〜ル・フ・ラ・ン〜


第十六話 敗北
 
 

シンジ達が、ネルフ北米支部を訪れてから一ヶ月の日々が経とうとしていた。引っ越しの方も膨大なファイル類の整理も終わり、後は移動を待つだけの状態となっていた。そのため、支部内は閑散とした雰囲気をたたえ、引っ越しに関係の無いレストランエリアだけがにぎやかな状態となっていた。ただ、エヴァンゲリオン5号機とMAGIレプリカだけは何時使徒の襲撃があるのか分からないため、支部を閉鎖するまで待機状態で維持されていた。

最早この様な状態になるとシンジにはする事が無い。起動試験も3日前に行われたのが最終となった。シンクロの安定には未だ問題があったが、すでに調べるところは調べ突くし本部での調査待ちの状態となっていた。結局エヴァに乗る必要の無い時、ただのパイロットであるシンジは昼の間暇を持て余すこととなった。

する事の無いシンジは、昼の間はカフェでお茶を飲みながら一人ぼんやりと窓に映る景色を眺めていた。シンジ自身、ここへ来るまでは知らない国に来ることへの不安がかなりあった。しかしこうやって一月を過ごしてみると、いささか構えすぎていたのかもしれないとも思えるようになった。確かに言葉の面の不自由は残っているが、それでも来た当初に比べればずいぶんとましになったとも感じている。

ここに来てシンジの周りでも色々と出来事はあった。なによりも残念だったのは5号機が最後まで安定して起動しなかったことだった。中田を初め技術者達の必死の努力にもかかわらず、最後までシンクロ値が乱高下するのは止めることは出来なかった。まあその間使徒の襲撃が無かったことだけでも幸いではあったのだが...

意外であったのは、チルドレン候補生が支部移転に従って解雇されることとなったことだった。確かに、彼らはその後の試験でも起動水準に達しなかった。しかしチルドレンとして重要性が低いという判断がなされたとは言え、エヴァの機密に触れたパイロットが、簡単に解雇されると言うことがシンジには信じられなかった。結局の所、日本行きは本人の希望次第と言うことに落ち着いたのだが、意外にも二人は日本行きをあっさりと諦めた。シンジにはそれもまた意外であった。

シンジがそうやってこれまでのことをとりとめもなく考えて外を眺めていると、ダンチェッカーが自分のコーヒーを持ってシンジの座っている席へとやってきた。夕食に誘われて以来、シンジはダンチェッカーとよく話を交わすようになっていた。何よりもシンジにとって彼の話は、経験に裏打ちされた面白い物であるのと同時に、話がゲンドウ、ユイの行っていた研究にまで及びいっそう興味を惹かれた為である。それに加えてダンチェッカーが話す、彼の友人達の姿もシンジには面白かった。

「多分私は気むずかしい男だと思われているだろう。
 君もそう思っているんじゃないかい」

ダンチェッカーは椅子に腰をかけると、シンジに向かってそう言った。

「ええ、初めはそう思っていました。
 でも今は全然そんなことは思っていません。
 でもどうしてなんですか」

シンジは心から不思議に思っていた。

「まあ、多少気むずかしい方が偉そうに見えるからね。
 だからだよ。
 今でこそ違うが、昔は君のように紅顔の美少年だったからね。
 なめられないようにするための知恵さ。
 これでも結構役にたったんだ。
 どうだい君もやってみては」

そう切り出したダンチェッカーに、シンジは笑って答えた。

「面白そうですけど、やめておきます。
 そんなことをしたらアスカにはり倒されますから」

シンジの口から女性の名前が出たことで、ダンチェッカーは微笑ましそうに少し目を細めた。

「セカンドチルドレンだったね。
 そんな素敵な人が居るのなら鎧を纏う必要も無いかもしれんな。
 羨ましいものだ」

「失礼ですがおひとりなんですか」

「まあ研究が恋人みたいな物だったからね。
 後悔は無いが、寂しいと感じるのも確かだな。
 もうすぐお別れだから先輩からの忠告だ。
 彼女を放すんじゃないぞ。
 まあ私がそう言ってもありがたみは少ないかもしれんがな」

ダンチェッカーは少し自嘲気味にそう言った。

「そんなことは無いですよ。
 ところで、クリスさんは日本へはいらっしゃらないのですか」

「私はネルフの人間では無いからね。
 元々オブザーバーとして請われてきただけだよ。
 だから支部移転とともにお役ごめんだよ。
 まあ狭い世界だ。どこかで合うこともあるだろう。
 その時はジョンと一緒に食事でもしよう。
 彼も君のことを気に入っていたようだよ。
 その時は君の彼女とも一緒がいいかな」

「そうですね、すべてが片づいたらそうしたいですね」

「確かにな。
 君には人類の未来と言う重い責任が掛かっている。
 私たちは陰から応援することしか出来ないが、君のことを理解している人が居ることは忘れないでくれ。
 頑張ってくれなどとは無責任な言葉だが、今はそれぐらいしか君にかける言葉はない。
 まあ気楽に頑張ってくれたまえ」

「ありがとうございます」

ダンチェッカーは冷めたコーヒーを一気に啜ると、まだ片づけ無ければいけない仕事があるからと言って席を立った。シンジはぽつりと座っている自分のことを考えてきてくれたのかなと思い、去っていくダンチェッカーにもう一度感謝の意を示した。

「ありがとうございました」

ダンチェッカーは振り返らず、軽く右手を振ってシンジの言葉に応えた。
 
 

                        ***
 
 

午後の3時も過ぎると移転の作業もほぼ完了となった。カフェを出てぼんやりと支部の中を見物していたシンジも、礼が言いたいというブライアン支部長に呼び出され、支部長室に来ていた。ブライアンはシンジが入ってくるのを見ると満面に笑みを浮かべ握手を求めてきた。彼としても肩の荷が下りた気がしたのだろうとシンジは想像した。

「明日で北米支部も凍結となるわけだが、これまで良く守ってくれた。心から礼を言うよ」

ブライアン支部長はシンジの両手を取り、そう言って大げさにお礼を言った。ある意味予想通りではあったが、シンジも悪い気はしない。

「こちらこそいい経験をさせて貰いました」

シンジがそう答えを返した時、支部長室の電話のベルが鳴り響いた。

何気なく受話器を取ったブライアンの顔色が、さっと変わるのがシンジには分かった。

「そ、それは本当か...」

ブライアンはそう呟くと、素早く第一種戦闘態勢に移行する指示を出した。それと作戦担当者を除いた通常勤務者の施設外への退去を同時に命じた。

いよいよ来たのかとシンジは思った。できればエヴァが完全では無い状態では来て欲しくなかった。その思いはあったが、来てしまった物は仕方がない。何より、今戦わなければ失われる物が多すぎる。シンジは覚悟を決めて出撃のため5号機の元へ向かった。背中にブライアンの「使徒は2体だ。頼むぞ」の声をうけて。
 
 

                        ***
 
 

エヴァの格納庫に向かう途中、シンジは携帯端末を抱えたダンチェッカーに出くわした。支部内の慌ただしい雰囲気の中、のんびりと端末を抱えて歩いているダンチェッカーの姿ははっきりと言って浮いていた。シンジはダンチェッカーの姿を見つけると大きな声で呼びかけた。

「クリスさん。急いで待避して下さい」

ダンチェッカーはシンジに気づいたのか、シンジの方に走ってきた。

「こっちの心配は要らない。
 いざとなったら準備してあるヘリで脱出する。
 とにかく君は自分のことを考えればいいんだ」

そう言ってダンチェッカーはシンジの背中を叩いた。そして「必ず返ってこいよ。ディナーの約束があるんだからな」と言ってシンジを送り出した。

「ええ、楽しみにしていますよ」

シンジはそう答えると、ダンチェッカーを残し格納庫へと急いだ。
 
 

                        ***
 
 

シンジが、格納庫にたどり着いたときにはすでに5号機は出撃の準備を終えていた。シンジは指揮をしていた中田の元へ駆け寄ると、使徒と武装の情報を求めた。

「使徒についての詳しいことはノブヨシに聞いてくれ。
 情報では2体の使徒がこちらに侵攻していると言うことだ。
 UNが出ばって前哨戦をしていてくれるらしい。
 それから武装だが、ソニックグレイブと両肩にプログナイフが装備されている。
 残念ながら重火器は準備できていない」

「ノブヨシさん?」

シンジは聞き慣れない名前に首を捻った。

「俺の弟さ。あいつがUN軍との間を取り持ってくれる。
 それより武装の方はどうする。
 パレットライフルぐらいならすぐに準備できるぞ」

シンジは一瞬考えたが「武器については今のところそれでいいです。使徒の詳しい情報が入ったらその時にまた考えますから」そう言って。エントリーを開始した。

いつもの通り始まるエントリーのシーケンス。今日もまた安定しないのでは無いか、と言う不安がシンジの内に広がる。その不安の芽が大きくなりかけたところで、シンジは考えを切り替えることにした。不安定なら安定しているときに敵をたたけばいいのだと。起動が完了したところでシンジは指揮所との通信ウインドウを開いた。

「ノブヨシさん。状況を教えて下さい」

シンジの呼びかけに答えて現れた人物は、アキヨシの兄弟と言うだけあって、そっくりの容姿をしていた。シンジの目からは、少しノブヨシの方が穏やかな顔をしているのかなと言うぐらいの違いだった。多分比べてみないと分からないくらいの差だろう。ノブヨシはインカムを手にシンジに使徒の進行状況、並びに現在の迎撃体勢を説明した。シンジの手元に届いた映像には、第七使徒と第九使徒の姿が映し出されていた。そしてその周りにはUNの戦闘機が飛び交っていた。情報によればUN軍はすでにN2爆雷による攻撃を敢行していたが、それすら足止めにならなかったらしい。使徒はUN軍を引き連れるようにして悠然とネルフ北米支部を目指していた。

「アキヨシさん。武装の方はこれで良いです。
 プログナイフを2本用意して下さい。
 用意でき次第出撃します」

そう言うとシンジは通信ウインドウを閉じ、静かに目を閉じた。まるで自分の知覚を拡大させるかのように。

「エヴァンゲリオン5号機、発進します」

ネルフ本部と違い、北米支部はカタパルトの準備はない。シンジは自力で拘束具を除去すると、倉庫のように広く開けられた扉から5号機を屋外に出した。明るい日の光に一瞬まぶしげな表情を作ったシンジだったが、すぐに光量が調整され目の前にアメリカの広大な大地が広がった。

「使徒は...」

シンジは計器の表示を確認し、使徒の居る方向へと目を向けた。そこには遠くに浮かぶ雲が見えただけだった。しかしその雲は時間と共に薄くなってくる。そしてその雲が完全に晴れたとき、シンジはそこに目標となる使徒の姿を見つけた。

「あれか...」

目標を見つけたシンジは、これからの戦いを思い、静かに目を閉じた。襲来する2体の使徒に対して、自分はどう動きどう戦うか。それぞれの使徒の弱点は変わらないだろう。ならば...シンジはソニックグレイブを握りしめる腕にぐいと力を込めた。いつも感じる違和感を今日は感じない...

「いける...」

シンジは瞑っていた目を開けると、使徒へと向かって白い巨人を疾走させた。
 
 

                        ***
 
 

そのころダンチェッカーはネルフ支部を脱出するためのヘリに搭乗していた。座席に座ってシートベルトを締めた彼は、膝の上にラップトップの端末を広げ、MAGIから送られてくるデータをモニタしていた。画面にはいつものようにパイロットの脳波の状態が表示されていた。

「さすがに落ち着いているな」

ダンチェッカーは脳波中のα波の割合を見ながら感心していた。

「焦るでもなく、怯えるでもない。大した物だ」

ダンチェッカーとしては、エヴァンゲリオンが疾走する姿を見るのは初めてだった。シンジが駆る5号機の躍動感ある姿は、ある意味彼に感動をもたらした。地上でもっとも巨大な生物と言われる鯨よりも巨大な生物が、音速に届こうかと言う速度で疾走していく。その姿は生物学者としての彼に大いに興味を抱かせた。

「骨格や筋肉はどうなっているのだろう」

下手な人間よりもスマートに見えるエヴァの体。その骨格や筋肉があれだけの運動に耐えられる。それすらも彼に取っては驚きだった。そしてその5号機が疾走していく先に見える使徒の姿。それも彼に新たな感慨をもたらした。

「進化論も含めて、生物学は書き換えられるのかもしれんな」

UN軍を引き連れた使徒と、エヴァンゲリオン5号機が今まさに接触しようとしている。

「シンジ君。今日はタイタンからの干渉は無いから思う存分やってくれ」

ダンチェッカーはそう言うと、もっと近くで戦闘を見るため、パイロットに向かって離陸の指示を出した。
 
 

                        ***
 
 

使徒に向かって5号機を走らせながら、シンジは各部のチェックを行っていた。各部に異常は無い。それに今日は調子がいいと。

「2対1。長引かせると不利だな」

シンジはそう呟くと更に速度を上げ、使徒へと迫った。

「ノブヨシさん。第七使徒に攻撃を集中して下さい」

シンジの連絡により、UN軍の攻撃は第七使徒に集中した。炸薬による煙が第七使徒の姿を包む。

「よしいける」

そう言うとシンジは、かつてアスカが弐号機で見せたような跳躍をし、ソニックグレイブで使徒を唐竹割りでまっぷたつに切り裂いた。これで使徒が倒せたわけでは無いことは分かっている。しかし、活動を再開するまでにはほんの少しだけ時間があることも分かっている...シンジはすぐにその場を飛び退き、ようやく自分の方へ向きを変えた第九使徒の方へ疾走した。そして、再び跳躍をすると真上から使徒に向かってソニックグレイブを投擲した。音速を超える速度で打ち出されたソニックグレイブは、5号機に中和され薄くなったATフィールドを突き破り第9使徒を地面へと縫い止めた。シンジはその結果を見ることも無く、ウエポンラックから2本のプログナイフを取り出すと、分裂を始めた使徒の前に降り立った。そしてすぐさま両手に持った2本のプログナイフを分裂したばかりの使徒のコアに突き立てた。

それは時間にしてわずか数秒の出来事。

後には地面に縫い止められたサイケな模様の蜘蛛をまねた使徒と、コアにプログナイフを突き立てられた双子の使徒の残骸が残されていた。

誰も言葉を発する間もない一瞬の出来事。シンジの駆る5号機はたったそれだけの時間で、襲来した2対の使徒の殲滅に成功した。

『これがエヴァンゲリオンの力。
 これがサードチルドレンの力』

初めてエヴァンゲリオンの戦いを見た者は、あまりの力に戦慄を覚えた。エヴァンゲリオンに身近に接していたネルフ本部からの技術者ですらそうであったのだから、始めてみた者の驚きは想像を絶するものがあった。そして5号機が見せた力は人々を畏怖させると同時に、黒い欲望をも引き起こした。この力を手に入れられれば...しかしこの力が敵に回ったのなら...エヴァンゲリオン、そしてサードチルドレンの存在は完全に世界に認知された。
 
 

シンジは、プログナイフを突き刺した使徒が動きを止めたのを確認すると、大きく息を吐いた。ここまでエヴァはおかしな挙動を示さなかった。ではこれまでのは一体何だったのだろう。ふとそんな疑問がシンジの頭をかすめたが、スピーカーから聞こえてくるノブヨシの「お疲れさま」の声に考えることをやめた。このことはアキヨシさんに考えて貰えばいいと。

シンジはプログナイフとソニックグレイブを回収して、支部へと戻ろうとした。その時、スピーカーから焦ったノブヨシの声がひびいた。

「使徒出現。場所は5号機の直上...
 シンジ君逃げろ...」

シンジはその声に、その場を飛び退いた。それと同時に、5号機が居たあたりから黒い影が広がりだした。

「第壱拾弐使徒...」

シンジは第七使徒と第九使徒を飲み込んでいく黒い影に向かってそう呟いた。

「やっかいだな。倒し方が分からない」

シンジは影にならない部分に5号機を移動した。シンジはネルフに復帰したときのブリーフィングで受けた使徒の特長を思い出していた。第壱拾弐使徒。ディラックの海を自身のATフィールドで支えた黒い影を持つ使徒。上空に浮かぶ球体は地面にある使徒の影だと言う。内蔵電源の切れた初号機の暴走により、上空に浮かぶ影を切り裂き初号機は現実の世界へと復帰したが、シンジ自身どうやって使徒を倒したのかの記憶が無い。エヴァのレコーダーも電源切れにより何も記録を残していなかった。リツコの提案したN2爆弾による攻撃も今ここで望むすべもない。シンジはノブヨシとの通信回線を開くと全員に対する撤退を勧告した。

「全員すぐに支部から撤退して下さい。
 出来る限りのことをしてみますが、倒し方が分からないんです。
 だからアキヨシさん。お願いです。
 ボクの戦闘のデータを本部の赤木博士へ渡して下さい。
 あの人ならきっと良い作戦を考えてくれます」

シンジはそう言うと手元にある、一部酸で溶けたソニックグレイブを手頃な長さに折り取った。そして使徒の作り出す影の端の部分に立つと、静かに中段の構えを取った。

「シンジ君、何をするつもりだ。
 馬鹿な真似はやめろ...撤退するんだ」

スピーカからはノブヨシの怒鳴り声が響いてくる。シンジはその慌てように少し微笑んだ。

「大丈夫ですよ。特攻なんかするつもりはありませんから。
 一つ試してみたいことがあるんです。
 それで駄目だったら素直に撤退しますよ」

ノブヨシはちゃんと撤退すると言うシンジの言葉に安堵の息を吐いた。

「何をするつもりなんだ」

「影を切ります。
 斬月っていう技なんですけどね。
 一度も成功したことが無いから、駄目元ですけどやってみます」

シンジはそう言うと静かに目を閉じ、集中を始めた。天空に掛かる満月...そしてそれを映し出した鏡のように静かな水面。その水面に映った月を静かに振り下ろされた刀が二つに割る...そこには波は立たず、二つに断ち切られた満月が映っている...

シンジの頭の中で、断ち割られた満月のイメージがはっきりと浮かび上がった。シンジは『ふっ』と軽く息を吐き出し、太刀を下ろそうとした。しかし異変はその時起こった。

シンジはそれまで掴まえていた物が、急に誰かに隠されてしまったような錯覚を覚えた。そしてその瞬間、シンジの周りを包んでいた景色が急にブラックアウトし、エントリープラグの中は非常用の赤い照明に照らし出された。

「シンクロがカットされた...」

シンジはそう呟くと、支部への回線を開き、大至急再起動を行うよう指示を出そうとした。しかしスピーカから聞こえてくる混乱した叫び声は、指揮所では事態の解決が出来ないことを物語っていた。シンジは仕方なく自閉モードでの再起動を試みるべく、5号機の制御コンピューターに自閉モードへの移行を指示した。しかし、シンジはディスプレーに映し出された表示によって絶望の淵へとたたき落とされた。

「ロックされている...」

その時シンジは、5号機が沈みだしたのに気が付いた。S2機関があるため、量産型のエヴァはバッテリの保有量が少ない。生命維持モードでも1時間も持たないことをリツコに言われたことを思い出した。残念だが5号機は諦めるしかない。そう判断したシンジはプラグの排出を指揮所に依頼した。

「ノブヨシさん、エントリープラグの強制排出をお願いします」

しかしノブヨシから帰ってきた言葉もまた絶望だった。

「駄目なんだ、MAGIのコントロールがロックされている。
 そちらから手動で何とかならないか」

シンジは言われたとおりに、手動でのプラグイクジットを試みた。しかし、シンジの努力をあざ笑うかのようにコンソールにあるスイッチはなんの反応も示さなかった。シンジは狂ったようにスイッチを押し、エントリープラグのレバーを回そうとしたが、頑としてプラグは出ることを拒んでいた。

「だめなのか...もう」

一言シンジはそう呟いた。そしてシンジは諦めるしかないのかと腹をくくった。通信回線を開くと、混乱している指揮所に向かって最後のメッセージを言った。

「ノブヨシさん聞こえますか。
 収集したデータは必ず赤木博士に届けて下さい。
 それから...それからアスカに..セカンドチルドレンに伝えて下さい。
 信じているからって...
 お願いしましたよ。必ず伝えて下さいね」

スピーカからはノブヨシのシンジを呼ぶ声が聞こえてきた。必ず伝えるとも、諦めるなとも...

しかしその音も次第にノイズが混じり、小さくなっていく。シンジは自分には時間が残されていないことを知った。

「アスカ...ごめん。
 約束を守れなかった」

エヴァンゲリオン5号機を飲み込んだ使徒は、そのままネルフ北米支部も飲み込み姿を消した。後には何も残されていない広野だけが広がっていた。ただこれまでと異なるのは、支部に勤務していた1000名を越える職員達はすべて無事であったことだった。一人の少年の命と引き替えに...
 
 

                        ***
 
 

「なんて真似をするんだ」

ダンチェッカーは、エヴァンゲリオン5号機が使徒に飲み込まれるのを見ると、持っていた端末を床に叩きつけ、忌々しげにそう吐き捨てた。5号機と支部との通信はすべてモニタしていた。シンジが消えていく間際に託した言葉もしっかりと聞いていた。

彼には急にエヴァンゲリオン5号機が動きを止めた理由は分かっていた。それは手元の端末にしっかりと映し出されていたからだ。タイタンからMAGIを経由した停止信号の送出。そればかりか、エヴァに対するすべてのコントロールをロックする指示。使徒の脅威が去っていない今、そんな真似をするのは自殺行為である。ダンチェッカーは非常用通信機を取り出すと『砦』に居るゲイツを呼び出した。一体どういうつもりで5号機の邪魔...いや5号機をパイロットごと消し去ろうかとしたのかと。ダンチェッカーはゲイツを掴まえるとすぐにその行為を糾弾した。しかしゲイツから返ってきたのは意外な言葉だった。

「クリス、怒るのは分かるが、私は指示を出していないのだよ。
 今犯人を究明中だが、心当たりはある」

「誰だ、それは」

「フランツだ。サードチルドレンに対して含むところがあるのはやつ以外ない
 いま、うちの保安の人間を動員してやつを捜しているところだ。
 彼には相応の責任を取って貰う」

何故フランツがとダンチェッカーは考えた。そしてある一つの出来事に思い至った。彼の父親の命を奪ったセカンドチルドレンの恋人が、サードチルドレンであったことに。

「なるほど、意外に父親思いだったと言うわけか」

「クリス、何か言ったか」

ダンチェッカーの呟きを聞きとがめたゲイツはそう聞いた。

「いや、こちらの話だ。それより最後の使徒についてのデータをまとめておいてくれないか。
 それからロンドンに行くSSTOの座席の予約も頼む」

「何をするつもりだ」

「我々の友人の救出作戦だよ。
 何しろディナーの約束があるんだからな」

そう言ってダンチェッカーは通信を切るとニヤリと笑った。

「生きてさえいれば必ず何とかしてやる。
 きっとブラッドが役に立つはずだ」

ダンチェッカーは、ヘリのパイロットにニューサンフランシスコ空港へ向かうよう指示を出した。
 
 

                        ***
 
 

アスカ、トウジ、ケンスケの3人は非常召集がかかったことで、本部へと集合していた。3人は特に集合場所を指示されなかったため、とりあえず発令所に居るだろうミサトの所へと向かった。非常召集がかかるぐらいのことだから、使徒の襲来かと身構えた3人だったが、いつまでたっても非常事態宣言も、戦闘態勢への移行も命令されなかった。それどころか警戒態勢すら取られていなかった。それなのに本部自体がざわめいている。それがアスカには気にかかった。

「なんや妙やな」

「確かにな、何で非常召集がかかったのにそれ以上のことが無いんだ。
 それにこの慌てよう...ただごとじゃないぞ」

発令所へ向かう通路、トウジとケンスケはふと感じた疑問を口にした。

「でもわいらが呼び出されるちゅうことは、使徒にからむこっちゃろ」

「そう考えることが自然だと思う。
 ならここじゃなくて...」

そこまで口にしてケンスケははっととなりを歩いているアスカの顔を見た。そこにあったのは唇を噛みしめ、顔を真っ青にして歩いているアスカの姿だった。

「どうしたんだ...惣流」

「...胸騒ぎがするのよ」

アスカは一言小さく言うと、そのまま発令所に向かって駆け出した。

「いくか」「ああ」

トウジとケンスケはそう言ってお互い顔を見合わすと、アスカの後を追いかけて走り出した。急に心にわき出した黒いものから逃れるように。
 
 

                        ***
 
 

アスカ達3人が発令所にたどり着いたとき、前面スクリーンにはシンジの姿が映し出されていた。その姿に安堵したアスカだったが、すぐにシンジの口から語られていた内容に気づき顔から血の気が失せた。

『ノブヨシさん聞こえますか。
 収集したデータは必ず赤木博士に届けて下さい。
 それから...それからアスカに..セカンドチルドレンに伝えて下さい。
 信じているからって...
 お願いしましたよ。必ず伝えて下さいね』

「何よこれ...」

発令所に居た者達はアスカ達が入ってきたことにも気づかず、スクリーンを食い入るように見つめていた。そしてスクリーンが切り替わり、第壱拾弐使徒に飲み込まれていくエヴァ5号機の姿が映し出されていた。その背後には『再起動は出来ないのか』『エントリープラグの射出は』との怒鳴り声が聞こえてくる。その間にもシンジの乗った5号機はどんどん使徒に飲み込まれていく。そして今まさに5号機が影の中に消えようとしたとき、シンジの言葉が聞こえてきた。

『アスカ...ごめん。
 約束を守れなかった』

シンジのその声を最後に5号機の姿は地上から消え失せた。

「そんな...」
「うそやろ...」

トウジもケンスケもそう呟くことしか出来なかった。凍り付き、誰もが動きを止めてしまった発令所をアスカの悲鳴が切り裂いた。

「イヤァー」

アスカはそう叫んで崩れ落ちた。その声に発令所に居る全員は初めてアスカの存在に気が付いた。しかし誰もアスカに声を掛けることは出来なかった。目の前に展開された状況を誰よりも良く理解しているのはアスカに他ならなかったからだ。そしてそれが意味することも。最早安易な慰めが通用しないことも...

アスカの瞳から光は消え失せていた。生気無くただシンジの名前を繰り返し呟く姿に、トウジもケンスケも何もする事が出来なかった。
 
 
 

to be continued.
 


トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんのルフラン第16話、投稿して頂きました。

  中田アキヨシか・・・・・・ええ名前や(意味不明なつぶやき)

  >「骨格や筋肉はどうなっているのだろう」
  >下手な人間よりもスマートに見えるエヴァの体。その骨格や筋肉があれだけの運動に耐えられる。
  >それすらも彼に取っては驚きだった。そしてその5号機が疾走していく先に見える使徒の姿。それも彼に新たな感慨をもたらした。
  >「進化論も含めて、生物学は書き換えられるのかもしれんな」
  生物学的に捉えるとかなりおかしくなりそうっすね。
  進化論からすれば使徒のような形状の生物は産まれるはずがないだろうし。 


  >「シンジ君。今日はタイタンからの干渉は無いから思う存分やってくれ」
  ?
  なんで干渉してたんでしたっけか。
  データ収集の為だけ?  


  しかし地獄のようなヒキでしね。
  >生命維持モードでも1時間も持たない
  60分! 3600秒?!

  どうなるんやろ
  次回を楽しみにしてます。


  みなさんも、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。



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