〜ル・フ・ラ・ン〜


第七話 それぞれの想い 〜後編


日向マコトの報告は、使徒殲滅に沸き上がっていた発令所の雰囲気をいっきに絶望へと叩き落とした。ようやく使徒を撃退した...しかも犠牲を払って...それなのに...ここまでかという思いが各人に渦巻いていた。

突如として訪れた虚脱と絶望...そこから立ち直ったのはミサトだった。ミサトは周りを見渡すと大きな声で指示を飛ばした。

「そのまま第一種戦闘体制を維持、
 日向君...ここへの到着予定時間は」

「後60分です」

「そう...、
 それでどんな奴か確認できる?」

「まだ光学観測出来る距離に到達していませんので不明です。
 哨戒機もまだ到着していません。
 ただ、波形パターンからは先にイギリス支部を襲ったやつではないかと思われます」

ミサトはパイロットを交代させるべきかどうか一瞬迷った。シンジは到着しているし、ケンスケは先ほどの戦闘で大きなダメージを負っている。そして...

「パイロットおよびエヴァの収容よろしく...
 すぐに再出撃するから
 シンジ君をパイロットルームまで来させて、すぐによ...
 リツコもお願い...」

そう言うとミサトは発令所を後にした。








トウジとケンスケが使徒と対峙しているとき、シンジ達は加持に連れられネルフ本部へと到着していた。シンジにとって2年半ぶりのネルフ、もはや訪れる事はないと思っていただけに複雑な思いが渦巻いていた。

「どうしたシンジ君」

加持はそんなシンジの思いに気づいたのか、無言で歩いているシンジに声をかけた。

「もうここに来る事もないと思っていたから
 何か懐かしいような...よくわかんないんです」

「そうか...
 どうするシンジ君、このまま発令所に行くかい?
 それともアスカの病室へ行くか」

いたずらっぽい目をして自分を見る加持に、シンジは変わらない物を感じてうれしくなった。

「外の状況を知らないままアスカのところに行ったら怒られちゃいますよ。
 まず発令所にいきましょう。
 ムサシ達にもどんなところか見てもらいたいし...構わないですよね」

「ああ、みんな関係者だからな、構わないよ
 そうだな、見舞いの方は戦いが終わればいつでも行けるしな」

加持はシンジの連れている二人の少女をちらっと眺めるとシンジに言った。

「そうですね、それにボクはパイロットです。
 搭乗するエヴァがなくても、もしものためには待機している義務があります」

気負う事なく答えるシンジに加持はシンジの成長を感じた。ここを離れた事はシンジにとってプラスに働いたのだと加持は確信した。

「君たちもそれでいいかい」

加持はムサシ達に尋ねた。

「おれたちは、ここのことはよく分からないからお任せします」

そう言うとムサシはマナとレイコを見た。二人ともムサシに同意するかのように静かに肯いた。

「じゃあ決まりだ発令所だな」

そう言うと加持は携帯電話を取り出した。そして二言三言何か話したかと思うと急に表情を固くした。いつもひょうひょうとしている加持にしては、珍しく焦りを表に現わしていた。

「シンジ君状況が変わった...すぐにパイロットルームへ行ってくれ、場所は昔の通りだ」

シンジは加持の表情に事態の急変を感じていた。そしてパイロットの身に何かあったのではないかと心配になった。

「加持さんどうしたんですか
 トウジやケンスケは無事なんですか」

「ああ、二人とも無事だ。
 最初に現れた使徒は倒したが、もう一体使徒が現れた
 ただケンスケ君が負傷したらしい、だからシンジ君急いでくれ」

「わかりました」

そう言うとシンジは、加持たちと別れパイロットルームへと走っていった。加持は去っていくシンジを見つめていたが、その姿が見えなくなると残された3人の方へ向き直り、珍しく引き締まった顔で3人を導いた。

「君たちは俺についてきてくれ」

4人は緊張の中、黙って発令所へと歩いていった。








「シンジ君!」
「シンジ」

ミサトとトウジがパイロットルームについたシンジを迎えた。

「みんな...ただいま」

シンジは久しぶりに見る顔、懐かしい顔に自分が帰って来た事を実感した。そして2本の足で立っているトウジを見つめ右手を差し出した。

「トウジ...すまなかった」

トウジは差し出された右手を固く握り締めると嬉しそうに言った。

「ええんや、もう...
 それよりよう戻って来てくれたな」

シンジは、トウジが自分のことを変わらない笑顔で迎えてくれたことがうれしかった。

「もう...もう後悔したくないからね」

そしてミサトの方へ振り返った。

「出撃ですね...ミサトさん」

最初の出会いがシンジの頭の中をフラッシュバックする。

「ついた早々申し訳ないけどお願いできる」

シンジはエヴァに乗るためにここに来た。そのことをミサトは頭では理解しているが、シンジを苦しめた過去がミサトの言葉を詰まらせた。

「ええ、そのために来たんですから...
 それに初めての時よりはずっとマシですよ」

そう言うとシンジは笑った。久しぶりに見たシンジの笑顔...綺麗に笑うことの出来るシンジに、ミサトは長い間胸につかえていたものが溶けていくような気がした。

「ありがとうシンジ君...
 それじゃ状況から説明するわね」

そういってミサトは降りてきたスクリーンを示した。

「便宜上こう呼んでいるけど、新第三使徒は7号機、8号機の共同作戦にて殲滅
 その際に8号機は左腕下腕部ならびに頭部を損傷、
 現在応急措置をしているけど左腕の方は出撃には間に合わないわ
 新第四使徒は現在こちらに接近中、50分後には到着の予定
 二人には迎撃に出てもらいます
 シンジ君はシンクロテストもやっていないから不安があるけど
 贅沢も言ってられないわね」

そこまで言ってミサトはシンジを見た。厳しい状況にも関わらず落ち着いている...行けるかもしれない。

「そこで二人の役回りだけど、
 まず二人で出撃して敵の能力を調べてちょうだい
 新第三使徒の様子から見ると多分同じ能力だと思うけど、念には念を入れてね
 その上で作戦を設定します
 リツコにはこれからパーソナルデータを書き換えてもらうから40分で出撃よ、いいわね」

「はい」

シンジは静かに答えた。そこには何の気負いもなかった。2年半ぶりの出撃...しかしそれを一人の声が遮った。

「待ってください...ミサトさん」

リツコに連れられてパイロットルームに入って来たケンスケだった。

「ケンスケ!」

「相田君大丈夫なの」

そこに居た3人は同時に声を上げた。そしてシンジはケンスケの方へと歩み寄った。

「大丈夫です...だから次も俺が出ます」

「でも相田君」

ケンスケは歩み寄ってきたシンジの方に一瞬視線を移した。

「8号機の正パイロットは俺です
 俺から出撃するのが筋でしょう...」

シンジはケンスケの瞳を見つめ、そこに宿る決意を見た。シンジは小さくうなずくとミサトに向かって言った。

「ミサトさん、ケンスケに任せましょう
 その方が未知数な部分がなくて作戦が立て易いでしょう」

ミサトは二人を見比べた。その真剣な眼差しに小さくため息を吐いた。

「わかったわ二人とも...
 鈴原君、相田君さっきと同じ作戦でいきます。
 8号機は左腕が使えないので7号機が砲手を担当してください
 いいわね...40分後に作戦を開始します」

「はい!」

ケンスケはシンジを見つめ手を差し出した。

「任せておけシンジ...
 じゃあ、あとでな」

シンジはケンスケの手をしっかりと握りしめた。

「ああ、あとでな」

シンジは二人の友人に励ましの声をかけるとミサト、リツコと共にパイロットルームを後にした。







「すみませんミサトさん勝手なことを言って」

通路を歩きながらシンジはミサトにわびた。ミサトはそんなシンジを見つめ静かに首を横に振った。

「ううん、いいのよ
 あの場面ではシンジ君の判断は正しいわ」

「それにしても」とミサトは続けた。

「シンジ君よく戻ってきてくれたわね」

ミサトは自分の身長を大きく追い越したシンジに時の流れを感じた。

「後悔したくないですからね...
 それにボクが必要だから呼んでくれたんでしょ
 だったらその期待にも応えないといけないですしね」

シンジはそう言って笑った。そして「自分のためでもあるんです」そう付け加えた。

ミサトはじっとシンジを見た。シンジの瞳...その澄んだ瞳を見つめていると吸い込まれていきそうな錯覚をミサトは感じた。シンジは大きく変わっていた...整った顔、高く伸びた背、あふれ出てくるゆとり...かつての所在なさそうにびくびくしていたシンジの姿はそこにはなかった。そんなシンジにミサトはうれしくなるとともに何故か頬が熱くなってくるのを感じた。

「成長したわね...シンジ君」

「ありがとうございます...ミサトさん」

ニッコリと笑うシンジにミサトはますます頬が熱くなるのを感じた。

「ミサト..何を赤くなってるの
 ダメよシンジ君に惚れちゃ、アンタ所帯持ちでしょ」

二人のやりとりをしばらく黙って見ていたリツコだったが、次第に顔を赤らめてくるミサトがおもしろいのか横からちょっかいをかけた。

「ばっばかなこと言ってんじゃないわよ、リツコ
 ど、どうしてあたしが...」

「あ〜ら、そんなに顔を赤くしていると説得力がないわよ」

「だから、あたしはそんなことは思っていないって」

「そんなことって、どんなこと」

「リツコ・・・アンタね〜」

ミサトがそこまで言ったときシンジが口を挟んだ。

「ただいまリツコさん
 ミサトさんをからかうのはそこまでにしておいてくれませんか
 今はそんな時じゃないですから
 それより聞きたいことがあるんです...
 ボクはエヴァを動かす事ができるんでしょうか」

じっと見つめるシンジにリツコも少し頬が熱くなるのを感じた。

「わ、わからないわ...
 で、でもアスカの例を考慮するとあの二人より高いシンクロ率でシンクロできることが推測できるわ」

「わかりました...」

シンジに助け船を出されたミサトは同じようにリツコが顔を赤らめているのを見ると逆襲に出た。

「そう言うリツコだって顔が赤いじゃない」

「そ、そんなことないわよ...
 それにあたしはいいのよ独り者だし」

「あ〜ら、独り者だとどういいの?
 ...しんちゃんのことを意識しているのね」

「ち、違うわよ...ものの例えというもので言っただけよ」

二人の会話がおかしな方向へと向かいだしたのでシンジはすぐに止めることにした。

「馬鹿なことを言っていないで
 さあ、みんなが待っていますよ、早く行きましょう」

そう言うとシンジは二人の前を歩きだした。ミサトとリツコは顔を見合わせるとシンジに聞こえないように小さな声で話した。

「シンジ君...いい男になったわね」

「そうね...これからが楽しみだわ」

二人は急いでシンジの後をついていった。







「シンジ君」

発令所へと入ったシンジ達は歓迎の声に迎えられた。日向、青葉、伊吹...かつて見知った人たちがシンジとの再開を喜んだ。

「お久しぶりでした、皆さん」

そういってシンジは発令所に居たかつての知り合いたちに挨拶をした。そして振り返り、かつて自分の父親が居た司令席を見上げた。しかし今ではそこに居るのは冬月だけであった。懐かしいような寂しいような不思議な感覚をシンジは感じていた。

「冬月さん、お久しぶりです」

「久しぶりだねシンジ君、すっかりと立派になったようだね」

「ありがとうございます」

冬月はすっかり立ち直ったシンジの姿をみて、何かうれしくなるのを感じていた。この瞬間だけは発令所にいたメンバーは自分たちのおかれている状況を忘れていた。

しかしそんな時間も長くは続かなかった。使徒の接近とともに新たなデータが次々とネルフにもたらされた。

「使徒の光学映像が入りました」

日向マコトの報告とともに映し出された映像にミサトは一人文句を言った。

「予想はしていたけど。こうやって見せ付けられると釈然としないものがあるわね。
 これじゃ何か質の悪いパロディじゃない」

そこにはかつて現れた第四使徒とまったく同じ姿をした使徒が飛行している姿が映し出されていた。

「でも、能力も同じならありがたいんだけど」

リツコが口にした言葉にミサトはうなづいた。2本の鞭のような触手は厄介ではあるが経験不足のシンジでも何とかせん滅できた相手である。後で現れた使徒に比べればまだ組みやすい。

「UNの攻撃じゃ戦力分析もできないわね。
 結局はエヴァを出してみなくちゃ分からないというのは変わらないわね」

「そういうこと」

      ・
      ・
      ・

その頃、ムサシ、マナ、レイコの三人は初めて見る異形の姿に言葉を失っていた。お腹と思われる部分に赤い光球を抱き、イカの姿を模したような巨大な生物が、何の力だか分からないもので空中を飛行している。今まで自分たちが抱えていた常識が壊れていくのを感じた。

「あれが使徒なのか」

ムサシは隣に移動して来たシンジに聞いた。シンジはスクリーンを見つめたまま静かな声でムサシに答えた。

「そうだ、3年前ボク達はあれと戦っていた。
 エヴァンゲリオンと呼ばれる決戦兵器に乗って」

「エヴァンゲリオン...」

再びムサシは黙り込んだ。UNからの攻撃も始まった事もあり、ムサシはその様子をじっと見つめた。マナとレイコも両脇からシンジにすがり付き、黙ってスクリーンをじっと見つめていた。

シンジは二人の少女から伝わってくるおびえ、恐怖を感じ取ることが出来た。目の前に展開されたUNの攻撃は、まったく有効な打撃を与えているように見えない。今まで自分たちの信じて来た力、その力が役に立たない相手に対して感じる恐怖、それを今彼女たちは感じているのだと。

「大丈夫、3年前ボク達は勝った。
 そして今度も必ず勝つ」

シンジは両脇を固める少女達に力強く言った。

「お兄ちゃんが乗るんじゃなかったの?」

マナはそう言うとシンジを見つめた。

「ボクは予備だよ。
 ちゃんと訓練された正規パイロットがいるんだ。
 だから心配しなくてもいいよ」

シンジの言葉に答えるかのようにディスプレー上に新たなウィンドウが開いた。そこには2体のエヴァンゲリオンがそろって射出される様子が映し出された。白色に塗装され爬虫類的な顔と人型の体を持ったキメラ...その姿はシンジに2年半前の悪夢を思い出させた。シンジは無意識のうちに小さく身震いをしていた。

「恐い」

シンジの身震いに答えるかのうようにレイコはぽつりとつぶやいた。

「大丈夫。あれにはボクの友人が乗っている。
 彼らは良く訓練を積んでいる...」

シンジ自身レイコの感じた脅えの本質は理解していた。しかしそのことを無視するかのようにレイコそしてマナに向かってシンジはそう言った。

「何も心配することはないよ...」

戦端は今まさに開かれようとしていた。








トウジとケンスケは、ブリーフィングが終わると二人パイロットルームに残された。ミサトもシンジも発令所へと戻り戦況を見つめている。

トウジは床をじっと見つめ、何か考え込んでいるケンスケにかける言葉を探していた。そしてその迷いが出たかのように小さな声でケンスケに語り掛けた。

「らしゅうないな」

静寂に包まれたパイロットルームはそんな小さな声さえケンスケに伝えた。

「何がだよ」

「さっきのケンスケや...
 ずいぶんとシンジのこと意識しとったやないか」

「ああ、そのことか...」

「やっぱり惣流のことか」

ケンスケは「ふう」とばかりにため息を吐いた。

「それだけじゃないんだけどな」

そう言うとケンスケはぽつりぽつりと話し出した。

「わかるんだよ、みんながシンジにかけている期待が。
 ミサトさんやリツコさんもあいつに頼っている。
 トウジだってそうだろう...シンジが来てほっとしただろう」

「そんなこと...」

ケンスケは反論しようとするトウジを押さえて言葉を続けた。

「いいんだよ。俺だってそう感じている。
 どこかシンジが来てくれてほっとしているところがあるんだ。
 それに、さっきシンジを見て思ったよ、やっぱりかなわないって...
 言葉じゃ言えないけど何か違うんだ。
 見た目じゃない、何かが...」

そう言うとケンスケは顔を上げてトウジをじっと見た。

「でもな、俺にだってプライドがある。
 シンジが来たから『はい、どうぞ』という訳にはいかない。
 それに惣流が倒せなかった使徒だって俺達で倒したんだ...」

「意地なんだよ、俺の最後の」

ぽつりぽつりと胸のうちを語るケンスケにトウジは声をかけることができなかった。トウジ自身シンジに頼ろうとした気持ちがなかったわけではない。それを理解しているからこそケンスケの気持ちは良く分かった。

「そうやな、意地にかけてもあいつを倒さなあかんな」

「ああ、シンジを押しのけて無理矢理乗ったんだ...
 負けるわけにはいかないよ」

二人は再び黙り込んだ。トウジはかけられた時計を見つめるとケンスケに声をかけた。

「そろそろやな」

「ああ」

二人はエントリーのためにパイロットルームを後にし、戦いの地へと向かった。








トウジとケンスケの乗った7号機、8号機は新第三使徒の時と同様に郊外の射出口から射出された。そして7号機は同時に射出されたポジトロンライフルを受け取ると地面に伏せ射撃体制をとった。ケンスケの乗る8号機は左腕をなくしているためハンドガンを手にした出撃となった。トウジもケンスケも、無我夢中だった先ほどは感じられなかった重圧を体に感じていた。のどが渇くような緊張感の中、ケンスケの操る片腕の巨人は、ハンドガンを構えると一歩一歩足を進め使徒が誘導されてくるのを待った。

「いい、二人とも。8号機がハンドガンしか使えないから、UNにサポートさせるからね。
 相田君いいわね、隙を見て使徒にとりついてちょうだい...
 それから相手の触手には十分気をつけてね」

ミサトの簡単な説明に黙って頷く二人。遠方にUNを引き連れた使徒の姿が見えてきた。

「二人とも頑張って」

シンジからの励ましの言葉に軽く片手で合図すると二人は作戦を開始した。

「たのむで、ケンスケ」

「まかせておけ、トウジ」

ケンスケは、地上に降り立った使徒に向かってハンドガンを連写しながら駆けていった。

「今よ、撃てぃ〜」

ミサトの号令に答えるかのようにUNからの一斉射撃が使徒へと浴びせられた、攻撃自体ATフィールドに覆われた使徒にはなんの打撃も与えられなかったが、攻撃が巻き上げる煙は完全に使徒の視界を奪った。

「いけるっ」

銃を連射しながら駆けていた8号機は、銃を投げ捨てると体勢を低くしそのままUNが張った弾幕に突っ込んでいった。あと一息!トウジの指に力が入ったとき、使徒の鞭の様な触手が弾幕を切り裂いた。

「だめだ!」

シンジは思わず声を上げてしまった。その瞬間、使徒の振り回した触手は突入していく8号機の首を捕らえた。

「ぐっ」

ケンスケは、いきなり首に感じた焼けるような熱さと窒息感に、残された右腕で首に巻き付いた触手を振り払おうとした。しかし、使徒はそれよりも早く触手を振り回すと8号機を頭から地面にたたきつけた。

「パイロットの生命維持に支障!」

8号機の状況をモニタしていた青葉から悲鳴の様な報告が上がる。

使徒の攻撃は一瞬にしてエヴァとシンクロしていたケンスケの意識を奪った。使徒は、操るものをなくし、ぐったりとなった8号機をもう一度持ち上げると、再び頭から地面へとたたきつけた。

「8号機、頭部損傷20%、頸椎部にも損傷が広がっています」

絶望感を含んだマヤの報告。その時トウジはライフルを捨て、かけ声と共に使徒へと躍りかかった。

トウジの突進を察知した使徒は、振り回していた8号機を7号機めがけて投げつけた。突進していた7号機は、飛んできた8号機を受け止めきれず、2体のエヴァはもつれるようにして地面の上を転げ回った。

8号機が行動不能にされたことでミサトは作戦の失敗を認め、すぐさま撤退撤退の指示を出した。

「鈴原君、8号機と一緒に撤退しなさい」

ミサトの指示をうけ、7号機は8号機を抱えてよろけるように立ち上がった。使徒はそんな7号機を見逃さず、すかさず追い打ちをかけるように触手を振り回した。7号機は抱えていた8号機を離すと、とっさに横へと転がり使徒からの攻撃を避けた。その弾みに8号機はうつぶせになるような姿で放置された。

使徒からの攻撃は苛烈で、7号機はかわすことが精一杯で撤退も出来ない状況に追い込まれていった。

誰もが使徒の攻撃を受ける7号機を見つめている中、シンジは放置された8号機を見つめていた。

「エントリー出来る」

シンジは画面に映し出された8号機の状況を見て決断した。

「加持さん、ムサシ...手伝って下さい」

「手伝うって..おまえまさか...」

ムサシの問いにシンジは黙って頷いた。

「時間がないんだ。頼む」

シンジの瞳に宿った強い光。加持はそれに賭けてみることにした。

「わかったシンジ君。車は俺が運転する」

「お願いします。加持さん」

3人はそう言うと駆け出した。

「ちょっと待ちなさいよ、あんたち。
 一体何をするつもりなの」

ミサトの問いかけにも答えずに3人は発令所を後にした。リツコは3人が出ていくのを見るとすぐさまマヤに指示を出した。

「マヤ、8号機の状況を確認して!早く」

「えっ、ハイ...
 頭部並びに頸部の損傷、左腕の損傷...損傷箇所は先ほどから増えていません」

「そんなことより、起動は可能なの」

「ハイ、起動はできます...
 でもパイロットが意識を失っていますし
 それにパイロット自身のダメージの方が大きいんですけど」

ミサトはリツコの会話にシンジ達の行動を理解した。危険だが、今はかけてみるしかない。ミサトは、マイクを握りしめるとかろうじて使徒の攻撃をかわしているトウジに向かって指示を出した。

「鈴原君、聞こえてる...出来るだけ使徒を8号機から離して。
 これから8号機にシンジ君がエントリーするから」

「そんなむちゃいわんといて下さい...
 今でもよけるのが精いっぱいなんですから」

そう言いながらもトウジは7号機の機体をひねりながら8号機とは反対方向へと逃げていった。

「日向君、UNに7号機の援護を依頼して」

「はい」

再び接近した十数機のVTOLはミサイルを使徒へと浴びせかけた。しかし使徒はATフィールドでそれを阻むと、何事もないかのように7号機を追いつめていった。

「こらあかん、逃げ切れんわ...そんなら」

ミサトは焦りを見せたトウジを何とか押し止めようとした。

「だめよ、後5分でいいから...
 頑張って鈴原君」

そうは言ったが、7号機の動作がだんだん鈍くなってきているのを全員が気づいていた。このままではいずれ捕まってしまう、それは誰の目から見ても明らかだった。7号機に乗るトウジもまた、次第に使徒に追いつめられていくことに焦りを感じていた。長時間エヴァに乗って戦い続けてきた疲労と焦りが、次第にトウジから正常な判断を奪っていった。

「このままじゃ、あかんな」

トウジは何度目かの攻撃から身をかわすとぽつりとつぶやいた。そして、プログナイフを腰のところで構ると使徒へと向かって突進していった

「やめなさい、鈴原君!」

トウジの突撃を止めるミサトの声、しかし走り出したエヴァは容易に止まるわけはない。迎え撃つ使徒の攻撃...次の瞬間、発令所のスクリーンには使徒の触手が7号機の頭を貫く光景が映し出された。その瞬間発令所は全ての音を失ったように静寂に包まれた。

「な、7号機活動停止...
 パイロット意識不明」

マヤの力無い言葉が静まり返った発令所の中を響いた。








加持の運転で地上に出たシンジ達が最初に目にしたものは、使徒の触手に頭を貫かれた7号機の姿だった。加持は路上に散らばった瓦礫を避け、巧みに8号機へと車を進めていった。

「シンジ...大丈夫なのか...」

あまりの光景にムサシはこれから戦いに向かうシンジを気遣った。

「分からない...でも、残されたのはボクだけなんだ。
 負けるわけにはいかない」

そう言うシンジの瞳に浮かんでいたのは悲しみ、怒り...。ムサシはかつてのシンジがそんな瞳をしていたのを思い出した。ムサシは初めてシンジの乗り越えてきたものを理解した。

「俺の勝てない理由はこれか」

ムサシはそう心の中でつぶやいた。








使徒は動かなくなった7号機を、興味を失ったかのようにうち捨てると鞭のような触手を振り回し、何かを探すように地面をえぐりながら街の中心へと進行を始めた。その姿を横目に、加持の駆るジープは8号機へと到着した。

シンジはムサシを引き連れ8号機の背中に登ると、手動でエントリープラグをイクジットした。プラグ自身には被害はない、戦える。シンジは取っ手に手を描けると力任せにハッチをこじ開けた。軽い空気の音とともにハッチが開くとシンジは待ち切れないようにプラグ内へ入っていった。

「ケンスケ!」

呼びかけても返事のないケンスケを、シンジは抱き起こした。そして肺の中に溜まったLCLを吐き出せ、脈拍を確認して無事なことを確認すると、ムサシと二人でケンスケを加持の待つジープへと運び込んだ。

「大丈夫か!」

「命には別状はないようです。
 それ以上のことは分かりません。早く病院へお願いします」

「分かった。すぐに出す」

ムサシはジープに乗り込む前に8号機に上っていくシンジの方を見つめた。そして一言声をかけるとドアを閉めた。

「死ぬなよ」

ムサシの声はUN空軍機の爆音にかき消され、シンジに届く事はなかった。








シンジはケンスケを加持に預けると8号機のエントリープラグへと入った。母体への回帰、血のにおいのするLCL...忘れていた思いが頭の中に駆け巡る。シンジはコックピットに座ると一度大きく深呼吸した。初号機の時と変わりのないインテリア、一つ一つ補機類をチェックする。

「しまったな...ヘッドセットがないや」

インタフェースなしでシンクロ出来るか不安があった。しかし今はそんな事を気にしているときではない。シンジは本部との通信を開いた。

「リツコさん...聞こえますか。
 エントリーを終了しました。これから8号機を起動しますのでサポートお願いします」

リツコからの答えと同時にみるみるうちに満たされていくLCL、シンジはぽこりという音とともに肺の中の空気を吐き出した。周りの景色が変わる、光の明滅とともに自分の頭に何か進入してくる感触がした。通信機からは起動のシーケンスが進行しているのが伝えられる。第一次神経接続完了...ボーダーライン突破まで後少し。シンジの頭に誰かのイメージが進入してくるのが感じられた。

「ケンスケ!」

突然爆発的に大量のイメージがシンジの頭の中に流れ込んで来た。シンジは思わず頭を抱えてうずくまった。

「ケンスケ...」

シンジは頭のイメージと向かい合った。

青と紫のエヴァの出撃を出撃を見つめるあこがれ
船上でのアスカとの鮮烈な出会い
印画紙に浮かび上がってくるアスカの姿に鼓動が上がってくる思い
アスカと言い合うシンジに対する羨望
トウジがパイロットに選ばれた事への嫉妬
逃げ出したシンジへの怒り
何も出来ずに疎開していく悔しさ
エヴァのパイロットに選ばれた喜び
病室でアスカに再会した時の沸き上がる気持ち
アスカにうわ言で呼ばれるシンジへの強い嫉妬
使徒を倒した喜び

流れ込んでくる思い、それはケンスケのエヴァに対する思い...アスカへの思い...そして何もできなかった自分への激しい怒り。ケンスケの心がシンジの頭の中を駆け抜けた。

シンジはゆっくりと身を起こすとシートに座り直した。そしてインダクションレバーを握り締めると流れてくる思いに身を任せ、心を鎮めた。

「ごめんケンスケ...
 アスカへの思いはボクも譲れないんだ」

『気にすんなよシンジ!』シンジの頭の中のケンスケが微笑んだ気がした。

その瞬間、エヴァンゲリオン8号機はその身に大きな力を宿した。








「8号機から通信が入りました。シンジ君です」

マコトの言葉は発令所に希望をもたらした。

「シンジ君!」

すかさずマイクを取ろうとしたミサトをリツコは押さえた。

「シンジ君、いい。
 エントリーの準備は出来ているわ。
 起動シーケンスはこちらで進めるからそのままにしていて」

リツコはそう言うとマヤに指示を出した。

「始めてちょうだい、マヤ」

「ハイ!」

伊吹マヤは元気を取り戻し、コンソールの操作を始めた。目にも止まらない速度でキーを打ちこみ起動シーケンスを進めた。

「LCL充填完了。第一次神経接続開始」

スクリーンに刻々と進んでいくシーケンスが表示される。

「第一次神経接続完了。絶対境界まであと10、9、8」

マヤの声が響く中、発令所の全員が瞬きもせずシンクログラフを見つめる。

「4、3、2、1...エヴァ8号機起動します。シンクロ率15%、ハーモニクス誤差5%」

エヴァ8号機の起動に沸き上がる発令所。その中ミサトとリツコは難しい顔でデータを覗き込んだ。

「シンクロ率、ハーモニクスとも悪いわね」

「コアの書き換えができなかったのが悔やまれるわ」

突然スクリーンの中の8号機が苦しみ始めた。

「パルス反転、神経接続が解除されていきます」

スクリーンに写し出される、シンジの苦しむ姿。誰もが期待が絶望へと変わっていくのを感じた。

「おにいちゃん」
「シンジさん」

二人の少女は、祈りをささげるかのように両手を胸の前で組み、シンジを写し出すスクリーンを見つめ続けた。

「ここまでか...」

ミサトは力なくつぶやくと司令席の冬月を見上げた。

「司令。総員待避の指示を...」

ミサトの声をマヤが遮った。

「待ってください...神経接続回復。
 シンクロ率上昇していきます...シンクロ率10%突破。
 エヴァ8号機再起動します。
 シンクロ率さらに上昇...20、30、40...
 シンクロ率50%で安定。ハーモニクス誤差も収束していきます...
 ハーモニクス誤差有りません」

スクリーンに映し出された8号機は、本当の主人に巡り合えた歓喜にうち震えているように見えた。有り余る力、8号機のあげる咆哮は発令所の空気をも震わせた。

「すごい...
 これがサードチルドレン...シンジ君の力なの...」

リツコですら予想を越える事態にただ呆然とするしかなかった。

「頭部および、頚椎部損傷個所回復!
 更にシンクロ率上がります。60...70%突破
 シンクロ率73%で安定」

マヤの報告はもはや誰の耳にも届いていなかった。すべての目はスクリーンに向けられていた。新たな希望、その姿は発令所の目を釘付けにした。

使徒も新たな敵に気が付いたのか、進行をやめ、8号機の方へその向きを変えた。8号機はプログナイフを装着すると無造作に使徒に近づいていった。使徒の触手がうなる。

「あぶない!」

誰かが声をあげた。しかしその瞬間に8号機は使徒の触手をかわすと風のように使徒の脇をすり抜けた。誰もがその身のこなしに驚いた。しかしもっと驚くべきことが青葉シゲルから報告された。

「えっ、目標完全に沈黙」

一瞬全員の目が青葉へと集まった。そして再びその目はスクリーンへと向けられた。

「何が起こったの」

ミサトは誰となしに問い掛けた。意外にもその問いかけに答えたのはレイコだった。

「シンジさんが使徒...ですか、その脇をすり抜ける時にナイフを赤い玉のところに突き立てたんです」

レイコの言葉を裏付けるかのようにスクリーンには使徒のコアに突き立てられたプログナイフが映し出された。

「ねえ、レイコ...よく見えたね」

マナは驚いた顔でレイコの顔を見詰めた。そんなマナにレイコははにかんだような笑みを返した。発令所全体に一気に緊張が解けたような空気が流れた中、日向マコトだけが哨戒中に消息を絶ったP5Cからの映像に気が付いた。

「そんな...」

日向の呟きと同時にMAGIが新たな警報を発した。

「今度はなんなの」

ミサトから大声をあげる。

「新たな使徒接近。
 形状は第五使徒と同一。
 到着推定時刻は2時間後です」

夕闇の迫る第三新東京市。ネルフの迎えた長い一日はまだ終わりを告げなかった。



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中昭のコメント(感想として・・・)

  凄いスゴイすごすぎるーーーーー!!

  第三使徒2世と第四使徒2世を倒したと思ったら次は第五使徒2世?
  もしかして、このまま第17使徒まで行ってしまうんでしょうか。
  そりゃないか



  それにしてもシンジ大活躍。必殺技の名前を叫べばもっと良かったのに。(^^)
  けど性格のネッコの部分はやっぱりシンジだなぁと。わざわざ呼び出されたのに
  ケンスケにパイロットの席を譲るとは・・・

  女の子2人の願いを背に戦うシンジ。これにアスカとレイが加わったら、おも凄くなりそう。


  そう言えば今回もアスカの出番なし。うーちょっち心配。怪我の具合はどうなってるんでしょう。
  トウジとケンスケの心配はしない私。




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  そーいえばルフランでのレイの扱いって、どうなってましたっけ




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