第六話 それぞれの想い 〜前編
ネルフ本部は久しぶりの緊張に包まれた。2年半ぶりの使徒の襲来...もはや使徒迎撃を目的としていなかったネルフにとって、その命題は非常に重いものだった。緊張に押しつぶされそうになりながら葛城ミサトはモニタに写るパイロット二人に目をやり出撃の指示を出した。
「いい、二人ともこれから出撃よ
作戦は判っているわね
あなたたちの実戦のデータがない以上多少行き当たりばったりの感はあるけど我慢してちょうだい
何とか修正していくからそれまでは頑張って
くれぐれも言っておくけど、決して一人で倒そうとは思わないこと
いい、あなたたちは二人居るのよ
コンビネーションを守れば必ず勝てる
いいわね」
「「了解」」
ミサトはパイロットの元気のいい返事を聞く満足そうに笑った。
「いい返事ね。
それから相田君...アスカの敵を討ってね」
「わかってます、ミサトさん」
ケンスケは右手の親指を立てて見せた。
「二人ともいい?
待っている人が居るんだから無茶しないでね」
「わかってます、ミサトはん」
「じゃあ頑張って...後5分で射出するからよろしく」
ミサトはマイクのスイッチを切った。そして傍らにいるリツコに向かって言った。
「思ったより落ち着いているわね...あの子達...
でもリツコ...武器の方は何とかならないの...
このままじゃ厳しいわ...」
リツコは辛そうに唇を噛むと言った。
「ごめん、ミサト...
今まともにつかえるのは近接戦闘用の武器だけよ...
ポジトロンライフルはあるけど単独じゃ使徒のATフィールドは貫けないわ」
「そうね」と言い、ミサトは時計を見た...シンジ君が到着するまで後少し...結局間に合わなかったのかと。
「二人がうまくやってくれるのを祈るしかないわね」
リツコの言葉も開き直りに近いものがあった。初号機がない今、シンジが現れたとしてもいきなり戦力になるとは考えにくい。アスカにしても戦える状況ではない...あの二人に賭けるしかないのだと。
鈴原トウジと相田ケンスケは7号機、8号機に乗り込んでいた。ミサトの通信が切れた後、ケンスケはじっとトウジを見つめた。そして昨夜シンジが帰ってくることを聞いたときに二人でかわした会話を思い出した。
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「シンジが帰って来るんだってな」
アスカの見舞いからの帰り、ケンスケはぽつりといった。
「なんや、うれしくないんか」
「いや、うれしいよ...」
トウジはケンスケの顔を見た。その顔には複雑な表情が浮かんでいた。
「久しぶりにシンジに逢えるんだ...
うれしいよ、うれしいんだけど...」
「帰ってきてほしゅうない気持ちもあるんやろ」
「ああ...」
「惣流やろ...ケンスケ」
ケンスケははっとしてトウジを見つめた。
「どうしてそれを...」
「なあケンスケ...わいらがつるんで何年になると思うんや...
お前が惣流のことを見る目がちごうとることぐらい気づいとるわ...」
トウジは言葉を切るとケンスケの反応を見た。ケンスケは黙ったままだった。
「シンジが来るのが怖いんやろ...
せっかく惣流が手の届くところに来たのに、また届かなくなってしまう...」
トウジの言葉はケンスケの胸をえぐった。
「やめろよトウジ...
それ以上言うな...」
ケンスケはうなされながらシンジに助けを求めるアスカの姿を思い出して苦しそうに胸のうちを吐き出した。
「わかってるよそんな事...そうだよ俺は惣流のことが好きだよ。
中学の時からずっとだ...
俺はずっと惣流のことを追いかけてきた...
それなのにどうしてまたシンジなんだよ...
シンジは惣流を見捨てたんじゃないか...
それなのにどうしてなんだよ...
どうしてオレじゃいけないんだ...」
トウジは一つため息を吐くとケンスケに言った。
「そんなことあらへん...
ケンスケはケンスケや、シンジやあらへん。
あきらめる必要なんてどこにもあらへん
ケンスケはケンスケで出来ることでシンジと競りおうとればええんや
なあケンスケ...」
「それでな」とトウジは話を続けた。
「実はわいもシンジに帰ってきてほしゅうない気持ちがあるんや...
まあケンスケとは理由が違うがな...」
ケンスケはトウジがシンジに帰ってきて欲しくないと言ったことに驚いた。トウジはそんなケンスケの顔を見ると話を続けた。
「理由が聞きたそうやな」
ケンスケは黙って頷いた。
「実は前な、ヒカリと二人でシンジに会いに行ったことがあるんや
惣流がドイツに帰る帰らんちゅうてごたごたしとったときや
そん時な、ヒカリがシンジんとこいって惣流を引き留めて貰えるよう頼もうってことになったんや」
トウジは言葉を切った。そしてケンスケを見つめた。
「結局シンジにあわんと帰ってきてしもうた...
いや遠くからシンジの顔を見て、シンジのお世話になっている人の話を聞いて
結局シンジにあう勇気がなくのうてしもうた...
なんちゅうて話したらええんかわからんくなってしもうたんや...」
「どうして」
「シンジ...えろう苦しんどった...
毎晩うなされとるっちゅう話やった...
医者にかかって治療を受けとるっちゅう話やった...
ここで起こった事を乗り越えようと必死やった...
どうしてそんなに苦しんどるシンジんとこのこのこ出かけていって勝手なことが言えるんや
そっとしといたるんが一番ええと思ったんや」
トウジは一言一言絞り出すように言った。
「結局前の戦いで一番苦しんだんはあいつらや
シンジも惣流も...ぼろぼろになるまで戦ったんや...
そやから、こんどはワイらががんばらんとあかんのや...
それなのに...それなのに...
またシンジにたようてしまう...
それがいやなんや」
トウジの悲しそうな顔がケンスケの心に残った。
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「ケンスケ...敵討やな...きばっていくで」
トウジの声にケンスケは我に返った。
「わかってるよトウジ...
だけど冷静にならなくちゃいけないんだ
オレはオレにしか出来ないことをする
だから冷静でいなくちゃいけないんだ」
それを聞いてトウジはケンスケに向かってニカッと笑った。そして前方を指差して「時間や」と言った。
「わかったよトウジ」
ケンスケもそう答えた。そして小さくつぶやいた...
「惣流...」
ケンスケの言葉はカタパルトの騒音にかき消されトウジの耳に届くことはなかった。二人の乗ったエヴァはカタパルトで射出された。今戦端は開かれようとしていた。
使徒迎撃の任を持たなくなった第三新東京市にはもはや兵装ビルはなかった。したがってそこに立ち並ぶビルももはやジオフロントに収容されることはなかった。2体のエヴァは建物の被害を避けるためにかろうじて残された郊外にある射出口へと現れた。
ミサトはマイクを握り締めるとパイロットの二人に指示を与えた。
「いい、二人とも...
ヒットアンドウェイを心がけてね...
2体のエヴァで敵を撹乱して...
隙を見てコアに攻撃を集中して...
いいこと、くれぐれも掴まらないようにね」
ミサトの指示に肯いた二人は視線を前方へと転じた、そして戦自の攻撃に導かれるように現れた使徒を見つけた。
「いくぞ...トウジ」
「おおっ」
二人の駆るエヴァは挟み込むようにして使徒へと襲い掛かった。
トウジとケンスケの駆るエヴァは巧みに使徒に対して戦闘を行った。二人は使徒が市街地に近づかないよう牽制すると、うまく背後を突き攻撃を加えた。なかなか有効打は加えれれないが確実に使徒を追いつめていった。
「今のところうまくいってるわね...
あとはどうやってとどめをさすかだけど...
難者ね...
ねえリツコ、二人のはるATフィールドの強度はどう?
使徒のATフィールドを中和出来てる?」
リツコはデータの表示されたディスプレーを眺めながら答えた。
「多少はね...でも彼らの持っている武器ではとどめはさせないわね
せめてポジトロンライフルが使えればね」
「それって手がないって言いたいわけ]
ミサトはリツコを睨んだ。
「さっきも言ったでしょ。
あの二人のうちどちらかが一人で使徒を押え込めればいいのよ...
そうすればもう一人で使徒を狙撃できるわ...
でもね...あの二人のATフィールドじゃ密着するぐらい接近しないと効果がないわよ
出来るの?アスカが押さえ切れなかった使徒よ」
ミサトはため息を一つ吐くとマイクに向かって言った。
「鈴原君、相田君聞こえる?作戦を言うわよ
相田君は戻ってポジトロンライフルを受け取って使徒を狙撃
鈴原君は使徒の牽制およびATフィールドの中和
いい?フィールドの中和は使徒に密着するくらい接近しないと難しいわ
だから鈴原君...狙撃の時には使徒に密着して...」
トウジとケンスケはミサトの作戦にお互いの顔を一瞬見合った。そしてケンスケがミサトに一つの提案を申し入れた。
「ミサトさん...
俺とトウジの役割を入れ替えてもらえませんか」
ミサトはモニタに映るケンスケの顔を見た。いい顔をしている...そう思ったミサトはケンスケの提案を受け入れることにした。
「わかったわ二人とも...
鈴原君は狙撃を...相田君は使徒を押さえて
鈴原君第一射と二射の間に最低10秒必要よ...それだけは覚えておいて...」
「作戦スタート!」
「ほないくで」
トウジはそう言うと背後から使徒に一撃を加えた後、ポジトロンライフルの射出される射出口へと転進した。使徒は攻撃されたことによりケンスケに対して後ろを向く形となった。ケンスケはその機を逃さず、背後からパレットライフルを一斉射すると自分の位置を入れ替えた。
「トウジは...]
ケンスケはトウジのいるはずの射出口をみた。ちょうどトウジの乗る7号機がライフルを受け取り狙撃体制に入ろうというところだった。
「あと20秒か...」
ケンスケは自分の稼ぐべき時間を確認すると再びパレットライフルで一斉射を行い移動した。
「トウジ!カウントダウンを頼む」
そう言いながらケンスケはライフルの残弾を確認しながら使徒の注意を自分の方へと引き付けつづけた。
「10、9...」
トウジのカウントが10を切ったとき、ケンスケは使徒のコアがトウジの射線上に乗るように弾幕をはりながら8号機を使徒へと突進させた。
「5,4...」
「フィールド全開...」
ケンスケはATフィールドを全開にすると使徒へととりついた。そしてカウントが0になるのを待った。誰もがその完璧なタイミングに作戦の成功を確信した。
「1、いくでー」
トウジがかけ声と共にポジトロンライフルのトリガーを引くのと同時に使徒の両目が光った。トウジの放った必殺の一撃の威力は使徒のそれを上回っていた、しかし、両者の軌跡が交わったとことによりわずかに進行方向が変えられた。
「くっ」
軌跡のゆがめられたエネルギーは使徒のコアをそれ、とりついていた8号機の左腕の肘の先を消し去り使徒の左肩をかすめた。激痛に思わずケンスケは自分の左腕を押さえた。
「ケンスケ大丈夫か!」
焦りを含んだトウジの叫び声が聞こえる。
「大丈夫だトウジ...
それより早く第二射を...
使徒の攻撃はオレが押さえる...だから早く」
なんとかそう言うとケンスケは使徒に組み付いたまま8号機を7号機との軸線上へと動かした...使徒の攻撃から7号機を守るために。力に勝る使徒は8号機の頭部を鷲掴みにすると力任せに8号機を引き剥がそうとした。頭へ加えられた締め付けるような痛みと左腕の痛みにケンスケは自分の意識が遠くなっていくのを感じていた。
「あと少し...あと少し...」
ケンスケは意識を持っていこうとする痛みに歯を食いしばって耐えた。しかし限界が近かった。
「3,2,1 いけぇ〜」
トウジの気合いと共に引き金が引かれるのと、8号機が使徒の力に負け使徒から引き剥がされるのが同時だった。しかしそれがかえって幸いし、ポジトロンライフルのエネルギーは8号機に被害を与えることなく使徒のコアを貫いた。
8号機を抱えたまま沈黙する使徒...その姿に発令所にいたスタッフは歓声を上げた。
「目標完全に沈黙...両パイロットとも無事です」
青葉シゲルの報告に冬月は満足そうに肯いた。
「よくやったわ二人とも...
相田君、鈴原君ご苦労様」
ミサトのねぎらいの言葉にケンスケは苦痛にゆがんだ顔をにぎこちなく笑みを浮かべた。そしてそのまま意識を失った。
「鈴原君、8号機の回収をお願いね」
そう言うとミサトは大きく息を吐いて椅子へと腰を下ろした。そのタイミングを見計らったかのようにリツコからコーヒーが差し出された。
「んっ、ありがとうリツコ」
「よくやったわね、あの二人」
「そうね一つ壁を乗り越えたと言ったところかしら」
ミサトはモニタを見つめてそう言った。そこには2体のエヴァが収容されていくところが映し出されていた。
「相田くんも一皮むけたわね」
そう言うリツコにミサトは新しいおもちゃを貰った子供のように目を輝かせて言った。
「これからが楽しみだわ...」
もう一つのディスプレーには到着したシンジ達が映し出されていた。
「ミサト!」
ミサトの意図を察してたしなめるリツコの声も心なしか楽しそうだった。発令所には使徒との戦いの緊張感から解放された和やかな空気が広がっていた。
しかし、それを日向マコトの一声がうち消した。
「相模湾上空に移動物体発見...
パターン青、使徒です...」
一瞬時が止まった。
トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp
中昭のコメント(感想として・・・)
凄いスゴイすごすぎるーーーーー!!
ケンスケが喋っている。
ケンスケが動いている。
ケンスケが闘っている。
ケンスケ愛好会の人は大喜びではないでしょうか。
雰囲気をぶち壊しにした所で本題へ。
>うなされながらシンジに助けを求めるアスカの姿
うう早く立ち直って下さい。
それを思い出すケンスケ。
トータスさんは、ケンスケをどういうイメージでみてるかな。
どちらかと言えば大人的な気配りを見せるケンスケ。
悩んだ末に参号機へ乗ることを承知したトウジに見せる子供じみた嫉妬。
中学生としては両面性を持っているのは当たり前ですが。
本作はその数年後。アスカへの恋心を抱えたケンスケ。
という要素まで加わって一層どらまちっくに・・・シンジの出番は?
みなさんも、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
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