女たちへの侮辱ではないのかい?」

カヲルに捕まれたシンジの手はびくとも動かなかった。出ていけば何とかなるとの自分の考えが、思い上がりであることはカヲルの指摘の通りなのである。だからと言って、このままなにもしないで手をこまねいているわけにはいかないのも、また確かなことなのである。

「だからと言って、このままじゃ二人ともやられてしまう」
「確かにこのままでは彼女たちは勝つことは難しい。
 でも勝てないと言うわけではない。
 たぶんその方法を綾波レイがもうすぐ考えつくよ」

その方法を知っているように話すカヲルに、シンジは驚きの視線を向けた。しかしカヲルの次の言葉は、本当にシンジを驚愕させたのだった。

「でもその方法は君には受け入れられないことだろうね。
 綾波レイは、使徒とともに爆発する道を選ぶだろうからね」
「な、ば、馬鹿なことを言うな」
「事実だよ、碇シンジ君。
 今彼女たちの戦っている使徒はコアを持たない。
 だからそれを倒すためには、一度コアに取り込む必要が有る。
 しかしコアに取り込んだ瞬間に倒さなければ大変なことになる。
 コアを得た使徒はその姿を変え、さらに強大な物へと変化する。
 だから彼女たちが使徒を倒すには、使徒をコアに取り込んだ瞬間自爆するしか無いのさ」

その言葉を聞いて、シンジはもう一方の手でエレベータのボタンを押そうと手を伸ばした。しかしそれも渚カヲルによって遮られていた。

「君を行かせる訳にはいかないと言っただろう。
 僕はアスカと約束をしているからね」
「うるさい、このままでは綾波が死んじゃうじゃないか。
 そんなことをさせるわけにはいかないんだ!」

そんなシンジの叫びもカヲルには通用しなかった。シンジの両腕をつかんだカヲルは、頑として動く事はなかったのだ。そんなカヲルの赤い瞳を、シンジは射殺すような視線で睨み返した。しばらく音が止まったように対峙する二人、その均衡を破って視線を外したのはカヲルの方だった。カヲルは一度シンジから外した視線をもう一度シンジに向けると、一つの条件を持ち出した。シンジを行かせるのは、その条件を飲んだ時だけだと言って。

「君には負けたよ。
 君の瞳はまるでレーザーのように僕を射抜いたんだ。
 何者にも負けない君の強い意志は尊敬に値する。
 だから僕はたった一つの条件で君を行かせてあげる事にする」
「なんなの、その条件って」

シンジの言葉に、まさに天使の笑みを浮かべて渚カヲルは告げた。

「簡単なことさ、アスカを僕にくれないか」
 
 
 
 
 

続く
 


トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp


中昭のコメント(感想として・・・)

  かげろう 第十話。トータスさんから頂きました。


  >『レイが性的興奮を感じている?』
  お・・・おおお

  >君がこれからしようとする事を邪魔するつもりはない。
  >むしろ手伝っても良いと思っている。
  >その代わり、君の愛情は僕に向けるんだ。
  ひきょう?

  >出来るなら僕の期待を裏切る真似だけはしないで欲しいな」
  うーむ単純な卑怯者じゃないのかしら

  >「アルミサエル...
  >その心にコアを持たない物。
  心にコアがないかぁ。

  >「なんでシンジの姿が現れるの」
  おうっち

  >たぶんその方法を綾波レイがもうすぐ考えつくよ」
  >「でもその方法は君には受け入れられないことだろうね。
  >綾波レイは、使徒とともに爆発する道を選ぶだろうからね」
  おうっちっち
  でも確かにそれっきゃないのかしら。

  >「簡単なことさ、アスカを僕にくれないか」
  おうっちっちち
  




シンジ  「『なにも悩むことはないんだよ。 それはとても気持ちのいいことなんだ』
       どきどきどき」
シンジ  「「‥‥碇君は‥‥こんなことをしない‥‥」
       しおしおしお」
シンジ  「『そう、君は僕と一つになりたいと思っている』
       わくわくわく」

アスカ  「何してんの?あのバカ」
レイ   「碇君はバカではないわ」
アスカ  「・・・バカにしか見えないけど」
レイ   「期待・夢・欲望・性欲」
アスカ  「・・・せせせセイヨクちぇ」
レイ   「一つになりたいのね」
アスカ  「あ、そんないきなり・・・痛くしないでね」
シンジ  「わくわくわく」
レイ   「碇君・・・何を願うの?」

  みなさん、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。


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