第二話 動き出す世界 −1
 
 

2018年4月10日

「鈴原君、相田君準備はいい?」

「ハイ、リツコはん」

「いいですよ、リツコさん」

新生ネルフではサードインパクトの際に放置された量産機の起動実験が行われていた。使徒が来ない今となっては予算が厳しく制限されている。かつてほど費用の投入が許されない状況のためエヴァンゲリオン量産機の修復には2年の月日を要した。超法規的措置がとれなくなったため専従操縦者(チルドレン)も強制して徴用することができなくなった。そのため新規のチルドレン発掘は困難を極め、極秘に過去の候補者の中から志望者を募ってようやく実験にまでこぎつけることが出来た。それでも世界に4体あるエヴァンゲリオンに対して3人のチルドレンを確保するのが限界だった。ネルフ本部のある日本で2名、ドイツ支部で1名のチルドレンが選出されたが、アメリカ支部ではいまだにチルドレンの選出まで至っていないのが現状だった。日本では鈴原、相田の両名が素体での試験ですでにエヴァの起動に十分なシンクロ率を得られることが確認されていたため量産機2体での運用を前提に二人を4th、6thチルドレンとして選定されていた。

「初期コンタクト異常なし」

「パルスおよびハーモニクス正常、シンクロ問題なし」

「絶対境界線まであと0.5、0.4、0.3、0.2、0.1」

「ボーダラインクリア」

「エヴァンゲリオン7号機、8号機起動しました」

2体のエヴァが無事に起動したことで実験室全体に安堵した雰囲気が広がった。

「マヤ、データは?」

赤木リツコはファイルに目をやりながら伊吹マヤに指示をだした。

「はい先輩。4thチルドレンシンクロ率23%、6thチルドレンシンクロ率19%を記録。ハーモニクスは誤差範囲です」

「そう、じゃあ今日の試験はここまででいいわ」

リツコはそうスタッフに実験の終了を告げたあとチルドレンの二人にも実験の終了を告げた。

「鈴原君、相田君ご苦労様。今日はこれでいいわ」

モニタには3年前にくらべて逞しくなった、鈴原トウジ、相田ケンスケの姿が写し出されていた。
 
 



 
 

「先輩どうぞ」

マヤは煎れたてのコーヒーをリツコに渡した。

「ありがとう、マヤ」

リツコがコーヒーを美味しそうに飲んでいるのを嬉しそうに眺めていたマヤが言った。

「無事起動してよかったですね先輩
 でもあんまりシンクロ率上がりませんね。
 やっぱりアスカって凄いなあ
 ドイツでは40%を超えている見たいですよ」

ドイツではセカンドチルドレンである惣流アスカ・ラングレーを操縦者として本部より一足早く起動試験が行われていた。その場でアスカは初めての機体で42%という高いシンクロ率をたたき出し、関係者を驚かせた。

リツコはマヤの入れたコーヒーをゆっくりと味わい「ありがとう」といってカップをマヤに返した。
「美味しかったわよマヤ...
 確かにアスカはすごいわね
 でも今は起動すれば管理上問題ないのよ。
 逆にアスカの高すぎるシンクロ率は問題だわ」

「どうしてですか先輩。
 あのときは1%でもシンクロ率を上げることに頑張っていたじゃないですか」

マヤは良くわからないという顔をしてリツコを見つめた。

「いいことマヤ...
 私たちに戦うべき相手はいないの...もう使徒はいないのよ。
 通常兵器の役に立たないエヴァは今の私たちが扱うには危険すぎる。
 特にS2機関を搭載した量産機は今までと違って稼動時間の制限がない...
 エヴァの戦力比はそのまま双方の戦力差になるのよ
 いい、今アスカの9号機は強すぎる...誰にもとめられないのよ
 鈴原君と相田君の二人がかりでも多分むり
 アメリカからもう1体持ってきても駄目でしょうね

 そうなると色々なところから雑音が上がってくるの
 平和になるとよけいなことを勘ぐるやからが増えるから
 強い力を持ったドイツ支部に対する猜疑心もわくわ
 ここだって2体のエヴァがあることで色々と言われている
 平和になると利権と権力に興味が向く連中なの。
 エヴァの存在だって権力争いの為の道具でしかない
 いい、そんな中ではアスカは強すぎる駒なの
 今はまだいいけど、でも将来はわからないわ
 ドイツ支部の支部長は権力志向が強いという評判だから
 アスカの存在は彼にとって格好の駆け引きの道具となる
 アスカは頭のいい子だからいつか辛い目にあうかも知れないわね
 せめてどこかにアスカと同じくらいの力があればアスカも楽になるのだけれど」

リツコはそこまで言って口を噤んだ。シンジがいれば状況はよくなることは分かっている。しかし今更シンジにそれを望むことはできない。傷つき打ちひしがれた少年を見捨てたのは自分たちだからだ。

マヤはリツコの話を聞くと眉をひそめた。

「結局また大人達は子供達を利用してしまうんですね
 あの子達は十分尽くしてくれました。
 特にアスカはあんなに傷つき苦しんでいたのに
 もう開放してあげてもいいのに...」

「エヴァに関わった者の悲劇ね
 世の中はね奇麗事だけでは済んでいかないの。
 あなたにも分かっているでしょ
 私たちの存在自体疎まれているのよ
 今の世の中にエヴァなんて存在しない方がいいのよ
 でも人はね一度手に入れてしまったものはないことにできないの
 ある以上は私たちはエヴァと付き合っていかなくてはいけない
 そのためにはあの子達が必要なの
 新しく作られたダミーシステムでは力不足だわ」

「アスカの力になってあげることはできないんですか」

「今のところどうしようもないわよ。
 まだ不都合が生じているわけじゃないから
 それに本部と支部の関係も前とは違うのよ。
 ネルフという組織以上に各国の思惑が絡んでくるわ
 使徒がいなくなった今、
 私たちにはアスカを呼び寄せる権限がないの
 アスカの身に何か起きない限り...
 アスカを帰す前だったらまだしも...」

リツコはそう言うとデータの書き込まれたファイルをマヤに渡すと

「とりあえず、ドイツの状況だけは注意してトレースしましょ
 今出来る事はそれだけ
 まあ、情報のことなら加持君がいるんだから心配ないわ」

そういって実験室を出ていった。一人残されたマヤはファイルを片づけながら小さくつぶやいた

「せめてシンジ君がいてくれたら...」

しかしそれはかなわない望みであることを本人たちが一番承知していた。
 
 



 
 

ドイツ支部長のハインツ・オッペンハイマーは上機嫌だった。本部から送られてきた起動試験の結果を見る限り本部の戦力は自分たちの敵ではない。それにアメリカ支部は問題外である。これで自分の影響力が増す。彼はこの有利な状況を楽しんでいた。そして自分の地位確保にいかにして利用するか考えていた。

「仕掛けるのは早い方がいいな。本部がいつサードチルドレンを担ぎ出すかわからんからな」

最初はお荷物だと感じていたセカンドチルドレンがこんなに役に立つとは...彼は降ってわいた幸運に感謝した。

「それにしても...」

彼はアスカの容姿を思い浮かべ下卑た笑いを浮かべると一人つぶやいた。

「母親似だな、利用できるだけ利用させてもらおう
 その後はその後で、十分楽しませてもらえる...
 いい拾い物だったな」

ハインツはデスクの上におかれたインターフォンで技術部のセカンドチルドレン担当者を支部長室に出頭させるように秘書に命じた。
 
 



 
 

技術部所属セカンドチルドレン担当のフランツ・オッペンハイマーは支部長室へと歩いていた。二十歳を超えたばかりの若々しさ、180を超える長身と鍛えられた体、金色の髪に灰色の瞳。一介の技術者にしては洗練された身なり、十分に女性を引き付ける要素を彼は持っていた。彼は支部長室のドアの前に立つと一度身なりを確認しそのドアをノックした。

秘書に導かれるまま、支部長室に入った彼は支部長ハインツ・オッペンハイマーと対峙した。

「父さん、用件は何ですか」

ハインツは息子に対して本部の実験データを渡した。フランツは一通りデータを眺めると軽蔑するように言った。

「やはり、本部はサードチルドレンを徴集しなかったようですね。
 ヒューマニズムを重視するとは愚かなことを
 奴等なんぞ駒としての扱えば十分なのに」

ハインツは自分の息子の見識に満足した。

「そう言うなフランツ。
 おかげでこちらは十分なアドバンテージ得られたんだ
 本部のヒューマニズムとやらに感謝しなくてはな...」

ハインツはそう軽口をたたいた後、急にまじめな顔をして息子に向き直った。

「わしはすぐに仕掛けるからな
 いいか、セカンドチルドレンのご機嫌をうまく取っておくのだぞ
 うまく自尊心をくすぐってやれ。
 それからちゃんと女として扱ってやるんだぞ
 ただしシンクロに影響が出るといかんから抱いてはならん
 それにな...」

下卑た笑みを浮かべて言った。

「あの女はわしが最初にいただくからな」

フランツは「やれやれまた病気が出たか」という顔をした。

「それはいいですけどいつまでも抱かないというのは難しいですよ
 女として自尊心をくすぐっているうちにそういうことにならないとも限らないし」

ハインツはフンと鼻を鳴らした。

「お前が何人の女を相手にしたか知らんとでも思っているのか。
 セカンドチルドレンごときの機嫌をとることぐらいた易かろう。
 いいな、くれぐれも言っておくがわしの期待を裏切るなよ」

そう言うとハインツはフランツを退出させた。
 
 



 
 

惣流アスカ・ラングレーは上機嫌だった。シンクロテストは好調に推移し、シンクロ率は少しずつではあるが向上している。その上本部にいる二人のパイロットに対しては大差をつけている。それに今日はお祝いということでフランツから夕食の招待された。アスカにとってすべてが順調であった。

シンクロテストが終わった後二人はケルン市郊外にあるフランスフレンチレストランで夕食を取っていた。二人ともさして着飾っているわけではない、むしろ本部から直接訪れたため普段着に近い格好であったのだが非凡な二人の容姿は十分に人の目を惹きつけた。

2年前に比べて赤みが取れ、より鮮やかな金色となった髪、すらりと伸びた背、そして女らしさを増したその体つき、柔らか味を増したその顔つき。同世代の少女たちから頭一つ以上抜きでた容姿をアスカは獲得していた。

「おめでとう」

フランツはアスカのグラスにシャンパンを注ぐと、そっとグラスを差し出しアスカに言った。

「なんに対して?」

アスカはフランツの瞳を見つめて言った。

「アスカが優秀なことが証明されたことさ
 君の努力が報われたんだ、君は世界一だよ...そのお祝いさ」

「鈴原と相田でしょ。あの二人なら勝って当然よ
 そんなにおめでたいことじゃないわ」

「確かに過去の実績から行けばそうだけどね。
 それでもその事実を世界に示すことは重要なんだ。
 名実ともに君はエヴァのエースパイロットだよ
 それを証明することが出来た、それを祝ってもいいと思うんだけどな」

「名実ともにね...」

フランツにはアスカのはっきりしない態度のおよその理由はわかっていた。サードチルドレンの存在だ。何かにつけてアスカは日本を気にしている。その理由にはサードチルドレンがいるからであることは容易に想像がついた。ただ二人の関係についてがどのようなものであったのかは報告書からは読み取れなかったが。

「サードチルドレンのことを気にしているのかい?
 本部では彼をパイロットとして招集する意志がないようだ
 だから、彼はもうパイロットとして存在しない
 アスカの気にすることではないよ」

「それに」といってフランツは言葉を続けた。

「今の君には誰もかなわないよ。
 さあ、おしゃべりはここまでにして乾杯しないか」

「そうね」

「じゃあ、アスカの成功と僕たちの将来のために乾杯」

そう言うとフランツは軽く自分のグラスを傾けた。

アスカは「二人の将来」の言葉に頬を赤く染めながら「乾杯」といってグラスを傾けた。
 
 



 
 

贅沢な夕食が終わるとフランツは自分の車でアスカを彼女のマンションまで送った。フランツは車のドアを開けると「さあ、お嬢様」といって手を差し伸べアスカをエスコートした。アスカはその手をありがとうと言って取ると軽やかに車から出た。

「今日はありがとう。とっても楽しかったわ」

そういってマンションに入って行こうとするアスカの手をフランツは掴まえ、自分の方に引き寄せた。虚を突かれたアスカは軽くよろめくと胸に抱かれるようにフランツの方に倒れ掛かった。

フランツはすばやくアスカの唇を奪った。始めは少し驚いていたアスカだったがすぐに目を閉じ、両手をフランツの腰に回したフランツを受け入れた。長い口付けが終わった後、フランツはアスカを優しく抱きしめ「愛してる」と耳元でささやいた。二人の抱擁はまだ続いていた...
 
 



 
 

フランツと別れて部屋に戻ったアスカは着替えもそこそこにベッドに横たわり、今日一日のことを思い返していた。フランツ...支部長の息子、将来を嘱望される優秀な研究者、容姿も一流...そして何よりも自分を一人の女として扱ってくれる。加持は決して自分に触れようとしなかったが、フランツは違う。男として自分を求め、愛してくれる。

アスカの心には呪縛のように「碇シンジ」住んでいた。フランツの存在はアスカの心に住んでいるシンジの影を薄くしていった。

確かにアスカはこの時幸せだった。
 





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中昭のコメント(感想として・・・)

   トータスさまより2話目が到着いたしました。   

  さあ、なんだか知らないが2話目にして早くも緊迫してまいりました。

  ハラハラ
  ドキドキ
  
  1話目の私のコメントで、シンジ君の出番を遅らしてしまったみたいです。  
  シンジファンの人には申し訳ないです。
  でも、その分トウジとケンスケが出演している(名前だけ)から、その筋の方には慶ばしい事では
  ないでしょうか。シンジファンの方は出番が遅れてパワーアップしたシンジに期待しましょう。  

  掲示板をご覧の方は、トータスさんの悩みをご承知かと思います。
  3話目にどんなアスカが出てくるのか、シンジは一体どうなるのか。
  楽しみですね。



  みなさんも、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
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