〜ル・フ・ラ・ン〜


第十七話 支える人たち
 
 
 

明かりの落ちた病院のベンチに、二つの影があった。一つは長身の男性、いや少年の物。もう一つは髪を両側にお下げにした少女の物。二人は病院の静けさに気を使ったのか声を潜めて話し合っていた。

「どないや、惣流の様子は」

「落ち着いているわ...
 と言うより何も見えていない、何も聞こえていない、何も考えていない...と言うところよ。
 ぼんやりと目を開けたまま身じろぎ一つしないんだから」

「ほないか...」

「でもアスカが可哀相。
 せっかくあんなに喜んでいたのに。碇君がこんなことになって」

「ヒカリっ、シンジは死んどらんのやで。
 そないないいかたをすな」

少年は少し強い調子で少女に向かってそう言った。

「ごめん鈴原...そうよね、そうだよね。
 そうじゃなきゃアスカが可哀相すぎるもの」

「そや...だがな...」

「どうしたの鈴原」

「惣流がこのままやと、誰もシンジを助けることができへんのや。
 悔しいけどわいらじゃ力不足なんや。
 せっかくエヴァがあるのに、せっかくシンジを助けるための力があるのに...
 わいではどないにもならんのや...」

「鈴原...」

「だからや、だから惣流に立ち直ってもらわなあかんのや。
 それにもわいらじゃ力不足なんや...
 だからヒカリ、たのむわ。なんとか惣流をしたってぇや」

「あたしだって...あたしだってなんとかしたいわよ。
 でもアスカになんて言っていいのか分からないの。
 あたしじゃ、挫けてしまったアスカの心を奮い立たせられないのよ。
 あたしじゃぁ...」

少女はそう言うと顔を伏せて鳴咽を漏らした。その様子に驚いた少年はすぐに少女の肩をやさしく抱きしめた。

「ごめん、鈴原...」

「ええんや、ヒカリ...」

二人はそれ以上言葉を交わさず、ただぼうっと病院の暗闇を見つめていた。そこに何かの答えがあるわけではない。ただ、二人にはそうすることしか出来なかったからだ。

「い、霧島君のところは誰が行ったの」

「副司令補佐や...ケンスケもついて行きよった」

「そう...」

「大変やったらしい。
 ケンスケがしみじみ言いよった。
 『ムサシがおって良かった』ってな。
 あの兄弟、ほんまに仲がええからな」

「・・・後はアスカだけね。
 ・・・あたし、これからアスカの病室に戻るから。
 頑張ってみるから...」

「そやな、今はおのれの出来ることをやるしかないんや。
 ワイは本部にもどっとるさかい、惣流のことは頼むわ」

トウジはそう言うと肩を抱きしめていた手を離した。そして椅子から立ち上がると後も振り返らず、本部へと歩いていった。

「鈴原のバカ」

ヒカリは、トウジの背中が見えなくなったところでそう呟いた。彼の行動は少しだけ彼女の期待から外れていたようだった。
 
 

***



ネルフ本部では、技術部のスタッフ総動員でシンジの残したデータの解析に当たっていた。調べなくてはいけないことは沢山ある。何故エヴァが動かなくなってしまったのか、なぜMAGIがおかしな命令を出したのか。そしてどうしたらシンジを助けられるのか...使徒はどうすれば倒せるのか。

使徒の姿が消えてから半日が過ぎようとしている。その後、どこからも使徒発見の報告は上がっていない。ただ確かなことがあるとしたら、使徒は必ず現れることだろう。そしてもう一つはシンジが再起動に成功していなければ、彼の生還は最早望めないことだ。

赤木リツコは、いくつかの検討資料をMAGIに入力すると休憩するために自室を出た。考えることは沢山ある。でも自分だけではアイディアが足りない。リツコはそう判断し、『野生の勘』の持ち主である葛城ミサトの元を訪問した。彼女とて暇なわけは無い、それに彼女の知識が役に立つとも思えない。それでも何かのきっかけになるのでは無いか、そう言った藁にもすがる思いでリツコはミサトの元へ訪れた。

ごった返しているのでは?というリツコの期待に反して作戦部は閑散としていた。数人のオペレータ達が待機している他は、誰の姿も無かった。

リツコは少し落胆し、ここには居ないのかとミサトの居室へ足を向けた。
 
 

果たしてミサトはそこに居た。ミサトはリツコが入ってきたのにも気づかず、何事か電話に向かって喚き散らしていた。そして電話を叩ききったとき、目の前に置かれたコーヒーに気づき、彼女は訪問者があることを知った。

「加持君?」

リツコは少し冷静さを取り戻したミサトに向かってそう言った。

「そう、あの馬鹿。
 重要参考人を確保し損なったのよ」

「重要参考人って」

「フランツ・オッペンハイマー
 エヴァにまつわる技術へ集って来る連中の洗い出しで見つかったの。
 今回の件で一番怪しい奴よ」

「フランツって...生きていたの?」

確かに生きていたのなら、フランツは技術的にも動機的にも一番疑わしいことは理解できる。それにどうやってネルフに察知されることも無く渡米していたのかも興味があった。多分背後に組織があるのだろう、所詮個人の力ではどうにもならない世界のことだから。

「ええ、でももう過去形だけどね」

ミサトはそう言うと苦々しげにコーヒーをあおった。

「せっかく尻尾を掴んだのに、加持の馬鹿がしくじったのよ。
 踏み込んでみたらもぬけの空。塵一つ残っていなかったらしいわ。
 どうやら我々の動きは気づかれていたようね。
 で当のご本人の方は郊外のハイウエイで強盗に遭っていたわ。
 ショットガンで頭をボンッ。
 タイミングのいい、強盗さんだこと」

「つまり消されたと言いたいの」

「そう考えるのが自然よ。
 まっ、その理由までは分からないけどね。
 トカゲのしっぽ切りかもしれないわね。
 おかげさまでつかんでいた情報はすべてパー。
 一からやり直しよ」

「ねぇ」そう言ったところでミサトはリツコの方に体を寄せた。

「聞いてみたいんだけど、支部のMAGIが乗っ取られていたという可能性は無いの」

「ミサト。米国支部のセキュリティはここ並なのよ。
 全く気づかれずに乗っ取るなんて不可能よ。
 しかも詳細チェックでは何の異常も見つからなかったのよ」

「内通者が居たら?」

「理論的には可能よ。
 セキュリティホールを開ければいいのだから。
 でもMAGIは通常業務をこなしていたの。
 それにエヴァの起動実験もね。
 確かに引っ越しの関係でファイルのアクセスも多発していたわ。
 どさくさに紛れてと言うことも考えられるわ。
 でもそんなにことは単純じゃないの。
 MAGIを騙し続けるなんて並のコンピュータ...ううんMAGI以上のコンピュータじゃないと無理だわ。
 そんな物...」

ふとリツコが言い淀んだことにミサトは驚いた。

「どしたのリツコ」

「一つだけ心当たりが有ったわ...
 ミサト、タイタンシステムって聞いたこと有る?」

「アメリカのコンピュータ産業が、起死回生を狙って作った究極のH/Wってやつ?
 でもアレってまだ運用できていなかったんじゃないの。
 物になるまであと5年か10年必要だって聞いたわよ」

「確かにそうなんだけどね...考え過ぎかな。
 独立発生したH/Wが運用できるまでには時間がかかるのは確かだから。
 過去の資産も流用出来ないようだし。
 そうすると内部の犯行と考えるのが筋になるんだけど...」

犯人は巧妙に足跡を隠している。それに最早証拠を探るにも、北米支部のMAGIは使徒に飲み込まれてしまっていた。こちらの方は完全に手詰まりと言っていい状況に陥っている。二人はこれ以上、このことで会話を続けることを断念した。

この問題は、加持に預けておくしかないと言うのが彼女たちの結論だった。

「ねえ、リツコ」

そう話しかけてきたミサトの顔を見て、何とも情けの無い顔をしているなとリツコは思った。親友のこんな顔を見るのは久しぶりだとも。そしてふと思った。自分も似たような顔をしているのではないかと。

「何よミサト」

「しんちゃん...大丈夫よね」

「シンジ君が冷静でいてくれたら...
 シンジ君が私の講義を覚えていてくれたら...
 再起動の確率は0ではないわ。
 でも私は信じている。
 シンジ君は大丈夫って。
 絶対に諦めたりしないって」

リツコ自身、何度も自分に言い聞かせてきた言葉を口にした。

「そうよね、リツコ」

「でも問題は私たちの方に有るの。
 どうしたらいいのか分からないのよ。
 確かに前は、N2爆弾を使って吹き飛ばせばいいと考えていたわ。
 でも今回のデータを見て分からなくなったの。
 そんなことをしたら門を吹き飛ばすだけじゃないかって。
 違う世界と通じる門を壊してしまったら、シンジ君を助けることが出来ない。
 それに1000個近くのN2爆弾を打ち込んだら地殻を破壊してしまうかもしれない。
 自分たちでフォースインパクトを起こしてしまうのかも知れない。
 MAGIを使って理論検証をさせて居るんだけど、理論に欠落が多くてまとまらないの。
 このままじゃあシンジ君の期待に応えられない。
 悔しいのよ...悔しいのよ私は。
 せっかくシンジ君が私のことを信じて後を託してくれたのに。
 彼を助ける方法が思いつかないのよ。
 悔しいのよ...」

リツコはそう言うと俯き、ミサトの机の上に大きな水たまりを作った。

ミサトはリツコに見えないように小さく溜息を吐いた。そうか、これが自分の所を尋ねてきた理由かと。みんなずるいと。アスカもリツコも自分より先に壊れてしまって...これじゃあ自分は強く居るしか無いじゃないかと。

「リツコ、シンジ君を信じましょう。
 彼は立派になって帰ってきたわ。
 だから今度のこともきっと乗り越えてくれる。
 そのためには私たちに出来ることをしましょう。
 シンジ君が帰ってきたときに笑われないように」

ミサトはリツコのことを気の毒に思った。いくら天才と言われても一人の人間だ。神でもあるまいに万能なわけはない。それが今、すべての技術問題が彼女にのしかかっているのだ。ミサトはネルフの人材の偏りを思わないわけにはいかなかった。

そしてもう一つ彼女の頭を悩ます問題が有った。それはアスカのことだった。シンジのことがアスカに大きな影響を与えるのは予想していたことだ。だが、ここまでアスカが壊れてしまうとは想像の範囲外のことだった。シンジに対して素直になったアスカのことを喜んだのだが、そこに潜んでいた大きな問題に気が付かなかった自分の洞察力をミサトは呪った。成長したシンジ、素直になったアスカ。二人の関係に多少の問題が有ったとしても、それは時間が解決してくれる物のはずだった。ただそれは二人が一緒に居られることが前提であったが。

ミサトは考えた。シンジは成長して帰ってきた。そしてその成長は、ミサトにとって好ましいものだった。曲がらずまっすぐと。他人を認め、そして受け止める...有る意味予想以上の成長だった。しかし今回はそれが裏目に出た。アスカにとっても、シンジの成長は予想を超えていたのだ。多分彼女の中で昇華したシンジへの思いを具現した物以上に。その結果、アスカの心が急激にシンジに囚われてしまったのだろう。自分の価値の中心となってしまうぐらいに...

アスカを何とかしなければ...ミサトはリツコの存在も忘れ頭を悩ませた。このままではどんな作戦を立案したところで実行に移せない。そしてそれは、確実にシンジの命脈をたつことになるのだ。

誰がその任に適当なのか...自分では力不足だろう、洞木さんではアスカが甘えるだけだ。他のネルフの人間では相手にもしてもらえないだろう。シンジ君のご両親...アスカとの接点が少なすぎる。それに今変な溝を作りたくない。ならば誰が...

ミサトは3人の少年少女の顔を思い出した。しかし、それをすぐに頭の中でうち消した。今のあの子達にそれを背負わせるのは重すぎると。アスカと同様に、彼女たちもシンジを失ったことに打ちひしがれているのだから。

「今も昔も、ネルフってシンジ君を中心に動いているのね」

ミサトはそう自嘲した。
 
 

***



ダンチェッカーはロンドン行きのSSTOの時間待ちをしながら、届けられたデータの確認を行っていた。自分の端末は先ほどたたき壊してしまったので、空港のショップで購入したPCのインストール作業を先に行わなければいけなかったが...

ひとしきり、PCのシステムインストーラに悪態を付いた後、立ち上がったPCでダンチェッカーはデータの確認をした。しかしすぐにダンチェッカーは自分の起こした短気を後悔することになった。目の前を流れる数字の列からは、さすがのダンチェッカーでもそのデータの示す意味を読みとることが出来なかったからだ。データと一緒に、新しい端末を届けさせると言う発想が湧かなかった自分を棚に上げ、すべての恨み言はたまたま購入したPCのメーカーへと向かった。

「この程度のソフトぐらいプリインストールしておけ」

かなり理不尽な要求であることは確かだ。コンシューマー向けのPCに、物理学者が使用するような3D解析のプログラムが入っているわけが無い。それに加え、そのPCの蓋の所にはゲイツの会社のロゴがしっかりと輝いているのだから。

ダンチェッカーは渇いたのどを潤すため、ジントニックを飲み干すと。再び経験に基づく豊富な語彙で悪態を並べ直していた。尽きること無いその言葉は、終いにはラウンジに置かれているジンの銘柄にまで及んでいた。
 
 

***



ダンチェッカーがロンドンから昔ながらの電車に揺られ、ブラッドリー・クリフォードの居るトリニティカレッジにたどり着いたのは朝の9時のことだった。シンジが第壱拾弐使徒に飲み込まれてから10時間がすでに過ぎていた。ダンチェッカーは朝のケンブリッジの喧噪の中、ニュートンも学んだというもっとも歴史有る学舎の中へと入っていった。天然の大理石を組み合わせて作られた建物の内部は、気温の上がりだした外界とは異なり、ひんやりとした空気をたたえていた。そして歴史の重みとも言うべきかわずかながらのかび臭さも併せ持っていた。ダンチェッカーは壁面に飾られている数々のレリーフには注意も払わず、ひたすら建物の奥を目指して歩いた。そしてその建物に似合わない、比較的新しいエレベータの前に立つと下向きの矢印を押してリフトが来るのを待った。

目的地は地下20階の深さに作られた素粒子実験室。そこで訪問相手であるブラッドリー・クリフォードが彼の提唱している“高次空間論”の検証実験を行っていた。

ダンチェッカーはリフトが到着すると、手でその扉を開け、中に乗り込んだ。そして−20のボタンを押すと、再び扉を手で締める作業を行った。

ガタンと言う音と共に扉が閉まるのと同時に、リフトは垂直方向への落下を始めた。彼の目の前をいくつものドアが現れては上へと飛んでいった。そしてしばらくドアの現れる間隔が開いたかと思ったところで目的のドアが表れリフトは停止した。

ドアを押すようにしてリフトから出たダンチェッカーの前に広がったのは、広大な地下の空間だった。湿った埃とかびの入り交じった空気がダンチェッカーを迎えた。ダンチェッカーは歩を進めると、目的の素粒子実験室の扉を開けた。その途端怒鳴り合うような喧噪が彼の耳を貫いた。

「凄まじいな」

ダンチェッカーは思わずその場の雰囲気の感想を漏らし、目的の人物を目で探した。程なく、数人の若い研究者に対して大声で話しているクリフォードの姿を見つけた。

「ブラッド」

ダンチェッカーは大声を上げてクリフォードの名を呼んだ。しかし周りの喧噪がダンチェッカーの努力をあざ笑うように彼の声をかき消した。ダンチェッカーが仕方なくもう一度大声を出そうとしたとき、近くに居た女性研究者がすぐ脇にあるインタフォンを使えと助け船を出した。

ようやくインタフォンの助けでクリフォードと連絡の取れたダンチェッカーは、彼に指さされたとおり、移動して比較的静かな防音ブロックの中へと入っていった。そして案内されるまま、そのブロックの中に有るクリフォードの事務室へと向かった。

自分の部屋に入ると、いきなりクリフォードは「どこかの馬鹿がシステムをノイズだらけにしやがった」と両手をあげ、湯気を立ち上げているポットへと向かった。そして「インスタントだけど我慢しろよ」そう言ってネスカフェとパウダークリームと少しばかりの砂糖を林檎マークのついたマグカップへと放り込み、お湯を注いだ。

クリフォードはマグカップの一つをダンチェッカーに渡すと、自分は事務椅子を一つ引き寄せ、背もたれが前に来るように腰をかけた。

「ところでクリス...こんな朝っぱらから何の用だ。
 こっちは頭の固いお役人から、今期の予算をかすめ取るためのデータを作っている所なんだ。
 しかもだ、10時間前からうちのシステムをノイズだらけにした奴が居る。
 そいつを退治するのに手一杯なんだ。
 旧交を温めるための訪問なら明日にして欲しかったんだが」

ダンチェッカーはクリフォードの相変わらずの物言いに、少し苦笑いを浮かべると1枚の光ディスクを取り出した。

「こいつを見れば君の抱えている問題の大半は解決できると思うよ」

ダンチェッカーはそう言うと更に言葉を続けた。

「信じられないだろうが、ここに記録されていることは10時間前に実際に起こったことだ」

そう前置きしてそのディスクをクリフォードに手渡した。

クリフォードは、自分のマシンにそのディスクを押し込んでしばらく何かをしていたが、2、3言、呪詛の言葉を吐くと自室を飛び出していった。ダンチェッカーは、クリフォードが飛び出していった理由に十分すぎるほどの心当たりが有ったため、その様子をニヤニヤしながら眺めていた。そして戻ってきたクリフォードの呪いの言葉に、自分の予想が当たったことを知り、満足の笑みを浮かべた。

「全く、何でMSIのシステム専用なんだ」

クリフォードはそう文句をたれると、キャスターで運んできたPCを立ち上げ、そのディスクを挿入した。そしてダンチェッカーの勧めに従い、映像ファイルを最初に開いた。その途端クリフォードの顔はいっそう不機嫌な物へと変貌した。

「クリス、一体これは何の冗談だ。
 ハリウッドの新作映画のラッシュなんて何のありがたみも無いぞ。
 それにカメラワークも褒められたもんじゃない」

ダンチェッカーは「やはりな」と言う表情を浮かべた。そしてもう一度確認するようにゆっくりと事実を告げた。

「言っただろう。それは本当に起こったことなんだよ」

ダンチェッカーは、その言葉がクリフォードの頭の中で咀嚼されるのを待った。そして彼の顔に驚きの表情が浮かんでくるのを確認すると、言葉を続けた。

「沈んでいった白い奴がネルフの決戦兵器、エヴァンゲリオンだ。
 そしてその相手となって戦っていたのが使徒と呼ばれる敵性体だ」

クリフォードはダンチェッカーの言葉に反応せず、PCを操作するともう一度映像を初めから見直していた。そして黒い影の形をした使徒が、ネルフ北米支部を飲み込んだところでダンチェッカーの方へ向き直った。

「大体読めたよ。クリスの用件はこいつを何とかしろということだろう」

静止画像にされた場面には、第壱拾弐使徒が映し出されていた。

「ビンゴ!
 まあ嫌でも分かるだろうな。
 そいつはエヴァンゲリオンとネルフ支部を飲み込んで何処とも無く消え去った。
 支部の方はどうにもならんが、飲み込まれたエヴァンゲリオンとパイロットを助けたい。
 手を貸してくれないか」

クリフォードはダンチェッカーの言葉を受け、しばらくじっと考えていた。そしておもむろにディスクに収録されていたデータを引きずり出すと、ぶつぶつと何事か呟いていた。そして確認するようにダンチェッカーにその理由を尋ねた。

「何故助けたいんだ」

「彼とは夕食の約束が有るんだ」

ダンチェッカーは澱むことなく、そう言い切った。

「オーケー、俺もそのディナーに招待してくれるのなら協力しよう。
 きっと楽しいことになりそうだからな」

クリフォードはそう言って立ち上がると、ダンチェッカーに手を差し出した。

「ああ、きっと楽しい食事になるよ」

ダンチェッカーはそう言って、クリフォードの手を握りしめた。

「ところでこれからどうすればいい」

「まずにここを起って日本に向かう。
 次に奴が現れるとしたらそこしか無いからな。
 快適な日本までの旅とVIPの扱いが待っているよ」

「了解だ。俺の準備はすぐにでも出来る。
 すぐに出発しよう」

「引継とかはいいのか」

「問題ない。ノイズ源も分かったことだし問題は解決したようなもんだ。
 後はゴミ掃除に行けば良いんだよ」

ダンチェッカーの要領を得ない顔にクリフォードは吹き出した。クリフォードは画面に映し出された使徒を指さして言った。

「こいつがノイズを高次空間にばらまいて居るんだよ。
 とびっきり高エネルギーの奴をね」

そのクリフォードの言葉に何か引っかかることがあったのか、ダンチェッカーはもう一度聞き直した。

「そいつがノイズ源とはどういうことだ」

「うちのシステムがノイズだらけになったのと、時間が大体一致しているからな。
 それにうちのシステムは質量と発生エネルギーに反応する。
 こんなでかい奴が飛び回るんだ。
 発生するエネルギーは並のものじゃないだろう」

「ちょっと待ってくれ、その測定の時間精度はどれくらい有るんだ」

「1000分の1秒までは保証できるぞ。
 政府から金をふんだくれば百万分の1秒までは持っていけそうだ。
 それがどうした」

ダンチェッカーはクリフォードの持ってきたPCの画面を指さした。

「この画像とノイズデータを時間をあわせて表示出来ないか」

「おやすいご用だ、と言ってやりたいところだがシステムが違うんだ。
 データ変換に30分ぐらい待ってくれないか」

「ああ、それぐらいならかまわんよ。
 こっちも色々と用意がいるからな。
 ところで電話を借りてもいいかな」

「ああ」とクリフォードが頷いたのを確認すると、ダンチェッカーはゲイツの個人番号へとダイアルした。

「ところでこの電話はSEMの秘話機能をサポートしているかい」

クリフォードは自分の端末のキーを叩きながら、電話の脇に有る赤いボタンを指さした。

ダンチェッカーはゲイツを電話口に呼び出すと、彼のルートからNERVへの接触を依頼した。要件は簡単である。『高次空間物理学者が協力する』これだけでNERVは飛びついてくるはずだ。ダンチェッカーはついでに二人分のロンドンから日本へのSSTOの座席確保も依頼をした。しきりに『俺はクリスのセクレタリーじゃない』とぼやくゲイツをなだめながら...

「時にジョン」ダンチェッカーは少しトーンを落として、ゲイツに問いかけた。「フランツはどうなった」

「彼は死んだよ」

電話口から聞こえてきたその答えに一瞬ダンチェッカーは表情をゆがめた。幸いデータ変換にかかりっきりになっていたクリフォードは、それに気づくことはなかった。しばらくダンチェッカーからの応答が無かったことに事情を察したゲイツが言葉を続けた。

「大体何を考えているかは想像が付くが、それは誤解と言うものだ。
 今回の件は全くの偶然だ。
 彼は本当に運悪く強盗に出会ったんだ。
 ただその強盗を殺し屋と間違えたことに彼の不幸があったんだよ」

「オーケィ、ジョン。
 彼は不幸な事故だった。
 私もせいぜい事故には気を付けることにするよ。
 じゃあ連絡の方は頼む」

ダンチェッカーは、電話の向こうでゲイツが苦笑いしているのを感じながら電話を切った。まあ確かにフランツは、触れてはいけないものに触れてしまったところがある。『自業自得』かとダンチェッカーはフランツの件を忘れることにした。
 
 

ちょうどダンチェッカーが電話を終わったとき、クリフォードの準備も整った。思いの外時間がかかったことにぶつぶつと不平を言いながら、クリフォードは出来上がったファイルのアイコンをクリックした。

「次からはOSXで頼む」

その言葉にダンチェッカーは肩をすくめて見せた。クリフォードも仕方ないとばかり肩をすくめ、二人は再生されたデータを注視した。

「時間の誤差は」とのダンチェッカーの質問に、クリフォードはすかさず「元データの精度次第だよ」と回答した。

「ノイズデータの方が前から記録されているから、それにオーバーラップする形で画像データを表示している。
 このグラフを見て貰えば分かるが、クリスのデータの2時間前からノイズが急激に増加している。
 そしてここで更にノイズが増加している」

そう言ってクリフォードが指摘した時間にダンチェッカーは心当たりがあった。確かにその時間にエヴァンゲリオン5号機が出撃したのだ。成る程このノイズは、S2機関の動作と密接に関連しているのだと、ダンチェッカーは理解した。それは2体の使徒が殲滅された時、ノイズ量が下がったことで確信に変わった。

「ここからかなりダイナミックにノイズが変わるぞ」

クリフォードが画面を見ながら、そう注釈を入れた。

確かに新たな使徒の出現、5号機の活動停止、使徒の消滅で大きくデータは変動していた。しかし、使徒が消滅したときにノイズ自体は小さなものに落ち着いている。その疑問をダンチェッカーが口にしようとしたとき、クリフォードが先に説明を加えた。

「まあ待て。この30分後に大きなノイズが発生するから」

画像の終了と共にスクロール速度を上げたノイズデータは、使徒消滅から30分後に再び大きな値を示して安定した。それはちょうどエヴァンゲリオン5号機が活動を停止して40分後の出来事だった。

「このノイズは今でも継続しているのか」

ダンチェッカーは沸き立つ気持ちを抑えながらクリフォードに質問した。

「ああ、相変わらずだよ」

そう答えるクリフォードの手をダンチェッカーは思わず取っていた。

「ありがとうブラッド。
 これでディナーは無駄にならなくなった」

いきなりの行動にクリフォードは少し苦笑いを浮かべ、ダンチェッカーに言った。

「悪いが分かるように話してくれないか」

ダンチェッカーはニヤリと笑うとクリフォードに言った。

「なあに、異次元の海を渡る宇宙船のエンジンが起動したんだよ」

ダンチェッカーはシンジの無事を確信した。
 
 
 
 

to be continued.
 


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NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんのルフラン第17話、投稿して頂きました。


  >確かに前は、N2爆弾を使って吹き飛ばせばいいと考えていたわ。
  >そんなことをしたら門を吹き飛ばすだけじゃないかって。
  >自分たちでフォースインパクトを起こしてしまうのかも知れない。

  力技がきかないのでしか
  理論で押すしかないとは……ぴーんっち

  >多分彼女の中で昇華したシンジへの思いを具現した物以上に。
  >その結果、アスカの心が急激にシンジに囚われてしまったのだろう。自分の価値の中心となってしまうぐらいに...
  アスカ、可愛くなってましたもんねぇ
  関係ないですが、浮気したらどうなっちゃうんでしょ。


  > 彼は本当に運悪く強盗に出会ったんだ。
  > ただその強盗を殺し屋と間違えたことに彼の不幸があったんだよ」
  大人って不潔

  > それはちょうどエヴァンゲリオン5号機が活動を停止して40分後の出来事だった。
  > 「なあに、異次元の海を渡る宇宙船のエンジンが起動したんだよ」
  エヴァの再起動は成功している?!

  アスカは、まぁシンジに逢えば回復するだろうけど……………
  肉体労働はケンスケ・トウジがやるとして……………
  力不足かしら
  問題はどうやって異次元の門をこじ開けて使徒を退治するかですが…………どうなるんでしょ

  次回を楽しみにしてます。



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