〜ル・フ・ラ・ン〜


第五話 使徒再来
 
 
 

セカンドインパクト、サードインパクトを乗り越えて鉄道技術は進化した。特にセカンドインパクトはそれまで海岸線を走っていた日本の大動脈とも言える東海道、山陽新幹線の息の根を止めた。いくら航空機が発達したとしてもやはり、鉄道による大量輸送に対する要求は強く、セカンドインパクトの混乱が収まってきた2005年から国策として日本列島を縦断する新幹線の建設が着工された。2010年には本州縦断、九州縦断部分が完成しその4年後には本州と九州がトンネルで再接続され、北海道部分も南ルートが完成した。サードインパクトを挟む形とはなったが2018年時点では本州北ルート、九州東ルート、北海道南ルートの建設が行われている。

新幹線は運行距離が長いため可能な限り停車駅を減らし、移動速度を追求した。そのためセカンドインパクト以前の新幹線とは異なり、路線のおかしなゆがみ、不自然な停車駅はなくなった。そのかわりと言ってはおかしいが、地方政治家を満足させるためハブステーションからは放射線状に高速リニア鉄道網が構築され地方都市へのアクセスを容易にした。

新鹿児島10時30分発のグリーン個室にシンジ達はいた。ムサシ、マナ、レイコの旅行にでも行くかのような楽しそうな姿とは対照的にシンジは一人物思いに耽っていた。

「はぁ〜」

シンジが何回目かの溜息を吐いたときムサシが缶ビールをシンジに突きだした。

「何を考えているのかしらんが。そんな辛気くさい顔をするな。
 せっかくの酒が台無しになるだろ」

「あのな...」

シンジの言葉を無視し、ムサシの言葉に追い打ちをかけるようにマナが言った。

「そうよ、お兄ちゃん。せっかくこんな美女と旅行ができるんだからもっと楽しまなくちゃ。
 何だったらムサシとアタシはしばらく席を外してあげようか」

「ちょっちょっとマナ...」

今度はレイコが顔を赤くしてマナに抗議した。

「いいじゃないレイコ。それに向こうにつくと強力なライバルがいるみたいだから今のうちにがんばっておかないとね」

マナはレイコにウインクするとムサシの手を引いた。

「じゃあ、お兄ちゃんそういうことだからアタシとムサシはちょっと席を外すから
 ついでにお弁当買ってくるけど何でも良いよね。
 30分は戻らないわよ...それとももっと遅いほうが良い?」

シンジは「なんて強引な奴」という顔をした。

「別に何でもかまわないよ...
 おまえ達こそ...時間それっぽっちで足りるの?」

「もう...アタシたちはそんなんじゃないわ。行くわよムサシ」

そういうとマナはムサシの手を引っ張って出ていった。ムサシは出がけに「すまん」と小さく謝ると後はなすがままに引きずられていった。

残されたシンジはうるさいのがいなくなったとばかりにまた窓の外を眺めた。そして昨日別れ際に日向に渡されたもう一通の手紙のことを思い出した。アスカについてかかれた報告はシンジの気持ちを重くした。どういう顔をしてアスカに会えばいいのだろうと...

シンジと二人っきりになったレイコはなんとかシンジに何か声をかけようとした。しかしシンジの顔を見てしまうと何も言い出せなくなってしまった。何があなたをそんなに悩ませているの...聞いてみたい...そして役に立ちたい...と。シンジはそんなレイコに気がつかないように窓の音を眺めたままだった。

「あの...」

レイコは何回かの躊躇いのあとようやくその呼びかけを言葉にすることに成功した。しかしその声はあまりに小さかったのでじっと窓の外を眺めているシンジに気づかれることはなかった。

「あの...」

さっきよりも大きな声でレイコはシンジに呼びかけた。その声に気づきようやくシンジはレイコの方に振り返った。

「何、レイコちゃん」

レイコはようやくシンジが気づいてくれたことがうれしかった。それと同時に大きな声を出したことが急に恥ずかしくなり赤くなった顔を隠すために顔を伏せた。

「ついてきてご迷惑でしたか」

一瞬シンジは何を言われているのかわからなかったが、今日一日の自分の態度を思い返してみて気がついた。自分はずっとふさぎ込んだままだった。まるでレイコ達が居ることが不満であるかのように。シンジはそんな自分の態度が彼女にそう思わせていたかと思うと申し訳なく思った。

「そんなことはないよ。レイコちゃん達のおかげでどれだけ心強いか。感謝しているよ」

「でも楽しそうじゃないですよね」

相変わらずレイコはシンジの顔を見ないで言った。

「レイコちゃん達のせいじゃないよ。ただあまり急だったからまだ心の整理がついていないんだ」

レイコは口にしていいか、迷ったが思い切ってそのことを口にすることにした。

「彼女に会うことがですか」

シンジは驚いた。アスカのことはムサシしか知らないはず...ムサシが軽々しくレイコに話すわけがない...どうしてレイコが知っているのかと。

「ムサシに聞いたの?」

「いえ、いつもシンジさんを見ていたから。
 何となく...だってシンジさん人気があるのに誰ともおつきあいしていなかったでしょ。
 だから心の中に誰かいるのかなと思って...

 ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」

「いや、いいんだよ... 本当のことだから」

レイコは顔を上げるとシンジをじっと見つめて言った。少し潤んでいる漆黒の瞳にシンジは吸い込まれていくような錯覚を覚えた。

「その人のこと好きなんですか」

「ああ」

シンジは好きだと言うことを素直に口に出来た自分に驚いた。

「その人はシンジさんのこと、どう思っているんですか」

レイコはシンジから目をそらさないで続けた。

「わからない...いやたぶん嫌われている。
 ひょっとしたら相手にもされていないかもしれない」

レイコはシンジの方に身を乗り出し、自分の想いを初めてシンジにぶつけた。

「それでもその人が良いんですか。
 私じゃその人の代わりになれないんですか」

シンジはレイコの想いにどう答えていいかわからなかった。しばらく考えてシンジは静かに話し出した。

「その娘はね....
 とっても明るくて、とっても才能豊かで、とっても強くて
 でも、とっても意地っ張りで、実は人一倍傷つきやすくて
 そしてとっても寂しがりやなんだ

 今思うといつもその娘を見ていた気がする
 大好きだったんだ...

 前にね1年にもならない短い間だったけど共同生活してたんだ
 一緒に敵と戦い、生死を共にしてきた

 その戦いの中で彼女は傷ついていった。体だけじゃなく心も...
 ボクが傷つけたんだ...

 彼女は自分の居場所をボクが奪った考えた。
 そして彼女は自分の居場所がないと感じたとき
 戦えなくなってしまった。

 そして彼女の心は壊れてしまったんだ...

 情けないことにボクはそんな彼女を助けることもしないですがりついてしまった
 そして誰もいない病室で彼女を汚してしまった

 幸いあの事件の時彼女は自分を取り戻すことができたけど
 彼女は敵との戦いで死にかけた
 でもボクは彼女を助けに行くことすらできなかった
 いや助けに行こうとしなかったんだ

 彼女が助かったのはホンの偶然
 ボクにできたのは全てが終わった後傷ついた彼女を看病することだけだった...

 彼女が目覚めたときにボクを見た目に浮かんでいたのは...」

シンジはそこで言葉を切った。そして思い出すのも辛そうに言葉を続けた。

「彼女に瞳に浮かんでいたもの...
 それは無だった...
 ボクを見詰めるその目には何の感情も込められていなかった
 まるでものかなにかを見ているような目...

 ボクは怖かった...どうしようもなく怖かった
 彼女にとってボクはもう視界には入らなくなってしまったと感じたから...

 そして次に彼女の目に浮かんだのはボクに対する憎しみ...
 それでもボクはうれしかった...彼女がボクを見てくれたから
 たとえ憎しみでもボクのことを見てくれたから...
 彼女の前で人でいられたから...

 だからボクは彼女が直るまで看病を続けた...毎日...

 その間彼女は以前のようにボクのことを罵ったり
 以前とは違ってボクのことを気遣ってくれたり...
 以前の二人に戻れそうな気もした...

 でも、ボクはあのとき彼女の心を知ってしまったから
 物を見るような目でボクを見つめる彼女を知ってしまったから
 ボクが彼女の苦しみの原因になっていることを知っていたから
 それが錯覚だということも分かっていた...
 辛かったんだ...
 
 

 だから...
 
 

 逃げ出したんだ...ボクは
 
 

 それでも忘れられないんだ。
 もう二度と会うこともないと思っていたのに
 いや、もう会っちゃいけないと思っていたのに
 それでもまた会えると思うとうれしいんだ
 今、彼女が大変なことになっているのを知っているのに...
 自分でも最低な男だと思う...」

レイコはシンジの独白をじっと聞いていた。そしてシンジの話が終わると静かに話し出した。

「私はシンジさんと初めてお会いしたときのことを覚えています。
 私がシンジさんを最初に見たとき
 なんて悲しい目をしているのだろうと思った。
 そしてどうしていつもそんなに辛そうにしているんだろうと思った。
 頼りない、冴えない人だと思っていた...

 でもなんて優しい目をしているのだろうと思った。
 どうしてそんな綺麗な目をしているのだろうと思った。

 マナに聞いたわ...
 あなたが毎晩のようにうなされていたのを

 お父さんに聞いたわ...
 あなたが世界を救ったことを

 そのときわかったの...
 あなたがみんなの悲しみを背負ってしまったことを

 それから私は毎日あなたのことを見ていた
 あなたのことをマナにも聞いたわ
 あなたのことを全て知りたいと思った
 あなたの苦しみを受け止めてあげたいと思った...
 その時から私の心の中にあなたがいるようになったんです」

そう言うとレイコは両手を自分の胸に当てた。

「おじいさまのところで稽古をしていくうちにあなたは変わっていった...
 どんどん素敵になっっていった...
 みんなはあなたが強くなったと言っているけど...

 でも私は知っている...あなたの強さはあのときと変わらないって
 ただ、傷つきすぎてしまった心のせいであなたの強さが見えなかっただけ

 あなたは心に耐えきれないほどの傷を負っていたのよ
 だからそんなに自分を責めないで
 今のあなたを見ればきっと彼女だってわかってくれるわ
 あなたはこんなに素敵なんだもの
 また巡り会えるんですものやり直せますわ
 だから...だから元気を出して下さい」

レイコの言葉を聞いたシンジは胸が詰まる思いがした。そしてうれしかった...こんな自分のことを想ってくれる人がいたことに。それでいてアスカのことを忘れられない自分が苦しかった。シンジはなんと言ったらいいのかわからなかった。そしてようやく

「ありがとうレイコちゃん」

と言葉を紡いだ。そして「ごめん」とも。

「いいんです今は。
 でも私はあきらめが悪いの。
 だから決して負けませんわその人に...」

『そしてマナにも』の言葉をレイコは飲み込んだ。

沈黙が二人を包んだ。しかしその沈黙は何か心の通った暖かい物だった。二人はしばらく見つめ合った後思わず吹き出した。

「なんか、しんみりしちゃったね」

「そうですわね」

そう言うとシンジは荷物の中から包み紙を取り出した。

「昨日、みんなで食べるようにとお菓子を作ったんだけどレイコちゃん食べる?」

「ええ、是非。でもシンジさん料理をなさるんですか?」

「こっちに来てからは全然しなかったんだけどね。
 向こうでは毎日していたよ...
 同居していた人たちはそういう方面がさっぱりだったから」

「じゃあ、私はお茶を用意しますね」

「クッキーとケーキだから紅茶が良いな」

「任せておいて下さい。おいしいのを持ってきましたから」

レイコはポットを取り出すと紅茶を入れだした。お菓子の甘い香りと紅茶の香りが部屋の中を包んだ。
 
 
 



 
 
 

ドアの外ではムサシとマナが聞き耳を立てて一部始終を聞いていた。神妙な顔をしているマナに向かってムサシは言った。

「大変だなマナ。強敵が二人もいて」

「何のことよムサシ」

「シンジのことだよ...
 おまえ好きなんだろ」

マナは心の中を言い当てられた驚きからか大きく目を見開いてムサシを見た。

「つきあいが長いんだからおまえが誰を見ているかぐらいわかるよ。
 まあオレとしては可愛い妹の恋が成就してくれるのを願っているがな」

マナは顔を伏せた。

「私...レイコに勝てないな...」

マナは日に日に美しくなっていくレイコがうらやましかった。腰まである長いストレートの黒髪と色白な顔、大きな瞳、小さな顔...元々十分に美少女であったレイコだったが、シンジと出会ってからは表情に輝きが加わり、シンジを見つめるその姿は同性の目をも奪うものだった。

そして真摯にシンジのことを想うその想いの強さ、純粋さにマナはかなわないと感じていた。

「マナらしくないな...あきらめるのか?
 確かに最近のレイコは兄の目から見てもどきっとするくらい綺麗になった
 だがなそんな妹を持つオレの目から見てもおまえもいい女だよ
 戦いもしないうちからあきらめるなよ」

「ありがとうムサシ。
 やさしいねムサシは」

「オレはいつだって優しいさ
 しかし、シンジも幸せな奴だなこんなに二人に想われて...
 さあ、あいつら腹をすかしているだろうから早く飯を買ってこようか」

「そうね」

そういうと二人は売店へと歩いていった。
 
 
 



 
 
 

途中何の遅延もなくリニアは定刻に第三新東京市に着いた。待ち合わせまでに少し時間があったのでベンチに腰掛けてミサトを待つことにした。そんな一行を迎えたのは2年半ぶりの非常事態宣言を知らせるサイレンだった。その時シンジはつくづく自分は使徒と縁があるなと自嘲した。そしてシンジはムサシに向かってマナとレイコを連れて避難するよう言った。

「ムサシ!マナとレイコちゃんを連れてシェルターに行ってくれ。
 場所はみんなに着いていけばわかる」

「おまえはどうするんだ」

「必ず迎えが来る。それにボクはパイロットだ逃げるわけには行かない。
 だからここで待ってる」

「じゃあ、オレ達も一緒に行く」

「バカ、危ないぞ」

「じゃあ、シェルターなら安全なのか?」

「少なくともここにいるよりはな」

「そうはいっても、俺達はここに不案内だ。
 ここでおまえとはぐれちまったらどうなるかわからん。
 それにレイコもマナもお前と離れることには納得せんだろう...」

シンジは言葉に詰まった。そしてマナとレイコを見た。二人の瞳もムサシと同じ意見だと物語っていた。シンジはこうなったら無駄だとは分かっていたが最後の抵抗をした。

「しかし、二人とも危ないから...」

「まあ、レイコもマナもやわじゃないから大丈夫だよ。
 それにこの二人、たとえ危険でもお前と一緒に居たいみたいだからな」

「しかし...」

シンジは何とか思いとどまらせようと言葉を捜した...しかしムサシはもう決定事項のように周りを見渡すと迎えが来ないことに不平を言った。

「それよりシンジ、ネルフとやらの迎えはまだか...
 オレは美人のお迎えを待っているんだけどな」

ムサシがそういったとき背後から声がかけられた。

「そいつあすまなかったな。
 事情により葛城は迎えにこれなくなったから代わりにオレが来たよ」

シンジは迎えに来た男の顔を見て驚いた。生きて再会できるとは思っていなかった人がそこにいた。

「加持さん...どうして」

「やあ、シンジ君久しぶり。
 立派になったな。
 つもる話はあると思うがとりあえず本部に急ごう
 さあ君たちも乗りなさい」

そう言うと加持は全員を停めてあったセダンへと詰め込んだ。

「さぁ、飛ばすぞ...ちゃんと掴まっていろよ...」

加持の運転する車からは2体のエヴァが射出されるのが見えた。まだ使徒の姿は見えなかった...射出されたエヴァを見つめシンジは小さくつぶやいた。

「トウジ、ケンスケ...頑張って...」

シンジを巻き込んだ戦いはまさに始まろうとしていた。
 
 






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中昭のコメント(感想として・・・)

  語られるアスカへの想い。
  成長したんだかしてないんだか、ちょっと判断付けにくいシンジですが。
  復活したアスカと、レイコ・マナの衝突が今から楽しみです。

  でもオリジナルキャラの扱いって難しいですよね。
  外見の描写からしてもの凄いハンデがあるし。読者の思い入れの差もいかんともしがたいし。
  レイコちゃんがどう育っていくのかも注目したいです。


  さてさて、次回から本格的に戦闘開始なのでしょうか。楽しみですね。



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