〜ル・フ・ラ・ン〜


第二十一話 終わりの始まり
 
 
 
 

新第壱拾使徒サハクイエルの引き起こした混乱は、被災地の調査でエヴァンゲリオンの残骸が発見されたことで、急速に沈静化した。そしてネルフに向けられていた疑惑の目は、逆に中国政府へと向けられることとなった。国連管理によらないエヴァンゲリオンの所有。中国政府の背信にいっきに国際世論は沸騰した。しかし、国連の派遣した調査団がこれといった証拠を発見できなかったこと。大国がそろって追求に及び腰だったことから、総会の場でいくつかの非難の意見は出るには出たが、中国政府に対する追求も中途半端なものに終始してしまった。

そして世論もまた、エヴァンゲリオン隠匿の事実よりも、山脈一つ消滅したことによる気候への影響と周辺地区への被害に関心が移り、盛りあがっていた非難も急速に沈静化することとなった。
 

しかし、この事件がネルフに対して新たな動きをもたらすことになったことは確かだった。
 

すなわちロシア政府から、新たなエヴァの発見の知らせがあったのだ。ほとんど無傷のエヴァが見つかること自身奇異なことである。しかし、国連はその事実を追求するのを放棄し、発見されたエヴァンゲリオンを日本に移送することで早々に議論に終止符を打った。影でいくつかの国が動いたという噂が立ったが、その噂も盛りあがりをかいたままいつのまにか立ち消えていた。
 

新たに発見されたエヴァンゲリオンを日本に移送すること自体、北米支部のエヴァンゲリオンを日本に移したことを考えれば妥当な措置である。しかし問題はそうは単純に片付くものでなかった。未だにネルフに対する不信感は根強く、しかもエヴァンゲリオンが一極集中することに対する拒否感は相当強いものがあったのだ。
 

何しろこれまでの兵器を陵駕する破壊力を持つ兵器なのである。本来分散して配置することで抑止力として効力を発揮するのである。それが国連の機関とは言え、一国に集中するのである。そのことに対する不安は相当なものがあった。

2,2の分散配置の意見が再び出され、安全保証理事会の場にも掛けられるまでの問題に発展した。しかし、同時に軍からあげられた兵力の分散に対する危惧が役に立ったのか、現状通り日本に集中して配置することで決着を見た。これにはエヴァンゲリオンを自国に配備することで、使徒の被害を被ることに対する恐れが背後にあったことも影響していた。
 

しかし、理事会はネルフに対して足かせを掛けることも忘れていなかった。すなわちネルフを監視するための監視団の駐留と、MAGIのスーパーバイザー権の共同管理である。当初理事会は、MAGIのスーパーバイザー権を完全にネルフから取りあげることを画策したが、ネルフの強硬な反対と、その為に必要な技術者確保の問題から共同保有ということで決着がついた。

これでネルフは、とりあえずMAGIの運用に関して最低限の権利を確保したことにはなったが、セキュリティの面で大きな足かせを掛けられたことなり、スーパーバイザー件分割までに、大量の機密文書の処理が必要となった。

監視団の駐留に関しても多くの軋轢が有った。日本国政府からは戦自の駐留に関して強い申し入れが有り、逆に国連の場では、戦自駐留に拘る日本に対して疑念を持つ加盟国から反対の意見が提出された。白熱した議論が安全保障理事会の場で行われることとなったが、結局複数国の参加としか結論が出せず、駐留武力に関してはネルフからの一次案の提出を待つこととなった。ここで日本を除く加盟国の間で誤算が有ったのは、ネルフと戦自との確執である。彼らには、ネルフの案には戦自は含まれないだろうと言う腹づもりがあった。しかし、ネルフの提出した資料には、戦自の駐留に関しての一文も載せられていた。そこには戦略自衛隊からの駐留要員として、発令所に5名程度の武官の配備を行うことが記載されていたのである。他国に対しては更に施設内へ駐留部隊配置が言及されていたのだが、戦自に関しては駐留部隊は認めず。発令所に駐留する武官を補佐するためのごく少数の人員の配置だけが盛り込まれていた。

これは日本政府には実を取らせる良い方法であった。何しろネルフ本部の近隣には厚木、入間などの基地が存在するのだ。いざとなればこちらの部隊を展開させればいい事は容易に判断が付く。逆に国連に対しては、曲がりなりにもネルフ内に武力を駐留させてないと言ういいわけが立つのだ。ネルフの出した提案書は渡りに船の内容であったと言っていいであろう。

この提案は国連側にもすんなりと受け入れられた。ネルフ本部から実働部隊を引き離すことの合意がとれたことがその要点である。大規模な部隊の移動となれば事前に察知が可能である。そして事前の情報網にかからない程度の部隊展開で有れば、ネルフに配置した戦力で制圧可能なのだ。

ネルフの出した提案は、些細な修正が加えられた上で本会議で可決承認された。

背後で冬月らが国連内で根回しを行ったことと、大和が戦自の上層部を黙らせたことが大きかったと言える。
 
 

こうした政治の場での葛藤とは別に、ネルフ本部は多くの困難に晒されてもいた。それはシンジが生還したとはいえ、エヴァが外部制御で停止させられた件に関して何ら解決を見ていないことに現れていた。使徒との戦いの最中、このようにエヴァの制御が奪われては死活問題となる。その問題だけでも頭が痛いところに、更に新たなエヴァの配備である。残された使徒の中には、エヴァを乗っ取った物まで含まれていることから、本部に配備されたエヴァの安全性が最優先の事項となっているのだ。それをこれまで2体のエヴァを運用していたスタッフでまかなわなくてはならないのだ。北米支部からの補充が有ったとしても、部品レベルからの汚染チェックなども大は山積であるのだ。
 

結果的に、今回の件で一番割りを食ったのは赤木リツコであろう。5号機の洗い直し、新たなエヴァの受け入れ準備。そして戦闘で壊れたエヴァの修復。キャパシティを越える作業量に、直接作業者には倒れる者が続出していた。それは前線で陣頭指揮をしているリツコにしても同じ事である。慣れているとはいえ、三十路過ぎに完徹3日を越えるのはさすがにきつい物が有る。同様に加重労働が続く彼女のスタッフとともに、使徒が来る前に破綻するのでは?と言う笑えない冗談が万円するようになっていた。
 

更に技術部にとって負担となっていたのは、エヴァとパイロットの組み合わせである。同一ベースの量産型エヴァである。しかも整備したのが本部であるのなら、パイロットとの間の相性問題など存在しないのではないかと考えられていた。しかし大方の期待を裏切り、そこには明確な相性が存在した。他のパイロットとは別格なシンクロ率を誇るシンジですら、明確に相性が露呈しているのだ。鈴原、相田の両パイロットに至っては、起動すら出来ない組み合わせが存在していた。これは技術担当をしているリツコだけでは無く、戦術担当をしているミサトを巻き込み、大きな問題として本部全体にのしかかっていた。
 

いくらシンジの戦闘力がずば抜けて高いとしても、使徒の同時展開が確認されている今、単独に近い運用には問題がある。しかし最大戦力をわざわざ落とすのも、それは作戦として愚である。何しろぎりぎりのところで戦っているのだ。少しでも力は大きい方が良い。そのためにはシンジに最も相性のいい機体を割り当てるのが良いのであるが、そうするとどうしても1体のエヴァが運用できなくなってしまう。これはこれで大きな問題であった。そして相性と同じく、もう一つの問題。それは技術部が最大の関心を寄せている、エヴァの安全性の問題である。少なくとも人的にはエヴァを停止させる程度の被害しかないのでましなのであるが、エヴァが使徒により汚染された場合、参号機のように突如敵となることもあり得るのだ。しかも使徒に操られたエヴァの力は大きい。それがもしシンジの乗っているエヴァであったとしたら...
 

それは本部にいる誰もが想像もしたくない、最悪の事態であった。
 

此処までの検査の結果、問題となるところは“見つけられない”と言う報告は技術部から来ている。しかしそれでも危険性が全くないとは言えない状況なのだ。ミサトは真剣に第壱拾壱使徒出現までシンジの出撃を見合わせようかと考えたぐらいである。もちろんそれが出来ないことぐらい、彼女は良く承知していた。
 

そこで、『虎穴にいらずんば虎児を得ず』とばかり、ミサトは山のような仕事に忙殺されている親友を頼ることにした。
 

「でね、リツコ...」
 

リツコは背後から帰られた声に、『なあに』とばかりに振り返った。このときミサトは、油の切れたブリキ細工のおもちゃのような音がリツコから聞こえてきた気がした。
 

たばこの吸いすぎから来るかすれた声と、睡眠不足から来る血走った目。コーヒーの飲み過ぎであれた胃とそこから来る吹き出物。赤木リツコの作り出す雰囲気はミサトを持ってしてもたじろがせるには十分な物があった。一瞬回れ右をしかけたミサトだったが、此処に来るまでの決意を思い出し、勇気を振り絞って抱いていた疑問をリツコにぶつけた。

「5号機ってさぁ...大丈夫なの」

その瞬間リツコのこめかみがヒクッと動いたのをミサトは見逃さなかった。技術部にとっては最も人も時間を掛けている事。しかも百科事典一冊分も有ろうかという報告書を提出しているのだ。をそれをおいて、『大丈夫?』と来たのだ。彼女の心中が穏やかでないことは容易に分かることだった。それでも心の中にかすかに残っていた自制心を振り絞り、暴れ出すことがなかったのは、さすが赤木リツコと言うべき事だろう。

「あ、相変わらずね...ミサト。
 あなたきちんと報告書を読んでいないでしょう」

それでも怒りに多少唇が震えるのは、人として許容範囲であろう。

「ははは、よ、読んではいるんだけどね。
 ちちちょっち、確信みたいな物が欲しくてねぇ」

切れかけたリツコの姿に、ミサトの背中を冷たい物が走ったのは言うまでもない。

「じ、じゃあ、あなたに判断の為の良い材料をあげるわ。
 今本部に有る機体...どれを使っても同じよ」
「さすが、じゃあ安全性は確認されたのね」
「ふふふふ、甘いわねミサト。
 どれも同じくらい危ないって意味よ。
 エヴァ自身には細工の後が無かったのは覚えているでしょう。
 だから同じ事は7,8号機でも起こりうると言うことよ。
 ただ私の居る本部でMAGIを乗っ取ろうなんて100年早いわ。
 そんな輩が居たら...ふふふ、楽しみねぇ」
「ははは、リツコ...邪魔したわね」

さすがにこれ以上親友のところにいるのは得策ではないと判断し、ミサトは戦術的撤退を決意した。そして、切れかけの親友の助言に、リスクが同じなら少しでも戦力の増強される方向...シンジを5号機に乗せようと決意した。
 
 
 

大人達のハードワークをよそに、子供達は青春を謳歌していた。シンクロテストの回数は格段に増加したが、ここに来て初めて全員が揃ったことで、彼らの心にも余裕が生まれていた。そのシンクロテストも、彼らのことを考慮して、時間が放課後に設定されていた事も大きいだろう。彼らは純粋に学園生活を楽しむことが出来たのだ。
 

それはお互いにパートナーが側に居ることが大きな理由となっているのかも知れない。彼らの安定した精神状態は、互いのパートナーに支えられているところが大きくなっている。もっとも、何事にも例外はある。その例外はエースパイロットである霧島シンジの所に存在した。

エヴァのパイロットとしてのシンジの存在は、すでに皆の知るところとなっている。現体制下において、ネルフは彼らを完全に隠蔽するだけの影響力を発揮し得ないことは明確であったため、逆に彼らの存在を積極的に世間にアピールしたのである。それがシンジであり、アスカであり、トウジ、ケンスケであったのだ。ケンスケとトウジも世間常識から行けば、十分に絵になるまでに成長していたのだが、如何せん比べる相手が悪かった。二人の容姿と、その辿ってきた運命。そして現在の二人の間柄。当然世間の目は、第一次使徒戦役からパイロットとして戦っていた二人に集まることとなった。

さすがにマスコミに煩くつきまとわれることはないが、その一挙一動が世間の耳目を集める結果になっているのだ。第三新東京市内では報道関係者への制限が上手く働いているので問題がないが、つい最近までシンジが住んでいた新鹿児島市や、アスカの居たケルンなどは少しでも情報を得ようとする記者が闊歩していたのだ。

すでに退職した数学教師がTVの画面に大映しとなったときなど、チルドレン全員で大いに驚いた物だった。

そんな中に居るのである。シンジとその周りの人達は嫌がおうにも周りの注目を集めることとなった。

そうなると特に目立ったのがレイコの存在だった。一般生徒であるため、シンジ達とは違いガードが手薄だったせいもあり、一時期レイコがマスコミに追いかけられる事態が発生した。シンジの近いところに居る美少女。その存在はマスコミの好餌となったのである。そのしつこさに悲鳴を上げた彼女は、アスカの助言で彼女の父親の力を利用することにした。すなわちチルドレンに対する安全保障上の問題と言う物を持ち出したのだ。その錦の御旗を振りかざし、大和副司令補佐はマスコミを黙らせることに成功した。

しかし人の口に戸を立てることは出来ない。特にシンジに近づくきっかけを持たない女子生徒からの、敵意の籠もった視線をレイコは向けられることになった。もっともこれはアスカの一睨みで大半は黙らされていた。

もっとも彼らに向けられる視線は、そう言った興味本位の物ばかりではなかった。学園内においては中学のときの彼を知るものも多かったのだ。彼らの前から姿を消す直前のシンジは、いかにも危うく今にも消えてしまいそうな風体をしていた。そして実際にシンジが彼らの前から姿を消したこと、そしてその後に残ったアスカ達の様子にそれが決して幸せな物でないことを知り、彼らは大いに胸を痛めたのだった。それがこうして再び元気な姿を彼らの前に現したのである。彼らにとっては嫉みそねみの感情より、安堵の気持ちのほうが大きかった。

いずれにしても多くの人達の視線に晒され続けた彼らは、そのことに次第にならされていった。遠慮なく向けられる視線を無視することが出来るほど、彼らは逞しさを身につけていった。
 

いつも一緒に居るわけではないが、彼らが行動をともにする機会は増えていった。その現れが昼時の昼食会だった。彼らはめいめいにお昼を持ち寄り、屋上に集まって無駄話に華を咲かせていた。

現在の彼らの話題は新しく導入された機体のことだった。厳密に言えば機密事項に類することである。学校の屋上で口にするには多くの問題があるのだが、ここしばらくの騒動が各種メディアで報道されていたため、機密も有名無実になっていた。しかも彼らはエヴァのパイロットとその関係者である。そのことをとがめ立てするような者は存在しなかった。

「こんどのさぁ、10号機は誰が乗るのかなって言うか、誰がどのエヴァに乗るのかな」

マユミ特製のお弁当を頬張りながら、ケンスケはここのところ感じていた疑問を口に出した。 

「そう言えば...ミサトさんが悩んでいたようだけど...」

ケンスケの質問に、シンジはマナとお揃いの弁当を食べながら最近忙しそうなミサトの様子を思い出した。

「10号機が来てテストしてから考えるんじゃない?
 それぞれ相性が有るようだから」

購買で買ってきたパンを頬張りながら、アスカはそう答えた。さすがにシンジがお弁当を作っているわけではないので、彼に頼ることは躊躇われたようだ。かといって自分で作ることもままならないので購買に頼ることとなった。

『遠慮する必要はないのよ』

と言うシンジの母ミドリの言葉を受け入れることは、女としての矜持が許さなかったようだ。まあだからといって自分で料理をしようと思わないところがアスカたるゆえんであろう。

「結局シンジと惣流がどれに乗るかってことやろ」

これまた他人より一回り大きいお弁当箱を抱えながら、トウジが口を挟んだ。

「あんたバカぁ?
 事はそんなに単純じゃないのよ。
 シンジくらいになればどの機体でもまともに動かすことが出来るけど。
 あんた達じゃそれもままならないでしょ。
 後方支援の数も重要な条件なのよ。
 いいこと、私たちの誰が欠けてもいけないの。
 全員が悔いの無いように戦うことが重要なの!」

そのアスカの言葉にトウジは驚いたような顔をした。

「何よ、その顔は...何か文句があるって言うの?」

アスカの詰問に、トウジはぶんぶんと首を横に振って否定した。

「ちゃうちゃう、文句やない。
 なんや、ちょっと驚いただけや。
 そないなまともな話、惣流から聞けるとは思うとらんかっただけのことや」

その物言いにアスカが腰を浮かせかけたのを、静かにシンジが静止した。矛先をシンジに向けようと振り返ったアスカは、シンジの瞳に浮かんだ柔らかな光に何も言えなくなってしまった。

「トウジが驚くのは無理もないよ。
 以前のアスカだったら“私一人で十分!”って言い切っていただろう」
「じゃあシンジも驚いた?」

そう言って自分を見つめるアスカに、シンジはにっこりと笑って首を横に振った。

「ううん、僕はアスカらしいと思ったよ」

その光景に、全員が心の中で『ごちそうさま』と呟いていた。
 
 


***





ロシアから搬入された10号機は、それこそ隅から隅までと言う言葉が当てはまるほど厳重なチェックが行われた。ネルフの技術陣にとっても、それは苦い思い出なのである。しかも最初の起動を新型ダミープラグで行うと言う念の入れようだった。そのため、シンジ達チルドレンが10号機に搭乗するまで、1ヶ月の期間を要することになった。

「乗機は固定しておいた方がやりやすいのは確かだけど...」

ミサトは目の前に有るシンクロデータを眺め、一人呟いた。そこには実に個性的な値を示すデータが積み上げられていた。

「まあ、近接戦闘は二人に任せるとして...」

ミサトの右手でシャープがくるくると回っている。ミサトは左手で頬杖を着いたままの姿で、ディスプレーを見つめていた。

「やっぱり5号機はシンジ君ね。
 7号機はアスカで、8号機は相田君、10号機は鈴原君...
 これがトップ性能を落とさない一番いい方法ね」

そう言いながらミサトは残っている使徒の事を思い浮かべた。使徒の行動が前回と同じならば、必ず今度もエヴァを狙ってくるだろう。問題はそれがどのエヴァであるかだ。それが分からない以上、特定のエヴァの運用を行わないと言う方法を採ることが出来ない。

「ジレンマよね〜」

リツコが同じ事を繰り返さないため、必死になって努力していることは了解している。しかし、作戦を預かるものとしては最悪の事態も想定しなくてはならないのだ。ミサトとしてはその“最悪”がシンジの乗っている機体に当たらないことを願っていた。もしそんなことになったら誰も止めることが出来ないのだ。

「あ〜あっ、胃が痛い...
 早く帰ってエビチュでも呑もう!」

暗い考えを振り払うように、ミサトはそう言って席を立った。どうやら彼女には胃を休めるという考えは無いようだった。
 
 


***





各々の乗機が決まったことで、訓練は機種を固定してのシンクロテストから、模擬戦へと移行していった。ここで特に目立ったのは、意外なことにケンスケだった。もちろんシンクロ率のずば抜けて高い二人には及びはしないが、これまでは微差ながらシンクロ率で上回っていた鈴原トウジを逆転し、更に模擬戦ではそれなりにアスカを手こずらせるところまで成長していた。

「ラブラブパワー全開っちゅうところやな」
「そうだよ、羨ましいか」

模擬戦が終わってから、そう言ってからかうトウジにもケンスケは全く動じることはなかった。そのケンスケの姿にたまたま居合わせたアスカが感心したようにシンジに耳打ちをした。

「ずいぶんとましになったんじゃない?相田の奴」

ずいぶんな言い方だなと思わないでもなかったが、それがアスカにとって最大級の誉め言葉であることをシンジは了解していた。そしてアスカがケンスケに対して感じていたものはシンジにとっても納得のいくものだった。

「守りたいって気持ちが強いのだと思うよ。
 でもそれが焦りにつながっていない。
 凄く良い組み合わせ何じゃないかな?あの二人」
「そうよね、意外なほどしっくりといっている感じね。
 初め紹介されたときはびっくりしたけどね」

そこでアスカはトウジと話をしているケンスケの方に一瞬視線を向け、にやりと笑った。

「で、シンジ...二人の馴れ初めって聞いてる?」
「...いや」
「じゃあ、どっちから告白したと思う?」

う〜ん、とシンジは考えた。

「ケンスケ...かな?」
「ぶっぶー
 まあ普通はそう思うわよね。
 でも真実は違うのよ。
 告白はあの子の方からなんだって。
 なにやら1年間暖めてきた思いなんだって」
「ふんふん」
「あんたの妹がしっかりと事情聴取をした結果なんだけど。
 その馴れ初めがね...」

アスカはそう言うと、マナから聞き出した二人の出会いについて楽しそうに話し出した。シンジは、『人の事ばっかりに首を突っ込んで...』とマナの行動に呆れはしたが、アスカの報告に相づちを打つことを忘れては居なかった。

「で、相田のハートを一撃で撃ち抜いたって訳よ」

まあ良くもそこまで聞き出したものだと、シンジは妹の事情聴取能力に感心していた。そしてそれを事細かく覚えているアスカの記憶力にも空恐ろしいものを感じていた。

「で、アスカはマユミさんの選択をどう思ったの?」

突然のシンジの問い掛けに、「へっ」とアスカは呆けたような顔をした。

「なんであたしの感想が必要なの?」
「別に必要って訳じゃないよ。
 ただアスカって、よくケンスケの事をバカにしていたじゃない。
 だから同性から見たマユミさんの選択について聞いてみたかっただけだよ」

シンジの言葉にアスカは納得したような表情を浮かべた。

「マユミはよく見ていると思うわよ。
 何が有ったのか知らないけれど、相田の奴も成長したみたいだしね。
 責任感ってのが付いているし、逞しくなったんじゃない。
 それに細かい所に気がつくし、話題も豊富だから...
 鈍感バカのあんたや鈴原を選ぶよりはましなんじゃない?
 あっ、これ相田にはオフレコよ。
 彼奴がつけ上がると困るから」
「なにか、さりげなくバカにされた気がするんだけど...」
「そう?気のせいよ」
「そうかなぁ...何か悪意を感じるんだけど」
「“蓼食う虫も物好き”って諺が日本にあるでしょ?
 別に個人の好みの事だからいいじゃない」
「“蓼食う虫も好きずき”なんだけどね。
 でも、今の話に何か関係有るの」
「あんたが多少“変”でも、好きになってくれる人は居るって事よ」
「その“変”ってのは何だよ“変”ってのは」
「あら、自覚が無いの?じゃあシンジは真性なのね」
「“真性”って...
 ところでアスカに聞くんだけど、アスカは“物好き”なの?」
「殴るわよ!」

即断の元に返答され、シンジは『はあっ』とばかりに頭を垂れた。ここのところからかわれてばかりだな、とシンジは最近のアスカとの会話を思い出していた。そして何気なくポケットに突っ込んだ手に触れた物が、シンジにいたずら心を起こさせた。

『そうさ、たまには僕が反撃したって良いじゃないか』

そしてシンジはことさら落ち込んだ様子を見せ付けるようにした。

「せっかくアスカと行こうと思ってたのに...」

シンジはそう言うとポケットから2枚のチケットを取り出した。そのチケットの券面には一日無料パスと書かれていた。どこかの遊園地のパスポートチケットのようだ。

「今度の日曜日...訓練が無いってリツコさんが言って居たからチケットを頼んでおいたのにな」

これは本当の事だった。ここのところ忙しくて、二人っきりになることが無かったため、シンジが張り切って手配した物だった。もっともこのことは忙しいはずのミサトの耳に入り、しっかりとアスカに伝わっていた。ただし、その過程において様々な脚色が加わっていたのはお約束である。

「しょうがないから、アスカの知らない人を誘って行こうかなぁ〜」

『遊びに連れていけ』とテストが終わった後、よくアスカは騒いでいた。そのことも有って、それなりの反応が有るはずだと、シンジはちらっとアスカの顔を盗み見た。しかしシンジの期待に反し、アスカは涼しい顔をしていた。

「シンジにそんな度胸があるんならいいわよ。
 レイコにマナ、そしてあたし...
 三人を敵にしたらどうなるのかしらね」

そう言ってにやりと笑って凄むアスカの顔を見て『綺麗なだけにこう言ったときには迫力が有るな』とシンジは変な感心の仕方をしていた。

「何でマナまで出て来るんだぁ」
「簡単よ、あんたの妹はあたし達の味方ってわけ。
 さあ、あんたの心当たりの“あて”って奴を聞かせて貰いたいわね」

アスカの追求にシンジははあっと息を吐き出した。どう頑張ってもシンジには分が悪いようだった。

「降参だよアスカ...
 今度の日曜日に僕とデートしていただけませんか」
「宜しい、初めからそう言えばいいのよ」

アスカはそう言うと、嬉しそうにシンジの腕を抱え込んだ。

「へへぇっ。シンジとデェト!」

『結構振り回されているよな』そう思わないでもなかったが、『それでも良いか』とシンジは満面に笑顔を浮かべているアスカを見て思った。欲しくてたまらなかったアスカの笑顔が自分に向けられるのだ。悪い気がするわけが無かった。

『何を着ていこうかな?』

週が始まったばかりというのに、シンジは早日曜日の事に思いを馳せていた。
 
 


***





それはやはり浅間山にいた。ただ、前と違っていたのは、すでに羽化を始めようとしていた事だった。浅間山の地震観測所と、ケンブリッジのクリフォードからほぼ同時に情報が入ったことで、ネルフは蜂の巣をつついたような慌ただしさに突入した。何しろ羽化した使徒がいつまでも同じ場所に居るとは限らないのだ。この後どういう動きを見せるのかが分からないのなら、苦戦したとは言え、一度倒している場所で戦った方が得策なのである。

短くない逡巡の後、葛城ミサトは浅間山の火口を戦いの場所に選んだ。

「作戦ってほどのものはないわ。
 今度も同じように潜ってもらうわ」

ミサトの視線は確実にアスカを捕らえていた。

「...あたし?」

アスカが自分を指指すのにミサトは肯いた。

「やっぱり、経験者のほうが確実じゃない。
 それに今度は攻撃方法もわかっているから対処がしやすいし」

ある意味正論である。アスカはしかたが無いとばかり、小さくため息を吐いた。

「わかったわよ。ミサトの言うとおり。
 私が一番適任よ。
 で、サポートは誰がしてくれるの?」

アスカが“誰”といったのが質問ではないことは全員がわかっていた。しかし、今回はミサトもその希望を通すわけにはいかなかった。

「アスカ...あきらめて。
 あなたたち二人を一緒にいかせるわけにはいかないの。
 何しろ今回は本部から場所が離れているわ。
 今、本部の無防備な姿をさらすわけにはいかないのよ」

そうきっぱりと言いきられてはアスカにも反論のしようも無かった。しぶしぶといった風で、アスカはシンジとの別作戦を承諾していた。

「ありがとうアスカ、感謝するわ。
 で、アスカとペアを組むのだけど...相田君。
 あなたにお願いするわ」

いいわね、というミサトにケンスケは肯いた。

「惣流、俺じゃ相手に不満かもしれないが我慢してくれ」

そう言って差し出されたケンスケの手を、アスカはしっかりと握り絞めた。

「このあたしが背中を任せるんだから、しっかりとやんなさいよ」
「わかってる、後が恐いからな」
「...どういう意味よ」
「別に深い意味はないさ」

なあ、とケンスケはシンジの顔を見た。シンジとしてはそこで話を振って欲しくはなかった。

「シンジィ〜どういうことかな?」
「さ、さぁ...どういうことだろうね」

ぎょろりとにらむアスカに、シンジは“ははは”と笑ってごまかすしかなかった。心の中ではケンスケに向かって『余計なことをこっちに振るな』と悪態をついてはいたが。

「まあ、今度は誰の力も借りないでも大丈夫だとは思うから。
 相田は昼寝でもして待っていなさい!」

そう言って胸を張る姿に、シンジは昔のアスカが帰ってきた思いがした。
 
 
 
 

続く
 


トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんのルフラン第21話、投稿して頂きました。


  サハクイエルはエヴァを狙っていた!!
  んで結局はエヴァの集中管理っすね。
  んでもあれですね。今回のリバイバル使徒はNERV本部ではなくエヴァそのものを葬ろうとしてるわけですか。
  NERV本部には既にカレラの欲しいモノがない。
  でもエヴァには何かがある?

  しかし、スーパーバイザーを渡しちゃったらセキュリティなんかないも同然っすな。
  パスワードの閲覧すらできちゃんじゃないっすか。

  >部品レベルからの汚染チェックなども大は山積であるのだ。
  >ミサトとしてはその“最悪”がシンジの乗っている機体に当たらないことを願っていた
  いつどういう経路で感染するかわかりませんもんね。
  JAに感染してくれるのが一番良いんですけど。

  >「あんたが多少“変”でも、好きになってくれる人は居るって事よ」
  > ところでアスカに聞くんだけど、アスカは“物好き”なの?」
  >「殴るわよ!」
  らぶらぶ・・・

  >「作戦ってほどのものはないわ。
  > 今度も同じように潜ってもらうわ」
  いっその事放っておくってのは・・・・だめか   ガギュりんの時も、
  >相手が海の中にしか居られないなんて思わないことね。
  >今までの奴で空を飛べる構造の奴なんていなかったんだから」
  って事だったし、どんな事するかわかりませんもんね。
  下手をして、もぐらのように地下から侵攻されたら手も足もでない。

  さて、ケンスケのコンビネーションはどうなる?
  そして本部は平穏無事ですむのか?
  次回が楽しみ

  みなさん、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
  メールアドレスをお持ちでない方は、掲示板に書いて下さい。



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